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4.一週間のうちの八日間

 何年先から来たのかも分からない未来人によって振り回された長い一週間が終わった。その間の俺はといえば、心配事ばかりで他のことを考えている余裕なぞ毛ほどもなかった。そのおかげで俺の成績はガタ落ちなのに違いない。もともと悪いくせに、などというツッコミは無用だ。
 あれから古泉とは多少は気まずかったが、一月が終わり、二週間が過ぎていくうちに、いつのまにかそんな空気はなくなり、SOS団の五人でいるときも、何かの弾みで二人になったときも、ごく普通に会話するようになっていた。
 そう、「普通」に戻ったのだ。
 でも、俺の心にはずっとあのときの古泉がひっかかっていた。お前はハルヒのことを本当に神様だと思っているのかと聞いたときの、その質問への答え。あのときの表情、あの瞳には、目の前にいないハルヒが映っているようだった。それを見た俺は何と言っていいのか分からず、ただ「そうか」とつぶやいただけだった。去年の春の踏み切りのときのように、俺はただ自分を情けなく思った。
 考える暇がなかったとはいえ、潜在的な感情は抑えきれるものではないらしく、それから古泉と話したり、ボードゲームなんぞをやっているとき、決まって俺を言いようのないやるせなさが襲った。俺が何故お前のことでこんな思いをせねばならんのかと心の中で古泉に逆ギレしてみたりもしたが、それでもその思いは消えてくれない。

 昼休み、何をするでもなくぶらりと部室に足を向けた。扉を開けると、長門と古泉がいた。反射的にあの日のことが思い出されたが、俺は頭を軽く振ることでそれを打ち消した。長門は定位置ではなく、古泉の横の椅子に腰を下ろしていた。いつも手に持っている本は、今は長門の手の中ではなく長机の上に置かれている。
「やあ、こんにちは」
 古泉はそう言った瞬間に立ち上がり、次は体育なので先に失礼しますと言ってさっさと部屋を出て行ってしまった。俺に聞かれたら困るような話でもしていたんだろうか。何か異常事態が――いや、違うか。ハルヒがらみでなにかあれば、しかるべき時に言ってくるだろう。
 俺はいつもの椅子には座らず、ポットのほうへ歩み寄り、急須と茶筒を取り出した。
「長門も飲むか?」
 首をかしげたのが目に入った。俺は茶碗を二つ取り出す。
 実はここ最近、こんなことがよくある。いや、こんなことというのは俺が茶を入れているとかそういうことではなく、古泉と長門のことだ。二人でなにやら会話している。人が入ってくると止める。これはどういうことなんだろう。まさか二人は付き合っ……それはないな。俺はあの渡り廊下のときの古泉の顔を思い出した。さてさて、茶も入ったことだし飲んで頭でも冷やすか。
 俺は茶碗を両手に持ち、いつもの席に座った。長門に茶碗を渡すと、ありがとうと礼を言われた。
「なあ、さっき古泉と何を話してたんだ?」
 長門はこくりと茶を一口飲んでから答えた。
「それは秘密」
「えっ」
「約束だから」
「プライベートな話なのか?」
「そう」
「そ、そうなのか……」
 うむ、長門らしいような長門らしくないような答えだ。というか、やっぱり俺に聞かれたらまずい話をしていたんだな。いや、まあ古泉にだって長門にだってプライバシーというものはあるから深く詮索する気はまったくないが。それでもやっぱり意外な組み合わせであることには変わりないので、正直言ってものすごく気になる。それに意外といえば組み合わせもそうなのだが、長門が誰かと内緒話をしているという事実もなかなか信じがたいことじゃないか?
 思わず腕組みして考えていると、長門が「聞きたいことがある」と話しかけてきた。顔を上げて茶碗を手に取った。
「何だ?」
「……あなたは、涼宮ハルヒに恋愛感情を抱いている?」
「ぶはっ」
 な、何てことを聞いてくるんだ。一体誰にそんなことを吹き込まれたんだ? 古泉か。古泉なのか。まああいつが何を言っているのかは知らんが、ここは否定しておかないと。
「おぞましい事を言うな。そんなことはありえない」
「あなたは嘘をついている。私の発言を聞いてから心拍数が上昇しつづけている」
 訳の分からんことをいきなり言うから、驚いただけだ。まったくどいつもこいつも、どうしたらそう見えるってんだ。俺には理解しかねるね。ああ、もうこれ以上この話題に身を置きたくない。
「そういうお前はどうなんだよ」
「何が」
「古泉のこと、好きだったりするのか?」
 まあ多分そういうことはありえないんだろうが。俺の苦し紛れの言葉に、長門は少し首を傾けた。
「私は古泉一樹の話し相手をしている。彼は、そう……言うなれば『友人』」
 俺はその、答えになってるんだかなってないんだかよく分からない言葉を聞いている間、ずっと長門の顔を見ていた。長門の言葉に嘘はないようだった。何故分かったかって? そりゃ一年近く付き合ってれば、嘘を言ってるかどうかぐらいは分かるようになるさ。それに俺には長門が嘘をつくなんて思えない。理由としてはそれで充分だ。
 そして、そこでチャイムが鳴った。うわやべえ遅刻だ。と思ってはみたものの、わざわざ駆け足で教室に行くほど俺は優等生ではないので、長門と一緒に普通に廊下を歩いていった。
 部室棟を抜けて教室に入った。言わずもがな授業は既に始まっているので、廊下はとても静かだ。九組の前を通ったとき、俺はまたやるせなくなって、思わず長門に話しかけた。
「古泉はお前と話しているときも、あのニヤケ面でいるのか」
 長門はゆっくりと俺の顔を見上げた。
「話題による」
 そうか。そうなのか。
 古泉と長門が二人きりで話しているわけが、なんとなく分かったような気がした。俺と長門は、それっきり言葉を交わさずまた歩き始めた。九組を通り過ぎるときに、窓から中をすこしのぞいてみた。なんとなく古泉の姿を目で探した。だがほとんど一瞬のことだったので当たり前ではあるが、その姿を見つけることはできなかった。
 俺が教室に戻って、咎める教師に向かってすいませんとか言いながら席につくと、ハルヒが「バカじゃないの」とでも言いたげな視線を投げかけてきた。俺が背を向けるといつものようにシャーペンで背中を突っつかれる。抗議しようとして後ろを向くと、ハルヒと目が合った。そしてさっきの長門の言葉を反射的に思い出してしまった。
『あなたは、涼宮ハルヒに――』
 いや、ないから。ねーよ。ないって。ほんとに。などと心の中で反論しながら、思わず俺は固まっていた。するとハルヒが急に顔を赤らめ、眉根を寄せた。
「何よ、人の顔をじろじろ見て」
「別になんでもねえよ」
 なぜだか自分の顔の温度も上がっているような気がする。くそ、ハルヒが顔を見られて赤くなるなんてらしくない態度を取るものだからつられてしまった。いいから前を向けと背中を押され、俺は黒板を見た。ぜんぜん頭に入ってこない。集中できない。
 そのまま机に突っ伏した俺は、あの小さな手袋のことを思い出していた。
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