近ごろハルヒが不機嫌だ。
 一体何が不満なのかは知らないし、知りたくもないし、分かるわけもないが、
 ともかく眉間にシワを寄せて空を睨み付けている。
「なんか、こう……」
 こんな感じで授業中でも後ろでぶつぶつつぶやくもんだから、集中できなくて困る。
 集中したところで理解できないのは百も承知だが。


「なあ、ハルヒ。何かあったのか?」
 その不機嫌オーラにほとほと参った俺は思わず話しかけた事を一瞬で後悔する事となった。
 なぜならばハルヒが不機嫌の度合いをさらに進行させ、
「何かあったか、ですって? 違うわ、何もないのよ!」
 と叫んだからである。
 ああ要するにこいつは退屈なのか、と俺はやっと理解したわけだ。遅すぎるくらいにやっと。
「毎日毎日同じ事の繰り返しで、面白い事なんて何も起きないじゃないの!」
 言いたいことを言い切ってそっぽをむいてしまうハルヒ。かと思いきや、
「そうだっ!」
 なにか『良いこと』を思い付いたらしい。
 ちゃんとした日本語にするならば『厄介ごと』と言うが、この際どうでもいい。
「何を……」
「ちょっと行って来る!」
 どこに何しに行くかも言わず、
 ついでに授業がもう始まったにもかかわらず、ハルヒは教室を飛び出した。
「……授業を始め」
 教師が何かを言おうとした瞬間にハルヒは駆けもどって来た。
「ちょっと馬鹿キョン! 授業始まってるなら言いなさいよ。恥かいたじゃない」
 お前に恥の概念があったとは。
「授業を、……始めます」
 教壇の前の英語教師は今にも泣き出しそうである。何と言うか、ご愁傷様。


 そして、学生達の息抜きタイム、昼休みになった。
「なあ涼宮の奴、今度は何を始めるつもりだ?」
 俺に聞いてくれるな、谷口。俺がハルヒの考えをわかった試しはほとんどないんだ。
 より正確に言うなら『一度も』というべきだろう。
「近ごろ静かだったからね。何かパーッとやってくれないかな」
 巻き込まれてなければ俺もそれに同意するところなのだがな、国木田君や。
「あいつにちゃんと言っとけよ。俺は関わらないからな」
「そんなこと言って、誘われればついてくんでしょ、谷口は」
「俺も国木田と同意見だ」
 谷口は四方から自国の歌が聞こえて来た項羽のような顔をした。
「キョン、今日ちゃんと部活に来なさいよ」
 突然のハルヒの登場に肩を震わせる谷口。少なからず俺も驚いた。
「いつも行ってるだろ?」
「今日は特別なのよ。休んだら承知しないからね」
「わかったって。ところで何をするんだ?」
 ハルヒはけろりと、
「秘密よ」
 ああ、そう……。


 若干、いや、だいぶ嫌な予感に苛まれながら部室の扉を開けると、
「やあ、キョン君。お邪魔してるっさ!」
「遅いわよ、キョン! あんた、たるんでるんじゃない?」
 この高校で一、二を争う元気な方がいらっしゃった。
「まあ、いいわ。それじゃ始めるわよ」
 ハルヒがホワイトボードに六本の棒と役職を書いた。
「あたし思ったんだけど近ごろどうもマンネリ気味なのよね。だから、」
 ハルヒはニコリと笑い、
「みんなの役職を交換しましょ」
 ふむ。ハルヒの提案にしてはまともだな。もしかしたら俺は雑用から解放されるかもしれない。
「期間は取りあえず一週間よ」
「ところで、鶴屋さんは?」
「あー、キョンくんひどいなー。あたしは名誉顧問にょろよ?」
 傷ついた、と言いたげな顔の鶴屋さんに俺は平謝りに謝った。


 まあ気を取り直して結果発表といこう。
 名誉顧問……古泉
 団長……鶴屋さん
 副団長……朝比奈さん
 副々団長……長門
 雑用……俺およびハルヒ
「むう」
 ハルヒは結果に思うところでもあるのだろうか、うなっている。
 丁度いいから下っ端の苦労を覚えてもらうとしよう。
「これだけだとつまんないねぇ」
 何やら鶴屋さんがニタニタと笑っている。
「ねえ、ハルにゃん。どうせだからみんなのキャラクターも交換しちゃおうよ」
 どういう意味だか全く分からん。
「どういうこと、鶴屋さん?」
「だから、あたしがハルにゃん役、みくるは古泉くんで長門ちゃんがみくる役。
古泉くんがあたしで、キョン君とハルにゃんは
どっちかが長門ちゃんで、もう一人がキョン君役になるっさ!」
「つまり元の役職の人になりきるって事ですね」
「そだねっ!」
「じゃあ、俺は……」
 俺のままでと言おうとしたら、
「あんたが有希役やりなさい。あたしがあんたやるから。元のままなんて面白くないからね」
 ……部室の端で本を読んでりゃいいのか?
「そいじゃ、明日から一週間にするっさ。今日は事前準備だよっ!」
 いつの間にやらこの団体の主導権がハルヒから鶴屋さんに移ったようだ。
 うーむ。一番大変なのは長門かな? 逆に一番楽なのは鶴屋さんだろう。
 そんなこんなでこの日はお開き。そして次の日の放課後である。


 いくら長門役とはいえ、ノックを欠かさないくらいの分別は持っている。
「あ、はーい」
 俺は思わず固まった。恐る恐る扉を開けると――、
「長門……」
 そこにはメイド服を着込んだ長門がいた。
「すぐお茶いれますね」
 ちなみに会話はすべて棒読みである。シュールだ。
「おう、すま……」
「わたしはそのような言葉遣いではない」
 ……そこまでこだわるのか。
「こだわる。昨日情報操作を施し胸部に星形のホクロを生成した。
さらに朝比奈みくるに似せるために胸部に脂肪を蓄積しようとしたが思念体の許可が降りなかった」
 心持ち残念そうに語る長門。
「あー、朝比奈さんはそんな言葉遣いじゃないかと思うぞ」
「知ってる。あなたは早く本を読むべき」
 そう言ってまたお茶くみに戻る長門。
 突然蹴破られるドア。
「やっほー、って二人だけかい? まあ、良いや。長門ちゃん、お茶ー」
「あ、はーい。今すぐー」
 ……繰り返す。棒読み口調である。一瞬きょとんとする鶴屋さん。
「おお、なかなかうまいねー。もうちょっと感情込めれば完璧だねっ!」
 続いてノックの音。どうせ古泉だろうと思っていると、
 入って来たのはハルヒだった。こいつがノックをする日が来ようとは。
「あんたの真似よ、キョン。……あんたもちゃっちゃっと本読みなさい」
 はいはい。


 俺が長門の定位置につくと今度は、
「おや、……えーと、みみ皆さん、おそろいでぇ」
 精一杯のにこやか笑顔で部室に入って来る朝比奈さん。
「ああありがとうございます、長門さん」
 古泉の席に着いた朝比奈さんにお茶を出す長門。
「えーと、えーと……」
 何やら必死に思い出そうとしている朝比奈さん。
 俺役のハルヒをボードゲームに誘うのが正解ですよ、とページをめくりながら思っていたが、
「みんな、そろったね?」
 へ? 古泉は?
「あれ、古泉君は?」と、ハルヒ。
 鶴屋さんはおかしそうに、
「名誉顧問は普段は部室に来ないのさっ!」


 ~その頃の古泉~
「暇ですねぇ。今ごろ何やってるんでしょうか、皆さんは」
 溜め息。
「にょろ~ん……」


 ~再び部室~
「今度の土曜日の市内探索だけど、古泉君も来るから!」
 そうしてやって下さい。あいつが哀れですから。
「……」
「そうだ、涼宮さん。どうですか、オセロでも」と、朝比奈さん。
「いいわね、負けないわよ!」
 そうして始まるいつもとちょっと違う部室の風景。
 俺は本を読み、ハルヒと朝比奈さんはオセロに興じている。
 ところで、長門と鶴屋さんはと言うと、
「いやあ、やめてえ」
「いいじゃないかっ!」
 長門をいじる鶴屋さんに棒読みな長門。
 そして朝比奈さんが怖々とハルヒに耳打ちする。
 ハルヒも何事か納得したらしく、鶴屋さんの後ろに立ち、
「その辺にしときましょ」
 当然のごとく無視、それどころかハルヒを誘う鶴屋さん。
「そんなこと言わないでさ。どうだい、ハルにゃんも」
 すっかりハルヒっぷりが板に付いている。
「馬鹿なこと言わないの、ほら、有希もいやがってるじゃない」
 そう言って鶴屋さんを長門から引きはがすハルヒ。
 だが、長門は顔色一つ変えてなかったと付け加えさせていただく。
 鶴屋さんがパソコンの前に戻り、ハルヒもオセロを再開した。
 結果はハルヒの圧勝。さすがと言うべきか。


 ~再びその頃の古泉~
「あ、だんだん日が傾いてきましたね」
 沈黙。
「めがっさ暇っさ!」 
 また沈黙。
「……はあ」


 ~また部室に戻る~
 部室も朱に染まった頃、つまり下校時刻ってことだが、俺は長門に倣って本を閉じた。
「じゃ、今日は解散だよっ! 明日は十時に駅前集合で遅刻したら、」
 鶴屋さんは指を銃の形にしてハルヒに向け、
「死刑っさ!」


 ~三度その頃の古泉~
「そろそろ終わった頃でしょうかね」
 壁にもたれかかり、
「どうだいこのポーズめがっさ似合ってると思わないかな、どうにょろ?」
「……ユニーク」
 と俺は言ってやった。
「あ、終わりましたか」
「……」
「嫌だなあ、練習ですよ。練習」
「……」
 冷たい目でにらんでみる。
「明日は、楽しみですね」
 そして古泉らしくない乾いた笑い。
「……ユニーク」
 もう一度繰り返し、俺は歩き始めた。
 後ろから古泉の声が聞こえるが無視した。


 次の日。俺は朝八時には駅前にいた。なぜなら昨晩古泉が、
「明日は遅刻しないで下さいね」
 と電話を掛けてきたからだ。
 なんでも、三人組はいつも二時間前には駅前にいるんだとか。
 ハルヒが俺役なら、あいつは奢んなきゃいけないはずだしな。


 そして二時間後。
「遅い、罰金!」
 この台詞が俺以外に言われるのがこんなに気分が良いことだなんて知らなかったな。
 ハルヒは悔しそうな顔をした。
「じゃあ、いつものとこに行くっさ!」
 ぞろぞろと馴染みの喫茶店に入った俺たち。
「今日は六人だから、二人かける三組にするよっ!」
 そう言いながら爪楊枝を持ち出す鶴屋さん。
 組み合わせは、俺とハルヒ、鶴屋さんと朝比奈さん、古泉と長門の三組にわかれた。


 ハルヒは上機嫌であるいている。
「久し振りね、この組み合わせ」
「そう」
 一瞬ハルヒの目がゴマ粒になった。
「有希の真似? せっかくふた……、ううん何でもない」
 突然ハルヒがしょんぼりした理由は分からないが、
 俺だって何時までも黙ってたんじゃ気が滅入るので話を振った。
「たまにはこんなのも面白いな」
「そうね。みんなのその人に対するイメージが出るわよね。でもさあ、」
 ハルヒがかすかに笑い、
「有希のみくるちゃんは傑作よね」
「確かに。あと、鶴屋さんのお前役もなかなかのものじゃないか?」
「そう?」
「そうさ」
 断言する俺であるが、そのあとに続けた。
「でも、本物の団長はお前だけさ」
 ハルヒが豆鉄砲食らった鳩の顔をし、
「どういう意味よ?」
 俺は言う。
「まんまだよ」


 昔俺はこう思った。
『ハルヒはハルヒであってハルヒでしかない、何てトートロジーでごまかすつもりはない』と。
 少し訂正させてくれ。
 やはりハルヒはハルヒであってハルヒでしかないんだ。だが、それでごまかしはしない。
 たとえこいつが団長だろうと雑用だろうと、こいつは涼宮ハルヒだ。
 俺にとっての特別な一人である涼宮ハルヒだ。
 ただ、今はまだその特別がなんなのかは分からない。
 だけどそのうち俺の中で答えが固まる日が来るだろう。
 その日は遠からず来る。
 そのとき、俺の中でハルヒの存在が団長から何に変わるかは……まあ、まだわからない。
 だから、今は目下の問題を解決するまでさ。
 この百ワットの笑みをいつまで輝かせるかって問題をな。
FIN.

|