はー、今年もこの季節かあ。
 あたしはぼんやりと季節を感じながら、一人教室から窓の外を見上げる。
 本当は学校に来る必要はもう無い時期なんだけど、まあ、今日は特別だからね。

 ……あたしは、もうすぐこの学校を卒業する。

 すったもんだの末に何とか進学を決めて、どうやら、あたしにはもうちょっと猶予期間がもらえたようだけれども……、それも、何時までのことなんだろうな。
 あたしにはやるべきことが有る、あたしの進む道は決まっている。
 それは、あたしの意思とは無関係に決まっていることで……、でも、それを受け入れることを決めたのはあたし自身だ。
 だからあたしは迷わない、迷うことは許されない。
 ……そう、思っているんだけどね。

「あ、鶴屋さん」
 教室に居たあたしに話しかけてきたのは、みくるだった。この子もあたしと同学年だから、もうすぐ学校を卒業する。卒業後は一応遠方の大学に進学ってことになっているけど、本当は……、どうなんだろうね。
 あたしはそれ以上のことを何も聞いて無いし、聞く気も無い。
 白状だって? 違うよ。それがあたし達なりの友情の築き方なのさ。
 相手のことを全部知りたいって思うだけが、友人じゃないだろう?


 普通に登校して来ている一年や二年の生徒達が帰宅する頃合を見計らって、あたし達は有る場所まで移動する。
 この二年近くの間、みくるは登校している日はほぼ毎日、あたしもそれなりにお世話になっていた、文芸部の部室。……SOS団の本拠地って言った方が正しいかな。
「やっほー!」
 ドアノブに手をかけ、あたしはドアを開ける。
 この時間なら誰か来ているだろうという予想通り、ドアはあっさりと開いた。
 でも、そこに居る人物を見て、あたしは一瞬固まってしまった。
 何で、いっちゃんが一人でそこに居るのさ!
「こんにちは、鶴屋さん、朝比奈さん」
 いっちゃんは、椅子に座ったままの状態であたし達に挨拶をしてきた。
「い、いっちゃん……。う、うん、こんにちは!」
「こんにちは、古泉くん。……他の人はまだなんですか?」
「涼宮さんは買出しですよ。長門さんと一緒にね。彼は掃除当番だと涼宮さんが言っていましたね」
「そうなんですかあ……。あ、そうだ、これ先に渡しておきますね。あ、もちろん義理ですよ」
 そう言ってみくるは、いっちゃんに向かって、用意していたチョコレートをさっと手渡した。義理、ってのは、いっちゃんにじゃなくて、あたしに向けての発言だね。
 さすがにこれが本命だったりしたら、あたしはどんな顔をすれば良いか分からない。
 あたしは、こっち方面にかけてはそんなに器用じゃないのさ。
「ありがとうございます」
「じゃあ、わたしはこれで。……また後で来ますね」
 って、みくるー? 何でそこでさっと部室を出て行っちゃうのさ??
 ちょ、ちょっと待ってってば……。そりゃ、気を遣ってくれているのは嬉しいけどさ!
「あ……」
「二人きりになってしまいましたね」
「あ……、うん、そだね」
 あーうー、あー、そのー……。ヤバイ、言葉が出てこないね。
 色々用意してはいたんだけど、今日はほら、そりゃ、バレンタインだし、一応、特別な日ってことになっているけどさ。出来るだけ何気ない振りで、どっちかっつーとお祭り騒ぎに乗じる形で、ぱーっと行こうと思っていたから……こりゃちょっと、お姉さん想定外だよ。
「受験、お疲れ様でした」
「あ……」
「無事第一希望の大学に合格出来てよかったですね」
「……うん。まあ、みんなのおかげさ」
 ホントにホントに、みんなが助けてくれたおかげなんだよ。
 行きたい大学にいけるか、そもそも、これから四年間も学校に通わせてもらえるか……、無理かもしれないって思っていたからね。
「受験に成功したのは、あなたの努力が報われたからこそでしょう」
「いっちゃん……」
 努力、かあ。うん、まあ、試験勉強は一応人波程度にはやったつもりだし……。結構、大変だったけど、ああやってたくさん勉強するってのも、人生に一度くらいなら悪くないよね。
「大学生になっても、元気で居てくださいね」
「あったりまえだよ! あたしは何時だって元気さ!!」
 そう、あたしは何時だって元気にやらせてもらうよ。そりゃあ万事パワー全開、全力投球ってわけじゃないけどさ、それでも、あたしは元気に生きている方だと思うし、そういう風に生きている自分が結構好きなんだ。
 落ち込んだりすることが、全く無いわけじゃないんだけど。
「あなたのその明るさには、救われますね」
「いっちゃん……。あのね、いっちゃん」
 あたしはちょっと屈みこみ、椅子に座ったままのいっちゃんの目を、正面から見据えた。

「……あたしは、いっちゃんに救われているんだよ?」

 いっちゃんが居なかったら、あたしは多分、こんなにここに来なかった。
 いっちゃんが居なかったら、あたしは多分、自分の運命に抗おうとも、流れを変えようとも思えなかった。
 あたしは……、あたしが、ここに居るのは。
 あなたが、居るから。
「……」
「だから、ね……。うん……、学校は別々になっちゃうけど、これからもよろしく頼むよ!」
 あたしは真剣な面持ちをさっと引っ込め、何時も通りの笑顔を作って、びしっと親指を立ててポーズを決めた。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
 あたしの下手な演技に気づいているからなのか、いっちゃんは軽やかに笑って、そう言った。
 大丈夫、あたしたちは、これからも一緒だ。
 学校が違うくらいで、どうにかなっちゃうなんてことは無い。
 これからやって来るもの全部を、二人で受け止めていける。
 ……そういうものだろう?
「うんうん、あたしたちはこれからも一緒だ! んじゃこれ、バレンタインだからね!!」
 過剰な演出も甘すぎる言葉も、あたしにはあんまり似合わない。
 だからあたしは、こうやって、笑いながら、恋人同士のイベントを……、っていっちゃん、何でそこで立ち上がるのぉ?
「ありがとうございます」

 いっちゃんは、チョコを持ったままのあたしの手を取ると、さっとあたしの手の甲にキスをした。

「……」
 えっと……、あーっと、その……、ど、どう反応すれば良いんだろうなあ。
 ヤバイヤバイ、ヤバイよあたし! こういう時は年上の威厳を……、ああん、無理無理無理、絶対無理だから!!
「……すみません、ちょっとやりすぎでしたね」
「あ、いや……、そ、そんなことないから。うん、あたしは嬉しいさ!」
 ああもう、こういうときは逆転の発想だ!
 恥ずかしいなら、相手も巻き込んじゃえばそれでよし!
 あたしは反対側の手でいっちゃんの肩をさっと引き寄せ、背伸びをしてその頬にキスをした。
「えっ……」
「へへん、お返しさ!」
「こ、これは……」
「キスされるのも好きだけさ、されっぱなしってーのはちょーっと性に合わないからね!」
 あたしはそう言って、もう一度いっちゃんに向かって親指を突き立てて見せた。
 いっちゃんは真っ赤だし、多分、あたしも真っ赤なんだろう。
 何やっているんだろうなあ、あたし達……。まあ、こういうのも悪くないと思うけど。

 それからあたし達二人は、部室で日が暮れるまで他愛ない話をし続けていた。
 そうそう、みくるは結局帰って来なかったしハルにゃん達も来なかったけど、あたしはそんなことも全然気にならなかった。
 多分これは、みくる達が、あたしといっちゃんのために用意してくれた、ちょっとした演出なんだろうな……、何てことにあたしが気づいたのは、翌日になってからのことだった。
 まさか、みくるに嵌められるとはね……、まあ、嬉しい一日だったから良いけどさ!

 うん、まあ、その……。
 バレンタインなんて、何だか照れくさいけど……。
 でもまあ、これからもよろしくね、いっちゃん!


 終わり


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