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2.友情

 校舎の中だというのに息が白いとはいったいどういうことなんだろうね。金のかかる設備ってやつは偏差値ランクの一番上から順番に与えられていくらしく、そこへいくと北高なんて、俺が卒業したあとにもそんなものができるかどうか怪しいものだ。しかしまあ、それでも昨日よりは寒くない。なんといっても昨日は初雪だったからな。まったく――と、そこまで考えて、俺は鞄の中に入っている小さな手袋のことを思った。
 ハルヒの手袋だ。
 実は今はもう放課後で、俺は部室へ向かっているところなのだが、まだハルヒに手袋を返していない。というのも理由は単純、きちんと持ってきたもののすっかり忘れていたからだ。しかし俺のせいだけじゃない。あれだけ強く念押ししておきながらハルヒだって手袋を貸したということをすっかり忘れていやがった。とりあえず、いつもの如くHRが終わるとともに脱兎の如く教室を出て行ったハルヒも部室に来る、もしくは既にいるであろうことだけは確実なので、手袋はそこで返せばいい。
 部室のドアに手を掛けた瞬間、ひやりとしたものを感じた。ノブが冷えているというのもあったが、それだけではなかった。絶対に。だが手を掛けたまま突っ立っているわけにも行かないし何より廊下は寒い。だから俺はさっさとドアを開けた。
「こんにちは」
「よお。朝比奈さんは?」
「何やらまた進路関係で集まりがあるそうですよ」
「ふうん」
 部室にいたのは古泉と長門だった。長門は珍しく薄い文庫本を読んでいる。いつもなら分厚いハードカバーだというのに。俺は少し興味を引かれたので、長門に聞いてみることにした。
「何読んでるんだ? 長門が文庫本なんて珍しいな」
「武者小路実篤」
「え?」
「武者小路実篤」
 すまん、それ誰だ。
「日本の小説家ですよ。確かユートピアを求めて仲間と集落を作ったりしていましたね」
 解説魔によるとそういうことらしい。俺はとりあえず椅子に腰を下ろした。お茶が飲みたい、お茶が。朝比奈さんのお茶が俺は飲みたい。古泉はにっこり微笑みながらトランプを手に俺を見ている。俺はそれを無視して会話を続ける。
「お前も読んだのか?」
「いやあ、僕はあんまり。純文学は趣味じゃないので」
 ほお、それは意外だな。文系的な読み物はおおかた読破していそうなツラをしているのに。しかしこいつは自分で自分の口調や(表向きの)性格とかを作ってるような事を言っていたな。ということはこういう知識なども、もしかしたらただの詰め込みで丸暗記しているだけなのかもしれない。なぜならそれがハルヒの望む「古泉一樹」だからだ。今の想像が本当だとしたら哀れだとしか言いようがない。何から何までハルヒを中心に動き回って、ご苦労なことだ。俺は吐き捨てるように思った。なぜ「吐き捨てるように」なのかは聞かないでくれ。俺にもよくわからないのだから。
 わからないのだが、しかしいい気分でないことだけは確かだった。トランプをちらつかせながらニヤニヤしている古泉を無視し、俺は鞄に手を突っ込んだ。そしてハルヒの手袋を長机の上に置いた。
 古泉は一瞬驚いたような顔をしてから、すぐに苦笑いをつくった。
「女性用の手袋ですね。誰かに借りたんですか?」
 どこか諦めに近い表情だった。
「涼宮さんが来る前に隠したほうがいいのでは?」
「いや、いいんだ。これは――」
 俺はそこで言葉を区切った。その後の言葉を言うのに、勇気が必要な気がした。
「――ハルヒのだから」
 古泉が笑う。
「おや、そうでしたか。あなたと涼宮さんが仲睦まじいのは世界にとってなによりですからね。そして僕も友人として喜ばしく思いますよ」
「お前が何を考えてそんなことを言っているのかはあえて聞かないが、別にこれはただ借りただけだ」
 憮然として答えると、古泉は小首をかしげてなおも笑った。くそ、こいつはなんで笑ってるんだ。なんで俺はそのことに腹を立てているんだ。と、そこまで考えて俺は気がついた。自分が今、腹を立てているということに。
 俺は立ち上がった。その勢いで、椅子が倒れた。向かいで唖然としている古泉の胸倉を掴んで腕を引く。
 眼前に迫った古泉の顔は笑ってはいなかった。だから、俺はなんというか、そこで満足してしまったんだ。いやはやまったく、俺は何をやっているんだろうね? 昨日からこればっかりだ。ただ俺は古泉に聞きたかっただけだったんだ。お前はハルヒが好きなのかと。
「……」
 気がついたら横に長門が立っていた。諌めるような感じで俺の腕に手をやって、古泉の顔を見た。
「手を離すべき」
 言われた瞬間に手が離れた。意識して離したというよりは、こめていた力がすっと抜けてしまったというほうが正しい。まるで魔法が解けたように、古泉が顔の筋肉をうごかした。
「いきなり何ですか」
 けれどもその顔はやっぱり笑ってはいない。
「お前は」
 俺は聞きたかったことを聞こうとしたのだが、ドアが勢いよく開く音にかき消されてしまった。どうやらお前の神様のお出ましのようだぜ、古泉。
「遅れてごっめーん! 今週いっぱいは学校内の不思議探索よ! 全員で!」
 いつのまにか今週いっぱいの話になっている。
 100ワットの笑顔で飛び込んできたハルヒは、部室をぐるりと見渡してから、例のアヒル口で不満そうに鼻を鳴らした。
「みくるちゃんは?」
「進路のナントカで遅れるそうだ」
「何よ、またなの? せっかく校内を歩き回るんだからマスコットガールには腕によりをかけてコスプレしてもらおうと思ってたのに、マズイわね」
 何がマズイんだ、何が。
 ハルヒは勢いをそがれたような顔をして、団長机に座った。ドアを閉めないまま部屋に入ってきたので、俺がかわりに閉めた。
「あーあ、みくるちゃんがいないんじゃつまんない。今日は探索はなし」
 よほど楽しみにしていたらしい。かなりがっかりした様子をあらわにして、ハルヒはパソコンを立ち上げた。俺はそれを横目に椅子に座った。古泉があてもなくただトランプを切っていた。ハルヒが憂鬱そうに頬杖をつきながらマウスをダブルクリックしている横で、いつのまにか椅子に戻っていた長門は読書の続き。
 俺は何とはなしに窓の外を見た。何のことはない、雪でも降ってこないだろうかと思ったのだ。
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