俺は憂鬱な気分で文芸部の部室に向かっていた。
なぜ俺が憂鬱な気分かというと、さっきハルヒとけんかしたからだ。
あいつの我侭には付き合いきれない。しかし、そうはいってもこの後、俺はハルヒの機嫌を直すために奔走する羽目になるのだろう。
なぜなら、ハルヒをこのままにしておけば、またあいつの不思議パワーで世界が危機的状況に陥りかねないからだ。
まったく忌々しい。いったい誰だ、ハルヒにこんな能力を与えたのは。俺をこんな運命に巻き込んだのは。
長門でも、古泉でも、まだ会っていない異世界人でもいい。俺が納得いくように説明しろ。
そんなことを本気で考えながら、部室まで行くと、そこにはニヤケ面の男がひとり椅子に座って待っていた。
「おや、ずいぶんご機嫌ななめのようですが」
「ああ、ハルヒとちょっといろいろあってな。それよりおまえひとりか」
「朝比奈さんと長門さんは今日は来れないとの連絡がありました。それよりもはやく仲直りしてくださいね」
そう言うと、古泉は俺から目を逸らして、黙々と詰め将棋の続きをやり始めた。
俺はそんな古泉の姿を見ながら、ため息をついて愚痴をこぼした。
「あ~あ、俺はお前が羨ましいよ。何も悩み事が無さそうで。できればお前の立場と入れ替わりたいくらいだ」
古泉はいつもの笑顔のまま「おや」といった表情でこちらを向いた。
「おやおや、僕の立場になりたいとはずいぶん乱暴なことをおっしゃいますね。
僕達は閉鎖空間が発生すれば、例え夜中であっても、処理にあたらねばならないのですよ
そんな立場にあなたが憧れるとは思えませんが…………」
確かに言われてみれば、こいつもハルヒにずいぶんと振り回されているわけだ。
そう思うと気の毒な気もするが、むかつくから同情はしてやらない。
ふと、『もしSOS団のメンバーで入れ替わるとしたら誰が良いか』というある意味どうでもいいような考えが頭に思い浮かんだ。
長門、朝比奈さん、古泉の顔が順番に浮かんでは消えていき、俺はある結論に達した。
「そうだな、もし入れ替われるとしたらハルヒとがいいな」
そんな俺の独り言を聞いて、古泉がまた反論したげにこちらを見ている。
なんだ。何か文句でもあるのか。SOS団の中であいつほど恵まれている奴はいないぞ。好き勝手なことができるわけだからな。

「お忘れかも知れませんが、涼宮さんは我々の正体も、SOS団で起こる様々な超常現象もご存知無いのですよ。
つまり涼宮さんの立場になるということは通常の平凡な学園生活を送るということと同義です。
いまのあなたがそのようなことを望んでいるとは到底思えませんけどね」
古泉のいうことには一理ある。もし、俺が普通の学園生活を望んでいるのなら、
長門が世界改変を行ったときに、こちらに戻らなければよかったのだ。
『では、他に誰なら良いか』と考えていると、そんな俺の思考を読んだのか、古泉が意外なことを言ってきた。
「僕はむしろあなたの立場が羨ましいですよ」
「なぜだ。俺は別にお前に羨ましがられるような立場ではないぞ」
「ふふふ、あなたはどうやらご自分の立場をあまり理解できていないようですね」
古泉は唇を指でなぞりながら解説を始める。
「いいですか、SOS団のメンバーで活動内容の全てを知り得ることができるのは、あなたと長門さんしかいないのですよ。
涼宮さんは言うに及ばず、僕や朝比奈さんでさえ、SOS団で起きた出来事の全てを知っている訳ではないのです」
まあ、確かに朝比奈さんは未来から何も知らされずに、この時間平面に送られてきたようだし、
古泉にしても時間がらみの事件に関してはまったくの未経験だし、そう言う意味では恵まれているのかもしれない。
しかし、それなら長門の立場が一番良くないか。
「長門さんが情報統合思念体に与えられた権限は観察だけです。だから積極的に我々に働きかけることは滅多にありません。
つまり、自らの意志をもって行動でき、全てを知り、経験できるのはあなたしかいないのです」
俺は古泉の解説を聞いて、釈然としないながらも反論できない自分に少し苛立ちを感じていた。
古泉はそんな俺を見ながら、突然奇妙なことを言い出した。
「あくまでほんの戯言として聞いていただきたいのですが」
「なんだ」
「もし、あなたが涼宮さんのような能力を持っていたとしたら、あなたはどうしたいですか」
俺は予想外の古泉の言動にちょっと驚いた。まあ、しかしほんの戯言だ。真剣に考える必要もあるまい。そう思い、俺は
「そうだなあ、まず毎日上らなければならないあの坂を平坦にするんじゃないか」
と適当な返答をした。古泉はそんな俺の回答を聞いて、ふふふと不敵な笑みを浮かべる。
そんな古泉の様子に少し苛立ちを覚えながら、俺は古泉に問いかけた。
「お前ならどうしたいんだ」


「もし、僕にそのような能力があってもとても怖くて使うことはできないですね。むしろ誰かに譲りたいくらいですよ」
「つまり、そんな能力はいらないということか」
「いえ、そうではありません」
そう言うと、古泉は指で前髪をはじいて、また得意の解説を始めた。
「自分の身近な誰かがその能力を知らずに持ってさえいれば、自分も平凡な日常から抜け出すことはできます。
何でも願い事が叶うよりもむしろその方が面白いと思いますよ。自分の予想外のことが目の前で起こるわけですからね。
それに能力を譲った相手に対して一定の影響力を持っていれば間接的に能力の一部を使用することも不可能ではありません。
あくまで能力の最終決定権は譲った相手にあるわけですから、その結果に対して必要以上に自分が責任を感じることもないですしね」
なるほど、いちいち最もな意見だ。しかし、こう言われると反論したくなるのが俺の性分でもある。
「しかし、その能力を譲った相手がハルヒのような性格だったらどうするんだ。いきなり世界が破滅しかねないぞ」
「能力の暴走を防ぐためには制御するシステムが必要ですね。自分に従順な人物にそういった能力を持たしておけばどうでしょうか」
「自分が制御能力を持っていてはいけないのか」
「それでは能力を譲渡した意味が無くなりますからね。あくまで暴走しないための保険の役割ですよ」
普段の俺ならこんな戯言を相手にしてないだろうが、今日はなんとなく付き合っている。そういう気分なんだろう。
「じゃあ、お前が能力を譲渡した相手がいまの俺みたいに憂鬱だったら、さぞかしその制御する人物は大変だろうな」
俺はなげやりに答えた。
「そうですね。ではストレス解消のために専属のセラピストでも雇いますか。ああ、そういえば涼宮さんは朝比奈さんにコスプレを
させてストレスを発散させている節がありますね」
ふーっとため息をつく。
「そんな簡単にストレスが解消できるわけがないだろう。人間の心の複雑さくらいお前なら良くわかっているだろうに。
何度もハルヒの心の中に入ってストレスと戦っているわけだから………」
そう言って、俺はふとあることに気がついた。そんな俺の様子にお構いなしに古泉は戯言を続ける。
「そうですね。意識的なストレスだけでなく、無意識のストレスとも戦うセラピストが必要ですね」
俺は古泉を睨みつけて呟く。
「古泉……お前……まさか俺が」
古泉は動じることなく両手を広げ、首を左右に振りながら
「本気で受け取らないでください。ほんのちょっとした戯言ですよ。後付けの解釈と言いますか、まあノストラダムスの予言のような
感じで受け取ってもらって結構です」
と、少々悪戯っぽい笑みをこちらに向けてきた。

ちょうどそのとき閉校のチャイムが鳴った。
いつの間にか部室の窓からは夕日が差し込んでいた。意外に長い時間、戯言に付き合っていたんだな。
まあ、こんな戯言でも気分転換にはなったことだし、そのことは感謝しておこう。
内容については、もっともらしい理屈で俺を煙に巻くのはいつものことなので、あまり気にしないほうが良いだろう。
そんなことを考えながら、俺が帰りの準備をしていると、古泉の携帯が鳴った。そのディスプレイを見て古泉が言う。
「戸締りはお願いできますか。どうやら閉鎖空間が発生したようです。理由は言わずともわかりますよね」
けんか別れした後だから機嫌も悪いのだろう。俺は古泉に先に帰るように促した。
帰ろうとドアのノブに手をかけた古泉が振り返って聞いてきた。
「最後に戯言の続きをひとつ聞いてもらいたいのですが」
「なんだ! 急ぐんじゃないのか」
俺はうんざり感を込めて返答する。
「この部屋に来るとき、あなたは何を考えていましたか」
そう言うと、古泉は俺の返答を待たずに部屋から出て行った。


~終わり~

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最終更新:2007年02月28日 04:41