話も終わって、場の空気は落ち着いた雰囲気になった。
俺は決意を胸に、
(よし、ここしかない)
と気持ちを高ぶらせる。

もちろん、告白。
この言葉を言うのがどれだけ恥ずかしいのかは、
恋をした人にしかわからないだろう。
場状態良好、手つなぎ現時点片手。鶴屋さんの顔を盗み見る。
鶴屋さんは星空ウォッチングを楽しんでいるようだ、
両足をぶらぶらさせて、ずっと空を見上げている。
「あ・・・あのっ・・・、つ、つつつつ鶴屋さぁん」
・・・俺はどこの電車男だ。
「ありゃ、どうしたにょろ?そんな変な声出して」
魅力的なヴォイス&フェイス。もうウイルスなんて怖くない。
しっかり見つめていられる。
ここで男の意地を見せるとき!

「・・・この関係って、今日までなんですか?」

なんという遠まわしな言い方・・・・。
男の意地って・・・何なんだろうな・・・。

「私のこと・・・好きって意味?」

鶴屋さんが、俺に直球勝負で挑んできた。
もろに心臓に当たって、震動ではちきれそうになる。


「え・・・え?」
戸惑っている自分が恥ずかしい。
鶴屋さんは堂々とした顔つきで、俺の目を見た。
凛とした鶴屋さんの眼には、炎のようなものが見えた。

「私は、キョン君のことを愛している。そして、ずっと守っていたい」


気がつけば、俺たちは抱き合っていた。
鶴屋さんの体温が、俺の体を温めてくれる。

俺は遠慮なく体温をもらう。
その代わりに、とびっきりの愛情を捧げる。
言葉なんて、要らなかった。
ただ、永遠の時間が欲しかった。
鶴屋さんと抱き合っていられる、この時間を。

鶴屋さんの髪の毛を、そっと撫でる。
柔らかい。
それと同時に、一種の母性本能が働いた。

  絶対に、離すもんか

俺は手を鶴屋さんの腰に当て、顔を見ようとした。
ゆっくりと背中を伸ばすと、鶴屋さんも俺と同じ事をしていた。

お互いに見つめあう。
俺は、この口で鶴屋さんの体温を感じたかった。

そっと、俺の手は鶴屋さんの頬に触れた。

俺は目を閉じ、鶴屋さんの返事を待った―――

うおぐぅっ!?

・・・これは予想外。恥ずかしそうに微笑む鶴屋さんが愛しい。
「それは・・・また後でっ!」
言うと鶴屋さんは、勢いよく俺の体から離れ、起立した。
どうして顔を合わせないのかは、きっと何かがあったんだろうな。
高熱とか。
すると鶴屋さんは軽快なステップで庭を駆け出し、玄関へと戻っていく。
俺はただ呆然と一部始終を見ているだけだった。

頬には、鶴屋さんの唇の温かさが残っていた。

俺は、自分の男らしさについて十分ほど考えた。




さて、どこへいこうかね。
大豪邸の中、庶民丸出しの俺は長い長い廊下に溜息をついた。
玄関から入って一階にある食堂に行ったはずが、
ふと窓を見るときれいな町の電灯が良く見える。ここは三階あたりだろうな。
・・・俺は極度の方向音痴だったのか?
というか、鶴屋さんは今どこにいる?

はぁ、と俺の重い溜息が周りにある酸素をすごい勢いで二酸化炭素に変える。

ふと前をみると、人が突っ立っていた。
使用人さんか。
ずいぶんと小柄だな。
とりあえずここはどこか聞いてみ・・・

「なぜお前がいる?」
一瞬俺は訳が分からなくなっていた。
「どうして、なんの用でここにいるんだ?」
俺が質問しても、目の前にいる奴は黙ったままだ。

使用人と思っていた人物は、
我らSOS団の団員、
長門有希だった。

お前が、なんでここにいるんだ?
というより、
「ここにいる必要はなんだ?」
少々言い方がきついかもしれないが、こいつは最小限の行動しかしない。
まさか、
「またハルヒ関係か?」

長門は首を縦か横か分からないように傾かせ、ようやく言葉を発した。
「そうでもあるが、用があるのはあなた」
俺?何かやらかしたか?
・・・ああ、あれか。部室でまだハルヒは怒っているのか。
「涼宮ハルヒの影響による閉鎖空間はまだ発生していない」
・・・なんだその『まだ』って。俺に何が言いたい。
「あなたの今日の記憶、また一部の感情を消す」

「・・・あぁ?何言っているんだお前。冗談なら」

・・・本当に冗談か?
俺は長門の顔判断師ではないが、大体の判別は出来る。
判断結果は・・・
「事実。あなたが何を言おうと実行する」

嘘だ。自分の判断結果を否定した。
「それじゃあ、俺のこの記憶と、一体なんの記憶が変わるんだ?!」
「あなたの、ある有機生命体に対する特別な感情」
「具体的に言わねえとわかんねえよ!」
嘘だ。俺はその感情に心当たりがある。でも、認めたくない。
「あなたが今日できた感情」
「なんにもできちゃいねえよ!」
嘘だ!
「勘違いだろ!俺とは全く関係ない!だから帰れ!
お願いだからもう帰ってくれよ!」
もう、止めてくれえ・・・。

感情を知らない人形は、俺に宣告した。
「あなたと、彼女に対する感情」
「俺と鶴屋さんって言いたいのか!」
とうとう聞きたくない事を言ってしまった。もう、逃れられない。
頼む・・・鶴屋さんだけは・・・

長門の首は、明らかに縦に動いた。

「ふざけぇんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!」

それが鶴屋さん以外だったらなんでも捨ててやれるのに、
なんで、どうしてよりによって鶴屋さんなんだよぉ・・・。
ふざけんなよぉ・・・!
涙が止まらない。止まったら何か起こるのではないか。
そう思えてきた。だが、涙は止まらない。

「あなたのその感情は規定事項にない」
長門の存在は、俺にとっては悪夢そのものだった。最悪な夢にもほどがある。
「なんだよ、その規定事項ってやつはぁ・・・!」
「このままだと、世界は崩壊する危機が高まる」
「高まるう?どれくらいの確立なんだよ!」
俺はもうそれに賭けるしかなかった。
「九十九.九九九二パーセント」
冷酷に聞こえるその言葉は、俺を崖から突き落とす。

「じゃあなんだそれは、ハルヒが俺の幸せを望んでいないからか、
あの傲慢な!」
傲慢なんて言う予定はなかった。だが、心に宿る感情がそれを発した。


「ちがう、涼宮ハルヒは心からあなたの幸せを願って
「だまれだまれだまれ!!!!!じゃあどうして俺の感情を・・・
消さなきゃいけないんだよ!」
「それが、規定事項ではないから」

俺は、全身の筋肉が緩むのを感じた。床に座り込む。床がやけに濡れている。
・・・そんな・・・そんなことってあるのかよぉ・・・。
車で見せたあの微笑、温泉での涙、庭で感じた、鶴屋さんの体温と、あの頬の感触。
「すべてを、忘れろってか!」
「だから、私は」
長門が悲痛な表情を浮かべている様子を、今の俺は完全に無視していた。
「なんだよ!」
「あなたを、部室から逃がさなければよかった」

俺の頭が完全にぶちぎれた。
「じゃあなんだ、おまえはその責任を取ってくれるのか?!」
長門は首を横に振る。
「できないんだろ!!!!!」
「だから」
うつむいていた長門の顔が俺の方へ向いた。
「好きに殴って。あなたの気がすんだら、実行をする」

一瞬、手が動いた。悪魔の囁きがうるさい。

・・・できるわけねえよぉ・・・。

別に男のプライドどうのこうの言っているわけではない。
ただ、今にも泣きそうな顔をした長門の顔を、どうしたら殴ろうと思うのだろうか。

俺には・・・無理だ・・・。

―意気地なし―

悪魔はまだ俺に囁き続けている。

「だったら・・・その何パーセントに賭けてみようとか思わないのか!?」
馬鹿みたいな質問だ。ハルウララに全財産投げ込むようなもんだ。
でも俺は、何かに期待していた。ひょっとしたら、という希望。
「あまりにも危険すぎる。推奨できない」
そうだよな・・・無理だよな・・・。

「わかったよ・・・もう・・・好きにしてくれ・・・」
俺はもう投げやりになった。
長門と向き合う。死刑台に乗る受刑者の気持ちが分かったような気がした。
もう、これ以上何をしても無駄だ。
無理だったんだ、俺と鶴屋さんが愛し合うことなんて・・・。
俺はおとなしく、その『規定事項』に従おう。
そして、忘れてしまおう。鶴屋さんに言いたかった言葉を。
だが、
「これだけは言っておくぞ」
長門が俺を見つめている。
「俺は、ハルヒを恨まない」
なぜか?・・・それは、

「鶴屋さんの、最高の友達だからな」

俺の意識は途絶えた。


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