Report.17 長門有希の憂鬱 その6 ~朝比奈みくるの報告(前編)~

 

件名:閉鎖空間式空間封鎖内における戦闘について


 パーソナルネーム長門有希の要請を受けて、朝比奈みくるが観測経過を報告します。

 



 空間封鎖された生徒会室。

 ここ『長門有希消失緊急対策本部』では、「朝倉涼子を信用してほしい」という喜緑さんの要請にキョンくんが同意した後も、会議が続いていました。
 その会議のさなか、喜緑さんが急に立ち上がりました。
「大規模な閉鎖空間を感知しました。同時に、涼宮ハルヒ、朝倉涼子両名の反応が消えました。」
「何ですと!?」
 キョンくんも釣られて立ち上がりました。会議室が騒然とします。
「これは……」
 見る見る喜緑さんの表情が困惑に変わりました。
「この閉鎖空間は、涼宮ハルヒの力によるものではありません。別口です。」
「その別口の正体、分かりまっか?」
【その別口の正体、分かりますか?】
 古泉くんが問います。
「至急、照合します。しばらくお待ちください。」
 喜緑さんはやや思案するような表情で中空を見つめていましたが、しばらくして口を開きました。
「閉鎖空間を発生させた張本人が分かりました。非常に言いにくいことですが……」
 息を呑む一同。
「これは、情報統合思念体の一派が行ったものです。」
 ざわ……ざわ……
 会議室に戦慄が走りました。
「今回、この閉鎖空間を発生させたのは、過激派。かつての急進派から分かれ、より先鋭化した集団です。彼らの行動理念は、『涼宮ハルヒへの攻撃』。」
「何(なん)やて!?」
【何(なん)だって!?】
「彼らは、これまでに得られた涼宮ハルヒの能力の解析結果を利用して、我々が行う空間封鎖を応用し、巨大な閉鎖空間を作り出した模様です。」
「過激派……」
「あなた方人間と同様、情報統合思念体にも、派閥争いがあります。」
 キョンくんの呟きに、喜緑さんが答えました。高度な知性を備えた情報生命体でさえも、派閥争いからは逃れられないのでしょうか……それとも、知性があるゆえに?
「とにかく、現場に向かった方が良さそうです。こんな時は、確かこう言うんでしたね。」
 喜緑さんは言いました。
「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんです。」
 良い言葉ですね。……あれ? 古泉くんはいつものスマイルなのに、キョンくんは『やれやれ』って……何で? 多分きょとんとした顔になっているあたし。
 おかしいな。史料には特に記載がない、この時間平面における普通の言葉なはずなんだけど……この時間平面から四年前よりも更に以前に、何かあったのかな?


 あたし達は、喜緑さんの誘導で学校を出て、現場に向かいました。
「二人の反応が消えたのは、この近辺です。」
 と、喜緑さんが立ち止まって言いました。場所は、北高に続く長い坂を下り、線路沿いにしばらく行った住宅街です。
「そない言わはっても、僕にはさっぱり感じられまへんで?」
【そう仰いましても、僕にはさっぱり感じられませんが?】
 古泉くんが言いました。彼には『閉鎖空間』の存在を感じる能力があります。
「発生源が涼宮ハルヒではないので、発生を感知できなかったのでしょう。そして、近付いても感じられない理由は……これですね。」
 喜緑さんが何もない空中で何かを掴むような手の動きをして、そのまま手を下に下ろしました。それは、見えない何かを『めくる』動作に見えました。
「! おお、これはこれは。」
 驚いた声を上げる古泉くん。
「いつも感じる閉鎖空間の壁が、突然空中に見えよりましたで。」
【いつも感じる閉鎖空間の壁が、突然空中に見えましたよ。】
「今の状態を言語化すると、そうですね。背景と同じ色のシートを被せてあるのを少しめくった状態です。背景と同化して見えなくなっていたものが、シートの隙間から覗いてるんですね。つまり、偽装です。」
「なるほど。いやしかし、これは手強い。これは、涼宮さんが『彼』を連れ込んだ閉鎖空間以上の強度でんな。」
【なるほど。いやしかし、これは手強い。これは、涼宮さんが『彼』を連れ込んだ閉鎖空間以上の強度ですね。】
「外からこの外殻を破って進入するのは、至難の業ですね。」
 こんな状況になると、いつも思う。あたしは何て無力なんだろうって。結局最後は、いつも長門さんの力で解決してるようなもんだし。
 あたしは思わず『彼女』の姿を思い出していました。いつも無口で、窓辺で本を読んでいる、とても強くて頼りになる『彼女』を。


 …………


 出し抜けに、目の前で奇跡が起きました。


 表現が淡白過ぎるかな? でも、ごめんなさい。余りの驚きとかいろいろに、ちょっと言葉に詰まっちゃって。
 とにかくそれは、何の前触れもありませんでした。感動的な演出も。多分、瞬きしてる間だと思うんです。いつの間にか、そこに『彼女』が立っていました。無言で、儚げで、ショートカットが風に揺れていました。
『…………』
 五人分の沈黙。約二名はただの沈黙じゃないかもしれませんけど。
「……な……が、と……さん?」
 辛うじて搾り出したような声で、あたしは誰何(すいか)しました。
「そう。」
 『彼女』……長門有希が、そこにいました。
 あたし達は、長門さんに、何て声を掛けて良いか分かりませんでした。ただ一人を除いて。
「SELECT 長門有希 FROM τφει」
 喜緑さんが呪文のように、超高速で彼女達の使用するコードを実行しました。
「個体照合・長門有希……確認。間違いなく長門さん本人ですね。」
「状況が変わり、再構成が成功した。」
 どうやら、本当に長門さんが帰ってきたようです。
「時間がない。状況を伝える。協力と彼らへの説明を要請する。」
 うん、この極めて平板で無駄が全くない喋り方は、間違いなく長門さんです。
 長門さんと喜緑さんが、何やら見つめ合っています。といっても、一分にも満たない時間だったでしょうか。
「了解、把握しました。」
 喜緑さんが答えるのを聞いているのかいないのか。長門さんは、さっき喜緑さんが『めくった』空間を見ていました。真っ直ぐに。
「……突入する。」
「ご武運を。」
 二人のインターフェイスはごく短いやり取りのあと、揃って呪文のようにコードを実行し始めました。二人の声が見事に調和して、完全五度の美しい和声を作っている様に聞こえます。(そういえば『和音』も、この時間平面の言葉で『コード』って言いますね。綴りも発音も違いますけど。)
 『呪文』の詠唱が止み、長門さんが深く腰を落としました。そして腰だめに拳を固め……え? 拳?
 そのまま長門さんは、声も出さずに、静かに、素早く、拳を前へ突き出しました。ちょうど、『めくった』あたりを突くように。
「これはまた……長門さんらしからぬ、強引な手段ですなあ。」
【これはまた……長門さんらしからぬ、強引な手段ですね。】
 古泉くんが苦笑しています。
「一体、何が起こっとぉ?」
【一体、何が起こってんだ?】
 キョンくんの問いに、古泉くんは肩をすくめて答えました。
「長門さんは、どうやら閉鎖空間の境界を殴って叩き割るおつもりのようで。今の一撃で、あの辺りの境界に、蜘蛛の巣状にひびが入りましたわ。」
【長門さんは、どうやら閉鎖空間の境界を殴って叩き割るおつもりのようで。今の一撃で、あの辺りの境界に、蜘蛛の巣状にひびが入りましたよ。】
 そういうことになってたのか。その後も長門さんは、二度三度と拳、肘を繰り出しました。
「微弱な信号を検出しました。涼宮ハルヒ、朝倉涼子両名と思われます。」
 長門さんが突いている空間に手をかざしていた喜緑さんが言いました。中の様子を探ってたんですね。
「……把握した。」
 長門さんは短く答えると、今度は鋭く前蹴り。二度、三度、四度……あのー、長門さん? その蹴り方、後ろから見てると、ドラマでやってた『闇金融業者の追い込み』みたいですよ?
『そこにおんのは分かっとんのや。早(はよ)ドア開けんかいこるぁ。』
【そこにいるのは分かってんだ。早くドアを開けやがれごるぁ。】
『借りたモンは返すんが当たり前やろがぁ。ええ加減に観念せぇやぁワレぇ。』
【借りたモノは返すのが当たり前だろがぁ。いい加減に観念しやがれてめぇ。】
 ……普段の長門さんの声で想像してしまいました。台詞は棒読みです。うは、すごくシュール……
「……貫通しました。」
 喜緑さんの声と同時に、長門さんは無言で身体を前に進めると……空間の途中から吸い込まれるように姿が消えました。
「突入成功。」
 喜緑さんは、ふう、と一つ息をつきながら呟きました。
「それでは、移動しながら説明しましょう。」


 あたし達は喜緑さんの誘導で、住宅街を移動しました。
 情報統合思念体に存在する過激派のこと。

 長門有希再構成計画。

 長門有希不在の好機。

 涼宮ハルヒ襲撃計画。

 閉鎖空間式空間封鎖。

 涼宮ハルヒの意識変化。

 情報共有。

 突入。
 喜緑さんの説明が終わる頃には、駅前に着いていました。
「ほなら、僕達は、中に入った長門さんのリアクションを待つしかない、っちゅうことですか。」
【それじゃあ、僕達は、中に入った長門さんのリアクションを待つしかない、ということですか。】
「そういうことになります。」
 長門さんが突入するために蹴破った穴は、すぐに塞がってしまった。だから、中で長門さんが状況を確認し、その後何らかの行動を起こす。あたし達はその行動を受けて、その後の自分達の行動を決める。
 そうなったみたいです。
 ちなみに移動したのは、もし喜緑さんも突入することになった場合に、涼宮さん達の目の前に現れない方が都合が良いから、です。長門さんはそのまま突入しちゃいましたけど。
 喜緑さんの説明によると、あの時長門さんは、めちゃくちゃ怒っていたそうです。確かに、いつもの……消失する前の長門さんとは、ちょっと雰囲気が違うように見えたけど……あたしは驚いていたし、再構成された直後だから色々と違うのかな、くらいにしか思いませんでした。
 しばらく駅前でたむろしていると、喜緑さんが緊迫した声で言いました。
「境界の状態が変化。突入可能状態……え? 応援要請? 全員で?」
 そしてあたし達を見回して、
「長門さんからの応援要請です。全員で突入してほしいとのことです。」
「そんな大変なことになっとぉですか?」
【そんな大変なことになってるんですか?】
 キョンくんが緊張した面持ちで問います。
「詳しい状況は不明です。中に入ってみないことには……皆さんは、異論ありませんか?」
 あたし達は一様に承諾しました。
「それでは突入します。皆さん、はぐれないように手を繋いでください。」
 喜緑さん、古泉くん、あたし、キョンくんの順に、一列になって手を繋ぎます。駅前なのに人通りがないのは……何かの『意思』でしょうか。何にしても好都合です。高校生男女が、一列になって仲良く手を繋いでるなんて、変な画ですからね……
「空間切開。」
 喜緑さんの手刀で十文字に切り裂かれた境界から、あたし達は閉鎖空間に突入しました。


 中は、元の世界と『ほとんど』同じでした。違っているのは、空の色。そして、あたし達以外誰もいないだろうということ。
「状況が判明しました。」
 喜緑さんが言いました。
「現在、長門有希は、涼宮ハルヒ、朝倉涼子両名と共に交戦中です。涼宮さんの手前、あまり情報操作が行えず、苦戦しているようです。そこでわたし達に別動隊として行動し、敵を攪乱し、戦力を分散させてほしいということです。」
 涼宮さんの目の届かないところで、あたし達で戦ってほしいっていうことですか?
「その通りです。」
 と言っても、この中でまともに戦闘経験があるのは、恐らく古泉くんぐらいです。『戦って』って言われても、そんなすぐに戦う技術を身に付けられるものではありません。
「もちろん、実際の戦闘に関しては、わたしが最大限支援します。少なくとも、防御に関しては何も問題ないと思ってもらって差し支えありません。」
 喜緑さんは穏やかに微笑みながら、そう言い切りました。
「わざわざ僕達も一緒に、別動隊として、ということは、思いっきり派手にやった方がええっちゅうことですわな。」
【わざわざ僕達も一緒に、別動隊として、ということは、思いっきり派手にやった方が良いということですね。】
 古泉くんは、何だか楽しそうです。それはあたしの偏見でしょうか。
「少なくとも涼宮ハルヒの思考では、そのように定義されているようです。」
 ん? 何でそこで涼宮さんが?
「この空間を作ったのは、過激派です。ですが、長門さんが突入できたのは、涼宮さんの意識が変化したおかげです。つまりこの空間は、涼宮ハルヒの影響も受けているということです。」
「ちゅうことは、ここは《神人》がおらへん閉鎖空間、っちゅう表現が見合いでっしゃろか。」
【ということは、ここは《神人》がいない閉鎖空間、という表現が妥当でしょうか。】
「それに近いと思います。」
 こうして、喜緑さんの指揮の下、部隊編成が始まりました。


「この空間は、涼宮ハルヒの能力を解析して得られた情報を利用して構成されています。したがって、『機関』の皆さんが閉鎖空間と呼ぶ場と性状が酷似しています。」
「ということは、あれでっか? 僕の能力が使えると?」
【ということは、僕の能力が使えると?】
「はい。そのままでは使えませんが、あなたの能力とこの空間を繋ぐ変換機構を構築すれば、可能になります。」
 そう言うと喜緑さんは古泉くんに近付き、彼の頭の周辺にある空間を両手で探るように動かしました。
「あなたの能力とこの空間を繋ぐために、あなたの能力の出力波形を解析し、インターフェイスを調整しました。それではインターフェイスを供与します。力を抜いて楽にしてください。」
 喜緑さんは、呪文のようなものを唱えました。
「インターフェイス、供与。」
 ずぶ。
 喜緑さんは、両手の親指を古泉くんのこめかみに突き刺しました。
「ひでぶっ!?」
 ああ、古泉くんは驚きのあまり、奇声を発しちゃいました。あたしも驚きで声が出ません。
「ナノマシンを注入しました。これであなたは、閉鎖空間内と同様に能力を行使できます。」
 言い終わるや否や、古泉くんは赤い光に包まれ、光球と化して宙に浮かびました。同時に、激しい金属音がして、何かが地面に転がりました。転がった物体を見て、キョンくんが言いました。
「……鉄筋?」
「朝倉さんの情報によると、敵は、この鉄筋を見えない場所から次々に撃ってくるようです。」
 古泉くんは、光球になっている間は、そのような飛翔体も弾き返せるみたいです。
「これは……『インターフェイス』を挟んでいるせいか、光の色が薄いなど若干勝手が違うようですが、力の行使自体は全く問題ないようですね。じきに慣れるでしょう。」
 そう言うと古泉くんは、あたし達の上空を飛び回り始めました。問題はないみたいです。
「あなたは空中戦担当ですね。念のために、あなたの防護壁の強化も施しておきました。」
 そう言うと喜緑さんは、あたし達の周囲に防御フィールドを展開しました。その時あたしは、何か心に引っ掛かるものを感じていたけれど、それが何なのかは分かりませんでした。
「朝比奈さん。」
「はぃいっ!?」
 いきなり話を振られて、思わず声が裏返っちゃいました。
「あなたの能力も解禁します。」
「ふえぇぇっ!?」
 喜緑さんは、つかつかとあたしに歩み寄ります。思わず後ずさりするあたし。
「あなたには、訓練で身に付けた格闘能力の他に、涼宮ハルヒによって与えられた特殊能力もあります。」
 特殊能力って何!? ってか、喜緑さん! あたしの格闘能力は禁則事項です!
「格闘能力は、先日の涼宮ハルヒとの戦闘により実証されています。その他にあなたには、以前の映画撮影の時に付与され、長門さんに封印された力がありますね。それを今から解禁します。」
 映画の時って……まさか『アレ』!? そんな、あれは長門さんのおかげで使えないようになってるはず……
「その力を中和している長門さんのナノマシンに情報を与えて、封印を解除し、制御しながら使用できるようにします。すぐ済みますから、力を抜いて楽にしていてください。」
 あたしのすぐそばまで来ていた喜緑さんは、そのままあたしの首に抱きつくようにして顔を手で固定すると、
「情報伝達用のナノマシンを注入します。」
 噛むんですか。やっぱり噛まれちゃうんですか。喜緑さんはあたしの顔に顔を近付け……
 かぷ。
 そのまま顔を通り過ぎて、あたしの耳を噛みました。甘噛みしました。はううぅぅ……
「人間兵器、解禁。」
 あたしの耳を噛み、(あたしの精神的に)たっぷりとナノマシンを注ぎ込んだ喜緑さんは、開口一番そう言いました。
「『みくるビーム』等が使用可能になりました。」
 『みくるビーム』って……
「さらに、あなたの格闘能力と組み合わせられるように、制御方式も調整しておきました。」
 だからって……『人間兵器』は、あんまりです。
「『歩く凶器』の方が適切だったでしょうか?」
 ……もう、いいです。くすん……
「あなたにも活躍してもらわなければなりません。」
「俺ですか!?」
 喜緑さんは、今度はキョンくんにつかつかと歩み寄りました。まさかキョンくんも戦うんですか!? でも確かに、この空間内に同行したということは、やっぱり戦力に数えられているわけですよね。
「んなこと言(ゆ)うても、俺は何の特殊能力もあらへんし……」
【んなこと言っても、俺は何の特殊能力もないし……】
「あなたには、武器を供与します。」
 そう言うと喜緑さんは、何もない空間から、何かを掴んで引き出しました。
「これは……銃ですか?」
「MP5A5の形態を模した端末に、インテリジェントデバイスを組み込んであります。状況判断、照準等複雑な操作は、すべてこの端末が行います。あなたはただ、銃身の保持と大まかな管制、最終的な攻撃の意思決定及び命令を行うだけで済みます。」
 MP5A5というのは、えっと……サブマシンガン(短機関銃)という武器で、拳銃弾を用いた機関銃。ある事件をきっかけに有名となり、この時間平面における世界各国の軍・警察の特殊部隊で、標準的な装備として制式採用されている、と史料にはあります。
 いきなりサブマシンガンを手渡されたキョンくんは、少し戸惑っているようだけど、攻撃に参加することについては、異議がないみたい。『彼』も随分積極的になったなあ。
「要するに、簡単な操作で照準を合わせてくれる、便利な銃ってことですか?」
「簡単に言えばそうなります。ついでに言うと、弾切れもジャムも起こしません。それでは、あなたに必要な処置を施します。歯を食いしばってください。」
 またナノマシン注入……え? 『歯を食いしばれ』?
「闘魂注入。」
 ずぱーん。
 喜緑さんの強烈な平手打ちが、キョンくんの左頬を捉えました。うわ、痛そう……
「あなたに必要なのは、ナノマシンではありません。もう入っていますしね。この戦いで必要なのは、覚悟と気合です。」
 何だかものすごく熱い台詞を吐く喜緑さん。SOS団はいつから熱血スポ魂漫画になったんでしょう。あ、いや、この間『調査』のためにそういう漫画を読んでたので、ついそんな例えをしちゃいましたけど。
「……喜緑さん。それ、絶対ネタ元偏ってますって。」
「そうですか?」
 頬を押さえながらぼやくキョンくんに、少し首を傾げて答える喜緑さん。
 あ、今の仕草、かなり可愛かったかも。長門さんとはまた違った風情の……
 はっ! あたしったら、何を考えているの!? それでなくても、最近上の人から『余り女の子と仲良くし過ぎないように』って注意を受けてるのに。
 そうなんです。最近のあたし、ちょっと変なんです。
 この前、長門さんがあたしに、普段絶対に見せないような一面を見せてくれた時から。
 最近、涼宮さんがあたしにいたずらする時の技が、やけに上手になってきたことから。
 あたし、二人を変なふうに意識しちゃうんです。女の子同士なのに、変ですよね、禁則事項ですよね、こんなの。さっき喜緑さんに顔を近付けられたときも、ものすごくドキドキしちゃいました。全然変な意味はないって、分かってるはずなのに。
 そんな益体もないことをつらつらと考えているうちに、皆の準備が整ったようです。
「本当に言葉通り、見えない所、あらゆる方位から狙撃されているようです。手強いですね。」
 上空から古泉くんの報告。
「やはり、あなた達にも戦いやすいようにするためには、敵を可視化する必要がありますね。」
 喜緑さんは、やや苦笑交じりに言いました。
「本当は、わたしが感知した情報を映像化して、皆さんの意識と直接共有すれば話が早いのですが、残念ながらジャミングが多くて、情報統合思念体との通信を維持するので手一杯です。朝比奈さんになら映像化しないで直接情報共有できるのですが、如何せん情報伝達そのものが妨害されているので、お手上げです。」
 喜緑さんはあたしを見ながら残念そうに言います。ってか、喜緑さん! それは禁則事項ですってば!
「ふふふ。まあ、良いじゃないですか。」
 ちっとも良くありません。
「とりあえず、手近にいるものから片付けましょう。」
 そう言うと喜緑さんは、人差し指を前へ突き出しました。
「火炎呪文(メラゾーマ)。」
 瞬間、喜緑さんの指先から巨大な火の玉が発生し、一直線に前へ飛んで行きました。そして、何もないように見える空間の中空で突然、何かにぶつかったように激しく炎が散り、後には、黒焦げになった人型の何かが転がっていました。
「他にも伏兵がいます。炙り出しますね。」
 そう言うと喜緑さんは、今度は両拳を頭上で突き合わせると、呪文を唱えながら腕を左右に広げました。拳の間に火柱のアーチができあがります。
「極大閃熱呪文(ベギラゴン)。」
 前に突き出された喜緑さんの両拳から、巨大な帯状の閃光と熱線が前に向けて放たれました。閃熱は、さっき黒焦げになった人型のいた辺りを広範囲に焼いていました。とんでもない威力です。
 黒焦げからちょっと焦げた人型まで、いくつもの人型が姿を表しました。こんなに隠れていたのか。黒焦げになった方は分からないけど、焦げ目の付いた人型は……ストッキングで覆面していました。
「とりあえず、この近辺にいた伏兵には焼きを入れました。」
 あのー、喜緑さん? あなたはなぜ普通に情報改変をしないのでしょうか。
「残念ながら、彼らへの直接的な情報操作は無効です。彼らも情報統合思念体の端末なので、お互いに手の内を知り尽くしているため、防護策が完全に施されているからです。それにこうした方が演出上、派手になりますから。」
 随分ノリノリに見えるのは、あたしの気のせいでしょうか。
「涼宮さん達の姿を確認できました。ものすごい数の全方位一斉射撃を受けてますね。」
 上空から偵察していた古泉くんが伝えてくれました。た、大変なことになってるんですね……
「先ほどのわたしの攻撃で、敵も我々に攻撃の意思があることを認識したと思います。」
 その為に、やたら派手な攻撃を……。それから、『可視化』と言っていた意味も分かりました。喜緑さんの攻撃を受けて、焦げ目が付いた敵は、あたし達の肉眼でも見えるようになっています。
「あくまでも対涼宮ハルヒ用、すなわち人間用に構築された空間なので、敵は光学的な偽装を行っています。ですから、可視化するには、光学的に何らかの標識を付けるのが一番簡単です。」
 それなら、例えば塗料の霧を吹き付けるのでも良かったんじゃないですか?
「それも一つの手段ですが、攻撃も兼ねる方法を採った方が一石二鳥ですから。」
 穏やかな笑顔で、さらりと物騒なことを言う喜緑さん。やっぱり端末の皆さんは、ちょっと怖いです。味方に付ければこの上なく頼りになりますが……あたしは、個人的には最も敵に回したくない相手です。
「我々の目的は、その大量の攻撃をこちらに引き付けること。すなわち、大量の鉄筋と敵に対処しなければならないということです。覚悟を完了してください。防御はわたしに任せて、目の前に立ち塞がるすべての愚かなる者に、等しく滅びを与えてください。作戦はただ一つ。『ガンガンいこうぜ』。わたしに言える事はそれだけです。」
 『ガンガンいこうぜ』……あっ、史料にありますね。この時間平面で有名なロールプレイングゲームに登場する、AI戦闘の類型の一つで、残りマジックパワーを気にせず、各自の持てる最大威力の攻撃手段で総攻撃をかける、とあります。
 古泉くんは親指を立て、キョンくんは『やれやれ』と、それぞれ臨戦態勢になりました。あたしもガッツポーズで答えます。
「総員、攻撃開始。」
 喜緑さんの号令。よし、あたしも頑張ります!
「あ、朝比奈みくる、行きますっ! みっ、『みくるビーム』っ!!」
 あたしはとりあえず、長門さん曰く不可視帯コヒーレント光、通称『みくるビーム』で、辺り一面を(感覚としては)薙ぎ払ってみました。
 こうして、あたしの攻撃を合図に、戦いは始まりました。

 


【参考:Extra.4 喜緑江美里の報告



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最終更新:2020年03月15日 18:49