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「あ、あの、……」

 そう言いかけてまた押し黙る。

 何度か言葉をつなごうとして顔を上げるが、また伏せてしまう。こちらから見ていても気の毒になりそうなくらい顔が真っ赤になっている。

そんな動作を数度繰り返した後、意を決したように真剣な顔つきでこちらを見上げ、

「わ、私の、おおおお兄さんになってください!」

 そう叫ぶと、また恥ずかしげに顔を伏せてしまった。

 俺は、最初彼女の言ったことがよく理解できなかった。何度か頭の中で彼女のセリフを反芻した後、その意図するところを理解し、そしてその内容のあまりにも突拍子のなさに、

「は?」

俺は口をぽかーんと開けた状態で、その間抜け面をさらしたまま、彼女の前で固まっていた。

 なぜ俺がこんなわけのわからない状況に巻き込まれてしまったのか、その訳を説明するためには昨日の朝に遡らなければならない。
 

 その日の朝、そろそろ暖かくなりかけてきた初春の爽やかな空気の中で、ゆったりとした心地よいまどろみに溺れつつ、平日の睡眠不足を一気に取り戻そうと、俺は惰眠をむさぼっていた。

  今日も今日とて貴重な休日である土曜日であるにもかかわらず、いつものように「市内の不思議探索」とかいう無駄な予定が入っているのだが、集合時間までは まだ余裕があるので、間に合うぐらいまでに起きればいいだろ、とりあえずぎりぎりまで寝ていようと、暖かな布団にくるまっていた。

 

 そこへ毎朝恒例、我が家の生体目覚ましが、どたどたと騒音をたてて俺の部屋にやってきた。

「キョンくーん!」

 叫ぶと同時に俺の腹の上にフライングボディプレスが敢行される。

「ぐえっ!」

 その瞬間、息がつまり、俺はもんどり打って身体を折り曲げた。

「キョンくん、起きてっ!」

 この生体目覚ましは、兄に強烈なダメージを与えただけでは飽き足らず、一気にとどめを刺そうとでもいうのか、さらに俺の腹の上で暴れまわっている。

 俺はたまらず、

「おおいっ、やめろっ!起きた!もう起きたって!」

 叫ぶと同時に妹の体を掴み、これ以上暴れさせないように固定した。

「なんだ、今日は休みだぞ、頼むからゆっくり寝かせてくれ。」

「ねえねえキョンくん、明日なにか用事ある?」

  俺の言うことなどてんで無視を決め込んで、腹の上に乗ったまま、大きなどんぐりまなこでまじまじと俺の顔を覗きこんできた。相変わらずの童顔だ。まだ小学 生だから仕方がないともいえるのだが、しかしもう6年生だぞ、背も低いし、つるぺたの寸胴、仕草も低学年のガキの域を出ていない。同級生の中でもおそらく12を争うほどのちんちくりんなんじゃなかろうか。はたしてこいつは将来無事にきちんとした大人の身体に成長してくれるのだろうか。兄は心配だぞ。

 寝起きの頭でボーっと考えていたところ、自分の問いかけに答える素振りがない兄に業を煮やした妹が、さらに腹の上で暴れてくる。

「ねえっ、キョンくんってば!!」

 ごふっ。いくらちんちくりんで体重の軽い妹でも、これ以上腹の上で暴れられては俺の身が持たん。

「おい、俺の上で暴れるのはやめてくれ。吐きそうだ…」

「ねえ、キョンくんってば、明日は用事あるの!?」

 やっぱり聞いてねえ、さらに暴れまわろうとする妹の行動を制しようと、俺は上半身を起こした。腹の上に乗っていた妹は、バランスを失って後ろ向きにころんと転がる。

「わかったわかった、別に日曜は何にも用事はないよ!暇だ、暇だ。」

 ベッドの端っこに寝転がった妹は、その変な姿勢のまま、

「じゃあ明日はどこにも行かないでね!」

 そう叫ぶや否や、ひょいっとベッドから降り、すたこらっと部屋から出て行った。

「おい、一体日曜に何が…」

 問いかけが終わらぬうちに、妹の姿はもう見えない。

 まったく、人の言うことはきちんと聞くように、あとできっちり教育してやらなきゃならんな。しかし明日はどこにも行くなって、何をたくらんでるんだ?どこかに遊びに連れて行けとでもいうんだろうか?

まあ最近は妹の相手をしてやることも少なくなったし、少しは遊んでやるか。
 

  その後、ハルヒ閣下指導による市内不思議探索に出かけ、規定時刻前に集合したにもかかわらず遅刻として罰金と称して全員分の喫茶店代をおごらされ、長門と 図書館で暇つぶしーの朝比奈さんと公園での散策デートを楽しんだりしーのしつつ、結局いつもどおりなんら成果を挙げることなくこの日も解散した。

 その別れ際に、ハルヒが、

「キョン、明日はなにか用事あるの?」

 いかにも明日も何か厄介なことに巻き込まれそうな感じで聞いてきたので、俺はあると答えたら、

「なんの用事があるのよ、それは団長たる私を差し置いて優先しなければならないような用事なの?」

 なぜか突っかかってきたので、妹につきあわねばならないこと、最近は満足に相手をしてやっていないから妹も寂しい思いをしていることなど、多少の誇張や虚偽を交えて弁解した。正直二日連続でハルヒ閣下の気まぐれにつきあわされるのは嫌だからな。

「あ、そう。妹ちゃんの相手なら仕方がないわね。じゃあいいわ。」

とか言って、ハルヒはさっさと駅の方へ歩いていってしまった。えらくあっさり引き下がったものだな。

 その日はそのまま帰宅し、飯食って風呂入って寝た。寝しなに妹がもう一度、明日はどこにも行かないよね、と確認してきたので、行かないよ、と答えたら満足して自分の部屋に戻っていった。結局、また明日なにをするのか聞かないうちに、妹は行ってしまった。

 しょうがない、明日はあいつが満足するまでつきあってやるか、貴重な休みを連続して他人に振り回されるのはなんとも口惜しいが、まあハルヒと違って妹なら俺が行動をコントロールすることができそうだからな、今日のように無駄に疲れるようなこともないだろう。
 

 翌朝、窓のカーテン越しにふりそそいでくる暖かな日差しを浴びつつ、柔らかな布団の中で徐々に眠りから覚醒状態に移行しようとしかけていたとき、俺は近くで誰かがなにか話しているのに気づいた。

「……だ寝てる……」

「……丈夫だよ、すぐ起き……」

 まだ頭が完全に覚醒していなかったため、なにを話しているのか理解できず、また誰が話しているのかもわからなかった。

「…魔しちゃだめ……」

「…つもこうしたらキョンくん起き……」

 ボーっとした頭で、複数の人間がいるというのはなんとなくわかった。誰だろうなあと考えていた矢先、

「キョンくーん、起きてっ!」

 生体目覚ましが俺に向かって毎朝恒例のダイビングボディプレスをかましてきやがった。

「ぐおっ!」

 腹部に激痛が走り、思わずうめき声を出す。

「キョンくん、起きてよ!」

 そんな兄の窮状にかまわず、妹は俺の腹の上でいつものように暴れまわる。ここまではいつもの朝の風景だったのだが、そこに第三の人物が登場する。

「…ちゃん!だ、ダメだよ…お兄さん、痛がってる…」

 ん? 聞きなれない声が聞こえたので、苦しさに耐えつつそちらの方に顔を向けると、そこには妹の突然のダイブにおろおろしている一人の少女が立っていた。すらっとしたスレンダーな体つき、身長は妹よりも10センチは高いな、中学1,2年というところか。顔を見て、何か見覚えがあるなあと、思い出そうとしていまだ完全に覚醒していない脳みそのエンジンをフル回転させようとした矢先に、また妹が、

「起きてー、キョンくん!」

 俺の上で暴れるもんだから、またまた苦しさに悶絶し、たまりかねて上半身を起こす。妹はいつもどおりベッドの上をコロンと転がり、少女はおろおろあわあわしながら焦っている。その仕草がなんとなく朝比奈さんを思い起こさせて微笑ましい。

「起きたよ!朝っぱらから暴れるな!お前は!」

 妹を叱りつつ、少女の方に顔を向ける。どこかで見た顔である。その少女のことを思い出そうと見つめていると、それに気づいたのか、少女はこちらを向き、そして恥ずかしそうにうつむいた。

 えーっと、誰だっけ?んーーーーーーー…と悩んでいると、

「お、お兄さん、おはようございます。」

 その少女は、うつむき加減のまま、時折チラッとこちらを見てはまた恥ずかしそうに目線を伏せつつ、朝の挨拶をしてきた。

「あ、ああ、おはよう…」

 不意を突かれた感じになって、思わず挨拶を返した。きちんと挨拶のできるしっかりした娘だなあ。うちの妹に見習わせてやりたい、などと思っていたら、ふと、

(んん?妹?しっかりした娘?…)

もう一度その少女をじーっとみつめる。

「君はミヨキチかあ!」

 俺は、ようやく思い出した。

「え?あ、…はい…」

  ミヨキチ、本名を吉村美代子という。妹の同級生で友達でもある。以前から大人びた娘だとは思っていたが、ここ半年ぐらい見ない間にまたずいぶんと成長した ものだ。胸なんか結構膨らんできて、腰のくびれもうっすらとだがわかるようになってきている。いまだに胸なんかふくらむ気配もない妹と比べたら、月とすっ ぽん並みに違いがあるぞ。こいつの将来がホント心配になってくる。

「ずいぶん大きくなったなあ。それに綺麗になって…」

 正直な感想を思わず吐露してしまうと、

「え?あ、ああありがとうございます……」

 ミヨキチは、ぷしゅーっと湯気が出そうなぐらいに顔を真っ赤にして小さくなって顔を伏せた。

「あ、あの、今日はこんな朝早くに起こしてしまって申し訳ありません。」

 控えめに謝辞を告げるミヨキチ。だいぶテンパッテル様子だが、それでも敬語でしゃべるのを忘れないのは、親のしつけが行き届いている証拠だな。誰にも遠慮なく気軽に話しかける妹にまたまた見習わせてやりたいぐらいだ。

 というか、「起こしてしまって」って……

「ん?今日はなんか妹が俺に用があるとか言っていたが、俺に用があるのはミヨキチの方なのか?」

そう問いかけると、ベッドでぶっ倒れていた妹がもそもそ起き上がってきて、

「えっとね、今日ね、美代ちゃんのお誕生日なの。」

 突発的に説明しだした。

「へえ、それはおめでとう、ミヨキチ。」

 話の筋が見えず、わけがわからなかったが、とりあえず祝福の言葉をかけた。

「あ、ありがとうございます…」

 いまだ顔が真っ赤でうつむいているミヨキチ。ていうかこの娘はなんでこんなに恥ずかしがっているんだ?

「それでね、お誕生日プレゼントをあげようと思って、美代ちゃんに何がいいか聞いたの。」

 ほうほう。なかなか友達思いではないか、わが妹は。

「そしたらね、美代ちゃん、一人っ子で兄弟がいないからお兄ちゃんが欲しいって言ったの。」

 ミヨキチは一人っ子だったのか。確かにそれは寂しいだろうな。まあうちの妹のように騒がしい兄弟がいるのも考えものだが…しかしそれはちょっと妹には無理な相談じゃないかな。両親に頼んだら、もしかしたら弟か妹ぐらい作ってくれるかもしれないが。

「だからね、キョンく…」

 と言いかけたところで、ミヨキチが妹を制止した。

 ミヨキチは俺の前まで来て、意を決したように俺に話しかけようとした。

 そして冒頭につながるのである。

 

 そのあと、妹から、そしてミヨキチ本人から、理由を説明された。

 それらをまとめると、要はこういうことだ。ミヨキチは一人っ子で兄弟がいないのに対して、妹には兄(つまり俺)がいる。そして妹が俺のことを楽しそうに話すのを聞いていて(一体どんな話をしているのやら)、いつもうらやましかったと。

  ただそれだけなら別に俺じゃなくても欲しがるのは弟でも妹でもよかったのだが、ミヨキチは見た目も中身も同級生よりはるかに大人で、受け答えなんかもしっ かりしていることから、クラス委員を任せられていて、生徒や先生までもミヨキチを頼りにしているらしい。ミヨキチは、それはそれで別に嫌ではないのだが、 しかしいつも頼られていると疲れてしまうことがある。そんなときに逆に自分から甘えられる存在があればうれしいと思っていた。それなら親に甘えればいいと 思うかもしれないが、そこは微妙な乙女心というか、今まで築いてきたしっかり者の娘という立場を崩したくはないのだそうだ。

  で、じゃあなぜ俺なのか、というと、さっきも言ったように妹がイロイロと俺の話をしていたこともあるのだが、以前小学生では入ることのできない映画に頼ん で連れて行ってもらったときに、こんな兄がいたらなあ、と思ったらしい。いや、特に優しくしてやったわけでもなく、俺は単に高校が始まるまで暇だったから つきあっただけなんだけどなあ。

 まあ、そんなわけでミヨキチは妹に、妹としての立場を代わってくれとお願いしたそうだ。

 

 

 顔を真っ赤にしながら、先ほどとは打って変わってこちらを真正面から見据えながら、

「今日一日だけでいいんです……ダメでしょうか……」

 寂しげな表情を見せて、両手をぎゅっと握り締めつつ、こちらを見つめてくる。

「……いや、俺は別にそれぐらいかまわんが…」

 そう言うと、不安げだった表情を一変させて、笑顔で、

「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」

 謝辞を告げた。こういうのをはじけるような笑顔というのだろう。漫画的表現を使えば背後に綺麗な花が所狭しと配置されていそうな、そんな笑顔だった。

「よかったねえ、美代ちゃん。」

 妹が言うと、

「うん、ありがとう!」

 言い返すミヨキチ。妹に見せる態度は、小学生のそれそのものだ。

「ていうか、ミヨキチ、お前の兄貴になるって、俺は一体どうすればいいんだ?」

 お願いされてそのまま何も考えずに返事をしてしまったが、考えてみれば『お兄さん』になるって具体的にどうすればいいのか、俺にはわからない。

「え?……あの……妹さんに、いつも接しているようにしていただければ…」

 突然の俺の問いかけを、ミヨキチは予想していなかったらしく、またまた伏し目がちに顔を赤くした。

 妹にいつも接しているように?って別に他のガキを扱うのと変わらんのだけどな。まあ兄妹な分、接する機会が多いので、イロイロしてはいるが…

 しばらく考えたあと、突然こう切り出した。

「よしわかった、ミヨキチ。」

「え?」

 ずっと黙り込んでいた俺がいきなりしゃべりだしたものだから、ミヨキチはびっくりして顔を上げた。

「ミヨキチは俺にミヨキチの兄貴になれという。」

「は、はい。」

「俺はそれを了承したが、はたしてどうしていいのか、よくわからない。」

「は、はい。」

 俺の言葉に対して、律儀に相槌を返すミヨキチ。

「ミヨキチは妹と同じように扱ってくれという。」

「はい。」

 真面目な顔をして返事をする。こういうところにもミヨキチの性格の素直さが現れているね。

「ところで、実は俺は今日、妹に一日つきやってやろうと思っていた。最近は学校の連れとのつきあいが多くて余り構ってやれなかったからな。」

「はい。」

「それで今日は妹の好きなところに連れて行ってやろうと思っていたんだ。」

「はい。」

「というわけで、ミヨキチは今日はなにがしたい?どこにでも連れて行ってやるぞ。つってもあまりに遠いところは無理だが。」

「はい。……あ……えっと……」

いきなりの質問にミヨキチは意表をつかれたらしく、口ごもる。

「…………」

 しきりに考えているミヨキチ。と、顔を上げたかと思うと、おれと目が合った途端にまた顔を伏せて、

「…映画に連れて行ってもらえますか?」

「映画か?お安い御用だ。」

「あ、ありがとうございます…」

 嬉しそうにうつむくミヨキチ。顔は相変わらず真っ赤だ。

「んー、でも映画だけだと午前中で終わっちまうな。どこか他に行きたいところはあるか?」

「え?」

 またも予想していなかった俺の問いかけに戸惑うミヨキチ。

「いや、映画のハシゴとかでもいいんだがそれも飽きるだろ?それとも兄妹関係は午前中だけでいいのか?」

「え?え?い、嫌です。えっと、あの…」

 必死で考えるミヨキチ。この辺の仕草も朝比奈さんを思い起こさせて微笑ましい。いきなりどこ行きたいかなんて聞かれてもすぐには思いつかないだろうな。まあいい加減ミヨキチを困らせるのもなんだから、ここらで助け船を出してやろう。

「じゃあ、隣町の遊園地はどうだ?映画は座りっぱなしだから次は身体を動かして遊ぶっていうのは。」

 俺の提案に困り顔で考えていたミヨキチが、ぱっと顔を輝かせて、

「は、はい。それでお願いします!」

「オッケー。じゃあそういうことで、とりあえず見たい映画はあるか?」

「えっと……」


こういった感じで見たい映画も決まり、外出の準備をしようという段階になって、それまでベッドの上でこちらのやり取りをにこにこしながら見ていた妹に、

「おい、今から出かけるからお前も準備しろよ。」

 声をかけると、妹はきょとんとした顔で、

「私は行かないよ。」

 お、予想外の答え。

「へ?なんでだ?なんか用事でもあるのか?」

「今日はキョンくんの妹は美代ちゃんで私じゃないの。だから行かないの。」

との答え。

「そうなのか?いや、それはそれで俺は別にかまわんが。んじゃあ、シャミセンの相手でもして大人しくしてるんだぞ。お土産買ってきてやるから。」

「はーい。」

 妹のことだから喜んでついてくるもんだと思っていたが意外だったな。まあ子供の世話は少ない方がいいからよかったが…。といってもミヨキチが俺に世話をかけるとも思えんが。

 

「いってらっしゃーい。」

 妹が、玄関先で、シャミセンを抱えてその前足を持って“バイバイ”をさせながら、俺達を見送っていた。シャミセンはえらく迷惑そうだったが…。


最初の目的地である映画館に行くため、最寄り駅に向けて歩き出した。ミヨキチは、俺の後をてくてくとついてくる。

「俺、歩くの早いか?」

 はたと相手がまだ小学生であったことに気付き、後ろを振り返って語りかける。

「い、いえ、そんなことありません……」

 うつむきつつしゃべるミヨキチ。……なにか話したそうな素振りだったので、

「ん、なに?」

 そう言うと、ミヨキチは、

「え、あ、あの、えっと……」

 もじもじとしながら口ごもったが、意を決したように俺の方を向き、

「お、お兄さん、て、ててて手をつないでもらってもいいですかっ?」

 どもりつつ一気にまくし立てたミヨキチであったが、言い終わった途端に恥ずかしがってまた顔を伏せてしまった。

「え?あ、ああ…」

 突然のお願いに戸惑う俺。

 別に手をつなぐぐらいは構わんのだが。妹なんか俺の手を引っ張って強引に連れて行くぐらいだからな。
 ん?そういえば今日は単にミヨキチを遊びに連れていくだけじゃなかったな。ミヨキチを「兄」として遊びに連れていくんだった。

 一つの案が浮かんだ。今日はついでに俺の妹に対する普段からのささやかな望みを、ミヨキチにかなえてもらうことにしよう。

「いいよ、手をつないでも。ただしそれには条件がある。」

「え?」

 一瞬笑顔になったが、すぐに困惑顔になる。

「俺のことをこれから“お兄ちゃん”と呼ぶこと。」

「え?え?」

 俺の突飛な申し出に驚くミヨキチ。

「今日、ミヨキチは俺の妹になんだから、そう呼んでもおかしくないだろ?」

「え?あ、あの、え?」

 戸惑うミヨキチ。いやさ、俺の妹は、俺のことを“キョンくん”とかまるで友達のように呼んできやがるものだから、やはり兄としては呼ばれたいわけなんだよ、“お兄ちゃん”と。

「え、えと、あの…」

 やはりさすがに赤の他人をお兄ちゃんと呼ぶのは恥ずかしいか?と、思い立ち、この条件を免除してやろうと口を開きかけたところ、

「…お兄ちゃん……」

 ほとんど聞き取れないような声でミヨキチはつぶやいた。

 自分で要求したとはいえ、実際に呼ばれると照れてしまうな、これは。

「お兄ちゃん。」

今度ははっきりとしゃべるミヨキチ。それと同時に俺に向かって右手を差し出してくる。

一瞬その意味を理解できなかったが、すぐに気づき、ミヨキチを見る。と、ミヨキチは恥ずかしげな表情と不安そうな表情を混ぜたような顔を俺に向けていた。

「おう、ミヨキチ…っつーか妹にミヨキチはおかしいな。美代子だな。おう美代子、じゃあ行くか。」

 差し出された手をつかみ、歩き出そうとする俺。

「はい!…あ……」

 兄に向って敬語はないだろう、と突っ込もうとする間もなく、ミヨキチ自身がそれに気づいたようで、

「うん!お兄ちゃん!!」

 ミヨキチはこぼれるような笑顔で、俺の手を握り返してきた。
 

 俺とミヨキチは、仲良く手をつないで駅に向かって歩いていた。そして駅前の広場に到着したところでいきなり背後から声をかけられた。

「キョン!」

 なぜか、我らが団長様、ハルヒ閣下の御登場だ。

「あんた、こんなところでなにやってんの?」

 お前こそなにやってんだよ。お前ん家は一駅先だろうが。

ハルヒは、俺のそばに人がいるのに気づいて、今まで笑みが入っていた顔が一瞬にして曇る。

 俺はやばいと思って手を離そうとしたが、ミヨキチが離してくれなかった。ミヨキチは、俺の斜め後ろから不安そうにハルヒの方を見ている。

つーか別にやばいと思う必要はないよな、疾しいことをしているでもなし、小学生を遊びに連れていってるだけだからな。そもそも俺がハルヒになにを遠慮することがある?

そんな俺の思いとは裏腹に、ハルヒはずんずんと俺に近寄ってきて、

「キョン!あんた、今日は妹ちゃんの相手をするって言ってたじゃない!あれはウソだったの!!?」

 両手を腰にあてて俺をねめつけるように捲くし立てる。

「平の団員のくせに、団長にウソつくなんて何様のつもり!?しかも妹ちゃんをだしに使って、自分は仲良く女の子とデートって。ここ最近、休みの日はあんたを連れ回してたから、妹ちゃんに悪いことしたかなって思って、今日は遠慮したのにっ!!」

 今にも喰いつきそうな勢いだ。

「まあ、待て、ハルヒ。俺の言うことをき…」

「言い訳するんじゃないわよ!しかも連れてる子はなに?まだ中学生じゃない!このロリコンのエロキョン!!」

「だから、とりあえずおちつ…」

「問答無用っ!今からあんたのその腐った根性を修正してやるからっ!」

 叫ぶや否や、俺に殴りかかってくるハルヒ。防戦一方の俺。と、そこへ、

「お兄ちゃんをぶたないでっ!」

ミヨキチがハルヒの腕にすがりついている。ハルヒはミヨキチの行動と言動に驚いて、

「お兄ちゃん?」

 俺への暴行を止めてミヨキチの方を向いた。

「私がお兄ちゃんにお願いしたんです!だからお兄ちゃんをぶたないでっ!!」

突然の闖入者の思いがけない発言に目を丸くするハルヒ。すがりついた相手が既に動きを止めているのに気づいたミヨキチは、はっと自分がした行動や発言を思い出し、

「す、すみませんっ!」

 叫びながらぺこぺこと頭を下げる。

「わ、私、お兄ちゃん…じゃなくてお兄さんの妹さんの同級生で吉村美代子っていいます。今日は、お兄さんにお願いしておつきあいしていただいていたんです。」

 あわあわしながら、事の経緯を説明するミヨキチ。それをあっけにとられた表情のまま聞いているハルヒ。

「……ふーん、一日お兄ちゃんねえ…そうなんだったら最初から言いなさいよ、まったく。」

って、おいっ、お前が問答無用で殴りかかってきたんだろうが。

「で、本物の妹ちゃんはどうしたの?」

 ぶつぶつ文句を垂れる俺を軽く無視して、ハルヒが聞いてきた。

「…妹か?やつは今日は留守番だ。」

 今度は俺が今朝のやり取りを説明する。

「まあ、事情はわかったわ。とりあえず、キョン!今日はきちっとミヨキチちゃんのお兄さん役をやるのよ!」

「お前に言われなくてもそうするつもりだよ。」

 ハルヒは俺をにらみつけたかと思うと、その視線を俺からミヨキチの方に移して、

「それにしても…」

 ミヨキチをじろじろと品定めするように見ながら、

「妹ちゃんの同級生っていうことはまだ小学生なのね。最近の小学生は発育いいわねー。」

 言いながらミヨキチの背後に回ったかと思うと、突然ミヨキチの胸を両手でわしづかみにした。

「ひゃあっ!」

あまりの出来事に悲鳴を上げてわたわたするミヨキチ。そんなミヨキチの悲鳴などどこ吹く風というように、ハルヒは胸を揉みしだいた。

「胸もこんなに大きくって、高校生ぐらいになったらみくるちゃん並の爆乳になるんじゃないかしら。」

「あわわわわわわ。」

 そ、そんなに成長しているのか、ミヨキチ…お兄ちゃんもこの手で確かめてみた…じゃなくて、

「おい、ハルヒ!いい加減にしろ!」

 俺はミヨキチの胸を揉みしだいているハルヒの手をつかむ。

「いいじゃない、ちょっとぐらい、減るもんじゃなし。」

「兄として、痴女から妹を守るのは当然だろう。ミヨキチを解放してやれ。」

「誰が痴女よ!…ってまあいいわ。」

 ミヨキチの胸から手を離すハルヒ。その途端にミヨキチはふにゃあっとその場にへたりこんだ。

「とにかく、ちゃんとするのよ!お に い ち ゃ ん !!」

 わざとらしく最後の言葉を一字一字区切って強調すると、ハルヒはずんずんと歩いて行ってしまった。

茫然とハルヒを見送っていたが、路上にへたりこんでいるミヨキチに気付き、

「大丈夫か?ミヨキチ。」

 しばらく放心したようだったミヨキチは、俺の声にハッと気づいて、

「だ、大丈夫です。」

 よろよろと立ちあがり、服を整えるミヨキチ。

「すまんなあ、あいつ、ホント勝手なやつで…」

「…あの人が、涼宮ハルヒさんですか?」

 心なしか、顔を伏せて表情が暗いミヨキチ。

「あ、ああ、ハルヒのこと知ってるのか?」

「あ…えっと…妹さんに…」

 相変わらず顔を伏せているミヨキチ、と、急の右手を差し出して、顔を上げ、にっこりとして、

「行こ!お兄ちゃん。」

「あ?ああ、行こうか、ミヨキ…じゃなくて美代子。」

 おれは差し出された手を握った。握り返してきたその手は、とても小さく、少し汗ばんでいた。


キョンくんと美代ちゃんをお見送りしてから、私はずっとシャミと遊んでいた。

 今日はなにもすることがないなあ。宿題も終わっちゃったし。お父さんもお母さんもご用でお出かけしてるし。

 ゲームを引っ張り出してきて、しばらくやってたけど、つまらなくなって止めた。そのままテレビをぼーっと見てたけど、面白くなかったから消した。ベッドに行ってシャミとゴロゴロすることにした。

「シャミの手はすべすべで気持ちいいね。」

ぷにぷにする肉球に頬ずりする。それからお腹をすりすりしたり、頭をわしゃわしゃしたりしてたら、シャミが「にゃあ」って言って、するりと私の手をすり抜けて部屋を出て行ってしまった。

シャミ、またキョンくんの部屋に行くのかな。キョンくんのベッドがお気に入りだもんね。

ベッ ドの上でしばらくぼーっとして、またシャミを追いかけてキョンくんの部屋に行った。シャミは予想通り、キョンくんのベッドの上にいた。あごを枕の上に乗せ て、気持ち良さそうに目を閉じていた。シャミは、私が来たのを見ると、一瞬だけこちらを見たが、「にゃあ」って言ってまた同じ姿勢に戻った。

私もベッドの上に潜り込んで、シャミの横にどてっと寝ころんだ。シャミは迷惑そうに「にゃあ」とまた言ったけど、私のために枕を空けてくれた。ありがとね、シャミ。

それから、そのまま気付かないうちに寝てしまった。

キョンくんの布団、自分のじゃない匂いがする。そういえば前に一緒に寝たのはいつだったかな。最近は全然一緒に寝てくれないの。黙って潜り込んでもいつも抱えられて自分のベッドに返されちゃう。

小 さな頃はよく一緒に遊んでくれたのに、高校に入ってからは休みの日もあまりかまってくれなくなった。いつもはるにゃん達と一緒にお出かけしてる。たまーに 一緒に連れて行ってくれたりするけど、それでもキョンくんは、はるにゃんとかみくるちゃんとか有希ちゃんとかとおしゃべりしてて、あまり私のことをかまっ てくれないの。

私のこと、嫌いになっちゃったのかな?

…………

…………

遠くで何か音が鳴っているのが聞こえる。

ぴんぽーん。

はっと目が覚める。

家のチャイムが鳴ってる。お客さんだ。

ベッドから飛び起きて、階段を下り、玄関に走って行った。

「はーい。」

 ドアを開けると、そこにははるにゃんがいた。

「はるにゃん、キョンくんなら今日はお出かけ…」

「妹ちゃん、久しぶりね、元気にしてた?……って、泣いてるの?」

「え?」

 自分の顔を触ったら濡れてた。泣きながら寝てたみたい。

「ううん、違うよ。さっきまで寝てたから…」

「ふーん…」

 私の顔をじっと見つめるはるにゃん。

「キョンくんは今日はお出かけしてるよ。」

「今日はキョンなんかに用はないわ。妹ちゃん、あなたに用があるの!」

「え?」

「さあ、来なさい!」

「え?え?」

 はるにゃんが腕を引っ張って、私を強引に連れ出そうとする。

「なに?はるにゃん、どこ行くの!?」

 なんとか踏みとどまろうとして、足を突っ張らせる。

「遊びに行くのよ!ほら、大人しくついてきなさい!!」

「え?ちょ、ちょっ…」

 抵抗もむなしく、私ははるにゃんにずるずると引きずられていった。

私を引っ張るはるにゃんの手は、とても温かかった。 



俺とミヨキチは映画を見ていた。どんな映画かって言うと、毎度おなじみの、ホラー映画だ。……なんでミヨキチはホラー映画が好きなんだろう?前に一緒に行った時もそうだったよな。

 かといってホラーが好きで好きでたまらなくて目を爛々と輝かせて見入っているといった感じでもなく、時々小さな悲鳴をあげて俺にしがみついてくるぐらいだから、少なくとも一般人並みの感覚の持ち主ではあるみたいだが。

 映画を見ている間、最初は手を握っていたのだが、恐怖シーンがあるたびに俺にしがみついてきて、そのうちミヨキチは俺の腕を両手でかかえながら映画を観賞するというスタイルになっていった。

 そんなもんだから、俺の腕がミヨキチの体にぴったりと密接している状態になってしまって、なんか困ったやらうれしいやらで…

  通常だったら小学生に抱きつかれたってなんとも思わんのだが、ミヨキチが年の割にかなり発育状態がいいってのは先ほどハルヒが直接確かめて確認しているわ けで、その、なんだ、俺の上腕あたりにな、ふにふにとしたな、柔らかいな、物体がな、それも左右からな、接触している感覚がな、ずーっとあるわけなんだ よ。いやあ、外見からもかなり大きいなあとは思ってはいたんだが、これは相当なものだな、おい。23年したら朝比奈さんを軽く抜くんじゃないか?少なくとも現状だけでも長門よりははるかに…いや、これは禁句だったな。

 そんな至福状態も、映画の終了とともに終了となった。しばらく映画の余韻を味わっていたミヨキチは、はたと自分が両手で抱えている俺の腕に気づいて、

「あわわわわ、ごごごごめんなさいっ!」

 焦ってぱっと離してしまったからだ。

「いやいや、いいよいいよ。」

 心底残念に思いながら、表面上はさわやかに、

「こんな腕でよかったら、また使ってくれい。」

 魂からの願望を混ぜつつ、言った。

「あ、ありがとうございます。」

 顔を真っ赤にしながら、照れるように頭を下げるミヨキチ。

「また、敬語なんか使って、違うだろ?美代子。」

「え?あ、え……はいっ…じゃなくって、うん!お兄ちゃん!」

「じゃあ、とりあえず昼だしどっかで飯でも食って、遊園地に行くか。」

「うん!」

 

 私ははるにゃんに引きずられるようにして道を歩いていた。

「は、はるにゃん、遊びに連れて行ってくれるのはわかったから、どこに行くのか教えてよおっ!」

「黙ってついてきなさいっ!ついてくればわかるから!」

 はるにゃんは言いつつ、歩いていった。私は小走りで(だってそうしないと追いつけないんだもん)ついていった。そして、辿りついたのは駅だった。

 駅前の広場に到着して、はるにゃんは足を止めた。そして周りを見回した後、

「あ、いたいた、こっちよ、みんな!」

 そう叫んで、その方向に手を挙げた。そちらの方を見ると、二人の女の人がこちらに歩いてくるのが見えた。

「妹ちゃん、お久しぶりね。」

「……」

 みくるちゃんと有希ちゃんだ。

 みくるちゃんはね、優しくって、柔らかくって、あったかいんだ。いつも私の話をにこにこしながら聞いてくれる。私が甘えると、ぎゅって抱きしめてくれるんだ、お母さんみたいにいい匂いがするの。

 有希ちゃんもね優しいんだよ。あまりおしゃべりしないし、いつも難しい本読んでるけど、キョンくんを見る目がね、すごく優しいの。キョンくんも、SOS団の中で長門が一番頼りになるとか言ってたし。あと、キョンくんが、有希ちゃんがなに考えているか、微妙な表情の違いでわかるのは俺だけだ、とか言ってたけど、私にもわかるんだよ。

「みくるちゃん、有希ちゃん。」

 二人の方に駆け寄っていくと、みくるちゃんがいつものように私を抱きしめてくれた。

 有希ちゃんも、とてとてって私の方に寄ってきて、私の頭をよしよしって撫でてくれた。あ、なんか今日は私に対しても、優しい目をしてくれてる。

「今日はみんなで遊びに行くわよ!」

 はるにゃんが私達に向って言った。

 私とみくるちゃんはあっけにとられて驚いてたけど、有希ちゃんはいつも通り表情を変えてなかった。

「え?どういうことですか?涼宮さん。」

 みくるちゃんが聞き返す。

「どういうこともなにも、今日は遊びに行くことに決めたの。あ、あと、今日私達は、妹ちゃんのお姉ちゃんだから。」

 ますます頭の中がハテナだらけになるみくるちゃんと私。有希ちゃんは相変わらず無表情だけど。

「とにかく行くわよ!」

 強引に私達を引っ張って駅に向かうはるにゃん。あわあわと引っ張られていく私とみくるちゃんに、黙ってついてくる有希ちゃん。

 そして私達は電車に乗り込んだ。
 

 とりあえず俺達は遊園地に到着したのだが、はたと、どうしていいかわからない。遊園地など、親に連れられて行ったことはあるが、積極的に誰かを連れて行った経験などなく、ここでどういう行動をなすべきか、しばし悩んだ。そしてその解決を図るべく、ミヨキチに問いかけた。

「ミヨキチ…じゃなくて美代子だったな、美代子は何に乗りたいんだ?」

「え?あ…えっと…」

 口ごもって考えるミヨキチ。俺も悩む…こういうとき、妹だったら俺の手を引っ張って、自分の行きたい所に勝手に行くんだろうが…

「うーん、メリーゴーランドとか、乗る?」

「え?…うーん…」

 乗り気でない様子。どうしてだろう。

「あの、えっと、おにいさ…お兄ちゃんと一緒に乗れる乗り物がいいで…いい。」

「一緒に乗れる乗り物?そうだなあ…」

 そういえばミヨキチはひとりっ娘だったな。スキンシップに飢えてるのだろうか。

 おれは周囲を見回し、最初に目に入った乗り物を指差して、

「んじゃあ、コーヒーカップにでも乗るか?」

 そう誘うと、ミヨキチはそちらの方を確認して、

「うん!」

 極上の笑顔で同意した。ホント可愛い笑顔だよな、おそらく同級生の男なんかはかなりミヨキチに思いを寄せてるんじゃないか?とりあえず俺が同い年だったら、確実にイカレてるな、うん。

 コーヒーカップに乗り、はしゃぐミヨキチ。妹と一緒にいるときの、年に似合わないどこか大人びた雰囲気や表情とは違った、年相応の子供っぽいミヨキチがそこにいた。

 その後、慣れてきたのか、ミヨキチは俺の手を引っ張り、次から次へと様々な乗り物やアトラクションに興じていた。

 何度目かの乗物から一緒に降り立ち、次はどこへ行こうかとミヨキチと案内冊子を見ていたところ、

「キョンくん。」

 突然、鈴が鳴るようなかわいらしい声が俺に対してかけられた。

 振り返ると、そこに立っていたのは、普段ハルヒに振り回されっぱなしの殺伐とした高校生活において、俺に癒しと安らぎを与えてくださるマイエンジェル、朝比奈さんだった。



電車に強引に連れ込まれてから、はるにゃんにどういうことなのか聞いた。そしたら、

「私、兄弟っていないから、一回妹を持つとどういうものか、試してみたかったのよね。」

って言ってた。そういうものなのかな?とか思ったけど、でもそれじゃ、なんでみくるちゃんや有希ちゃんも?って聞くと、

「どうせ遊びに行くなら大勢の方が楽しいじゃない。それに兄弟も大勢いた方がいいでしょ?お姉ちゃんが3人もいるのよ。」

 ん?ん?ってよく分かったようなよく分からないような返事だったけど、でもどうせ今日は何もすることなかったし、はるにゃんと一緒にいると面白いしね。野球に混ぜてもらったときもすごく面白かったし。

「そういうわけで妹ちゃん、今日は私達のことは“お姉ちゃん”って呼ぶのよ、いい?」

 へ?お姉ちゃん?それは別にいいけど、みんな“お姉ちゃん”でいいの?

「そうね、それぞれ“お姉ちゃん”の前に名前をつけなさい。私のことは“ハルヒお姉ちゃん”、有希のことは“有希お姉ちゃん”、みくるちゃんは“みくるお姉ちゃん”ってね、一回呼んでみて。」

 呼んでみるの?それじゃ、ハルヒお姉ちゃん。

「うん、なかなか気分がいいわね。妹ちゃんはちっちゃくって可愛いから、なんかこう、“お姉ちゃん”って呼ばれると庇護欲がそそられるわね。有希やみくるちゃんにも言ってあげなさい。」

 言われるがままに言ってみた。有希ちゃんはほとんど表情を変えなかったけど、またキョンくんに向けるような優しい目をしてくれた。みくるちゃんはにっこり笑って、

「はいはい、妹ちゃん。」

って言って、頭を撫でてくれた。なんか年上の人にこんな感じに扱ってもらうと、なんかこそばゆっくてうれしいね。

 何度目かの駅で人が大勢乗り込んできて電車の中が満員になったら、はるにゃ…じゃなくてハルヒお姉ちゃんが、

「はぐれないようにつかまりなさい。」

っ て言って、手をつないでくれた。ほとんど同時に違う手の方も握られた。有希ちゃ…有希お姉ちゃんだ。そして後ろから私の首に手をまわして乗客の圧力から 守ってくれるのがみくるお姉ちゃん。ハルヒお姉ちゃんと有希お姉ちゃんの手や、背中に感じるみくるお姉ちゃんの身体は、ふわふわ柔らかくて、とっても暖か かったよ。

  ハルヒお姉ちゃんに連れられて行った場所は遊園地だった。いろんな乗り物に乗ったよ。ハルヒお姉ちゃんはヤッホーとかいろいろ叫んで面白がってたし、有希 お姉ちゃんは怖い乗り物でも全然怖がらなかった。みくるお姉ちゃんはひゃあーーーーっとか悲鳴をあげてたよ。私はみくるお姉ちゃんに抱きついて一緒に悲鳴 を上げたりしてた。

 椅子に座って休憩していたら、ハルヒお姉ちゃんが、

「私、なにか飲み物買ってくるわね。」

って言って、早足でジューススタンドの方に向かっていった後、みくるお姉ちゃんがふと、遠くの方を見て、

「あれ?」

って、つぶやいた。

 そして、みくるお姉ちゃんが歩いて行ったので、そちらの方を見ると、キョンくんと美代ちゃんが、手をつないで歩いてた。



そこには驚いた表情をした朝比奈さんが立っていた。

 見られて困る状況に遭遇した気持ち…っつーか別にやましいことはないよな。でもなぜか焦る俺、

「あ、朝比奈さん、奇遇ですねえ…」

「え?ああ。そうか…」

 なんか、朝比奈さんは一人で納得されている様子。な、なんすか?

「朝比奈さん?」

「あ、えっと…皆さんを呼んできますね。」

 そう言うと、朝比奈さんは向こうの方に駆けて行ってしまった。俺は訳が分からず茫然とそのかわいらしい後姿を目で追っていたが、ふと、手を強く握られているのに気づいて、ミヨキチの方を振り返った。ミヨキチは、不安そうな顔で俺を見上げていた。

「あ、あの人はな、高校の先輩で…」

 なぜか焦って言い訳のようなしゃべり方をする俺。そんな挙動不審の俺に対して、ミヨキチは目をそらさず、まっすぐ俺を見つめてくる。なんかその眼が、普段の俺の朝比奈さんに対する邪まな思いを見透かされている気がして、ますます焦る。

そこへ、救世主のように、朝比奈さんがまた戻ってきた。

「キョンくん、今日は妹さんと遊びに来ているんですよ。」

 へ?妹?

 朝比奈さんの背後の方を見ると、遠目に妹と、…あれは長門か?が、手をつないで(!?)歩いてくるのが見えた。

「また、なんで?」

「いえ、涼宮さんがいきなり…」

 言いかけたそのとき、妹と長門の背後から、

「こるあああああああっ!キョーンっ!!」

という、叫び声が聞こえたかと思うと、ハルヒが飛ぶように走ってきて、妹を自分の後ろに隠すように確保すると、

「キョン!私の妹になにするつもりっ!?」

 睨みながら叫んだ。

「なにするって、なにもする気はないが…って妹?」

「そうよ!妹ちゃんは今日は私達の妹なんだから。妹ちゃん、あいつには気をつけなさい!あいつは、小学生にお兄ちゃんって呼ばせて喜んでる、変態のロリコンよ!」

 おいおい、ひどい言い草だな。

  ハルヒの突然の登場に驚きつつ周囲を見ると、朝比奈さんはちょっと困ったように苦笑しており、妹はハルヒの体から身を乗り出してこちらを見ている。長門は いつも通りこちらをじーーーっと観察しており、ハルヒは俺を睨んだままだ。一方ミヨキチはというと、俺の右腕を両手でかかえ、俺の背後に隠れるようにして ハルヒの方を見ていた。どうも驚くとかすると何かにすがりつく癖があるらしいね、おかげでまた腕が左右から柔らかいものに包まれてニヤケ顔になりそうにな るのをなんとかこらえる。

 そんな俺の心情を鋭く察知したのか、ハルヒは、

「こんなのと一緒にいたら、変態がうつるわ!みんな、行くわよ!!」

 言うや否や、ずかずかともと来た方向に去っていった。ていうか、変態がうつるって…

 こちらをじーーーーっと見つつもハルヒの後を追っていく長門、ジェスチャーでごめんなさいをしつつ小走りでハルヒを追っかけて行く朝比奈さん。妹はハルヒに引きずられながらこちらをずっと見ていた。

 その後、俺たちはそれまでと変わりなく、いろいろな乗り物やアトラクションを楽しんだ。ミヨキチも楽しんでいたようだが、なぜかそれが表面だけのように見えたのは気のせいか?その感じは、時間が経つにつれて段々と大きくなっていった。

「どうした?疲れたか?」

 もうそろそろ夕刻になろうという時間、さすがにこれ以上遅くまで小学生を連れ回すわけにはいかない。

「…ううん、そんなことないよ。」

 ミヨキチは言うが、外見からは明らかに疲労の色が見える。

「もう時間もないし、そろそろ帰るか?」

 俺の提案に、

「……いや、もう少し遊びたい…」

 小声で言い、つないでいた手をぎゅっと強く握ってきた。

「うーん、俺もそうしたいのはやまやまなんだが、もうそろそろ帰らないと家に着く頃には暗くなっちまうぞ。」

 俺が言うと、ミヨキチは握っていた手を離し、すがりつくように俺に抱きついてきた。

「いや、もっと遊びたい。」

 俺は、その時、ミヨキチの年に似合わない身体の感触を楽しむことを忘れ、ミヨキチの、普段なら絶対にとらないような態度に驚いていた。そういえば、ミヨキチは、今日は俺の妹だったんだな。素直に自分の感情や態度を示してもいい、兄に甘えてもいい、妹だったんだ。

「そうか、わかった。でもあと一回だけだぞ。いいか?」

 俺の言葉に対して、ミヨキチは、俺に抱きついたまま、

「…うん。」

 小さく答えた。

「じゃあ最後になにに乗りたい?」

 俺が聞くと、ミヨキチは、躊躇なく一方向を指差して、

「あれ。」

 

 その細い指の差す方向には、空中高くそびえる大きな円、観覧車があった。

「よし、わかった。じゃあ、行こうか。」

「……うん。」

 

 観覧車に乗った俺たちは、なにをするでもなく、ぼーっと外を見ていた。

 地上にある建物や行き交う人々が、だんだんとミニチュアのおもちゃのようになっていく。遠方を見ると、太陽が、地面に今にもキスしようかというぐらいにその位置を下げていた。

 このまま何もしないのもなんなので、俺はミヨキチに、ぽつぽつと、話を振った。

「映画は面白かったか?」

「うん。」

「遊園地はどうだ?楽しめたか?」

「うん。」

…………

 少し前とは違って、ミヨキチはあまりしゃべらなくなった。俺は、疲れたんだろうと思って、気にもせずにくだらないことを話しかけていた。

「今日はすまんなあ、ハルヒのやつがいろいろ騒がせて。」

 話題をハルヒのことにすると、ミヨキチは、それまで伏せ気味だった顔を上げて、俺を見つめてきた。

「お兄ちゃん。」

 それまで、ほとんど自分から話すことがなかったミヨキチが、急に話しかけてきたので、俺は少々びっくりした。

「ん、なんだ?」

「ハルヒさんって、どんな人なの?」

「ハルヒか?」

 俺は少し考えて、

「うーん、一言でいえば、騒がしい女、かな?」

「……」

「人の言うことなんか全く聞かないで、ぎゃあぎゃあ騒いで自分の言いたいことを押し通すような、勝手なやつだよ。」

 ミヨキチが俺の顔をじっと見ているのを感じる。俺はその視線に合わせることなく続けた。

「騒ぎたければ自分一人で騒げばいいものを、他人を巻き込まないと気が済まないみたいだな。俺なんかはいつもつきあわされてるからいい迷惑だよ。」

「それじゃあ、お兄ちゃんはハルヒさんのことは嫌いなの?」

 そう質問してくるミヨキチ。どんな表情をしていたのか確認していないが、俺の手を握っていた手の力が強くなったのは感じた。

「嫌いかって?まあ、積極的に好きってわけでもないが、嫌いってわけでもないな。あいつといるといろいろ面倒事に巻き込まれるのは確かだが、そのかわり、面白いことにもいろいろ遭遇するからな。おかげで高校生活は退屈してないよ。」

 俺の話を黙って聞いていたミヨキチは、

「そう……」

それだけ言って、あとは黙り込んでしまった。

 その後、俺が高校生活のことやらSOS団の話を一方的にしていたら、ちょうど観覧車が一周回って終点に着いた。

「さ、帰るか。」

 俺の言葉に、

「…うん…」

 ミヨキチはか細い声で答えた。

 帰りの電車に乗った際、ドアが閉まる直前に駅のホームからけたたましい騒音とともに、

「こらー、そこの電車、待ちなさーい!」

 叫びながら、ハルヒ達一団が同じ車両に乗り込んできた。

 ハルヒはそばにいる俺達を見つけると、

「あ、変態!」

 俺に向かって大声で叫びやがった。その声に他の乗客が一斉にこちらを見る。

「お、お前、変態はないだろう、変態は…」

「変態に変態って言ってなにが悪いのよ!あんた、ミヨキチちゃんに変なことしてないでしょうね!?」

「するか!バカ!!」

「バカとはなによ!平の団員が団長に向かって!!」

な どと言いあっていたが、その時他のメンバーはどうしていたかというと、朝比奈さんは妹を抱きかかえつつにこにこと俺達のやり取りを眺めており、長門はやは りいつもどおりじーーーっとこちらを眺めていた。妹は朝比奈さんに抱きついてふわふわのロングスカートに顔をうずめていたが、ちらちらと時々こちらを見て いた。ミヨキチは俺の手を握りつつ黙って床を見ていた。

 

 

 俺とハルヒが言い争いをしているうちに目的駅に到着し、

「じゃあ、送っていこう。」

 俺の言葉を耳ざとく聞きつけたハルヒは、

「キョン!あんた、ミヨキチちゃんを変なとこに連れ込もうとか、不埒なことを考えてるんじゃないでしょうねえ!?」

 またなんか、因縁をつけてきた。

「んなわけないだろう!」

 まったく、なんなんだ、この女は。そもそもお前の家は隣の駅だろう。

 俺はハルヒを無視し、ミヨキチを連れていこうとした。

 ところが、俺達が歩く後を、ハルヒ達がついてくるのだ。

「おい、ハルヒ。いったい何の用だ!?」

「別にあんたに用はないわ。私達の行く方向とあんた達のが一緒なだけじゃない!」

 結局、ハルヒ達はミヨキチの家の前までついてくることになってしまった。ミヨキチは、道中はほとんど口を開かず、俺の手を握りつつ斜め後ろあたりを歩いていた。

 ミヨキチの家に着くと、

「今日は楽しかったよ。ありがとうな。」

 ミヨキチは、それまでずっと押し黙っていたが、俺の言葉にはっとなり、

「い、いえ、私も楽しかったです。」

 焦りながら答えた後、

「今日は私のわがままを聞いていただいてすみませんでした。」

 そう言うと、深々と頭を下げた。

 このへんの所作は、やはり並の小学生にはない、大人っぽさを感じる。

「いやいや、俺も今日はホント面白い経験をさせてもらったよ。」

 言いつつ、ちょっとからかうように、

「ミヨキチの意外な面も見ることができたしな。」

 そう言ったら、ミヨキチは途端に顔を真っ赤にして照れるように顔を伏せて、

「あ、え、あ、あの、す、すみませんっ!わ、私、お、おにいちゃ、じゃなくてお兄さんがいないので、どう接していいのか分からなくって…」

「あ、ごめんごめん、別に責めてるわけじゃないんだ。あんなミヨキチもいいと思うぞ。」

「え?あ、ありがとうございます…」

 最後の方はほとんど聞き取れないような小声でお礼を言うミヨキチ。

「今日はありがとな、これからも妹と仲良くしてやってくれい。」

「あ、はい。」

「じゃ。」

 手を上げ、別れを告げた。そして元来た道に戻ろうと振り返って歩こうとしたそのとき、なにか弱い力で、上着を引っ張られるように感じた。その方向を見ると、ミヨキチが、真っ赤の顔を伏せて、俺の上着の裾を、つまむようにつかんでいるのが見えた。

「ミヨキチ…」

 思わず出た驚きの声。ミヨキチは、なにかを言おうとして、また口ごもる、という動作を何度となく続けた。そして意を決したように顔を上げ、俺に対して、

「また、遊びに連れていっていただいてもかまいませんか?」

 真剣な表情で言った。

 俺は少し面食らったが、

「…ああ」

 すぐに受諾の意思を伝えようとしたが、少し考え、俺はこう答えた
「うーん、ダメだな。」

 

 ミヨキチは俺の言葉を聞くや否や、この世の終わりのような落胆の表情を浮かべた。

「あ、いやいや、遊びに連れていかないと言っているわけじゃないんだ。」

 と、フォローする。ミヨキチはすぐに安堵の表情を浮かべたが、すぐに俺の言うことが理解できないというような表情になった。

「そうじゃなくって、今日はミヨキチ…じゃなくて美代子は俺の妹のはずだろ?妹が兄貴に対して、“連れていっていただいて”はないんじゃないかなあ。」

 ミヨキチは俺の言葉をかみしめるように理解した後、笑顔で、先ほどの自分の言葉を訂正した。

「また遊びに連れていってね、お兄ちゃん!」

 こぼれるような笑顔。

「ああ、いつでも連れていってやるぞ。」

 

 そんなやり取りの後、俺達は分かれた。ミヨキチは、俺が見えなくなるまで手を振っていた。俺も、そんなミヨキチに応えるように、ずっと手を振り返していた。

 

 道角を曲がり、ミヨキチの姿が完全に見えなくなったとき、俺の進路上に、まるでRPGの敵キャラのようにハルヒ達が登場した。

「キョン、ちゃんとミヨキチちゃんを送ってあげたんでしょうね。」

「ああ。」

「ミヨキチちゃんに変なことしなかったでしょうね。」

「するか、バカ。」

 大股を開いてふんぞり返り、腰に両手をあてて、俺に難癖をつけてくるハルヒ。朝比奈さんは妹を抱きよせながらこちらを見て苦笑している。妹は朝比奈さんに抱きつきながらこちらを見ている。長門はいつものように直立不動でこちらをじいいいっと見ている。

 いい加減ハルヒにつきあうのも面倒くさくなってきたので、妹に向かって、

「おい、もう帰るぞ。」

 そう呼びかけると、

「なに勝手なこと言ってるのよ。妹ちゃんは今日は私達の妹なんだから、あんたなんかには渡さないわよ。」

 とか言ってきやがる。そのあとぎゃあぎゃあ騒ぐハルヒを適当になだめたりすかしたりしていたところ、それを見ていた妹が突然とてとてと俺のそばに来て、

「ハルヒお姉ちゃん、わたし、もう帰る。」

 と言った。ハルヒはあっけにとられたように、

「へ?あ、そう?」

 あいまいな返事をしたが、

「今日はとっても楽しかった。ありがとう、ハルヒお姉ちゃん。」

 この妹の言葉に、

「……まあ妹ちゃんが帰るっていうならしょうがないわね。キョン、今日のところは勘弁してあげるわ。」

 言い捨てると、ハルヒはくるっと翻って歩きだしたが、またこちらに振り返り、

「今日のことは、明日、詳しく報告してもらうからね。」

 吐き捨てるように言い、ずかずかと早足でいってしまった。

「みくるお姉ちゃんも有希お姉ちゃんもありがとう。」

 妹の言葉に、朝比奈さんは手を振りながら、長門は無言で、お別れをし、歩いて行った。

 妹が手を振っているのに倣って、俺も彼女たちが見えなくなるまで手を振っていた。

 

「さあ、俺達も帰るか。」

 俺が言うと、

「うん。」

 と言いながら、妹は俺の手を握って歩き始めた。

「今日は楽しかった?」

「ん?ああ、イロイロあって、なかなか面白い一日だったぞ。」

 いつも通りの会話。妹は俺の手を引っ張り、常に俺より前を歩いていた。

「美代ちゃんって可愛いよね。」

そんな会話の中、こんな言葉を妹が発した。俺は何とはなしに、

「ああ、可愛いなあ。」

 

「クラスでも一番可愛いんだよ。」

「ああ、そうだろうなあ。あれだけ可愛いと、男の子にもてるんじゃないか?」

 

「うん、美代ちゃんが好きっていう男の子は、いっぱいいるよ。」

 

「いまどきの小学生は進んでるっていうからなあ、もしかして付き合ってる男がいるとか?」

 そう言うと、妹はその俺の言葉にびくっとなり、

「……いないよ。」

 と答え、一拍置いた後、

「…美代ちゃん、好きな人がいるって。」

 妹の衝撃情報に、

「へえー、そいつは幸せ者だなあ。同じクラスのやつか?」

 

「違う。」

ぼそっと呟き、

「学校も違う、年上の人。」

 消え入るような声で言った。先ほどまでの元気な口ぶりは、今はない。しかし俺はこの時、この変化に気づいていなかった。

「ほう、さすがミヨキチ、ませてるなあ。」

などとのんきな感想を漏らしたが、その後妹は極端にしゃべらなくなり、俺の問いかけにも生返事をするだけだった。おかしいなあと思い始めたときにはもう自宅に到着していた。

 

 その夜、妹はやたらと俺にべたべたひっついてきた。飯食う時も、テレビを見ているときも、俺のそばを片時も離れず、はてはトイレや風呂にまでついてこようとした。

 俺がいい加減鬱陶しいくて振り払おうとすると、妹はそのたびにまるで捨てられた子犬のような目で俺を見るもんだから、俺としても邪険に扱うのも気が引けて、妹の好きなようにさせていた。

「まあまあ、今日は一段と甘えん坊さんねえ。」

なんて、母親にからかわれても、妹はまったく意に返さず、ずっと俺にくっついていた。

 そして、案の定、寝るときにも俺の布団にもぐりこんできた。いつも通り妹を抱えて連れていこうとすると、今日は俺の身体にしがみつき、足を俺の足に絡ませてきたものだから、どうすることもできなかった。

「お前、今日はさっきからおかしいぞ。どうしたんだ?」

 そう聞くと、妹は俺の胸辺りに顔を埋めながら、

「……キョンくん……」

 つぶやくだけだった。俺は、なんとか妹を離そうとしたが、それもかなわず、諦めて身体の力を抜いたとき、

「キョンくん、今日は一緒に寝ちゃダメ?」

「別にダメとは言わんが、お前も兄貴と一緒に寝るような年じゃないだろう?」

 

「わたしと一緒はいやなの?」

 なにを言ってるんだと妹の顔を見ると、こちらを見る両眼に涙をいっぱいにためている。

 いつも元気な妹からは想像もつかないような悲しげな顔に、

「…別にいやじゃないが……」

 俺は少し考え込んで、

「しょうがない、今日は久しぶりに一緒に寝るか。」

 そう言うと、妹は何も言わずに、にこーっといつもの笑顔を見せた。目からは涙が出てはいたがな。


それから妹は、俺の右腕にしがみついたまま、学校のこと、友達のこと、シャミセンのこと、今日の出来事など、いろいろな話をし、そして、しばらくして静か になったなと妹の方を見ると、いつの間にかすうすうと眠っていた。その眼の下には、先ほど流れた涙が乾いてすじがついていた。俺はそれを指先でたどり、そ してそのまま頬を撫でた。

 やはりこれからはたまには妹もかまってやらないといかんなあ、しかし休みをつぶすとハルヒのやつがうるさいからなあ。って妹もSOS団の行事に参加させればいいか?妹も野球に参加させたこともあるし、おそらくハルヒの中でも準団員扱いだろうしな。

 今までの妹の扱いに対する反省をしつつ、俺も眠りに落ちていった。

 眠りに就く寸前に、俺は右腕から感じる妹の身体の感触から、その発育状態の未発達加減を認識し、あらためて妹の将来を心配したのであった

 

 翌朝、やはりいつも通り、妹のダイビングボディプレスによって、悶絶する苦しみの中、俺は目覚めた。

「キョンくん、朝だよ、起きてよ!」

 妹は、昨夜とは打って変わって元気を取り戻していた。

「わかったから、暴れるな!」

 俺は激痛に耐えつつ妹を押さえつける。

「キョンくん、おはよう!」

 俺が起きるのを確認すると、妹はすたこらっと1階に下りていってしまった。

 妹は元気を取り戻したらしい。とりあえず、安心だ。

 俺はベッドから起き上がり、うーんと伸びをした。

さて、今日も元気に頑張ろうか。

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