「半年と4日目の憂鬱」の前日の話です。

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「お邪魔しまーす。」
「あぁ。」
「あれ? 妹ちゃんは?」
「友達の家に遊びに行ってる。…で、だ。親も今日は出かけてる…んだが。」
「ふーん。そう。」
 なんだそのどーでもよさそうな返事は。
 頬をほんのりピンク色に染めて俯きつつ「そ、そう…なんだ。」とか言えよ。
 …いや、やっぱいい。そんなことされちまったらこの場で何かしでかしてしまいそうだ。
 このくそ寒いのにミニスカートにショート丈のコートを羽織ったハルヒは、ずんずんと階段を上がっていく。うわっなんだそのスカート! 短けぇっ。今にも見えそうだ。
 …いや、見てねぇぞ。俺は見てない。ナニモミテナイ。本当だ。
 階段を昇りきったハルヒが、階段下で立ち止まったままの俺に叫ぶ。
「なにやってんのよ。早く来なさい!」
「あ、あぁ…」

 ハルヒから紺のショート丈のピーコートと黄色いマフラーを預かり、ハンガーにかけてやる。
 ここで本日の涼宮ハルヒ嬢のファッションチェック! 
 オレンジの飾りのないシンプルなタートルネックのニットに、3日前俺があげたアルファベットのHの文字にラインストーンがひとつぶ付いているチャームのペンダントをしている。ボトムはミニ丈のデニムスカートに紺のニーハイソックス。
 ニットは胸が強調されてるので、ちょっと目のやり場に困りそうだ。おまけにデニムは丈がかなり短い。ニーハイソックスとの間から覗く白い素肌が眩しいぜ。
 絶対領域というんだっけか? うむ…。確かにこれは、いい…かも…。
 ってなにを俺は…。いかんいかん。
 俺は頭を振った。今日は勉強会今日は勉強会きょうはべんきょうかいキョウハベンキョウカイ…
 うむ、そうだ。きょうはベンキョウ会なのだよ。試験はもうすぐだ。真面目にやらないとな。
「なにぼーっと突っ立てんのよキョン。はじめるわよ。」
 ハルヒは既に部屋の中央にテーブルを置き、教材を広げている。
 正直勉強したい気分ではないのだが…。俺は仕方なくハルヒの向かい側に腰を下ろした。


 俺とハルヒがひょんなことから付き合い始めて今日で半年と3日。
 俺たちが付き合っているということは、お互いの家族はもちろんのこと、クラスの、いや学校の誰もが知っているであろう常識となっていた。
 それなりにイベントもあったし、いわゆるデートスポットとやらにも行った。喧嘩は…アレだ。ケンカする程仲が良いってやつだ。そこ、バカップルって言うな!
 しかし。
 これは意外に思われることかもしれないが、俺たちはあまりいちゃいちゃしてないのだ。
 実に清く正しく美しい男女交際をしている。むしろ汚れが無さ過ぎて不自然に思えるくらいだ。
 えーつまりだな…。まぁ早い話が『まだ』ってこった。
 それというのもこういうのは順序と相手の合意が必要だと俺は考えているわけで…。


「…キョン!」
「うわっ」
 ハルヒが、いつの間にか自分の世界へトリップしてた俺の顔を覗き込んでいた。
「なんだよ。びっくりするじゃねぇか。」
「さっきから呼んでたわよ。」
「そうか。悪かった。集中してて気がつかなかったよ。」
「…本当に勉強してたの?」
 う、なんて鋭いんだ。
「キョン、あんたあたしに隠し事してるでしょ?」
「してねーよ」
「…ふん。まぁいいわ。とにかく集中してやんなさい。終わんないわよ!」
「あぁ…」
 やけにあっさり引き下がったハルヒに安堵する一方不安と疑問を抱いたが気にしないことにする。
 その後、ハルヒ先生の厳しいご指導によりどうにかこうにか勉強を終わらせた。
 今はふたり並んでベッドを背もたれにして、たわいもない話をしている。ハルヒの暴走トークに俺がツッコミを入れているだけという、いつもの光景だ。
 ハルヒがこうして俺の隣に居て、はちきれんばかりの笑顔で俺を見ているだけでなんつーかこう
胸の奥に暖かい何かが流れ込んでくるような、そんな感じがして…ひょっとしたら今の俺ならどんなことでも出来るんじゃないかとさえ思えてくる。なんなんだろうな、これは。

 でもな、やっぱりちょっとばかり清く正しく美し過ぎると思うんだよ。
 俺だって健全な男子高校生なわけだし…な。
 しかし、ハルヒの気持ちを無視したり傷つけたりするようなことはしたくないんだよ。
 ま、うっかり下手に迫って嫌われたくないっていう気持ちも無いわけではないんだが…。

 いつの間にか俺のツッコミが入らないことに気がついたんだろう。
 気がつくと、眉間に皺を寄せたハルヒが俺の顔を覗き込んでいた。
「あんたほんと今日おかしいわよ。どうしたの?」
「いや…」
 心の奥を見透かされるような気がして、思わず目を逸らしてしまった。
 いかん、逆効果だ。これじゃいかにも隠し事してます! っていう態度じゃねぇか。
「嘘! 絶対へんよ、今日のあんた。やっぱり何か隠してる!」
 確定かよ! っておいこらやめろ。服が伸びる。
「…言いなさい。」
 ハルヒは俺のパーカーの襟元を掴み、まっすぐ俺を睨んでいる。

 言っても、いいのか?
 いや、言えるわけねぇだろ!

 ハルヒは怒っているのか、不安なのかわからない表情をしている。
 おいおいそんな顔すんじゃねぇ。
 ハルヒの瞳の中の何かが揺れるのを見た瞬間、俺は突き動かされた。

「っ…!」


 …3回目、か。

 雑誌でよく見かける平均値ってどれくらい信憑性あるものなんだろうな。
 付き合って半年と3日目でキス3回目って少ないよな…。
 
 いや、平均値なんて関係ない。そんなの関係なく
 俺は、もっとハルヒを…

「…んっ」


 あぁなんか…
 頭ん中が、真っ白に…なりそうだ…


 心地よくハルヒの唇を味わっていると、突然両手で胸を押されものすごい力で俺は後ろに突き飛ばされた。いてぇなおい!
「な、なにすんだ。」
「…い、いきなりなにすんのよっ! バカバカッ! エロキョン!」
 ハルヒは目を潤ませ耳まで真っ赤になりながら叫んでる。
「…ハルヒ?」
 ハルヒは無言で自分の荷物を鞄に放り込んでいて、俺の方を見ようともしない。
「なにやってんだ?」
 そして立ち上がると俺の方を見ないまま、ヤリのような言葉を投げつけた。
「…帰るっ!」
 な、なんだって? 帰る? なぜ?
「お、おい、待てよ。」
 俯いたままのハルヒの腕を掴もうと腕を伸ばしたが届かない。待てと言ってるだろうが!
「ついて来ないでっ!」
 ハルヒはそう怒鳴るとドアを勢いよく閉めた。階段を駆け降りる足音が遠ざかる。


 情けないことに暫くの間、俺はその場から動けなかった。


+++



 魂が半分抜けつつも、妹と母親にせかされ夕飯と風呂を済ませた俺はベッドに寝転んだ。
 今夜マトモに寝られる自信は無いが、一睡も出来ない自信はあるぜ。

 ハルヒのやつ、なんであんなに怒ってたんだ? 
 まぁ考えられることはひとつしかないんだがな。
 おそらくハルヒ的にいきなりのキスはマナー違反なのだろう。

 でもな、したくなったんだよ! なんかもうわけわかんなくなって…。

「はぁ」
 俺は溜息をついた。

 携帯電話を手に取りハルヒの番号を呼び出す。

 …俺が悪いんだよな、たぶん。
 謝らなきゃいけないんだよな、俺が。


 もしかしたらだが。
 俺がハルヒを想う程、ハルヒは俺のことを想ってないのではないだろうか?
 そしてこれから先途方も無い年月をかけても、どう頑張っても
 俺とハルヒのこの形勢は変えることが出来ないんじゃないだろうか。
 …そんな気がしてならない。あまり認めたくないことなのだが。

 まぁそれも仕方が無いことなんだがな。
 なんたって俺は、初めて逢った瞬間からハルヒに連戦連敗なんだから。

    …fin.


>>CALLED(haruhi side)

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最終更新:2020年03月13日 01:23