「いらっしゃいませ!」
あたしは今、いつもの喫茶店にいた。向かいに座ってるのは、『魔法遣い』のキョン。
あたしが目を瞑った後のことを少しだけ思いだしてみた。
あたしが目を開けると元の明るい部室に戻っていた。どっかの部活の朝練の音も聞こえている。
その代わり、キョンの姿がなくなっていた。……やっぱり夢だったの?
あたしは鞄を取りに来て、そのまま寝ちゃって夢を見た。その時、キョンはいなかった……ってことよね。
戻ってこれたのはうれしいけど……残念だわ。キョンから「好き」って言われたのも夢の話だったってことが。
あたしは、顔を覆って少しだけ泣いた。よくわかんないけど、涙が出たから。
「なに泣いてんだ、団長様」
ドアの方から聞こえてくる声にあたしは顔を上げた。
「早く来て、鞄を教室に持って行ってやろうと思ったんだけどな。お前の方が早かったか」
あ、あら、気が利くじゃない。……これは、あくびで涙が出ただけだからね!
「はいはい、そうだな」
……やっぱり夢、よね。あんな現実があったら、それこそあたしの望んだ不思議な世界だわ。
でも、夢の中で約束しちゃったからね。何も知らないこのバカに朝ご飯を奢ってあげようじゃない。
あたしは鞄を持って立上がり、キョンの腕を掴んで引っ張った。
「朝ご飯食べに行くわよ! 今日は財布を持ってきたから、貧乏人のあんたに奢ってあげるわ!」
そして、一歩、二歩と大股で歩きだ……す? おかしいわ、今日はキョンが動かない。
足を踏ん張って、逆にあたしが引っ張られた。
「今日は俺の勝ちだな」
頭に血が登っていくのがわかる。今のあたしは顔真っ赤ね。
「あ、あんたね! 人がせっかく奢っ「大好きだ」
……へ?
「少しは喜べよ。お前の告白は実ったんだぞ?」
キョンはあっけらかんとした表情であたしを見下ろしている。また……夢?
「現実だ。なんなら確かめてやる」
頬を抓られ、痛みがくる。紛れもない本物の痛み……って、
「いひゃい、いひゃい! いい加減にひなひゃい!」
「ぷっ……なにマヌケな声をだしてんだ」
このバカ……痛くて、涙が出ちゃうじゃない。バカキョン……バカぁ……。
「お、おいハルヒ。泣くなって、悪かったって」
ほんとにバカね。救いようがないわ。うれしくて泣いてるのに気付かないなんてバカの極みよ。
でも、うれしかったらやっぱり笑いたいわ。だからあたしはこう言うの。
「許してあげるからキスしなさい」
そうするとね、多分キョンはしてくれるのよ。いつものセリフと一緒に。
「またお前はいきなり……やれやれ」
やっぱり。あたしは目を閉じて、触れ合う唇の感触を大事にした。
あたしの気持ちを一番に感じ取ってくれる魔法をつかう、魔法遣いの彼氏。そんなキャッチフレーズも面白いわね。
あたしがそんなくだらない冗談を考えていると、唇が離れた。
「これでいいよな。さぁ、教室に行くぞ」
「ふふん、忘れてるみたいね。さぁ、行くわよ! 学校は遅れても構わないわ!」
あたしはそう言って、キョンの手を強く握って走り出した。
キョンが何やら喚いてるのも無視して、笑顔で部室と学校を後にした……。
それで、今に至るんだけど……。
「ハルヒ、食わないのか? お前から誘っといて……」
今日はゆっくりと食べたい気分なの!
彼氏、かぁ……。どう接すればいいのかしら? 今まで通りでいいのよね?
あたしはゆっくりと食事を口に運びつつ、ずっと考えていた。……あれ? もう食べる物が無い。
「それがお前のゆっくりか。人並み以上には変わりないな。……学校に行くか」
まだ何にも考えてない! 普通は嫌よ、普通は! あたしは普通の付き合いじゃ満足できないんだから!
普通にしたら、今までフってきた男達と何一つ変わりないわ!
谷口とかと同レベルになっちゃダメ!
「ハルヒ、勘定。今日はお前の奢りなんだろ?」
わかってるわよ、今から済ませるから!
あたしは乱暴にお金を店員に渡し、会計を済ませて外で待つキョンと合流した。
「ごちそーさん」
……はいはい。行きましょ。
顔が見れない恥ずかしい! どうすりゃいいのよ、あたし!
キョンの前を歩いていると、後ろから手を繋がれた。しかも指と指をしっかり絡ませるアレよ。
「俺の彼女だろ? 同じ歩幅で、同じ速さで歩こうぜ」
なんでこんなに恥ずかしいセリフをサラッと言えるのよ! ……ま、いっか。
これでいいわ。決めた、あたしはキョンに合わせてやろうじゃない。二人でいる時の主導権はくれてやるわ。
それじゃあ普通のカップルになるんじゃないかって? ふふん、甘いわね。
今、気付いたのよ。キョンといるだけであたしにとっては特別なんだから!
だから、やってることは普通でもいいのよ。……幸せだし。
「今度は遅すぎる、自分の足で歩け!」
キョンのちょっと怒ったような声に、あたしは笑顔を浮かべて答えた。着いてこさせるのはもう終わりよ。これからは……。
「キョン、しっかりとあたしを引っ張って行きなさい!」
おわり