「…んぅ…」
彼の手が、わたしの髪をそっと梳くように撫でる。思わず声が漏れる。
片腕は背中に回されたまま。背中にかかる優しい圧力が、少しくすぐったい。
「有希…」
耳に届く、彼の囁くような声。
抱き締められたまま名前を呼ばれると、それだけでわたしの身体はぞくぞくする感覚に支配される。
彼に呼ばれたことが嬉しくて、頭を彼の胸に軽く押し付ける。
こんなにも彼に甘えることができるなんて、少し前だったら考えもしなかったこと。
ヒトの感じる幸福というものが何なのか、今ならば理解できる気がする。
「有希、俺のこと好きか?」
彼の言葉にわたしは顔を上げる。意地悪そうな笑み。
本来なら訊くまでもないこと。答えなど分かりきっているはずだから。
でも、わたしは知っているのだ。これが彼を喜ばせる為の一つの手段であるということを。だから、わたしは言う。
「…好き」
声が震える。昔のわたしなら感じるはずのなかったものが、わたしの声を震わせる。
「もう一度」
彼が言う。彼はわたしの反応を愉しんでいるのだ。でも、彼が喜んでくれるのが嬉しくて、わたしは声が震えるのを堪えながら呟く。
「好き」
「もう一回」
愉しそうな声。彼のそんな声を聴くのは好きだけれど、わたしは戸惑う。
わたしの中のある感情が大きくなっていく。
恥ずかしい、と。
彼に出会い、彼に愛されることでわたしの中に芽生えた感情。
顔面表皮の温度が高くなっている。多分、今わたしの顔は赤くなっているはず。彼の顔をまともに見ることができない。
でも、同時に思うのだ。
嬉しい、と。
この感情が、この昂りが。わたしを熱くさせる何かが。
どうしようもなく、心地良い。

何とか顔を上げて彼の顔を視界に捉えると、もう一度わたしは言った。
「……大好き」
「ん、そうか」
頬に、彼の手が優しく触れる。…顔が赤いのが、ばれてしまったかもしれない。
自分の頬に添えられた彼の手に、わたしもそっと手を重ねる。暖かい。
「俺も…愛してるぞ、有希」
彼が囁く。「アイシテル」という言葉の響きに、思わず身体が一瞬震える。
彼の優しい目が、わたしを見つめる。
その目を見て、わたしは次に何をするべきかを悟る。
「ん……」
身体をよじって、彼の身体の上を這う。
顔の位置を、彼のそれと合わせる。
彼はそれを確認すると、ふっと微笑んでわたしの頬を撫ぜる。
わたしは目を閉じて、自分の唇を彼のそれに近付ける。
「…大好き」
唇が、重なる。瞬間に伝わる、彼の感触、彼の体温、…彼の想い。

「…っは…」
暫しその感覚を堪能した後、名残惜しさを感じながら唇を離す。
目を開けると、彼は目を細めて微笑んだままわたしを見つめていた。
「そろそろ休むか。疲れただろ?」
わたしは無言で頷く。疲労した身体が、わたしに休養を促している。
ふと、彼の両の手がわたしに触れ、そのまま顔を優しく引っ張られた。
「ふぅ…っ」
唇が触れる。彼の熱が、わたしへと移っていくような感覚。くらくらするような快感。
「…んぁ」
唇が離される。喪失感を感じる。
…でも、わたしは知っている。この時間が、今だけのものではないということを。
また明日も、こうすることができる。そう想うだけで、わたしの胸は熱くなる。
だから、心地良い疲労感に包まれながらわたしは目を閉じる。
「…おやすみ、有希」
薄れ行く意識の中、彼の優しい声が耳に届く。
次に目覚めた時、わたしは彼の腕の中にいる。思わず顔が綻ぶ。
彼の頬に自分の頬を寄せたまま、わたしは言った。
「…おやすみなさい」
――また、明日――

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