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海だと? 海なら去年も行っただろうが。しかも2度も。
 わざわざ重大発表と大々的に言う程のモンでもないんじゃないのか?

「甘いわね、キョン」
 すぐさま俺を指さして言い返してきた。

「今度あたしたちが行くのは、鶴屋さんが持ってるPBよっ!!」
 ……得意気に言うのはけっこうだが、PBってなんだ?
「Pretty Boy──」

 今古泉が視界の隅で目を光らせながら、ボソッとなんか言ったような気がした、いや、気のせいだろう。
 そういうことにしておこう。人間知らないほうがいいこともある。
  
 朝比奈さんもよくわからないのか、キョトンとしている。

「やっぱりあんたはバカねぇ、キョン。
 PBって言ったらプライベートビーチに決まってるじゃないっ!!」
 呆れながら言うハルヒ。続けて

「もちろん行くわよね? どうせ暇なんでしょ? キョン」
 暇じゃなかったらどうだと言うんだ。
「はいはい、じゃあ参加と。古泉君もOKよね?」

 相変わらず都合の悪い話は聞かないヤツである。古泉は得意の営業スマイルで
「ええ、特に予定もありませんし、泳ぐのは好きなので」
「みくるちゃんは? 当然行くわよね?」
 ズイズイと朝比奈さんに詰め寄る。
 もしその手に持ってるハリセンをまた朝比奈さんに振り下ろしたら、
 今度こそ俺の捨て身のフライングクロスチョップをお見舞いするぜ。

「ぁ…はい~、大丈夫ですぅ~」
 そう返した朝比奈さんは、既に半ベソ状態であった。
 一応受験生なのに……。大変ですね、あなたも。
「有希は?」

 ──いつもなら秒殺の一言「ない」が炸裂し、ハルヒの「よね」で終わるところだ。しかし、

「え??」
 目を丸くする長門。ハルヒは一瞬だけ、いぶかしげな顔をしたが、

「聞いてなかったの? 週末海に行くから予定どう? って聞いてるのよ」
「え……あの……わたしは……」
「はっきりしないわねぇ、水着なら今度あたしが選んであげるから」

 もはや「行く」ってのがハルヒの中で確定してしまったようだ。
 そもそもコイツ相手に迷うような仕草なんてなんの意味もないのだ。

 朝比奈さんはと言うと、今の2人の会話を聞いて、その麗しい大きな瞳をより一層大きくし、口をあけたままだ。
 どうやら、今気づいたらしい。長門の異変に。
 てっきり俺より先に気づいてると思っていたが……もうちょっとしっかりしてください、未来人さん。

「というわけで、全会一致でPBにお邪魔する事になりました~! それでは……」
 ハルヒは部室のドアの方に向き直り、大きな声でこう叫んだ。
「鶴屋さ~んっ!!」
 勢いよくドアを開け、今回の俺達のツアーコンダクターご本人様が入場してきた。

「やっほ~~っ!それではっ!ちょっとお邪魔させてもらうよっ!」
 いつか国木田も言ってたが、ものすごいテンションだな、いつも。

「まぁ~、PBって言ったって大したトコじゃ~ないんだけどねっ!
 みんなで遊べるくらいの広さはあるっさ~。
 海岸がキレイだから、あたしは好きなんだけどねっ!」

 この後約10分近く説明があった。
 話をまとめると、この学校の最寄駅から電車で2時間くらいの距離らしい。
 1泊でも長く滞在したいというハルヒの強い希望により、金曜日の夜8時に駅前集合に決まった。
 ……要するに学校終わってすぐ家帰って即来いって事だ。やれやれ、忙しい。

「それじゃあそういう事だから、みんな水着とか準備のほう、よろしくにょろ~」
 そう言って鶴屋さんは出て行こうとしたのだが、ふっと何かに気づいたような顔をすると

「そうそう、ハルにゃんちょっと話があるっさ~、ちょっと来てもらっていいっかな~?」
 ハルヒの手を取って部室の外に連れ出して行ってしまった。

 よし──
 とりあえず俺にとって今の状況は非常に好都合だ。
 この場にハルヒがいないってのは、な。
「長門」
 びくっと身体が動き、本から俺に目を向ける長門。
「ちょっと」
 えっと、この場合なんて言えばいいんだ? お前を問い詰めたい、じゃおかしいしな。
「……話がある、外に来てくれないか?」
 少しの沈黙。こんな事ハルヒがいる前で言ったら……ああ、想像するのはやめておこうか。
「ここではだめ?」
 早く続きが読みたいのか知らんが、あまり外に出たくないようだ。

 ああ、2人だけで話がしたい、だめか?
「あ……」
 そう言うと、雪のように白い長門の頬に少しずつ朱が指してきた。
 自分でもそれに気づいたのか、とっさに俺との目線を外し、俯く長門。
 ん?俺なんか変な事言ったか?

「長門?」
 返事を促す俺に、微弱にだが確かにコクンとうなづいてくれた。
「よし、それじゃついてきてくれ」
 古泉は『あなたにお任せします』と言った表情だ。
 朝比奈さんもなぜか少しドギマギしつつ『よろしくお願いします』って感じか?

 ……何をしようとしてるのかって?
 そりゃもちろん──

 長門の記憶が、俺達のそれとどう食い違ってるのかってのを、まず確かめるのさ。
 それが、コイツを元に戻す手がかりになればいいんだが。

「ちょっ……! 違うわよ! 鶴屋さんっ!!」
 ドアを開け廊下に出ると、聞き覚えのある大きな声。
 見ればハルヒが顔を赤くして何か言ってるようだ。
 なんだ、すぐそこで話してたのか。鶴屋さんはというと、いたずらっ子のような顔をしている。
 なにやってんだ?

 2人はすぐにこちらに気づくと、
「おぉっとっ! 出歯亀はよくないにょろよ~キョン君っ!?」
 そういってハルヒの手を再度つかみ、またどこかへ行ってしまった。
 やれやれ、ひょっとしてなにか2人で、ろくでもない事を企んでやがるのか?
 ……まぁいい、今はこっちのほうが重要な問題だ。

 旧館裏。ここなら人も滅多にこないし、いいだろう。
 さて、どこから話そうか?
 1mくらい距離をあけて俺の前に佇む長門。

 その大きな瞳の奥にはなぜか、覚悟めいた表情も少し伺えるが、気にせず俺は話を始めた。
「覚えているか? ちょうど一年前に、コンピュータ研の部長がいなくなった事」
「覚えてる」
 どうやって解決したのかってのは覚えているか?
「……」
 長門は答えない。と言っても答えられないのではなく、
 何を言ってるんだこの人は。とでも言いたそうな表情だ。
 すまん、全然意味のわからん質問かもしれんが、俺には重要な事なんだ。
 教えてくれないか?

「……」
 少しの沈黙があったが、長門は目を伏せつつ答えてくれた。のだが……
 ──やはり、俺達との記憶にあるシチュエーションとは異なっていた。

 野球は0-0で迎えた最終回に俺がサヨナラヒットを打って勝ち、
 カマドウマの件は部屋にソレが出たショックで、1週間ほど部長さんが実家に帰っていただけだった、らしい。

 わかった、ありがとうな、長門。
長門はキョトンとし、
「それだけ?」
 それだけって?
「……」
 今度は逆に俺が問われる立場になっていた。
 それだけと言われてもな……。

「……」
「……」
「……ああ、それだけだ」
「……そう」

 長門はそう言うとさっさと部室のほうに戻っていく。
 その顔には俺じゃなくてもわかるような怒りの表情が浮かびあがっていた。
 貴重な物を見たようで眩暈がしたが、怒らせてしまったようだ。
 そりゃそうか、くだらない質問をされにこんな場所まで来させられちゃあな。
 ……あとで謝っておこう。

 それにしても──
 長門を元に戻す手がかりなんぞ、結局何もつかめなかった。

 が、絶望するにはまだ早い、そうだろう?
 俺にはまだ奥の手が残っている。

 そう。
 長門がこんな事態になっているにもかかわらず、俺がどことなくのん気に見えるのは
 まだソイツが残されていたからだ。

 ソイツは俺が困った時、必ず助けてくれた。……ちょっと探すのに、手間がかかるがな。
 ……部室の他の4人になんて言い訳しようか考えつつ、俺はゆっくり部室へと足を向けた。

「キョ、キョン君っ!? なにやってるんですかぁ~?」
 朝比奈さんが震えた声で俺に問いかける。
 それもそうだろう。部室に戻ってきた下級生が、いきなり本棚を荒らしているのだから。

 しかもそれが20分以上も続くと、事情を知らなければさすがに俺でも心配するだろう。

 ああ、ちょっと探し物です、すいません、すぐ片付けますので。
 笑顔で返事をする俺。さすがに信じられないのか、俺を見る目が明らかな恐怖の色だ。
 黙ってはいるが、古泉ですらうっすら冷や汗をかいている。
 ちなみにハルヒは戻ってきてなかった。鶴屋さんとまだ2人で話しているのだろうか?
 まぁ、そのほうが好都合だがな。あいつが帰ってくる前に見つけておきたい。話がややこしくなるからな。
 
 ……正直、2人には真実を話して手伝ってもらえばいいのかもしれないが、俺は誰にもこの事を言いたくなかった。
 なんていうか、この事は長門と俺だけの秘密というか……まぁとにかくそんな感じだからだ。

 俺がまたハードカバーの1冊を取りぱらぱらめくっていると、小さな長方形の紙切れが足元におちた。 

 ──あった。
 すぐ拾い上げる。花のイラストが入った栞だ。間違いない。
 俺達の絶対防衛線、その裏を──見た。


 『鍵を作れ。 1/32』

 ……
 ……えっと……
 ……
 ……先に謝っておこうか……
 ……
 ……すまん長門。今回はだめかもしれない……。
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