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「? ないじゃないのっ!!」
「ないですねぇ…」
「…ない」
 キョンから渡されたメモの指示通りに校内何カ所かウロウロさせられた挙げ句、最後に屋上に置かれた段ボール箱を開けたあたし達。でも中はカラ。持ち上げても振ってもバラしても何もなかったわ。谷口の頭の中でさえまだなんか詰まってるわよ。って、そんなことはどうでもいいの! 箱にはガムテープでしっかりと封がされていたから、他の誰かが先に中身を盗っていったわけではなさそうね。なら答えは一つ。元から入ってなかったってこと。問題は、お返しがそこに入ってるって言うから、わざわざつまんないクエストに付き合ってやったのにこれはいったい何のつもり? まあ、さんざん穴を掘らせたんだし、それなりの苦労には付き合ってあげるわよ。でもそれは、貰える物がちゃんとあってのこと。あたしはね、骨折り損はしてもくたびれは儲けない主義なの。損した以上に得しないと気が済まないの。これはあたし…いえ、SOS団の女性に対する挑戦以外の何物でもないわ! 事と次第によっては容赦しないわよ。死刑は確定だけどね。
 ああもう! どうしてくれよう。キョンのアホ。バカキョン! 夜なべなんてしたのがバカみたい。
 とりあえず部室に戻ってキョンを吊しあげるわ。あたしの提案に「でもぉ何か事情があったのでわぁ」とか言いながら弱々しく肯定するみくるちゃんと、いつもの無表情だけど冷気漂わす有希を従えて、遅めの下校途中の生徒を蹴散らしながらあたしは部室に戻った。
 蹴飛ばすようにドアを開けて一喝。
「キョン! 何よあれは!」
って、あれ? 誰もいないじゃないの。古泉くんまでいないわね。部室を見回すと、テーブルの上に置き手紙があった。そこには、明らかに急いでいたことがわかる汚い字でこう書いてあった。
「すまん、お返し持ってくるの忘れた。また今度渡す。キョン」
「すみませんが僕も忘れてしまいました。死刑は嫌なので逃亡させていただきます。古泉」
 コ・ロ・ス!
 置き手紙をビリビリ破きながら思わず物騒なこと吠えたわよ、あたし。横でみくるちゃんがドン引きながら震えてるわ。いくらなんでも本当に殺さないわよ。半殺しにはするけどね。
「SOS団-(マイナス)男共による緊急対策会議を開きます。キョンおよび古泉両名を死刑とすることに賛成の方、挙手を!」
 おずおずと小さく手を挙げるみくるちゃん、少しのブレもなく無表情で右手を挙手する有希。賛成3・反対0で可決。そうと決まればあの二人をどうやって追い込むか…よね。追い込みには時間を与えてはいけないわ。あたしの案どうかしら。反対はなし。決定ね。
 古泉くんはそう簡単には捕まらないだろう。ならばまずキョンを探す。一緒に逃亡している可能性もあるけど、そのうち帰宅するだろうからそこを狙う。あたしと有希がキョンが逃亡している思われる箇所を捜索、みくるちゃんはキョンの自宅を張り込み。発見すれば携帯で連絡をとりつつ即確保、その後は部室か有希ん家で吊しあげながら軍法会議と罰ゲームね。それとも拷問かしら。
 校門を出ると、あたし達は役割分担に従い各々散っていった。やつらを捕まえるために。


 あたしが探したのはまず谷口、国木田両名の自宅。電話での問い合わせでは居留守を使われる可能性があるから、抜き打ちで直接家宅捜索するに限る。国木田家はすんなりと、谷口家は谷口の抵抗にあったものの、ちょっと睨んでやったらおとなしくしたわ。その程度で引き下がるんなら始めから抵抗すんなっての。ふんっ! でもここにはいなかったわね。ちょっと単純すぎたかしら。
 次は店の奥が死角になった喫茶店か漫喫ね、待ってなさい!キョン!


           その頃


「古泉、手筈通りの物は揃ったか?」
「ええ、もちろんですよ。個人的なお願いでしたが、新川が快く協力してくれました。大事なブツの保管はあなたに一任してますが、そちらは大丈夫ですか?」
「ああ、それは大丈夫だ。肝心のそれ忘れたら死刑確定だからな」
「ふふふ、頼みましたよ」
 俺と古泉は今、実は高校の体育館に潜伏している。ハルヒ達いや、ハルヒだけだな、が、わあわあ言いながら坂を下って行ったのはここの窓から確認済みだ。ああ、あのメモはすべて嘘だ。2月14日の宣言通り、それなりの苦労を味わってもらうためと時間稼ぎの目的で二人で考えた。さすがに一部の用意は俺たち二人では難しいところもあったので、少しだけ機関にも協力していただいたけどな。
「ハルヒ達は今頃市内中を走り回ってるか俺の家を張り込んでるかだろう。しばらく時間は稼げるだろうから、おれは部室に戻ってそっちの準備をしておく。おまえは例の用意をしておいてくれ」
 ハルヒもまだ校内に潜伏しているとは思わんだろう。灯台元暗しってな。
「ええ、一度機関の現地事務所まで行きますので、涼宮さんたちと鉢合わせる危険性がないわけではないですが…あ、来ましたね。では行ってきますよ。ええ、30分ほどあれば戻れるでしょう」
 現地事務所なんてもんがあったのかと興味を引くところではあるが、今は聞かないでおいた。窓の外に黒塗りの個人タクシーが坂を登ってくるのが見えたからだ。何度かお世話になった機関ご用達のタクシーである。古泉が人目につかず移動するにはベストの方法だろう。
「ああ、できるだけ早くな。頼むぞ」
 古泉はひらひらと手を振ると校門の方向へ歩き去った。
 さて、行くか…まず教室に置いてあるブツを回収しよう。俺は教室へと移動を開始した。まさかあいつがいるなんて知らずにな。


 アル晴レ~タ日ノコト~♪って今日は晴のち曇だった。普段さんざん右往左往振り回されてるだけに、いつもと逆の立場になったからか鼻歌まで出ちまうぜ。後が怖そうな心配はあるもののたまには反撃させてくれ、男の沽券ってやつだ。おっと、もう教室だ。俺はなんの躊躇もなくがらがらとドアを開け教室に入った。
 ふんふん~♪ 机の中を探る。あったあった。ちょっと値段の張る物だったから、無防備に教室に置いておくのもどうかとも思ったのだが、部室に隠しても奴に見つかったらそれなりの準備期間をかけた計画はパーになる。鞄は部室に隠したけどな。まあ、机の中なんて、持って帰っても使わない教科書ぐらいしか入ってないから心無い奴も調べはしないだろう。覗き込んでいた顔を上げようとすると、俺の目の前に夕陽が長い影を落とした。影を辿って何の気なしに顔を上げると…凍りついたね。夕暮れの教室に宇宙人。デジャビュか? そいつは朝倉ではないが、本能が確実にヤバいと告げてるぜ…。
「…おまえも俺の捜索に出たんじゃないのか?」
 たぶん今の俺の顔は青ざめて目を見開き額に汗マークがついているだろう。俺は後ずさりながら訊いた。
「犯行後も事件現場に潜伏しておいて、人がいなくなった後でゆっくり逃亡する。よくあるミステリーのパターン。涼宮ハルヒと別れてから、わたしは校内を捜索していた」
 読んだミステリーの数もこいつにはかなうまい。なんたって俺が読んだミステリーなんて長門のお勧めか部室に置いてあるのがほとんどだからな。ここは懐柔するか逃げるか? 逃げるのは無駄か。
「いやな、これには訳があるんだ、訳が。俺の話を聞いてくれないか?」
「あなたを確保せよという涼宮ハルヒの命令が最優先。確保した後は吊すとも言っていた。だからこれで確保すれば一石二鳥」
 長門の周囲の机やら椅子やらが歪みだし、細長い何かに変化していった。ナイフや槍じゃないが何だ。…荒縄だ。何でそんなところだけ古典的なんだよ。おまえ最近どんな本読んだ? 団鬼六か? さすがにそんなので縛られるのは嫌だね。どうせ縛るならパンストにしてくれ。
「男の縛りなんて笑えん。喜ぶのはどこかのガチホモか腐女子くらいだ。いいからその縛られたら痛そうなのをどこかに置いてくれ」
「それは無理」
 絶対零度の凍気を放った寒々しい目で俺を見る。
「だって、わたしも本当にあなたを捕らえたいのだもの」
 縄が数本俺に向かって触手のように伸びてくる。俺はそれをかわしながら出口に向かって走った。 ばしぃっ!
「って、やっぱりかーー!」
 出口は消えて、一面灰色の壁になっている。情報なんたらをいじくったな。閉じこめられた。どうやら宇宙人ってのは閉じこもるのが好きらしい。ヒッキーの素質があるのか? N.H.○.にようこそだ。入会するのは勝手だが毎度俺を巻き込むのは是非止めてくれ。
「無駄」
 あれだ、こんなところで能力使うな。喜緑さんでもいい、助けてくれ、天井ぶち破ってさ。この野郎とか痛てぇとか言いませんから。 あるはずもない期待も虚しくペタペタと足音が背後から近づく。
「この空間はわたしの情報制御下。脱出はできない。空間閉鎖も完璧。誰も侵入できない」
 来ない助けを願ってもしかたない。たとえ助けようとしても長門相手じゃ無理というものだ。
「諦めて。どうせあなたは捕まるのだから」
 俺は腹を括ってどっかりと床に座り込んだ。両手を挙げて降参のポーズをとる。体の動きを固定されてまで捕まりたくはないからな。
「おとなしく捕まるから、縄だけは勘弁してくれないか? 変な世界に目覚めでもしたら困るし。それと、俺の話を聞いてくれないか?」
「ダメ。涼宮ハルヒのビジョンにはあなたを天井からぶら下げて責め立てる映像があった。わたしはそれを具現化したいと思う」
 えらい物騒なビジョンだ。ハルヒ、おまえはやっぱりSなのか? それもドが付くほどの。で、吊した後はどう責めるつもりだ? 鞭やら蝋燭やら痛いのは勘弁な。痛くないのもご遠慮したいが。
「それはハルヒの命令だからか? なら俺が上書きしてやる。縛るのはよせ」
 始めからこうすれば良かったか。
「却下する。わたし自身も、あなたにそれをしたいと思っている。わたしも涼宮ハルヒや朝比奈みくると同様、今日3月14日にあなたのお返しを期待する感情が存在していた。だがあなたはそれに応えてくれなかった。だから、わたしもあなたを死刑にすることに同意した」
 初めて却下された。おまえが死刑って言ったら冗談でなくなるから笑えないんだが。
「じゃあ捕まって」
 長門が縄を持って近づいてくる。そして俺を縛るため目の前にしゃがんだ。
「!!!! ちょ、ま、待て、見えるって、見えてる!」
 俺は慌てて首を120度くらい横に回したね。しゃがんだ長門のプリーツスカートの中身が見えたからだ。白い飾り気のない… 普通のだった。長門らしいとか思った。
「…何が?」
 長門はミクロン単位で首を傾げた。
「いやそのな…… ええい、パンツだよパンツ。隠せ!」
 見たのは最初だけだ。それも、少しだけ。信じてくれよ。
「この年代の女性の一般的な服装を模倣したのみ。わたし自身は別になくても構わないし、見られても困ることはない」
 見せられる方が困る。それとも嬉しい奴の方が多いか。おまえはどうなんだ? それにしても、長門には恥ずかしいとかそんな感情はなさそうだしな…やれやれだ。
「あのな、普通の女性は見られたくないと思うものなんだ。それが恥ずかしいという感情の一つだ。だから、見えないように隠す。解ったか?」
 なんで男の俺がこんな講釈をしないとならん? こんなことまで教えないと駄目か? そもそも女の恥ずかしいってのは男とは違うんじゃないか? そんなことが頭に浮かんだ。
「こう?」
 長門はそう言って無表情に両手でスカートの裾を押さえた。顔には特に変化がなかったから、“恥ずかしい”という感情はまだ生まれてないのだろう。姿勢はおろか体軸すらも微動だにしなかった。だからか、手の位置を変えたことによる体の重心変化に対応できなかった長門はスカートを押さえた体勢のまま、頭のてっぺんに重心があるダルマのように、後ろ向きにころんと倒れていった。
「おわっ!」
 俺は反射的に長門を抱きしめて支えた。
「…!…」
 教室の壁や天井、床が瞬く。灰色の壁の一部が崩れ落ち、見慣れた横開きのドアが現れた。腕の中のほとんど重さを感じない長門に目をやると、なぜか目の焦点を遠くに固定したまま人形のように動きが止まっている。しかしよく見ないとわからないが唇だけがわずかに動いていた。いつか見た、“呪文”を唱えたときのように。
「…? 長門?」
 返事がない。これってチャンスですか?
 俺は長門を机を背もたれにその場に座らせると、脱兎のごとく教室から飛び出した。唱えているのは必殺の呪文とかかもしれん、とりあえずこの場から逃げたほうがいいだろう。部室の用意もまだ済んでないしな。
 部室へと全速力で走る。ドアを開け放って中に押し込むと鍵をかけた。長門相手には意味もないが気休めだ。
「おやおや、慌ててどうしたんですか? あなたがいなかったので、準備のほうはもう済ましておきましたよ」
 ぜぇぜぇと息を整えながら声の方に顔を向けると古泉のニヤケ面が目に入る。いつもはむかつくが、なぜだが今日は頼もしく見えた。もう帰ってきてたのか。
「すまん、長門に見つかった。ここも時間の問題だ。こうなったら、計画を前倒しするしかねぇ。ああ、ブツの方は回収できた」
 そういいながら、教室で回収してきたものをすでにクロスまで引かれたテーブルの上に置いた。テーブル上には古泉が準備しておいてくれたものが、すでに準備完了スタンバってる状態だ。下準備が早くて助かるぜ。
「一応あなたの仕事はきっちり果たされたわけですね。さすがはキョンくんです」
 おまえはキョンくん呼ぶな。
「まあいいじゃないですか。ではキョンたんにしましょうか?」
 断固として断る。近寄るな気色悪い。まだキョンの方がマシだ。
「ふふふ、冗談です。さてこれです。早く着替えてください」
 おまえが言うと本気か冗談かわからん。古泉はすでに着替えていた。
 俺は制服を脱ぎ捨てると手渡された服に着替えた。機関の見立てだ、サイズは丁度良いのだろうが少し窮屈な感じがするのは、俺がいつも制服をユルく着ているからか?
「ああ、なんとか形にはなりましたね。あとは皆さんが集まるのを待ちましょう。きっと長門さんから連絡がいっているでしょうから、じき皆さん揃いますよ。あとは彼女、いえ彼女達ですかね、ここに入るなり破壊の限りを尽くさないことを願いましょう」
 俺は、あいつらがくるまでの間、付属していた新川さん記述のマニュアルを読むことにした。


      またその頃


「あっ有希? えっ、見つかった? 部室に立て籠もってる? 確保はまだね。逃がすんじゃないわよ。 みくるちゃんを連れてすぐ戻るわね」
 どうやらキョンはまだ高校に潜伏していたらしい。やられたわ。灯台元暗しだったのね。さすが有希、そこまで読んでいたとは。この功績でSOS団参謀に昇格してあげようかしら。わたしはタイミングよく目の前を通り過ぎようとしている黒塗りのタクシーを停めると乗り込んだ。まずはキョンの家の方に行って、みくるちゃんを拾いましょう。目的地を告げるとスムーズに車は走り出した。
「…あんた、何やってんの?」
 なんと、みくるちゃんはキョンの家から出てきた。あんた、張り込みってのは近くから隠れ見ることよ。潜入してんじゃないわよ。
「あのぉ、妹さんに見つかっちゃって…お家で待たせてもらいながら、一緒に遊んでましたぁ。ごめんなさぁい」
 …はぁ、みくるちゃんらしいわ。このドジ加減は狙い通りだけども…あたしは頭を抱えた。
「まあいいわ、早く乗って」
 新たな目的地を告げると心得ていたかのようにまた車は動き出した。
 到着までのわずかな間、罰ゲームや拷問をいろいろ考えながら…ね。


 すぐに校門前に到着。運転手さんは丁度こちら方面に家があって帰るつもりだったし、麗しい美人お二人なのでお代はいらないと言ってくれた。ふふん、美人は得ね、と少し機嫌は良くなったけど、死刑は変わらないわよ、キョン! あたしは歩くの遅いみくるちゃんの手を引っ張ってズンズンと部室へ向かった。それにしても、どこかで会ったことがあるような気がするわね、あの運転手さん。
 部室の前には、有希が立っていた。逃がさないように見張っているみたい。よくやった有希! あなた2階級特進よ! って参謀って階級はあるのかしらとちょっと考えた。
 さあ、もう逃げられないわよ、バカキョン! あたしは二人を後ろに従え、ドアを蹴っ飛ばした。


「おかえりなさいませ、お嬢様」
 キョンと古泉くんが燕尾服に蝶ネクタイをして、深々とあたし達にお辞儀をした。何なの、これ? なんか怒りの矛先を明後日の方に無理矢理向かされた感じ。
「見ての通りだ」
 わかんないわよ! バカ!
「あ! もしかして、執事さんですか?」
 後ろからみくるちゃん。なんでわかんのあんた?
「では僕からご説明いたしましょう。ええ、その通り執事です。ここは本日限定のSOS団専用執事カフェとなりました。偽の情報で多分にご足労いただきましたが、申し訳ありません。準備をする時間が必要でしたから。まあ、穴掘り作業の苦労の対価…と思っていただければ幸いです。これは、わたし共からのホワイトデーのお返しです。二人で考えました。少し趣向が過ぎたかもしれませんが」
 古泉くんがにこにこ爽やかスマイルをしながら説明してくれた。キョンを見ると、頭を掻きながら少し赤くなって顔を反らしてる。ふふ、しょうがないわね、まあいいわ。少しは許してあげる。
「では、どうぞこちらへ」
 古泉くんとキョンがパイプ椅子を引いて着席を促してくれた。あたしはキョンが引いてくれた椅子に座る。小声でキョンが囁いた。
「芝居とはいえ、嘘ついて悪かったな。ほんとすまん。」
 ふん、いいわよ。歓迎はしないけど、あんたなりのおもてなしなんでしょう。まあ、嘘も方便ってことにしといてあげるわ。
 古泉くんの引いた椅子に有希が、みくるちゃんはちょっと考えてキョンが次に引いた椅子に座った。なんか嬉しそうね、この娘。
「えー、では、少々お待ちください」
 キョンが畏まって言う。似合わないわよあんた。服はちょっと…かっこいいかな?
 キョン、古泉くんが部屋の隅に下がると、まずキョンがお盆に何かを載せてきた。ケーキ?
「お待たせしました。お、お嬢様。パティスリー****のチーズケーキでございます」
 これって、あの人気店の数量限定品で、開店してすぐ売り切れちゃうやつでしょ? わざわざ用意してくれたの?
 キョンがケーキを配り終わると、古泉くんがティーサーバーとティーカップを。見事な手際でカップに注ぐ。似合いすぎね、こいつ。決めたわ! 来年の学園祭はメイド&執事カフェにするわ。あたしはバニーにしようかしら。呼び込みでね。有希も眼鏡属性のメイドにしようかな。キョンは雑用。大儲け間違いないわ! きっと支店も必要になるわね。
 あたし達は男二人にいろいろ注文をつけながら、楽しくケーキを食べた。食べ終わったケーキの皿を恭しく引く二人。代わりに小箱が置かれた。
「どうぞ、お開けくださいませ。お嬢様」
 あたしはばりばり包装紙を破って開いた。有希とみくるちゃんは丁寧にだけど。
 中には、5cm四方ぐらいのジュエリーケース。ぱかっと蓋を開けた。
 そこには、シルバーの細いチェーンでヘッドに小さいけど石のついたネックレスが入っていた。
「ふわわぁぁ、あ、ありがとうございますぅ」
 みくるちゃんが感嘆の声を上げた。有希も目の前に持ち上げてまじまじと眺めている。あれ、3人ともヘッドの石の種類が違うわね?
「有希は…アクアマリン? みくるちゃんのは、ここからじゃわからないわね。あたしのはクオーツかしら?」
 なんだろ? 意味あるのかな。
「誕生石だよ」
 不思議そうに見ていたあたしにキョンが口を開いた。古泉くんが続ける。
「6月の朝比奈さんはムーンストーン。3月の長門さんはアクアマリン、そして4月の涼宮さんには…ダイヤです。下世話で申し訳ありませんが、お値段の方はほとんど差がないように石のほうの3Cを考慮しておりますので」
 あんた達…いくら小さくてもそれなりにしたでしょう? 高いものじゃなくてもいいのに……。でもすごく嬉しい。人から物を貰ってこんなに嬉しいのって久しぶりかもしれない。
「ああ、だから二人で半額づつ出すことにしたんだ。古泉の知り合いのジュエリー屋にお願いしたから、だいぶ安くしてもらえたらしい。安い分、そんなにいいのじゃないらしくて悪いけどな。30倍には足らんかもしれんが、今はこれが精一杯だ。」
 値段じゃないし質でもない。なんでもいいの。貰いたい人から貰えることが嬉しいの。
 ありがとう、キョン。あたしはキョンと反対方向に体を向けて言った。
「これ、つけなさい! 執事はお嬢様の命令には従わなきゃね」
 あたしは髪をポニーテールを作るようにかき上げた。キョンの手が近づいてくる感覚がある。おずおずと首に手を回して、ジョイントを留める…って、ここで手間取ってるんじゃないわ、かっこ悪いわよ。1分くらいごにょごにょやってつけ終わった。髪を下ろす。みくるちゃんが手鏡を渡してくれた。中に写るあたしを見る。胸元で輝くネックレス。かわいくて綺麗。
「ありがとう」
 あたしは小声でお礼を言った。
「ああ」
 キョンには聞こえたみたい。古泉くんにはまた後で言っておこう。
「あのぉ…あたしも、いいですか?」
 みくるちゃんもつけてもらいたいみたい。いいわ、みんなにつけてあげて。
 キョンはみくるちゃんの後ろに回ってつけてあげた。むむ、あの娘赤くなってるわ。なによ、キョンも緩みきった顔しちゃって。エロキョンめ。次は有希に。結構似合うわね。
 あたしは残ったお茶を一気に飲み干して、団長として締めの言葉を言った。
「さぁ、ホワイトデーのイベントも終わったし、今日は解散ね! 片付けて帰りましょう!」


    その後の俺


 後片付けは朝比奈さんが手伝ってくれた。古泉と俺、3人で洗い物を片付ける。見るからに嬉しそうにお皿を洗ってくれている朝比奈さん。長門はテーブルを片付けてくれた。ハルヒは…ハッパかけてただけだ、あいつは。
 それにしても、さっきの朝比奈さんはかわいかったなあ。長い髪をかき上げる仕草といい、白い手折れそうな細く綺麗なうなじといい。ネックレスを首に回したら、首筋がみるみる赤く…。正直、たまりません。似合ってるし、これを見られただけでも贈った価値は十分すぎる。
 長門はじっとしてたけど、俺が首筋に触れたら、ぴくってした。なんか萌えた。


 片付けも終了して、俺たちは部室を出た。ハルヒが鍵を閉める。
「あっ、あんた達、先に下駄箱に向かってて、すぐ行くから」
 ハルヒは朝比奈さんと二人連れだって歩いていった。あの方向はトイレだな。まあ、3人ともあんだけおかわり飲んでいれば近くもなるよなあ…こいつは平気みたいだが。どうなってんだ。
 そうだ、教室でなんで空間封鎖が解けたのかと、追って来なかったのか聞いてみるか。
「なあ長門、教室で空間封鎖が解けたのはなんでだ?」
 ゆるゆると首だけを動かし俺を見上げる。
「…わたしの中にノイズが大量に発生した。その影響。ノイズを除去するまで2分46秒の間動作不能に陥った」
 なんでそんなノイズが? それよりもおまえは大丈夫だったのか?
「大丈夫。ノイズ発生原因については言いたくない」
「そうか」
「そう」
 小さく頷く。
「解った。これ以上は聞かん。あと、それでも回復後に追ってくるぐらいはできただろう?」
「あなたと触れたとき、あなたの思考を少し読んだ。捕まえる理由がなくなった」
 だからハルヒ達に連絡しただけで追ってこなかったのか。
 こいつに隠し事しても、余計な手間が増えるだけか。なら今度からは先に協力者になってもらったほうがいいな。そう考えたころ、一つの言葉を聞いた。
「これ、ありがとう」
 小さかったが、優しい暖かい温度を感じる声だった。ああ、それが嬉しいってことだぞ。


 ゆっくりと下駄箱に向かいながら、俺の横についた古泉が耳打ちしてきた。
「なんだ、もう少し離れろ。ああ、用意の方は助かったよ。ネックレスもいくら安いものだとはいえあの値段で本当にいいのか?」
「いえいえ、涼宮さんを退屈させないためのいい機会でしたからお気になさらず。孤島の時より遙かに経費はかかっていませんから。それよりも、いいのですか?」
「何が?」
「今年これだけの事をしたのです。涼宮さんのことですから、前年度比で内容が下回ることは許さないでしょう。来年は準備がさらに大変になりますよ?」
 しまった、それを忘れていた。バカか俺は。今年は飛ばしすぎた。すまん、来年はいいバイトを紹介してもらうことになるかもしれん、古泉よ。おまえの紹介ってのが怖いがな。
「ふふふふ、ええ、いろいろありますからお任せください」
 ああ、そのときは怖くも痛くもなくて後腐れなさそうなので頼む。それになんだ、おまえ、いつもよりニヤケ具合が激しいぞ。何考えてやがる。
「おっ待たせーー!」
 ハルヒと朝比奈さんが追いついてきた。来年のことを考えるとやれやれだが、今はこの3人の嬉しそうな顔を見ているだけでいいだろう。来年のこと言ったら鬼が笑うってな。
 100Wの笑顔のハルヒ、大輪のひまわりの笑顔の朝比奈さん、明らかに歩調が軽い長門の3人を見ていると、俺も少し嬉しかった。去年までは記憶からも欠落しそうだった3月14日、来年もまた何かあるぞと心が躍る。それだけでも十分に楽しい高校生活だろう?


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