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──エピローグ──

 次の日、長門が部室に顔を出した。
 俺はわかっていたことだが、あえてそこで初めて再開したかのように驚いた振りをした。
「両親の転勤が急遽変更になった。"プロジェクト"が変更されたらしい。わたしの転校の話
もなかったことになり、またここに再編入することになった」
 長門がいつものように淡々と状況を説明し、そしてちらりとこちらに意味ありげな目線を
送った。
「よかったわね! キョン! 有希が帰ってこれて! ちゃんと魔法陣の効果があったのね!
すごいじゃない!」
 ハルヒの明るくまぶしい笑顔は単純に長門に再会できた喜びに満ち溢れていた。
 俺はというと……複雑な気持ちでそれを見守っていた。
 ハルヒは知らない。結局俺の気持ちがまだ固まっていないということを。昨日、長門と再
開したときから俺の心はまた大きく揺れ動いていることを。
 そんなことがバレた日にはどうなるかわからない。
 とにかく長門が帰ってきたおかげで、SOS団にまたいつものあやふやな日常が戻ってき
たのだ。


 その後、古泉が詳しい事情を聞きたいとしつこかったので、暇なときにかいつまんで説明
してやった。もちろん誰とキスしたかなんて話は隠蔽するが。すると古泉は嬉しそうにご自
慢の推理力を働かせ、俺に解説をしてくれた。
「おそらく長門さんがまたここへ来たのは、再度涼宮さんから噴出し始めた新しい種類の情
報フレアの観測でしょう。これでまた自立進化への可能性が開けたのですからね」
 情報統合思念体とやらはどこまでもそのためだけに行動してるのな。なんつうか身勝手な
存在だな。
「もしかしたら最初からこうなることを予測して、長門さんを消したのかもしれませんね。
もしそうだとするとあなたは情報統合思念体にも認められた存在ということになります。す
ごいことですよ。自分の存在に絶対の自信を持つ超知的生命体を認めさせるなんて」
 ちっとも光栄じゃないね。勝手なことばかりしやがって。心も持たないで何が超知的生命
体だ。逆に俺は長門の親玉の存在なんて認めねえよ。
「なんにせよ、僕のバイトもまだ到底終わりそうにありませんね。昔はこの仕事が死ぬほど
嫌だった時期もあるのに、今はなぜだか嬉しくて仕方ありません。なぜなんでしょうね。こ
のことが僕の進路に響かないといいんですが」
 古泉がさわやかに微笑んだ。初めてこいつの素顔を見た気がする。こうしてみるとやっぱ
りなかなかの好青年だ。

「ところで、今回解決していない点が2つあるんです。お気づきになりましたか?」
「何がだ」
「一つ目は長門さんの文字認識能力を奪ったコードが書かれた本のことです。あなたが12
月21日に遡行し、その時間に置いてきたおかげで、その本は12月21日からあなたが時
代遡行を行う日までの時間を最低一回ループするのですが、いったい誰がその本を最初に
書き換えたのでしょうか。もちろんループは一回とは限りませんが無限ではないでしょう。も
しそうでしたら本が風化してしまいますからね。そして長門さんに関する形跡が消されてし
まっているのですから、本を置いたのは長門さんではないことは確かですよね。さらにコー
ドの書かれていない方の本が消えているんですね。これも不思議です。長門さんが持ち出し
た本なら、長門さんがどのように処分しようとしても、元の位置に戻るはずです。しかし、
あなたが発見したのは部室にあった一冊だけ。これはなぜでしょうか?」
「そ、それは……」
 あ、あれ? じゃあ誰だ? あんなものを作れるのは長門以外いないと思っていたが、そ
れはありえないのか。
 そういえば長門は文字が読めなくなった原因は誰でもないと言った。少なくとも自分では
ないと。
「それと長門さんの読んでいた本に挟まれた栞ですね。おそらく同じ人物の仕業ではないか
と思いますが、心当たりはありますか?」
 ない……。俺は知らない。ポケットの奥を探るとシワシワになった栞が出てきた。
 朝比奈さんと朝倉に意味が伝わり、無事にその役目を終えることの出来た栞だが、これを
誰が俺のために残してくれたのかを俺は知らない。
 まさか、また他でもない俺自身が行くとかいうんじゃないだろうな。
 過去に俺が行った記憶がないということは、未来の俺か? 今度はそのコードを手に入れ
るところからまたやるのか?
「頑張ってくださいね」
 古泉の笑顔がいつもの憎たらしいニヤケ面に戻っていた。
 長門以外のTFEIに会って、コードを作成してもらって、さらにまた時間遡行を繰り返
せ……ということか?
 どうすりゃいいんだよ……。長門以外に宇宙人の知り合いなんていないぞ。これから知り
合うのか?
 朝倉みたいな急進派じゃないといいんだが……。
 いかん……俺の将来はまだまだ波乱に満ちているようだ。

 数日後、俺は自分の進路希望調査票に書かれた『大学進学』の文字に二重線を引いた。
そしてその上から大きな字で二文字だけ、『未定』と書いて提出した。
 提出のついでに、俺は先に提出してあった長門の進路調査票を覗き見した。なに、ちょっ
と心配になっただけだ。決してスケベ根性ではない。
 そこには長門の字らしく明朝体の綺麗な文字で、『文学の研究を専攻し、将来は作家にな
りたい。そのために文系国立大学への進学を希望する』と書いてあった。
 本気か? 宇宙人でも小説家や絵本作家になることができるのだろうか。それに長門の文
章力は以前機関誌を作ったときに見せてもらったが、あれを読んでうまい文章だというのは
少し無理があったように思える。内容のせいもあるが。うーん……。
 俺は長門の進路を少し心配しつつも、そういう長門がぜひ見てみたいと思っていた。
 いつの日か、長門の書いた絵本か小説を読ませてもらえる日が来るのだろうか。楽しみで
ある。
 長門の進路調査票を見ていて俺はあることにふと気づいた。
 長門の文字はいつものように綺麗なワープロ文字のような明朝体であったのだが、名前欄
のところだけが違っていた。
 男が書いたかのように、太くて角張った、ややゆがんだ文字。
 そう、それはまるで俺の書いた字そのものであった。


 なお、喜緑江美里さんという存在を俺たちが思い出すのは、もう二ヶ月先の話である。
 なぜ思い出せなかったのかはわからない。本当に申し訳ない……。


 ──ユキのえほん──
   ───完───


参照:「スノーマン」レイモンド・ブリッグズ作/絵
   「星の王子さま」アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ作/絵
   「ナインチェ」ディック・ブルーナ作/絵

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