喜緑さんが長門の姉になって、いや、長門が喜緑さんの妹になってと言うべきか、とにかく、そんな宇宙人製ヒューマノイド同士が姉妹になってから、約一ヶ月が経過した。
 その一ヶ月の間、長門は週に二回以上の割合で団活を休んでいる。
 以前だったら全く持って考えられないことだが、その理由は、当然のように「お姉ちゃんと遊びに行く」とか「生徒会に行ってお姉ちゃんを手伝う」とかだったりする。
 そんなにお姉ちゃんが大好きか、長門……、いや、大好きなんだろうなあ。
 今やもう喜緑江美里と長門有希が本当は姉妹だったことは学校中公認、学内でも仲良し姉妹として有名だ。まあ、元々SOS団は有名だし、喜緑さんも生徒会役員っていう立場に有るから、これ自体は不思議なことじゃないな。
「……今日も有希は喜緑さんのところ?」
「ええ、そのようです」
 やや不機嫌顔のハルヒに、古泉もちょっと苦笑気味で回答する。
 古泉がここに居るってことは今日は閉鎖空間は発生してないんだろうが……、あんまり良い状態とは言いがたいんだろうな。俺としても、不機嫌なハルヒを毎日見ているってのはあんまり楽しいもんじゃない。別にハルヒに限ったことじゃなく、身近な人間が日々不機嫌なのを眺めて居たくないってだけのことなんだが。
 おまけに今日は朝比奈さんが補修で居ないので、俺、ハルヒ、古泉の三人きりだ。
 別にこの三人でもやることはあるんじゃないかって気もするが、面子にかかわらず、ハルヒが乗り気じゃなければsos団の活動がお休みなのはもうお約束みたいなものだ。
「……今日はもう帰るわ」
 案の定、ハルヒは古泉とほんの少し話をしたっきり、帰宅してしまった。止める間もなく、あっという間って感じだったな。
「僕たちも帰りましょうか」
「そうだな」
 古泉に促され、俺たちも帰宅することになる。
 男二人寂しい帰宅だが、今のハルヒの不機嫌オーラに当てられているよりはまだマシかもしれない。少し、話したいこともあったしな。


「はあ……」
 校門を出て暫くして、生徒達の目も殆どなくなったあたりで、古泉は盛大に溜息を吐いた。
「何だか大変そうだな」
「ええ、大変ですよ。閉鎖空間はそれほど発生していませんが、涼宮さんが毎日あのような状態では……」
 愚痴っぽく語る古泉ってのも何だか変な感じだが、こいつもそれだけ疲れているってことなんだろう。ご苦労様だな。
 俺としては古泉のお役目云々に直接口出しするつもりは無いんだが、ここまで限界に来ているというのなら何とかしてやらんことも無いと思うし、何より今回の事態は、俺にとっても結構予想外だったしな。
「しかし長門が、なあ……」
「正直言って、あそこまでとは……」
「意外だよな」
「ええ、意外ですね」
 思わず顔を見合わせ頷く俺と古泉。
 長門が妹キャラっぽいというか、意外と人懐っこいんじゃないかってのは前々からうすうす感じていたりもしたんだが、まさかここまで喜緑さん、いや、お姉ちゃんべったりになるとは想像外だった。今じゃすっかりsos団よりお姉ちゃん、とまでは言わないが、今の長門有希がお姉ちゃん大好きっ娘なのは誰の目にも明らかだ。
 そして、俺達にとって予想外だったその出来事は当然のようにハルヒにとっても予想外であり、それと同時に、寂しさや不機嫌さを煽る出来事でも有るんだろう。今のところ、ハルヒが予期していたであろう対生徒会第二回戦になりそうな気配も無いしな。
「はあ……」
「お疲れさん」
 しかし、事実を知ったところで俺に出来ることは何も無い。
 まさか長門に喜緑さんとの姉妹関係を解消してくれなんて言うわけには行かないし、この状況下でハルヒに対して具体的に出来ることが有るわけでもない。
 精々ハルヒの心の逆鱗に触れないよう気をつけるくらいである。
 俺だって世界が壊れるのは嫌だからな。


 そんな俺と古泉が実りの無い会話をした翌日。
 ハルヒは朝から不機嫌で、しかも今日の団活動は、長門は何時ものようにお姉ちゃんの所、朝比奈さんは補習、おまけに古泉はバイト……、まあ、こうなると自動的に団活はお休みだな。そんなわけで俺は、不機嫌気味なハルヒと二人、帰宅することになった。
「なあ、ハルヒ」
「何よ」
「最近、長門があんまり部室に来ないな」
「そうね」
「少し、寂しいな」
「……そうね」
「……」
「……」
 双方無言。
 さて、どうしたものか。
 ここでどう話を展開させたら、ハルヒの機嫌が晴れるのか……、はっきり言ってさっぱり分からんな。俺にも妹は居るが、それはこの場合何の解決にも繋がらない事項でしかない。
「あたし、ね。……有希が、喜緑さんと仲が良いこと自体は、良いと思うのよ」
「……」
「兄弟とか姉妹とか、やっぱり、仲が良い方が良いって……、うん、思うわけよ」
 そういやこいつの家族構成ってのはどうなっているんだろうな。
 俺が知っているのは、小学生の時のこいつにはちゃんと父親が居て、そのときには他に家族と呼べる人間も居たらしいってことくらいだ。
 それ以降のことは、何も知らない。
 他の連中のこともそうだが、俺はハルヒのことも殆ど何も知らないんだよな。
「……」
「お姉ちゃん、かあ……」
「羨ましいのか?」
「……ちょっと、ね」
 おお、ハルヒがはっきり肯定するとは。
 ちょっと珍しい光景な気がするな。まあ、それだけこいつもショックだったってことなんだろうか。
「あたし、一人っ子だから……、お姉ちゃんとか、妹とか、少し、羨ましいのよね」
「……」
「でも、そういうのって、居る人には分かんないもんだって言うわよね」
 ハルヒはくるりと振り返り、俺に向かってそう言った。
 言いたいことは、まあ、分からなくも無い。俺には妹が居るし、妹のことはそれなりに大事に思っているつもりだが、その逆に、きょうだいが居ない人間が他所様のきょうだいというものをどういう心境で見ているか、なんてことは分からないのだ。
 全く想像がつかないってわけじゃないとは思うが……、こういうのは、根本が違う以上、仕方ないことなんだろなあ。
「お姉ちゃん、かあ……」
 ハルヒはもう一度踵を返すと、少し寂しげな声で、空に向かって呟いた。

 ****

「おっきなさーい!」
 その日の朝、僕は誰かの呼ぶ声で目を覚ました。
 誰かの……、誰? 
 一応僕は一人暮らし何だけれど、緊急事態があれば『機関』の知り合いが部屋に入ってきて僕を起こしに来る、何てことも有り得るから、誰かに起こされる、ということ自体は別におかしいことじゃない。
 けど、こんな風な元気な声で起こしてくる相手なんて……、というか、この声って、
「……ほへ」
 間抜けな声を上げつつ目を開けると、そこには、涼宮さんが立っていた。
 えっと……、どういうこと、だろう。
 状況がさっぱり理解できない僕の目の前で、涼宮さんが目を少し吊り上げている。
「ほらほら一樹くん、ちゃっちゃと起きる! 母さん達が待っているわよ」
 何で涼宮さんが僕のことを名前で呼んでいるんだろう。
 僕は今まで一度だって、涼宮さんに名前で呼ばれたことなんて無い。
 それに、母さんって……、というか、そもそもここ、どこ?
 明らかに僕の部屋じゃないし、でも、どこかで見たこと有るような気もするし……。ええっと、そうだ、前に資料として見せてもらった、涼宮さんの自宅だ!
 あれ、でも、ということは……。
「え、あ、はい……」
 とりあえず、ここは頷いておこう。
 涼宮さんが傍に居る状態じゃ、考えることも調べることも出来ない。
「じゃあ、あたしは先に行って待っているからね」
 そう言って涼宮さんは駆け足で部屋から出て行った。
 僕は状況が飲み込みきれないながらも、ベッドから起き上がり、部屋をざっと見渡し、通学鞄を見つけ、その中を開いた。
 それにしても、こういうときの自分の危機察知能力というか、適応力というか……、あんまりそういうのが高すぎるのも嫌なんだけれど、とりあえず、取り乱してもどうにもならないってことを知っているのは悪いことじゃないってしておこう。
 鞄の中からノートを取り出した僕は、嫌な予感が的中していることを思い知らされた。
 ノートに書かれた、僕の字だけれど、僕じゃない、少なくとも昨日までの僕じゃない僕の名前……。
 というか『涼宮一樹』って誰? 
 いや、僕の物みたいだし、僕の字でもあるみたいだから(書いた記憶は全く無いけど)誰でもなくその名前は僕のことなんだろうけれど……。おまけに、教科書もノートも、一年生のものになっているし……、どうやら僕は、涼宮さんの弟ということになってしまったらしい。
 無茶苦茶な……、と、言いたいところだけれど、涼宮さんの力を持ってすれば、そのくらいのことは可能なんだろう。納得したくは無いけど。
「一樹くんー、早くきなさーい」
「はあい」
 僕は仕方なく涼宮さんの呼び声に答え、着替えを済ませることにした。かかっている制服は、昨日までと同じ北高のものだった。
 何だか大変なことになっているみたいだけれど、とりあえずは、今の状況に合わせないと……、世界がどこまで書き変わっているかなんて全然分からないけれども、考えるのは、後からでも何とかなるだろう。
 多分……。


 


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