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 突然だった。

「思いついたわ! SOS団に足りていなかったもの!」
 何だよ急に。
「あたしとしたことが盲点だったわ。二年近く前の時点ですでに核心からだいぶ離れてたのね」
 だから何がだ。
「キョン、覚えてる? あたしはずっと前にこう言ったわ。『恋愛なんてのは一時の気の迷いよ』って」
 確かに言ったな。同時にそんなもんに流されるバカじゃないとも言ってたが。
「そう! そしてそこに灯台の陰があったわけよ!」
 まわりくどいぞ。さっさと結論を言え。
「あたしは面白いものが大好きなの。そして、そのためなら普段敬遠するような要素が入っていようと構わない!」
 いつだったかつまらなかったと言ってた野球の大会に出たくらいだしな。
「……で? いい加減に教えろよ。何を思いついたんだって?」
 俺は言った。数分後には言わなきゃよかったと後悔していたが、この瞬間の俺には知る由もない。

「SOS団は期間限定で恋愛を解禁します!」


 ――メタ・ラブコメディ――


 俺はもう一度訊き返した。
「何つった今?」
「だから、SOS団内で恋愛を可とするの」
 俺は真顔でハルヒのくりっくりした両の瞳の奥にある得体の知れないブラックホールを見つめていた。
 意味が分からん。
 とうとう地球は壊れたのか? さんざんハルヒが法則やら何やらねじ曲げまくったせいで、いよいよ耐久指数を突破したのか?
「あんた、何ぽかーんとしてんのよ。この発見を素直に喜べないっていうの?」
 お前の発言に対して抱くべき感情が見つからないんだよ。それこそ太平洋全域をサルベージしたって出てきやせんだろう。
 あらためて言おう。意味が分からん。
 ゆえに、俺が次に言った言葉はこうだった。
「お前、熱でもあんのか?」
 まだまだ春までは遠い。さすがのハルヒと言えど、今年の大寒波にとうとう当てられてまいっちまったのか。そうだ。それなら納得もいく。正気で恋愛がどうのと言うハルヒなんぞ、豪腕豪打のメジャーリーガーがセリエAのメンバーになっちまう以上にあり得ん。
「ないわよ! ほら!」
「なっ!」
 ハルヒは突然自分の額と俺の額をくっつけて来た。何しやがる! つうか何だこの展開は。また宇宙人がどこかしらに介入だか改変だかを施したのだろうか。だとすればすぐさま長門に助けを求める必要があるだろうが。
「ほんと、いつも仲がいいわよね。あなたたち」
「いや! 誤解だ! これは何というかだな、その、行きがかりというか手違いというか」
 俺は慌ててハルヒから離れ、突然かかった声の主に釈明した。純然たる勘違いだ。どうも俺は都合の悪いシーンを誰かに見られるというギャグマンガのようなシチュエーションに陥りやすい体質らしい。
「誤解だ朝倉。お前の思うようなことは何一つとしてない! ないったらない!」
 そう。この絵に描いたような、そして同時に破り捨てたくなるような場面を目撃したのは帰ってきてまたもクラス委員長になった朝倉涼子である。朝倉は一度眉を吊り上げてまた戻し、
「ふふ、じゃぁそういうことにしておくわ。ま、わたしにはどっちでもいいんだけど」
 ウィンクすると席に戻っていった。俺はクラスを見渡す。谷口、国木田は二人で何やら机に向かって会話中だ。さしずめ谷口が次の授業で当てられそうなところを国木田に訊いてるんだろ。セーフ。
 長門……は文庫に目を通したままだ。ひょっとしたら見られてたかもしれないが、まぁ長門だし、誰かに言いふらすようなアホな真似はしまい。
 なぜ谷口国木田の次に長門に注目したのかは俺にだって分からないが、続けて「もうひとりの長門」
に俺は目を転じた。

 もうひとりの長門……由梨も姉よろしく文庫を開いたままだ。こうして見ると髪の色以外はまるっきり一緒だな。あ、同時にページめくった。
「キョン! よそ見してんじゃないの!」
 ハルヒに頬をつねられた。痛い痛い痛い痛い。
 俺が視線を戻すとハルヒはみるみる歪んだ笑みになり、
「あたしはいつも通りよ。むしろ、いつも通りの冷静な思考を保っているからこそ、この素晴らしいアイディアが生まれてきたってわけね」
 そうか。それじゃその素晴らしいアイディアとやらを忘れるために、今から狂ってくれ。
「いでっ!」
 ハルヒは俺に頭突きをかまして挑むような得意になるような上目で睨み、
「まぁとにかく! すべては放課後に明らかになるわ。お・た・の・し・み に!」
 何をどう楽しみにしろと言うのだろう。昨日一日静かにしてたと思ったら、もう何か思いつきやがったか。最近、思案→着想→実行のスパンがどんどん短くなっている。ひどい時は週に三回企画実行するってんだからこちとらたまったもんじゃない。ペースってもんがあるだろうが。もうちょっと落ち着いて何かするってんなら、俺もいくらか心に余裕を持って参加できるというものなんだがな。
 つい二日前に全校生徒から希望者と参加料を募っての朝比奈さんの抱擁争奪、校内カン蹴り合戦などという小学生でも考えないような遊びをやって卒業が近付いてきた愛らしい先輩を当惑させたばかりだというのに、ハルヒめ。

 年が明けて二週間ほどが経過していた。長門が消えるかどうかの瀬戸際だったあの一件からひと月、あれ以来校内に復活したらしいヒューマノイドインターフェースのうち三名がこの教室にいるってんだから、まったく普通のクラスとは縁遠い存在になっているなぁわが二年五組は。もっとも、そんな事実に気付いているのは俺とその三人だけだし、宇宙人がクラスにいることを奇矯だと思っているのは俺だけだろうがな。
 あれ以来、心をそら寒くさせる出来事はなく、ハルヒはすっかり元の調子を取り戻し、新たに六名となったSOS団は三次会までに及ぶクリスマスパーティや近所のダンス大会、大晦日イブに寺社に忍び込んで鐘をいくつつけるかゲーム、さらに翌々日何食わぬ顔でそれらの仏閣に初詣メドレー、などを行い、冬期講習なんぞにも行っていた俺はあわや疲労の極致で潰れる寸前であった。労災を請求したいところだが、SOS団に労働組合があろうはずもない。あったとしても労働法が適用されるとも思えん。

「やれやれ」
 と、すっかり使い慣れてしまった俺的常套句を吐いて、今日も部室のドアを開けた。
 すでにハルヒ以外の団員そろい踏みであり、
「あ、キョンくんこんにちは」
 と早速朝比奈さんが心温まるお声をかけてくださった。あとひと月と少しもしたら、放課後この声が聞けなくなるのかと思うと心が折れそうにもなるが、そんなことばかり言っていてもしょうがない。
長門の時と違って、存在そのものが消えてしまうわけではないのだから。出会いがあれば別れがある。
そう分かってるんなら、せめてその時まで思いっきり楽しむまでさ。ついでにそっから先もな。
「こんにちは。部室あったまってますね」
 と言って俺はパイプ椅子を引き出し、いつもの席に座った。
「はい。早めに来てストーブつけておきましたから」
 にこりと笑って朝比奈さんは言った。この時期、三年生はもう自由登校らしく、どうやら朝比奈さんはSOS団での放課後のためにわざわざ学校まで足を運んでくださっているようだった。それだけで大陸全土から感動の涙を集めて湖を作れるくらいのありがたさである。
 俺は緑茶を所望して、コンロに向かう朝比奈さんの背を見守りつつ視線を正面に移した。そこには見慣れた古泉一樹の微笑み顔がある。
「あなたの番です」
 盤面は古泉の歩兵が敵地たる俺の軍勢へと輝かしき第一歩を踏み出したところだった。
「先攻決めなんてしたっけな」
 と言って俺は古泉の歩と対角線の位置へ第一手を指した。古泉は笑みを絶やさず、
「毎回かなりの確率で僕が黒星を刻みますから、ハンデということでいいではないですか」
 そうかい。将棋で先攻が有利かどうかは知らんがな。二年近く古泉と将棋やチェス、オセロにダイヤモンド。バックギャモンにモノポリー、人生ゲームにツイスターと色々やって来たが、強くなっているという自覚はまったくない。試しに年明け妹とオセロしたらあっけなく負けたしな。三連敗。
 古泉が考えている間、俺は窓際の長門姉妹に目を転じた。丸テーブルに湯飲みが二つ。四角い窓の両脇に座る二人の少女の絵姿は、さながら彼女らが読む小説の一幕のようだ……って、あいつらが何読んでるのか知らんけど。
 向かって右にいる黒髪、妹の由梨が有希の終焉を告げに現れた時には肝を冷やしたが、遅れてきたニューフェイスも今やすっかりこの部室に欠かせないピースのひとつとなっている。そのへんのことについて本人がどこまで思ってるのかは推測するよりほかないけどな。まぁ推測だの解説だのという徒労は古泉に任せときゃいいだろう。頼まなくてもしゃしゃり出てきて案内するバスガイドのような男だからな。まともに付き合ってたら半日で終わる観光が説明のせいで一週間かかりかねないが。
 ぺら、ぺら、と続けて二人がページをめくり、ふと気がついて互いに顔を見合わせ、また本の世界に戻って行く姿は、何度見ても微笑ましい。
「楽しいことでもありましたか」
 そして俺の心の充足にいつも茶々を入れてくるのもこの対局相手だ。俺は両目を閉じて肩をすくめ、
「いいことがあったのはハルヒだな。今にここに来て――、

 バァン!

 狙ったとしか思えないタイミングでドアが開く。冬休み前に一度、年明けてからも一度修理の手が入っているドアはもうボロボロで、俺や古泉の付け焼刃日曜大工ではすでに直せる限界にきている。
そろそろ宇宙的テクノロジーの恩恵に預かるべく長門姉妹のどちらかに諸手を合わせる時かもしれんね。
「お待たせみんな! またいい考えが浮かんじゃったのよ、んっふっふっふー」
 鼻歌混じりでスキップ、ターンして団長席に座ったハルヒは、朝比奈さんに紅茶を頼んでゴキゲンのままパソコンを起動した。先日新型になったばかりのこのデスクトップ。もちろん出所はコンピ研なのだが、さすがに人並みの良心を持つ俺は部長氏に申し訳なく、差し押さえの際に心からの礼を言った。部長氏の言葉が蘇る。
「いいんだ。僕もそろそろ卒業だ。何だかんだキミたちの団には世話になったしな。まぁ、これが運命だったんだ」
 と、諦観気味の自嘲的返答をしてくれた彼の表情が、まだ思い出せるくらいには印象に残っている。
そろそろ受験本番ですが、頑張ってください。来年は俺たちの番か……。
 まぁ、新型パソコンの代わりと言っちゃ何だが、コンピ研に有希だけじゃなく由梨も行くようになったし、イーブンとはいかないまでもコンピ研にささやかな恵みあらんことを、と願う次第である。

 ハルヒは敬虔な信徒が毎日読経を欠かさないのと同じように、しかしそんな崇高なものとは似ても似つかぬ恒例電脳世界不思議発見ツアーを終えて顔を上げた。偶然目が合った俺にニヤリと笑みをよこすのが不吉の前兆である。えぇと、年明けに引きすぎたおみくじにはなんて書いてあったっけ?
「さて、それじゃみんな! 重大な発表があるから聞いて!」
 全員がハルヒを注目した。俺は鏡を見なくとも自分がどんな表情をしていたのか分かったが、他の団員は朝比奈さんが不思議そうな表情、古泉が微笑のまま、有希が首をわずかに傾けて由梨はそのまんま。つまり説明するまでもなく全員いつも通りの反応だった。
「SOS団は期間限定で恋愛を解禁します!」
 ハルヒは授業中の一幕と一字一句違わぬ宣言をし、しかし団員は誰一人としてすぐに反応することができなかった。先ほどまでと違い、古泉は一瞬だが片眉をぴくんとさせ、朝比奈さんは持っていたティーカップをカタカタ震えさせ、有希は傾けていた首をもう少し傾け、しかし由梨はそのままだった。ハルヒも団員の微かな様子の変化と共に相応の驚きを得られていることに気がついたらしく、満足げに頷いて、
「あたしね、まだ何かやってないことがある気がしてたのよ。それも思いもよらぬところに忘れてきてたものよ。考えたら高校生活ももう半分以上過ぎちゃってるわけじゃない? みくるちゃんや鶴屋さんなんてもう少ししたら卒業よ? 一度しかない高校生活、今さらだけど忘れていたものを取り戻すために、団員の間での恋愛を認めようと思うわけよ」
 ……徐々に着想のディテールが明かされ始め、俺も他の団員と同様呆れと諦めをミックスさせた形容しがたい表情に変化していく。あぁ、鏡を見なくとも分かるさ。この表情筋の感覚。ハルヒが何か言ってのけるたびに顔面が硬直したようになる感じ。何でこんなところに敏感になっちまったんだろうなぁ。俺の神経は。
 で、何だって? 午前中と同じ感想をまた言いそうになっちまうな。
 ハルヒ、熱でもあるんじゃないのか? と。

 熱。あながち間違ってはいなかった。天下のSOS団団長、涼宮ハルヒがウィルスや病原体に敗北を喫したとかそんなことじゃ断じてないが、ハルヒの急な恋愛熱がウソじゃないらしいと、俺は数日の内に痛感することになる。
 ハルヒは説明を続ける。
「期間は一週間! それじゃ短いって思うかもしれないけど、あくまでゲームだからね。あんまり開催期間が長引いちゃって間延びしても興ざめってものでしょ? それじゃルールを言うわ。期間中に女子団員は男子団員、つまりキョンか古泉くんにアプローチを仕掛けるの。仮にどっちもタイプじゃなかったとしてもよ。ここ重要。負けたときにキッツい罰ゲームを受けたくなかったら、本気で勝負に臨むことね。いい? 特にみくるちゃん!」
 マシンガントークでまくし立てていたハルヒは、突如朝比奈さんに人差し指を突きつけた。当の朝比奈さんは空になったお盆を抱えて暖かい部室で生まれたての子鹿ばりに震えだした。
「えっ、えぇぇ……あのぅ、その」
「分かったわね?」
 熟練の巧による業物より切れ味鋭いハルヒの視線をまともに受けた朝比奈さんは、直後、
「は、はいぃ!」
 脅迫でハルヒを訴えたら俺は証人になってやれるな。もちろん心優しすぎる朝比奈さんがんなこと思うはずもないが。そういや未来の裁判制度はどうなってるんだろう。
「で、一週間経った時点で古泉くんとキョンのそれぞれに誰が一番高感度高かったかを訊いて、選ばれなかったら罰ゲーム! 順当に行けば二人勝ちで二人負けね」
「ちょっと待てよ」
 俺が挙手と同時に発現した。ハルヒが何か言う前に尋ねる。
「それじゃ俺と古泉は参加しないってことか?」
 ハルヒは得意気な顔を崩さぬままで、
「そ。言わばあんたたちは審判ね。公正なジャッジをしなさいよ。じゃないと罰金と罰則ね」
 審判を脅す選手がどこにいるのだろうか。いや、ここにいるんだが、こいつ以外に思い当たらん。
「僕からも質問です」
 古泉が同じく挙手をした。
「なぁに古泉くん?」
「一週間経ったら、僕たちは必ずどなたかを指名しないといけないんですか?」
 ハルヒは一瞬だけ口角を下げ、
「ん、そうだけど、何か問題あるかしら?」
「いいえ、何でもありません」
 古泉は柔和に笑ってハルヒに手を振った。ハルヒは間もなく元の表情に戻り、
「ゲーム開始は明日! 戦法は自由だけど許すのはキスまでね」
「ぶほっ!」
 盛大にむせたのは俺である。お前! 今何つった!?
「だから、キスまでならOKって言ったのよ。何か問題ある?」
 青信号を片手上げて渡ってる時くらいに自信満々な面持ちでハルヒは言う。
 何考えてんだ? いくらゲームとはいえ極端にもほどがあるだろう。


「正直に言いますと、今回ばかりは僕にも彼女の思惑が読めません」
 下校途中の古泉の台詞である。こうなるとお前だけが頼りだったのに、ダメか。
「ご存知の通り、涼宮さんは恋愛に関してはなるべく距離を置くように自ら心がけていたはずです。よもや急にあのような提案をするとはね。僕にも予想がつきませんでした」
 何か不穏な気配がしたりはしないか。
「彼女の心理状態がいつにもまして良好なことだけは保証できます」
 マジか。てっきり精神病……そうだ、あいつはいつだったか恋愛を精神病の一種とかレッテル貼ってたくらいだぞ。
「高校生活は二度とないから恋愛のひとつもしておくべき、ですか。確かに、彼女を知る者にとってもっとも予想外の行動であるのかもしれませんね」
 ハルヒは先頭で有希と何やらしゃべっている。その後ろでは由梨と朝比奈さんが並んで氷のような空気を醸成していた。冬は冬でも彼女たちの間限定でシベリア直送の風が吹いているかのようである。
 予想外の行動――確かにこれ以上の予想外はそうそうないだろう。去年の二月。ハルヒは朝比奈さんと長門を引っ張って、恐ろしく回りくどい方法で義理という名の贈りものを俺と古泉にくれたが、あれは俺が予想していなかっただけで、ハルヒらしいといえばハルヒらしい。だが今回のはとうとうトチ狂ったとしか思えないぶっ飛びっぷりだ。あいつの主観が冷静と言えど、他の人間に狂っているとしか思われないのであれば、やはりあいつはどっかのヒューズが飛んじまったんじゃないだろうか?
「古泉、正直に言ってくれ。お前、このゲームについてどう思う?」
 そう言うと古泉は一度俺と視線を交わし、先頭にいるハルヒと有希を見てから、
「正直に、ですか? うーん、そうですね。けっこう楽しみ、と言っておきますよ」

 かくして信じられん一幕が始まってしまったのである。
 それがいかにあり得ないものだったのかは、翌日からの俺がどんなことに巻き込まれたかを見てもらえればすぐに分かる。
 本日の使いどころはここだったようだからもう一度言っておこう。
 やれやれ。
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