Extra.6 長門有希の対訳 ~Report.01 対訳版~


 現地語表記による報告は、当該観測対象の行動の把握に一定の成果を挙げた。
 しかし、情報伝達に想定以上の齟齬が認められたので、会話部分を従前通り表記した報告を行う。
 Report.01の内容をそのままに、会話部分を従前通りの表記とした。

【追記】

 本報告後、試行として現地語表記と一般表記を併記した形での報告を求められたため、本報告を元にReport.01を改稿した。その結果が良好だったため、すべての報告について、同様の形で改稿している。

 



「アルー晴レータ日ーノコト~♪ んんーんんーんんーんんん~♪」
 涼宮ハルヒが歌を口ずさみながら部室に入ってきた。普段の学生鞄とは別に、大きな鞄を肩に掛けている。
「んっん~♪ みくるちゃんっ! 今日も相変わらず可愛いわね♪」
 笑顔、『彼』の表現を借りると『100Wの笑顔』で朝比奈みくるにそう声を掛けながら、団長席に着く。
「おい、ハルヒ。今日はまた、やけに御機嫌だな?」
 『彼』、通称『キョン』は、眉を寄せながらそう問いかけた。過去の情報を検索すれば、涼宮ハルヒがこのような表情をしている時は、彼女の発言を受けて必ず『彼』が東奔西走せざるを得ない状況が発生する。『彼』はそれを理解しているので、こんな表情をしている。この表情を『諦めた顔』と言うそうだ。
「んっふっふ~。今日はね、みくるちゃんのために、良い物を用意してきたのよ。」
 余談になるが、涼宮ハルヒ達の観測を続ける内に、少しずつだが、表情等を観察して過去の情報と照合すると、その人間の思考内容が予測できることが分かってきた。
 その考察結果から今の涼宮ハルヒの思考を予測すると、『待ってました!』又は『よくぞ聞いてくれた!』である。
「最近、ず~っと同じメイド服だったでしょ? そろそろ新しいコスに行ってみようかと思ったの。とは言っても、今回は小物だけなんだけどね。じゃじゃ~ん!」
 そう言って涼宮ハルヒは、学生鞄の中からそれを取り出した。ある哺乳類の耳を模したヘアバンド。
「ほほう、ある意味伝統と格式の、猫耳というわけですか。」
 古泉一樹がいつもの微笑をたたえて言う。
「ちっちっち。まだまだ甘いなぁ、古泉くんは。よく見なさい? まぁ、耳だけじゃ素人には分かんないか。用意したのは耳だけじゃないわ、尻尾もセットよ!」
 涼宮ハルヒは更に別の物を取り出した。とてもふさふさした哺乳類の尻尾。
「猫耳だったら、今日び、ガチの一般人でも知ってる人は多いでしょ? そんなの、普通で面白くないじゃない。まぁ、みくるちゃんなら猫耳付けても似合うでしょうけど、せっかくだから違う耳を用意したわ。」
「それは……アレか? うどんとかでおなじみの……」
 『彼』が問う。
「そ。おっきな耳に、スマートでクールなフォルム。魅惑のふさふさ尻尾、狐セット~♪」
 そう言うや否や、涼宮ハルヒは朝比奈みくるの狐耳と尻尾の装着に取り掛かる。
「あっ、あっ、あっ、そんな、無理やり頭飾り取らないでぇ~、ああ~!? スカートの中に潜り込んじゃダメぇ~うわ!? ちょ、何(なん)て所触ってんのぉ、あへぁ、わっ、わっ……」
 朝比奈みくるの嬌声をBGMに、程なく狐耳メイド(しっぽ付き)ができあがる。
「できた♪ 思った通りめちゃ似合ってるわ♪」
「これはこれは……さすがは涼宮さんですね。妙にそそられるものがありますよ。」
 表情を変えずに古泉一樹は言う。わたしはまだ、古泉一樹の思考内容は全く予測できない。
「さぁ、写真撮りまくるわよ! キョン! 古泉くん! あんた達は助手! さっさと照明とかセットしなさい!」
 涼宮ハルヒは手際よく、大きな鞄から撮影機材を取り出していく。
「って、おい! デジタル一眼レフやら照明機材やら、そんな物どこから調達してきたんだ!?」
 『彼』が目をむいて突っ込む。
「ああ、コレ? 気にしたら負けよ♪」
「……好きにしろよ、もう。」
 やれやれ、と『彼』は肩をすくめた。
 わたしの記憶領域になぜか、涼宮ハルヒと『彼』が二人で『ありがと~ございました~!!』とお辞儀し、『以上、「涼宮ハルヒと愉快な仲間たち」のお二人でした~!!』という声を背に、舞台裏に下がって行く映像が展開された。このエラーの原因は不明。


 撮影中の様子は、特筆する事項はない。涼宮ハルヒの心理状態は高原状態だったと書けば足りる。一頻り撮影を終えると、
「うーん、狐耳のメイドさんも、なかなか良いものね。今度は尻尾がよく見えるように、尻尾を通す穴があるスカートを用意した方が良いかな。ああ~、今回は眼鏡を用意してなかったことがすごく悔やまれるわ。」
 朝比奈みくるに頬ずりしながら、涼宮ハルヒは言った。
「なかなか萌えの世界ってのは奥深いわ。」
(……まさか、新たな属性に目覚めたんじゃないのか!?)
 『彼』はそう言っているかのような顔で涼宮ハルヒを見つめていた。
「そうね。みくるちゃんだけじゃなくて、他の団員にも耳を付けてみたいわね。」
 と言って、辺りを見渡す。
「有希には……うーん、やっぱり猫耳か。あたしは……何が良いかな?」
「……女豹(めひょう)とかな……ハルヒらしいぜ……」
 『彼』がボソリと呟く。
「ん? 何か言った?」
「!? な、何も言ってないぞ!!」
 『彼』はよく、独白をうっかり声に出して言ってしまう。今回もそうだろう。
「みくるちゃんは狐も良いけど、やっぱり兎ね! それで、古泉くんは……何となく狸!」
 最後に涼宮ハルヒは『彼』を見てこう言った。
「あんたは迷いようがないわ。あまりにもぴったり過ぎて、逆につまんないくらいだわ。」
(なん)だ、言ってみろ。」
「あんたは犬に決まってるじゃない。」
「理由は?」
「何があっても尻尾振ってどこまでも御主人様に付いて行く、忠実な僕! SOS団の雑用係、正にあんたそのものだわ! よし、これからあんたはSOS団団長であるあたしの忠犬ね!」
「何でそうなる!!」
 『彼』の渾身のツッコミが涼宮ハルヒにヒットする。見事な形。『彼』のツッコミの腕は、これからも進化し続けるだろう。
「ん~、あんたには耳付けて、尻尾付けて……っと、忘れちゃだめね、首輪!」
(なん)だと!?」
「首輪付けて、リード付けて……今度の罰ゲームはそれに決まりね!」
「はっはっは、なかなか言いえて妙ですね。さすがは涼宮さんです。」
「こら、古泉……あんまり調子乗ってると、殴るぞ?」
「おっと、冗談ですよ。はっはっは。」
 古泉一樹は普段通りの微笑で言う。
「フリスビー投げて、『そーら、キョン、取っといで!』とか言って遊んだり。あ、そうだ! せっかくだから犬らしい名前で呼びましょ! ポチ、ポチ~」
「えーい、やかましい!」
 『彼』は憮然とした顔で言う。
「う~ん、(なん)か、こう、しっくり来ないわね? タマ……は猫だし……ペス、ペス~? んー、キョン、キョン、……ジョン……!! そうよ! ジョン! あんたにぴったりの名前はジョンよ!」
 ひくぴきぴき、と『彼』の顔が引きつった。
「ジョン、ジョン~。うん、何ていうか、あるべき所に収まったっていう感じね。ん? (なん)だろ、苗字まで思い浮かんだわ? ジョン・スミス? 何だろ、この感覚……何ていうか、既定事項? みたいな……」
「……それはお前の気のせいだ……」
 『彼』は震える声でやっと、搾り出すように言った。
「キョンくん? 顔色悪いけど、どうしたの?」
「……何゛でも゛あ゛り゛ま゛ぜん゛、朝゛比゛奈゛ざん゛」
 どう見ても何かあります。本当にありがとうございました。そんな一文が、わたしの記憶領域に展開された。
 しかし、この後彼らは思わぬ角度から大混乱に陥ることになる。


 『彼』が反応したのは、『ジョン・スミス』という単語。
 これは今から四年前の時点へ、『彼』が時間移動して涼宮ハルヒと出会った時に名乗った名前。『彼』曰く、涼宮ハルヒに自分の能力を自覚させる『禁断の言葉』。もし涼宮ハルヒが自らの能力を自覚したら、どのような事態になるかは情報統合思念体でも予測が困難。その単語を涼宮ハルヒ自ら口にした。『彼』が驚愕するのも無理はない。
 情報操作をすべきか、あるいは言語による操作、彼ら流に言うと『フォロー』をすべきか考え始めた時、異変が起きた。
 わたしの記憶領域に、ある映像が展開される。
 一戸建ての家、玄関の脇、犬耳を生やした『彼』が尻尾を振りながら『お座り』している。『彼』の前には小さな深皿、『彼』の後ろには小さな犬小屋。深皿と犬小屋には、それぞれ『ぢょんのえさ』『ぢょんのいえ』と書かれている。わたしは哺乳類の大腿骨の形を模したガムを手に持ち、『彼』に言う。
『ジョン、お手。』
『わん!』
『お回り。』
『わん、わん!』
『チンチン。』
『わおん!』
『……いい子、いい子。』
『くぅん。』
 わたしの中に得体の知れない『何か』が湧き上がる。発生した理由は不明。最近わたしは、この『何か』を人間で言うところの『感情』ではないかと考えている。
 今回の『何か』を人間の感情に近似して、合致するものはないか検索する。今回の『何か』は……『萌え』?


 そのような『妄想』に囚われること数秒。エラー。平常状態に復帰する。
 気が付くと、わたし以外のSOS団全員の視線がわたしに集中していた。古泉一樹でさえ、驚愕の表情を浮かべている。もしわたしに表情を浮かべる機能があったなら、今の『妄想』のせいで、口に出すのも憚られるような『すごい顔』をしていたことだろう。でも、わたしにはその機能はないため、そんな心配はない。では、なぜ視線が?
「……な、な、な……」
 朝比奈みくるが震えながら、わたしを指差している。涙目で。なぜ?
「……なに。」
 と、わたしは問う。
『長門さん!』
「長門ー!」
「有希ー!」
 わたし以外の四人の声が重なる。
『鼻血、鼻血――――!!』


 その日から『ジョン・スミス』は、わたしにとっても禁じられた言葉(ワード)となった。


【本報告:Report.01 長門有希の流血



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