あなたのメイドさん


「うん、やっぱり露出が少ないのもいいわ! みくるちゃんらしいわね」
「そ、そうですかぁ? うれしいです……」
 今日はみくるちゃんにシンプルにエプロンを付けさせてみた。これがまた、ムカツクくらいに似合ってる。
 ほんとに嫉妬しちゃうくらいにかわいくて、優しい保母さんみたい。
 あたしが着替えさせたんだし、出来栄えは満足なんだけど……。
「は~……」
 馬鹿面で口半開きでみくるちゃんを見つめるこいつの視線が気になる。
 あたしには一度もそんな視線を向けてくれないくせに……。
 着替えさせるのは面白いけど、その後にこいつがみくるちゃんばっかり見てるから後味が悪い。
 もう……。たまにはあたしを見てくれたっていいじゃない。
 考えれば考える程ムカついてくる。
「帰る! 明日の予定は追って連絡するわ!」
 あたしは八つ当たりのように怒鳴り散らして、部室を出て行った。
 ……情けない。みくるちゃんには敵わないから八つ当たり。あたしバカみたい。
 キョンに振り向いてもらう努力なんか一個もしてないくせに、思い通りに行かないと逆ギレ。
 自分が嫌いになっちゃうわ、ほんとに。……どうしたら振り向いてくれるかしら?
 そりゃさ、あたしは恋愛なんて病気だって思ってたわ。でも、恋してるって気がついちゃったんだからしょうがないじゃない。
 あたしも女の子だもん。好きな男には振り向いて欲しいわよ。
 でも、待ってても絶対に振り向いてくれないことをこの前知ったわ。
 あいつの好みのタイプは、「大人しくて優しくて従順な奴」らしいから。
 なんで知ってるのかって? 教室でバカ谷口と大声で話してりゃ嫌でも聞こえてくるわよ。

 じゃあどうしようかしら。あいつの理想通りの女になる?
 ……それも面白いかも。うん、そうしましょう! 面白そうならやってみるしかないわ!
 あたしは携帯を手に取ってキョンに電話をかけた。
「もしもし」
「明日は7時半に部室に来なさい! 以上!」
 他のみんなはいつもの時間にいつもの場所ね。
 あたしはみんなに連絡を回してベッドに潜った。ふふふ……キョン、見てなさい。絶対に振り向かせてやるんだから!


―――――――――――


 やれやれ、今日は一段と早い朝だ。しかも休みだってのにハイキングコースを登るはめになるとはな。
 ハルヒの部室への呼び出しにより、俺は朝早くから学校へと向かい歩いていた。
 今日は何をやらされるんだ? まさか、ツチノコやらチュパカブラやらを捕まえるとか言い出さないよな?
 不安だし、疲れそうな気がする。今日は厄日だ……。
 校門をくぐり、靴箱……はいいか。今日は休日だ、土足なんてバレやしないさ。
 靴を履いたまま部室棟の方へ向かい、二階へと登った。もうみんな待ってて、また俺が奢りなんだろうな。
 溜息をつきつつ、ドアを開けた。
「ふふふ、来たわね、キョン。いや、『いらっしゃいませご主人様』の方がしっくり来るかしら?」
 ……なんてこった。何が起こっているんだ。何かの間違いだろ?
 俺はゆっくりとドアを閉め、もう一度ゆっくりとドアを開けた。
 さっきと寸分違わぬ格好でそいつは立っていた。
 涼宮ハルヒ。……メイド姿の。

「さぁ! 今から集合時間までの約一時間、何でも言うことを聞いてあげようじゃない!」
「いやいや、ちょっと待て。いきなり頭のネジを外してどうしたんだ?」
 頭のネジが外れてたのは前からだったがここまでとはな。
「あたしは正気よ。早く命令しなさい、ご・主・人・様!」
 こんなにメイドらしくないメイドを見たのは初めてだ。やるならやるで朝比奈さんを見習いやがれ。
 まぁなんだ、こいつがどうしてもメイドの真似ごとをしたいって言うなら付き合ってやろうじゃないか。
 俺の命令にどのくらい耐えれるかが見物だな。
「しょうがない、とりあえず茶を淹れろ。あとはしゃべり方もメイドっぽくな」
 さぁ、キレろ。キレたら終わりだ。さっさと帰ってやるぜ。
「わ、わかりました。お待ちください、ご主人様」
 ……耐えやがった。しかも意外に板についてやがる。
 そういえば猫をかぶるのは得意だったな。孤島の時のあれみたいに。
 しばらく椅子に座っていると、ハルヒはお茶を持ってきて俺の前に置いた。
 それを手に取り、口をつける。おぉ、意外に美味い。
 練習したのか? ……まさかな。
「さ、他には何もないの!?」
「言葉」
「……他にありませんか?」
 これは楽しいな。しかし、この部室でやる仕事と言えばお茶くみくらいだ。
「とりあえず黙って座ってろ」
「……はい」
 ふぅ、やっと落ち着いたな。
 茶を啜りつつ、黙って椅子に座る時間が続く。本来ならハルヒもマウスをカチカチやってるのが普通なんだが……。
「なんで隣りに座ってるんだ?」
 ハルヒは少し顔を赤らめて、俯いた。
「メイドは常にご主人様の隣りにいるものよ。……いるものですから」
 わざわざ言い直さなくてもいいんじゃないか? まぁ、なりきりたいなら構わないけどな。

 湯飲みを持ちながらハルヒを横目で見る、奇妙な時間が流れ続ける。
 えぇい、居づらい。こうなったらハルヒが満足するまで命令してやろうじゃないか。根比べだ。
「ハルヒ、俺は様々なコスプレをしてるお前が見たい。いろいろ着替えろ」
「あ、あんたバカじゃない!? ジャンルを問わないコスプレ萌えなんて初めて聞いたわ!」
 ふふん、俺の勝ちだな。ここから一気に喫茶店に向かう流れに持っていくか。
「あ……わ、わかりました、ご主人様」
 ハルヒは朝比奈さんのコスプレ用衣裳がかけてある所へ歩き、その中の一つを取り、服を脱ぎだした。
 いや、断じて見てないぞ。すぐに背中を向けたからな。何も見えなかったぞ。
「はい、次があるから5秒だけよ」
 その声で振り向くと、ウェイトレス姿のハルヒがそこにいた。
 ……っておい。もう脱ぐのかよ。確かに5秒ちょうどだったけれども。
 そして俺は次々にハルヒのコスプレ姿を見せられた。巫女にバニー、カエルまで見た。
 そのどれもが見事に似合っていた。……途中からメイド口調は完全になくなったけどな。
「これで満足かしら? コスプレ萌えのご主人様!」
 残り時間はもう少ない。俺がハルヒにしてもらいたいことといえば……。
「まだ満足していない。俺、実はポニーテール萌えなんだ」
「え……?」
 しまった。俺がポニーテール萌えということをこいつは知らなかったんだ。ハルヒは夢としか思ってなかったんだったか。
 二人で数秒間見つめあった後、ハルヒはポケットから輪ゴムを取り出して髪をまとめ始めた。
 もしかして、いつも輪ゴムを持ち歩いているとか……は、ないか。たまたまに決まってる。
「……どう?」

「……似合ってるぞ」
 これはマズい。あの時よりだいぶ伸びてきていい感じの長さになっている。
 何が言いたいかと言うと、抜群に似合ってるってことだ。わかったか?
 しかしだな、髪型云々ではなくてハルヒが言うことを聞くと言った瞬間に浮かんだ願いは一つだった。
『俺と付き合え』、という一つだ。
 あぁ、そうさ。そういう欲望があったのさ。いつからかわからんくらい前から好きだったんじゃないか?
 だからそんなことを考えたのだろう。……というわけでここぞとばかりに言うことを聞いてもらうぜ。
「ハルヒ、最後の一つだ。俺と……「ブーッ! 時間切れよ! 終了ー!」
 時計に目をやると、確かに時間は切れていた。余計なことさせたからか。
「じゃあ、次はあたしからの話ね!」
「おい、ちょっと待て。俺は言うことを聞くなんて言って無……」
「あたしと付き合いなさい、バカキョン! コスプレ萌えでもポニーテール萌えでもいいから!」
 おぉ!? そういう展開ですか……ってなんだ。大声で言われて……恥ずかしくなってきたぞ。
 顔が熱い。誰か鏡を持ってきやがれ、赤さを確認したい。
 視線をハルヒの顔に合わせると、段々恥ずかしくなってきたのか、同じように真っ赤になっている。
 ウブなんだな。俺もハルヒも。まだ若い証拠だ、いいことじゃないか。
「ま、まぁなんだ。……いいんじゃないか?」
 こんなヘタレな返事しか出来ない俺を誰か殺してくれ。男らしくねぇ。
「い、いいの? ……よろしく」
 ハルヒが右手を出してきたから、それを握った。
「……こちらこそ」
 これはどこの会社の契約現場だ。固っくるしいぞ。
 いや、これでいいのかもな。どうせ今だけだ。また少し経てばいつものようにバカ喧嘩さ。

 そのままハルヒの手を引き、喫茶店に向かおうと歩きだした。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
 断る。今振り向いたら恥ずかしくなるからな。
「お願い、ほんと止まりなさい!」
 だから断るって。
「あたしまだメイド服でしょうが!」
 ……やれやれ。せっかく早くに着きそうだってのにやっぱり俺が最後か。
 別にいいか。今日は遅刻奢りは半額で済む。手を繋いで行くなら同着だからな。


おわり
 

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最終更新:2020年03月13日 00:18