第1章

 さて、ここで谷口達と噛み合わない昨日の俺の生活を話そう。冒頭のキテレツな出来事と言うのもまさにこれである。そのお陰でハルヒの怒りを買う破目になったのだが。

 「キョーンくーん。あーさーだーよー」
 うぐっ。快眠中の腹に衝撃が走った。
 「キョーンくーん」
 わかったわかった。今起きるから布団を剥ぐな。
 「もっと早起きしなきゃダメだよー?」
 そう言って妹は部屋を出た。シャミセンは布団の上で丸くなっていたらしく、俺が起きた事によって転がり落ちてのびている。
 やれやれ。もうすぐ高校2年になると言うのに休日も妹に起こされるのはイカンね。
 「今日は不思議探索の日か」
 今日の予定を声に出して確認する。いつも通り9時に集合して、俺の奢りの喫茶店でクジ引いて、街に繰り出しても結局何も見つからず解散する。俺の財布が軽くなるのはどうかと思うが、ハルヒはこんな日常を望み、楽しんでいる。色々愚痴を溢している俺だって、正直楽しい。SOS団で何かをする事が。去年の今頃じゃ考えられない心境だ。
 だからと言って、宇宙人と未来人と超能力者が織り成す非日常的出来事がつまらない訳じゃない。それだって結局はSOS団で何かをする事、に繋がるのだ。
 と、ここまで物思いにふけたところで枕元のアナログ時計を見た。さすがの俺でも財布の中身は惜しい。だが、そのアナログ時計の針は無情にも「奢れ」と告げている。
━━━9時30分。を少し回ったところ。
 よく解らない焦燥が俺を襲う。
━━━遅刻だ。
 ハルヒのふくれっ面が容易に浮かぶ。とにかく着替えよう。いや、ハルヒへの連絡が先か。慌てて携帯電話を探す。
━━━無い。
 机の上、引き出しの中、その他思いつく限りの箇所を探してみたが無かった。こんな時にいなくならなくてもいいだろうに。もう1度時計を見た。9時35分。この時間ならまだ喫茶店にいるかも知れない。階段をすっ飛ばし、玄関を乱暴に開けて自転車が置いてあるはずの場所へ向かった。だが━━━
 自転車は忽然と姿を消していた。
━━━冗談だろ?
 頬を引きつらせながら笑っているのは自分でもわかった。
 仕方ない。ハルヒに謝るのは明日に回そう。罰ゲームもついでに。そう考えた俺は1日中妹とシャミセンの相手をしていた。ここんとこSOS団ばかりだったしな。

 だが、その日の午後5時頃シャミセンを妹に押し付けトイレに行ったときに違和感を覚えた。今日1日、妙に家が静かだった。両親は外出しており、テレビもついていないのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、答えはどうもそれではないらしい。
━━━電話だ。
 もちろん、朝から姿を消している俺の携帯電話じゃなく、家の電話の方だ。今日は1回も鳴らなかった。そんな日くらいあるだろうよと思うかもしれないが、俺には掛けてくる相手に心当たりがある。ハルヒ。アイツなら俺の家の番号くらい知ってそうだ。知らなくても長門が言いそうだしな。
 何気無く電話の裏側を見た俺は驚いた。誰のイタズラだ?
 「キョンくん、どーしたの?」
 妹が部屋のドアから顔だけ出して問いかける。にゃあ、とシャミセンがひと鳴きして部屋から出て行く。
 
 電話の回線が外されていた。

 外されていた、と言うのはおかしいか。もしかしたら何かの拍子に抜けたかもしれない。だが、それは否定しよう。生まれてこの方16、7年、俺は1度も電話回線が勝手に抜けたところを目撃したことは無い。そもそも回線が勝手に抜ける確率ってのはどれほどのものなのか、頭の出来が芳しくない俺には想像もつかない。今度長門に聞いてみるか。
 両親が帰宅してから電話について尋ねてみたが、2人とも今日は電話に触れてないと言う。なんか殺人現場を捜査する私立探偵みたいだが、ちっとも楽しくないな。
 
 それ以降キテレツ事件は無かったが、なんとなく気味が悪い。早々にメシと風呂を済ませ部屋に戻ると布団の上で丸くなっているシャミセンがいた。両前足を掴んで持ち上げる。
 「お前がやったのか?」
 「にゃふ」
 なんとも間抜けな声を出す猫だ。掴んでいた前足を放してやると、器用にドアを開けて部屋を出て行った。
 「やれやれ」
 布団で横になった俺はいつの間にか寝ていたらしく、気付けば妹の必殺布団剥ぎを食らっていた。今日は離任式という事で、制服を着たところで気付く。ブレザーの右ポケットに俺の携帯電話が入っている事に。と言うことは。
 そして、家を出るときにはやっぱり自転車があった。

 
 そんな感じで今に至る。今はもう離任式を終えて文芸部兼SOS団アジトに向かっているところだ。3歩ほど前方にはハルヒが歩いている。時の流れというのはすばらしいもので、ハルヒの不機嫌を取り払ってくれた。「今日はみくるちゃんにコスプレでもさせようかしら」なんて言っている
そんなハルヒを見ていて気付いた。
 髪が伸びている。以前までは肩にかかる程度だったものが今では肩甲骨のあたりまで伸びている。当たり前だ。1年経ったんだ。俺がカレンダーに印を付けている日から。
 「ちょっと、キョン。何ぼーっとしてんの!みんな来ちゃってるわよ!」
 ハルヒが文芸部のドアから顔をだしてそう言った。どうやら、俺はいつの間にか廊下の窓から桜の木を眺めていたようだ。
 「おう」
 軽く返事をして部室へ入る。
 外の桜は満開で、綺麗な桜吹雪を起こしていた。 


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