第六章 ラストイブ

あれから帰宅した俺たちは警察に息子の捜索願いを出した。USJではぐれて
夜になっても戻って来ないと。警察はよくあるハイティーンの家出だと思ったのだろう。まともな捜査などしなかった。勿論、何ヶ月経っても息子
は帰って来なかった。
息子の病気のことは誰れも知らなかったから、俺たちは突然の不幸に見舞われた
夫婦と言うことになったようだ。


ハルヒがろくに嘆き悲しまなかったのでなんて冷たい母親だと
思った奴もいたみたいだな。本当のことを知っているのは俺とハルヒとそれから
娘だけだった。娘は前言をひるがえして、両親とのイブのUSJ詣でに再参加する
ことに決めたようだった。ボーイフレンドがどう説得しようと、イブにUSJに
家族と行くという一点だけは絶対にゆずらなかった。それで何人かの彼氏とは
破局も迎えたようだ。ま、年頃の男にとってイブをすっぽかされてるような
恋人じゃあまわりにしめしがつかないってのはあっただろうな。

俺たちは家族3人でイブにUSJに行き、長門と息子に会った。
相変わらず、長門は本を読んでいるだけだったが、息子は俺達に会うと
この一年間のことを尋ね、俺やハルヒと会話をし、それから閉園時には別れを惜しんだ。
娘はイブにすっぽかしても怒らない彼氏をみつけ、そのうち、そいつと結婚し、
やがて子供が生まれるとさすがにイブのUSJには来なくなった。
俺たちは変わらず、二人でイブにUSJに行き、長門と息子に会う生活を続けた。
「あたしは間違っていたわ」
あるとき、ハルヒが言った。
「あのとき、あの子が有希といっしょに行かなければ、あの子はもうとうに死んでいたのよね。でも、そのおかげで一年に一回だけでも、あの子に
会える。その方がずっと
良かったわ。あんたと有希が正しかったのね、結局」

息子と有希がいっしょになってから30回目のイブが来た。
「そろそろよね」
70を越えてとうに仕事からも引退し、すっかり年老いたハルヒはある日言った。
「30日、経つのよね」
「そうだな」
55回目のイブのUSJ訪問の日、長門は言った。
「話がある」
俺と長門だけが他の二人と別れて散歩に出た。
「あなたの息子は今日の午後5時に死ぬ」
「そうか、その日がとうとう来たのか」
「望むならもっと生きられる」
「なんだって?」
「彼の思考パターンを読み取って、情報として蓄える。
彼は情報空間の中で永遠に生きられる」
「お前といっしょにか?」
「そう」
すっかり老人となった俺と高校生のままの長門のペアはきっと孫と
おじいさんの組合せにしか見えなかっただろうな。
「息子はなんといってるんだ?」
「言ってない。あなたから話して」
俺はもどるとハルヒに話した。
「有希、それがあなたの望み?」
「そうではない、全てはあなた次第」
「あんた、あの子と何かしたの?」
「あなたが想像するようなことは何も」
「まったく。こんな可愛い娘と一ヶ月も一緒にいたのに
手も出さなかったのね、あの子は」
長門はいつもどおり、無表情に俺たちを見返すだけだった。
「もういいよ」
息子は言った。
「そんなに長く生きてもいずれ、僕の知っている人は誰れもいなくなる。
有希姉だって、かあさんが死んだら用済みなんだろ?」
そうか。ハルヒが死ねば、長門は待機モードでいる必要もなくなるのか。
長門はその答えを聞いて残念に思ったのだろうか?さすがの俺も
今度ばかりは長門の表情が読めなかった。


その日の午後5時、息子は逝った。
「ありがとう、楽しかったよ。生まれて来て良かった」
どこまでもかっこつけた奴だなお前も。もっと泣いたりわめいたりしても
よかったのだぞ。息子の亡骸は長門に託した。いまさら、高校生の
ころのままの息子の死体なんか持ち替えったら、とんでもないことになるからな。

帰りの電車の中で隣に座ったハルヒは珍しく、頭を俺の肩にもたせかけて来た。
「もう、あの子はいないのね」
「そうだな」
「いけない、有希にお礼を言うのを忘れちゃったわ」
「来年言えばいいさ」
ハルヒが長門にお礼をいう機会はとうとう来なかった。

息子が無くなってしばらくすると、ハルヒは急に元気が無くなり、体調を崩した。
特に何かの病気と言うわけでもなかったが衰弱は進み、入院したベッドからも
起き上がれなくなった。
「あんた、幸せだった?」
「なんだ、急に。過去のことみたいに。まだ終わってないだろう」
「そうだけど」
「息子が死んだら気落ちして後追いなんてお前らしくもないぞ」
「そういうわけじゃないのよ。なんかもう疲れちゃってさ」
そりゃそうだろうな。いつも他人の10倍くらいの活動度だったからな。
「もういいかな、と思ってさ」
「何言ってるんだ。俺はどうなる」
「あんたには...」
ハルヒが続けた。
「有希がいるでしょう」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ」
「本気よ。あたしが死んでもイブにはUSJに行くんでしょう?それとも
やめられる?」
俺は答えなかった。
「結局、有希に負けちゃったわね。最後はあんたもとられちゃうんだ」
その日の夜、ハルヒは昇天した。最後の言葉は
「キョン、まだ死んじゃダメよ、すぐ死んだりしたら死刑だから」
っておまえ、言ってることが支離滅裂だぞ。

俺が息子やハルヒの死をどれくらい悲しんだかとかいうことはこの際、
どうでもいい。想像してくれ。想像できないなら言葉で説明したって
解っちゃもらえない。

その後も、イブごとに俺はUSJに行き、長門と会った。最初の頃のように
ただ並んで座って、有希がぶ厚い本を読む。それだけになった。
ハルヒが死んだら長門もいなくなるってのは間違いだったようだ。
それとも、長門が俺が死ぬまでは延命してくれと情報統合思念体に
ねじこんだのかな。毎年の様に長門は別れ際に
「ありがとう。来年も来て」
と言った。ハルヒが死んでから何回も何回もUSJに行き、
あるとき、長門と別れた後で、なんかいつもと違うような気がした。
その理由が解ったのは家に帰ってからだった。長門はこう言ったのだ。

「ありがとう。さようなら」

今、俺はベッドに横たわっている。どうやらもうすぐ死ぬようだ。
意識が遠くなりながら、俺は思った。長門は俺がもう来ないことを
知っていたんだな、と。



エピローグ

遠い未来。朝比奈さん(大)と長門が並んで座っていた。あいかわらず、長門は
ぶ厚い本を読んでいる。
「あなたがうらやましかったな、だって、あれからずっとキョンくんと
いっしょだったんでしょ?あたしはあれからずっと会ってないんだもの。
不公平だよね」
長門は本から顔をあげるとこう答えた。
「ずっとではない。たったの75日間」

おわり



|