Report.18 長門有希の憂鬱 その7 ~朝比奈みくるの報告(後編)~


 あたしの照準でたらめな『みくるビーム』は、それでも開戦を告げる合図にはなったようです。
 あたしが視線を巡らせた辺りには、焦げ目の付いた人型が多数現れました。……自分で撃っといて何ですけど、すごい威力です。こんなものを無意識に撃てるよう改造しちゃうんだから、やっぱり涼宮さんはすごいとしか言いようがないです。
 空中では、古泉くんの赤い軌跡が幾つもの緑色の軌跡と激しくぶつかり合っていました。あまりにも速過ぎて、目で追うのは無理です。
 敵航空戦力はとりあえず古泉くんにまかせることとし、あたし達地上部隊は敵地上戦力を叩くことに集中します。戦法は、あたしと喜緑さんの砲撃で姿を表した近距離の敵を、キョンくんが短機関銃のフルオート射撃で片っ端から倒すだけ。単純明快です。
「弾切れせえへん銃って、ゲームに出てくる隠し武器みたいやな……」
【弾切れしない銃って、ゲームに出てくる隠し武器みたいだよな……】
 キョンくんのそんな呟きが聞こえてきました。確かに、こんなでたらめな戦い、ゲームみたいと言わざるを得ません。
「あなたがゲームのようだと認識するのは仕方がありません。もっともなことだと思います。」
 喜緑さんがキョンくんの呟きを聞き付けて、静かに、でもはっきりと言いました。
「でも忘れないでください。これはゲームという仮想現実ではなく、れっきとした現実であるということを。」
 そう言って喜緑さんはキョンくんに手をかざし、
真空呪文(バギ)。」
 キョンくんの身体を旋風(つむじかぜ)が包みました。
「おわっ!? つっ、痛たたたた……」
 キョンくんの着ている服の袖があちこち裂け、所々出血しています。
「まるで現実ではないことのように思えるかもしれませんが、実際はこの通り、痛みもあれば出血もします。大きな損害を受ければ、生命活動が停止するでしょう。これは紛れもなく現実なのです。」
 どんなにでたらめな出来事でも、今目の前で起こっているのはすべて現実の出来事。だから……舐めて掛かるな、ということですよね。
「そういうことです。その傷の痛みが、現実に引き戻すきっかけになれば良いのですが。」
「分かりました。俺なら大丈夫です。だから……」
 キョンくんは短機関銃を撃ちながら叫びました。
「今は、目の前の敵を倒すことに集中します!」


 地上戦力の殲滅は、順調に進捗しています。大火力を持った戦力が三人もいますからね。問題なのは航空戦力です。古泉くん自身の能力の問題じゃなくて、単純に人手不足です。それにどちらかというと古泉くんの能力は一対一用で、あたし達みたいな範囲攻撃用じゃなさそう。
 というわけで、手が回りきらない敵航空戦力が、時折あたし達のところに飛来します。
五指爆炎弾(フィンガー・フレア・ボムズ)。」
 慌てず騒がず喜緑さんは、大技で仕留めます。技名の由来は……ある少年漫画でしょうね。もしかしたら喜緑さんは、長門さんがいつも分厚い本を読むように、普段は静かに漫画を読んでるのかもしれません(今度、長門さんに漫画を貸してみようかな)。
 一方あたしはというと、対空防御は喜緑さんに任せて、地上・上空の区別なく、ひたすら辺り一面を色々な兵器で薙ぎ払っています。目的は、隠れている敵に印を付け、目視できるようにするため。目視できる状態になれば、それはキョンくんの標的になります。
 こうしている間にも、前から後ろから、もうすべての方向から、鉄筋の射撃を受けています。それらはすべて、喜緑さんの防護壁で防がれてますけど、やっぱり生きた心地がしません。
 ふと上を見ると、上空で古泉くんが多数の航空戦力に取り囲まれていました。援護しなくちゃ。でも、あまりに動きが速く、また標的も敵味方入り混じってるので、おいそれと撃てません。間違って古泉くんを撃ってしまったら、それこそシャレになりませんし。混戦中の援護射撃は無理かも。
「キョンくん、出番ですよ。」
 喜緑さんがそう告げると、キョンくんの端末が変形しました。
「うわっ!? (なん)やこれ!?」
【うわっ!? (なん)じゃこりゃ!?】
「狙撃形態。PSG-1の外観を模しています。」
 PSG-1……この時間平面で使用されているセミオートマチック式狙撃銃で、ある事件をきっかけに開発され、それまでボルトアクション方式しかなかった狙撃専用銃に新たな歴史を開いた、と史料にあります。
「照準はすべてその端末が制御します。迷わず敵を狙撃してください。」
 キョンくんは銃口を空に向けました。
「行くぞぉぉぉ古泉ぃぃぃ! 気ぃ付けろぉぉぉ!!」
【行くぞぉぉぉ古泉ぃぃぃ! 気を付けろぉぉぉ!!】
 キョンくんの雄叫びと数十発の銃声。そして上空の赤い光を取り囲む緑の光のうち、赤い光に向かって動き始めていた数十個の緑の光が消滅しました。援護射撃成功です。
 ちなみに、キョンくんが相手していた地上戦力は、代わりにあたしが相手しておきました(お嫁に行けるか、ちょっと心配になってきました)。


「どうやらこの空間は、要となる敵を倒すごとに、段階的に変化するようです。そして、すべての段階を越さないと、脱出が不可能なようですね。」
 喜緑さんは、長門さん達と交信しているようです。
「一体一体倒していくのは効率が悪いですね……」
 少し思案顔で喜緑さんは呟きます。『効率』……ちょっと嫌な予感がしました。
「古泉くん。空中の敵をすべて引き付けて、こちらに来てください。まとめて処理します。」
 喜緑さんが上空の古泉くんに指示を出しました。まとめて処理?
 指示に答えて、上空の赤い光がめちゃくちゃな動きを始めました。その動きに釣られて、緑の光がだんだん狭い範囲に集まり始めました。そして赤い光が、一直線にこちらを目指して飛んできます。その赤い光を追って緑の光もまた……
「ひえええ!?」
「のあああ!?」
 あたしの悲鳴と、再び短機関銃形態になった端末を撃っていたキョンくんの悲鳴が重なりました。空を埋め尽くす、ものすごい数の緑の光点……あまりに多すぎて、もはや光の帯にしか見えません。
 あっ、ダメですよキョンくん、上空に向けて撃っちゃ! 古泉くんに中っちゃうし、地上の敵が!
「おわっ、す、すいません。思わず取り乱してしまいました……」
 そんなあたし達のやり取りはどこ吹く風で、喜緑さんは上空を見ています。……広げた両手に、吸い寄せられるように何かが集まって光を放っていました。
「ふふふ。さあ、古泉くん……上手くかわしてくださいね……なるべく紙一重で……」
 ひいいい、この人、何だかとっても楽しそうです! 誰か止めてください!
「喜緑さん、Hold your fire! って、無理!」
 やっぱりキョンくんにも無理でしたね……逃げてー! 古泉くん、逃げてー!
「さあ、もう少し……行きますっ!」
 喜緑さんが吼えます! って、あなたはこんなキャラでしたっけ!?
極大爆裂呪文(イオナズン)!!」
 喜緑さんの両手から放たれた光球は、お互いに逆位相の正弦波の軌跡を辿りながら、こちらに向かってくる赤い光の球の方向へ真っ直ぐ飛んで行きました。こ、古泉くん!
 直撃、と思われた刹那、赤い光の球は異次元の加速を見せてかわしました。アフターバーナー!?
 喜緑さんの放った光球はそのまま直進し、古泉くんを追ってこちらに向かってきた緑の光の帯に近付いて……
 大爆発の後、空には塵一つ残っていませんでした。


「今の攻撃で、敵航空戦力はすべて倒したようですよ。」
 あたし達の防護壁の中に降り立った古泉くんは、涼しい顔で報告しました。
 あのー、古泉くん? さっき思いっきり囮にされたと思うんですけど、その点についてはコメントなしですか。
「いやー、あれくらい、《神人》との戦いではよくあることですから。」
 いつものスマイル。えっと、何て言うか……いえ、やめときます。
 喜緑さんは、ええ、分かっていましたとも、とでも言っているかのような顔で、さらりと言いました。
「これで残りは地上戦力ですね。長門さんたちに連絡します。」
 トロいといつも言われるあたしにも、はっきりと分かります。この人、とんでもない大技を使う気満々です。
「30秒後に、爆音と閃光が発生します。目を閉じて耳を塞いでください。」
 そう言うと喜緑さんは、いつの間にかイヤープロテクターとサングラスを付け、呪文のようにコードを唱え始めました。耳を塞いでいるのに、なぜかはっきりと聞こえてきます。
「Lord of vermillion!!」
 そして、瞼越しにもはっきりと分かりました。世界が強烈な光に包まれるのが。一瞬後に、激しい衝撃波と爆発音。防護壁でかなり減殺されてるんでしょうけど、それでも凄まじい余波です。ようやく余波が収まると、あたしは目を開けました……

 ああ、大阪湾がきれいに見えます。遮る物も何もなく、はっきりと。遠くの影は淡路島でしょうね。
「あの、喜緑さん。何だか、とても視界が広くなってませんか? 気のせいか、見通しが良くなったような……」
 これで空の色がおかしくなければ、とってもきれいな光景なんでしょう。陽光を反射してキラキラ光る海面が……
「現実逃避はそのくらいにしてください。範囲はこの空間内に限定されますから、御心配なく。」
 喜緑さんに、無理やり現実に連れ戻されました。えーと、目の前の光景を端的に表すと。


 西宮市の壊滅。


 いくら現実空間には影響がないとはいえ、やっぱり息を呑む光景です。史料で見た、この時間平面より少し前の時間にこの土地を襲った大地震の後のように、見渡す限り瓦礫が広がる廃墟になっています。
「呆けている場合ではありません。いよいよ大詰めです。」
 喜緑さんがそう言うと同時に、あたし達に影が差します。上を見上げてびっくりしました。巨大な人型が、あたし達を見下ろしていたのです。
飛翔呪文(トベルーラ)。」
 あたし達はいつの間にか喜緑さんに掴まれ、目の前に広がる瓦礫の荒野に移動していました。さっきまで立っていたと思われる辺りには、巨大な人型の足と土煙が見えました。移動が遅れていたら、踏み潰されるところだったんですね。
「これは……《神人》のような……」
「……ラスボス?」
 古泉くんとキョンくんの呟きです。
「もう周囲から射撃を受けることはありません。あとはただ、打ち倒すのみです。」
 『ガンガンいこうぜ』なんですよね、喜緑さん。もう細かいことは後回しにします。今はただ……
「《神人》退治の腕は伊達じゃないところをお見せしますよ。」
 古泉くんは再び赤い光球に。
「やれやれ……早いとこ終わらせようや。」
【やれやれ……早いとこ終わらせようぜ。】
 キョンくんは端末を変形させ。
「クーデターは失敗に終わるものですよ。」
 喜緑さんは静かに弓を持ち。
「未来人が過去で命を落とすことは……最大の禁則事項ですっ!」
 あたしは拳を固め。
「※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※」
 人型が咆哮を上げて腕らしきものを振り上げ。
「Ready...」
 皆がお互いに目配せし。
「Fight!!」
 次の戦いが始まりました。


「シャープシューティング。」
 喜緑さんの放った最初の矢は、不気味な音を立てます。鏑矢(かぶらや)って言うんでしたっけ。開戦を告げる合図です。
「ダブルストレイフィング。」
 その後はひたすら二本ずつ矢を放っています。
 キョンくんの端末は、今度は……
「89式5.56mm小銃の形態を模した状態です。」
 89式5.56mm小銃というのは、えっと……この時間平面におけるこの『日本』という国の軍隊、当時は軍隊とは呼んでいないんですけど、単に名前が軍隊じゃないだけの、れっきとした正規軍において制式採用されていた武器で、その他には警察の特殊急襲部隊や、海上保安庁の特殊警備隊に系列の銃が配備されていた、と史料にはあります。アサルトライフル(突撃銃)、って言うそうです。
 その銃の三点制限点射で、正確に弾を当てていくキョンくん。あたしもライフルダートをガンガン撃ち込みます。今までの敵と違って、最初から姿が見えているので、最初から全力攻撃です。
 地上からあたしたちが攻撃しているうちに古泉くんは上空に舞い上がり、人型の周囲を不規則に飛び回って翻弄します。……あの振り回されてる腕、危険だなぁ。
「腕を切り落としますっ! 古泉くん、合わせてくださぁい!」
 あたしは叫ぶと、長門さん曰く『超振動性分子カッター』を人型の腕に巻き付けます。……さすがに硬いです。でもそこに、古泉くんが正確に合わせてくれました。
 太くて長い腕が肩口から切り落とされました。切り落とされた腕は、落ちるそばから空気に溶けてしまいます。でも、次の瞬間には、
「なっ!? 腕が再生しよった!?」
【なっ!? 腕が再生しやがった!?】
 キョンくんの驚愕した声。腕が元通りの形に、一瞬で再生されました。
 上空で旋回しながら、古泉くんが言いました。
「これはこれは……《神人》には再生能力はありませんでしたから、これは僕にとっては未知の領域ですね。」
 古泉くんはこんな状況でも落ち着いています。一体どれだけの修羅場を潜ったら、あんな境地に達するんでしょうか。
「さすがにほぼ最終段階ですから、一筋縄では行かないようです。一定以上の損害を受けると、修復されるようですね。」
 それじゃあ、いずれは疲れ果てたあたし達が倒されるハメに……喜緑さん、どうすれば良いんですか。
「攻撃を一箇所に集めましょう。瞬間的にでも相手の再生能力を上回る損害を与えれば、わたしが再生阻害因子を埋め込めますから。」
 その再生阻害因子を埋め込めば相手の再生は止まり、
「ダメージが溜まり続ける状態になる、と。」
「そうすれば、後はひたすら攻撃を撃ち込めば、倒せるってことやな。」
【そうすれば、後はひたすら攻撃を撃ち込めば、倒せるってことだな。】
「そういうことです。」
 作戦は決まりました。後は実行するだけです。


 キョンくんの端末がロケットランチャーに変形しました。
 古泉くんは、しゃがみ込み……クラウチングスタートの構え。準備は整いました。
竜破斬(ドラグスレイヴ)。」
「みくるビーム Ver.Max!」
 二発の攻撃が撃ち込まれ、人型の胸に風穴が開きました。しかしすぐに再生が始まります。そこへキョンくんの撃った攻撃が直撃。穴が塞がろうとするのを食い止めます。
「突貫~! ふんもっふ!!」
 そしてその穴をこじ開けるように、古泉くんが光球になって突っ込み、貫通しました。
死の呪文(ザラキ)。」
 再生阻害因子をそう解釈しますか。確かに、今の状況には合ってるかもしれませんけど。しかし、本当に某漫画が好きなんですね、喜緑さん……
 そして再生が止ま……いえ、止まってません! やっぱりダメなんですかー!?
「いいえ、攻撃は効いています。作戦の変更はありません。続行します。」
 確かに、言われてみれば再生したとはいえ、傷跡が残ってます。
「動きを封じて肉弾戦に持ち込むのが、一番確実なようです。」
 動きを封じるということは……
「脚を使えなくするというわけですね。」
 古泉くんはそう言うと、今度は空中で動き回り、人型の視線を上に引き付けます。時折指らしき部分を切り落として、再生に掛かりっきりにさせています。上手いなぁ。
「足の付け根辺りを狙います。わたしは右、朝比奈さんは左をお願いします。」
 喜緑さんは体の両側に開いた両手に色違いの光球を作っています。この色は……喜緑さんの意図を察知したあたしは、使用する兵器を選定します。
「げ……俺が真ん中ですか……男として生理的に嫌やなあ……」
【げ……俺が真ん中ですか……男として生理的に嫌だなあ……】
 生理的に? 足の付け根の辺りで真ん中っていったら……あ、そうか、『人型』だから……!?
「ちょっと、キョンくん! お、女の子の前で変なこと言わないでくださいっ!」
 思わず赤面しちゃいました。ダメダメ、集中しなくちゃ!
 やれやれと言った感じでキョンくんが照準を合わせ、引き金を引きました。
「食らえ、金的!」
 喜緑さんの攻撃がそれに続きます。
極大消滅呪文(メドローア)。」
 その攻撃にあたしが合わせます。
「マイクロブラックホール、行きます!」
 三つの攻撃を受け、上半身と下半身が分離しました。分離した下半身部分を、すかさず古泉くんが切り刻みます。
氷系呪文(マヒャド)。」
 切り刻まれ、喜緑さんの呪文で氷結した下半身部分は、古泉くんの突貫を受けて砕け散り、そのまま風に溶けて二度と再生することはありませんでした。
 あたし達の、とても素人とは思えない息の合った攻撃(多分、喜緑さんの補助のおかげ)で、ついに敵の動きを封じることができました。上半身だけになった人型は、もうそんなに大きくもありません。
「さあ、朝比奈さん。思う存分暴れてくださいな。」
「ふえっ!?」
「あなたは近接格闘の方が得意そうですからね。」
 それはあくまで護身用で、っていうかそれは禁則事項であって……
鎧化(アムド)。」
 あたしの反論を意に介さず、喜緑さんはあたしに情報操作。あたしの身体は、見る間に装甲に包まれます。えっと、チャイナドレス風の服に、胸や肩、間接部分等にプロテクターが付いた、そう、コスプレ用衣装みたいな。
 ちなみに、某漫画の某キャラのように、パンツ丸見えです。これって、見えても良いパンツなんですよね? そうですよね!?
「わたしも援護しますよ。」
 そう言ってあたしにナックルダスターを投げて遣すと、喜緑さんは鞭を取り出しました。
「俺も、やっぱり突撃するんですか……」
 見ると、キョンくんの端末は釘がいっぱい刺さったバットになっていました。
「……銃剣とか、せめて木刀や鉄パイプにはできんかったんですか?」
【……銃剣とか、せめて木刀や鉄パイプにはできなかったんですか?】
 あんまり変わらないと思うんですけど。
「あっ、喜緑さん、俺の装甲を特攻服にせんでええですからね!」
【あっ、喜緑さん、俺の装甲を特攻服にしなくて良いですからね!】
 ……喜緑さん、何でそんな残念そうな顔してるんですか。
「…………」
 喜緑さんは長門さんばりの三点リーダの後、キョンくんにも装甲を施しました。無難に、ローラースケート用のプロテクターです。何だか、喜緑さんはちょっと不服そうです。
「……(おとこ)の突撃には、特服(とっぷく)が正装ではなかったのでしょうか……?」
 喜緑さん、それ、多分『おとこ』の字が違ってます。背中に『夜露四苦(よろしく)』とか書いてある服を着るシーンは、漫……もとい、『資料』で見たことはありますけど、キョンくんにはあんまり似合わないと思います。


「物理的にジゴクに落ちるよぉぉぉぉ!!」
 キョンくんの攻撃! 会心の一撃! 人型に100のダメージを与えた!!
 現実逃避してる場合じゃないですね。大上段から振り下ろしたキョンくんの釘バットが唸ります。
 続いて、古泉くんの攻撃。単に体当たりしてるんじゃなくて、手から伸びた棒状の光で斬っているようです。
 そしてあたしの攻撃……って、どうすれば!?
「言ったはずです。あなたの格闘能力と連携できるように、制御方法を追加したと。」
 言われて、あたしは意識の攻撃系統を組み替えました。何だか力がみなぎってくる感じです。人型のそばに駆け寄りました。この格好からして、素手での攻撃なんでしょうね。
 えっと……右、ですか?
「いいえ。」
 ひ……左?
「いいえ。」
 り、両方ですかあああ?
「はい。」
 もしかして、もしかして……オラオラですかーっ!?
「やれば分かります。」
 右、左と連続して突くと、体の各部が、エコノミーラインをなぞって動くのが分かりました。
「あたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!」
 こっちですかあああああ!!
 あたしは某一子相伝の暗殺拳伝承者の如く、ものすごい勢いで人型を殴っています。
「あたぁっ!」
 肘で。
「あとうっ!」
 脚で。
「おあたっ!」
 拳で。
「あたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!」
 両手で。
 あたしは、快調に敵を粉砕していきます。……どうか、明日以降キョンくんがあたしを見る目が変わるというようなことがありませんように。


「準備ができました。これで終わりにしましょう。」
 さっきから鞭を振るいながら、ひたすらコードを展開していた喜緑さんが、通常言語を発しました。
「皆さん、わたしの後ろに退避してください。」
 今度は一体どんな大技を繰り出すのやら……でも、少しだけ、次はどんな技が来るのかと楽しみにしてる自分を発見しちゃいました。
 喜緑さんをよく観察します。これから起こることを見逃さないために。
 直立不動のまま、目を開けて、胸のところで静かに合掌しています。滑らかに両手を広げました。それと同時に、凄まじい威圧感……闘気が全身から立ち上ります。
 広げた両手を頭上に高く掲げ、手を組みます。その両手に闘気が収束していきます。掌底部をくっつけたまま指側を開き……その形がまるで物語に出てくる竜のように見えます。
 喜緑さん……やっぱり『アレ』を使うんですね。あなたの元ネタの傾向から言って。組んだ両手を力強く前に突き出して、
竜闘気砲呪文(ドルオーラ)(!)』
 あたしも唱和しました。だって、分かっちゃったんですから。
 ふわぁぁ……実際に見ると派手ですねぇぇぇ……
「朝比奈さん。『重ね当て』行きますよ。」
「ひゃいっ!?」
 あああ、喜緑さん! あんまり人の頭の中いじらないでくださいぃぃ!
 あたしの中で攻撃系統が喜緑さんの手によって、強制的に組み替えられました。これって……あたしの目の前に巨大な赤紫の光る円形の模様、そう、『魔法陣』が現れます。
 そしてそこに集中していく高エネルギー反応。光球ができてどんどん膨れ上がります。
 喜緑さん! 漫画だけじゃなくて、深夜アニメにも手を出してたんですか!? これが深夜アニメだって分かるあたしも、あんまり人のこと言えませんけどっ!
 色々な所からエネルギーをかき集めるように成長する、目の前の光球。
 やっぱり……撃つんですね。ええ、撃ちますよ。撃ちますとも。『人間兵器』の名に賭けて……くすん。
『Starlight Breaker!』
 喜緑さんの竜闘気砲呪文(ドルオーラ)に負けない、信じられないようなエネルギーの奔流が、人型に襲い掛かります。
『あなたのストレス解消にもなりましたね。』
 わっ、わっ、それは禁則事項……って、これは直接通信? 通信ができるっていうことは、つまり。
 やがてエネルギーの奔流が止むと、後には何もない空間が広がっていました。


「これで……終わったんですね、戦いが。そうですね? 喜緑さん。」
 古泉くんが地に降り立ち言いました。喜緑さんは肯定しました。
「はい、終わりました。間もなく空間封鎖が解除され、通常空間へ復帰すると思われます。」
「ふー、やれやれ。」
 キョンくんは、心底くたびれた、という表情でいつもの溜め息です。
 キョンくんの端末と装甲、あたしのナックルダスターと装甲が、煌めく砂になって空気に溶けていきます。喜緑さんは、いつの間にか弓も鞭も、どこかへ直して(仕舞って)いました。
 ところで喜緑さん。使い終わったから装甲が消えていったんだと思いますけど、何であたしの装甲は、プロテクターは消えたのにコスプレ衣装みたいな服装はそのままなんでしょうか?
「その答えは……」
 喜緑さんは、言わずとも分かるだろうとでも言いたげな瞳で、
「……元町。」
 はうっ!? なぜそれを!?
 この間、この時間平面でできたお友達の鶴屋さんと一緒に、神戸・元町の中華街へ遊びに行ったんです。その時に見た、売り子のお姉さんの衣装が可愛くて……確かに、その時、ちょっと、着てみたいな、とは思いましたけど。
「人間の言葉で言うと、似合ってますよ。」
 あ、えっと、その……あ、ありがとうございます……
 何でだろう。
 男の人にそう言われてドキドキするのなら分かるんですけど、人間ではないにしても、見た目は女の子である喜緑さんにそう言われて、それこそキョンくんにそう言われるよりもドキドキしてるなんて。
 ここで、ちょっと実験。もし同じことを鶴屋さんに言われたとしたら?
 あたしは心の中で、いつも元気いっぱいの、鶴屋さんの言動を想像してみました。
『いっやー、みくる、めがっさ似合っとるっさー! 男と一緒に、あたしまで悩殺する気ぃにょろ?』
【いっやー、みくる、めがっさ似合ってるっさー! 男と一緒に、あたしまで悩殺する気にょろ?】
 鶴屋さん、ウィンク。
 はい、あたしノックアウト。
 …………
「おや、どうしましたか、朝比奈さん。そんなに落ち込んで。」
 古泉くんが声を掛けてくれます。ごめんなさい。ちょっと、あたしの性癖について、本気で悩み始めてます……


「何にしても、無事に戦闘が終結して、何よりですよ。」
 そう言って笑う古泉くんに、キョンくんがしみじみと言いました。
「それがお前の素の言葉なんやな。」
【それがお前の素の言葉なんだな。】
 古泉くんは、一瞬『しまった』という顔をした後、すぐにいつものスマイルに戻りました。冷や汗をかきながら。
「……あんさんが何を言いたいのかさっぱり分かりまへんなあ。」
【……あなたが何を言いたいのかさっぱり分かりませんね。】
「戻すな戻すな、バレバレやって。」
【戻すな戻すな、バレバレだって。】
 即座にキョンくんのツッコミが入りました。
 あ、そうか、これだったんだ。この戦いが始まったとき、あたしが古泉くんに感じていた違和感の正体は。話し方が変わっていたんですね。
「…………」
 古泉くんは長門さん並に沈黙した後、頭を掻きながら言いました。
「いやはや。ばれてしまっては仕方がありませんね。」
「最初からバレとぉって。そんな不自然な喋り方する奴おらへんわ。」
【最初からバレてるって。そんな不自然な喋り方する奴いねえよ。】
「これも『謎の転校生』を演出する一環だったんですがね。」
「演出過剰やろ、あれは……」
【演出過剰だろ、あれは……】
「そうなんですか? お察しの通り、僕はこの土地の出身ではありません。だから、方言の違いは余りよく分かりませんでしたもので。」
「まあ、せやろな。色々と誤解された(もん)の影響を受けた喋りやったし。」
【まあ、そうだろうな。色々と誤解された物の影響を受けた喋り方だったし。】
 古泉くんは苦笑を浮かべながら、
「それでしたら、もっと早く指摘していただければよかったのに。」
「それはアレや、お前が明らかにツッコミ待ちやったから、ツッコんだら負けや(おも)て、誰もツッコまへんかっただけやで、きっと。」
【それは、お前が明らかにツッコミ待ちだったから、ツッコんだら負けだと思って、誰もツッコまなかっただけだぜ、きっと。】
 古泉くんは、やれやれと肩をすくめました。
 ……あたしの言葉はどうなんだろう? 同じ国の言葉とはいえ、こんな昔の言葉……『古語』は、あたしにとってはほとんど外国語も同然ですから。
 よく用法を間違えるし、発音も怪しいし。舌っ足らずで、いつもおろおろあたふたしてるってよく言われます。
 ちなみに、これまでの調査結果によれば、この使用する言葉の違いによる会話の齟齬が、涼宮さんにとっては『萌え要素』と認識されているようです(って、これも禁則事項ですよね……長門さん、ここ、まずかったらカットしといてください。)。
【長門有希・注】

 原文をそのまま使用した。


 やがて、空に亀裂が走り、ステンドグラスが割れ落ちるように、空間封鎖が解除されました。空の残骸が街の廃墟に崩れ落ち、落下地点が通常空間の町並みに戻っていくという、普通とは逆と言うのか、何とも不思議な光景が見えました。壮観です。
「空間封鎖の解除、通常空間への復帰を確認。」
 喜緑さんが、息をつきながら告げました。終わったみたいです。
 でたらめで、激しい戦いでした。
 喜緑さん。終わったんですから、また兵器の中和を……
「そうですね。では、行きます。」
 喜緑さんは、またあたしの顔を固定すると、だんだん顔を近づけてきて……首に腕を回して固定してるので、何だか情熱的な印象を受けるのは気のせいですよね、きっと。
 喜緑さんの顔が耳に近付い「ふうっ」
「あひぃん!?」
 な、何なんですかー!? 何で、み、み、耳に息を吹きかけるんですかー!?
「ひくっ!?」
 は、鼻!? 鼻に噛み付き!?
「耳にするつもりだったんですが、何となく面白そうだったので、ちょっと戯れてみただけです。」
 あたしは腰が抜けて、その場に尻餅をついちゃいました。
「それでは、長門さん達と合流しましょう。場所は文芸部室です。」
「……また、あの長い坂を上るんですか……ちょっと休憩さしてくれませんか?」
【……また、あの長い坂を上るんですか……ちょっと休憩させてくれませんか?】
 キョンくんが心底疲れた声で言いました。喜緑さんは辺りを見回すと、
「大丈夫です。楽に移動しますから。一箇所に固まって、わたしに触れてください。」
 古泉くんはいつもの顔で、キョンくんは怪訝そうな顔で、集まってきて喜緑さんの肩に手を置きました。へたり込んでるあたしの手を掴むと、喜緑さんは言いました。
瞬間移動呪文(ルーラ)。」
 ……ほんと、某漫画好きなんですね……
 あたし達の身体は空高く舞い上がり、高速飛行して、あっという間に北高の屋上に着地しました。そこからは、歩いて部室まで移動します。三人の待つ、文芸部室へ。
 余談ですけど、飛行中、喜緑さんのスカートの中がちらちら見えて……目のやり場に困りました。
 え、どんなのだったかって? えと、この時間平面での言葉で言うと、その……グレーの、ハイレグ、Tバックでした。結構大胆ですよね……形の良いお尻が露に。
 あ、思い出してたら、鼻血が……はうう。

 



長門さんへ


 取り急ぎまとめました。
 こういう形での報告は初めてなので勝手が分かりませんでしたが、こんな形で良いでしょうか? あたしの頭の中で考えていることをそのまま記録したものなので、読みにくい点は許してください。
 ただ、そういうお願いだったので、あえてほとんど削除せずにそのまま書き出してますが、かなり恥ずかしいです。できれば適宜修正を加えてほしいんですけど。
 以上、よろしくお願いします。


【長門有希・注】
 人間の思考把握の一環として、立場の違う人間の視点からの報告を行うため、未来からの監視員である、朝比奈みくるに協力を要請した。最初は渋っていたが、何度かの交渉の末、協力を取り付けることに成功した。
 涼宮ハルヒに関する直接的な観測記録及び考察は、全面的に禁則事項となるため開示は不可能とのことだったが、それ以外については『属人的な関係』をもって、『こっそり』見せてもらう事ができた。
 そこで、ちょうどわたしの記録が欠落している部分の補完を行うべく、先の戦闘についての報告を依頼した。
 喜緑江美里によるインターフェイスとしての報告とはまた違った、『人間』の視点で語られる貴重な情報であると思料される。
 なお、最後の部分は人間の言葉で言う『私信』に相当する部分であるが、朝比奈みくるの思考そのままの情報と、外部に出すために整理された情報とで、内容の違いが際立っていたので、人間の思考の理解に資するため、原文をそのまま報告した。

 



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