「ここは……どこだ?」

 見渡す限り、全てが暗闇に覆われた空間。
 今俺は立っているのか? ひょっとしたら浮いているんじゃないのか?
 それすらもわからない。そもそもなんでいきなり、こんなところにいるんだ?
 
 なんなんだここは? 閉鎖空間か??
 ……
 ガシャンッ!
 ……
 ……
 前方がフイに明るくなる。光の元を探すと、一箇所にだけ明かりが照らされている。
 そうだな、ここから距離にして、10mほどだろうか。
 その光に照らされた先には……白い布のようなものを被り、佇んだ人影が1つ。
 オバケ? なのか?

 白オバケ(俺が勝手に命名)は、ほとんど向こうを向いてしまっていて、
 正面がどうなっているのか、あまりわからない。
 かろうじて、右の目の部分に穴が開いているのが見えた。
 おそらく左の目も同じようになっているのだろう。

 とりあえず今の手がかりはアイツだけだ。
 としたらやる事は1つしかないだろ?

「おい! ここはどこなんだ!? おい!!」
 精一杯の声で白オバケに向かって何度も叫んでみる。だが聞こえてないらしく、全く反応がない。
 そっちに向かって走ってみる。……が、一向にヤツとの距離が縮まらない。
 やがて俺は息をきらしてそのまま立ち止まってしまった。

 ちくしょう、どうすりゃいいんだ?

 白オバケは右手(布の中なのでおそらくだが)を目の前まで真っ直ぐ上げ、そこで停止した。

 なにをするつもりだ? もうなにがなんだかわからない。
 とりあえず俺をここから出してくれないか?

 ……相変わらず反応なし。こんなところに飯なんてあるはずもないし、俺、このまま死ぬのか?

 そんな事を考え始めている時だった、白オバケの身体が急に光り始めた。
 最初はぼんやりとだったが、時が経つにつれ、その光はどんどん強くなっていく。

「おい! なにするつもりなんだ! おい! 聞こえないのか!」
 その光のせいで最早まっすぐソイツを見ている事ができなくなった俺は、
 片手で目を覆い、もう片方の手で必死に白オバケを捕まえようと手を伸ばす。

 返事ナッシングの白オバケは強い光を帯びたまま、俺に気づいたのか、こちらを振り向k……



 ガタン!!!

 ……頭が痛い。ゆっくり目を開けると、自分の部屋の天井が見える。
 どうやらベッドから落ちてしまったらしい。
 
 ……夢……か……。

 それにしてはリアルな感じだった気がする。
 しかし、我ながら変な夢を見ちまったもんだ。
 もしフロイト先生が今の時代に生きていたら、ぜひ相談してみたいね。

 布団に戻りながら時計を見る。まだ午前4時を過ぎたばかりくらいだった。
 起きてる時間がもったいない、俺はすかさず二度寝を開始した。

「珍しいわね、遅刻ギリギリじゃない」
 頬杖をついたまま、席に座ったばかりの俺に後ろからハルヒが話しかけてきた。
 まさか、今朝見た夢のせいで目覚めが悪かった、なんて口が裂けても言えるわけがない。
 ガキじゃあるまいし。
 まぁ、たまにはな。
「へぇ~? 怪しいわね」
 目を細めながら口元を緩めるハルヒ。
「どうせあんたの事だから、今日は妹ちゃんが起こしてくれなかったとか、
 変な夢を見たとか、そういうくだらない理由でしょ?」

 大変失礼な事を言ってくれる。たまにはぎりぎりまでゆっくりしたい日もあるってだけだ。
「あっそ」
 口をへの字にしてそう俺に返すと、また窓の外を見始めた。
 ……まぁ実際、後者は正解なわけなのだが。
 相変わらず、妙なところで鋭いやつだ。今に始まった事じゃないがな。
 
「は~……」
 鞄の中身を机の中に入れていると、不機嫌そうなハルヒの溜息が聞こえた。
「退屈」
 
 そう、この日もこんな、何事もない1日だった。

 ……はずだった。

 ──放課後

 部室に入る前にノックをし、マイエンジェル朝比奈さんの返事がない事を少し残念に感じつつ、
 ゆっくりドアを開いた。
 中にはパイプ椅子に座って、いつものように難しい本を読みふけっている長門有希の姿があった。
「よぅ」
 いつものあいさつを交わした俺だったが……

 次の瞬間、俺は自分の目を疑うことになった。なぜかって?
 その長門が、微笑を浮かべながら小さく俺に会釈し、こちらを見つめていたからだ。


 とりあえず後ろ手に扉を閉めた。どうした? 長門? 俺の顔に何かついてるか?
 ペタペタ顔を触る俺に
「違う」
 一言だけを俺に返し、また本に目を戻す長門。
 万年無表情のお前が微笑を浮かべているなんてよっぽど俺がおかs……

 微笑を浮かべた長門?
 ……既視感にかられた。ちょっと待て!

「おい! 長門!」
 びくっとして俺をおそるおそる見てきた。
 ──ああ、すまん、いきなり大きな声を出したりして悪かったな。
「ちょっと、聞いてもいいか?」
 黙ってうなづく長門。その両目にはありありと恐怖の色が濃く出ている。
 ……そんな表情は、お前には似合わないはずなのに。

「お前は人間ではなく、宇宙人に作られた対ヒューマノイドインターフェースだ。
 魔法みたいな力も使える、そうだよな?」

 またデジャヴだ。こんな事を言っている俺にコイツは……
 長門は、明らかに変な顔になっていった──

「違うのか?」
「ごめんなさい、わたしは知らない」

 ある冬の日に俺が聞いた時と、全く同じ回答。
 まさかとは思ったが、ここまでくれば、おそらくもう間違いないだろう。
 メガネこそかけていないが、長門は、ハルヒが消失した時の、
 
 あの長門になっていた。

 落ち着け、とりあえず落ち着いて考えるんだ、俺。
 長門はまだ少し困惑したような顔をしていたが、俺がいつものパイプ椅子に腰掛けると
 もう興味がなくなったのか、本の続きを読み始めた。

 ──まず、前回のようにハルヒがいなくなったわけではない、
 ついさっき授業終了のチャイムが鳴るまで、俺の後ろに座ってたんだからな。
 当然、朝倉涼子もいなかった。
 俺が教室から部室に来る間に世界が改変されたって可能性も0じゃないが……。

 
「こんにちわ。……おや? 考え事ですか?」

 ドアが再度開いたのに気づかなかった、古泉がそう言いながらニヤケ顔でこちらを見ている。
 ……ちょうどいい。古泉、話がある。
「そうですか。奇遇ですね、僕もあなたにお話することがあったのですよ」
 言いながら前髪を指で跳ね、鞄を置くと再びドアを開いて俺を外へと促した。
 俺達は自動販売機の方に足を向けた。

「お前は大丈夫なんだろうな?」
 ジュースを買って椅子に腰掛け、話を始める。
「大丈夫、とは?」
 もしやと思うが……
 結局俺は、カマドウマや草野球の話を一からコイツに話す事になった。

 ……
 ……
「これではっきりしました」

 俺の話を黙って一通り聞いた後の、コイツの第一声がこれだった。
「僕もあなたと全く同じ記憶を持っています、これが作られた記憶である可能性はゼロではありませんがね」
 禅問答はいい。それに、俺の思い出は俺だけのモンだ。誰にも操作なんてさせねぇぞ。

「おそらく、朝比奈さんや涼宮さんも同様の記憶をお持ちでしょう、だとすれば」
 俺の避難をかわすように話題を変え、
「長門さんだけが変わってしまった、と考えるのが妥当です」

 誰の仕業だ? 情報統合思念体の過激派とかの仕業か? それとも長門の親玉がやったことなのか?
 雪山で遭難した時のように、未知なる宇宙人の攻撃か?

 かぶりをふって一呼吸置いた後、ニヤケ顔をやめた古泉は静かに
「わかりません。ただ、僕の立場からひとつ言える事は──」
 言葉を一旦切る古泉。言える事は?
「機関はしばらく静観するという選択肢を選んだ、ということでしょうか」

 ……要するに見てるだけって事か。
「仕方ありません。我々の元々の存在意義は、涼宮さんのニキビ治療薬でしかないんです。
 長門さんの性格が変わってしまったからといって、特になにもできるわけではないんですよ」
「言われてみればそうだな」
「それに、誰の仕業かもわからないのに、うかつに動くのも……というのが機関の本音ですね」
 自分の所属先の事だというのに、まるで他人事のような言い方をする。

「それでですね、僕からもあなたに1つ、お願いがあります」
 ほう、まぁ内容次第だな。
「簡単ですよ。今回の事で、早まった真似だけはしないでくださいね」

 まるで俺が何かしでかすような言い方だな。
「前向きに検討しておこう」
 政治家のような発言をした俺に
「それで充分ですよ、ありがとうございます」

 そう言うと古泉は立ち上がり、飲み干してしまったコーヒーの缶をくずかごに捨て
「さて、長々と話してしまいましたね、そろそろ戻りましょうか」
 その顔にはすっかり、いつものニヤニヤスマイルが張り付いていた。

「おっそーーいっ!! 3分も待ったわよ! キョン! 古泉君!」
 団長席でパソコンをいじっていたハルヒは、
 俺達は部室に戻って来たのを見るや否や仁王立ちし、手を腰に当ててそう言った。

 ──やはりハルヒは、いなくなってなどいない。まずここで一安心といったところだろうか。
 いやまぁ、長門がこんな事になっているし、それどころじゃないってのはわかっているが。
 それにしても、ハルヒは長門の異変に気づいていないのか?

 朝比奈さんはというと──まだ来ていないようだ。
 こんな時せめて、古泉なんぞとは全くレベルも次元も違う
 あなたのエンジェルスマ~イルで、少しでも安らぎを得たかったんですが……。

「すみません、あまりにも外が暑いので、たまにはジュースでも、と」
 笑顔を崩さず古泉が平謝りする。相変わらずのハルヒに対する低姿勢ぶりはさすがとしか言いようがない。

「それで、あたしにはお土産はないわけ!? キョン?」
 ハルヒさ~ん? どうしてそれを俺にだけ言うのかなぁ~?
「まったく! 気が利かないんだから」

 さっきから俺達のやりとりをおどおどしたような顔で見つめていた長門だったが、
 俺の視線に気づくや否や、頬を少し赤らめ、すぐに開いていた本に目を戻した。

 以前も感じたが、そんな仕草をする長門はちょっと──いや、かなりかわいいと思う。
 実際照れ屋なのか注目されるのが苦手なのかはわからんが。
 こうしていると普段の稲妻のような読書速度も、こころもち落ちているような気がする。
 
「んもうっ! みくるちゃんはまだなの!? 今日は重大発表があるっていうのにっ!」
 そう大声で叫ぶハルヒによって、俺は現実に引き戻される。
 腕を組んだまま、アヒルのようになったその口から、プリップリ怒っているのが丸わかりだ。
 それにしても重大発表ときたもんだ、何かまたろくでもないことを思いついたか。
 
 ヘタをすれば閉鎖空間の原因になっていたかもしれない未来人こと
 朝比奈さんはその30分後くらい後にやってきた。

「すみません~、3年生は今まで、テストが…その…あって…」
 やはりハルヒとは違う、なんというか、その温かみのある話し方もステキです、朝比奈さん。

「そうなの? ならちゃんと事前報告しなさいっ!」
 罰ゲームとでも言いたいのか、手に持ったハリセン(どこから持ってきた?)で朝比奈さんの頭を軽く叩くハルヒ。


「ぅぇ~、ごめんなさい~」
 朝比奈さんは素直に謝った。テストなら仕方ないですし、全く気にしなくてもいいですよ。
 ハルヒよ、もっかいやったら許さんぞ、その場で乱闘だ、大乱闘スマッシュブラザーズだ。
 朝比奈さんを守るためなら、俺は性欲だってもてあましてやる。

「意味わかんないわよ、バカキョン」
 呆れた顔をしながら冷たいツッコミを入れないでくれ。
 
 ひとつため息をついた後、全員を見渡し、今度は目をキラキラさせながら
「それでは! 今日は重大発表があります!」

 本当はまだ長門に聞きたい事が色々あるのだが……
 そんな事はおかまいなし、天上天下唯我独尊女は
 おどおどしている人数が2人に増えたこの部室で、こう言った。

「今週末! 海に行くわよ!!」


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