「悪い! 待ったか?」
 俺達のデートは毎回、この言葉から始まる。俺はいつも長門を待たせて遅刻するのさ。
 気持ちはわかるだろ? わからないか? なら教えてやろう。
「……いい」
 こうやってな、少しふてくされたような表情をするだろ。俺にしかわからないくらいだけどな。
「ほんとに反省してるからな。だから、今日はまず図書館に連れて行ってやる」
「ほんと? ……うれしい」
 そして、次はよろこんだ表情を見せただろ? また、俺にしかわからないくらい小さな変化だけどな。
 こんな小さな表情の変化をたくさん見たいから、わざと遅刻したりするのさ。わかったか?
 いつも、俺は長門の少し前を歩くんだ。それも早足でな。そうするとこいつは俺の袖を摘んでくる。
 小さな手で、弱っちい力でな。でもこんな関係がうれしいんだよ。
 普段は無表情で何を考えているかもわからないような宇宙人が、俺と一緒に居たいと思ってついてくるんだぞ?
 ……いや、もう二度と宇宙人とは言うまい。こいつは俺の彼女、『長門有希』さ。
 俺だけのたった一人の大切な人だ。なぁ、長門?
「……ばか」
 照れるなって。結局あれだな、俺はハルヒ並みに危なっかしい長門のことをほっとけなかったのさ。
 見てみろ、今だって身長より高い所の本を取ろうとしてフラフラしてやがる。
 そのくせ俺に頼ろうとはせずに、いつも自分の力だけで何でもしようとするんだよな。そんなに俺って信用できないか?
 だから、黙って後ろまで歩いて、背後から本を取ってやるのが俺の仕事だ。
「ほら、これだろ? たまには自分の口で俺に頼んでくれよ。彼氏としてやってやれる事は少ないんだからな」

 こんなこと言っても、こいつは眉一つ動かしゃしない。ただ、ほんの少し俺を見上げて「ありがとう」って言うだけだ。
 まったく手強い奴だ。どうにかして長門の表情の引きだしを開けてみたいよな。
 今までだっていろいろ手は尽くしてみた。お笑い番組を見たり、ホラー映画を見たり。
 もちろん無表情のままだったけどな。ここに、図書館にいる時が一番イキイキしてるのも変わりゃしない。
 相変わらず分厚い本を捲る長門の傍らで、俺は恋愛小説に目を落としていた。
 ……ベタだな、こりゃ。よくある恋愛の紆余曲折を経て、暗い夜道で愛の告白。
 そのあとに行った公園のベンチで話してキス。
 実に安っぽい話だが……けっこう憧れたりしてるわけだ。普通の雰囲気にな。
「あなたもその本みたいにしたい?」
「うおっ!?」
 不意に声をかけられて焦った俺は、すっ頓狂な声をあげてしまった。格好悪い。
 いきなり声かけやがって……珍しいな。正直な話、憧れてるよ。
 そう答えると、長門は目に見えてわかるくらいに眉をひそめ、悲しげな表情を浮かべた。
「……わたしじゃ……満足できない?」
「そんなわけが無いだろう。憧れはしているが、お前との生活のがよっぽど楽しいさ。普通の生活なんて当の昔に捨てたよ」
 そう、ハルヒに会った時から俺の『普通の生活』はなくなったからな。何をするにしても普通は飽きちまった。
 だから、いつか全てが終わるまではこの非日常を満喫してやるのさ。
 なんてことを俺が考えていると、長門は本を片付けて外に出ようとしていた時だった。
 おいおい、ちょっと待てよ。まだ昼飯って時間でもないだろ。
 慌てて本を直して追いかけて、長門の手を後ろから掴むと、いきなり抱き締められた。

 困る。非常に困る。だが内心うれしい。
 しかしここは図書館の入口だ。通行の邪魔だし、やるならやるで人の少ない所の方が……。
「あなたの理想の付き合いの情報を得た。今からそれを実行する」
「ちょっと待て!」
「もう遅い。開始する……」
 言うや否や、長門は俺の腕に抱きついてきた。
 ……ちょっと待て、これが俺の理想だってのか? そんなことはない。
「あなたの深層の考えはこれ。無意識の願望。……今度からは努力する」
 やめろやめろやめろ……。これは羞恥プレイか?
 腕に抱きつきながら歩きつつ、それでいてたまに見上げて首を傾げる。という長門の動作が俺の真の理想か?
 恥ずかしいな、おい。恥ずかしいからどこそこ引っ張り回さないでくれよ……。


 そんな俺の願いも虚しく、デパート、商店街などを引きずり回され、長門の家の近くの公園で腰を落ち着けた。
「やっと終わったか……」
「満足?」
 満足も何も疲れただけだ。たぶん、今回の情報を得る作業は失敗したんだろうな。
 俺が満足してないなら、深層の意識だって違うってわけだ。
「そう……」
 だからそんなにガッカリするなって。誰だって失敗はある。
 ベンチに座りながら長門の髪をクシャクシャと撫でてやる。こいつは動物に喩えるなら間違いなく猫だな。
 疲れたけど……一日中、長門といれたからよしとするか。
「……あ、まだ少しだけあなたの理想の付き合いのデータが残っている。実行させてもらう」
 ……やれやれ。毒食わば皿まで、だな。何でも好きにやってくれ。
「……おにいちゃん」
 ぶふっ! さすがに噴き出したね。俺は妹趣味か? ロリコンなのか?
「ジョーク」

 長門……。本気で焦るから、真顔でジョークを言うのはやめてくれ……。
「まじめにやる」
 そう言うと、長門は立ち上がり俺はそれに倣った。……そして、図書館入口でやられたように抱きつかれた。
「……だいすき」
 あぁ、これは理想かもしれん。感情がこもってるかはわからんが、長門に言われたい言葉の一位だからな。
 相変わらず平坦な声で、恥じらいのかけらも無い顔だが応えてやろうじゃないか。
「俺もだぞ、長門」
「……名前で呼んで」
 ほほう、俺の深部よ。なかなかわかってるじゃないか。個人的に萌えるセリフを長門に言わせるなんてな。
 ちょっとしたドラマ気分だ、付き合ってやるよ。俺の気持ちを代弁した長門にな。
「俺もだ、有希」
 長門の顔を見つめながら言った後、何秒経っただろうか? 長門は背伸びをしながら唇を合わせてきた。
 少し驚いたが、すぐに目を瞑った。俺の心理だからこれくらいはしたがるよな。
 長門とのファーストキスか……。出来れば自分の意思でして欲しかったけど、この際文句は言わないぜ。
 数秒後、どちらともなく唇を離し、見つめ合った。
 鼓動が早い。朝倉に刺されようとしたとき以上に早い。長門とのキスが死ぬよりも大事ってことだ。いいことだよな?
 話は変わるが、俺達はよくにらめっこをする。……というより、俺が一方的に始めて一方的に負けて終わるんだけどな。
 それがどうしたことだ、今日は長門が、あの長門が目を逸らしやがった。
 これは何かあるな。何を隠してるんだ、長門。
「………………」
 ……俺のこと、嫌いか?
「………………」
 首を横に振った。ということは嫌いではないということだよな。

「じゃあ、何で目を逸らすんだよ?」
 頼むから何か言え、何か言わないとわからん。……と思った瞬間だった。
「………………」
 再び抱きつかれた。今日はスキンシップが多いな。
「ごめんなさい」
 俺の胸の辺りから聞こえる長門の声。驚いたことに、今回の声は平坦さはなく、感情がこもっていた。
「何を謝ってんだ」
「……最後の方は、わたしの言葉と希望だった。あなたのせいにした。軽蔑しないで。許して」
 頭が悪い俺には今一つ理解できない。最後の方? 長門の言葉と希望? 軽蔑? 許す? なんのこっちゃ。
「『だいすき』も、『名前で呼んで』も……キス……も、わたしの願望。全部あなたのせいにした」
 あぁ、なるほど。
「わたしはうそつき。あなたのせいにしないと気持ちも伝えられない、いくじなし」
 …………。
「……だけど、嫌いにならないで。好き……だから」
 表情が見えない状態だがわかってしまう。たぶん、不安な顔をしてるんだろうな。
 俺に嫌われたくないからか? むしろ、俺はそれくらいで嫌うような心の狭い奴だと思われてるのか?
 畜生、まだまだ精進が足りないな。長門を不安にさせたのは俺のせいだ。
 関係ないって? 知るか。俺のせいって言ったら俺のせいだ。
「……ごめんなさい」
 何も喋らない俺にどんな気持ちでその言葉を言ったのだろうか? まぁ、今は行動をする時だよな。
 肩を掴み、抱きついている長門を突き放した。
「あ……」
 えぇい、泣きそうな顔をするな。あの3日間の時の長門のような顔をするな。
「んむ……」
 そんな顔が見たくなかったからだろうな。キスとかしてしまうわけだ。
 さっきのキスで調子に乗ったんだろうな。苦しいのかわからんが、長門が俺の背中を軽く叩いてきやがる。
「むー……むー……」

 ……あんまり不安にさせるのは趣味じゃないしな。俺は唇を離し、また頭をクシャクシャと撫でてやった。
「バカ。俺は、お前を嫌いになるような奴に見えるのか? ショックだぞ……有希」
 名前で呼んでやるのはサービスさ。もっとも、これからはずっとこの呼び方だろうがな。
「じゃあ……?」
「有希、お前がもっと俺を愛するなら許してやるぞ?」
 このセリフ……どっかで見たことがある気がするな。
「………………」
 有希は黙って頷いて目を瞑った。……あぁ、そうか。さっきのセリフは昼間の恋愛小説のやつか。
 ベンチにゃ座ってないけどいいよな。っていうか、こいつ横目で読んでやがったのか。
 じゃあ、本と同じじゃつまらないよな。
「…………?」
 お姫様だっこ。いやぁ、こいつは軽いな。あんまり持ってる気がしないぜ。
 そのまま歩き、有希の部屋へと向かった。
「……降ろして」
「だが断る」
「恥ずかしい……という感情が」
「いいことだ」
「顔が熱い。わたしという個体が故障したかもしれない」
「正常だ。それが人間さ」

 有希と一問一答をしながらエレベーターに乗り、有希の部屋に入った所で降ろすと、また抱きつかれた。今日はふれあいの日か。
「恥ずかしい。……バカ」
 口が悪くなったな。まぁ、人間らしくなったってことだが。
「絶対に許さない。……どうしてもっていうなら、わたしのカレーを食べて、うでまくらをして、キスとかをしてくれたら許さなくもない」
 メチャクチャ遠回しに泊まれって言ってるんだな。根は恥ずかしがりなのか、新しい発見だ。
「あぁ、そうするから許してくれよな」
 長門は表情を少し緩めて、確実に微笑んだ。誰が見てもわかるくらい確実にだ。
「じゃあ、名前を呼びながら謝って」
「はいはい。ごめんな、有希」
 どうやら感情が確実に根付いたな。こいつは完全に人間だよ。
「……間違えた、好きって言いながらキス」
 ……こういう、わがままな所からお茶目な所までな。
「やれやれ……ごめんな。大好きだぞ、有希」
 何度目だったか、玄関でさらに唇を重ね、俺は幸せを感じた。
 大きな目を細めて微笑む有希を見て、人間らしさを感じたからな。
 さて、とりあえずはカレーをいただくか。美味く作ってくれよ……有希。


おわり

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