パラレルワールズ

第三章 それぞれの世界にて

第一節 古泉一樹の世界[III]

 
僕は長門さんの部屋をでるととりあえず、自宅に向かった。
『まだ、あなたは自分の肉体と心におきつつあることに気づいていない』
心の中で、長門さんが言った言葉がこだました。
『改変主はいずれ、自らの改変世界に適応する』
ということは僕はこの世界での彼との関係を受け入れると言う事だろうか?
信じ難い、と言うのが古泉の率直な感想だった。
が、冷静に考えれば、僕はこの世界では彼以外の人間とは殆ど接触していなかった。
僕と彼の関係はこの世界では「公然の秘密」なのだろうか?それとも、
完全に秘密とされた僕と彼だけの間の関係なのだろうか?
これが現実の世界ならこの様な問いは発するだけも愚かしいだろう。
「現実」の世界で、一介の男子高校生がこの様な特殊な性的趣味を公言した上に
パートナーまで周囲から周知された状態でまともな高校生生活が送れるとはとても
思えなかった。が、どうやら、この改変世界は「なんでもあり」らしかった。
朝比奈さんや長門さんが彼とねんごろな関係になっても全く気にしない涼宮さんがいる世界。
あの鈍感きわまりない彼が、涼宮さんと「カップル」になるという偉業を成し遂げた世界。
涼宮さんが欲望のままにその力を行使してもびくともしない世界。
だとしたら、「古泉一樹が彼と性的な関係を結んでいることが公認の世界」がどれほど
驚くべき事だというのか?さして驚くべきことでもないだろう。僕が「時空適応」してしまえば、
この世界はこのまま、何事も無かったようにそのまま動いて行くのだろう。
ドアを開けて部屋にはいると、「彼」が来ていた。
「僕達の特殊な関係は封印して欲しい、とお願いしたはずですが」
「わかってるよ、一樹。でも、ここに来るだけなら『親しい友人の関係』を逸脱はしないだろう?」
「それはそのとおりですが..。とりあえず、何か飲物を」
僕が流しに立って飲物を準備しはじめると、ふいに彼が後ろから抱きついて来た。
「一樹。さびしくてたまらないんだ。いいだろう、抱きつくだけなら...」
正直言って、この展開は「予想外」とは言えなかった。むしろ、ショックだったのは
抱きつかれてもあまり嫌悪感を感じなくなりつつあることだった。それどころか、
服の上から彼の手が僕の胸にふれている部分で微かなうずきさえ感じていた。
僕は平静を装うと、しばらくそのままでいてから
「もういいですか?」
と言って彼の抱擁をふりほどくと、テーブルにもどり、カップを二人でかたむけた。
「あなたと僕はなぜ、このような関係になったのですか?」
僕は自分がそう尋ねているのを聞いた。なんで、そんなことを聞くのか、聞いてどうしようというのか。
自分でも解らなかったが。
彼はちょっと驚いたようだったが、すぐ話の穂を継いだ。
「そうか、お前は何も知らないんだったな。そもそものなれそめ、か。
正直、俺も自分にこんな欲望があるとは思ってもみなかったし、なんでこうなったか、と
言われると答えには困る。だが、もし、長門やお前が言うようにこれが「改変世界」
だというなら、なんでもありだろうな。なにしろ、あの長門が羞じらいの微笑をうかべる
ただの地味な一美少女になってしまうのさえありだったんだからな。
一ヶ月前くらいかな。ハルヒの荒れがひどくなって、お前は殆ど休めなくなった。
にも関わらず、ハルヒはSOS団の活動を休むことをお前に許さず、
お前が活動をさぼると更に不機嫌になり、更に強大な閉鎖空間を発生させた。
お前は完全なジレンマに陥った。体力の限界に到達し、「壊れる」寸前だったんだ。
俺たち(つまり、ハルヒ以外のSOS団員)はお前がちょっとでも休めるように、
それこそ東奔西走したさ。が、無駄だったんだ。お前のつかれは極限に達して、
ついに自ら命を断とうと思い立ったのさ」
「僕が、ですか?」
「そうだ。で、細かいことは恥ずかしいから省くとして、俺はお前を助けるために
かなり危険なことをやってのけたんだ」
「それはどうももうしわけありませんでした」
「そうやって、冷静に微笑を浮かべているお前を見ていると、あの時のことが嘘みたいだな。
ああ、そうか、あれはもはや、『本当にあったこと』でさえないわけだな。とにかく、
それやこれやで俺たちはこういう関係になった。細かいところは恥ずかしいから省かしてくれ」
「構いません。いずれ、僕が時空適応したら、すべての記憶も『甦る』はずですから」
「一樹」
「なんでしょう?」
「お前、それでいいのか?」
「なんのことですか?」
「このまま改変世界で、俺とこんな関係を続けていていいのか、と聞いてるんだ」
「いいも何も、僕の一存ではどうにもなりません。5人のうち、一人でも世界が元に戻る
ことに反対したら、それでジ・エンドです。しかし、そうなったらそうなったで別に
そう悪くないかも知れません。長門さん僕に『最後には激しい...』」
「古泉」
僕ははっとした。僕がこの世界に来てから彼が僕をこう呼ぶのは初めてだ。
「なんでいつもそう平静を装うんだ。おかしいだろ、そんなの。お前が元の世界で、
ハルヒの監視者を買って出たのは、世界の改変を防ぐためだったんじゃないのか?
なのに、世界が変わったら変わったでそれでいいのか?」
「ですが、この世界を『変えた』のは私自身ですし」
「それは長門がそう言ったからだろう?長門が嘘を言っていたら?あるいは、間違っていたら?」
「その可能性は否定できませんが、現に僕は『時空適応』を始めていますし..」
「だから何だって言うんだ?これが全てお前の願望とは何の関係もない押しつけだとしても
お前がそれを『好ましく』思うようにお前を改変することなんて、造作もないことじゃないのか、
機関とか、未来人とか、情報統合思念体とかにしたら。違うのか?」
「....。」
「古泉、もっと自分に正直になれよ。超然として飄飄としてニヒルな笑いを浮かべているのが
かっこいいわけじゃないんだぞ、必ずしも」
「なぜ、あなたはそんなことを?このまま黙っていれば、僕は時空適応してあなたは満足を
得られます。逆に世界が元に戻れば、あなたは消滅する」
「楽しかったからさ」
「え、なんですって?」
「楽しかったから。お前みたいに俺とは何もかも正反対で頭が良く、ルックスも良くって、
冷静で、計算高くて、何考えてるか解らない奴とこうなってみて、本当に楽しかった。
ここで俺がお前のどんな内面にふれたかは言わないでおく。だがな、古泉、お前は
本当は見た目とは随分と違う人間なんだ。おまえ自身気づいてないかも知れないがな。
こんな関係にならなくても、お前は自分のもっと『いい部分』を正直に外に出せば、
もっと楽しい、幸せな生活が送れるんだ。古泉。もどれ。戻ってもっといい関係を
俺たちと築け。その方がお前のためだし、俺もうれしい」
僕は何を言っていいか解らなかった。僕は彼が僕をここにひきとめ、自分に都合がいいように僕が
変わるようにするために手段を選ばないとばかり思っていたから。それをどう防ぐか、僕が
考えていたのはそのことだけだった。なのに彼は...。古泉は自分がちょっと恥ずかしかった。
「じゃあ、俺は帰る」
「帰るのですか?」
「ああ」
「あなたはそれでいいのですか?」
「いい、というかそれを決めるのはあっちの世界の俺だ。この俺のことを知ったら、
あっちの世界の俺は激怒するかもな。が、よろしく言ってくれ。じゃあな」
彼は帰っていった。古泉はその時、彼が抱きつきながら「さびしくてたまらない」と
言ったのが なぜだったかにようやく気づいた。
彼は最初から、二度と僕には会わないつもりだったのだ。少なくとも、
この世界のこの僕とは...。

第二節 朝比奈みくるの場合[III]

みくるは長門の部屋を飛び出した後、ふらふらと町中を歩き回った。頭が混乱していた。
なぜ、わたしは「わたしがいる世界はちっとも変じゃありません」なんて言ってしまったんだろう?
変でないわけ無いではないか。わたしがキョン君と「くっついてる」のにちっとも怒らない涼宮さん
なんて。そもそも、涼宮さんがそんなに「安定した」性格の持ち主だったら、リスクを犯してまで、
観察者たる自分がこの時間平面に送られることなど無かっただろう。この状況は明らかに常軌を
逸している。まともな世界ではない。このままこの世界を保持したらどうなるか。時間旅行者として
理論的な知識を一通りは教育されているみくるにはそれが痛い程わかっていた。
あること(みくるが過去に送られる)がおきるための原因(ハルヒの不安定な性格)が、
そのあることが起きた『後』に除去された場合、時空間に何が起きるかを。
ここで生じた時空のねじれは、いずれ、時空間全体に大きな歪をもたらすはずだった。
最悪の場合、時空間自体が崩壊する。学校」でそれを習ったとき
「時空間が崩壊ってどうなるんですかー」
と質問したみくるに、教官はみくるのあたまに手を置きながらこういったのをみくるは
思い出していた。
「そんなことはしらなくていいんだよ、朝比奈君。いずれにせよ、
それが起きたら全てはおしまいだ。
君が気を付けるべき事はそれが起きないように最前を尽くすことだ。それは時には
人一人の命にも優先する程の重要事項だ」
なのに、いま、みくるは今、そのもっとも避けなくてはいけないことに
手を貸そうとしていた。 みくるは思った。
「あとちょっとだけ。2、3日だけ。それだったら、致命的な事は起きない...」
みくるは、自分が急速に時空適応しつつあり、あと1日も経たないうち、改変の記憶さえ
失われてしまうであろうことをまだ知らなかった。

               *

家に戻るとキョン君に電話した。さびしくてたまらなかったから。
話しているうち、泣いてしまった。すぐキョン君は来てくれた。
やさしいキョン君、わたしだけのキョン君。
キョン君が部屋に入って来るといきなり抱きついて泣いてしまった。
「みくる、みくる、しっかりしろ」
キョン君は「どうしたんだ?」とは聞かなかった。
「みくる、長門に全て聞いたよ」
みくるはその時、胸の奥から長門に対するどすぐろい怒りが湧いて来るのを感じて
ショックを受けた。誰かを本当に嫌いになって恨んだことなんて一度もなかった。
この時空はやはりおかしい。何もかも狂っている。
「みくる、お前は戻らなきゃダメだ」
「キョン君、なんでそんなこというの?ひきとめてくれないの?
わたしのこと好きじゃないの?」
「みくるばかなこというなよ、そんなわけないだろ」
「じゃあ、じゃあ、なんで?」
「みくる、これでいいのか?本当に?俺だってばかじゃない。
俺とみくるがつき合い始めたとき、ハルヒが全然、怒らないんでこりゃーおかしい、
と思ったさ。でも、ひょっとしたら、全ては俺や古泉の勘違いでそもそも、ハルヒは
俺を異性として意識していたんじゃないかもしれないって思って、納得することにした。
ハルヒとの関係は変わらないのに、みくるとは恋仲なんてある意味、俺には
パラダイスだったよ。だけどな、みくる、パラダイスってのはこの世には無いんだ。
どこかひずんでいるんだ。俺もみくるもそうと知りながら自分をだましていたんだ。
もうこんなことは止めなきゃダメなんだ」
「でも、わたしは、キョン君のことが...、好きです」
「みくる、よく聞けよ。そのお前が好きな『キョン君』は俺じゃない」
「えっ?」
「お前の好きな『キョン君』は優柔不断な奴だ。ハルヒも長門もみくるも選べないいい加減な奴だ。
そういう俺がお前は好きだったんだろう、違うか?」
「そんな....」
「お前の世界の『俺』はなあ、みくる、誰も選びたくないんだ。表面的には鈍感で無頓着に
見えるが潜在意識じゃちゃんと気づいている。3人の中から一人選んだら、あとの2名を
悲しませるから。あいつはそれがいやなのさ」
「でもここだったら...」
「みくる、だめだ、だめなんだよ」
みくるは目の前が真っ暗になった。だが、この「キョン君」のいうことは100%正しかった。
ここにいることはできない。
「明日、20:00、長門の部屋で世界を元に戻すそうだ。行くよな?」
「...。はい、解りました。行きます」
「よかった。えらいぞ、みくる」
「でも」
「なんだ?」
「明日はキョン君と二人っきりでいたい...」
「え?」
「だって..」
「わかったよ、明日は学校サボろう。で、どっかに行こう。どこがいい?」
「あの、USJとか...」
「いいよ、そうしよう。じゃあ、明日、朝迎えに来るから」
「え、帰っちゃうんですか?」
「ああ」
「なんでですか?いつも夜はいてくれたんじゃあ...」
「そうはいかないよ、みくる。ここにいたら自分に自信がない。この『みくる』は
あの『みくる』じゃないんだろう。じゃあ、変なこと出来ないよ。じゃあな」
キョン君は帰っていった。本当はずっといて欲しかった。そして...、あ、わたし
何考えてるんだろう。みくるの馬鹿馬鹿!。そうだ、お弁当作らなきゃ。キョン君と
二人っきりでUSJなんてもう二度と出来ないんだ。最高のお弁当を作らないと一生後悔する
...。みくるは買物リストを手早く作り上げた。遅いからまともなスーパーはもう閉店しているのが
口惜しかったが、そこは腕で何とかカバーするつもりだった。

第三節 長門有希の場合[III]

皆が帰ると長門は待った。しばらくすると彼がやってきた。
「話合いどうなったんだ?」
「明日、20:00に再度、ここに集合。一人でも拒否すればそれでジ・エンド」
「そうか。どうなりそうなんだ?」
「微妙」
「おまえらしくないあいまいな表現だな。おまえはどうするんだ」
「....。」
「迷っているのか?」
「その質問に解答するのは困難」
「そうか。だがな、俺は結局、元の鞘に収まると思うぞ。このままの世界を維持するなんて
身勝手な決断をする奴はSOS団にはいないはずだ。たとえ、そこがどんなに心地よい場所でもな」
「....。」
「それにあのハルヒが『戻る』って言い張ってるんだろ?じゃあ、元に戻るしか無い。いや、
どんな手段を使っても戻そうとするさ、あいつは」
「....。」
「何もいわなんだな」
「....。」
「二度も、俺のために世界を改変してくれてうれしいよ、有希。本当のところさ。
でもな、有希、これが終わったらもう二度をやらないと誓ってくれ」
「なぜ?」
「危険すぎるからさ。情報統合思念体はこの前の件でおまえの『処分』を検討したんだろう?
これは二度目だぞ。今度はみんないっしょだから、お前にだけ処分が下るって事は
ないかもしれない。だがな、やっぱり止めた方がいい。お前が処分されていなくなるんじゃあ
俺たちはたまらん。いくら、一時的な快楽を味わっていたとしてもな。
約束してくれ、もう二度とやらないってな」
「味わってはいない」
「え、なんだって?」
「一時的な快楽」
「あ、そうか。お前はここの記憶がないんだったよな?じゃあ、やってみるか。今から」
「異存はない」
「あいかわらず、開け透けな奴だな、まあ、最初っからそうだったが」
笑いながら彼はわたしに近付いて来た。「快感」とは何か?それを「味わう」機能が
長門にあるのか?長門には解らなかった。だが、昨日までここで彼と時空を共有していた
同位体にはその機能があったようだった。だとしたら、長門自身にもその機能が
備わっていないとはいえなかった...。


第四節 涼宮ハルヒの場合[III]

ハルヒはムカムカしながら、翌日登校した。何もかもが気にくわない。
まるで、子供に与えられるおもちゃのように
ぽいとハルヒに与えられたこの世界も、
みくるちゃんや有希がキョンなんかと「肉体関係」を
持っているのも、古泉くんがキョンとカップルなのも(ブルブルッ)、
キョンがあたしとキスしかしてないのも。
学校に着いてキョンが来ると意味もなくあたり散らした。
このキョンはあのキョンじゃないと頭では解っていても、
キョンの顔を見ていると、
『軽いキスくらいはした』
と言い放ったときのキョンの顔が思い浮んでムカムカが抑え切れない。
聞く気もなく授業を聞く。先生が入って来る。あー、つまんない、死ぬ程たいくつ。
先生なんてカネゴンにでもなっちゃえば.....。
ガタンッ。次の瞬間、ハルヒは大きな音を立てて立ち上がっていた。
さっきまで教師が立っていたところにカネゴンが立っていて授業している。
「あ、かっ、かっ、かっ」
驚きのあまり、声にならない。
「涼宮さん、静かにしてくれないかしら。みんなが迷惑してるんだけど」
あ、朝倉涼子?なんで、あんたがここに?っていうか、カネゴンを
見ても誰も驚かないのはなぜ?
「なぜって、また、おまえがきまぐれでやったんだろ?みんな
しってるんだ。気の毒だから、授業が終わるまでに元に戻しておけよ」
振り向いたキョンはそう言うとまた前を向いた。
なんなのよ、一体、この世界は?
昼休みは教室を出て校舎を隅々まで歩き回った。
変わったものは何もない。前と同じだ。
廊下に放置されていたほうきを手に取ると
「剣になれ!」
と念じてみた。すぐに剣は手頃な長さと重さの長剣になった。
目の前のコンクリートの柱に向かって剣を構えると
「えいっ」
っと思いっきりふり下ろす。轟音と共に砕け散る柱。
通りかかった岡部がこともなげに
「涼宮、またか。ちゃんと元に戻しておけよ」
という。元に戻す?どうやって?
が、振り返ってみると、全ては旧に復していた。
柱は元通りひびひとつなく立っており、
ふと手を見ると握っているのはただのほうきだった。
つまらなくてくだらなくて、死ぬ程、退屈な世界。
あたしが何をやっても誰も驚かず平然と受け入れる世界。
全ての願いが造作もなく適うと言うことがこれほどつまらないとは。
長門の言葉が甦った。
『それはあなたが望んだ世界だから。望みが適った世界では人は
必ずしもしあわせではないから』
ハルヒは死ぬ程帰りたかった。あの何もかも思い通りどおりならず、
だからこそ死ぬ程退屈な世界に。あっちの方が100倍ましだった。

第五節 キョンの場合[III]

次の日は普通に登校した。坂道でハルヒに追い付かれ(今朝は腕組みかよ!)、
校門で「部室に行く」というハルヒにキスされ(こいつは毎朝毎朝、部室なんかで
何をやっているんだか)、朝の教室では朝倉にひやかされ、昼はハルヒの極上弁当を食い
(昨日にもましてうまい!)、放課後は部室で、ハルヒにいじられて涙目で助けを
求める朝比奈さんをまたまた庇い損ない、皆で肩を並べて下校して、ハルヒと
分かれる駅前に着いた。
「また、キスかよ...」
と思ったが、案に反してハルヒは向こうを向いたままだった。
今日の夜八時、長門の部屋でなにがどうなるかはキョンにも解らなかった。
だが、全てが首尾よく行けば、俺はもうここには戻って来ない。
そうなったら、このハルヒはどうなるのか?この世界といっしょに消滅するのか?
だが、この世界には既定の過去があったし、既に未来だって存在するはずだ。
そうじゃなければ、朝比奈さんはどこから来る?つまり、俺がどう決断しようと、
この世界にはこの世界固有の未来があり、俺はハルヒと結婚かなんかして
子供作って、孫が生まれてって未来があるんだろうな。その全てが
俺が決断した瞬間に消えるのか?だが、その瞬間っていつだ?
全ての未来が同時に消えるのなら世界が消滅した瞬間なんて定義できない。
それとも、俺が消えるだけで、この世界にはこの世界固有の俺が
いて、ハルヒとつき合い続ける?わけがわからない。朝比奈さんや長門なら
わかるように説明できるのか?ふいにハルヒが言った。
「キョン。お別れ、なんだよね」
「え、何?」
「有希が教えてくれた。あたしが生まれてからずっとあると思って来た世界は
実は昨日誕生したばかり。あたしがあると思っていた過去はすべて幻想で、
それも今日の夜八時には消えてなくなるって」
「...。」
「キョン、キョンが告白してくれたとき、本当はすごくうれしかった。でも
あたしはプライド高いから、すぐにはうんて言えなくて。でも、
あんたは諦めずに徹底的にアタックしてくれてとうとう、あたしも
感動させられちゃって(どうやったのか恥ずかしいから言わない!)、
つき合うようになった。つき合うようになってもキョンとあたしの関係は
今までどおりでSOS団もあって、楽しくて、本当、夢みたいだった。
でも、やっぱり夢だったんだよね、こんなの」
「ハルヒ...」
「他の世界のことも聞いたわ。みくるちゃんも有希もやるわよね。
そこまでストレートだとはね。古泉くんの世界には悪いけど笑っちゃったわ。
なんていうか、いかにも古泉くんらしいって言うか。でもね、
あたしの世界のあたしには怒りを覚えたわ。キョンとつき合ってないんですってね?
なんて馬鹿なあたし。信じられない。それから、
正直言ってあんたがあたしとこんな『軽い』
関係しか望まなかったのはちょっとショックよね。なんでもありの世界なのに。
でもね、それはあんたがあたしのことを大事に思ってくれているからだって
思うことにする。長い間と思ってたけど、本当はたった2日間だけだったのよね」
「...。」
「なんかいいなさいよ。まったくやっぱり、あんたはあのキョンよね。不器用で
女心に疎いキョン。キョン、いい?
いつかはちゃんとあたしにコクりなさいよ。コクらなかったら死刑だから!」
「ハルヒ。ああ、約束するよ」
振り向いたハルヒは顔は笑っていたが、涙がぼろぼろこぼれていた。
「さよならはいわない、だってあっちの世界のあたしはあんたとあえるんだから。
またあした!」
そういうとハルヒは振り向いてかけていった。俺はそれを呆然と見送るだけだった。
本当、俺ってだめな奴だな...。

第六節 最後の審判?

ハルヒは不思議探索ツアーのごとく、20:00よりずっと前に長門の部屋についた。
案の上、部屋にいるのは、有希だけだった。
「有希、あんたって、この世界の有希なの?それとも...」
「わたしはあなたの世界に属する長門有希ではない」
「やっぱり。じゃあ、どの世界の長門有希なわけ?」
「わたしはわたしの世界の長門有希」
「ってことは改変主のひとりってわけね」
「そう」
「で、ここにいるってことは、世界を戻すのに合意するってわけね?」
「特に、合意も反対もしない。全てはあなたがたの決断しだい」
「あのさ、キョンと仲良くして、楽しかった?」
「.....。」
「そうよね、答えたくないよね。じゃあ、他のこと聞くわ。
あたしが時空適応ってのをするとどうなるの?」
「別にどうにもならない。今のまま」
「つまり、生まれたときからずーっとこうだったと思うわけ」
「そう」
「なんか実感湧かないのよね。なんでも思い通りになるのに、周りはそれが当り前と
思っていて誰一人驚きもしない世界なんて」
「それが、あなたが望んだ世界」
「じゃあ、逆に、元に戻ったらあたしはここでのこと覚えているわけ?
で、あっちでも同じ様に世界を好きに改変できるわけ?」
「それは、あなた次第」
「どういうことよ」
「あなたが、ここでの記憶を保持したくないと望めばそうなる。
そうでなければそうはならない」
「記憶を保持して戻って、元の世界で好き勝手やったらあっちの世界はどうなるわけ?」
「おそらく、めちゃくちゃになる」
「そう」
なんでも思い通りになる力を手に入れながら、持って帰るのはこの上無く危険と言う
矛盾した状況にあたしはある。
「あたしはどうすればいいの、有希?」
「それはあなたが考えるべき」
しばらくたつと、キョンと古泉くんがやってきた。
「あんた達は戻ることにしたわけ?」
「はい、僕にはここに残る理由はありません」
「キョン、あたしとつきあってたんでしょ。あたしじゃ不満なわけ?」
「そういう問題じゃないハルヒ。この世界は、あるべき世界ではない。
だから、もとに戻す」
「前の世界の方がいいわけ?」
「そうは言ってない。だが、例え悪くても戻さないわけにはいかない。あたりまえだろ、ハルヒ、そんなこと」
キョン、あんたって、そういう奴よね。真面目くさった常識人。そのスタンスを絶対崩さない。
あの時も、あの一昨日まで夢だと思っていた5月の体験も、あれも今と同じ様な
状況だったのよね?で、あんたはわたしが作った/作ろうとしていた「パラダイス」を拒否して
つまらない現実世界に戻したのよね?
「ハルヒ、よく考えろ。こんなのはどれも作り物の世界なんだ。現実じゃない。
現実の世界へ戻るんだハルヒ。どんなにつまらなくても」
「心配しなくていいわよ。今の世界だって十二分に退屈。もどりたいわ、実際」
「そうかい」
あんたはどうなのよ、キョン。美女二人に告白されたようなもんでしょ。
あたしともつきあってたわけだし。戻ったら誰を選ぶわけ?
「別に誰も選ばん」
相変わらず、失礼なやつね、キョン。
「キョン、あんた、影薄くなってない?」
「そうだな、薄くなってるのはお前の方だがな、俺から見ると、ハルヒ」
「有希、どういうことよ!」
「もうすぐタイムリミット」
何時の間にか、時計は進み、20:00が近付いていた。
「なんとかしなさいよ、有希」
「不可能。一人でも帰還を拒否すればそれで終り。そう言ったはず」
「みくるちゃんはどうしたのよ!」
「朝比奈みくるは自分の世界の彼とUSJに行った」
「なんですって、なんで止めなかったのよ!」
「...。」
「そう。有希も今のままでもいいって思ってるのよね!」
「ハルヒ、やめろよ。朝比奈さんはきっと来るさ」
「んなことわかんないでしょ!来なかったらどうするのよ」
「涼宮さん、来なかった場合は仕方ないでしょう。このままでも」
「古泉くんが一番戻りたいんじゃないの?」
「そうですが...。一番戻りたくないのは朝比奈さんでしょう?」
あと20:00まで5分。もう、キョンや古泉くんの体は完全に半透明で
向こうが透けて見える。
「時間切れだな。ハルヒ。じゃあな」
「ちょっと待ちなさいよ。あんた、さっきみくるちゃんはきっと来るって...」
そのとき、ドアを開けてみくるが飛び込んで来た。
「ご、ごめんなさい。時計が遅れてるのに気づかなくて!」
「いいのね、みくるちゃん、これで?」
みくるはちらっとキョンの方を見た。それから。
「はい。みんなでもどりましょう。もどってまた楽しく..」
「有希、どうすればいいの?」
「『元の世界に』と叫びながら手を合わせる」
「そんな恥ずかしいやり方しか無いわけ?他に方法が...」
「ハルヒ、20:00過ぎるぞ、いいのか?」
「解ったわよ!」
「元の世界に!」
古泉くんが言って手をあげた。
「元の世界に」
これはみくるちゃん。
「元の世界に」
これは有希。
「元の世界に」
ってキョン。
「ハルヒ、早くしろよ。それともこのままがいいのか?」
解んない、解んないのよ。
「ハルヒ!」
時計の秒針が20:00ちょうどを指した瞬間、あたしは自分がこう言っているのを聞いた。
「元の...世界に...」



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