さて、日曜日は本当に見事なまでに何もなかった。あまりに静かだったので、寝坊しても一日が長く感じ、いっそハルヒや朝比奈さんにこっちから電話してやろうかと思うくらいだったがなんとか止め、古泉に電話するという考えもコンマ三秒で放棄し、ひさびさに家族の買い物に付き合ったり、妹の勉強を数ヶ月ぶりに見てやったりしてやっと月曜日になった。
 何かを待つとその間の時の流れが遅くなる、という感覚はこれまでにも何度か経験していることであるが、それはすなわち俺がこの刺激的日常を快く受け入れているということに他ならないのではないだろうか。えぇい、認めてしまえ。そうさ。やっほー月曜日! 今週もよろしく! と町内に叫びたいくらいにはハイテンションだった。叫ばないけどさ。

「おはよう」
 自宅を出た俺は半瞬ぽかんとし、その後に眉をひそめた。なぜだ? 俺は寝ぼけているのか? にしては今日は目覚めもよく頭が冴え冴えとしているのだが、見間違いでないとしたらどうしてこっちがここにいるのだろう。
「な、長門?」
 有希。2Pカラーでなくデフォルト、などと言っては姉妹双方に失礼なので言い直そう。アッシュグレーがかった髪の姉こと長門有希が玄関先に立っていた。金曜日までのように由梨が待っているのなら分かるが、なぜお前がここにいるんだ?
 俺が目を点にさせてそう言うと、眼鏡をかけた有希はマフラーを巻きなおしてぽつんと言った。
「涼宮ハルヒに聞いて」

 と、言うわけで俺は有希を乗せてチャリで通学路の半分ほどを走る。最近、こっちの長門と話す機会がなかったものだから、何だか久しぶりに会ったような気すらしてしまう。実際由梨の姉であると言うことを抜きにしても、今の長門は何だか大人びた表情をしているように見える。ただの無表情ではなく、俺の眼力が落ちていなければ、年末とは種類の違う憂いを帯びているような、流れていく風景に何か思いを馳せているような、そんな風に見えたのだ。
「なぁ長門」
 姉妹を呼び分ける必要のない状況では、今でも自然とこの呼称を使ってしまう俺であった。何だろうな、愛着といえば愛着なのかもしれんが、厳密には分からん。
「なに」
 長門は先ほどまでと変わらぬ調子でつぶやいた。たった二文字のその言葉に、俺はどこか距離があるように感じた。今、眼鏡をかけて、俺の制服の背をちょいとつまんでいるかけがえのない親友は、この数日間で何か俺の知らない変化を遂げているようだった。
 俺はこちらを向かない長門を振り返る間だけ見て、それから前に向き直って言った。
「妹からさ、聞いたよ」
 繊細な領域にずかずか踏み込むのだけは何としても避けたいところだったので、俺にはここまでしか言えない。
 しばらくチキチキと自転車のタイヤが回る音だけがしていた。
 やがて、
「そう」
 長門は言った。
 続く言葉はない。……と思いきや、ただ一度の信号待ちの時に、長門は聞きとれるかどうかの音量で、でも確かにこう言った。

「古泉一樹が…………すき」

 車が走り出す音に、冬の風が混じった。長門の声は、こいつが俺に気持ちを伝えた夏のあの時以上に儚く、えもいわれぬ響きを伴っていた。
 俺は何と言ってやればよいのだろうか。
 そもそも、いつからこいつが古泉のことを恋愛対象として見るようになったのか、俺には分からない。由梨から聞いたと言い出したのは俺だったが、だからどうしてやろうというものでもないし、長門がこんな時まで俺を頼るなどとも思わなかった。やっぱりこういう話は同性に相談する方がいいだろうし。ハルヒに朝比奈さんに由梨に、朝倉と話す機会があるのかは知らないが、相手はたくさんいるはずだ。と、俺はそう思っていた。

 長門と俺はそれから学校に着くまで何も話さなかった。別に何も気まずくはなかったし、たわいないバカ話をすることだってできただろうが、なぜだか俺はそうしなかった。


「おっ。キョンくん、有希っこ、おっはよーう!」
 二年五組に至る階段を登る途中で鶴屋さんに会った。今日は登校日なんですか?
 元気そのものの先輩は今日も満面の笑顔を絶やさずに、
「ん、違うよっ。自由登校なんだけどね、ウチにいても退屈だからさっ。みくるも来てるみたいだし、あたしも毎日来てるってわけさ!」
 なるほど。
「ところでキョンくん。今キミたち面白いことやってるそうじゃないかい?」
 う。ひょっとして朝比奈さんから聞いたんですか。
 俺が言うと鶴屋さんは意味ありげに長門を見て、
「ん? ふふっ、まーねっ。……恋愛かぁ、いいねぇ。あーあ、あたしも三年のうち一度くらいは誰かにコクってみるんだったかなーっ!」
 鶴屋さんだったら告白するまでもなく、クラス内外問わず男子連中が黙ってないんじゃないすか。
「え? あぁ。でもダメダメ。なかなか見所のある男の子がいなくってねーっ。その点SOS団はいい男揃いだなぁっ!」
 鶴屋さんはきししと笑って俺の肩を人差し指で突っついた。男って言ってもたった二人ですけどね。
「ま、あたしの入る余地はなさそうだけどさ」
 鶴屋さんは俺と長門を一度ずつ見てから頷いて、
「そんじゃね、きっと近いうちにまたばったり会うと思うにょろよっ!」
 大きく手を振り、渡り廊下へと去っていった。彼女ならばきっと卒業式も、その先もあの笑顔でいるに違いない。ぜひとも、いつまでも素敵な先輩でいてください。
「よし、長門。行くか」
「……」
「長門?」
 二度目の呼びかけでやっと気がついた長門は、こくんと頷いて俺に並んだ。


「今日と明日はね、それまでアプローチしてた相手と逆の相手に接近するわけ!」
 クラスについて間もなく、ハルヒから今朝方の謎のような一件のネタバレがされた。
 なるほど。妹でなく姉が戸口に立っていたのはそういうカラクリだったのか。有希に関しては一昨日由梨から衝撃の真相を聞かされたばかりだったし、急に俺の前に現れたところで取り乱したりはしなかったが。
「これまで近付いてきてくれてた相手が一度離れてしまうことで、今後の盛り上がりが引き立つって寸法よ!」
 などと片手でガッツポーズ作って力説するハルヒの頭の中には、どうも独自の思考回路によって生み出されたドラマの脚本らしきものがあるみたいだった。また例によって支離滅裂な脳内プロットなんだろうさ。果たしてその結末がハッピーエンドなのか夢オチなのか、はたまた他の何かなのかは知ったことではないが。
「ん? 待てよ」
 俺はふと考えた。これまでは俺に由梨と朝比奈さん、古泉にハルヒと有希がそれぞれくっついていたわけで、今日からそれが逆転するんだよな。ということは由梨と朝比奈さんは古泉に、俺にはさっき一緒に登校した有希と……。
 俺はついうっかりハルヒの顔をまじまじと眺めてしまった。すると、
「どうしたの? あたしの顔に何かついてるかしら?」
 ハルヒは俺の心中を読んだような表情でニヤニヤしている。……お前、一体俺にどんなトラップをしかけるつもりだ。
 そう言うとハルヒは眉の角度を急にして、
「人聞きの悪いこと言うわね。ま、心配しなくていいわ。あたしは着かず離れずのちょうどいい距離感ってものをモットーとしてるからね! 相手がアンタだろうと手を抜いたりしないわよ」
 この場合手抜きされるのと力まれるのではどっちが被害が少ないのだろうなどと俺は脳内で試算しつつ、そうこうしているうちに入ってきた担任が教卓でつらつらと連絡事項を述べているのを聞き流していた。


「なるほどな。だから今日は姉がお前のとこにいたわけか」
 昼休み。定例会議のような経過報告の場で、谷口が口に食べ物を含んだまま言った。せめて咀嚼中のものを他の人に見せないように努めてくれよ。
「そういうことだ。俺も朝は驚いたけどな」
 もちろん有希が古泉に気持ちを寄せているなどと話したりはしない。たとえ鈍感ではあっても最低限のデリカシーだけは失いたくないからな。
「しかし涼宮さんも色々考えるよね。あの企画力はもっと他の分野でも活かせると思うんだけどなぁ」
 国木田がふりかけの袋を開けつつ言った。まぁ一理あるが、あいつがどこぞのプロジェクトチームのリーダーにでもなったら、結果世に出る商品に何らかの不可思議属性が添付されているだろうことはこれまでの事例からも容易に推察ができるってものである。冷蔵庫開けたら異空間にすっ飛ばされる転移装置が組み込まれているとか、アイスの当たりクジで引き換えたランプの精が魔法で願いを三つまで叶えてくれるとかな。あいつの力は今現在観測されていないとは聞いたが、だからって何かの拍子に復活しないとも言い切れないだろう。
「でもキョンよ、涼宮も長門姉もここにいないじゃんか。またこの前みたいな熱々のシーンを見せてくれるんじゃなかったのか? 俺たちの目の前でさ」
 進化しそこなった類人猿のような顔をして谷口は言った。
 熱々のシーンがどうこうはともかく、確かにハルヒも長門も四限終了のチャイムが鳴ったっきり姿が見えない。古泉のところには行っていないはずだが、はて。

「……」
「おわっ!」
 クラスを見渡した俺が視線を戻すと、黒髪の長門が今日も俺の右に座っていた。瞬間移動したとしか思えないくらいの唐突さである。
「ゆ、由梨!? お前どうしてここに?」
 いや、自分のクラスなんだし、教室にいることに何の不都合もないが、しかし対象交替したはずなのにこの席に座る理由はあるのか?
「気にしなくていい」
 と由梨は言うが、いや、あのな。お前が気にしなくてもほら、早速谷口が半目薄笑いでこっちを見てるじゃないか。心なしか他のクラスメートのこのグループに対する視聴率も急上昇中みたいだぞ。
「玉子焼き」
 ん?
「いる?」
 正しい箸の持ち方の見本のような構えで挟んだ焦げ目なき玉子焼きに、思わずそのまま頷きそうになる……って、もうこれはいいっての!
「そう」
 由梨は言って、ぱくりと自分の口に運んだ。残念そうに見えるのは俺の気のせいだよな?
 国木田まで含みのある笑いを見せていたのは夢だと思いたい。


 さて放課後だ。朝と昼休みと放課後のサイクルを積み重ねてストーリーが進行していくってのは何だろうな。誰かに訊けば的確に言い当ててくれそうだが、その相手が誰なのか俺にはさっぱり分からない。

「あぁほら! 動くんじゃないの!」
「……なぁ、やめないか? やっぱりこれは」
「うるさいわね、今いいとこなんだから黙ってなさいっ!」
 ぐっとこらえる俺。何だかあっちこっちムズ痒い。こりゃクシャミしたら殺されるだろうな。
「オッケー! うん、完璧! はーい、じゃぁ反対!」
 マジか! 片方で許してくれよ!
「何言ってんのよ。それじゃあんたはお風呂で身体半分洗って満足するわけ?」
 いや、そういう問題じゃなくてだな……。
「つべこべいわずにとっとと逆向きなさい。ほら!」
 返す言葉もない。俺が渋々反対を向くと古泉のベルトが見えた。くそ、こいつは今どんな種類の笑顔でこの光景を見ていやがるんだろう。浮かんだイメージのどれもが実際にありそうで背筋が瞬間冷却されそうになる。
「うわ、これはまた手応えがありそうね。……さぁ。覚悟しなさい!」

 ――合掌。

「……ふぅ、やっと終わったわね。あんた、耳掃除くらいもう少しマメにしたほうがいいわよ?」
 あ? あぁ、うん。そうだな。じゃないとこういう目に遭った時に拘束される時間が長引くもんな。
「せっかく人がやってあげたってのに、何よその言い草は。たまには素直になったらどうなの?」
 そりゃお前にだけは言われたくないな。
 と、いうことで荒行にも苦行にも匹敵するハルヒによる耳掃除が終了した。全員が揃った部室で突如俺の首根っこをつかんで席から立たせ、椅子を一列に並べて一番端に座ったハルヒは、「さ、寝て」
と、その場にいる団員のほとんどが無言になるようなことを言い、間もなくどこからともなく耳かきを取り出したのだった。俺にはそれが耳掃除用の道具ではなく、手術用のメスに見えたことは言うまでもない。
 膝枕といえば、世の男性ならたいてい一度は憧れる夢の光景なのかもしれないが、SOS団員そろい踏みの監視下での刑執行は俺に不整脈を起こさせるのに十分だった。長門姉妹のどちらかに訊けば脈拍の推移とともに診断結果、今後の食生活へのアドバイスも付け加えて教えてくれるかもしれん。

 さて俺は部室のどこを向けばいいのか迷った。古泉はやっぱり意味ありげに笑っているし、朝比奈さんはお盆で顔半分を覆っているし。あ、由梨は本読み続行しているな。

 ……。
 丸テーブルの反対側、長門有希は読書をせずに頬杖をついて窓の外を見ていた。
 どこか一点を見ているというよりは、何となく視線の落ち着いた先がそこだったという風情である。
 こうして見ると普通に青春の一ページに思い悩む女子生徒のようであり、眼鏡をかけていることもあって、その姿はずっと前に三日間だけ存在していたあの幻の長門を彷彿とさせた。
「有希なら大丈夫よ」
 俺にだけ聞こえる早口で言ったのはハルヒだった。見るとハルヒは得意顔のまま腰に手を当てて有希を見ていた。どうやら惑う俺の視線を追われていたらしい。
「そうか」
 俺が言ったのはそれだけだった。何だろうこの自信に満ちた笑みは。今回の長門に関しちゃハルヒの方が俺より詳しそうにすら思える。

 ハルヒが団長机に戻ると、俺もハルヒが並べっぱなしだった椅子を片して、古泉の向かいに座った。
相変わらず微笑んだままのハンサム男は、半ば自分が一件の中心人物になりつつあることを知らないのか知ってるのか、
「どうですか、その後」
 こっちが言いたい台詞を先に言った。俺なら今見ただろうが。言っとくが感想なんか受けつけてねぇからな。むしろ見物料をせしめたいくらいだ。
 古泉は穏やかな姿勢を崩さず、
「そうですか。ぴったりの言葉をいくつか思いついたのですが、残念ですね」
 そう言ってカードの束をシャッフルした。仕立て上げたドラマの最中であっても普段と変わらぬ様子の古泉は話を続ける。
「今朝、僕のところには由梨さんが来られましたよ」
 パート交替らしいからな。俺のとこに有希がいれば、そりゃお前のとこに由梨がいることに不思議はないさ。
「何も話してくれませんでした」
 そうなのか? 俺の時はぽつぽつと会話したけどな、あいつは。
「おや。そうなんですか? それはそれは」
 何が言いたい。普段無駄に饒舌なクセしてこういう時だけ核心をぼかすなんて、お前は国会議員か。
「昼休みには朝比奈さんが来てくれましたよ。わざわざお弁当を持って」
 俺のツッコミを見事にスルーして古泉は惚気話だか自慢話だかカテゴライズしかねる説明を続ける。
 朝比奈さんの弁当だと。俺の時よりサービスが行き届いてないか。
 俺はちらりと朝比奈さんを見た。はたと目が合ったメイドさんは、びくんと背筋を伸ばして背中に何かを……ん、何を隠したんだろう?
「ただね、ここ数日SOS団の女性と二人でいることが多くなってしまったもので、何かと噂になりそうでヒヤヒヤしています」
 古泉が何を言ったのかはもはやどうでもよくなってきていたが、他の女子団員も、皆それぞれに何か思うところがありそうだった。今現在にこやか笑顔なのはマウスをカチカチやっているハルヒだけで、残りのメンバーは無表情だったりわずかに吐息を曇らせていたり。まぁ、俺の錯覚でなければだが。今回は主題が恋愛だけに、俺が表情を正確に見極められているかどうかにも自信がない。


 かくして今日も終業の鐘が鳴る。
「キョン! 今日あんたの家に寄ってくからよろしく」
 背中から銃弾で撃たれるくらいには威力のある一言を何気なく放つハルヒ。
 何だと。お前何考えてやがるんだ。
「何よ、来られちゃまずい事情でもあるわけ?」
 別にない。だからこそ問題なんじゃないか。
 さて、この一週間のハルヒの言動はいつも以上に読めない。いちおう人の姿をしているが、俺にとっては人間という仮名を使った未知の生物なんじゃないかと疑いたくなるくらいだ。危険なのか奇抜なのか。少なくとも無害ってことはないだろう。有益なんてことはもっとない。
 こんなにハルヒにおっかなびっくりになっていると、SOS団が結成されて間もない頃に戻ったようにも思えてくる。ハルヒが何やかやとやらかすことに対し、俺がまだ内心で文句を言ってばかりで、俺自身がそれらを心から楽しんでいたことに無自覚だった、あの頃に。


「あーもう遅いわよ! もっと早くペダル漕げないわけ?」
 思い思いの顔をした他の団員四名と別れ、ハルヒを伴って自転車置き場を後にしたところである。
 クッションまで敷いてあるのにどうしてお前はわざわざ後ろに立ち乗りするんだよ。それとその握力で思い切り肩を鷲づかみにするのはやめてくれ。ブレザー越しなのに爪が皮膚に突き刺さるようだ。
いでででで。
「もう、いちいちうっさいわね。さ、じゃんじゃん飛ばしなさい!」
 動力源無尽蔵な上に途方もなく目立つ大型スピーカーを乗せて俺はチャリを漕ぐ。これじゃ巡回中のパンダカーに見つけてくれとこちらから叫んで回っているようなものだし、実際呼び止められたら言い訳をする余地は微塵もない。
「そしたら路地に入って撒けばいいのよ!」
 この一週間ずっとテンションが下がる気配のないハルヒは、わざわざ俺の耳元に顔を近づけてそう言った。バランス崩すからできるだけ身動きすんなっての! ……やれやれ。


「あーハルにゃん! ひさしぶりーっ」
「妹ちゃん元気してた? おじゃまするわっ」
 年齢差のない親友のような調子で玄関に着いて早々妹とハルヒは挨拶した。
 あと三ヶ月もすれば中学生になるわが妹は、どうも最近色恋沙汰に対する関心が強くなってきたらしく、「キョンくん今日誰かと一緒にいたの?」などと不意打ちで訊いてくるから心穏やかでいられない。さいわいハルヒと違って勘が鋭いわけじゃないのは助かるがな。それとも今後研ぎ澄まされていくのだろうか。妹よ、いつまでも無垢でいてくれと願うのは兄として浅はかか?


「相変わらず面白味のない部屋ねぇ」
 露骨につまらないものを見る目を作っているハルヒは、勉強机の椅子にどっかと座って、くるくる回りながら言った。悪かったな。というか、突然来ると宣言して上がり込んどいて言う台詞がそれかよ。そもそも、お前の言う「面白味」に対応できるものは地球上の物質じゃ構成されてないんじゃないのか。

 ハルヒはしばらく俺の部屋に置いてあるものを適当に漁っては感想を投げ、俺はその対応とツッコミに追われていた。が、やがて前触れなくこう言った。
「ねぇ、あんたさ。最近の有希を見てどう思う?」
 ハルヒは棚にあった小型の地球儀をくるくるといじっていた。突然の発言に俺は虚を突かれ、答えが遅れた。
「どう、って何だよ。別に変わりないんじゃないのか」
「はぁ……。ねぇあんた、本気でそう思ってるの?」
 世界一の大馬鹿者を見るような目でハルヒは言う。そんな目をするな。本音は別だ。いくら俺が鈍いといっても、言葉にして事実を告げられてるわけだし、有希の様子がこの一週間でかなり違ってることくらい分かるさ。
「そう。ならよかった。てっきりほんとに何にも見えてないのかと思ったわ」
 ハルヒは椅子をくるんと一回転させて、地球儀もくるんと回した。突然何の用かと思ったら、こいつも有希の変化に気がついてたってことか。

「有希は古泉くんが好きなのよ」

 正答を言うハルヒは、その時だけ神妙になって見えた。精巧なガラスの細工を通して光を見ているような、そんな眼差しだ。
 俺は何と言うべきかにわかに迷ったが、
「ほんとかよ」
 とだけつぶやいて、ハルヒの返答を待った。
 ハルヒは特別な表情を作るわけでもなく、笑顔もこの時だけひそませて、
「本当。あの子、ちょっと前から様子が違って見えたから、あたしそれとなく聞いたのよ。最初は何でもないって言ってたんだけど、転校のこともあったでしょ? だからどうしても気になって、何日か経ってからまた聞いたの。そしたら、その時に言ってくれた」
 俺は驚いていた。何に? 長門有希がハルヒに打ち明けごとをしたことにだ。ハルヒが団員を気遣っているのはこれまでだってそうだったが、聞かれたからとはいえ長門がハルヒを相談相手に選んだのは、俺の知る限り初めてのことだった。今現在、情報統合思念体はハルヒの監視を最優先にしているわけではないらしい。だからなのか、それとも長門の中でハルヒに対する気持ちが変化したのかは分からない。ともかく、俺は素直に驚いて、おかげでまたも二の句を言うのに手間取った。
「そうだったのか。それは知らなかった」
「あたしも。有希に好きな人がいて、まさかその相手が古泉くんだなんて、思いもしなかった」
 ハルヒは何ともなしに地球儀を回しては止めてを続けていた。
「それで、俺に話したのはどうしてだ。秘密になるんじゃないのか、それって」
 俺が言うとハルヒはそのまま頷いて、
「そうね。……けど。何でか分からないけど、あんたには言っておかないといけない気がして」
 そこで俺は思い当たった。ハルヒの指が地球儀上の一点、細く小さな列島の上で止まっていた。

「もしかして、今回の恋愛ゲームを思いついたのもそのためか?」
 ハルヒは地球儀に落としていた目を真っすぐ俺に向けると、もう一度、ゆっくりと頷いた。

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最終更新:2007年02月14日 19:57