「前回までの粗筋です。長門さん、どうぞ」
「ゆーしゃ、こいじゅみいちゅきは、ひゃくのけーけんちと、
ろりーたじょくしぇいをてにいれた。」
「いよっし!レベルア…って、そんな属性いりません!」
「そこは『おれじちゅは、おしゃぶりもえなんだ。いちゅじょやの、
おまえのよだれかけは、もーはんしょくなまでににあっていた』といわにゃいと」
「ロリコンどころか超ド級大変態ーー!!!」
「ちょーどきゅーだいへんたーい」
 
「あ?呼んだか?」
「!?」
唐突に僕達以外の声が背後で聞こえて、やばい、と肩が跳ね上がる。
ただでさえ今の僕は、妙な形に膨らんだブレザーを抱えていて、不審な目を向けられ易い。
ひとりで居る筈なのに大音量で突っ込んでいては余計目立ってしまう…んだけど、
呼んだか?って、一体誰だ?
できるだけ抱えているブレザーを見せないように、首だけで振り返る。
「あ、テメーは…涼宮とキョンの…」
「あ、こんにちは」
そこには鞄を肩に掛けたオールバックがいた。
えーと、確か谷口君。
見覚えがあるどころか、彼も割と涼宮さんに振り回されている一人だ。
 
「別に、どなたもお呼びしていませんよ」
「じゃ、お前今なんつった?なんたら変態つったよな?」
「…超ド級大変態」
「ほら、呼んでんじゃねーか」
「は?」
????
え、え、何言ってんだこの人?何言ってんだ?
「ん?そりゃなんだ?」
「え、あ、これは…なんでもありません」
近寄られ、腕の中のブレザーを指差される。
長門さんが、じっと息を潜めているのが解った。
「はっはーん」
「な、なんでしょう…」
「消火器だろ」
「…はあ?」
マジで何言ってんだこの人…
「お前学校の消火器パクったんだろ!誤魔化したってそうは行かないぜ!」
「いやいやいやいや、なんでまたそんな物」
「いーから!」
「何がいいんで…わ、引っ張らないでく――」
ぱさっ。
遅かった…って言うかこの人の動きが早過ぎた。
おかしいな、野球大会の時はそこまで素早く動けていなかったのに。
「ほらやっぱ消火……」
「……」
谷口君と長門さん(三歳児)ごたいめーん。
谷口君は、長門さんを見て、はっきりと僕に聞こえる程大きく息を飲んだ。
しかし、対する長門さんは微動だにしない。
「いえ、この子はですね、その」
「どうやった…?」
 
「はい?」
「だからよ…どうやったんだって」
「何をですか?」
「どーやったら、あの鉄壁ガードの長門をはらま――」
「イツキィイイィィック!!!!」
「いちゅきっくー」
「ぐおっ!?飛び蹴り!?」
「超・絶・大・変・態!!」
「ちょーじぇちゅだいへんたーい」
「いでっ!足蹴は止めろ止めろ!あと変態は俺には効かないぜ!
言われ過ぎて今じゃもう、俺の第二の名前みてーになってっからな!
どわっ!だから蹴りは止めろって!」
「だから反応したのか!?だから自分が呼ばれたと勘違いしたのかー!?」
「こいじゅみいちゅき、けーごけーご」
「いいんです!
敬語キャラで接するに値しない人にまで、僕は敬語でお話しするつもりはありません!」
「ひでぇ!つーか古泉、俺にはそれで、実の娘には敬語ってのは」
「娘じゃない!妹!!」
「いもーと」
「解った!さてはあれか、僕は妹に恋――」
「長門さんの妹だっての!!変態を代名詞どころか本名に戸籍書き替えてやろーか!!」
「やりょーか」
「はっ、一高校生にんなことできるかよ!
てか、そろそろマジで止めてくんない!痛みがごっついんですけど!」
 
「書き替えるのは僕じゃない、後ろ盾のきか」
「しー、ひみちゅ」
「きか…なんだよ?
娘の前だってのに、さっきから同級生への攻撃が一向に止まらないおとーさんよぉ。
あの…真剣に痛いです、止め」
「パーソナルネーム谷口なんとかの記憶を削除!抹消!消滅!」
「パーソナルネーム…!?はっ、やっぱ涼宮一味は狂ったやつばっかだな!あだいでえ!!」
「なら、あんたにも十分素質はあるっ!!」
「ぱぱ、ぼーりょくはだめ。きおくのかいじゃんはきみどいえみーにまかしぇて」
「ぱ…!?誤解を招くようなことは言わないで下さい!」
前にデパートで兄妹のフリした時も、パパって言われて一悶着起きたけど!
今回は長門さんがこんな姿なだけにシャレにならない。さっきからうるさいのもいるし!
この人は喜緑さんに任せるべきなんだろうけど、
それまでに有ること無いこと言い触らしそうだ。
よし、足も痺れてきたし、次の一撃で決着をつける!
決着って言うか、かなり一方的だけど。
 
「はあいフィニッシュアァアアァ!
さあーせさせなさせーっ!!」
「さしぇさしぇましゃしぇー」
「ぐおぉお臨界点突破!?!?」
「まさせでは無く、なさせです」
「にゃしゃしぇー」
僕の足元に、がっくりと力尽きて、倒れたままの姿勢で彼は動かないでいる。
白目を剥いているのを見て、あ、ちょっとやり過ぎたかな、と思ったが、
「きょーは、なまごみのひ」
「いえ、明日の粗大ゴミの日に出しましょう」
そう思ったのも一瞬だった。駄目だ、今日は頭に血が昇り易い。
家帰ったら、牛乳飲んでにぼし食べとこう。
ダイイングメッセージを残されていないか確認して、
ブレザーを長門さんに掛け直して、僕はまた生徒会室に向けて廊下を歩き出した。
あんなに大騒ぎをしたのに、誰も声を聞き付けて駆け寄ったりしなかったし、
偶然誰かが現場を通り掛かることも無かった。
この辺はご都合主義の成せる技だ。
生徒会室前まで無事に(谷口君を数に入れなかったら)辿り着くと、
ちょうど会長が部屋から出て来て、室内を体ごと振り返っている所だった。
「では喜緑くん、所用により私は先に失礼する。
くどい様だが、君も残らずに帰ってくれて結構なのだが」
 
「いいえ、私はもう暫く残ります。
面倒事は少しでも早く終わらせられる様、たとえ独りきりでも作業を進めるべきですので」
「そうか。全く、君は副会長よりもよっぽど有能だな。
生徒会に秘書と言う役割があったのなら、私は真っ先に君を任命するよ」
「ふふ、その時は是非お願い致します。
会長、そろそろお帰りにならないと、時間に間に合いませんよ?」
「ああ、そうだな。それでは」
「はい、さようなら」
静かに扉を閉めて、会長は昇降口へ…では無く、
扉から少し離れた壁にもたれ掛かり、はあー、と僕達にも聞こえる程の溜息をついた。
「会長、いつも大変ですね」
「ああ、なあに、これも我が校の生徒達のため…はっ、なんだ古泉か」
「僕は、あなたが化けの皮が剥れない様に演技するのは大変ですね、
と言いたかったんですが」
「テメェがさせてんだろーが、嫌味か」
「嫌味です」
「チッ、涼宮がいねぇからって…貴様といいあの女といい、食えない奴ばっかりか」
「喜緑さんが?」
「ああ…ここだけの話だがな、あの女、人間のレベルを超えてる」
「そりゃあ……いえ、どういった所がですか?」
 
「これは生徒会委員の間のみで伝えられる、数ある喜緑江美里伝説のひとつなんだがな…」
なんだ喜緑江美里伝説って。
気になる気になる、恋のミクル伝説より気になる。
「…喜緑江美里は――って、お前なんだそれ」
「え?ああ、これですか。ただの消火器です。それよりお話の続きをどうぞ」
「なんだ、ただの消火…っておおい!消火器て!お前なんつーことしてんだ!!」
「ちょっとひとつパク、いえ無断で拝借しただけです」
「それをパクったって言うんだよ!犯罪だろ!お前ん家は消火器も無いのか!?」
「いいえ。僕の家ではなく、機関の本部に置きます」
「ますますおかしいだろ!俺が当選するためだけに金使って裏工作した奴等が、
なんで消火器なんか学校からパクるんだよ!」
「仕方無いじゃありませんか。多丸さんズの壮絶な兄弟喧嘩に使われちゃって、
元から赤い消火器がますます赤くなってしまったんですから」
「ますます赤…こえぇー!!
ちょ、離れてくれ、近寄るな、血なまぐさい!」
「失礼な、僕はまだ自分のこの手を他人の血で汚した事はありませんよ。
…あ、さっき汚したばっかりだった。手じゃなくて足ですが」
 
「おいこら!学校で何してんだ!!とにかく、俺は帰るからな!
最近ニコチンの摂取不足なんだ。そのために、
あの女に有りもしない用言って、こうして先に帰ってタバコを買いに行こうってのに…!
、いつの間にか箱ごと無くなってるし、変なのには捕まるし!」
「あの、喜緑さん伝説…」
「あばよ。お前のアホリーダーによろしく言っといてくれ」
「ちょっとー!喜緑さん伝説ー!!生殺しーっ!!
ああ、喜緑さん伝説伝承者が……」
「きみどいえみーでんちぇちゅ…きょーみぶかい……」
ブレザーの中で、ぼそぼそと声が聞こえる。
どうやら長門さんもこの件については知らないらしい。
どうやって会長から聞き出そうかな、と僕は半ば上の空で生徒会室のドアノブを捻って、扉を開いた。
ので、ノックをするのをうっかり忘れていた。
……マナー云々ではなく、するべきだった。
「喜緑くん、灰皿」
「畏まりました。どうぞ」
「ああ、ありがとう。いつも済まないな」
「いいえ…ですが、会長。それ以上はお体に障ってしまいます」
「喜緑くん、説教ならいらん」
 
「まあ…タバコの臭いを生徒達に指摘されても知りませんよ?」
「む…これでも臭いには気をつけているのだが…」
「いいえ、しっかり臭います」
「ふむ…自分では気付かなかったな」
「どうでしょう、禁煙とは言いませんが、本数を減らしてみては?
でないと私、会長のお体が心配で心配で…」
「いや…気持ちは有り難いのだが、これを吸ってないと、どうにも口が寂しくてね」
「あら、ではこの私が会長のお口を満たして差し上げます」
「…喜緑くん、何を」
「ふふ、かいちょ……
………………
なあんちゃってなあんちゃってなあんちゃって!!!
やだもう江美里ったらおませさん!
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!きゃー!!
んもうエミちゃんったら、会長なら記憶を改竄できるからまだしも、
もし長門さんにでも見られてたらどうするの!!
軽く構成情報連結解…除…も……の………」
「……………」
「……………」
ドアノブを握り締めたまま、入口に突っ立って、
絶句している僕と喜緑さんの視線がぶつかった。
 
生徒会長専用の机の上に両足を組み、片手には灰皿を持ち、
もう片方の手にはタバコを挟み、椅子の上でのけ反って、
八の字眉毛の下の頬を赤くして、体をくねくねふにゃふにゃさせていた喜緑さんは、
瞬く間に血の気を引かせて、
「え、あ、わ、へ、ふ、うそ、な、なが、こ、こ、いず、なな、ななななん、きゃあーっ!」
と、椅子の後ろ足二本で全体重を支えていた所を更に後ろに飛び退こうとして、
一気にバランスが偏り、
ずるっ、がたーん!ごんっ!!
「あいた、いたたあ…」
椅子ごと倒れ、後頭部を床にぶち当てた瞬間、喜緑さんの目から星が無数に飛び出した。
さっきの焦り様と言い、漫画みたいな人だ…
「あの、頭、大丈夫ですか?(ふたつの意味で)」
「きみどいえみー、いたい(ふたつのいみで)」
「かっこの中が丸見えです…こほん……声帯データを喜緑江美里単独に変更。初期化」
会長の声までコピーした、なんとも大掛かりで、
恥ずかしいの頂点を極めた一人二役喜緑さん小劇場は幕を閉じた。
喜緑さんの頭の天辺にできた、でっかいたんこぶも一分と経たない内に引っ込んだ。
で。
「まあ…なんてこと…」
「ええ、とんでもないことに…」
 
「ちょんじぇもにゃい」
喜緑さんが椅子を起こして座り直したので、
僕は机にブレザーを敷き、その上に長門さんを座らせた。
喜緑さんは、長門さんと、立ったままの僕を代わり番こに見て、
「娘は父に似れば美人になると言いますが、この子はちょっと母に似過ぎですね。
瓜二つです…いえ、長門さんに生き写しと言えるまで似ている今、
もう既に美人ですけれど」
…なんでそうなるかな!!
谷口君といい、この人といい、みんな頭の中そんなんばっかか!
いや、彼と涼宮さんを、
アダムとイヴだ産めや殖やせやなんて言った僕が言える筋合いではないんだけど。
あれはほら、ノリだ。ノリ。
世界が壊滅や消失するのか、もしかしたら存続するのか、
どう転ぶか全然、全く、見当すらつかない状況に放り出された僕の、
ひょっとしたら最後の軽口を叩く機会になるかもしれないな、と頭の隅で考えた…
かもしれない僕の、最後の…には結局ならなかったけど、
それでもやたらとリアルな冗談。自暴自棄だったし。
ほら、良くある良くある。
……誰に言い訳してるんだろ。
しかもごちゃごちゃし過ぎて全然纏まってないし。僕らしくない。
 
「きみどいえみー、ふじゃけにゃいで」
長門さんが大きさ二割り増しの瞳で喜緑さんを睨むようにすると、彼女はふっと笑った。
「ごめんなさい。ええ、説明して頂かなくても結構です。
さっき、ちょっと恥ずかしい所を見られちゃったから、
それの仕返し、とでも言いましょうか」
「ちょっとどころか…」
「何か?」
「いえ何も」
それより、もし長門さんに見られたら、
軽く構成情報連結解除もの…と彼女が言ったのが目茶苦茶不安だ。
するのか?解除するのか?
「きみどいえみー、じょーほーとーごーしねたいにほーこくをたにょむ」
「解りました…その前に、あなたが本当に長門さんであるか確かめます。
合言葉によって」
え、データを照らし合わせるとか、そんなんじゃなくて合言葉?
またえらく古風な手を使うんだな…
いや、いくら合言葉とは言え、彼女達の間で使われるのだから、
僕なんかには聞き取れない程高速だったり、
理解できないような難しい言葉の羅列だったりするんだろう。
「わきゃった」
「では…お金で買えない価値がある……買えるものは?」
「じょーほーそーしゃで」
「マスターカ…いいの!?あんたらそんな事やってんの!?」
 
「あら、彼に聞かれているのを忘れてました。合言葉を変えなくてはいけませんね」
「ちゅぎは、みりゅきーは…」
「ババアの味、なんて如何でしょう?」
「さいよー」
「ママ!ママの味です!!てかそれは僕のいない所で決めないと意味無いでしょう!」
「あらまあ」
「ありゃまあ」
くっ…なんだこれは…喜緑さんってこんなキャラだったのか…
「では、あなたは姿こそ三歳児なれど、正真正銘長門さん、ですね」
「そう」
「解りました。情報統合思念体には私から報告しておきます。
ああ、古泉一樹…くん?先に断っておきますね。
私は今回の件についても、いつもと同じく手出しはしません。
涼宮ハルヒの動向を、離れた所から観察するだけです」
「別に無理して君付けで呼んで頂かなくても結構ですが、
はあ、やっぱり援助は願えませんか…
ではあの、どうも今日中に涼宮さん達を自宅に帰すのは無理なようなので、
ご家族の方々へのケアと言うかなんと言うか
…それだけでいいので、お願いできますか?」
ご家族の方々の脳やら記憶やらを都合のいいようにいじくって下さい、
なんて自分の口からは恐ろしくて言えない。
 
実際にはそうする事になるんだろうけど。
機関の力に頼らずとも、一日くらいなら、
僕がそれぞれの家に電話して、お泊まり会とでも家族を言いくるめる事もできそうだが、
これはちょっと一日ではお終いには運べなさそうだ。
それに、緊急の連絡ができて娘息子の携帯に電話をしたら、
声変わりはどこへやら(確か、女の子だって多少は声変わりする筈だ)
子ども特有のかん高い声がもしもしと言っているのが聞こえる…なんて事になったら、
もう僕の手には負えない。
涼宮さんにする、いんちき解説だって、
彼女以外の人も信じるかどうか試したことないし。
ここは喜緑さんを頼るしかない。
「きみどいえみー、おにぇがい」
「どうかお願いします」
「………」
喜緑さんは何故か寂しげな微笑みを浮かべ、椅子から立ち上がり、
窓の桟の手前に肘を置き、頬杖を付いて外の景色を遠い目で眺め始めた。ええっと…?
「あのー…」
「いいんです…何もかもを巻き込んだ想像の事後処理をするのはいつも私なんです。
そのために生み出されたようなものだわ…」
「えー…と」
 
「いいんです。ワープでループな人達を、私はいつもいつも見ているだけなんです。
見るだけ…それだけなんです」
「……なんでしたら、
何もかもを巻き込んだ想像に巻き込まれた保育士役をお譲りしますが」
「それは嫌」
「即答かよ」
「なんで私がわざわざ乳臭いガキ共に振り回されないとならないんですか」
「あれ、やっぱりさっきからころころとキャラ変わってないですか?
始めの頃のちょっと妄想の過ぎた恋するおっとりさんキャラはどこへ」
「しかも内一人は涼宮ハルヒ…まだ事後処理の方がましです」
「きみどいえみー」
ここで長門さんが喜緑さんの背中に声を掛けると、
彼女は窓の外にやっていた目線をずらし、振り返った。
そして、やっぱりどこか寂しそうに微笑んで、
「解りました。お三方のご家族についてはお任せ下さい」
「あいあと」
「ありがとうございます。
それで、あの、長門さんは喜緑さんのお宅に行った方が、お二人も安心できるかと」
「さあ、こんなに可愛らしい長門さんですもの、
長門さんがそうおっしゃるのなら、私は喜んで引き取ります。
ですが、長門さんはそうは望んでいない様ですよ」
 
「どういう意味で…」
喜緑さんが何を言いたいのか計れなかったので、聞こうとすると、
途中でシャツを引っ張られた。
「そういう意味です」
喜緑さんが指差す方を見ると、長門さんが僕のシャツを握ってこっちを見上げていた。
「長門さん…?」
「にゃかまはじゅれはいや」
「あら、私だって仲間外れは嫌です」
「ですから、保育士役お譲りしますって」
「断る」
じゃあどうしろと。
てか、長門さん…まあ、せっかく三歳児になれたんだから、
歳の近いみんなと一緒にいたいんだろう。
とりあえず、用件は済んだのでもうここにいる必要は無い。
早いことお暇しよう。森さんも、そろそろ学校に着いているかもしれないし。
「では、長門さんは皆さんと一緒に、こちらでなんとかしますので、
ご家族への情報操作等はよろしくお願いします」
「はい。畏まりました」
結局構成情報を解除されることも無く、
僕は、また長門さんを抱き上げて生徒会室を出る。その際に長門さんが、
「では、きみどいくん、しょよーにより、わたしは、しゃきにしちゅれーしゅ…」
「パーソナルネーム長門有希、並びに古泉一樹の構成情報を――」
 
「さっささささようなら!!」
慌てて部屋から廊下に飛び出す。
「さようなら。長門さんをよろしくお願いしますね」
喜緑さんの穏やかな声が後を追って来る。
体はなんとも無い…ということは、
さっきのはただの脅し!?それとも、マジでされかけた!?解除されかけたのか!?
「ゆにーく」
ユニークって、この人、今の自分には喜緑さんに対抗できる、
宇宙パワーがないってことを忘れてるんじゃないのか!?
「…しょーだった。うっかり」
うっかりって…うっかりで危うく、
この宇宙のちりにすらなれずに消滅する所だった…
喜緑さんも、恥ずかしいのは解るけど、ちょっと、
いやちょっとどころか、かなりの勢いでやり過ぎだ。
彼女は冗談のつもりだったとしても、こっちは全然笑えない。
はあー、とひとつだけ溜息をついて、気を取り直して部室棟へ急ぐ。
大人しく待っていて下さい、と一応は釘をさしたし、
五歳児の涼宮さんは割と素直だしで、まあ、
部室が目も当てられない程に酷い状態になっている、なんて事はないだろう。
SOS団アジトの扉を開くとそこには。
「はるひ、そーっと、そーっとだぞ」
 
「きょん、なんかいもうるさい。わかってるもん。つぎ、みくるちゃん」
「ふええ…みくる、こんなのできないよお…」
涼宮さんと彼と朝比奈さんが、僕達に背中を見せて、
何かを囲む様にして床に座り込んでいた。
そーっと背後に忍び寄り、なんだなんだと覗き込む。
長門さんもブレザーの中で、
ずり落ちないようにと僕のシャツをしっかりと握り締め、三人を見下ろす。
将棋の駒がドミノになっていた。
狭い間隔で立てられた駒の最後尾に、
朝比奈さんが震える手で、新たに歩を置こうとしている。
半べその朝比奈さんと、彼女の手先を息を殺して見守っている涼宮さんと彼、
興味津々といった面持ちで、僕の腕の中から身を乗り出す長門さん。
その四人を目の当たりにして、
僕はどうしようもなく癒されたような気になった。かわいい。
…早くも現状に適応してるのか?
「ふわあ、よかったあ…」
「やった!かんせー!!」
「しー。大人しく待ってろって、いつきにいわれただろ。
さわいでるのみつかったら、おやつぬきにされるぞ!」
「しませんよ、そんなこと…って言うか、
おやつまで僕が準備しないといけないんですか?」
 
「!?」
突然の声にドミノを囲んでいた三人が振り返る。
中でも、朝比奈さんのリアクションは一番大きく、その拍子に手が駒に当たり、
「ふあっ!?」
ぱたぱたぱたぱた
と、全部の駒がきれいに倒れてしまった。
「あ、いえ、そんなつもりでは…」
「こらーっ!いつきぃ!てめえ、なにすんだっ!!あほぼけなすかす!」
「ひどい!みんなで、せーのでたおすんだったのに!いつきせんせーきらい!」
二人が立ち上がり、僕の前に涼宮さん、後ろに彼が移動して、足をぽかぽかと叩いた。
「み、みくるのせいだよ…せんせはわるくないよお…」
朝比奈さんは半べそどころか今にも涙が目から零れ落ちそうだ。
ええー…なんだこれ…当たり前と言えば当たり前だけど、パンチされても全然痛くない。
それどころかちょっとだけ、本当にちょっとだけ、
なんだお前等、可愛いことしやがって!な気分だ。
早くもこの異常事態に慣れたのだろうか。うわ、やだな。
しかし、いくら痛くなくても、だんだん二人がうるさくなってきたので、
このまま黙って叩かれ続ける訳にもいかない。
 
「すみません。ですがあの、涼宮さん、そろそろ止め…」
「なにいってるの?」
いきなり、涼宮さんのぽかぽか攻撃が止まった。釣られたのか、彼の拳もぴたりと止む。
「何って、涼宮さんこそ何を…」
「すずみやさんって、あたしのこと?」
「そうですけど…あなた以外、他に誰がいるんですか?」
「へんなの」
何が。
「すずみやはるひとか、すずみやさんとか、きょうのいつきせんせー、へん!」
どこが。
「いつもと、よびかたちがう!」
呼び方?……ああ。
変と言われても仕方無いか。
園児を、苗字にさん付けで呼ぶ保育士はまずいないだろう。
ましてや、フルネーム敬称略だなんて絶対に無い。
僕が園児や小学校低学年の頃、先生方に何と呼ばれていたか。
それを今の涼宮さんに当てはめればいいんだろう、多分。
「ハルヒちゃん」
僕の読みは当たったらしく、涼宮さんは、
「そ!」
と力強く頷いて、僕の足に押し付けていた拳を離し、床に散らばった駒を集め始めた。
抱えっぱなしだった長門さんを下ろして、涼宮さんの横に並んで僕も駒を拾う。
朝比奈さんも慌てて、自分の周りに倒れている駒を摘んだ。
「あなたも手伝って下さい」
 
さっきから立ったままの彼に頼む。
駒はそこまで多くは無いが、散らかした者が片付けるのがルールだ。
……なんか、だんだん先生っぽくなってないか。
しかし彼は、む、と眉を寄せただけだった。
ドミノをしていた時の歳相応の生き生きとした表情はどこへやら、
このしかめっ面は高校生の頃のものとあまり変わっていない。
「あなただって。へんなやつ」
うーん…保育士が園児を二人称で呼ぶのも聞いたことないな。
けど、苗字にさん・くん付けはさっき涼宮さんに変だと言われたばっかりだし。
名前にくん付けならおかしくないけど、
初めに彼の名前を呼ぶ役は是非涼宮さんに譲りたいし。
ということは、
「キョンくん」
ここはあだ名で通すべきかな。
「ん」
これも正解だったらしく、彼はぶっきらぼうに頷いて、駒を拾う輪に入った。
手伝おうとしてくれているのか、長門さんがブレザーを引きずって、こちらに寄って来る。
「あ、長門さんはいいですよ。あなたは散らかしていませんし」
四人もいれば十分だろう。わざわざ長門さんの手を煩わせる程ではない。
僕がそう言うと、長門さんはそこで足を止め、無言無表情で僕達の片付けを見つめた。
 
箱の近くにしゃがんでいる涼宮さんと彼は、てきぱきと駒をそこに投げ入れるが、
少し離れた所にいる朝比奈さんはそうもいかず、
手にした金将を困り顔で持て余していた。
「あさひ…みくるちゃん」
途中で呼び直し、駒を入れる箱を朝比奈さんの前に差し出すと、
彼女はふにゃっと笑って金将をそこに丁寧に入れた。
それから一分と経たずに、全ての駒が箱の中に収まった。
「はい、お終いです」
これ以上いたずら出来ないように、さっさと箱と盤を棚に戻す。
ボードゲームを置いている棚の前に、パイプ椅子が置いてあった。
これの上に立って取ったらしい。良く椅子から落ちなかったものだ。
「そういえば、長門さん」
椅子を机の下に押し込み、ずっと考えていた事を、
さっきからその場から一歩も動いてない長門さんに相談してみる。
「先程ドミノを倒した際に、すずみ…」
そこで、ちがうでしょ!と涼宮さんが頬を膨らませたので、僕は、
「…改め、ハルヒちゃんが」
とだけ涼宮さんに聞こえるように言ってから、
それ以上声が漏れないように長門さんの脇にしゃがみ込んだ。
 
「僕には小規模な閉鎖空間なら発生させてもおかしくない程に不機嫌に見えたのですが、
閉鎖空間も神人も、その発生を全く感知しなかったんです。
涼宮さんが幼児になったと共に力が弱っているのか、
それとも、それらが発生する間すら与えずに、すぐに機嫌を持ち直したのか…」
仮説を並べてみるが、長門さんは無反応だ。
「…長門さんはどう思いますか。良ければ、考えを聞かせて頂けませんか?」
宇宙パワーこそ無いが知的能力は元のままなのだから、是非長門さんの意見を聞きたい。
…のだが、長門さんはこちらを向いてくれないどころか、瞬きすらしない。
ずっと前を向いてだんまりだ。
「あの、長門さん?」
「さべちゅ」
「はい?」
差別と言ったのか?だとしたら、何が?
「ほかのしゃんめいの、こしょーをありゃためたのにたいし、
わたしのみ、へんかきゅまえとおにゃじ、にゃがとしゃん、ではしゃべつ」
ここでやっと、長門さんは僕の目を見た。
「…えー、あー……それにしても、平仮名ばかりの台詞は読み辛いですね。
これでは読点が多くなるのも仕方ありません」
「にげにゃいで」
「………」
 
珍しく、僕の方が三点リーダーの持ち主になる。
長門さんが何を言いたいのかは解るんだけど、けど。
涼宮さんや彼や朝比奈さんと違ってさ、ほら、
長門さんは記憶を引き継いでいる訳だから、どうにも照れが入るのは、もうしょうがない。
ああ、でも、このままずっと、
睨みの効いた視線を浴び続けていても冷や汗だらだらだろうし。
五秒も掛からない、って。だからさっさと済ませよう、うん。
「…有希ちゃん」
ぼそっと小さな声で言うと、長門さんは僕から目をちょっとだけ反らし、
「そう」
と一回瞬きした。
…ブレザー無しのシャツ一枚でいる筈なのに、なんだか体がほかほかする。
わー恥ずかし、有希ちゃんだって。と、他人事のように心の中だけで呟いてみる。
長門さんかわい……ん?あれ?これって、何も事情知らない人が見たら、
ただのロリコンにしか見えなかったりする?
あれ?あれ?なにそれなにこれ、三歳児長門さん限定ロリコン?
マジで?勇者古泉一樹は百の経験値とロリータ属性を手に入れたのか?
と、こうして、僕の脳味噌は最優先すべき閉鎖空間発生の有無についてから、
 
あれ?なんか別の世界の扉開いちゃった?いや、いくらなんでもそれは無いだろう、
と、ぐだぐだでかなりどうでもいい考えに転換した。
そこに更に、
「待たせたわね、古泉。と、おちびちゃん達」
扉が開いて、そこに立っている人を見た僕は、
「あ、森さ……」
またも脳味噌を別件で掻き混ぜることになる。
「んー、セーラー服着るなんて、何か月振りかしら」
…何十年振りの間違いじゃないのか!ノリノリだなあんた!!
 
 


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