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「キョンくん起きて、起ーきーてっ!」
「んむ」
 妹にベッドから引きずり出され、寝ぼけ眼で洗顔をし、ぼーっとしたまま朝食を取って歯を磨き、あくびをしながら制服に着替えて玄関を出る。
「……んぁ?」
 俺は目をこすった。もう一度目の前にいる人物が誰であるのかを確認する。
「キョンくんにおむかえ? へぇーっ」
 妹がきゃいきゃい言いながら、それでもそそくさと先に出て行った。残された俺はぼんやりした頭に活を入れるべく平手で自分の頬を引っぱたいた。……いてぇ。
「長門?」
 黒い髪の方。妹、つまり由梨だった。
「どうしたんだ?」
 玄関先で待っていた長門由梨は、淀みない瞳を真っすぐ俺に向けて、
「あなたと登校する」
 と言った。確かに言った。


「……」
 自転車の二人乗りはよろしくない。しかし俺は自転車プラス徒歩でギリギリの時間に間に合うタイミングでいつも家を出ているから、徒歩限定で学校を目指していては余裕で遅刻をしてしまう。前年度の担任岡部は時間にそこそこルーズであったから遅刻のチェックは寛容だったのだが、この一年は担任が変わったこともあり、わりとシビアにボーダーラインが提示されていた。それでも習慣というのは恐ろしく、人は丁度の頃合で到着することにいつしか快感を覚えてしまい、そんなわけで長門妹が玄関先で待っていようと自転車で行かないわけにはいかないのだった。まだ若干寝ぼけているから説明過剰だったかもしれんが許してくれ。
 端的に言えば俺はチャリの荷台に由梨を乗せて駅前までの道を急いでいだ。
「何でまた回り道して俺んちに?」
「涼宮ハルヒの提示したゲーム」
 由梨は何の関心もなさそうに言った。関心なさそうだったのに関心あったのか?
「……」
 由梨は無言だった。ひょっとしたら肯定か否定かの仕草をしたのかもしれんが、必死にチャリをこいでいる俺には振り向く余裕がない。

「きょ、キョンくんおはようございますっ!」
 やっとこ昇降口にたどり着き、上履きを履くタイミングで出くわしたのは朝比奈さんだった。いや、「出くわした」と言うとまるで偶然みたいだが、そんなことはあるはずがないのだ。朝比奈さんは鞄を両手で持って、いかにも待っていました的な雰囲気をそこはかとなく漂わせていた。それはつまり朝比奈さんもこのたわけた恋愛ゲームにやる気になっているということで。というか、あれだけハルヒに迫られりゃ従わないわけには行かないか。
「おはようございます」

 ん?

 挨拶して上履きに履き替えつつ俺は思った。
 ハルヒは何と言った? 古泉か俺のどっちかに期間中アプローチをしかけて、最終的に返事をもらう。そう言っていたはずだ。するとこの状況はどういうことになる? 今ここにいるのは長門の妹と朝比奈さんだ。
 つまり、

 長門由梨と朝比奈みくるは俺に好意を示してくれている。

「な!」
 そうだ、そういうことになるじゃねぇか! いくら鈍感な俺だってそのくらいの理解はできるぜ。
マジか。やった。いいぞ。例えゲームだと分かってても嬉しいじゃないか。何せ全校のアイドル、朝比奈さんである。彼女がお近づきになってくれることは、すなわち富士山と同体積の金をくれると言われるより価値があることである。少なくとも普通の男子市民ならそう思う。そして俺は一般的な男子高校生なのだ。これほど幸福なことがあるだろうか。
 そうと分かるや俺のテンションはたちまち八倍増しになった。
「あっはははは! いやぁ偶然ですね、こんなところでバッタリ会うなんて」
 偶然もへったくれもねぇ。つうか二年生と三年生の昇降口は校舎ごと別だったがんなこたどうでもいい。無粋なツッコミをする奴には俺がカウンター三倍返しを見舞ってやる。
「で、ですよねぇ~、すごい偶然ー」
 露骨に演技してる朝比奈さんが途方もなく可愛かった。抱きしめていいっすか。古泉より俺を選んでくれたことにマジで感謝感激である。
「……」
 急に突き刺さるような視線を背中に感じ、振り向くと由梨が無表情なまま俺たちを見ていた。
「あ、あぁ、そうそう! 由梨とも会ったんだよ偶然! 家の外で。な、なぁ由梨?」
 俺が長門妹にそう言うと、黒髪宇宙っ娘は一度だけ瞬きして一ミリほど頷いた。
「へ、へぇーそうなんですかぁ、あ、あはははー」
 朝比奈さんは眉より上を困惑、目元を微笑み、口元をまた困惑という器用なんだか何なんだか分からない表情で棒読み台詞を言った。
 俺はこの時点で思ったことがある。それは思いもよらぬ感想であった。

 やばい。これ、楽しい。

 お芝居と言ったらそれまでだし、ゲームと言い切ってしまえばその通りなのだが、しかしこの展開、なかなかに刺激的というか斬新というか、少なくとも今の俺の心臓は、朝っぱらからアッパーミドルな調子で全身にまんべんなく血液を送ってくれていることが実感できる。あぁ、ビバ高校生活。
 ハルヒもなかなか粋な計らいをしてくれたものだ。あいつがいなかったら今のこの俺の幸福感は決してもたらされなかったことであろう。おかげで俺は由梨や朝比奈さんと何を話したかすっかり胡乱なままに気付いたら教室に到達していた。
「おはよ。何デレッデレしてんのよ」
 あぁ、ハルヒか。おはよう。俺さ、何かこう、一足先に春が来た気分なんだ今。
「へぇ、そりゃーよかったわね」
 と、ここで気がついた。俺はあらためてハルヒを見る。
 ハルヒはいつも通り一割だけ起こっているような表情をして、窓の外を見ていた。
「お前、どういう作戦なんだよ?」
 俺は探るような視線を向ける。こいつの出方もさることながら、俺と古泉のどっちを選択するのかも気になるところだ。……ん。言っとくがあくまで興味だ。深い意味はないぜ。
「作戦?」
 ハルヒは挑む目つきで俺を睨み返し、
「あったとしてもあんたにバラすわけないでしょうが。仮にも審判の一人なんだしね」
 得意顔になって言った。おうそうかい。別にいいさ。朝比奈さんが一週間俺に積極的にお近づきになってくれるだけでも、払った額の千倍のお釣りをもらってしまったような気分だからな。
 ハルヒは傲然と胸を反らして、
「あたしはもちろん勝つわよ。言いだしっぺだし、何より高校生のうちに恋愛しないで終わるのを防いだだけでも、十分に価値があるからね!」
 まぁ、このへんが俺には解せないのだが。入学当時のお前にこの有様を見せてやりたいぜ。

 と言ったところで担任が入ってきて会話中断となった。今のところハルヒがどう出るつもりなのかは分からないままだ。
 俺は視線をクラス中央に転じた。
 分からないといえばもう一人、長門有希も今のところ目立った動きは見せていないようで――、
「!」
 俺は目にした光景に思わず瞬きを繰り返した。
「長門?」
 長門が眼鏡をかけていた。
 いや、それ以外は普段と何ら変わりないのだが。はてさて、いったいどういう心境の変化だろう。
タイミングからして、昨日のハルヒの恋愛ゲーム発言を受けてのものと見ていいのだろうか。


 昼休みまでは別段特異な出来事があるわけでもなく、ゆるやかに時間は過ぎた。過ぎたのだが、昼食の席で俺は驚くべきことを耳にした。二年近く昼休みを共にしている腐れ縁コンビの一人、国木田は出し抜けにこう言った。
「キョン。古泉くんと長門さん……あぁ、お姉さんの方ね、って付き合ってるの?」
「む? ぶ、ぶほっ、こほっ」
 飲み込みかけた飯が危うく逆流するところだったのを何とか烏龍茶で流し込み、俺は訊き返す。
「古泉と長門がどうしたって?」
 俺が言うと国木田は箸の先を顎に当てて、
「ん。いや、今朝昇降口で楽しそうに話してる古泉くんと長門さんの姿を見たからさ」
 その言葉までで俺が状況を理解するのには十分だった。
「な」
 何てことだ。つまり長門、有希のほうは古泉を選んだってことか? いや、確かにまぁ、俺と長
門は色々とあったけどさ。ってそんなことは問題ではない! ここで俺が着目したいのは、古泉と長門が朝のひと時を共にしていたらしい、ってことだ。
「楽しそうに話してたって? 長門が? 古泉と?」
 矢継ぎ早に俺が訊くと、
「うん。僕にはそう見えたけど」
 国木田はほうれん草を口に運びつつ答えた。続けて、
「何だって!? いつくっつくかヒヤヒヤだったが、とうとうあいつらデキちまったってのか?」
 誤解しかねないことを言ったのはアホ担当の谷口である。取り落とした箸の片方が机の上を転がっている。あ、落ちた。
「とうとうってどういう意味だよ」
 俺は呆然自失状態の谷口に言った。あいつらにそんな兆候があったとは思えない。少なくとも毎日放課後の時間を共にしている限りでは。
 谷口は二秒ほど固まっていたが、間もなく一本だけの箸を置き、腕組みをして、
「いや、俺は前々からあいつらはいつかくっつくんじゃねぇかって思ってたんだよ。それこそ、お前と涼宮のSなんたらって団体に二人ともいるって知った時からな」
 SOS団くらい省略せずに言え、つうかこれ自体略称だ。と心中でツッコミつつ、俺は谷口に向けて言う。
「そんな風に思ってたのか?」
 まぁ、谷口がトンチンカンな物の見方をするってのは今に始まったことじゃないし、そのせいでいつだったかはあらぬ疑惑をふっかけられたりもしたな。まぁそれはいい。俺の質問に答えたのは谷口ではなく国木田だった。
「僕もあの二人はお似合いだなぁって思っていたよ。最初の映画撮影の時あたりからかなぁ。美男美女だしね」
 んなっ。国木田。お前まで谷口に同調する必要なぞこれっぽっちもないぞ。あれか、風邪か。だったら今すぐ保健室に。
 取り乱す俺に国木田は片手を振り、
「僕は全然平気だよ。それで? 二人が付き合ってるかどうかはキョンが一番詳しいんじゃないの?」
「そうだ。ぜひ真偽のほどを聞かせてもらおうじゃねぇか」
 谷口が箸一本持ってふたたび席に座りつつ同調した。洗って来いよ、それ。

「んーむ。……実はだな」
 俺は昨日ハルヒがぶち上げた擬似恋愛体験ゲームについてのあらましを二人に話した。
 直後谷口は、
「はぁ? 何だよそれ。つーとアレか。熱に浮かされたのは涼宮だったってことか」
 まったくその通りだよ谷口君。分かってくれて先生は嬉しい。
「誰が先生だよ。しっかし擬似恋愛ねぇ。あいつも変なこと考えることに関しちゃ国宝級だな」
 んなことで国宝にされては日本の威信と尊厳に関わるだろうが、言いたいことに関しては俺も同意だ。
「でもけっこう楽しそうだよねそれ。ちょっとうらやましいかも」
 国木田は白米をぱくりと頬張りつつ言った。うん。実はこれがけっこう楽しい。否定しない。
「だーっ。つまんねぇ! 何でお前ばっか毎年この時期運気がいいんだよ」
 谷口の悪態を見て俺は思い出した。そうだ、お前、例の新彼女とはいつ別れたんだっけ?
「うるせぇ! 黙れ黙れ黙れぇっ!」
 頭をかき回す谷口はもう片方の箸も床に落ちたことに気付かないようだった。確か賭けは国木田の勝ちだったな。

 などとバカトークに興じた昼休みも終わり、放課後まではまたのんびり時間が過ぎたのだが、昼休みに他のラブゲーム(テニスじゃないぜ)参加者がどこでどのようにしていたのか、俺は知る由もなかった。


 で、放課後である。

「こ、古泉?」
「はい、何でしょうか」
「こりゃ一体どういうことだ」
「どういうことも何も、見ての通りだと思いますが」
 場所はもちろん部室である。俺が見ているのはもちろん幻じゃない。
「はい、古泉くん! あーん」
 ぱく。古泉は差し出されたリンゴのひと欠けを何考えてるか分からない微笑顔のまま食べた。
「は、ハルヒ……?」
「古泉一樹。食べて」
 ぱく。古泉は差し出された洋梨のひと欠けをやはり何考えてるか分からない微笑顔のまま食べた。
「な、長門……?」
 俺が見た光景とは、すなわち古泉の両脇でハルヒと長門がフルーツを古泉に食べさせてあげているという、これまた世界改変でもあったのではないかと疑いかねない奇怪なワンシーンであった。
「お二人とも、もう十分ですよ。あとはお気持ちだけ受け取っておきます。涼宮さんも長門さんも、ありがとうございます」
 古泉は慇懃に礼をした。俺は未だ呆気に取られたまま動けない。ビジュアルとして実際目にすると得体の知れないインパクトがあるぜ。何なんだこれは。いや、ハルヒの考えたゲームの一環なんだが。
「あらそう? また食べたくなったらいつでも言って、ねっ!」
「んなっ!」
 俺の眼前でハルヒは古泉の頬にキスをした。俺の顎はモアイ像も真っ青になるほど遥か下方まで降下していたに違いない。
「わたしも同じ。遠慮はいらない」
 有希は戸口に立つ俺など空気以下の存在であるかのようにして、古泉に言った。とす。俺の鞄が床に落ちた音がする。

 数歩の足取りもおぼつかないまま、俺は何とか定位置となっている席に座る。するとニコニコ笑顔と穏やかな眼差しをそれぞれに浮かべてハルヒと有希がいつもの席に戻った。……な。バカな。どうなってやがるんだ? これがゲームだってのも分かってるし、SOS団女子全員が古泉より俺を選ぶなどとたわけた自惚れも抱いちゃいないが、それでもあまりに積極的な両名の行動は、今朝方の朝比奈さんと由梨の行動を適度に忘れさせてしまうくらいには効力を発揮していた。
「古泉。ゆーっくり話そうじゃぁないか。な?」
 俺は半身を乗り出してポンポンと相方の肩を叩いた。古泉は柔らかく笑ったままで、
「そうですね。ちょうど僕のほうも、あなたに何があったか知りたかったところですし」
 そう言うとついでのようにボードゲームの準備を始めた。

 まずは俺があらかたの事を話した。途中数度にわたってハルヒと有希の様子を盗み見した俺だったが、ぱっと見では普段と変わらぬ様子に見える。朝比奈さんはまだ部室に来ていないし、由梨も――
「……」
「お、お前。いつの間にここに?」
「いま」
 右隣に突如現れた、いや、俺にはそう見えた黒髪娘はさもずっとそうしていたかのように文庫を読んでいる。
「今日はいつもの席に行かないのか?」
 俺が言うと由梨はこくんと頷いた。
「『感情』の調査の一環にもなる」
 はははは……そうか。こら古泉。何笑ってやがる。
「いえ。なるほどね。これはなかなか」
 余計なことを言うなっ! さっさとお前の話をしろ。煙に巻こうったってそうはいかねぇぜ。
「分かりました。そうですね。まず朝でした。自宅を出ると玄関先に長門さん、あぁ、有希さんの方が待ってまして」
 俺と同じか。行動が似通ってるのはやっぱ双子設定だからなのだろうか。
「突然キスされました」

 がっしゃぁん!

 俺が盛大にボードゲームの小物類をひっくり返しちまった音である。わざとじゃない。そんな故意にドリフみたいなことやってたまるか。
「と、言うのはジョークです。セクシージョーク」
 どこがセクシーだ。お前まれに言葉の使い方おかしいよな。そもそも冗談言ってる場合か。
「まぁ待っていたのは本当で、腕を組んで登校したのも本当です」

 ばぁん!

 俺が思い切り長テーブルを叩いた音である。わざとだ。というか、気付いたらそうしてた。
 ちょっと待てい。腕を組んで登校しただと! お父さんは認めませんよそんなの! 物事には順序ってものがあるでしょうが!
「まぁ落ち着いてくださいよ。本番はこれからです」
 何が本番だ。つうか半分腹立ってきた。要するにこれは惚気話じゃないか。しかも古泉の。何でそんなもんを俺が聞き届けねばならんのだ。
 古泉は何に対して笑ってるんだか分からないようなスマイルを維持しつつ、
「有希さんは昼休みに部室に来てほしいと言ったんです。それから別れて僕は自分の教室に向かったんですが、そこに」
 古泉は一度ハルヒの方に目線を送って、
「涼宮さんが待っていました」

「ちょっと待った! そこ!」
 突如ハルヒの呼び声が俺たちの会話を中断させた。
「それ以上の情報漏えいは認めらんないわねぇ。古泉くん、キョンなんかにあたしたちの話をしなくてけっこうよ」
 バシッと言い放つと眼光を光らせて俺と古泉を二度ずつ睨み、ハルヒはまた電脳世界の散策に戻って行った。俺はともかく、それが恋人設定の相手に向ける目かお前。
「団長命令とあっては仕方ありませんね」
 古泉は肩をすくめて苦笑した。ち。ハルヒの奴、ちゃっかり聞き耳立てていやがったのか。
「遅くなっちゃってごめんなさぁいぃ」
 ぱたりとドアが開いて、息を切らせた朝比奈さんが入ってきた。
「あっ、キョンく」
 と言いかけて朝比奈さんは慌てて手を振った。
「いえ。何でもないです。ごめんなさいっ。えっと、今お茶入れますね。みなさん何がいいですかー?」
 と言って通常業務に取り掛かる姿勢。さて今何に躊躇したのだろう。他の団員の目線、が一番妥当なところだろうか。
「……」
「どうした?」
 傍らのを見ると、由梨がしばし朝比奈さんの方を見てぽーっとしていた。が、間もなく本のページめくりに戻る。
 とりあえず、この日部室にいる時間だけでも平穏に過ごせたのは幸いであった。
 本当に、部室にいた時だけな。


 下校時の一幕である。

「あのー、朝比奈さん?」
「はいっ?」
「それと、由梨さん?」
「……」
 何とかならないのだろうか、これ。
「でも、あの、涼宮さんがその」
 ハルヒに何か言われたんすか。
「できる限り積極的に行きなさいよって……うぅ」
 いえいえ。そりゃすいませんでした。無粋なツッコミでしたね。ほんとに申し訳ない。いや、むしろ全然オッケーですよ。実際いつもよりずっと幸福な感じですしね、あはははは!
 とは、言うものの、やっぱりさすがにコレはどうかと思うのだが。

 どういうことかというと、俺の左手を朝比奈さん、右手を由梨が握っているのである。もう予想がつくかもしれないが、前方数メートル先にいるのは、
「ねぇ古泉くん! 夕飯一緒に食べない? 何ならあたしんちに寄っていってもいいわ」
「わたしの家に来て。昨日一晩で新しい料理をいくつも覚えた」
 ハルヒと長門に挟まれた古泉である。こんな取り合わせで下校するのなんか初めてであり、加えて未来永劫ないだろうと思っていた。つうか想像すらしなかった。これまで、大抵俺は大名行列の縮小版のようなSOS団の列の最後尾で古泉と密談なりたわけ話なり交えて帰っていたしな。これはさすがに道行く人の視線とか、そういう意味でも恥ずかしさ満点だ。朝比奈さんの温もりを感じながら帰ることだけは喜ばしい限りだけどさ。
「……」
 まぁ、由梨がSOS団により馴染んでくれるのは御の字だけど。ハルヒがどこまで目論んでこの企画をぶち上げたのかは分からんが、少なくとも今のところマイナスになるような事態には至っていないし、期間限定であることも分かっているし、俺も割り切ってこのスタンスを素直に楽しむべきなのだろう。


 しかし精神的な自然疲労は隠しようもなく。
「ぐぁぁ、疲れた」
 ばったりと自宅のベッドに倒れこんで、俺はそのまま朝まで眠っちまいそうになった。が、
「ね、ね。朝のあの子だぁれー? 有希ちゃんにそっくりだったけど、違う人よね? キョンくんの彼女ー?」
 ぬなっ。妹よ、いつの間にいたんだお前。そうか、お前は由梨に会ったことないんだったな。

「へー。有希ちゃんの妹なんだ。今度また紹介してねっ」
 俺の説明が終わると妹はそう言ってシャミセンを抱き上げ、部屋を出て行った。
 紹介、ね。意味もなく長門姉妹の父親にかしこまる俺などというものを想像しちまったが、長門らの生みの親は情報統合思念体という大宇宙にまたがる意識だけの存在である。どうやら最近自我に芽生えたらしく、今感情について研究している最中らしいが、まぁそのおかげで有希も由梨も喜緑さんも、ついでに朝倉も戻ってこれたんだからよしとしておこう。
 そう考えているうちに俺はやっぱり寝ていた。いつも通りといえばそのはずだったが、ハルヒがとんでもないルールを課したせいで普段と違う方向に精神がすり減った。
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