よく行っている場所に入ろうとして扉を開けた瞬間、そこにある何時もとは違う光景を受け入れ難いものと感じ取り、その扉を閉じたくなった、という経験は誰にでも一度くらい有るのではないだろうか。
 かくいう俺も、この部室に来始めた最初の頃に、そんな経験が有ったりもするのだが……、そう、俺は今、部室の扉を開いたところだった。
 そして開いた瞬間、その扉を閉じたくなった。
 何だこれは。
「ああ、こんにちは」
「どうしたの、キョンくん?」
「……」
 説明する必要も無いと思うが、上から古泉、朝比奈さん、長門の反応だ。
 俺が異常と思っているこの状態を、この三人はかけらほどにもおかしいと思ってないのかも知れない。いや、古泉だけは、異常と知りつつ状況を受け入れているって可能性も無きにしも非ずというか、そっちの可能性の方が高い気がするんだが。
 というかせめて、そうで有ってくれ。
「何だこれは?」
 他の二人に聞いても頓珍漢な回答しか帰ってこなさそうだと思った俺は、とりあえず古泉に訊いてみることにした。
「何って、こたつですよ」
「……」
 そんなん見れば誰だって分かるだろうよ。
 だがな、ここは部室だ。畳敷きの茶道部や柔道部ならいざ知らず、普通の教室と同じリノリウムの床の上にわざわざ畳を敷いて、その上に敷物みたいなものまで敷いて、そこにこたつって……、意味不明にもほどがあるだろうよ。
 それなのに、何でこの三人は、何の疑問も持ってないような様子で、こたつに入っているんだ。
「……暖かいですよ、キョンくんも入りませんか?」
 小柄な未来人偽メイドさんが、この状況のおかしさに全く気づいていないのか、こたつに入りながらそんなことを言った。こうういときに、ああ、この人は俺達が生きている時代とは違う常識を持った時代から来た未来人なんだなあ、何て実感するのはどうかと思うね。もう慣れて来てはいるが。
 こたつにメイド姿っていうのもなあ……、いや、こたつにメイド自体は見たことが有ったような気もするな。そのメイド姿は、朝比奈さんではない別の人物だったんだが。
「……」
「今日はこたつが有るため部屋の暖房の温度を落としている、有機生命体として正常な活動を維持するために、あなたもこたつに入るべき」
 長門……、お前はそんなにこたつが好きなのか。いや、何となく、長門とこたつっていうのも、絵になるような気はするが……。だからと言ってだな、ここは、部室であって、
「あなたもこたつに入るべき」
「こたつ、暖かいですよ」
「キョンくん、なんで入らないんですか?」
 命令口調の長門、にこにこ笑顔の古泉、疑問符つき朝比奈さん。
「……分かったよ」
 俺は仕方なく、こたつに入ることにした。

 俺がこたつに入ったところで、朝比奈さんが
「あ、お茶入れますね」
 と言って、入れ替わりにこたつから出てお茶を準備し始めた。
 長門の言ったとおりこたつがある代わりに暖房の温度を抑え目にしてあるからなのか、何だかちょっと寒そうだ。
「なあ、これもハルヒの差し金なのか?」
 他の誰がこんなことを考える、何て思いながらも、俺は声のトーンを少し落として古泉に問いかけた。
「そうであるとも言えますし、違うとも言えますね」
「……どういうことだ?」
 意外な古泉の回答に、俺は思わず眉根を寄せる。
 ハルヒ以外の誰が、こんな馬鹿なことをするって言うんだ。
「先週の不思議探索のことは覚えていますよね」
「ああ。でも、別に何も無かっただろ」
「ええ、それはそうなんですが、午前中、僕と涼宮さんと長門さんが一緒の組だったのは覚えていますよね」
「そうだったな。……おい、まさか」
「そのまさか、ですよ。その途中で電気屋に寄ったところ、長門さんがこたつを所望したんです。……もっとも、長門さんは自分の部屋に、と言っていたのですけどね」
 不思議探索の癖に何で電気屋、なんてことはこの際突っ込まないで置いてやろう。
 その時間帯、俺も朝比奈さんと一緒にちっとも不思議と縁の無いウィンドーショッピングなんぞに興じていたんだからな。
「じゃあ、何でここにこたつがある?」
 長門本人が居る前でこの会話はどうなんだと思わなくも無いが、ちらりと横目で見た感じでは長門が俺達の会話を気にしている様子も無かったので、俺は躊躇いつつも古泉に訊いてみることにした。
「二台目半額セール中だったんですよ」
「……おい」
 靴とかスーツとかならともかく、こたつで二台目半額セール中なんて、俺は始めて聞いたぞ。そもそもこたつが二台も必要な家なんてそうそう無いと思うんだが。
「で、半額セールなら、部室にも……、と涼宮さんが言い出したわけです」
「おいおい……」
 ハルヒは変わり者だが、お買い得なら買っておこう、捨てるくらいなら貰っておこう、みたいな感覚の持ち主でもあるからな。だからまあ、あいつらしいと言えばあいつらしいんだが……、だからって、部室にこたつは無いだろうよ。暖かいのは確かだけどさ。
「良いじゃないですか、別に実害が有るわけでは無いですし」
「そういう問題じゃ、」
「こたつ、嫌い?」
 古泉に言い返そうと思ったら、いきなり長門が口を挟んできた。
「別に、嫌いじゃないが……」
「……」
 そんな無言で訴えられてもなあ……。
 いや、まあ、そりゃあ、俺だって、嫌なわけじゃあ、
「……まあ、無理に撤去しろ、とは言わないさ」
 真っ直ぐに瞳を見据えて無言の訴えをかけてくる長門に対して、嫌と言えるわけもない。
 長門が興味があること、欲しいと思ったものなんだ、それを置いてやるくらい……、うん、まあ、実害があることじゃないしな!
「……そう」
 長門はそう言って、ミリ単位で首を動かした。
 何となく嬉しそうに見えたのは、多分、俺の気のせいではないんだろう。

 それから俺は朝比奈さんの入れてくれたお茶を啜りつつ、のんびりと時間をすごした。
 いや、単に何時もと位置関係が違うから、古泉とゲームをする気にもなれなかったというのも有るんだが。ん、そう言えば、
「ハルヒはどうしたんだ?」
「こたつを設置した直後に買出しだと言って一人で出かけてしまいましたよ、それこそ、止める間も有りませんでしたね」
「……こたつにみかん」
 古泉の説明を長門が補足する。こういうのは何だか珍しい気もするな。
 まあ、状況は理解できたが。
 しかしこたつにみかんって……、あいつはこの部室で一体何がしたいんだよ。
 おかしな事件を立て続けに引き起こすよりは何ぼかマシだけどさ。
「……さて、僕はそろそろ涼宮さんを迎えに行くことにしますか」
「迎えって」
「雨が降りそうですからね」
 と言って古泉は窓の外を指し示す。確かに、外は曇り空のようだ。
 何て思っていたら雨が降り出し、それと同時に古泉の携帯が鳴った。
「……あ、はい、今行きます」
 古泉は電話口の向こうの相手と軽く会話をすると、通話を切り、そのままこたつから出てコートを羽織り、傘を片手に部室から出て行ってしまった。
「ハルヒの呼び出しか」
「ええ、そうですよ。30分ほどで戻ります」
 去り際の俺の質問に、古泉はさらりとそう答えた。
 精々相合傘を楽しんできてくれ。いっそそのまま帰ってこなくても……、いや、それはちょっと困るんだが。

 ……俺、長門、朝比奈さんという面子のみが残された部室は、無音とは言わないが、余計な音が殆どしないという状態にあった。
 それは放っておいても勝手に喋りだしそうな団長や副団長がいないからでも有るし、長門と朝比奈さんの仲がちょっと微妙だからでもある。
 居心地が悪い、何て言ったら二人に失礼だから、そんな風に形容するつもりは無いんだが。
「良いなあ……」
 沈黙が降りている部室に、朝比奈さんの呟きは良く響いた。
 長門がほんの少しだけ視線を持ち上げ、俺は思わず押し黙る。
 沈黙が重いってのは、こういう状態を言うのかも知れないな。
「ゲーム」
 その沈黙を破ったのは、意外なことに長門だった。
「へ?」
「ほえ?」
「……涼宮ハルヒと古泉一樹が帰還するまで、後20分ほどかかると推測される。それだけの時間が有れば、三人でゲームをすることも可能」
「ん、ああ、そうだな。……いいですよね、朝比奈さん?」
「あ、はい……」
 朝比奈さんが頷いてくれたので、俺はゲームが山と並べてある棚から短時間で終わるゲームを引っ張り出し、三人でゲームをやることになった。
 この面子でボードゲームっていうのも変な感じだし、長門が強すぎてまともな勝負になってない気もするんだが、何もしないまま気まずい時間をすごすよりは良いか。

「たっだいまー」
「ただいま戻りました」
 ちょうど一勝負終わった頃、ハルヒと古泉が戻ってきた。
 荷物持ち兼任だったのか、古泉の手には山のようなみかんの入ったスーパーの袋が有った。一体どれだけ買ったんだよ……。
 こたつにみかんを実行するためだけに坂を下ってわざわざスーパーまで行くハルヒの神経は俺には良く分からんな。こたつにみかんという情緒らしきもの自体は、まあ、分からなくも無いんだが。……それにしたって、何でこの量なんだか。
 それから、帰ってきた二人は、コタツの四辺の同じところに収まった。分かりやすいことである。しかしさすがに少しきつくないか? 体積とか長さを考えるなら、長門と朝比奈さんか、長門とハルヒって組み合わせの方が良いと思うんだがな。
 まあ、そんな野暮なことを一々口に出すつもりは無いんだが。
 俺がゲームを片付け、ハルヒが古泉からスーパーの袋を受け取りこたつの上にみかんをひょいひょいと積んでいく。本当、積むって表現がぴったり来るくらいの量だよな。
「まだ駄目よっ」
 こたつに戻り真ん中に据えられたみかんに手を出そうとしたら、ハルヒにそんなことを言われた。てか、手を叩くな、痛いから。
「駄目ってなあ……」
「食べるのも良いけど、まずはこうして見るものなのよ」
 ハルヒはそう言って、胸の前で腕を組んだ。
 見てどうするんだと言いたいところだが、別に特別腹が空いているわけでもなかったので、俺は細かいことは気にしないことにした。変に混ぜっ返しておかしなことを言い出されるよりは良い。俺も一応は学習しているのである。
 とまあ、そんな風に俺は腕を引っ込めたし他の面々も似たようなものだったんだが、結局それから五分もしないうちにハルヒがみかんに手を伸ばし、俺を含めた他の連中もみかんに手を伸ばすことになった。
 こたつでのんびりみかんってのも良いものだな。
 ここが部室で、こたつに入ってる面子が制服×4+メイドさんというのはちょっとどうかと思うが。
「ううん、何か物足りないわねえ」
 三つ目のみかんを頬張りながら、ハルヒがぽつりと呟いた。
 ちなみに長門はハルヒと同じ数、俺は二つ目に手をつけたところ、古泉と朝比奈さんはまだ一つ目の半分も食べきっていない。まあ、何時も通りって感じだな。
「何がだよ」
「何かしら……、あ、そうだ、猫よ猫!」
「猫?」
「そうそう、猫よ。猫はこたつで丸くなるって言うじゃない! キョン、今度あんたシャミセンを連れてきなさい!」
 そういや、うちでもシャミセンは……、ってそういう問題じゃない!
「おいおい、ちょっとまて、幾らなんでも学校に生き物は、」
「良いじゃない、こっそり連れて来ればばれやしないでしょ」
「あのなあ……、ああ。そうだ、だったら二号でも良いじゃないか」
 幾らなんでもシャミセンを連れて来るのは、と思った俺は、ふとした思い付きと共に古泉に話を振ってやることにした。
「え、あ……」
「二号なら一時間じっとしているなんて芸も出来るくらいだから、シャミセンよりばれにくくて良いんじゃないか?」
 うむ、我ながら良い理由付けだ。それに『機関』の力を借りれば、学校に猫を連れ込むくらいなんでもなさそうだしな。
「そうねえ……。じゃあ、古泉くん、今度シャミツーを連れて来てね!」
「え……あ、はい。了解しました」
 ハルヒが大仰に宣言し、古泉が引きつった笑顔のままそれに頷く。
 狭いこたつの中で、こいつらは一体何をやっているんだか。
 まあ、それを言ったら俺達全員似たようなものなんだろうが……、しかし、こたつにみかんに猫か。冬の風物詩とでも言うんだろうか。
 俺はこたつでぬくぬくしている長門と朝比奈さんを交互に眺めつつ、まあ、みんなで至近距離で暖まること自体はそんなに悪くないかもな、何て風に思っていた。
 けどこれ、冬が終わったらどうするんだろうなあ……。


 終わり 


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