長門ふたり

第七章 ラストバトル

涼宮さんが僕を『好きになる』という珍事が終息してから数週間後の日曜日、
長門さんは僕達を呼び出した。「僕達」というのはいうまでもなく、涼宮さんを
除く、SOS団の面々である。思えば、長門さんがふたりになってから、既に数ヵ月が
経過していた。いろいろなことがあった。世界の改変、彼の二重化、未来からの刺客と
情報統合思念体が放った暗殺者。最初はあまりにも異常と思えた長門さんが二人いると
言う状況にも、僕等は何時の間にかなれてしまい、あたりまえに感じるようにさえ、
なり始めていた。もともと、長門さんは人間ではないのだし、これが涼宮さんが二人とか、
朝比奈さんが二人、とかいうことになるとなかなかきびしかったかもしれないが、
長門さんだとそれなりに許されてしまう。人間とはいい加減と言えばいい加減なものだ。
今回の呼び出しもまた、何かの「事件」の発端であることは間違いないだろうけど、
しかし、それはそれ、これはこれだ。もはや、僕達は長門さんが一人になって欲しい
(つまり、どっちかの長門さんがいなくなって欲しい)とさえ、
切実には思わなくなり始めていた。
だから、呼び出されてもそれはそれほど不安だったわけではなかったが、
ただ、集合場所が気になった。
マンションではなく、いつもの喫茶店だったのだ。これは長門さんのうちどちらか
一人しか来ないことをほぼ確実に意味していた。なぜ、一人だけ?
なぜ、喫茶店で?嫌な予感がした。

喫茶店に着くと、そんな心配はおくびにも出さずに、
僕は作り笑いを浮かべながら席についた。
既に僕以外は皆集合していた。最後について場の雰囲気に合わせるといういつもの目論見はとりあえず、首尾よく開始されたわけだ。
僕の前に彼、横は朝比奈さん、彼のとなりに長門さんAが座った。「で、長門、なんのようだ?」
「緊急事態」
「えー、それってなんなんですかー」
「今まで、わたしはみんなに嘘を言っていた。今から本当のことを言う」
「長門、何言ってるんだ?」
「私が世界を改変して自分を変えたとき(わたしが二人になるまえに起きた、
最初の改変の時のことを言っている)、
わたしは、蓄積したエラーが、世界を改変させた、
と言った。前から解っていたが、対処できなかったとも。あれはみな、嘘。
わたしは実際には自分からエラーを切り離し、消去することに成功していた。
問題は、消去されたエラーが別人格として甦り、本体のわたしを倒したこと」
「何、いってるんだ長門?」
「あなたが改変世界でであった長門有希は私ではない。
あなたが刺されたとき、朝倉涼子を呼び出したのもわたしではない。
あなたが、校門の前で、改変直後に装置をつきつけたのもわたしではない。
改変世界にわたしはいかなる意味でも存在していなかった。
全て、わたしの切り離されたエラーのしわざ」
「しかし、長門さん、そのようなことはいまいまでも一度も...」
「嘘をついていた。他に選択肢はなかった。今、わたしがふたりいるのもそのせい」
「じゃあ、どっちかひとりはエラーからできた長門さんなんですかー」
「そうではない。『あれ』が復活するとき、わたしはその復活を止める力が無かった。
できたことは再度エラーを取り込んで自己を二重化し、
エラーの効果を薄めることだけ。
だから、いままではエラーは別人格を持つことが無く、致命的な闘争は起きなかった。
でも、それももう、限界。エラーはもう一人のわたしに再集中し、
もう一体を完全に支配した。あれはもうすぐ行動を起こすはず」
僕は頭がパニックになった。一度も聞いたことがない衝撃の真実。
世界改変をおこなったのは長門さんではなく、
エラーそのものだったとは。そして、それが今また、
具現化しつつある。が、彼は落ち着き払っていた。
「で、長門、そいつは何をやらかすんだ」
「それは不明。再度、世界を改変するかも知れない」
「止められないのか?」
「不可能ではない。その場合、我々が二人とも消滅する可能性がある」
「なんだって、やめろよ、長門。そこまで自分を犠牲にすることはないぞ」
「他に方法がない」
「じゃあ、なぜ僕達をここに呼んだのですか?」
「お別れを言うため」
既に朝比奈さんは涙をぼろぼろ流して泣き始めていた。さすがの彼も
顔面蒼白だ。僕は作り笑いをあいかわらずうかべてはいたが、
まったくひきつっていなかったという自信はもはやなかった。
「そんなこというな、長門。俺はいったはずだ。おまえがいなくなることなど
許さないと」
「これは情報統合思念体の問題ではない。わたしの二重化が情報統合思念体
のミスにより生じた、というのも嘘」
場を沈黙が覆った。僕は聞いてみた。
「で、長門さん、『あれ』の目的は何ですか?」
長門さんは答えなかった、代わりにじっと、彼の目をみつめた。
「いってみろよ、長門。なぜ、答えない?」
長門さんは答えた。
「あなたを手に入れること」
彼が息を飲むのが聞こえた。
「あれは、あなたの周囲に涼宮ハルヒがいない世界を作りたい。
あれは、あなたの周囲に朝比奈みくるのいない世界を作りたい。
あれはあなたがあれだけのことを想い、あれの想いどおりにあなたが
動く世界が欲しい」
彼の顔は今や紙の様にまっしろだった。
「長門」
「何?」
「俺が改変世界であった、泣いたり笑ったりする長門は、俺のことを恨んでいたのか?」
「....。」
「俺が、あの長門じゃなく、この長門を選択したことを恨んでいたか?」
「あなたの責任ではない」
「俺は、あのとき、最初におまえが世界改変をしたとき、てっきり、おまえを元に
戻すために東奔西走しているのだと思っていた。だが、違ったんだな。
俺は知らないうちに、二人いるうちの一人を選んでいたんだ。
人間的な喜怒哀楽を兼ね備えた長門じゃなく、無表情で無機的なこの長門の方をな」
「あなたは悪くない。あなたは何も知らされていなかった。全て、私の責任」
「長門、正直言うと、俺はずっと、あの改変世界でであった、喜怒哀楽のある長門が
どうなったのか気になっていたんだ。おまえが仕組んでくれた脱出プログラムを
俺が起動した後、あの世界がどうなって、あの長門はどうなったのかってな。
だから、これは俺の問題なんだ。長門、もう一人の長門に会わせてくれ。
俺は責任があるんだ」
長門さんの答えはこうだった。
「それはだめ。わたしはいったはず。他のヒューマノイドインターフェイスが
あなたを襲うようなことはわたしがさせない、と」
僕が覚えているのはそこまでだった。

気がつくと、僕等3人は仲良く、
くだんの喫茶店の椅子で眠っていた。僕は彼に起こされたのだった。
「おい、古泉」
「あ、長門さんは?」
「わからん。気づいたらいなかった」
「今、何時ですか?
彼は時計を見た。
「まずいな。1時間以上たっているぞ」
「行きましょう」
「そうだな」
「朝比奈さんは?」
「このままにしておこう。連れていっても気の毒なだけだ」
「そうですね」
僕と彼は喫茶店を飛び出すと長門さんのマンションに向かった。
マンションに着くと、彼はキーパッドを叩いて長門さんを呼び出した。
返事は無い。
「くそ!」
扉をこぶしで叩く彼。
「こんなときに!」
「ちょっとどいて頂けますか?」
僕は彼に変わってキーパッドに向かうと暗証番号を打ち込んだ。
マンションのドアは音もなく開いた。
「おまえ、なんで」
「『機関』の実力をなめてもらっては困りますね。これくらい朝飯前です」
「いそごう」
僕と彼はエレベーターに乗ると、長門さんの部屋に向かった。
「長門、長門、ここを開けろ!」
激しくドアを叩く彼。当然のごとく、何の返事もない。
「くそ!」
彼はドアを体当りで破壊しようとした。
「ここには長門さん達はいません」
「何、じゃあどこに?」
「というより、この時空間にはいない、といべきでしょうね」
「じゃあ、閉鎖空間か?」
「その様なものですね」
「入れるのか?」
「やってみることは」
「行こう!」
驚いたことに彼は自分の方から僕の手を握って来た。
「どうした、何を待ってる?」
「中に入っても戻って来られるとは限りません。
また、僕の超能力(ちから)が向こうで有効かどうかも不明です」
「だからなんだ?」
「平たく言うと生きて戻って来られないかも知れません」
「構わない」
僕は躊躇した。僕は彼よりはずっと、自分の生命に執着がある。
「古泉、よく考えろ。おまえの使命は、究極的にはこの世界の改変をふせぐことだろう。
もし、エラーが実体化した長門が勝ち残ったらどうなるんだ?あれは
確実に世界を再改変するぞ。それでもいいのか?」
「ですが、我々が行ったところでどうなるものでも」
「なるさ。『あれ』の目的は俺なんだ。俺なら事態を収束できる」
彼はじっと僕の目を見た。手を握る力をぐっと込めて来た。
「信じて、いいんですか?」
「ああ。信じろ」
正直言って、僕は誰かを信じて自分の命を預けるって柄じゃあない。
が、合理的に考えて、今、僕等がここにとどまり、「あれ」が勝利したら、
どっちにしろこの「僕」はいなくなるわけだ。だったら、ここに留まるのも
同じ様に危険だ。
「解りました。信じましょう。目をつぶってください」
僕は目を閉じた彼を連れて、長門さん達がいる時空に足を
踏み入れた。途端に襲って来る衝撃波。
「うわっ」
僕と彼は激しく飛ばされると嫌というほど床に体を打ち付けた。
「!」
息が詰まった。が、彼は果敢にも立ち上がるとこう叫んだ。
「長門、待て、やめろ、ちょっと聞いてくれ」
ふとみると、二人の長門さんがねじくれた混沌とした時空の中で
向かい合って立っていた。二人の体には無数の槍が突き刺さり、
体からは滝の様に出血していた。正に死闘。
「あなたはきてはいけないと言ったはず」
「そうはいかない、長門。どっちがどっちだ。本当ことを言え」
僕は思った。長門さん達が本当のことを言うわけは無い、と。
が、僕は間違っていた。一方の長門さんが言った。
「わたしが本物。彼女がエラー」
もう一人の長門さんはじっと彼をみたまま、否定しなかった。
彼は、エラー長門に歩み寄ると話始めた。
「長門、俺を覚えているのか?」
「覚えている」
「俺に入部届けを渡したことを覚えているか」
「勿論」
「あのあと、おまえはどうなったんだ?俺がプログラムを起動した後」
「何も起きはしない。あの後のわたしは存在しない。プログラムを起動したとき、
世界の改変は終了した」
「そうか。済まなかった。おまえがおまえじゃないと俺はあの時は
知らなかったんだ」
「仕方がないこと」
「長門、こんなことはやめてくれないか。
俺のために世界を変えたりするのもやめてくれ」
「それはできない。わたしはあなたが欲しい。
あなたといたい。わたしを作ったのは『長門有希』のあなたへの想い」
本物の長門さんが言った。
「『それ』と会話してはいけない。『それ』は忌まわしいもの。
捨てられたもの」
『それ』は答えた。
「彼女こそ偽善者。自分の中の想いを直視できずに切り捨てて
わたしをつくり出した。わたしこそ、彼女の本心。あなたが欲しい」
「これ以上、話し合っても無駄。やはりあなたを消去する」
「望むところ」
二人の長門さんはまた身構えた。
「待て、ちょっと待て、長門」
そういうと彼は、『それ』に向かってこう言い放った。
「いいよ。俺をとっていけ。俺はおまえのもんだ」
「待ってください、あなたは自分の言っていることが解ってるんですか?」
「おまえは黙ってろ、古泉!」
何を考えているんだ、彼は。
「長門、良く聞け。あの時は二者択一だったし、どっちが『本物』かは
明らかだった。だから、な、長門、あのときはあっちでのおまえを選択するっていう
選択肢はありえなかったんだ。そのために世界を改変させたままにはしておけない」
『それ』は彼をじっと見た。
「だかな、長門、今は違う。違うってことを俺は学んだんだ。
また、俺を二人作れよ。この前みたいに。で、一人を連れていけ」
「正気ですか?あなたは自分の言っていることがわかってない」
「わかってるさ。なぜ、いけない?俺は別に改変された世界の長門が
嫌いだったわけじゃない。更に言うならな、古泉、ハルヒとくっついてる
あっちの世界のおまえも嫌いじゃなかった。
こっちにいるおまえみたいに複雑な人生を生きているわけじゃないからな、
あっちのおまえは。もっとまっすぐだったよ」
「しかし....」
「冷静に考えろ、古泉。俺は死ぬわけじゃない。
こっちにはこっちの俺が残るんだ。もうひとりの俺はあっちで生きる。
あっちにはおまえもハルヒをいるんだ。またSOS団を作るさ。
朝比奈さんがいないのはちょっと寂しいけどな」
「...」
「彼の言っていることは論理的」
本物の長門さんが言った。
「長門さんまでなんてことを言うんですか!」
「冷静になれ、古泉。誰も犠牲にはならない。やれよ、長門」
『それ』は彼に近付くと、彼に手をかざした。ぶーんという音とともに
彼の輪郭がぼやけ、つぎの瞬間には彼は二人になっていた。
一方の彼が、もう一人の彼に言った。
「変な感じだな」
「そうだな」
「どっちが行く?」
「意味がないだろ、そんなこと」
「そうだな」
「俺が行くよ。おまえが残れ」
「ああ」
「行こうか?」
彼は『それ』の手を取った。
「!」
僕は何か言おうとした。何を言おうとしたのか。自分でも
解らなかった。つぎの瞬間には僕は彼と長門さんと3人で長門さんの
殺風景なマンションの部屋につっ立っていた。
「終わったのか?」
彼が聞いた。
「終わった」
長門さんが答えた。
「行こう」
長門さんと彼は部屋を出ていったが、僕は去り際に部屋を振り返らずには
いられなかった。
「何してる、古泉。いくぞ」
そのとき、僕は悟った。これからも毎日の様に、この「彼」に僕は
会うだろう。だが、あの「彼」に会うことは二度と無いんだ、と。

エピローグ

長門有希は彼と腕を組んで歩いていた。自然に笑みがこぼれ、
何の苦労もなく、彼の腕に頭をもたせかけ、彼の体温を楽しんだ。
幸せだった。こっちの世界の涼宮ハルヒにも、古泉一樹にも会った。
彼らがわたしや彼の言ったことを信じたかどうかは解らない。でも、
彼らは笑って面白がり、これから作るグループを「SOS団」と名付けることに
反対しなかった。涼宮ハルヒは
「さあ、これから面白くなるわね。『あっちの世界』のあたしに
負けてられないわよね!」
とさえ言った。彼らと私達の学校は違ったが、そんなことは問題じゃなかった。
SOS団は不滅なのだ。
それでも、長門有希はこう尋ねずにはいられなかった。
「ねえ、キョン?」
思えば、向こうの世界では彼をこう呼んだことさえなかった。
「なんだ、有希?」
彼にこう呼ばれたことも。
「後悔してない?」
「何をだ?」
「こうなったこと」
「してないさ。するわけがない」
でも、長門は不安だった。だからこう聞いてしまった。
「このわたしとあっちのわたしとどっちが好きだった?ね、
本当のこと言って」
彼は答えた。
「ばかだな。どっちも好きだよ。だからこうしたんだ。
普通の男は同時に別の人間とつきあったりできない。俺は
ラッキーだったよ」
「でも」
「もう、やめろよ。おこるぞ」
彼はそう言うと向き直り、肩を抱くと唇を近付けて来た。
わたしは目を閉じると黙ってそれを受け入れた。
幸せだった。絶対に得られないと思った幸せが今、ここにあった。
「幸せになろうな、有希」
彼が言った。長門はうなずきながらあっちの世界の長門を
思った。この喜びを決して得ることができない、単なる観察者の長門を。
ちょっとだけ、彼女が可哀想に思えた。


おわり




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