こんな寒い日には、鍋を食うに限る。というくらいに寒い日だった。
 家の中では母親が妹に手伝わせながら着々と鍋の準備を進めているだろう。……妹に手伝わせると、何鍋になるかわからんが。
 じゃあ、最も暇なはずの俺は何をしてるのかって?
 このクソ寒い駅前で、あいつを待っているのさ。30分もな。
「あら、早いじゃない」
「違う。お前が遅いんだよ、二人の時はいつも遅刻しやがって」
 そう、ハルヒを待っていたのさ。……何故かって? そりゃあ、デートだからさ。
 まぁ、いろいろと紆余曲折があって付き合うことになったわけだ。
 これはこれで幸せだし、嫌々ながら付き合ってるわけでもない。
「わ、ほんとに冷たい……。あ、温めてあげるわ、感謝しなさいよ」
 ハルヒは俺の腕を抱いて、俺に歩くように促した。
 学校でのツンハルヒも悪くないが、二人の時のデレハルヒも悪くない。
 どっちもたまらなくかわいいんだよ。いや、マジで。ただの惚気だが。
 ともかく、俺達はまぁそのくらいの仲になった。
「もう温まったでしょ。歩きにくいし、離れるわ」

 10分程歩くと、ハルヒにそう言われた。温もった腕が寂しいって泣いてるぞ。
「何言ってんの? バッカみたい」
 言われなくてもわかってるさ。冗談ってもんがわからんのか?
「む……う、うるさい! さっさと行くわよ!」
 ちなみに、今日のデートの予定は街をふらつき買い物、のみだ。普通のデートコースだけでもこいつは満足するらしいが時間がない。
 ハルヒ曰く、「あんたと一緒ならどこでもいいわ」らしい。昔、そのことについて聞いたら、顔を赤らめながらそう言われた。
 だからと言って、閉鎖空間に二人きりは二度とごめんだけどな。
 そして、今日は買い物の最後に新鮮な野菜を買って来いと指令をもらっている。
 だから買い物とデートと合わせて、1時間くらいしか取れなくなった。……誰かさんのせいでな。
「男だったらぶつくさ言わない! 過ぎたことはしょうがないじゃない!」
 時間は戻せないからな。まぁ、戻れなくはないが。
 そういえば、今日は何故かハルヒも夕食を共にすることになっている。
 鍋は人が多いほうが楽しいからと母親が言い出したからな。こんな性格だから、ハルヒと妙に気が合うんだよ、うちの親は。
 そうこう考えてるうちに、デパートについた。
「ご飯の買い物以外に何か用事ある? あたしは特に無いんだけど」
「新譜のCDを買うくらいだな」
「ふーん……じゃ、そこ行ったらさっさと買い物してあんたの家に行くわよ」
 何をそんなに急いでいるのかはわからんが、同意する。寒いのは好きじゃないからな。
 デートと呼べる代物ではなくなったが、CDを買い、白菜や人参などを袋にぶち込んで今日のデートは終了した。

「これで終わりね、それじゃあんたの家に向かうわよ」
 ハルヒは小さい方の荷物を右手に持って歩きだした。……これまで、デートらしいことしてないから最後くらい、な。
「ハルヒ、手が空いてるぞ」
 俺は荷物を左手に持ち、右手でハルヒの手を取った。
「へぇ……あんたにしては気が利くじゃない」
 そりゃどーも。
「でもね、こういう時は繋いだ手をポケットに入れてやるもんなのよ、こうやって」
 ハルヒは俺のポケットに手を突っ込み、それに続いて体をぶつけてきた。
「いってーな!」
「これが普通のカップルの姿よ! ……普通って響きは嫌いだけど、今回は許すわ」
 これは、普通じゃなくてラブラブなカップルの姿だと思うのは俺だけか?
 しょうがないからそのまま歩くけどな。
 そこから家に着くまでは、雑談に次ぐ雑談。余談だが、こいつと付き合った後に俺はもう一度、宇宙人、未来人、超能力者の話をした。
「あんた、まだ言ってんの? いい加減、面白くないわよ」と一蹴されたがな。
 どうやら、こいつは『恋人』としての俺の情報も重要視しないらしい。
 いったい、俺の存在はなんだってんだ。
「……ョン、……バカキョン!」
 なんだよ、バカハルヒ。
「バカはあんたよ! いつからあんたの家はそっちになったのよ!」
 頭の中でグダグダと考えを展開しているうちに、家の前を通り過ぎようとしていたらしい。
 まったくもってバカは俺であった。ハルヒと手を繋いでいなければどこまで行ったのかわからんな。
「大丈夫? あんた、熱とかあるんじゃない?」
 ハルヒは心配そうに顔を傾けて、俺の顔を覗きこんできた。

 寒さで冷えた顔が赤くなっている。これが恥じらいで赤くなっているんなら抱き締めたくなるくらいかわいいんだけどな。
 こいつに限ってそんなことはない。
「珍しく心配してくれてるのか?」
「ば、バカ! そんなわけないじゃない! 気にして損したわ、もう!」
 ハルヒは俺から離れ、ズカズカと家の中へと歩いて行った。……一応、俺の家だよな?
 ただいま。
「おかえり、キョンくん! いらっしゃい、ハルにゃん!」
 寒くても元気いっぱいな妹が俺達を出迎えた。
「こんにちは、妹ちゃん」
 よし、俺は部屋に戻るからお前はこれを持って行け。
 そう言って、買い物袋を妹に押しつけ、ハルヒと一緒に部屋へと登った。
 さて、ここからが試練である。何がって?
 実は、付き合ってからキスをしたことがない。しようとはしているが、極度の緊張と恥ずかしさによって、必ずどちらかが避けてしまう。
 つまり、過去のキスは閉鎖空間でキスしたのみだ。ハルヒは夢だと思ってるから、まだやってないってことになるな。
 そこで、今日も挑戦してみるわけだ。デート後の恒例行事みたいなもんさ。

「じゃ、じゃあ今日はあたしからするから……目、閉じなさい」
 言われた通り、目を閉じる。ちなみに言っておくが、どちらかと言っていたが、避けるのはいつもハルヒだ。
 俺からする時も、される時も、例外なく避けるんだが、「あたしは避けてない!」と言い張るから俺のせいなわけだ。
「じゃ、いくわよ……」
 目を瞑ってしばし待つ。近くでハルヒの呼吸が聞こえてきた。このペースなら来るんじゃないか?
 ハルヒの呼吸音を聞きつつ、俺が期待して待っていると、その時がきた。
「キョンくん、ハルにゃん、ご飯だよ~!」
 ……おい。そりゃないだろう?
 ハルヒは飛び退いて、たたずまいを正していた。条件反射……いや、お約束ってやつか。
 ハルヒがいる時はドアを勝手に開けるな、という約束を忠実に守っている妹を叱るわけにもいかず、俺達は部屋を出て食事に向かった。
 もちろん、部屋を出た直後に妹にでこピンをかましたが。
 ちなみに、今日は何鍋なのか俺は知らなかった。買ってきたのも野菜だけだから推測もできん。
 まぁ、家の家計事情からして水炊きか鳥鍋か、頑張っても魚鍋くらいだろうとタカをくくっていたが……。
 なんてこった。
 そこには、ハサミがついている甲殻類のあいつがけっこうな数でいた。
 ザリガニ、ロブスター、なんてフェイントは無い。紛れもなく、カニである。
「実はね、さっき知り合いの人から送られてきたのよ」と、母親。
 そんな知り合い居たか? とか思いつつも、顔のわからない知り合いに感謝しつつ、席についた。
 ハルヒと隣りあって座り、全員で手を合わせて食事を開始した。
 俺は、なかなか手強い甲殻類に手を出した。こいつは痛い……が、美味い。

 しばらく、5分程格闘し、数本の足を食った。たまには野菜やその他を食わなければバランスが悪くなる。
 そう思い、箸を手にした俺だが……あることに気付いたのさ。
 ハルヒの食が進んでいない。
 いつもなら、バクバクと音が聞こえるくらいの勢いで食うはずのあいつがいない。
 俺の家で食事することに緊張しているのか? ……それはないか。
 ここで、俺の脳細胞が一斉に活性化を始め、ある記憶を引き出した。
『カニはNGよ、あたしアレ苦手なの。殻から身をほじくるのがイライラすんの。どうして……』
 そういえばカニは苦手だって去年言ってたんだよな。
 中身は嫌いではないんだろうが、中身を殻から出す過程で投げ出してしまうのだろう。
 ……いや、それどころか発狂してしまうのかもしれん。地面にカニを叩き付けたりしてな。
 観察してみると、さっきからほとんど緑色の葉っぱ達にしか手を出していない。
 うーむ……飯に誘ってこれじゃかわいそうだな。……と思うのと、行動が同時であった。
 おもむろにカニを掴みとり、殻を剥いてはハルヒの皿に投げ込んだ。
「ちょ、ちょっと……え? あんた、何してんのよ!」
 カニを剥いて、お前の皿に入れてやってるのさ。ありがたく食え。
「そうじゃなくて……」
「あらあら、あなた達はとっても仲が良いわね」
 母親はにこやかにそう言い放った。一応、ここは反論しとくべきか。
「そんなんじゃない。ハルヒだって女だからな、少しくらいは汚れたくないって気持ちもあるだろう。一応、他人の家だしな」
 見事な嘘八百。ほんとはハルヒの機嫌を悪くさせたくないだけかもしれん。

 そんなハルヒの様子を窺うと、顔を少し赤くしながら、俺の剥いたカニを食っていた。……やっぱり、カニ自体は嫌いじゃなさそうだな。
「キョンくーん! わたしも女の子だから、汚れたくないから殻剥いてっ!」
 うるさいぞ。お前はすでに汚れてるから大丈夫だろ。
「む~、キョンくんのケチ!」
 ケチで構わん。なんなら親父に殻を取ってもらえ。
「……おとーさん、お願い!」
 妹に滅法弱い父親は、自分の箸を置いて渋々と殻剥きを始めた。俺が言い出したことだが、哀れである。
「ねぇ、キョン」
「どうした、ハルヒ」
「もう十分だから自分で食べなさいよ」
 そういえば、無意識のうちに殻剥きに徹しているな。さすがにハルヒでも、カニばかりは飽きたのか?
 俺は一言返事をすると、自分のために殻を剥き始めた。やっぱり面倒だな、この作業は。

 飯を食い終え、片付けをし、少し休む。そんな当たり前の作業を終え、俺はハルヒを送っていくつもりだった。
 ……が、今、ハルヒは妹と風呂に入っている。何故だ? 誰の陰謀だ?
 ことの始まりは妹のセリフと行動だった。
 ハルヒと玄関まで行き、靴を履いた。まではよかったのだ。

 妹が、ハルヒの裾を掴んで離さない。ええい、わがままな奴め。
「ハルにゃん、もっと遊んで行こうよ。明日は日曜日だからいいでしょ?」
「ごめんね、妹ちゃん。もう結構遅いから帰らなきゃ」
 尚もハルヒを離さない妹。そこで口を出したのは我が母親だった。
「じゃあ、泊まっていけばいいじゃない」
 なんてことを言い出すんだ、うちの親は。
 一つ屋根の下に若い男女を置こうとするのが親のやることか? ……とは思ったが、いろいろと中略して、分の悪い俺が折れることになった。やれやれ。
「キョンくん、入っていーよ!」
 元気よく風呂を飛び出してきた妹の頭を、ハルヒがタオルで吹いてやっていた。
 まるで姉妹……いや、親子か? とりあえずそんな感じに見える。
 ま、俺には関係ないからさっさと風呂にはいるか。……それにしても、風呂上がりのハルヒは妙に色っぽかったな。

 ところでだ、川の字ってわかるか?
 昔を表すドラマなんかで親子が寝る時のアレだ。ここまで言えばわかるだろう?
 そう、俺は今、妹とハルヒとそういう状態でベッドに入っているのさ。
 俺は自分の部屋で、ハルヒと妹は妹の部屋で寝るもんだと俺は決めつけていた。
 しかし、またも妹のわがままが発動したわけだ。
「キョンくんが来てくれないなら、わたしとハルにゃんがキョンくんの部屋に行く」
 そう言われたら行くしかないだろう? 俺の部屋に来られるのは嫌だしな。
 ともかく、代わりたい奴がいたら今すぐ言え。……ぶっ飛ばしてやるから。
 てのは冗談だ。本当に代わりたいくらいだ。理由か?
 まず、狭い。メチャクチャ窮屈だ。
 次に、動けない。体の一部が当たろうもんなら、「キョンくんのエッチ!」「エロキョン、動くなっ!」と言われるからな。
 しょうがないから、ギリギリまで端につめて、目を瞑った。

 明日は探索だってのに……やれやれ。

 次の日、何故か暗いうちに目が覚めてしまった俺の目の前には、ハルヒの顔があった。……妹はどこに行った?
 起き上がり、時計を確認する。午前4時。早過ぎるな、便所に行って寝るか。
 妹の部屋を出て、俺の部屋の前を通ろうとした時だった。部屋のドアが開いていた。
 中を覗くと、案の定、妹は俺のベッドで寝てやがった。……確信犯か?
 でも、朝起きてハルヒが一人で寝てた、なんて状況になるのもかわいそうだな。
 という慈悲深い俺の心に従い、便所で用を足した後、俺はもう一度ハルヒのいるベッドに潜った。
 ……しかし、こいつの寝顔は凄まじくかわいいな。破壊力抜群だ。黙ってれば、朝比奈さんと人気を二分出来るくらいだぞ……たぶん。
 昔、朝比奈さん(大)が朝比奈さん(小)にやっていたように、ほっぺたをつついてみた。うむ、柔らかい。
 って、これじゃ変態だな。夜には魔力がある。変な気を起こす前に二度寝に入るのが吉だ。
 目を瞑り、ベッドに頭を置く。……もう一度、ハルヒの顔を見るか。
 と、目を開けた。
「バカキョン……早く来なさいよ……ムニャムニャ」
 何の夢を見てるんだよ、こいつは。まぁ、少しはうれしかったりするんだけどな。
 ……相手が気付いてないと、なんでも出来るってことがあるよな?
 例えば、こっそりとそいつの菓子を食ったり、携帯を覗いたり……寝てる間にキスしたり、な。
「おやすみ、ハルヒ」などと言いつつ、無防備なハルヒの唇にキスをしてみる。……おい、何してんだ俺は。

 やっぱり、夜の魔力は怖いな。さっさと寝るか。

 再び目が覚めると、ハルヒはいなかった。妹が起こしにこない所を見ると、二人で遊んでいるんだろうな。
 一つ伸びをして、背骨を鳴らすと階段を降りて下に向かった。
 降りるとすぐに母親に遭遇した。
「あんたその顔……いや、気にしないどくわね。ハルヒちゃんは着替えたいからって一回帰るって言ってたわよ」
 普通、自分の子どもを掴まえて顔のことを言うか?
 ……まぁいい。探索の日だったな。さっさと顔を洗って飯を食おう。
 洗面所のドアを開け、鏡を覗くと……なるほどね。顔の話はこれか。
 鏡に映った俺の冴えない顔には、文字が書いてあったのさ。裏返しに映っているが、なんとか読めるな。
『カニ、美味しかったわよ、エロキョン』と左頬に。
 そして、右頬には……キスマーク。もちろん手描きだが。
 ……ちょっと待て。あいつは、主に俺が触れた時に『エロキョン』という言葉を使う。
 ということは、夜中のあれはバレてたのか? ……まぁいいか、気にすることではないしな。
 何にせよ、どんな形であれ、あいつに礼を言われるのはうれしいかもな。
 出来れば面と向かって言って欲しかったけどな。
 この後、顔を洗って俺は集合場所な向かった。もちろん、大遅刻だ。
 何故かって? あのバカが油性ペンで書いてやがったからだ。くそ、忌々しい。
 9時集合のはずが、10時過ぎに着いた頃には、みんな喫茶店で飲み物を啜っていた。
 悪い、みんな。遅れちまった。
「おやおや、あなたがこんなに遅れるとは珍しいですね。何かあったのですか?」
「あぁ、ちょっとな」と言い、ハルヒを見ると、窓の外を凝視していた。しらばっくれてんじゃねぇよ。

「わたしはチーズケーキとアップルティーをお願いしますね」
「……ショートケーキとオレンジジュース」
「じゃあ、僕は朝食を食べてないのでモーニングセットを」
 ……どうやら、3人とも俺の遅刻に腹を立てているらしい。何のためらいもなく、いつも以上の注文を平然としていた。
 朝比奈さんは優しい微笑みを浮かべながら、長門は無表情のままだが、怒っているのがわかった。
 古泉? こいつはどうだっていい。しかも、珍しいことにハルヒは何も頼まなかった。俺に少しでも、悪気を感じたのか?
 それから、3人が食事を終えるまで待ち、くじ引きの結果、俺はハルヒとペアになった。
「またあんたとなの? つまんないわね……」
 そりゃ悪かったな。
「まぁいいわ。遅れた分、しっかり働きなさいよ!」
 こんな、自己中なセリフを言われても、もはや反論する気も起きない。言っても無駄だし、何より……。
「それじゃ、キョン! しっかりついて来なさいよ!」
 こんな、屈託のない笑顔を見せられたら怒る気も失せるさ。
 俺は手を取られ、為されるがままに引っ張られた。
 今は、この笑顔を消さないように、いくらでも俺を遊び道具にしてくれて構わないぜ。……なぁ、ハルヒ。
 そんな気持ちを持ちつつ、肌寒い午前の空気が流れる喫茶店の外へと、俺達は飛び出した。


おわり

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