※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

寒気もいよいよ深まり、街路にイチョウの黄色い葉も舞い散る昨今、
皆様は健勝でお過ごしですかな。
それにしても日本の四季の移り変わりというのは、まったく
美しいものでございます。中東や東欧の諸国で多く年月を過ごした
この身には、秋から冬へゆったりと移り行く一時の景観が、
ひときわ感慨深く映りますな。わたくしがこうして、
この国で過ごせる日々がまた訪れようとは…。

おっと、失礼。自己紹介がまだでしたな。わたくし、一介の
執事兼ハイヤー運転手兼…まあ、言うなれば便利屋のような者で、
名を新川と申します。只今もわたくしのお仕えする上司の下へ
愛車を走らせている所です。

目的地が見えて参りました。瀟洒な赤レンガの門構え。良家の
息女らが通われる一貫教育校のキャンパスでございます。
外壁沿いには既に、何台もの送迎車が列を成しておりますな。
わたくしと同様の黒塗りのセダンや、高級外車も珍しくありません。
いつもの定位置に車を停めるとややあって、終業を告げる
鐘の音が鳴り渡りました。まもなく通りはにぎやかな
学生たちの歓声で溢れ返る事でしょう。

ハンドルに白手袋を掛けながらしばし待つと、やがて学生たちの
群れの中に、上司が姿を現しました。襟元にファーの付いた
アンゴラコートを清楚に着こなし、口元に片手を添えて
学友がたと軽やかに談笑しつつ歩んでくるその人が、わたくしの
直属の上司、森園生様でございます。
いささか童顔の彼女が、その実は『機関』の実働組織ASALT
(Anti-Suzumiya=haruhi-Active-
Leading-Team/対涼宮ハルヒ能動応接部隊)の
最高現場責任者であり、ひそやかに世界の命運を担う一人だとは、
おそらくあの学友がたは夢にも思わない事でしょうな。

「じゃーねー、ソノちゃん!」
「うん、また明日~」

溌剌とした笑顔でひとしきり学友がたに手を振った後、森様は
車に乗り込んでこられました。後部ドアを閉め、
シートに深々と身を沈めて、目を瞑り――再び双眸を開くと、
森様はがらりとその雰囲気を変えられます。

「出せ、新川」
「はっ」

ふーうと大きく息を吐きながら、肩が凝ったとばかりに
森様は大きく腕を回されました。

「お疲れ様でございます」
「たわけ、疲れるのはこれからだ。学生生活はあくまで
 カモフラージュ。こちらが本業なのだからな」

悟ったような事を言いながら、しかしバックミラー越しに、
森様はじろりとわたくしを睨まれました。

「とはいえ、面倒である事には変わりない。貴様の進言だから
 順守しているが、な」

仰せの通り、森様やわたくし、古泉など、ASALTのメンバーは
大半が『機関』構成員と世俗との二重生活を送っております。
これは、専門職特有の“匂い”を消すためです。たとえば傭兵など、
その筋の人間というのは、ある種独特の雰囲気をどうしても
漂わせてしまうものでして。

今さら言うまでもございませんが、我々『機関』の存在意義は
閉鎖空間への応対を始めとして、S対象こと涼宮ハルヒが
世界を書き換えてしまうのを阻止する事にあります。
その有効対処手段として、S対象に娯楽を供与する作戦案が
しばしば採られますが、その際に彼女に不信感を抱かれてしまっては
本末転倒です。我々はあくまで介添え役、その為に普段は
日常生活に溶け込む事を心がけております。
なにしろこの日本では、あまり殺伐とした空気は浮いてしまう
ものですからな。我々の任務は時に己の生命をも賭けるものですが、
その世界に浸りすぎる訳にもいかない、という事です。

もちろん二重生活というのはその分、背負い込む厄介事も
増える訳ですが。しかし先程の森様のボヤキは本心からではなく、
おおよそわたくしへの当て付けでございましょう。彼女の能力ならば
学生業など、片手間にでもこなせるはずです。

僭越ながら年の功という物で、わたくしもこれまでに何人かの
若者を指南して参りましたが、その中でも森様はまさしく
天分の才を備えておいででしたな。
わたくしが『機関』の命の下に森様をお預かりしてわずか数年ですが、
もはや教授すべき事柄は、ほとんど無くなってしまいました。
徒手格闘や銃火器の扱いこそ、まだ遅れは取らないつもりでおりますが、
戦略面の立案、指揮等では、既にわたくしを凌駕しているでしょう。
これほどの逸材にお仕えし、教鞭を執る機会に恵まれたのは、
わたくしにとって望外の喜びでありました。
最初に『閉鎖空間』やら『神人』やらの話を聞かされた時は、何の冗談かと
眉をひそめたものですがね。今では自分が『機関』の一員である事に、
また森様の補佐役である事に、誇りを抱いておりますよ。

ただ、まだ少しばかり歳若いせいでしょうか。それとも、彼女の
生来の気質なのでしょうかな。森様は時折、茶目っ気が過ぎると申しますか、
人をからかって楽しむきらいがございまして。
バックミラーをちらりと覗いて、わたくしは小さく嘆息いたしました。
いつの間にやら、森様は下着だけのあられもない格好を
鏡面上にさらしておいでだったので。

「森様、いつも申しておりますが…。車中でお着替えになられるのは
 どうかと」

「ふん、時間を有効利用しているまでだ。それに、あんな
 ほわほわした服で支部に乗り込めるか。現場の士気に関わる」
「それはそうでございますが」
「だいたい、何の為の遮光ガラス仕様だと思っている。こういう
 用途の為だろうが。
 ふふん、それとも何か? 貴様、私の肢体に欲情でもしたか?」

冷笑を浮かべた森様は、ガーターベルトからすらりと伸びる
黒のストッキングの爪先で、わたくしが頭を預けるヘッドレストの
横合いを、トントンと叩いてみせました。
まさしく扇情的な光景でございますが、いや年寄りをからかうのは
程々にして頂きたい。こうしてわたくしを挑発して遊ぶのが
彼女の常でして、この点ばかりはなんとも困ったものでございます。

もっとも激務の中で、これが彼女なりのストレス発散方法では
あるのかもしれません。S対象の居住区の程近くに在る、『機関』の
前線支部ビルの地下駐車場に車を停めた頃には、森様はきっちりと
ビジネススーツに着替えておられました。
ほんの数十分前、大学生としてはまだあどけなくさえ思えたそのお顔が、
今この場では凛として剽悍に見えるのが今さらながらに不思議です。

「行くぞ、新川」
「はっ」

マゼンタレッドのタイトスカートの下、カツカツとヒールの音を
響かせながら、森様は統括司令室へと闊歩して行かれました。

司令室、と言うと物々しい響きがありますが、実際はそこいらの
社長室とたいして変わりはございません。この支部自体、
外面上は中規模の会員制フィットネスクラブとして登録されております。
常に『機関』構成員の何人かが詰めていて、突発的な閉鎖空間の
発生に備えている訳です。
まあ、地下駐車場のさらに下層には射撃訓練場なども備わっている辺りが、
周囲のビジネスビルとは少々趣の異なる点ですかな。

その統括司令室にて、革張りのソファーに身を埋めた森様は、
ファイリングされた書類を吟味しておられました。
この冬の長期休暇期間に、S対象を閑暇させないための新たな
作戦提案書です。やがて読み終わったそれを、森様は
無造作に机の上に放ります。

「新川、貴様はどう思うか」
「左様でございますな。大過ないかと」
「よし、古泉を呼べ」

ほどなくして丁寧にドアをノックする音が響き、学生服の
柔和な青年が入室してきました。

「古泉一樹、参りました」

「ん。今回の貴様の計画書だが」

重厚な黒檀の机の上に置かれた書類をパシンと片手で叩いて、森様は
事務的に彼に告げられました。

「承認しよう。夏の孤島に続いて今回は冬の山荘というのが
 貴様らしいというかベタすぎる気もするがな。まあ
 気の済むようにやってみろ」
「ありがとうございます。では詳細が決まり次第、追ってご報告を」

如才なく一礼をして、古泉は退室しようとします。が、森様の声が
それを遮られました。

「待て。話はこれからだ」
「はい?」

振り返った古泉に、机の上に両肘をついて指を組み合わせた森様が、
含みありげに笑いかけます。
その笑みに、わたくしは何となしに悪寒のようなものを覚えました。と、
この感覚を鋭敏に察知なされたのか、森様は傍らのわたくしを
ちらりと見やって、それから話を切り出されます。

「山荘は、鶴屋家の物を借り受けるという話だったな。で、
 鶴屋家の令嬢も貴様らに同道すると」
「ええ、その予定です」
「ちょうどいい機会じゃないか、古泉。貴様、鶴屋をたらし込め」

「…はあ、鶴屋さんを。それはそれは」

あまりと言えばあまりに突拍子もないこの物言いに、さすがに古泉も
困惑を隠しきれない様子です。それでも微笑を絶やさないのは
さすがと言うべきですかな。

「そう面食らう事もあるまい。元来、貴様が北校へ送り込まれたのは――」
「涼宮ハルヒをたらし込んで骨抜きにしろ、と、あなたに
 そう命令されたからでしたね」
「その通り。S対象がいかに神与の能力を秘めていようと、所詮は
 年端もいかぬ少女。恋愛方面に興味の大半が向いていれば、
 おのずと世界を崩壊させる危険性は減ずる。
 貴様もその旨は承知したはずだな?」

ぶしつけな森様の問い掛けをかわすように、古泉は大きく
肩をすくめてみせました。

「ええ。しかしながらあいにくと、僕が出向いた時にはもう“彼”が
 鍵として選ばれていましたけれどね」
「その件に関しては了解している。こちらの計画とは違ったが、
 現状でS対象が安定しているならば異論はない」
「ではなぜ改めて、僕に鶴屋さんへアプローチせよ、と?」

古泉の質問を、森様はふっと冷淡に笑い飛ばされました。

「貴様なら、とうに察しは付いているだろうが。鶴屋家は『機関』の
 重要なスポンサーであり、その後継者と親しくしておく事は
 『機関』の安寧につながる。違うか」
「ごもっともです。けれど鶴屋家側から見れば、そういった
 調略めいた動きはかえって要らぬ警戒心を招いてしまうのでは?」
「だから、だ。いいか古泉、これは命令ではない」

そう前置きして、森様はニヤリとほくそ笑まれます。

「あくまで貴様の自由意志だ。年頃の男女が時節を共にする内に
 相愛に至ったとて、何の不思議もあるまい?」
「ははあ。なるほど、そういう事ですか」

相変わらず困ったような微笑を浮かべながら、しかし古泉は
得心した様子で頷きました。

「分かりました、鋭意努力してみましょう。鶴屋さんが、いろんな意味で
 魅力的な女性であるというのは事実ですしね。
 ただし涼宮さんの例に漏れず、今回も僕が袖にされる可能性は
 無きにしもあらずです。どうぞ過分な期待はなされないように。では」

一礼して、今度こそ退室する古泉。その背中をニヤニヤとした顔で
見送られる森様に、わたくしは小さく嘆息いたしました。

それからしばらく後、森様が小休止を取られている間に、わたくしは
トレーニングルームへ、正確にはそこに居るであろう彼の下へ
向かいました。

「精が出るな、古泉」
「おや。僕に何かご用でしょうか、新川さん」
「うむ。少し時間を取れるかな」

ルームランナーを降り、タオルで汗を拭う古泉を、わたくしは
軽食コーナーへ誘いました。

「先程の、森様の提言だが」
「鶴屋さんをたらし込め、というアレですか?」
「うむ。こう言っては何だが…まともに取り合わなくても
 構わない。場合によっては、わたくしから森様に反訴する」
「それはまた、どういった風の吹き回しで?」

興味深げに訊ねてくる古泉に、わたくしは重苦しく頷きます。

「森様の意見は、確かに理に適っている。理には適っているがしかし、
 人の道理からはいささか外れているだろう。
 強いられた恋愛感情など、所詮、軋轢しか生み出さないものだ」
「はあ。鬼の新川教官からそのような配慮を頂けるとは、
 思いもよりませんでしたね」

鬼の新川教官、か。内心で苦笑しつつ、わたくしは言葉を続けました。

「森様がああなってしまわれたのは、わたくしの教育が
 至らなかった面も多々あるからな。彼女の司令官としての資質に
 入れ込むあまり、人道的な配慮に欠けてしまった。
 閉鎖空間が頻発していた数年前ならともかく、S対象が安定した
 兆候を見せる昨今、そこまでカツカツとする必要もあるまい」
「…………」
「恋愛感情をすら道具として見なすような、森様には
 そういった物の考え方にばかり染まってほしくないのだ」

『機関』の任務は確かに重要ですが、それだけのために人生を
費やされるというのもどうかと思われますからな。いや、これは
若かりし日々を硝煙の中で過ごし、青春と呼ばれる時を無為にした、
わたくし自身への戒めなのかもしれません。
そう告げると、スポーツドリンクの紙コップを手にした古泉は、ふむうと
何やら思案顔を浮かべました。

「そういう事なら新川さん、僕からひとつ提案があります」
「提案?」
「ええ。要は、森さんが自分の人生に幸福を見い出せるようになれば
 良い訳ですよね?
 ならば話は簡単です。他でもないあなたが、男性として
 彼女を満たしてさしあげればよろしいのですよ、新川さん」

「わたくしが? 男性として?」

この唐突な意見には、わたくしも思わず声調を乱してしまいました。
これほど面食らったのは、はて、何年ぶりでしょうか。

「何の冗談かな、それは」
「いたって真面目なお話ですよ。僕も一介の若輩者に過ぎませんが、
 涼宮さんの傍にいて、それなりに理解した事があります。
 他人の恋愛に関与したがる人は、実は自分自身が恋愛的に満たされたいと
 願っている、という事です。
 つまりは、涼宮さんが“彼”の存在で安らぎを得たように、
 森さんにも相応しいパートナーを配偶すればいい」

ううむ。見解としては、一理あるやもしれません。が。

「だが、そのパートナーがなぜわたくしなのか。第一、森様と
 わたくしとでは親子ほどにも…」
「男子は18歳以上、女子は16歳以上。それ以外に、この国の法で
 結婚に関する年齢の制約は無いはずですよ?
 ましてや、恋愛の形は自由です。国籍、人種、性別の差をすら
 超越した例はごまんとあります」
「…………」
「肝心なのは、相手に愛情を持てるか否か、です。僕の見知った限り、
 森さんが敬意を抱いている男性は、新川さん以外には
 あり得ないのですけれどね」
「しかしだな、わたくしはあくまで森様の部下であって…」

「ふふ、まあ行動に出る、出ないは新川さんの自由です。
 僕と鶴屋さんが付き合えば『機関』にとって都合が良い、と森さんが
 仰ったように、森さんと新川さんがお付き合いしてその結果、
 森さんが今よりもう少し穏やかになってくれたならありがたい、と
 僕もそう考えたまでですから」

にこやかな笑顔でそう言うと古泉は立ち上がり、飲み干した紙コップを
ゴミ箱へ片付けました。

「ああ、そうそう。鶴屋さんの件ですが、まずは僕なりに
 アタックしてみますよ。
 僕も、人並みに恋のひとつも経験してみたいですしね。
 森さんの命令、もとい提言は、臆病な僕の背中を押してくれる
 適切なアドバイスだとでも思う事にします」

そう言い残して、古泉は再びトレーニングへ戻って行きました。
ふむ、彼もずいぶんと頼もしくなったものですな。
『機関』に属する前の、貧弱でひねくれた坊やだった頃が
嘘のようです。老いては子に従えとは――この場合は
教え子ですが――よく言ったものですな。

しかしながら森様の件に関しては…いやはや、年寄りを焚き付けるのは
勘弁して貰いたいものです。確かに性格に少々難はありますが、
それでも森様は見目麗しき才女。わたくしのごときロートルに今さら
出る幕などございませんよ、ははは――。


☆ う ら ば な し ☆

「しゅ、首尾はどうだった、古泉っ!?」
「それとなく話は振っておきましたよ。新川さんもあからさまに
 拒否はしませんでしたし、脈はあると思っていいんじゃないですか」
「む。そ、そうか、よし!」
「…こんな小細工を弄するくらいなら、素直に告白して
 さっさとくっついちゃえばいいと思うんですけどね、僕としては」
「それが出来れば苦労せんわっ!
 し、下着姿をちらつかせてみたって、素知らぬ顔をしてるし…」

「あまりあからさまに誘われると、かえって引いちゃうんですよ
 男心というのは。特に新川さんは、律儀な昔気質の人ですからねえ」
「そこが良いんだっ!」
「はいはい。今回の計画では、ちゃんと1日丸々お二人だけの時間を
 都合しますので。どうぞうまくやってください。
 そうですね、過労で弱ったフリをして、看護からなし崩し的に
 コトに及ぶというのはどうですか? “彼”もそうですが、新川さんも
 無下に人を突き放せないタイプですから。
 先に既成事実を作ってしまえば、後々また迫り様もあるでしょう」
「ふーむ、そうか、そうだな。弱ったフリをして庇護欲をそそり、
 なし崩しにコトに至る、と。メモメモ…」

「ただ新川さんの場合、はたして男性として機能するのかという点が
 少々憂慮されますけどね。年齢的な面で」
「大丈夫だろう、格闘戦でもそこいらの隊員など歯牙にもかけないんだ、
 まだまだイケるはず!
 それでなくともわたしの愛で 勃 ち 上 が ら せ て み せ る ッ !」
「まあ理論上、男性には閉経期はありませんし。どうぞ
 お好きなだけ励んでください」
「ん、身ごもってしまいさえすればこっちのものだからな!
 よーっし、やるぞー! 園生がんばる!」
「ふぅ~、しかしどうして僕の周りの女性というのは、こう一癖も
 二癖もあるような人ばかりなんでしょうか。このままでは
 本当に女性不信に陥ってしまいそうです。とほほ…」


はてさて結局の所、SOS団冬合宿と称して涼宮ハルヒ率いる一行が
雪山へとやってくる大晦日イブの、さらにその前日。
鶴屋家所有の別荘にて、二人きりで過ごしたその一日の間に、
いったい何があったのやら、なかったのやら――
それは読者の皆様のご想像にお任せする所でございます。はい。



雪の山荘空白の一日   おわり
|