「ごめんなさい、キョンさん。少し仕事があって……」
「わかってますよ。森さんも大変ですね、あの厄介なうちの団長のせいで」
 一週間に一、二回の幸せな日。土日が俺の最高の楽しみである。森さんに会えるこの日だけがな。
 この、幼いように見える顔を見る度に俺はうれしくなるのさ。
 平日は仕事と学校で会えないから毎日メール、たまには電話だ。そして週末はどちらかの家に泊まる。
 とは言え、まだやらしい関係にはなっていない。泊まると言っても話をしたりするだけだしな。やってもキスまでだ。
「行きませんか? とりあえず……ご飯でも食べましょう?」
「あ、そうですね。今日は俺が奢りますよ」
「いいんですか? 実は欲しい物があったから助かります」
 森さんは照れくさそうに笑いながら頭をかいた。……こういう表情を見るといじめたくなるのが俺の性格だ。
「500円毎にキス一回ですよ?」
 ふふふ、真っ赤になるがいい。このセリフは何回言ったかな? 俺が奢る度に言ってるからな。
 しかし、今日は違った。森さんはニコッと微笑み、俺の手を取った。
「じゃあ今日はたくさん食べないといけませんね」
 ……もう真っ赤にはならないか。新しいセリフを考えなくちゃな。
 森さんの手を離さないように繋ぎ、歩きだした。小さい歩幅に合わせるのは俺の役目だ。
「私、小さいから歩くのが遅くて……」とか言われるが、これは男の仕事だよ。……俺の勝手な持論だが。
 そういえば、俺は仕事での森さんのイメージしかなかったんだよな。何というか、厳しい感じの。
 新川さんを呼び捨てにしたりとか、冷たい笑いとかのあれだ。

 だけどプライベートは全然違うね。自分で言うのもアレだが、俺達はお互いにべた惚れだ。
 森さんは意外なことに、俺が初めての恋人らしい。
「だからずっと一緒に居てくださいね?」って言われた時は萌え死ぬかと思ったぜ。
 二回目の夏合宿で再会して、『憧れ』が『好き』に代わり告白した。
 最初は拒まれたよ。「私はあくまでも機関の人間ですから」ってな。それだけの理由で諦めきれるか?
 いーや、無理だね。だから俺は無理矢理に唇を奪って、しつこく告白した。
 あの時はらしくなかったな。次はいつ逢えるかわからないという状況が俺にあんな行動をさせたのだろう。
 ウブな森さんには最初のキスが効いたらしく、それからはべた惚れというわけだ。
「顔がニヤけてますよ? 古泉の言う通り本当にいやらしい人ですね、ふふふ……」
 おっと顔に出てたか。でも、そんなことを言われると反撃をしたくなるな。
 普段はハルヒにやられるままだが、森さん相手には強気で行けるらしい。
 森さんのことを信頼してるから、多少突き放した態度を取っても戻ってくるってわかってる。
 だからいじわるするし、強気にもなれるわけだ。
「いやらしい奴に触ってると何されるかわからないですよ」と言って手を離した。
 さらに歩く速さもいつもの速度に戻すと、少しずつ体の位置がずれてくる。
「あの……キョンさん? 怒ったんですか?」
 食事をする店を視界に見つけ、そこに向けて足を進ませた。できるだけ不機嫌に見えるように。
「いつもみたいに笑って許してくれますよね?」
 もちろんそのつもりだ。もう少し引っ張ってからな。
 さらに不機嫌なフリで歩くと、森さんの呟きが少しずつ聞こえ始めた。

「本当に怒ったのかな?」とか、「ちょっとした冗談なのに……」とか。
 この期待通りの反応はいいね。よく考えるとハルヒ達は一般人的な反応をしないからな。
 朝比奈さんは妙に含みつつ謝るような態度だろうし、長門は反応しないだろう。
 ハルヒに至っては無理矢理振り向かすくらいの反応だろうな。
 だからいじらしい森さんの反応は俺に取って新鮮かつ理想なのだ。
「謝りますから、こっち向いてくれませんか? 私、辛いです……」
 ちょうど店の前で森さんはもう一度手を握ってそう言った。泣かせたくはないからそろそろやめとくか。
「もちろん冗談です。今回のは本気に見えたでしょ?」
 笑いながら手を握り返し、振り向いて答えた。
 そして見えた彼女の目には涙が浮かんでいた。マズい、手遅れだったか?
「ひどい……私だって怒りますよ。……帰ります」
「あ、ちょ……」
「一週間、仕事も頑張って、ずっと頑張ってたのに……。キョンさんと楽しく過ごせるからって……」
 そこまで言われた後、手を払われて歩きだされた。今度は俺が追いかける番かよ。
 まぁ追いかけるって言っても歩幅が全然違うからすぐ追いつくが。
「森さん、ごめんって! ちょっとふざけすぎたんです。許してくださいよ」
 冷たい横顔もいい……なんて言ってる場合じゃない。
「……今週はもういいです。帰ってください」
 マジギレってやつか。当たり前だ、楽しみにしてたのに俺が空気読めないことしちまったからな。
 もうすぐ森さんの家だ。鍵を閉められたら本当に帰らなくちゃならん。
 そんなのは嫌だ。断じて断わる。だから謝り続けてやる。

 それから森さんの家まで俺はひたすら頭を下げた。道行く人の視線も気にせずに。
 森さんは黙って歩き続け、とうとう家の前まで来てしまった。
「……本当にごめんなさい! 許してくれるまで離しませんから!」
 後ろから抱き締め、家の中に入ることを防いだ。一生許されないなら、一生このままでも構わん。
 何秒経っただろうか? 森さんは体を震わせだした。また泣かせちまったか?
「……ふふ……うふふふふ……冗談に決まってるじゃないですか。いつものお返しです」
「へ?」
「あははは! 必死な顔とか、抱き締める姿とか、面白かったですよ」
 小悪魔風……とは言えないような無邪気な笑いがかわいい。けど、そりゃないだろう?
 ……俺もこういう気持ちにさせたからおあいこか。だけど納得いかないぞ。
「やっぱり帰ろうかな……」と、後ろを向いて歩きだした。いじわるされるのは嫌いなんだよ。
「あぁ! ごめんなさい、冗談ですって!」
 ……やれやれ。次からは俺もほどほどにしておこう。


 その後、落ち着いて部屋の中に入るとすぐに料理が出てきた。
「仕事も嘘で、遅刻も料理のせいだったんです。怒ったふりも料理を食べさせたかったからなんです。ごめんなさい」
 メイドの格好をしている時のように深々と頭を下げられた。
 そんな回りくどいことをしなければならない理由はなんなんだ? 言ってくれればよかったのに。
「ふふ、本当に鈍感なんですね。古泉の言う通りです」
 なんなんだよ……どいつもこいつも俺を鈍感って。そんなに俺は鈍感か?
 空気の読めない子なのか? ええい、わからん。とりあえず食わせてもらう。いただきます。

 一言伝えると食事にがっつき始めた。これは……美味い。見た目よし、味よし、バランスよしだ。
「おかわりありますから、ゆっくり食べてくださいね」
 言われなくてもおかわりコースだが、ゆっくりなんて無理だ。空腹にこの美味さなら箸が止まらん。
 ひたすらに食い続け、完食し動けなくなった俺は森さんのベッドへと倒れこんだ。
 森さんの匂いがする……変態か、俺は。
 あー……でも、家のベッドとは全然違うな。フカフカだし暖かい。
 俺も稼ぐようになったらこんなベッドを買いたいもんだ。
「ここ、好きなんですか? いつもベッドの上にくるんですね」
 軽い体重が上からのし掛かり、幼い顔のわりにまずまずの大きさの胸が背中に押しつけられた。
「当たってますよ、胸」
「当ててるんですよ、いやらしいキョンさん」
 どこの漫画のやり取りだ。くそう、幸せ過ぎる。
「このまま寝ちゃってもいいですか? キョンさんの背中、広くて落ち着きますね……」
 このまま寝られると困る。俺が寝辛いし、何より……顔が見えないからな。
 俺は体を横にずらし、森さんと向き合うような形で寝転がった。
「背中は無理だけど、正面なら全然いいですよ」
 向き合うと言うよりは抱き合うといった形だろうか。お互いの吐息が当たる距離で俺は微笑んだ。
「ふふふ、背中より落ち着きますね。ふわぁ……ちょっとだけ眠ってもいいですか? 少し疲れたみたいで……」
 あぁ、やっぱり森さんは大変なんだろうな。仕事して、俺のために飯まで作ってくれた。
 ゆっくりと休んでもらいたいものだ。今は寝てもらって、次の休みは温泉にでも連れて行こう。
「ゆっくり休んでください。俺は横にいますから」
「ありがとうございます。……おやすみなさい」

 顔が少しだけ近付き、唇が触れたあと、森さんは目を瞑った。
 今の不意打ちはかなり聞いたな……。たぶん、今の俺の顔は真っ赤だろう。
 眠ってもらって助かった。こんな顔を見られたらさらに恥ずかしいからな。
 しかし……眠ってる顔はまさにこどもだ。仕事の時はキャリアウーマンみたいな顔だし、ハルヒの前じゃ見事なメイドの顔だ。
 俺の見たことないような顔があといくつあるのだろうか? 気になるな。
 だが、この無防備な表情は俺にしか見れないはずだ。これを独占できるだけでも全然構わないさ。
 少し喉が渇き、水を飲もうと体を動かした時だった。
「キョンさん……行かないでください……私、寂しいです……」
 目は閉じている。小さくかわいい寝息も聞こえる。ということは寝言か?
 妙にタイミングの良い寝言だな。まぁ、そう言うなら動かないでおくか。
「わかりました。目を覚ますまで、ずっと隣りにいますよ」
 俺の呟きは森さんに聞こえたのかはわからん。今のセリフはただの自己満足だ。
 どうせならもっと自己満足をしておくか。キスか? 抱き締める? 少しいやらしく胸でも触るか?
 ……やっぱやめだ。そんなことをしても全然うれしくない。今はこれくらいにしとくか。
 手を伸ばし、頬を撫でてみた。滑らかな肌が気持ちいい。
「う……ん……」
 呻き声と言うのか? 森さんはそんな感じの声を出したが、再び気持ち良さそうな顔で寝息をたて始めた。
 我慢しろ、俺。今はここまでだ。これ以上のことは自己満足じゃなくて、二人で満足したほうがいいだろう?
 そうだな……起きたら何度も何度もキスしよう。それくらい許してもらうぜ。
「キョンさん……私は一生好きですよ……」
 うお? ……また寝言か。俺の夢でも見てくれてるのかもしれんな。うれしいことだ。
 優しく、起こさないように頬を撫でながら、俺は幸せを感じつつ心を込めて自己満足をの返事をした。
「俺も好きです。……一生愛しますから」


おわり

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