桜が年に一度の晴れ姿を披露し始め、幾度も過ごしてきたこの季節がまたやってきた。
オレは大学3回生となり、時期的にそろそろ就職のことを考えなければならないが
まだまだ学生気分に浸っていたい、そんな心境で日々を過ごしていた。


この季節になると、数年前のあの日のことを必ず思い出す。・・・オレが
ハルヒと出会った日のことだ。
高校に入学早々、自己紹介で突拍子もないことを言ってのけたアイツは
SOS団なる謎の団体を結成し、オレや他の団員を巻き込んで高校3年間
よくもまあここまでやれるもんだと関心するぐらい、精力的に動き回っていた。
…もっとも、その大半はオレを始めとした団員たちや、他の北高生の
平穏な高校生活をむやみにかき乱していただけなのだが、今思い返してみれば
オレもその実行犯の一人だということにイヤでも気付かされる。


ともかく、そんな波乱な3年間を過ごしたオレであったが、物語はいつしか幕を閉じる。
終わりのこない宴が存在しないように、オレの高校生活も終わりを告げる日がやってきた
わけだ。


オレは必死の受験勉強をしたおかげで、なんとか地元の有名私学に入ることができた。
もっとも、第一志望だった地元国立大学に合格することはできなかったが。
長門も家から近いという理由で同じとこを受験し、当然のごとく合格した。


成績優秀のハルヒはやはりというか案の定というか、あっさりその国立に合格した。
…アイツはオレたちと一緒の大学に行きたかったようだが、まさかオレが国立に
落ちるとは思わなかったらしい。どうやらオレの能力を過信しすぎていたようだ。


古泉はというと、都内の大学に進学した。転校前の地元だそうだ。
アイツがなぜハルヒと離れてしまったのかというと、実は高校3年間の間に、
いつのまにかハルヒの力が失われていたからだ。
ハルヒの監視という目的がなくなった機関は解散し、古泉は普通の学生に戻った。
長門はまだやることが残っているらしくまだオレたちの側に残っているのだが、
使命を終えた朝比奈さんは未来へと帰ってしまった。ハルヒには、長期の海外留学と説明したようだ。


こうして、SOS団の面々は計らずも離れ離れとなってしまった。


今日は久々に谷口、国木田と会う日だ。
オレたちは高校を卒業してもちょくちょく会っては現状を報告しあっている・・・というのは
建前で、基本的にみんな暇を持て余しているのだ。


国木田はハルヒと同じ国立大学に進学した。こいつもそれなりに優秀だったから
不思議ではない。谷口はというと、一浪した末になんとか近隣都市の大学に入ることが
できたようだ。


待ち合わせの場所でしばし待つこと15分、ほぼ同じタイミングで二人はやってきた。


谷口「よーキョン、相変わらずヒマそうだな」
国木田「僕らも同じようなもんだけどね」
キョン「まあ、お互い相変わらずだな」


いつもの店に入ると、谷口とオレはビールを、国木田はカクテルドリンクを注文した。
コイツはアルコールに弱いので、いつも甘ったるいものばかり飲んでいる。
しかし、それが未だに童顔の国木田には気持ち悪いほど似合っているのだ。
昔一度だけコイツの顔がカワイイなどと思ってしまったことがあるのだが、
年上の強引なお姉さんたちに食べられたりしていないか、少し心配である。


国木田「ねえ谷口、この前言ってた子とは結局どうなったの?」
谷口「あーダメダメ、全然性格合わなくてさぁ。結局2ヶ月で終わった・・・」


谷口にはなぜかよく彼女ができるのだが、例外なく短期間で破局してしまう。
まあ、すべてはコイツの自己申告なので実体は不明であるが。


キョン「またフラレたのか・・・お前の人間性にはなにか根本的に問題があるようだな」
谷口「誰もフラレたなんて言ってねえよ。性格が合わなかったんだ」
キョン「その言い訳はもう3回目になるぞ」
谷口「うるせぇ!オレのことはいい。お前こそどうなんだよ?いい加減涼宮のことは
   忘れたらどうだ?」


国木田「そうだね。キョンは少し引きずりすぎだと思う」
キョン「ハァ・・・何度も言ってるだろ?アイツには元々恋愛感情なんて抱いちゃ
    いなかったっての。そろそろ理解してくれよ」
国木田「ふーん・・・そういえば涼宮さん、また新しい彼氏できてたみたいだけど?」


キョン「・・・知ったこっちゃねえよ」


ハルヒは大学に入学すると、はじめのうちはSOS団的なサークルを結成して
高校の頃と同じようなことをしていたらしいが、さすがに大学生ともなると
誰もハルヒについてこなかったらしい。・・・まあ、高校のときだってオレたち以外は
アイツについていけなかったんだろうが。


高校を卒業すると、朝比奈さんを除いた元SOS団のメンバーは極端に会う機会が
少なくなった。オレは長門と同じ大学なのでしょっちゅう顔を合わせているが、
ハルヒは少し離れた国立であり、古泉にいたっては都内の大学のため、
全員が集まる機会といえば年に1、2回しかなかった。


国木田「涼宮さん、いつも不機嫌そうな顔してるよ?高校のころはあんなに楽しそう
    だったのに・・・キョンもたまには一緒に遊んであげなよ」
キョン「・・・まあ時間があればそうするよ」
国木田「さっき暇だって言ってたくせに・・・」


キョン「新しい彼氏ができて、アイツだっていろいろ忙しいだろ?」


それに、もうハルヒにつきあって不思議探しをするような歳でもあるまい。
アイツだっていつまでも子供みたいなことをやってる訳にいかないんだ。
つまりは、そろそろ大人になるべきなんだよ。
たしかにハルヒの力が消えて、みんなが離れ離れになってしまったことは悲しい。
正直言うと、オレはいまだにSOS団のことを夢に見る。あのころの楽しかった思い出の
数々をな。これは断言できるが、高校時代のオレは今の20倍充実した毎日を過ごしていた。
夢から覚めると、オレはいつも深いため息をついてしまう。
まれに泣いてしまうときだってあるんだ。できることなら、オレはあのころに戻って
またみんなと不思議探しに興じてみたい。


だが、そんなことは不可能なんだ。
夢を追いかけるのはほどほどにして、普通の生活を考えてみてもいい年頃だ。
なによりオレたちの目と鼻の先には社会という荒波が待ち構えている。
そこに飛び込んでいくには、SOS団団長の肩書きではなにかと不都合が多いだろう。


などと考えていたら、はやくも酒の回った谷口が絡んできやがった。


谷口「心にもないことを言うんじゃねえ。いいか?お前はな、涼宮と付き合うべきだったんだよ」

…やれやれ。今日もコイツの愚痴につきあわねばならんようだ。


谷口「お前たち・・・いや、お前と一緒にいるときの涼宮は本当に楽しそうだった。
   中学時代、3年間のほとんどを仏頂面で過ごしてたアイツがだ。アイツの6年間を
   見てきたオレが言うんだ。それは間違いない」
キョン「・・・」
谷口「なぜだかわかるか?・・・涼宮はお前のことが好きだったんだよ。
   それもベタ惚れだった。好きな男と一緒にいられるなら、退屈な学校生活だって
   毎日が楽しいイベントになるだろうよ。お前は涼宮の気持ちに気付いてなかったのか?」
キョン「・・・まあな」


本当のことをいうと、アイツの気持ちにはうすうす気づいてはいた。
しかしオレは次の段階に進むことをためらった。いつまでもSOS団の輪の中に
いたかったんだ。しかし朝比奈さんがいなくなり、ハルヒや古泉と離れて
しばらくしてからようやく気づいた。・・・始まりがあれば、必ず終わりは来るってことにだ。
SOS団はオレたちの卒業と共に終わってしまったんだ。


そのことに気付いたときにはもう手遅れだった。ハルヒは寂しさを紛らわすためか
大学で彼氏を作り、なんとかキャンパスライフに適応しようとしていた。
つまりオレより先に次の段階に進んだってわけだ。・・・お相手の違いはあるが。
かくいうオレは大学に入って2年あまりが過ぎたっていうのに、いまだに
足を踏み出せないでいた。


だからこんなふうに、谷口や国木田としょっちゅう顔を合わせては
高校時代の話に花を咲かせてたってわけだ。


谷口「いいかぁ、キョン!まだ遅くはねぇ。すぐに涼宮んとこ行って強引に
   キスのひとつでもしてこい!それから、アイツとの時間を取り戻すんだ」


だめだ。そろそろ下ネタタイムの始まりだ。オレは谷口から目を離し、
国木田に顔を向けた。なにやら携帯を熱心にいじっている。
どうやら彼女とメール中らしい。・・・一度国木田と一緒にいるところを見かけたことがあるが、
かなりかわい子だった。大学の後輩らしい。谷口とオレが無理矢理聞き出したところによると、
いまだに一線は越えられないみたいである。ま、コイツらしいっちゃらしいんだが。


オレの視線にきづいたのか、国木田はおもむろに顔を上げた。
国木田「ん?ああ、ゴメンゴメン。谷口が暴走し始めたみたいだね」
キョン「お前はどうなんだ?彼女とはうまくやってるのか?」
国木田「もちろんだよ。そうそう、この前さぁ・・・」


墓穴を掘ってしまったようだ。国木田は彼女とのノロケを語り始めた。
谷口は谷口でアンダーグラウンドな演説を繰り広げては、定期的にオレに同意を求めてくる。
……オレは聖徳太子じゃないんだ。二人同時にしゃべらないでくれ。
まあ、どうせ記憶するに値しない内容だということは間違いない。
オレは二人に気付かれないように大きくため息をついた。



ハルヒサイド


ハルヒの通う国立大学は都市の中心部からやや離れた場所にあった。
最寄り駅は急行すら止まらないという立地条件の悪さである。
学生たちは大学の計画性のなさと鉄道会社の方針を呪いながらも、
律儀に時間をかけて大学まで通っていた。


ハルヒ「谷川!あんた今日時間ある?」
谷川「唐突にどうしたんだ?今日は夕方からバイトだって言わなかったか?」
ハルヒ「聞いてないわよそんなこと。それよりちょっと話があるんだけど」
谷川「相変わらず人の話を聞かないヤツだな・・・バイト終わってからにしてくれよ」
ハルヒ「しかたないわね・・・」


谷川と呼ばれた男は、どうやらハルヒの新しい彼氏らしい。
それなりに整った顔立ちをしているが、特にこれといった特徴のない男である。


それから数時間後、


谷川「よ、待ったか?」
ハルヒ「遅いわよ!今日もアンタのおごりだからねッ!」
谷川「おいおいカンベンしてくれよ・・・バイトだったんだから仕方ないだろ」
ハルヒ「だーめ!付き合う前に言ったでしょ?待ち合わせに遅れたらおごりだって」
谷川「・・・・・」


男はハルヒの横暴に不満のようである。だが言い争う気力までは持ち合わせていないようだ。
ハルヒたちはなじみのイタメシ屋に入っていった。


谷川「で、話ってなんだ?」
ハルヒ「この前言ったでしょ?大学の裏山にUFOが着陸したって話!
    あれね、また目撃者が現れたらしいわよ!」
谷川「おいおい、またオカルト話かよ・・・」
ハルヒ「相変わらず反応悪いわねえ。まあいいわ。私ね、目撃者に直接話を聞いたのよ。
    そしたらなんと!UFOから宇宙人が出てきたらしいわよ!」


男はうんざりした口調で適当にあいづちを打っていた。どうやらオカルト話には
心底興味がないらしい。


ハルヒの一方的な話は小一時間ほど続き、それが終わると二人は店を出た。


夜は更け、そろそろ終電を気にしなければならない時間となっていた。
しかし二人は駅に向かうどころか、反対方向に向かっていた。
いつのまにか男はハルヒの肩に手を回している。
しばらくして薄明かりを放つ建物群が見え、二人はその中のひとつに消えていった。


谷川「ハルヒ・・・」
男はハルヒの唇を強引にふさぎ、彼女の胸のあたりを乱暴にまさぐり始めた。


ハルヒ「ン・・・あッ・・うん・・・」


しばらく悶えていたハルヒは息苦しくなったのか、男の唇から逃れるように顔を離した。


ハルヒは肩で浅い息を繰り返しながら、男の顔を少しばかり睨んでいる。
ハルヒ「・・ハァ・・ハァ・・・・強引なのはキライって言ったでしょ」
谷川「悪いな。これでも手加減したつもりだぜ?」


そういうと男はハルヒをベッドに押し倒した。
ハルヒ「もう!言ってるそばから!」
谷川「そう怒るなって」


そういうと再びハルヒの口をふさぎ、なれた手つきで服を脱がしにかかる。
男は上着を剥ぎとり、シャツをめくりあげてブラのホックをはずした。
形のいいハルヒの乳房が露わになる。


ハルヒ「ンン・・!・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
谷川「いつ見てもキレイな胸だな」


男はそういうと、ハルヒの乳房に顔をうずめた。


男は十分に乳房の柔らかさを堪能し、乳首を口に含んで舌の上で転がし始めた。
器用なことに、同時にハルヒのシャツを脱がしにかかる。


ハルヒ「あッ・・・ぅあ・・・」


男になすがままにされているハルヒは、どこか心ここにあらずといった様子だった。


ハルヒの上半身を剥き終わった男はすばやくシャツを脱ぎ、彼女のスカートに手をかけた。
ハルヒは体をよじって少し抵抗するそぶりをみせる。男はハルヒを抱き寄せ、再び口をふさいで
露わとなった乳房を揉みしだいた。


除々にハルヒの抵抗は弱まっていき、やがて完全に男のなすがままとなった。
スカートを脱がし、同時にズボンを脱ぎ捨てた男は、しばらくハルヒの口をふさぎながら
胸の感触を楽しんでいたが、やがてお腹のあたりを
なでさするようになり、その手は除々に下へと向かっていった。


男はハルヒのパンツにそっと手を差し入れ、彼女の林泉にふれた。
そこはすでに熱く熟しており、十分に湿りを帯びていた。


男の口腔はハルヒの口から乳房へと目標を変え、その柔らかさをゆっくり味わいながら
右手は彼女の秘部をゆっくりと、ときに強くさすっている。


ハルヒ「ン・・・あんッ!・・・・・だめ・・」


男(そろそろ頃合いか・・・)


男は両手でハルヒを覆う最後の布きれに手をあて、さっと引き下ろした。
自らも生まれたままの姿になると、再びハルヒの林泉に手をあてがう。


男「・・・いいか」
ハルヒ「ちょ、ちょっと待って!・・・アンタ、ゴムはちゃんとつけたでしょうね・・・?」
男「今日は安全日のはずだろ?たまには」
ハルヒ「つけないと殺すわよ。いいからはやくして」
男(チッ・・・やれやれ)


男はしぶしぶハルヒの言葉に従うと、彼女のそこに自分自身ををあてがい、
そのまま一気に腰を押し付けた。


ハルヒ「あッ!」
ハルヒが短く声を発したが、男はかまわず腰を動かして彼女の中の感触を楽しんでいる。


男(これはこれでいい具合だが、一度でいいからナマで味わいたいもんだ)


男が腰を動かすたびにハルヒは喘ぎ声を漏らしている。
最初は大きく動いていた男の腰は、だんだんと小さく小刻みに動きはじめる。


谷川「くぅっ・・・そろそろイクぞ」
ハルヒ「あ・・・ちゃんと外でイッてよ」
谷川「ああ・・・うぁッ・・っく・・・」


男は素早く自分自身を彼女の中から出し、短く声を発すると同時にハルヒに覆いかぶさり、
そしてしばらく動かなかった。二人とも肩で浅い息を繰り返している。


しばらくすると、ハルヒが小さく泣き声を上げはじめた。
声を押し殺してはいるが、それでも細い泣き声が少しずつ漏れ出しているような泣き声であった。
男は特に驚く様子はなく、ベッドに腰をかけると上着からタバコを取り出し、火をつけた。


谷川(またこれだよ・・・一体なにが悲しいんだ・・・?いい加減うんざりだ・・・)


行為が終わったあとは、彼女は例外なく声を押し殺しながら泣きだすのだ。
最初は彼女を傷つけてしまったのではないかと心配し、必死でなぐさめてもいたが
だんだん慣れてくるようになると彼女を心配する心は失せていった。
一度声を荒げて泣くのをやめるよう脅したが聞き入れられず、
今はもうあきらめているようだ。


谷川(ふーッ・・・態度は横暴だわ話すことは電波なことばかりだわ、
   そろそろコイツには付き合いきれねえな・・・)


男は枕に顔をうずめるハルヒを横目に見ながら、ゆっくりと煙を吐き出した。


谷川「・・・とまあこんな調子だ」
ツレA「もう限界じゃね?」
谷川「そうなんだが、一度でいいからナマでやっときたいんだ。アイツ性格はアレだが、
   体はメチャメチャおいしいんだぜ?」
ツレB「おいおい、ノロケはカンベンしてくれよ」

谷川「バカいうな。あんなの好きになる男がいるわけねえだろ?
    アイツと付き合い出してからのオレの苦労知ってるだろうが」
ツレA「ぶはははは!そりゃいつも聞かされてるからな」
ツレB「そもそもなんで付き合ったんだよ?」


谷川「だからいったろ?アイツの体すっげーいいんだって」
ツレB「それは同感だ。服の上から見てもあのプロポーションにはそそられる」
ツレA「でもナマじゃさせてくんないんだろ?・・・お前って危ない橋渡るの好きだからなあ」
谷川「あの感触味わったら誰だって戻れなくなるって・・・なあ、なんかいい方法ないか?」


ツレB「そうだな・・・こんなのはどうだ?」
そういうとツレBはバッグからなにかを取り出し、男の顔の前に出した。


谷川「なんだこれ・・・錠剤・・・か?おい、これヤバいもんじゃないだろうな?」
ツレB「・・・人聞きの悪いことを言うな。ただの睡眠薬だ」
谷川「なんでお前が持ってるんだ?」
ツレB「精神科に通院してるツレからたまに譲ってもらうんだよ。これを粉末上にしてだな・・・ 
    落としたい女の酒にそっと入れれば、後は寝るのを待つだけさ。
    いやぁ、睡眠薬ってヤツは実にアルコールとよく合うんだ。たとえ少量でも
    相乗効果ってヤツでな。朝までグッスリだよ」


谷川「お前そんなことしてたのか・・・少し危ないヤツだとは思ってたが、
   いよいよ縄がかかる日も近いな」
ツレB「お、そんなこと言うのか?じゃあこれは見なかったことに」
谷川「おおおっと!誰もいらないなんて言ってねえぞ。オレたち友達だろ?」
ツレB「だってお前、縄はかけられたくないんだろ?」
谷川「彼女をちょこっと眠らせるだけだ。なにも問題ない」


ツレB「しかたねえな・・・今日は特別、友達価格でひとつぶ二千円にしようか」
谷川「ちょ、金とる気かよ!」
ツレB「当たり前だ。仕入れ価格だってあるんだぞ」
谷川「・・・まあいい。ひとつくれ」
ツレB「まいどありぃ!」


ツレA「オレ聞かなかったことにしよ・・・」


次の日の夜、男はハルヒを近くの飲み屋に誘った。
なんの変哲もない、普通のチェーン系の店である。


ハルヒ「なによ、突然呼び出したりして」
谷川「いやぁ、急にお前と会いたくなったんだ」
ハルヒ「うさんくさいわね。なんか企んでるんでしょ」
谷川「おいおい、彼女に会いたいっていうのに理由なんてないだろ?」
ハルヒ「大学でしょっちゅう一緒にいるじゃないの!・・・まあいいわ」


ハルヒは再びUFO目撃談について語り始めた。男は彼女の機嫌を損ねないように
熱心に話を聞くふりをしながら、薬を盛る機会をうかがっていた。


ハルヒ「・・・でね。そのとき、六甲山山頂の牧場にUFOが」
谷川「ふんふん、それで?」


ハルヒ「ふうっ、ちょっと疲れたわね」


ハルヒはそう言うと席を立った。どうやらトイレに行ったようである。


谷川(チャンス到来!!)


男はハルヒのカクテルグラスに粉末にした睡眠薬を入れ、よくかき混ぜた。


ハルヒ「お待たせッ!えーと、話の続きは・・・」


男は薬の効果に気が気ではなく、話の内容などもはや全く聞いていなかった。
ハルヒは話の途中で薬入りのグラスを空け、追加のカクテルを注文した。


男(よし!第一段階は成功だ)


ハルヒはさらに話を続けたが、そのうちにだんだんロレツが回らなくなり、
ついには話をやめてテーブルに手をついた。


ハルヒ「あれ・・・おかしいわね・・・今日は・・・そんなに・・・眠く・・・ない・・のに・・」
谷川「おい、大丈夫か?・・・だいぶ疲れてるみたいだな。そろそろ家に帰ったほうがいいぞ」
ハルヒ「そうね・・・そうするわ・・・・」


男は会計を済ませ、ハルヒを抱えながら店を出た。
彼女の肩を支えながら歩いていたが、その方向は駅とは正反対のほうへ進んでいた。


谷川「まさかこんなにうまくいくとは・・・」


ホテルに着くとハルヒをベッドに寝かせ、タバコに火をつけた。


谷川「今日は安全日だよな。・・・コイツの周期はトコトン規則正しく
   動いてるからな。性格はねじ曲がってるクセにホント関心するよ。
   ・・・ま、これでいよいよオレの念願が果たせるってわけだ」


焦っていたせいか男は半分あたりでタバコの火をもみ消し、ハルヒに近づいていった。


谷川「お休みのところを失礼するよ、子猫ちゃん」


男は素早くハルヒの着衣を脱がした。


谷川「寝てる人間の服を脱がすのは結構難儀なモンだな・・・」


ハルヒは男に剥かれ、生まれたままの姿を晒した。


男は自らも服を脱ぎ捨て、ベッドに横たわる彼女を抱きしめた。


ハルヒ「うん・・・キョン・・・」


谷川(まただ。こいつの寝言はこれで何回目だ?キョン・・・ってなんだ?
   まさか人の名前・・・じゃないよな。そんなヤツいるわけねえもんな・・・
   まあいいか。コイツの寝言を聞くのもこれで最後だ)


ハルヒの秘部に手を触れた男は大胆に動かし始める。
小刻みに動かすと彼女は小さく声を上げ、少し奥まで手をのばすと
短く声を上げた。


谷川「そろそろ頃合いだな・・・」


男は自分自身を彼女の秘部にあてがい、ゆっくりとすべり入れた。


谷川「くっ!!これは・・・きく・・・いい・・・」


薄いゴムを隔てた感触とはくらべものにならない快感が男を襲った。


快楽に酔いしれた男は自然と腰の動きが早くなった。


谷川(最高だ・・・コイツの性格さえよければ・・・もったいねえな・・くっ!)


腰の動きに合わせてハルヒも小さく声を上げる。
除々に間隔が短くなっていき、快楽に溺れた男はすぐに果てた。


谷川「うっ!くっぅぅぅうう・・・ハァ・・ハァ・・ハァ・・・」


どうやら男は、ハルヒとつながったまま果ててしまったようだ。


しばらく肩で息をしていた男は、しばらくしてから再び腰を動かしはじめた。


谷川(こんないいモノを一回で終えてしまうことはない)


それから男は再び彼女の中で果て、しばらく休んではまた腰をふって果てるという動作を
力の続く限りくり返した。


やがて男は力尽き、深い眠りに落ちた。


谷川(・・・ン)
数時間経ってから男は目を覚ました。


谷川(あれから何時間経った・・・?)


目を覚ました男はタバコに火をつけた。


谷川(中出しした後始末はつけとかなきゃな・・・アイツに殺されかねん)


ハルヒはいまだに目を覚まさないようだった。男は彼女の膣内から精液をふきとり、
一応の痕跡を消した。


外はすっかり明るくなり、普段の朝の喧噪をかもしだしていた。
谷川(今日は朝からゼミがあるからな。そろそろ学校にむかわないと)


男はシャワーを浴びて服を着た。それからまたタバコに火をつけ、吸い終わると
一万円札を一枚テーブルに置き、部屋を後にした。


それからしばらくしてハルヒは目を覚ました。
ハルヒ「・・・うぅ・・ここ、どこなのよ・・・」


ハルヒは携帯のランプが点滅していることに気付くと、すぐにメールを確認した。


ハルヒ「・・・アイツが連れ込んだってわけね。しかも一人で先に帰るなんて・・・」


しばらく携帯を見つめていたハルヒは、やがて顔を枕に埋めて嗚咽をもらしはじめた。


ハルヒ「うう・・・ヒッグ・・・グス・・・ホント・・なにやってんだろ・・・私・・
    キョン・・・キョン・・・私・・どうしたらいいのよ・・・」


ハルヒの嗚咽は徐々に大きくなっていき、やがて声を上げて泣きはじめた。



キョンサイド


新学期が始まって2週間ほど経過し、長かった春休みの余韻も除々におさまりかけていた。


午前の授業が終わり、昼休みになるとオレは大学生協の食堂へと向かった。
大学図書館の前を通りかかると中から長門が出てくるのが見えた。


キョン「よっ、相変わらず勉強熱心だな」
長門「私の学部は3回生になっても語学が必修。だから予習していた」
キョン「それはお疲れだったな・・・お前の予習は、一般学生の
    試験勉強並みのボリュームに相当するからな」


今の長門は昔に比べてかなり能力が制限されているらしい。通常時はほとんど
一般人と変わらないようだ。とはいえ頭の出来は相変わらずのようだが。


長門「他文化の言語でコミュニケーションをとるためには、
   情報伝達に齟齬が発生しない程度に熟知している必要がある」


ネイティブスピーカーになりたいのかお前は?まあ長門が専攻する文化歴史学という
ヤツは、対象となる国の言語にある程度精通する必要があるらしい。
ただし、研究者レベルの話ではあるが。
ちなみにオレは法学部だ。・・・今笑ったヤツ、腕立て伏せ50回な。


長門「今から食堂?」
キョン「ああ。お前はどうする?」
長門「・・・一緒に行く」


オレと長門は並んで歩き出した。
長門は高校のころと比べてよく話すようになった。それにいろんな表情も見せるように
なっていた。まあ、あくまで本人比の話だから、回りからみればおとなしいというか
どこか浮世離れした印象があるらしいが。しかし長門は長門なりに人とのコミュニケーションを
学んだのだろう。大学になって同姓の友達が何人かできたようだ。


いわゆるおとなしいグループってやつだが、なにがあっても動じない彼女は
回りから頼られることが多く、それなりにリーダーシップを発揮しているようだ。


昔を思い返せば、今の長門を見るとほほえましく思う。
…あのときからまるで成長していないオレとはえらい違いだな。


長門とたわいのない話をしているうちに食堂に着いた。
オレたちは席を確保し、それぞれ定食と大盛りカレーを運んできた。


キョン「次の日曜日ヒマなんだ。どっか出かけないか?」


オレの提案に長門は黙ってうなずく。・・・断っておくが、オレたちは別に付き合っている
わけではない。
普段バイトをしていない長門は休日になるとたいてい大学の図書館か、そうでなければ自宅に
籠もっている。昔は週末になればSOS団で不思議探しに興じていたわけだが、今はもうやっていない。
思えばあれは長門にとっていい外出の機会だったのだろう。大学に入ってからは
あまり外で活動することがないようだ。
というわけで、いい若者が年がら年中屋内で活字を眺め続けるのもいかがなものかと思い、
このオレが機会を見つけては彼女を課外活動に連れ出しているってわけだ。


キョン「どこか行きたいとこあるか?」
長門「・・・二条城」


えらく渋い選択だが、長門が行きたいっていう所ならどこでもかまわない。
オレは即座に同意した。


キョン「ついでに映画でも見ようぜ。今見たいのがあるんだ」
長門「どんな映画?」


彼女は少し微笑みながら聞き返した。


キョン「えっとな・・・ん?」


混雑した食堂の中には見知った顔が何組かいるようだ。
そいつらはオレたちを見つけると、いつもニヤケ顔をしながら意味ありげな視線を送ってくる。
ヤツらは清く正しく交際中の男女をからかっているつもりらしい。・・・やれやれだ。
オレは長門との関係を何度か簡単に説明してやったのだが、ヤツらはどうやら理解できなかったようだ。


最近の大学生の知能低下を嘆きつつ、オレは軽くため息をついた。
そんなオレの様子に長門は首をかしげ、不思議そうな顔で見つめていた。




ハルヒサイド


あれから2週間あまりが過ぎた。ハルヒはその間ずっと憂鬱な気分で過ごしていた。
酔いつぶれた自分をホテルに連れ込み、あげくの果てにそのまま放置して帰った彼氏に
ずっと憤りを感じていたのだ。


ハルヒは大学生になってから何人かの男と付き合った。しかし彼らはハルヒの内面ではなく、
彼女の体に惹かれただけであった。
ハルヒが彼らと過ごした時間はあまり充実したものとはいえなかった。
誰もがハルヒと真剣に向き合うことはなく、彼女はそれに気づきながらも
寂しさを紛らわすためか、求めに応じて体のつながりを許していた。


一方、ハルヒとの念願を果たした男はその後彼女と距離を置くようになった。
どうやら後腐れなく別れようと企んでいるらしい。


そんな男に用があったのか、その日ハルヒは昼休みに彼を捕まえた。


ハルヒ「・・・久しぶりね」
谷川「あ、ああ。この前は悪かったな。朝からゼミがあったんだ」
ハルヒ「そのことで話があるの」
谷川(・・・まさかバレたんじゃないだろうな)


男がこわごわハルヒの表情を盗み見ると、彼女は心配事でもあるのか、不安げな表情をしていた。
それから自信なさげに口を開いた。
ハルヒ「あれからね・・・・・こないのよ」
谷川「ん、なんのことだ?」


ハルヒ「だからこないの!・・・わかるでしょ?」


ハルヒの突然の言葉に男はかなり動揺した。


谷川(ちょ、ちょっと待て・・・あのときは間違いなく安全日のはずだ。
   ・・・そんなはずはない。ただ遅れてるだけだ、動揺するな)


男は内心の動揺を悟られないように平静を装った。


谷川「しっ!声がでかいぞ。・・・ただ遅れてるだけなんじゃないのか?」
ハルヒ「今までこんなこと一回だってなかったのよ!・・・あんたまさかあのとき」
谷川「バカをいうな。お前がそれをいやがるってことはよくわかってるんだ。
   ・・・それより、ちゃんと確かめたのか?」
ハルヒ「・・・まだよ」
谷川「じゃあすぐに検査薬買ってこい」
ハルヒ「・・・・・」


ハルヒはしばらく男をにらんでいた。ハルヒの視線から目をそらしていた男は、
2週間前の彼女の寝言をふと思い出して彼女にたずねた。


谷川「おい、キョンってなんのことだ」
ハルヒ「!?・・・知らないわよ」


思いがけない問いに動揺したハルヒは男から視線をそらし、後ろを向いてその場を走り去った。


谷川「やれやれ、最悪の場合も考えておいたほうがいいな」


ハルヒはその足で薬局に向かい検査薬を購入した。その結果は・・・陽性だった。
彼女はその場で男に電話をかけた。


ハルヒ「・・・・・今から時間ある?」
谷川「悪い、これから夜までバイトだ」
ハルヒ「大事な話なの。なんとか時間空けてよ」
谷川「今日はどうしても休めないんだ。・・・バイトが終わってから聞くよ。
   北口駅前の広場で待っててくれ」


そういうと男は一方的に電話を切った。


ハルヒ「あ、ねえ!ちょっと!・・・」


ハルヒは電話を持ったまま腕を垂れ、その場でうなだれた。


ハルヒ「なんてことよ・・・私、どうしたらいいの・・・」


男のバイトが終わるまでハルヒは待ち合わせ場所のベンチに座っていた。
男が指定したのは、かつてSOS団で不思議探索を行ったときや、その他のイベントの際に
集合場所として使っていた広場である。
ハルヒにとってはイヤというほど見慣れた場所だった。


待ち合わせの時間にはまだ4時間ほど早かった。
彼女はなにをするでもなく、ただぼんやりと高校時代の楽しかった日々をくりかえし
思い返していた。
今となってはもう戻ることのできない、あの充実した日々のことを。
不意に涙がこぼれそうになったが、彼女は持ち前の気丈さでなんとか耐えた。


やがて時間となり男が現れた。


谷川「待たせたな。・・・結果は?」
ハルヒ「陽性・・・みたい」


ハルヒが重い口を開くと、男は大きなため息をついた。


谷川「まだ妊娠と決まったわけじゃない。近いうちに病院へ行って
   ちゃんとした検査を受けろ」


男は、厄介なことをしてくれたとでも言いたげな様子である。


ハルヒ「・・・あんた、なんでそんなに落ち着いてられるのよ。私が妊娠したかも
    しれないってのに。私のこと心配じゃないの?」
谷川「心配してるさ。でもオレがここで慌てふためいたところで
   事態が変わるわけじゃないだろ」


男は淡々とした口調で言った。


谷川「それはそうとな・・・」
ハルヒ「なによ?」
谷川「キョンって男、お前が高校のときの彼氏なんだって?」


突然キョンの名前を出されたハルヒはまた動揺した。


谷川「ヘンな名前のヤツだな。まさか本名じゃないだろ?」
ハルヒ「関係ないでしょ!なんであんたがそんなこと知ってんのよ!」
谷川「元北高のヤツならみんな知ってるみたいぜ?北高出身のツレに聞いたよ。
   とっても仲がよかったみたいだな。今でもたまに会ったりしてるのか?」


男の言い草に驚いたハルヒだが、なんとか動揺を押し隠しながら口を開いた。


ハルヒ「・・・なにが言いたいの?」
谷川「お前が妊娠してるとしてもな、その、原因が気になるんだ。
   その男はどうなんだ?最近してたのか?」


ハルヒは男の冷淡な物の言いかたに再び驚かされた。


ハルヒ「あんた・・・私がそんなことするとでも」
谷川「お前のな、キョンって寝言はよく聞かされてたんだよ」


ひときわ大きい声で言い放った男の言葉にハルヒは絶句した。


谷川「それにお前、意味もなく泣き出したりするよな。もしかしてそいつのことを
   考えてたんじゃないのか?」


男の言葉にハルヒは返す言葉がなかった。自分が今だにキョンのことを忘れられずにいるということを
男から指摘されて動揺したからだ。そんなことは彼女自身自覚してはいなかった。特に寝言の話は初耳である。


ハルヒの沈黙を肯定と受け取ったのか、男はさらに言葉を重ねた。


谷川「お前に限ってそういうことはないと信じてたんだけどな・・・残念だよ」
ハルヒ「勝手なこと言わないで!・・・私あんたと付き合ってからは、ずっとあんただけよ」
谷川「どうだかな・・・これもいい機会だ。いい加減お前には付き合いきれないと思ってたんだ。
   そろそろ終わりにしよう。オカルト話の続きはそのキョンってヤツとしてくれよ」


ハルヒ「いきなりなに言い出すのよ・・・まさか逃げる気なの?」
谷川「人聞きの悪いこと言わないでくれ。性格の合わないお前とはもう付き合えないって言いたいだけだ。
   妊娠は・・・ま、たしかにオレが原因の可能性もある。その始末はつけるさ。」


先ほどよりもさらに冷淡な物言いだった。ハルヒは男の表情を見てわずかに寒気を感じた。


谷川「病院へ行くんだ。もし妊娠が本当だったら、オレも中絶の費用を負担する」


ひとつの命を消してしまおうというのに、それがさも当然であるかのように男は言った。


ハルヒ「あんた・・・・」


ハルヒの声は震えていた。どちらかといえば人情家の彼女にとって男の冷酷さはこたえた。


谷川「今日はもう帰るよ。手遅れにならないうちにはやく病院行けよ。
   結果がわかったらすぐに連絡してくれ」
ハルヒ「・・・・・」


そう言うと男は足早に去っていった。
ハルヒは悔しさのあまり体を震わせながら涙をこぼしていた。
もはや彼女の気丈さをもってしても、あふれる涙を止めることはできなかった。




キョンサイド


5月の連休を数日後にひかえたある日、オレは図書館の前で長門が出てくるのを待っていた。
時計の針は12時を指そうとしているところだ。
空は晴れ渡り、道ゆく学生たちは早くも連休に心を馳せているのか、妙に浮かれているようだ。
しばらくすると入り口から長門が出てきた。
彼女はオレに気づくと早足に駆け寄ってきた。


長門「待っててくれてたの?」
キョン「勉強の邪魔しちゃ悪いと思ってな。一緒に昼飯どうだ?」


彼女は黙ってうなずいた。とりとめない会話をしながら二人で食堂まで歩く。
食堂の中は当然のごとく混雑していたが、いつものように二人分の席を確保できた。


キョン「もうすぐ連休だな」
長門「・・・なにか予定ある?」
キョン「連休は毎年親戚の家に行くことになってるんだ」
長門「・・・そう」


少し残念そうな顔でうつむく長門。


キョン「・・・前半だけな。あとはヒマなんだ。よかったらまたどっか行かないか?」


そう言うと、長門は顔を上げてうなずいた。その表情は微笑をたたえている。
オレは長門の笑顔を見るとなぜかうれしくなってしまう。
長門の顔を眺めていると、彼女は少し不思議そうな顔をして見つめ返してきた。
二人の視線が一瞬ぶつかり合い、オレは照れながら視線を外した。


長門「・・・また京都に行きたい」
キョン「お前ホント好きなんだな。今度はどのあたりだ?」


オレが質問すると、長門はカバンからパンフレットのような冊子を取り出して
説明をはじめた。


長門「まずはここ。1000年前に建てられたこの建物は・・・」


長門がめずらしく雄弁に語る姿を見つめながらオレはゆっくりと食後のお茶をすすった。
…断っておくが、これはあくまで課外活動の一環である。
連休中ずっと図書館にこもりきりじゃ味気ないだろうしな。たまの屋外での経験も長門の勉強にとって
必要に違いない。書を捨てよ、町に出ようってとこだな。


それから数日が過ぎ、オレは親戚の家で貴重な連休の前半を費消した。
それが終わると、いよいよ長門との課外活動の日となった。


今日の天候は快晴、これほど課外活動にふさわしい日はないだろう。
待ち合わせ時間の30分前に北口駅前広場に着くと、すでに時計台の下に長門の姿があった。
彼女はオレに気づくと微笑みながら手を上げ、こっちに歩いてきた。
今日の長門は白いブラウスにスカート、青いカーディガンを羽織っている。
見た目の華やかさよりも素朴なさわやかさを重視したファッションは実に長門らしい。
手を振りながら微笑むその姿は、まるで町に現れた春の妖精のようだ。


キョン「待ったか?」


オレがそう言うと長門はわずかに首を振った。
それにしても、今日の長門はいつにましてキレイだな・・・。
透き通るような白い肌、うす紅に色づいた唇、そして
まぶたにはわずかにアイシャドーを入れているようだ。


…不覚にもしばし見とれてしまった。突っ立ったままボーっとしているオレに
長門は声をかけた。


長門「・・・いこ」
キョン「あ、ああ。すまん」


オレは長門と並んで駅まで歩き始めた。
本日の予定は午前と午後の二段構成である。
午前中は市内で長門ご推薦の寺院を巡り、午後から嵐山のハイキングコースへ向かうことになっている。
混雑する電車に乗り、オレたちは一路京都へと向かった。


午前中は長門の案内により、バスを乗り継いで寺院を巡った。
長門が選んだスポットはあまり有名ではないらしく、GWとはいえ混雑はしていなかった。
まあ移動手段の混雑は避けられなかったが。
長門曰く、それらは歴史的価値のあるものばかりだったらしい。
しかし今日のオレは、さなぎからかえったばかりの春の妖精に目が釘付けだったため
隠れた歴史的遺物の価値を認識することはできなかった。
オレは気がつくと長門を見つめており、彼女はそんなオレの視線に笑みを返してくれた。


11時半を過ぎたあたりであまり混んでいない喫茶店に目をつけ、軽い昼食を済ませた。
その後もしばらく店内で休み、午後からの英気を養った。


それからオレたちは、嵐山のハイキングコースへ向かう電車に乗った。


キョン「さすがにちょっと冷えるな・・・長門、寒くないか?」
長門「へいき」


電車内を見渡すと家族連れや老人が多く、オレたちみたいなカップルは少数派のようだ。
…あくまで課外活動の本分は忘れていないぞ。


オレは窓から外を眺める長門の横顔を見つめていた。
今日の彼女は儚げというかおぼろげというか、なにやら引き込まれそうな美しさである。


長門「・・・どうしたの?」


しまった。長門に気づかれたようだ。


キョン「ん、いや、なんでもない」
長門「今日のあなたはずっと私を見てる」


長門に指摘されてドキリとした。彼女はまるでお返しだといわんばかりに、
じっとオレの顔を見つめてくる。
適当にごまかそうかと思ったが、説得力のある理由が思いつかない。
しかたない。オレは素直に本心を白状することにした。


キョン「その・・・なんだ、今日のお前は・・・いつもよりキレイだなって思ってさ」
長門「・・・ホント?」
キョン「ああ。お前が化粧をしている姿を見るのは初めてだからな。それにその服
    よく似合ってるぞ」


上手い言葉が浮かばなかったが、オレは素直に本心を言った。こういうときに気の利いたセリフが
パッとひねりだせるヤツがうらやましい。
そんなオレの葛藤をよそに、長門はなにやらうつむいている。少し顔が赤いのは気のせいか?

長門「その・・ありがとう。化粧には以前から興味を持っていた。
   ・・・この服は友達が選んでくれた」
キョン「そうか。友達って、図書館でよく一緒にいるコたちだろ?一緒に出かけたりするのか?」
長門「たまに」
キョン「長門・・・お前変わったよな」
長門「統合情報思念体とのアクセスは以前に比べて格段に減った。今の私は一般人とほとんど同じ」


キョン「そういう意味じゃないんだ・・・なんというか、昔の長門もよかったが、
    今の長門はもっといい」
長門「よくわからない」
キョン「スマン。うまく言語化できない・・・ってヤツだ」


オレは昔長門に言われた言葉を、口調もそのまま真似して返してやった。


長門「・・・真似しないで」


そういうと長門は少しふくれっつらをした・・・ように見えた。
こんな表情もできるようになったんだな。そんな長門を見て、オレは声を殺して笑った。
彼女は顔をプイと横に向け、再び外の景色へと視線を移している。
オレは長門の魅力に引き込まれるように、再び彼女を見つめていた。


駅に着くとさっそくハイキングコースを歩きはじめた。
山腹にあるロープウェイから展望台まで上がることができる。
展望台からは市内を一望でき、それはそれはすばらしい景観らしい。


オレは長門の手を引きながらハイキングコースを歩き続けた。
…女性をエスコートするのは男の役目だからな。うん。


ロープウェイで展望台まで上がると、目の前には壮大なパノラマが広がっていた。
あたりには歓声を上げている観光客もいる。


キョン「これはいい眺めだな。ホント来てよかったよ。
    ホラ、あの辺からここまで上がってきたんだぜ」


そういうとオレは、ふもとの駅のあたりを指さした。


キョン「あのへんは午前中に回ったトコだな。あそこからバスに乗って
    あっちの方に・・・」


長門はオレの指さす方向をじっと眺めていた。いかんいかん、年甲斐もなく
はしゃいでしまったようだ。


長門「キョン・・・くん」


不意に長門が口を開いた。彼女が二人称以外の呼び方でオレを呼ぶのはめずらしい。


キョン「ん、どうした?」


長門のほうへ振り向くと、目の前まで長門の顔が近づいてきた。これは・・・
彼女は背を伸ばすようにして、オレと唇を重ねてきた。
柑橘系のいい匂いがオレの鼻腔をくすぐる。わずかに香水をつけているようだ。


数秒の間が流れ、彼女は唇を離した。一体何が起きたのか、オレの低スペックな頭は
まだ把握しきれていない。


キョン「・・・・・長門?」
長門「驚いた?」


少しはにかみながら長門が言った。


長門「これも以前から興味のあったことのひとつ。驚かせてごめん」


そういうと彼女はオレから背を向け、天然のパノラマ景観に目をやった。
…今やオレの心拍数は限界近くまで上がっていた。まさか長門がオレに
キスをするなんて・・・


キスされた瞬間から、頭がずっと長門の名前を連呼している。今は彼女のことしか考えられないようだ。
オレは自らを落ち着かせるため、昔のことを思い返していた。
初めて長門と合ったときは、ロクに会話も成立しない彼女のことはあまり印象に残らなかった。
マンションに呼ばれて延々と電波話をされたときには正直頭がどうかしていると思った。
しかしその後長門の正体がわかってからは、何度か命を助けられたり、日常のように起こっていた
トラブルの解決に毎回尽力してくれたりと感謝してもしきれないぐらいの恩を受けた。
頼ってばかりではだめだと思いつつも、最終的にはいつも長門を頼りにしていた。
冷静で表情を変えることはなく、部室にいても寡黙でずっと本を読んでいた長門。


そんな長門は大学生になってから大きく変わった。
自ら友達を作り、笑顔を見せるようになった。たわいのない会話もなんとかできるようになり、
自分の意見をはっきりと言えるようになった。
それから、化粧をして、おしゃれをするようになった。とてもキレイになった・・・


今ならわかる。今日オレがずっと長門に感じていたのは、きっと恋心に違いない。
高校を卒業してからずっとくすぶり続けていたオレには今の長門がとてもまぶしく見える。


…オレもそろそろ次のステップへ足を踏み出してもいい頃かな。
長門となら、こんなオレでも踏み出せるのかな・・・


気づいたときには、オレは長門の手を強く握っていた。
彼女は驚いて振り返る。オレは振り向いた長門の両肩を引き寄せ、
強引に唇を重ねていた。


柑橘系の香りと、髪から香るシャンプーの匂いがまじりあってオレの鼻腔をくすぐる。
長門の唇は甘く、小さく、そしてとても柔らかかった。
オレは長門の肩に置いた手を背に回し、ゆっくりと彼女を抱きしめた。


オレの抱擁に答えてくれたのか、長門もその細い腕をオレの背に回した。
永遠とも思える十数秒が過ぎてから、オレは唇を離して長門を見た。
彼女の白い頬は桜色に染まり、息を止めていたせいか少し肩を上下させていた。
上目づかいでオレの視線を受けている長門の表情がオレの動悸をさらに早める。
…ああ、今すぐ長門が欲しい。彼女のすべてを愛したい。


回りの観光客はそんなオレたちの様子をうかがっているようだった。
ロコツに視線を送ってくる者はいなかったが、
多くの人が視界の端でオレと長門のことをとらえているらしい。
彼らの好奇心が痛いほど伝わってくる。


これはしまった。オレは恥ずかしさのあまり、長門の手を掴んで足早にそこを後にした。
長門はうつむきながらオレの少し後ろを歩いている。
…彼女は今どんな顔をしているのだろうか。オレたちは黙って歩き続けた。


キョン「驚いたか?」


しばらくしてオレのほうから沈黙を破った。
長門は黙ったままコクコクと首を縦に振っている。


キョン「さっきのお返しだ」
長門「・・・もうッ」


長門は満面の笑みでオレを見上げてきた。・・・そうだ。オレはこの笑顔が大好きなんだ。
いつまでもこの顔を見ていたい。


ふと空を見上げると、太陽はややその角度を下げはじめていた。まわりには登山よりも
下山する人の流れのほうが大きくなってきたようだ。


キョン「そろそろ帰るか」
長門「・・・(コク)」
キョン「また来ような」
長門「・・・(コク)」
キョン「今日は楽しかったな」
長門「・・・とっても」


オレは長門の手を握り、二人仲良く並んで帰途についた。




ハルヒサイド


あれからハルヒは大学を休みがちになった。
家でボーっとしているか、近くをただブラブラと歩き回ってヒマをつぶしていた。
男からは毎日のように着信が入ったが彼女はそれを無視していた。
男はハルヒのことが心配なのではなく、ただ検査の結果が知りたいだけだろう。


GWを数日後に控えたある日、彼女はこっそりと産婦人科に行った。
検査を受けた結果、妊娠約一ヶ月であることが判明した。
ハルヒはあまり驚かなかった。彼女は今自分に起きている事態を
どこか他人事のように感じていたのだ。
男が言うとおり、このまま中絶することになるのだろうか。


その夜、ハルヒは夢を見た。
夢の中で小さな子供が二人出てきた。キョンの妹よりもずっと幼い子だった。
二人は泣いていた。二人が泣くとなぜかハルヒも悲しくなるので、
彼女は二人をなぐさめてやった。


二人をよく見ると女の子と男の子だった。顔はよく見えなかったが、
雰囲気からするとどうやら兄弟のようだ。
それからハルヒは二人と一緒に遊んだ。彼女は久しぶりに充実感を味わった。
まるでSOS団の活動をしているときみたいだった。


しばらくするとまた二人は泣き始めた。ハルヒがどれだけなぐさめても泣き止まなかった。
困った彼女は二人に泣いている理由をたずねた。
二人は泣き声を上げながら途切れ途切れに話すのでよく聞き取れなかったが、
どうやら「消えたくない」と言っているようだった。
その言葉を聞いてハルヒはとても悲しくなった。涙がどんどんあふれ出した。
彼女は涙を止めることができなかったので、二人を抱きしめながら一緒に泣いた。


そこでハルヒは夢から覚めた。まだ朝にはなっていないようで、窓の外は暗かった。
不意に頬の上をなにか流れ落ちる感触があった。ハルヒが頬をさわってみると濡れていた。
枕をさわってみるとそこも濡れていた。ハルヒはまた悲しさがこみ上げてきて、
枕に顔をうずめて泣いた。



それから、またいつのまにか眠ってしまったらしく、目が覚めると昼すぎになっていた。
彼女はもう泣いてはいなかった。かわりにひとつの決意ができていた。
顔を洗って頭を覚醒させると、ハルヒは男に電話をかけた。


谷川「もしもし・・・どうした?検査の結果はどうなんだ?」
ハルヒ「・・・妊娠一ヶ月だって」
谷川「やっぱりそうか・・・連休前ってのが不幸中の幸いだったかもしれんな。
   お前、連休中に中絶手術を」


ハルヒ「しないわ」
谷川「え?・・・なんだって?」
ハルヒ「私、中絶はしない」
谷川「お、お前・・・気がヘンにでもなったのか!?今から学校に」


男がなにか言いかけていたようだが、ハルヒはかまわず電話を切った。


谷川(クソ!切りやがった・・・やっかいなことになっちまったな。
   手遅れにならないうちに早いとこ中絶させないと・・・)


ハルヒはその晩、両親に妊娠した事実を告げた。それから中絶したくないということも告げた。
当然ながら両親は大反対だった。世間一般的には、大学在学中に妊娠して
どこの馬とも知れない男の子供を産むなどあってはならないことだ。
両親が反対するのももっともだといえる。
しかしハルヒは納得しなかった。自分の体に宿った小さな命を
そんな理由だけで消してしまうのは忍びなかった。


両親は何度もハルヒを説得したが、彼女はその言葉を聞き入れることはなかった。
ハルヒの父親は怒鳴り、母親はなだめながら粘り強く説得したが、
彼女が考えを改めることはなかった。


ハルヒは子供を産んだところで男とヨリを戻せるなんて考えてはいなかったし、
そんなことを望んでもいなかった。また、子供を認知させることで
扶養費を出させようというつもりもなかった。
彼女は出産の後、大学をやめて働きながら子供を育てるつもりでいた。


ハルヒは産婦人科に足しげく通い、出産に向けて現段階で注意することや
その心構えを教わったりしていた。


彼女はすぐに産婦人科の院長と仲良くなり、事細かにアドバイスをしてもらった。
両親や男が反対している以上、医者としては立場的に出産を止めるよう
忠告しなければならなかったが、院長は彼女の熱意に打たれてしまい
はやくも説得をあきらめていた。


それからひっきりなしに男から連絡が入るようになり、ハルヒは仕方なく
連休中のある日の夕方に男と待ち合わせた。場所はいつもの所だった。


谷川「待たせたな。どっかすいてるトコにでも」
ハルヒ「ここでいいわ。何の用よ?」
谷川「お前・・・わかってるだろ?妊娠のことだ」
ハルヒ「なんでアンタが口挟むのよ。私が妊娠したのは
    アンタが原因とは限らないんでしょ?」
谷川「・・・すまん、実はあのときオレ、避妊しなかったんだ。
   あの日は安全日だったろ?だから大丈夫だと思って」
ハルヒ「そんなことだろうと思ってたわ。最低なヤツね。とっとと
    私の前から消えてちょうだい」


谷川「そうはいかないんだ。・・・もうしばらくすれば中絶もできなくなる。
   そうなればオレは責任をとることができなくなってしまう」
ハルヒ「アンタに責任をとってもらおうなんて思ってないわ。この子は私だけで育てるの」
谷川「バカなことを言うな。一人で育てられるわけがないだろう。大学はどうするんだ?」
ハルヒ「・・・やめるわ。特に未練もないし」


谷川「ハルヒ・・・わかってくれ。お前は一人で育てられる気でいるが、そううまくいくはずがないんだ。
   お前が子供を産めば、オレにだって法的な責任が課せられる」
ハルヒ「・・・どこまでも勝手なヤツね。もう顔を見せないでちょうだい」


そう言うとハルヒは足早にその場を去った。
男はハルヒを説得する言葉がみつからず、立ちつくしていた。


ハルヒ「なんか言うだけ言ったらせいせいしたわ。なんであんなヤツと付き合ったり
    したんだろ?私ってホントバカね」


彼女は家に向かって歩きだした。連休中とはいえ時間帯のせいか、駅周辺には
人通りが少なかった。


曲がり角のところで、急に出てきた人影とぶつかりそうになった。
ハルヒはさっと身をかわし、人影を振り返った。


「あ、すいません・・・ってハルヒ!ハルヒじゃないか」


その人影はキョンだった。となりには長門も立っている。
二人は手をつなぎ、仲良く並んで歩いていたようだった。


ハルヒ「あ、ああキョン。それに有希も・・・ひさしぶりじゃない!」
キョン「元気してたか?最近は全然会ってなかったから気になってたんだ」
ハルヒ「う、うん・・・」


そういうとハルヒはうつむいてしまった。


ハルヒ(キョンと有希が二人で仲良く歩いてるなんて・・・まさか二人は付き合ってるの?
    ・・・やだ、私嫉妬してる。せっかく二人が楽しそうにしてるんだから、私も笑わなきゃ)


ハルヒは顔を上げて笑おうとしたが、なぜか笑顔が作れなかった。
何度やっても顔がひきつってしまう。
そんな彼女の様子に不審を抱いたのか、キョンが声をかけた。


キョン「おい、急に黙ったりしてどうしたんだ?具合でも悪いのか?」


ハルヒ「・・・んでもない」
キョン「なんだって?」
ハルヒ「なんでもないったら!」


そう叫ぶとハルヒは一目散に駆け出した。
走りに走って川沿いの公園までくると、しばらく息をいれてからベンチに腰掛けた。


ハルヒ(ヘンに思われただろな・・・ひさしぶりに会ったってのにいきなり逃げ出したりして)


夕方の公園は人通りもまばらであった。ハルヒはひざに手を置いてじっと川辺を見ている。


ハルヒ(私服の有希、すごくかわいかったな。あの二人いつの間にあんなに仲良くなってたのかしら。
    ・・・本当にお似合いのカップルって感じだったわ。ちゃんと付き合ってるのかな?
    キョンがいい加減なことしてるんだったらただじゃおかないわよ)


夕日ははるか西の空に沈み、あたりは薄暗くなっていた。それに合わせてか、
ハルヒの気分もだんだんと沈んでくる。


ハルヒ(もし、もし私がキョンと同じ大学だったら・・・今頃キョンと並んで歩いてたのは
    私だったのかな・・・キョン、いつも文句ばっかり言ってたけど、付き合いだしたら
    もっとやさしくしてくれたのかな・・・)


ハルヒは疲れていた。数日前に妊娠が発覚してからずっと気を張り続けていたのだ。
彼女は自分に宿った新しい命を守るため、ひとりで戦い続けていた。
おなかの子を守るという意味では、彼女の味方となる人物はほとんどいなかったといえる。
いくら気丈なハルヒとはいえ、そんな状態に長時間耐えられるほど強くはなかった。
今日たまたまキョンと長門が仲良く歩いているところに出くわしたことで、
張り続けていた緊張の糸はプツリと切れてしまった。


ハルヒ(なんだか・・・もうどうでもよくなってきちゃった・・・)


ハルヒは両足をかかえ、頭をひざにつけて嗚咽をもらしはじめた。



キョンサイド


京都での課外活動を終えたオレたちは混雑する電車に乗り、地元へと帰ってきた。
課外活動はたぶん今日でおしまいだ。次からはその名称と趣旨が変わっていることだろう。
オレが長門の顔を見ると、長門もオレの顔を見上げて笑顔で応えてくれる。
この笑顔をもっと見ていたい。今のオレの願いはそれだけだ。


キョン「今日の活動ははこのへんで終わりだな・・・
    なんだかもったいない気もするけど」


長門「・・・おなかすいてない?」


長門がオレを見上げて聞いてきた。


キョン「そういや昼飯あんまり食べてなかったな。腹が減っておなかと背中がくっつきそうだよ」


オレの冗談に長門は微笑を返してくれた。


長門「・・・私の家に来る?」


それを聞いてオレの心臓が大きく波打った。長門に聞こえるのではないかというぐらい大きな音を
叩き出している。・・・いかんいかん、落ち着けオレ。やましいことを考えるんじゃない。


長門「一緒に夕飯食べよ?」
キョン「あ、ああ。いくいく、絶対行くよ。楽しみだなあ!」


オレがわざとらしく大きな声で言い、内心の動揺をかき消した。
そんなオレを長門は不思議そうな顔で見つめる。
まずい、動揺が悟られてしまう・・・オレは長門の手を引いて歩きはじめた。
こういうときは誤魔化すに限る。


しかし動揺していたせいか、曲がり角のところで人が飛び出してくるのに気づかなかった。


「あ、すいません」


ぶつかりそうになり反射的に謝るオレ。どうやら向こうがオレをよけてくれたらしい。
その人影に目をやると、なんとそこにはハルヒが立っていた。


キョン「ハルヒ!ハルヒじゃないか」
ハルヒ「あ、ああキョン。それに有希も・・・ひさしぶりじゃない!」


ハルヒと会うのは本当にひさしぶりだ。その面影は高校の頃とまったく変わっちゃいない。


キョン「元気してたか?最近は全然会ってなかったから気になってたんだ」
ハルヒ「う、うん・・・」


なぜかハルヒはうつむいてしまった。・・・今日はなんか元気がないみたいだな。
しばらくハルヒはうつむいたまま動かなかった。


キョン「おい、急に黙ったりしてどうしたんだ?具合でも悪いのか?」


ハルヒ「・・・んでもない」
キョン「なんだって?」
ハルヒ「なんでもないったら!」


そう叫ぶとハルヒは一目散に駆け出した。一体どうしたんだ!?
オレはハルヒを追いかけようとしたが、ふと長門のことが頭をよぎり、断念した。
…ハルヒの俊足に追いつけるはずもないしな。


長門「落ち込んでいるようだった」
キョン「そう見えたのか?たしかにちょっと元気なさそうだったが・・・」


あれだけの俊足を披露したぐらいだから体調が悪いってわけでもなさそうだ。


キョン「ムシの居所が悪かったんだろ。なんだか怒ってたみたいだしな。後で電話してみるよ」


そういうとオレたちは再び歩き始めた。北口駅から長門のマンションまで
少し歩かなければいけない。
マンションにつくころには日はすっかり沈んでしまっていた。


それから長門の部屋に入って一息ついた。なんたって今日はイベントが目白押しだったからな。
長門がいれてくれたお茶を飲み、しばらく二人でくつろいでいた。


長門「・・・そろそろごはん作るね」
キョン「オレも手伝うよ」
長門「いい。ここで待ってて」


そういうと長門はキッチンに向かった。
オレはやることがなかったので、居間の隅っこに置いてあるテレビの電源を入れた。
長門が大学に入ってから買ったテレビらしい。あまり使うことがないのか、
リモコンは新品同様にキレイだった。


オレはテレビをつけると、Uターンラッシュだの休み中に起きた事故だのという
ニュースの数々をボーっとしながら聞き流していた。
台所からは長門が小刻みに包丁を使う音が聞こえてくる。


…なんだかこういうの悪くないな。もしオレたちが結婚したら
毎日こんな感じかな?一緒にメシ食って風呂入って、その後は・・・
いかんいかん!なぜかさっきから考えがやましい方向へいってしまう。
オレは両手でほほをはたき、妄想を頭から追い出した。


そのときオレの携帯に電話がかかってきた。
相手は・・・国木田のようだ。


国木田「もしもし、キョン?」
キョン「ああ、ひさしぶりだな。なんか用か?」
国木田「ちょっと気になることがあってね・・・
    キョンに言おうかどうか迷ってたんだけど」
キョン「どうしたんだ?」


国木田「最近涼宮さんが大学に来なくなってたんだ。4月の半ばぐらいからだったと思う。
    普段は授業をサボるような人じゃないからずっと気になってたんだよ」
キョン「それ本当か?」
国木田「うん」


体調不良というわけじゃなさそうだな。オレと長門は
さっきハルヒが全力疾走する場面を見ている。
あのハルヒに限って登校拒否ということもないだろうし。


国木田「実はね・・・彼女、どうやら妊娠してるみたいなんだ」


オレは耳を疑った。ハルヒが妊娠した?ウソだろ?


キョン「・・・あまり笑えない冗談だな。連休でヒマなのはわかるが
    もうちょっとマシなこと考えろよ」
国木田「ウソじゃないよ。涼宮さんと仲のいい子がそう言ってたし、
    それにさっき涼宮さんが駅前で彼氏と言い争ってたトコを
    みたっていう友達が電話くれたんだ。中絶するとかしないとかで
    ケンカしてたみたいだよ」


さっきハルヒが駅前にいたのはそういうことだったか・・・?


キョン「・・・もっと詳しく話してくれ」
国木田「僕が知ってるのはこのくらいだよ。彼女から直接聞いたほうがいいんじゃないの?
    彼氏とはなんだかうまくいってないみたいだし、キョンが力になってあげなよ」
キョン「わかった。そうする」
国木田「それじゃあね」


そう言うと国木田から電話を切った。


長門「・・・どうしたの?」


キッチンのほうを見ると長門が心配そうにオレを見つめている。


キョン「ん、なんでもない・・・全然たいしたことじゃないんだ」


口ではそういいながら、頭はハルヒのことで一杯だった。
あのハルヒが妊娠?なぜ?相手は誰?中絶って一体どういうことなんだ?
オレはここでなにをしているんだ・・・?


オレはしばらく呆然と立ち尽くしていたらしい。長門がますます心配そうな顔で
オレを覗き込んでくる。


長門「ホントのこと教えて・・・一体なにがあったの?」


長門の言葉で我に返ったオレは、彼女にハルヒが妊娠したということを告げた。
そのことでハルヒが苦しんでいるということも付け加えて。


長門「子供を身ごもるということは祝福すべきこと。どうして苦しまなければいけないの?」


長門は不思議そうな顔で聞いてくる。
こういうことについては長門も疎いみたいだな。


キョン「・・・祝福されない妊娠だってあるんだよ。親に望まれずに子供が生まれるなんて
    そうめずらしいことじゃない」
長門「父親・・・彼女の相手はなにをしているの?」
キョン「どうやら出産することに反対らしい。・・・ハルヒは産みたがっているらしいが。
    男に反対されてどうやら一人で苦しんでいるみたいなんだ」


…ハルヒが他の男の子供を欲しがるなんて、正直そんな話は聞きたくなかった。


長門「子供を守るのは父親の役目なのに、なぜ出産に反対するの?」


なぜかオレは、今の長門の言葉にカッとなってしまった。


キョン「・・・そんなことまでオレが知るかよ!」


オレは無意識に声を荒げていた。気づいたときには、
長門がややおびえた表情でオレをみつめていた。


長門「・・・ごめんなさい」


長門は暗い表情でうつむいていた。しまった!オレは彼女になんてことを・・・


キョン「スマン、ちょっと混乱しちまって・・・お前に当たるつもりじゃなかったんだ」
長門「・・・いい」
キョン「すまない・・・突然のことでちょっと驚いただけなんだ。
    あのハルヒが妊娠だなんて、考えもしなかった」


しばらくの間重い沈黙が訪れた。再びオレの頭が混乱に包まれる。
…高校三年間、ハルヒのそばにはいつもオレがいて、それが当たり前になっていた。
オレは心のどこかで、まだハルヒのそばに戻れると思っていたのかもしれない。
ハルヒの妊娠の話を聞いてショックを受けているのは、その望みが永遠に断たれてしまったからなのか?
オレは今の今までずっとハルヒに未練を持ち続けたっていうのか?


…いいやそんなはずはない。オレは認めないぞ。オレにはもう長門がいる。
ハルヒのことはもう断ち切ったはずだ。
オレが混乱しているのは、考えもしなかったハルヒの妊娠という事実に
少し肝を抜かれただけなんだ。ただそれだけのことだ。


この重い沈黙を破ったのは長門の言葉だった。


長門「・・・様子を見に行かなくていいの?」
キョン「えっ・・・?」
長門「さっき彼女と会ったとき、すごく落ち込んでいるようだった。
   ・・・今、涼宮ハルヒは一人で苦しんでいる・・・でしょ・・・?」


長門はやや顔を背けながら淡々と語った。オレからその表情をうかがうことはできない。


キョン「・・・いまさらオレの出る幕じゃないさ」
長門「・・・このままでいいの?」
キョン「ああ。こういうことは他人が口出しすることじゃない」


オレはまるで自分に納得させるかのようにつぶやいた。


キョン「・・・それより長門、飯はまだかな?
    腹が減って死にそうなんだ。やっぱりオレも手伝うよ」


オレはやや強引に長門の背中を押し、二人でキッチンに向かった。
すでに料理はほとんど完成していたらしく、キッチンにはやたらいい匂いが漂っている。
メニューの内容は、


ポークカツレツ コーンポタージュ 
大根サラダ 冷製トマトパスタ


となかなか豪勢なものだった。これだけのご馳走を作る材料を家にそろえていたということは、
近々お客さんでも来る予定があったのだろうか。
オレは長門を手伝い、手早く配膳を終えた。


キョン「いただきます」


今日はさんざん歩き回って相当エネルギーを消費してしまっている。
目の前のご馳走でその補給ができるなんてオレは幸せ者だ。


キョン「・・・うん、うまい!長門がこんなに料理上手だなんて知らなかったよ。
    これはうますぎだな。いつ覚えたんだ?」
長門「・・・レシピの本を読んだり、友達に教えてもらったりした」
キョン「そうか、お前の友達も料理上手なんだな。・・・しかし、今日の締めくくりに
    こんなうまい飯が食えるなんて思わなかったよ」


長門はあまり食欲がないのか、ほとんど料理に手をつけずにいた。
オレの真向かいに座っている彼女は食事を始めてからずっとうつむき加減で、どこか暗い表情をしていた。
…さっきまでの笑顔はどこにいってしまったんだ?


キョン「長門・・・どうしたんだ?ほとんど食べてないじゃないか。お腹すいてないのか?」
長門「・・・やめて」


彼女はボソリとつぶやいた。


キョン「へ?」
長門「・・・もうやめて」


うつむいたまま長門は言う。一体どうしたんだ?


キョン「なんのことを言ってるんだ?」
長門「・・・楽しくもないのに無理して笑顔を作るのはやめて」
キョン「な、なにを言ってるんだ。楽しくないわけないだろ?現に今だって」
長門「・・・うそ」


長門はおもむろに顔を上げた。なぜか目元がきらりと光っている。


長門「さっきまでのあなたはもっと自然な笑顔だった。そんな作り笑いをしてなかった」
キョン「お、おい・・・それは違うぞ」
長門「違わないッ!」


長門は大きな声で言い放った。・・・オレは自分の耳を疑った。
長門がこんな風に叫ぶなんてはじめてのことだ。


長門「じゃあなんで私は全然楽しくないの?なんで私は笑えないの?」


再び目を伏せながら長門は言った。


長門「・・・せっかくあなたと一緒にいられるのに」


キョン「長門・・・オレ、そんなつもりじゃ・・・」
長門「あなたは今、だれのことを考えてるの?あなたが今したいことはなに?」
キョン「・・・長門」


長門は顔を上げてまくしたてる。彼女の目はうっすら涙をためていた。
長門・・・なんて悲しそうな顔をするんだ。長門の泣き顔なんてはじめて見た。
オレが長門をこんな顔にさせてしまったのか・・・?


長門「なんでもっと素直になれないの?私、あなたの作り笑いなんて見たくない」


そう言うと長門は寝室へと走っていってしまった。
…心が痛い。罪悪感が容赦なくオレを責めたてる。
長門が泣いているのはオレが素直になれないから?長門がオレに言いたかったのは・・・


やはりハルヒのことか。さっき国木田から電話がかかってきて、
それからずっとハルヒのことが気になっていた。ハルヒが今どこでなにをしているのか
気になってしかたがない。アイツが今大変な状態だったなんて全然知らなかったんだ。
駅前で会ったときにちゃんと話せばよかった。


実は長門の作ってくれたご馳走だって、ハルヒが気になるあまり
ろくすっぽあじわっちゃいなかった。


…そりゃ長門だって怒るよな。せっかく作ってくれたのに、悪いことしたよな・・・
オレは寝室のドアの前に立っていた。今すぐ長門にあやまりたいが、開けることがためらわれたからだ。
…オレはなんてあやまったらいいんだろう。

ドアの前でオレが迷っていると、しばらくしてゆっくりとドアが開けられた。
寝室から長門がうつむき加減で出てくる。


キョン「長門・・・さっきはすまなかった。・・・本当はさっきからずっと
    ハルヒのことが気になってしかたなかったんだ・・・」


長門はもう泣いてなかったが、オレからやや目を反らしながら口を開いた。


長門「行ってきて。彼女を慰めてあげて」
キョン「長門・・・オレ・・・」


長門「これ・・・持っていって」


そういうと長門はある物をオレの手に握らせた。
これは・・・鍵?それにこのメモ書きは?


長門「・・・この部屋のスペアキー。そのメモは玄関のオートロックの暗証番号。
   ・・・あなたに持っててほしい」


キョン「長門・・・それって・・・・」


長門「その・・終わったら・・・戻ってきて。夕飯、一緒に食べたいから」


今度はオレをまっすぐ見つめていった。彼女の顔に少しだけ笑顔が戻ったようだ。
長門の笑顔を見ると、つられてオレも微笑んでしまう。


キョン「・・・ああ、ちゃんと戻ってくるよ。まだほとんどメインディッシュに
    手をつけてないしな」


オレの言葉に長門はゆっくりとうなずいた。やはり長門には笑顔が一番よく似合っている。


長門「・・・気をつけて」


それからオレは長門のマンションを出て、夜の町に飛び出した。
ハルヒに電話をしてみたが一向に出る気配はない。
アイツ、もう家に帰ったのかな?さっきの様子だと
まだその辺をブラついてるのかもしれないな。


気がつくとオレは走っていた。駅前広場まで行き、ハルヒがいないことを確認する。
オレは高校時代の記憶を総動員してアイツが行きそうな場所を考えた。
まてよ、ハルヒが走っていった方向・・・もしかして川沿いの公園か?
あそこならSOS団の不思議探索で何度も足を運んだ場所だ。
ハルヒがいる可能性も高いと思われる。


オレは全力疾走で公園まで向かった。
現地に着くと、ゆっくりと歩きながら十分に息を入れた。
…昼の山登りの疲れがだいぶ残っているようだ。だがそんなこともいってられない。
公園は川沿いに細長く続いており、端から端まで行って戻ってくるだけで早くても20分はかかってしまう。


しかし川沿いを上流に向かってしばらく歩いていると、わりとあっさり見つかった。
川沿いのベンチに体育座りをして、ひざに頭をつけている。


ハルヒ・・・泣いてるのか・・・?


かすかにハルヒの嗚咽が聞こえてくる。
オレは声をかけることを一瞬だけためらったが、覚悟を決め直してベンチまで近寄った。


キョン「・・・ハルヒ」
ハルヒ「・・ふぇ・・・・!?」


ベンチの目と鼻の先まで近づいてからハルヒに声をかけた。
彼女はオレの突然の登場に驚き、とっさに逃げようとする。
オレは素早くハルヒの前に回り、なんとかその場に押しとどめた。


キョン「もう逃げないでくれよ。お前の全速力には追いつけそうもない。
    ・・・お前のことが気になってな。さっきから探してたんだ」


ハルヒ「・・・・・」
キョン「となり、座っていいか?」


ハルヒの沈黙を肯定と受けとったオレは、彼女の横に腰をおろした。


キョン「お前が今、大変なんだってことは国木田から聞いたよ」


そう言うとハルヒはビクッとしてオレに視線を向けたが、すぐに目を反らした。


キョン「それを聞いてさ・・・オレ、いてもたってもいられなくなったんだ。
    お前が一人で苦しんでいたなんてな。・・・なあハルヒ、
    よかったらオレに話してくれないか?」
ハルヒ「・・・・・・」


ハルヒは何も言わない。これが昔のハルヒなら確実に「うるさい」とか
「あんたには関係ないでしょ」などと悪態をついてたはずだ。


キョン「・・・お前が落ち込んでいるところを見るのは久しぶりだな。
    高校のときのお前はときどき今みたいに憂鬱になってたもんだ。
    いつもハイテンションなお前が急に沈んでしまうもんだから、オレはよく心配してたんだぜ」
ハルヒ「キョン・・・私・・・」


ハルヒの顔を見ると、泣き疲れて真っ赤になった目がまた涙で濡れている。
彼女はしきりに目をこすっていたが涙は止まらず、次第に嗚咽をもらしはじめた。
ハルヒは嗚咽交じりの声で、妊娠を疑いはじめた半月前くらいからの事情をぽつぽつと語り始めた。


ハルヒは口数こそ少なかったが、今に至るまでの彼女の憤りや苦しみが痛いほど伝わってきた。
コイツのことだ・・・ずっと一人で苦しんできたんだろう。
肝心の男はハルヒを見捨て、親の支援も期待できない、そんな状況でコイツはずっと頑張っていたんだ。


なぜオレはハルヒのそばにいてやれなかった?
大学が別だから?SOS団がなくなったから?・・・オレは今までなにをやっていたんだ。
どうしようもないやるせなさがオレの心を覆った。


ハルヒ「グスッ・・・ヒグッ・・・キョン・・・私・・もう疲れちゃった・・・・」


ハルヒは嗚咽を抑えながらそう言った。
…オレがそばについてたら、ハルヒがこんなつらい思いをすることはなかった。
うぬぼれかもしれんが心からそう思う。オレ以外にハルヒを許容できる男なんて
そうそういないんだ。


ハルヒ「苦しかった・・・怖かった・・・誰も助けてくれなかった・・・」
キョン「ハルヒ・・・辛かっただろうな。本当に苦しかっただろうな。きっとお前のことだから、
    ずっと一人で頑張ってきたんだろう?」
ハルヒ「キョン・・・うあぁああッ!キョン!キョン!」


ハルヒはオレの肩に顔をあて、大きな泣き声を上げはじめた。
オレはハルヒの背中を軽く叩いてやる。
…オレが・・・オレが、ずっとそばにいてやれば・・・・・


いつのまにかオレも一緒に泣いていた。どうしようもない後悔が心の中にあふれかえっていた。
オレはハルヒの嗚咽が聞こえなくなるまで、彼女の肩を抱き続けた。


それからどれくらい経っただろうか。永遠に続くと思われたハルヒの嗚咽も
次第にトーンが下がっていき、やがてあたりは静かになった。
川のせせらぎがかすかに聞こえてくる。回りにはオレたち以外に人の気配はない。
もし誰かがそばを通りかかったなら、たぶんオレたちは夜の公園で仲良く肩寄せ合うカップルに見えたことだろう。


ハルヒ「キョン・・・ありがと。アンタのおかげでちょっとだけ元気出てきたわ。
    もう大丈夫だから」


ハルヒは不意に立ち上がり、オレに振り返ってそう言った。


キョン「ハルヒ・・・無理をするなよ。つらいときは誰かに助けてもらえばいいんだ。
    今後お前がつらくなったときは今日みたいにオレがまっさきに駆けつけてやる。長門だっている。
    ・・・きっと古泉や朝比奈さんだって、お前が本当にピンチのときは駆けつけてくれるさ」


ハルヒ「ん、ありがとう。ホントにうれしいよ・・・でも大丈夫」
キョン「大丈夫なもんか・・・お前のことだから、誰がなんと言おうと中絶はしないんだろ?
    お前はたとえすべてを敵に回そうとも、お腹の子を守る気でいるんだろ?」
ハルヒ「・・・うん」
キョン「だったら、お前の味方ができるのはオレたちしかいないじゃないか。
    ・・・今こそ離れ離れになっちまったけど、SOS団はずっと運命共同体だったじゃねえか!」


オレがそう言うと、ハルヒは黙って後ろを向いた。


ハルヒ「・・・有希はどうしたの?」
キョン「ハルヒ!話はまだ」
ハルヒ「あんたたち、つきあってるんでしょ?」


ハルヒは川を眺めたままそう言った。彼女の問いに、なぜかオレは即答できなかった。
オレたちはもう付き合っていることになるのだろうか。
たしかに今日はキスをしたし、長門の家にも上がった。ここに来る前には部屋の合い鍵だって渡された。
国木田からの電話がなければ、ここでハルヒに会わなければ、
間違いなく今日を境にオレたちは付き合っていたに違いない。でも今は・・・


ハルヒ「いい?私は妊娠してるのよ?その私をアンタが助けてくれるってことは
    どういうことかわかってんの?」


急に振り向いてハルヒは言った。


ハルヒ「有希と付き合っている以上、中途半端なことはこの私が許さないわ。
    ・・・それに私だって、一人の力で出産できるなんて思ってないわよ。
    ウチの両親は今こそ大反対してるけど、最後にはきっとわかってくれるわ」


キョン「ハルヒ・・・」
ハルヒ「私のワガママだってことは十分わかってる。こんなことは社会的に許されないってこともね。
    でも、私もう決めたの。・・・ただ、私が決めたことでアンタたちを巻き込みたくはないわ」


そこまで言うと、ハルヒは少しだけうつむいた。
いつのまにか風は止み、ぽつりぽつりと雨粒が降りはじめていた。

ハルヒ「アンタたち、お似合いのカップルだったわ。まさか有希が
    あんなにかわいくなってたなんてね・・・あの子、素直でいい子じゃない。
    ・・・大事にしてあげてね。あの子を悲しませたりなんかしたら絶対許さないわよ」
キョン「・・・ハルヒ、オレは」
ハルヒ「私はねッ!」


ハルヒはオレの言葉をさえぎるように言った。


ハルヒ「私、ホントのこと言うと、ずっとアンタのことが好きだった」
キョン「・・・・・」
ハルヒ「高校を卒業して、アンタと離れ離れになって、ずっと寂しかった・・・
    でも私、素直になれなかった。アンタに好きだって言えなかった」
キョン「ハルヒ・・・」
ハルヒ「チャンスなんていくらでもあったのにね・・・大学では他の男からたびたび告白されたわ。
    最初に私が告白を受けたときはほんの軽い気持ちだった・・・もしかしたら、
    それを聞いたアンタが嫉妬してくれるかなって思ってね。アンタの気を引こうとしてたの」
キョン「・・・・・」
ハルヒ「わかってる。アンタのこと責めてるわけじゃないのよ。あのとき
    素直になれなかった私が悪いの」


…除々に雨脚は強くなってきた。オレたちは雨ざらしのまま、しばらく沈黙が続いた。
雨が川面に落ちる音が無数に響き渡る。


わかっている。オレがハルヒを責められるわけがない。・・・こいつは寂しかったんだ。
みんなと離れ離れになって、新しい環境で親しい人はいなくて、立ち上げたサークルだって
誰もついてこなかった。ハルヒは決して口にしないだろうが、ものすごく心細かったに違いない。
そんなときに、寂しさを紛らわそうとして彼氏を作ったこいつを誰が責められるんだ?


重い沈黙を破るようにオレは口を開いた。


キョン「オレは・・・オレだってお前のことが」
ハルヒ「言わないで!」


ハルヒは再びオレの言葉をさえぎった。


ハルヒ「遅いよ・・・もう私、他の男の子供を身篭ってるのよ。
    アンタだって、こんな私・・・イヤ・・でしょ・・・」
キョン「ハルヒ・・・オレ・・・」
ハルヒ「・・・私たち・・きっと縁がなかったのよ」


今や雨は本降りとなっていた。・・・まるでオレたちの心の中を映しているようだ。


なぜか言葉が喉の奥に引っかかって出てこない。
一体どうしたっていうんだ?ハルヒの言葉をこのまま認めちまうのか?
はやくなにか言えよ。なにか言わなきゃ・・・


ハルヒ「私、ここでちょっと頭冷やしてから帰るわ。先に帰ってちょうだい」
キョン「・・・・・」
ハルヒ「早く行って!」


…オレは結局ハルヒに何も言うことができず、そのままベンチを後にした。
心がカラッポになったようで、何も考えられなかった。


それからどこをどう歩いたのか覚えていない。時間の感覚などはとっくに
失っていた。・・・心が切り刻まれるように痛い。
これならいっそボコボコに殴られたほうがずっといい。
オレが流す涙はそのまま雨に洗い流されたが、いっそオレの体ごと
どこか遠くまで流してほしかった。

気づけば、長門が傘を差してオレの前に立っていた。悲しそうな表情で
オレのことを見つめていた。
…またオレが、長門をこんな表情にさせちまったのか。


長門は黙ってオレに傘を差しかけてくれた。


キョン「長門、オレはまた後悔することになりそうだ・・・この2年間、ずっと後悔し通しだった。
    本当に素直じゃなかったのはアイツじゃなくてオレなんだ。オレはずっと自分にウソをつき続けていた。
    それがこの後に及んで、またウソをつこうとしてるんだ・・・」


長門を見て少しホッとしたのか、体中から力が抜けた。
足が震え、そのままオレはひざをついてしまった。


キョン「なあ長門・・・オレ、わからないんだ」
長門「・・・・・」
キョン「オレは・・・オレは今・・自分がなにをしたいのかすらわかんないんだよ!」


…オレは長門に抱きかかえられて泣いていた。
ひざをついたまま長門にしがみつくオレを、彼女は強く抱きしめてくれた。


どうやらそこは長門のマンションのすぐ近くだったらしい。
長門はオレを抱えるようにして部屋まで導いてくれた。
オレ自身はあまり意識していなかったが、長時間雨ざらしになっていたせいか
ずいぶんと体が冷えているようだ。


長門はすでに風呂を用意してくれていた。オレは彼女に言われるまま、
湯船で体を温めていた。

…頭どころか心までがからっぽになってしまったようだ。
今はなにも考えられないしなにも感じない。
もしかしたら心の防衛機能が作動してるのかもしれないな。
これ以上負担がかかれば、かなりの確率でぶっ壊れてしまいそうだ。


オレはだいぶ長い時間入浴していたみたいだ。風呂から出ると、頭がのぼせて
ややふらついてしまった。


長門「大丈夫・・・!?」


長門が駆け寄ってきてくれた。心配そうにオレを見上げている。
まさか風呂の前で待っていたわけではないだろうが、絶妙なタイミングだ。


キョン「ああ、問題ない。・・・できれば冷たい飲み物がほしい」


長門はコクリとうなずくと、少し恥ずかしそうにオレから目を反らして言った。


長門「タオルはこれを使って。あなたの服は洗わせてもらった。今乾かしてるの」
キョン「ああ・・・手間をかける」
長門「もうしばらく待っててね」


オレは体の水気をふきとり、バスタオルを腰に巻くとキッチンに向かった。
テーブルの上には長門が用意してくれたドリンクが置いてあったので、ありがたく頂くことにする。
オレはイスに座り、深いため息をついた。


目の前には長門が作ってくれたご馳走の皿がある。まだほとんど手をつけられていないそれらには
きちんとラップがかけられていた。


長門・・・おなかすいてるだろうな。オレは一体なにをやっているんだろう。
長門を傷つけて、ハルヒを傷つけて、今は自分の心までもナイフで切り刻んでいる。
オレがはじめから素直になっていれば、誰も苦しむことはなかった。


…いかん。また心が痛み出した。頭をからっぽにするんだ。
そうすれば痛みを感じることもない。


オレはしばらくの間イスに座ったまま目を閉じていた。


どれくらい時間が経っただろう・・・時間間隔が麻痺している今のオレにはわからない。
突然後ろから、なにか柔らかいものがオレの肩に触れた。
それは熱を帯びていて、その感触は除々にオレの胸のあたりまで伸びてくる。


目を開けて振り返ると、長門の顔がすぐそばにあった。
彼女の湿った髪からはシャンプーの香りが漂ってくる。
露わにしたその肩は透きとおるように白い。自然と鼓動が早くなっていく。
…長門はバスタオルを一枚まとっただけの姿だった。


オレは頭をフル回転させて現状の把握に努めた。
長門がオレを後ろから抱きしめているのか?胸のあたりに感じている柔らかい感触は・・・
長門の腕か。髪が湿っているようだが、いつの間に風呂に入ってたんだ?


彼女の吐息がオレの首筋にかかる。
オレの鼓動は除々に回転を上げ、まもなくレッドゾーンに到達する。


キョン「長門・・・」
長門「だめ。なにも考えないで」


オレはまるでかなしばりにかかったように動けなかった。


長門「素直になるのはきっと難しいことじゃない・・・勇気を振り絞って、
   一歩だけ前にふみだせばいいの」
キョン「・・・・・・」
長門「それはとても勇気のいること。・・・踏み出せば自分が傷つくことになるかもしれないから。
   でも傷つくことを恐れて何もしなければ、後でもっと後悔することになる」


…それは誰のことを言っているんだ?オレのことか?ハルヒか?それとも・・・


長門「今はなにも考えてはダメ。頭をカラッポにして・・・」


そういうと長門はオレの前に回った。彼女の顔が除々に近づいてくる。
オレは何かを言おうとしたが、長門の唇がオレの口をふさいだ。
彼女はオレの背中に手を回し、上体にもたれかかってきた。
長門の小ぶりな胸はオレの胸板で押しつぶされ、バスタオルを一枚はさんで
十分にそのやわらかさが伝わってきた。


オレの頭の中は真っ白になり、いつのまにか強く長門を抱きしめていた。
オレの舌がやや強引に長門の唇をこじあけ、彼女の舌とからませる。
その口内は柔らかくて甘く、そして熱かった。
長門から石鹸とシャンプーの入り混じったとてもいい匂いがして、オレの鼓動は今や
激流へと変わっていた。
オレたちはしばらく口内の感触に身をゆだねていたが、少し息苦しくなって
やがて口を離した。


長門とオレはお互い背中に手を回したまましばらく見つめあい、オレは再び彼女を抱きしめた。
もはやなにも考えられない。考える必要もない。
今はただ精一杯長門を愛すればいいだけだ。後のことはそんときに考えりゃいい。


オレは長門を抱きかかえて寝室に入った。
長門をベッドに横たえてバスタオルを剥ぐと、彼女の白い肌が目に飛び込んでくる。
オレは長門の乳房に触れ、そのやわらかさを確認するように揉みしだいた。
長門の肌は珠のような輝きをもち、薄暗い部屋の中でもその白さはひときわ際立っている。
オレは片手で乳房をもてあそびながら、もう片方の乳房にキスをした。
それからそのきれいな乳首を口に含み、ゆっくりと、ときに強く刺激しはじめる。


長門「・・あッ・・・」


長門は口を手で押さえながらオレの愛撫に耐えているが、押さえきれずに声を漏らしてしまう。
しばらく乳首への刺激を続けた後、オレは乳房から口を離した。


長門「・・はぁ・・・はぁ・・・」


長門は少し荒く息をついている。彼女の息がおさまるのをまって、オレは彼女の口をふさいだ。
オレの舌が長門の口腔を刺激し、快感を与える。そのまま長門の背に手を回して強く抱きしめた。
形のいい乳房はオレの胸板で音もなく押しつぶされる。


ここまで密着すると彼女の鼓動がダイレクトに伝わってくる。オレの鼓動と合わせると、
まるで世界全体が揺れているように感じた。


オレは長門から口を離して、彼女のふとももに手を触れはじめる。
オレが触れた瞬間長門はビクっとなり、オレを強く抱きしめた。
ふとももに触れた手は除々に上を目指し、やがて彼女のそこにたどり着いた。
そこはすでに熱く熟していた。オレは大胆に指で触れる。


…あったかくてやわらかい。そこはオレのすべてを包み込んでくれるような、
そんな包容力を感じさせた。
長門は刺激に耐えられなくなったのか、オレの背中に回した手に力を入れて声を上げた。


キョン「・・・いいよな」


オレの言葉に長門はだまってうなずく。
オレは手早く避妊具をつけ、両手で長門の足を開いた。彼女のそこに自分自身をあてがい、
ゆっくりと中に沈める。


長門「んッ!」


その瞬間、長門は苦痛に顔を歪めた。


キョン「痛いか?」
長門「・・平気・・・続けて・・」


長門の言葉に従い、オレはゆっくりと腰を動かす。
彼女の中の感触はうすいゴムを隔てても確かに伝わってくる。
わずかでも動かすたびに快楽の波が押し寄せてくる。
オレ自身をやさしく包み込んでくれる長門の中は、まるで母なる海であった。


長門「・・・んッ!・・・ハァ・・・ハァ・・・」
キョン「長門・・・」
長門「・・・いいの・・・あなたの・・・好きなようにして・・・」


そう言うと長門は腕に力を入れた。彼女の爪がややオレの背中に食い込む。
オレは少しずつ腰の動きを早めた。


長門「んッ・・・あッ・・・」


長門は腰が動くたびに短い声を上げる。
オレは押し寄せる快楽の渦にたえきれず、長門に包まれたまま果ててしまった。
オレたちはひとつになったまま、しばらく肩を上下させていた。


長門は今、オレの腕に頭を預けている。
オレに背を向ける格好で横になっているので、オレから彼女の表情をうかがうことはできない。


オレは、長門になんといって声をかけたらいいのかわからなかった。
二人が沈黙したまま時間が流れていく。


長門「・・・私ね」


沈黙を破ったのは長門の方からだった。


長門「・・・私・・・あなたとこうなりたい・・・ってずっと思ってた」
キョン「・・・・・」
長門「ずっとあなたのことが好きだった。・・・でも言えなかった。
   言えば今の関係すら壊れそうな気がして」
キョン「・・・・・」
長門「今の大学だって、あなたを追いかけて入ったの。
   ・・・私、ずっとあなたのそばにいたかったから」


オレはずっと知らなかった。まさか長門がそんなにもオレのことを想っていてくれたなんて・・・


長門「私、勇気が出せなかった。・・・涼宮ハルヒの能力が消えてから、
   私は統合情報思念体から切り離されてひとりの人間になった。慣れるまで時間はかかったけど、
   除々にいろんな感情が表現できるようになった。私はとてもうれしかった」
キョン「そうだったのか・・・」
長門「でも、そのせいでいろんなつらいこと、悲しいことも知ってしまった。
   私は一人でいるのが怖くなって、友達を作ろうとした。もし拒絶されたらと思うと怖かったけど、
   私は勇気を出して一歩を踏み出した」


長門・・・オレは全然知らなかった。長門のこと、ちっともわかっちゃいなかった。


長門「でも、あなたとの関係は以前のままだった。私は次の段階に進みたかったのに、
   その一歩が踏み出せなかった。勇気がなかった」


…オレやハルヒと同じだ。長門もオレたちみたいに、相手から拒絶され、自分が傷つくのが怖くて、
ずっと同じ場所で足を踏みとどめていたんだ。


長門「・・・でも私、やっと勇気を出すことができた」
キョン「長門・・・オレは・・・」
長門「いい。私がこうしたかっただけなの。・・・私、はじめからわかってた」
キョン「・・・・・」


長門「・・・あなたの心には、いつだって彼女がいた。私の入り込む隙間なんてなかった」
キョン「・・・すまん」
長門「私後悔してない。・・・こんな私でも一歩を踏み出すことができたんだもの。
   自分の気持ちを隠したままあなたとの関係を維持し続けるよりずっといい」


わずかに長門の声はふるえていた。その表情は、オレからうかがい知ることはできない。


長門「ごめんね・・・最後にひとつだけ、私の願いを聞いて」


そう言うと長門はゆっくり振り向いた。彼女の目から涙がとめどなくあふれていた。
長門はオレの胸に顔をつけて言った。


長門「今だけでいいの・・・今だけでも、私と一緒にいて・・・」


長門はそこまで言うと、声を殺して泣き始めた。オレは彼女の肩に手をあててやさしく抱きしめる。
長門の細い肩はよわよわしくふるえていた。


キョン「長門・・・すまない・・・」


いつしかオレも涙を流していた。二人とも泣きながら、お互いを強く抱き締めあっていた。


翌朝目を覚ますと、窓の外はまだ薄暗かった。
長門はまだオレの横にいる。彼女は泣きつかれたのか、目のまわりを真っ赤にして眠っていた。
ふと枕元にひとつのオルゴールが置いてあることに気づく。なにげなくネジを回してみると、
なにやら聞き覚えのあるなつかしい曲が流れ出した。


…これは高校1年のときの学園祭ライブで、ハルヒと長門が最後に演奏した曲だな。


あのときの曲は、オレもMDにコピーしてもらって何度か聞いたので覚えている。
…明るい曲調のわりに悲しい歌詞で、あまり好きになれなかった曲だ。
曲に合わせて頭の中でその歌詞が浮かんでくる。
そのメロディを聞いていると決意が鈍りそうになるので、オレはオルゴールを止めた。


…長門には大事なことを教えてもらった。ほんの少し勇気を出せば、
傷つくことを恐れなければ、足を踏み出すのは難しいことじゃない。
オレやハルヒや長門はそれができずに2年間も苦しみ続けてきた。
オレはもう迷わない。傷つくことだって恐れない。


長門・・・もう京都には行けなくなっちまったな・・・


オレはベッドを降りると、うつぶせで眠っている長門に肩まで布団をかけてやった。


それから長門が洗ってくれた服を着た。
キッチンのテーブルの上には昨日のご馳走がそのままの状態でおかれている。
オレはポケットをさぐり、テーブルの上に合い鍵と暗証番号の書かれた紙をおいた。
紙は雨のせいでインクがにじんでしまっていた。


…鍵は結局一度も使わず終いだった。夕飯の続きも二度と訪れることはなくなってしまった。


オレは後ろ髪を引かれる思いを振り切って部屋を出た。外は除々に明るくなっている。
いつまでも落ち込んではいられない。オレにはやるべきことがあるんだ。


家に帰ると、ベッドに横になって今後のことを考えた。
ハルヒが出産するのは10ヶ月ほど先だが、それまで彼女が一人でやっていけるとも思えない。
最悪、オレしかハルヒの味方はいないかもしれないんだ。
もしかしたら大学をやめることになるかもしれんな。
父さんや母さん、きっと怒るだろうな・・・


オレはいつのまにか眠ってしまい、起きたら昼すぎになっていた。
顔を洗って目を覚ますと、確認しなければならないことがあったのでオレは国木田に電話をかけた。


そして翌日、GWは昨日で終わりを告げ、世間は日常に戻っていた。
オレは今ハルヒの大学に来て、谷川という男を凝視している。
こいつこそがハルヒを苦しめた元凶の男だ。このまま黙って見逃すわけにはいかない。
なにもとって喰おうってわけじゃないが、一言ハルヒにわびを入れさせないと気がすまない。


昨日国木田に電話して、ハルヒの元彼氏についての情報を聞き出している。
国木田はしぶっていたが、オレの執念深い追及に折れていやいやながらも詳しく教えてくれた。
人数の多い学部だったので、オレは違和感なく潜り込むことができた。


昼の授業が終わるとヤツは大学の近くの飲み屋に入り、先に来ていたツレと合流した。
オレはあやしまれないように近くの席に座った。
ヤツはハルヒのことなど何事もなかったかのように談笑していた。


…なんでコイツは笑っていられるんだ?ハルヒがあれだけ苦しんでいるのを見ながら、
コイツはなんとも思わないのか?


オレの心にドス黒い怒りがわきあがる。ヤツは今、オレの手の届く範囲に刃物がおいてないことを
感謝すべきだろう。


ツレB「・・・ところでお前、涼宮のことはどうなったんだ?」


突然ハルヒの名前が聞こえてきて、オレは意識を耳に集中させた。


谷川「だめだ。産むって言い張るだけでオレの言うことなんてちっとも聞きやしない。
   ・・・どこまでも厄介なヤツだ」


ヤツの言い草にオレは、怒りのあまり反射的に席を立ちそうになったがなんとか踏みとどまった。


ツレA「ほっときゃいいんじゃね?お前に迷惑はかけないって言ってるんだろ?」
谷川「バカ言え。産まれたらおしまいだ。お前は知らないだろうが、
   血縁上の父親には扶養義務っていうのがあってだな・・・」


オレの頭に親族法の講義で聞いた内容がよみがえったが、怒りのせいですぐにかき消えた。


ツレB「それじゃどうすんだ?」
谷川「なんとしても中絶させるさ。なんとしてもな・・・」
ツレA「まさかお前、またヤバいこと考えてるんじゃないだろうな?」
谷川「・・・どうしても言うこと聞かないときはやむを得んな」


ヤロウ・・・!
怒りのあまりオレの手が震えだした。コイツだけは絶対に許せん・・・
オレが席を立とうとしたそのときだった。


ツレA「無茶するな。ヘタすりゃ本当に警察行きだぞお前」
谷川「無茶でもなんでもするさ。なんたってオレの一生の問題だからな」


男の発言を聞いて、オレの頭の中でなにかがブチっと切れる音がはっきりと聞こえた。
怒りも限度がすぎると逆に頭が冴えてくるもんだ。
オレはコップを手に取って席を立つと、男の前まで歩いていった。
男たちは怪訝そうな目でオレを見上げている。オレは黙ったまま
コップの中身を男の頭にぶちまけてやった。これで少しは頭が冷えただろう。


谷川「な・・・なにすんだこのヤロウ!」


男はオレに掴みかかってきた。
オレは男の手を振り払い、努めて冷静に言った。


キョン「お前に話がある。ちょっとつきあってくれ」


そう言うとオレはカウンターに札を一枚おき、店から出た。


男は頭に血がのぼったままのようだ。勇み足でオレの後からついてくる。
他の2人は、怪訝そうな顔をしながらもしぶしぶついてきた。


ひとけのない路地まで歩いてくると、男はなにも言わずにオレの頬を殴り飛ばした。
足がよろけて倒れたオレに対して、男は執拗にケリを入れてくる。


谷川「オレになんか恨みでもあるのか!ああッ!」


オレは男の足をつかみ、そのまま立ち上がると足払いをかけた。
男はバランスを失い、その場で盛大に倒れる。


キョン「お前に頼みがあるんだ」
谷川「・・・はぁ?」
キョン「ハルヒ・・・涼宮のことだがな。そっとしておいてくれないか?」
谷川「はぁ?なに言ってんだお前・・・」


男はわけがわからないといった顔をしていたが、なにやら思い当たることがあったようだ。
にやけた顔でオレのことを見て言った。


谷川「そうか。お前がキョンってヤツか。涼宮の高校のときの彼氏だって?ふーん?」


男はオレを鼻で笑い、言葉を続けた。


谷川「アイツのことが忘れられずにつきまとってるって感じだな。
   まあ、オレたちはもう別れたんだ。後はお前が好きにすればいいさ。
   ・・・しかし、つくづく物好きなヤツだな。3年間もアイツに振り回されて
   まだあきないのか?アイツの一体どこがいいんだ?」
キョン「そんなことはどうでもいい。オレはハルヒをそっとしておいてくれって言ってるんだ」


男は大きく息を吐いて言った。


谷川「お前も知ってるだろうが、アイツはオレの子を孕んでんだよ。それだけはなんとしても
   おろしてもらわないとな。お前からもアイツに言ってやってくれよ」


薄ら笑いを浮かべながら男は言う。男の言葉や仕草を認識するたびに、
オレの心の中にどす黒いモノが広がっていく。


キョン「もう一回だけ言うぞ。ハルヒをそっとしておいてくれないか?」
谷川「・・・お前にもわかりやすく言ってやるが、アイツがオレの子を産めば
   オレは子供が成人するまでずっとめんどうを見なきゃいけないんだ。
   お前だって他の男が孕ませた子なんて厄介だと思ってるんだろ?
   お前がアイツを見捨てて頼る相手がいなくなりゃ、
   最後はオレに責任をとらせるだろうからな。今のうちになんとかしなきゃいけないんだよ」


…そろそろ限界だ。これ以上ためこんでしまえば自分がなにをし出すかわからない。
だが、最後に確認だけはしておこう。


キョン「オレの言うことは聞いてもらえないってわけか」
谷川「そうだ」


男がそう言った瞬間、オレは男の顔面を右拳で思いっきり殴打した。
男はもんどりうって2mほど後ろに倒れた。


拳に激痛が走る。あたり場所が悪くて骨にヒビでも入ったのかもしれない。
殴られた男はもっと痛いだろう。だがそれはしかたない。
この男は正真正銘のクズだ。人の痛みなんてなんとも思っちゃいない。
口で言ったってハルヒの苦しみを理解することなんて不可能だろう。
だから、ハルヒの苦しみの何分の1でもいい。この男に理解させる必要がある。


離れた場所から見ていた男のツレ二人はあわててこっちに走ってきた。
一人は倒れた男をのぞきこんでおり、もう一人はオレを止めにかかる。


ツレA「お前っ、事情は知らねえがやりすぎ・・」
キョン「・・・どけ」


オレが目の前に立ちふさがる男のツレを凝視して言うと、そいつは腰が抜けたのか
地面にへたりこんでしまった。オレは今、どんな顔をしているのだろうか。
…まあいい。
オレは倒れている男を引きずり起こし、男の潰れた鼻頭に頭突きをブチ込んだ。
再び男は派手に倒れる。


…不意に頭部に激痛が走った。意識がもうろうとして、立っていられなくなる。
どうやら男のもう片方のツレが、どこかから調達した角材でオレの頭を強打したらしい。
ひざをついたオレに、再びそいつは打ちかかってきた。
オレは気力をふりしぼってそいつに体当たりを仕掛けた。
オレの思いがけない反撃により、そいつは角材を落として倒れる。
オレは角材を拾い、そいつに向き直った。


ツレB「ま、待ってくれ。オレは関係ないからな」


オレの顔色をうかがいながらそいつはゆっくりと後ずさり、
やがて全速力でその場から逃げ出した。


オレは角材を捨てると、顔を押さえて倒れている男を再び引きずり起こした。


谷川「もう・・やめてくれ・・・」


男の懇願に貸す耳は持っていない。


キョン「お前はどうあってもハルヒに中絶させるんだろ?なあ?だったらお前は人殺しだ。
    オレはそれを防ぐためにお前を殺すんだから、これは立派な正当防衛だよな?」


刑法典を根底から無視した発言だが、今はどうだっていい。


谷川「た、助けてくれ・・・オレが悪かった・・・」
キョン「殺されたくないか?・・・ならこうしようか」


そう言うとオレは男の右腕を取り、脇固めの体勢に極めてから
思いっきり力を込めてヒジを関節と逆方向に曲げてやった。
…にぶい音がしたと同時に、あたりに男の絶叫が響いた。
男はヒジを押さえながら地面をのたうちまわっている。


キョン「腕が使えなくなれば物騒なこともできないもんな」


言いながら折れた腕を蹴飛ばすと、男はまた絶叫を上げた。
次は男の左腕に狙いをつける。


ツレA「・・やめ・・・もうカンベンしてやってくれ・・・」
キョン「そうだ。忘れてた」


オレは地面でのたうちまわる男を再三引きずり起こした。


キョン「ちゃんと去勢しとかなきゃいけなかったんだ。もう二度とイタズラできないようにな」


オレは男を抱えたまま右ヒザを後ろに下げた。このままヒザで男の股間を蹴り上げるつもりである。


ツレA「そのへんでカンベンしてやってくれッ!もう十分だッ!頼む、この通りだ!」
谷川「もう・・・ゆる・・して・・・」


そいつはオレから男を引き剥がすと、地面に頭をこすりつけた。
男も同様に地面に頭をつけている。


キョン「・・・ハルヒに詫びを入れて、二度と近づくな」


男とツレは大きくうなずいて、足を引きずりながら逃げていった。
その後姿を見送ると、急激に心のもやが晴れていく気がした。


あんなヤツにハルヒは・・・ちくしょう!


なぜかむしょうに悔しくなり、オレは右拳を壁に叩きつけた。
目には涙がにじんでくる。叩きつけた拳は今になってひどく痛み出した。


…ハルヒに会いたい。


川沿いの公園に行けば、きっと会える気がする。
オレは痛む体を奮い立たせてゆっくりと歩きはじめた。
その足で電車に乗り、公園の最寄りの駅まで向かう。
他の乗客が怪訝な顔でオレに視線を送ってきた。
どうやら頭から血がたれてきたようだ。角材で殴られた箇所がひどく痛む。
だがそんなことはまったく気にならなかった。今は一秒でも早くアイツに会いたい。


駅を出て、一昨日のベンチまで走って行くと・・・いた。
ハルヒはベンチに腰かけ、川面をじっと見つめていた。
もしかして昨日もここに来ていたのだろうか?


キョン「よう。平日の昼間からこんなとこでなにしてるんだ?」


オレが後ろから声をかけると、ハルヒは驚いてふりむいた。


ハルヒ「キョン?・・・どうしたのよその格好!?」
キョン「なんでもない。さっき派手に転んでしまったんだ」
ハルヒ「もしかしてさっきの電話・・・あんたまさか・・・」


あの男はあれからハルヒに詫びの電話でも入れたのだろうか。


ハルヒ「アンタ谷川に会ったんでしょ?なんで余計なことすんのよ!
    アンタには関係ないでしょ!・・・なんで」


男のことはオレに知られたくなかったのか、ハルヒは猛然とつっかかってきた。
とっさに返す言葉が見つからなかったので、オレは黙ってハルヒの横に腰をおろした。
ハルヒもそれ以上は追及ぜず、黙ったままハンカチでオレの血をぬぐってくれた
平日のせいか周りは人影がまばらだった。傾きかけた太陽が川面に映えて美しい。
頭の痛みは少しずつやわらいでいった。


キョン「・・・あの男、お前に未練があったみたいなんでな。あきらめてもらうよう
    説得したんだ」


本当のことは言うわけにはいかないので、オレはあたりさわりのないように言った。
一応ウソはついてない・・・と思う。


ハルヒ「なんで・・・余計なこと・・・」
キョン「・・・そうだな、お前の言うとおりだ。余計なことをしてすまなかった。
    オレのせいで事態をややこしくしてしまったみたいだな。・・・その責任は取るさ」
ハルヒ「えっ・・・」


ハルヒは目を見開いてオレを見上げた。


キョン「この2年間、オレはお前を忘れたことはなかった。でもオレは
    自分の気持ちに素直になれなくて、ずっと苦しんできた。お前に拒絶されることが怖かった」


ハルヒ「ウソ・・・だって・・・有希は・・・」
キョン「・・・もういいんだ。オレが素直になれなかったせいでアイツをひどく傷つけてしまったけど、
    アイツはそんなオレに大事なことを教えてくれた。ほんの少しだけ勇気を持てば、
    あとは迷わず踏み出せばいい。それはそんなに難しいことじゃない・・・ってな」


涙腺が弱くなっているのか、すでにハルヒの両目には涙が光っていた。
彼女の声はふるえている。


ハルヒ「・・・でも・・私のお腹には・・・」
キョン「今日からオレの子だ」


オレがそう言うと、ハルヒは大粒の涙を流しはじめた。
彼女はそれをぬぐおうともしなかった。


ハルヒ「ホントに?・・・ホントにいいの?・・・ホントに」
キョン「名前はオレが決めるからな」


ハルヒは泣きながら何度もうなずいた。オレは彼女の肩をやさしく抱いてなぐさめた。
日が傾き、完全に沈んだ後もまだハルヒは泣き続けていた。


それからしばらくオレは大学に行けなかった。
いわゆるケジメってやつをつけるのに時間がかかったせいだ。
本来ならばあの男がつけるはずのことだが、もはやそれはどうでもいい。
オレが自ら望んでしたことだしな。


父さんはなにも言わなかった。
ただ一言だけ、大学はちゃんと卒業しろ、と言ってくれた。
母さんははじめこそ反対していたが、父さんがなにも言わないので
最終的に折れてくれたようだ。


ハルヒの両親にあいさつに行ったときは、はっきりいって気まずかった。
事情が事情だけに、向こうも相当気まずいようだった。
ただ、とりあえずはハルヒの出産を認めてくれたようで、
彼女は大学を休学して出産に専念することとなった。
これでひとまずは一安心といいたい所だが、本当に大変なのはこれからだろう。


翌週の月曜日、オレは一週間ぶりに大学へ行った。
オレが休んでいる間に行われた就職説明会の資料を受け取ったり、
休んでいる間の講義ノートを学部の友達に写させてもらったりした。
たかだか一週間のプランクとはいえ、すべての講義をフォローするのはなかなか骨が折れる。
午前中はほとんどその作業に時間を費やしていた。


気がつくと12時を回っており、腹の鳴る音にせかされて食堂へと向かった。
中は相変わらずの混雑だ。ふと遠くの一角に目をやると、長門とその友達が仲良く談笑している姿が見えた。


…そうだよな。いつまでも落ち込んでなんかいられないよな。


食堂で昼飯を食うつもりだったが、少し気が変わった。オレはパンとドリンクを買って
図書館横のベンチへと向かった。


今日もいい天気だ。オレは説明会の資料に目を通しながらパンをほおばった。
しばらくひざの上の資料に目を通していると、誰かが目の前にきたようだ。
その人物を見上げると・・・そこには長門が立っていた。
驚くことに彼女は眼鏡をかけていた。長門が眼鏡をかけてる姿を見るのは
実に数年ぶりのことである。


長門「・・・お久しぶり」
キョン「ああ。・・・眼鏡、どうしたんだ?イメチェンでもしたのか?」
長門「まあ、そんなとこ」


長門は微笑みながら言った。その笑顔を見てオレは少し安心した。


長門「似合う?」
キョン「ああ、よく似合ってる」


そう言ってから、オレは一言付け足した。


キョン「・・・だけど、やっぱりかけないほうが可愛いと思うぞ」


オレがそう言うと、長門は満面に笑みを浮かべて答えた。


長門「かけたほうが可愛いっていう人だっているわ」


長門の言葉に、オレはあっけにとられてしまった。
彼女はオレの顔をニコニコしながら見つめている。


…はは、なんだか一本とられたみたいだな。


長門は本当に変わった。オレは長門を深く傷つけてしまったけれど、
そんなオレにさえ彼女は最高の笑顔を見せてくれる。


…もしかしたら、長門の心の傷は一生癒えないのかもしれない。
しかし、つらいことの後には必ずいいことが訪れるはずであり、
人はそれを励みにして生きていくことができる。
人の一生はその連続であり、つらいことを経験した数だけ強くなっていける。
その数だけ人の痛みがわかるようになる。


こういう人の心の動きは、人知の及ばない宇宙生命体が
何百万年もの時間をかけて観察したところで決して理解できないだろう。


長門「・・・お願いがあるの」
キョン「お前の頼みならなんだって聞いてやるぞ」
長門「私、涼宮ハルヒに会いたい。会って聞きたいことがあるの」


キョン「その言葉を聞いたらアイツ喜ぶと思うぞ。・・・何が聞きたいんだ?」


長門は少し照れながら言った。


長門「その、出産について・・・いろいろ教えてほしい」


彼女はそれに小声で付け加えた。


長門「私も・・・いつか子供を産んでみたいから」


長門が恥じらいながら言うのを見て、不覚にも鼓動が早くなってしまった。
…それから、ほんの少しだけ後悔した。




エピローグ


…目覚ましの大音量で強制的に起こされた。寝ぼけまなこで時間を確認すると、
まだ6時20分である。誰がこの時間にセットしたんだ?まったく、今日は土曜だってのに・・・
オレは目覚ましをぶっ叩いて止めると、そのまま枕に顔をうずめた。


今日は休みなんだ。最低でも10時すぎまではゆっくり寝るぞ・・・


再びオレが眠りに落ちかけていると、突然背中にするどい痛みを感じた。


キョン「ぐぼぁッ!」


「パパ!休みだからっていつまでも寝てちゃダメじゃないッ!」


キョン「お前・・・エルボーはやめろって言っただろ・・・殺す気か!」


そのままオレの背中に乗っかって体を揺らし続けているのは・・・娘のハルカだった。


ハルカ「ちゃんと目覚まし仕掛けといたでしょ?これで起きないパパが悪いのよ」
キョン「お前はたまの休日ぐらいお父さんを労わろうって気はないのか?」


ハルカはオレから布団を引き剥がして言った。


ハルカ「もうごはんできてるから早く降りてこいってママが言ってるの。
    40秒以内だからねッ!」


そう言うとハルカは駆け足で下に降りていった。
ふー、やれやれ。一体誰に似たんだか・・・


オレは顔を洗ってキッチンに向かうと、すでに朝食の準備は整っていたようだ。
8人がけの大テーブルの上に4人分の朝食が湯気を上げていた。


キョン「おはよう。今朝はお前たちだけか?」


「アイツら、とことん朝弱いからねえ・・・」


オレの問いに答えたのはハルカの双子の弟、ハルキだった。


16年前のあのとき、ハルヒが苦心して守り抜いたお腹の子はなんと双子だったのだ。
双子は二人ともハルヒに似て、とてもりりしい顔立ちをしている。
というか、ほとんどハルヒの生き写しといっていいぐらいであった。
特にハルカに至っては高校時代のハルヒそのままだった。
ハルヒと違うのは、頭につけたカチューシャとリボンの色ぐらいのものである。


あのときの苦労を思うとオレは今でも涙がにじんでくる。


ハルヒ「他の子たちはちっとも起きてこないの。しかたないから私たちだけで
    先に食べちゃいましょ」


…朝に弱いのはどうやらオレの血筋らしいな。


ハルヒはすでに30代も後半にさしかかっているというのに、いまだその美貌は失われていない。
20代でも通用するかもしれん。・・・決してオレのひいき目じゃないぞ。
長く伸ばした髪は後ろでくくってポニーテールにしている。お互いもういい歳なのだが、
オレのたっての願いでいまだにこの髪型を維持してもらっているというわけだ。
あと5年は続けてもらう予定だ。


キョン「今日もまた不思議探索をやるのか?」
ハルカ「そうよ!最近は除々に団員が増えてきたからね。
    探索地域も初期の頃に比べてかなり拡大したわ!」


ハルカはごはんをかきこみながら言った。


ハルキ「・・・姉さん、そろそろ僕は文芸部の活動に専念したいんだけど」


その言葉にハルカは目を光らせ、弟の頭にすばやくヘッドロックを極めた。


ハルカ「なに言ってんの!アンタは由緒あるSOS団の団員第5号なのよ!
    そのことを誇りに思えばこそ、やめるなんてこの私が許さないわよ!」


ハルキは必死で姉の腕にタップしているが、どうやらハルカの辞書に
ギブアップという言葉はないらしい。


…ハルキが団員5号ってことは、オレはいまだにSOS団の団員ってことになるな。
記念すべき団員1号だ。


ハルヒは結局大学には戻らず、出産後は育児に専念した。
才能あふれるハルヒのことだから、どんな道に進んでもある程度の成功は約束されていたはずだ。
オレは幾度となく大学への復帰をほのめかしたが、そのたびにハルヒは首を横に振った。


…正直なところ、オレとしてはハルヒが家にいてくれるほうがうれしかったのではあるが。
ハルヒはその持て余した時間のほとんどを子供たちの英才教育につぎ込んだ。
おかげで子供たちはそれぞれ独自の才能を開花させつつある。
特にハルカに至ってはハルヒの思想を濃厚に受け継いでいた。もしかしたらハルヒはひそかに
伝承法を編み出しており、自分の娘に人格をそっくりそのままコピーしたのではないかと疑いたくなるぐらいである。


ハルカは中学で優秀な成績を修めながらも、進学先はオレとハルヒの母校である北高を選んだ。
ハルキも同様に優秀な成績を修めていたが、姉に強制的に進路を決められて
同じ道に進むこととなった。
彼は中学生にして直木賞の選考に残るほどの作品を書く大型ルーキーであるが、
最近の執筆活動はどうやらハルカの妨害によりかんばしくないようだ。


ハルキが高校で入部した文芸部は、あわれハルカの陰謀により十数年ぶりに復活したSOS団の根城となってしまった。
彼はかつての長門の位置で本を読みつつ、2代目団長にツッコミを入れるという離れ技を披露しているようだ。


オレと長門の役を一人でこなすとは、我が息子ながら見上げたものである。


ハルヒ「今、団員はどれぐらいいるの?」
ハルカ「聞いて驚いてよママ!一週間前に入団した転校生を合わせて、
    なんと総勢45人になったわ!」
ハルヒ「へぇ~、大したもんね!この子はきっと私を超える団長になるわ!ね、キョン?」
キョン「まったくだ」


嫁さんからいまだに高校時代のあだ名で呼ばれていることはさておき、新生SOS団は
なぜかおそるべき大所帯となっていた。
ハルカの人間離れした魅力とハルキの人当たりのよさがどうやら人を惹きつけるらしい。
さすがに宇宙人その他もろもろはいないと思うが、断言はできない。


というわけで、SOS団の二代目団長はかつてのハルヒ以上の台風の目となり、
北高及びその周辺地域を暴れまわっているというわけだ。


そんな姉の様子を見て、ハルキは気づかれないようこっそりとため息をついた。


…息子よ。お前の気持ちは痛いほどわかるぞ。かつてはオレがその立場にいたんだ。
むしろ双子なだけに、お前たちはオレとハルヒ以上に運命共同体なのかもな。
いつかハルカに一生を共にしてもいいっていう男が現れるまでは
お前がパートナーを務め続けることになるんだろう。


ハルカ「それでね。団員も増えてきたことだし、今日はSOS団初代団長と
    栄誉ある団員1号にご足労願いたいの!みんなきっと喜ぶと思うわ!」


…なんだって?


ハルヒ「そうねえ・・・今日は特に予定もないし、いいわッ!初代団長であるこの私が、
    若い団員たちにありがた~い話を披露してあげる!いいわよねキョン?」
キョン「お、お前・・・本気で言ってるのか?」
ハルヒ「もちろんじゃない!私たちの意思を受け継いだSOS団よ。一度お目にかかりたいと
    思ってたの。アンタだってそうでしょ?」


…そうだった。コイツはいつだって本気なんだ。前言を撤回しよう。
オレはいまだに昔と変わらない立場にいるようだ。


オレはハルキと目を合わせると、同時に深いため息をついた。


くそ、なんだか急に目が覚めてきた。こうなりゃヤケだ。
今日はとことん新生SOS団につきあってやろうじゃないか。
不思議探しをするのも十数年ぶりだ。もしかしたら、あのときにはなかった不思議が
新たに発生してるかもしれんしな。


窓からは明るい日差しが差し込んできて、絶好の探索日和である。
しかし初代と二代目がそろってしまえば、なにやらとてつもないモノを
発見してしまいそうな予感がして、少し不安でもある。
願わくば、後処理が比較的楽な不思議が見つかりますように。


-fin-


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