無視だ無視-モノローグって斬新じゃね?-

ある朝、俺が部室に行くと、古泉が全裸だった。
「こんにちは。もう春ですね。部室もだいぶ暖かくなりました」
俺はとりあえず鞄を置いてパイプ椅子に腰掛けた。何を考えているんだこいつは。
いつものスーパーのチラシスマイルは健在で、春の香気を髪にまとわせて、陽光が引
き締まった身体に反射していた……って何俺はこんなことを一人で考えているんだ。
あらかじめ言っておこう。突っ込まん、突っ込まんぞ!あらゆる意味で突っ込まん!
もちろんこいつにあのあれを突っ込むなんてことはないし、こいつが今裸体でいることに
対するツッコミすらする気はない。したら負けだ。これはきっと普段ゲームに勝てない古泉
が俺に挑んできた挑戦状に違いない。
「どうしました?僕の顔に何かついてますか」
心なしか笑顔分がいつもの二割増しに見えてくるぜ。何なんだこいつは。ちなみに言って
おくがこいつは俺が来たときから長テーブルに接近する形で座っていたので俺自身はまっ
たくこいつのいかがわしいモノを見ていない。見たくもない。くそ忌々しい。
「今日は何をしましょうか。この前やったオセロで一周ですからね。何がいいですか?」
俺は目を合わせなかった。合わせたら何か歯車が狂いだすに違いない。


結局将棋をすることになったのだが、俺は間もなく異変に気がついた。
……誰も部室に来ねぇ。
何だ、誰の陰謀だ。……落ち着いて考えろ。ハルヒや長門や朝比奈さんがこんな小汚い
シチュエーションを設定して俺の反応を楽しむような真似、例え世がアナル全盛の時代であっ
てもありえん。

「あなた、今日はそわそわしているように見えますが、どうしましたか?」
「……どうもせん」
こいつもこいつだ。服を着ていないこと以外普段と全く変わりない。今閉鎖空間が発生
したら、そのまま廊下を闊歩して例のタクシーに乗り込み、裸体のまま灰色空間に飛び
出すだろう。
だが最近のハルヒは落ち着いていて、例の空間もそうそう現れなくなっているらしいから、
この歩くわいせつ物を野放しにするような事態にはならないだろう。無視だ無視。当分はそ
れで構わん。つか、こいつこの格好で今日一日過ごしたんじゃないだろうな。いや!訊いた
ら負けだ。繰り返すようだがこいつの全裸に対する突っ込みは全面封印だ。いつもならつい
漏らしてしまう独り言も今日は自制心を総動員してカットしている。
これはゲームだ。古泉が予告無しに俺に仕掛けた、突っ込んだら負けというゲーム。こん
な状況でも将棋の方は俺がバカ勝ちを続けており、それでいてなおスマイル0円継続中の
古泉が不気味だ。何を企んでいる。
「涼宮さんたち、遅いですねぇ」
首をかしげるような動作で俺に笑顔光線を発してくる。
お前、その格好でそれは文句無しにガチホモ認定だぞ。これまで、嫌疑こそかけられていた
がギリギリで、それこそ境界線上でお前はシロだったはずだ。だがそれも全裸ひとつでチャラ
だ。今警察に通報しない俺に感謝しろ。
「あぁ、確かに遅いな。お前、あの3人が遅れる理由に心当たりとかないのか」
「いえ、ありませんね。僕の知るかぎりにおいて、今日という日はいたって平穏、普通です」
スマイルを三倍にして飛ばしてくる。そして俺はそれを柔道有段者のごとく軽やかに首を背け
いなす。

じりじりと時間は過ぎ、時刻は終業まであと三十分となる。
将棋は俺が全勝し、今はバックギャモンなるものをやっている。だがんなこたどうでも
いい。問題はこいつがいつまでこの構えを続けるかということだ。まさかそのまま帰るつ
もりではあるまい。
どうした古泉。あと二十数分だぜ。仕掛けるならそろそろのはずだ。
俺はあらゆる状況に対処すべく身構えていた。
右手はいつでもパイプ椅子をつかんで防御ないし迎撃できるよう椅子のフレームに添
えている。それでも間に合わない時はハルヒの見様見真似零距離射程ミドルキックを放つ
つもりだ。
必ずあるはずだ。こいつが牙を剥いて俺の貞操を求める瞬間が。
部屋を静寂が包む。ハルヒがいるときは決して聞こえない時計の針の音が時を刻む。


残り、十分。
その時、部屋の扉をノックする乾いた音が響いた。コンコンコン。


「ようやく来たようですね」
古泉はゲームを中断し、物腰やわらかく席を立つと、脳内モザイク必須の一物を隠しも
せずにドアを開けた。
「クリーニング出張サービスでっす。古泉一樹様ですね。注文の制服、仕上がったので
お届けに参りましたーっ」
「ありがとうございます。料金はいくらですか?」
にこやかにバイトの兄ちゃんと談笑し、古泉は財布から代金を払っている。
……ちょっと待てよ!おい、兄ちゃん、お前逃げた方がいいんじゃないのか!というか、
なぜそいつに突っ込みを入れないんだ!天然なのか?


「毎度ありがとうございまーす!それじゃっ」
挨拶するやバイトの兄ちゃんは去っていった。
……終わりなのか?もしややはり目的は俺なのか?
俺は再び臨戦態勢を整える。すると、古泉はきょとんとして、
「どうしたんですか?何か恐ろしいものでも見ているような目ですよ」
その通りだからな!決して口にはしないが、お前は全裸だ!全裸なんだ!
おかげで見たくもないものを今脳内画像庫に格納させられている俺である。
見ていると、古泉は手にしたビニール袋から下着と北高指定の制服を取り出して、神
聖な儀式のように服を着始めた。くそ。全裸男が服を着ていく様が絵になってるなんて認
めたくねぇ。


「うん、洗い立ての服は気持ちがいいですね」
窓に向けて伸びをして、古泉はこちらに振り返った。

と、同時にチャイムが鳴った。
キーンコーンカーンコーン
「おや、終業ですか。結局涼宮さんたちは現れませんでしたね」
古泉は肩をすくめると、ゲームを片付け始める。
ふと、何かに気がついたように俺のほうを向き、
「どうしました?鳩が豆鉄砲食らったような顔してますよ」
珍しく比喩を多用する古泉であった。
「別に、何でもねぇよ」
春に向かう夕陽が、最後の光を部室に落としていた。


「いやぁ、たまには二人きりの部室も悪くありませんね」
古泉は下り坂を優雅に歩きながらさぶいぼの立つ台詞を言った。
「気持ち悪いことを言うな」
俺がどんな表情をしていたのかは分からないが、笑顔でないことだけは間違いない。
古泉はくすりと微笑むと、
「化学の実験で制服をちょっとやっちゃいましてね。超特急のクリーニングサービスを頼
んだんですよ。終業時刻までに間に合ってよかったです」
と言ってのけた。


何だと。つまりこいつはクリーニングの終了を普通に待っていたというのか。
全裸で。
古泉は鞄を持っていないほうの手で頭を掻きながら、
「いやぁ、さすがに一糸纏わずに部室にいるのはどうかと思ったんですがね。運よく女性
陣が来なかったので助かりました」

「……」
俺が発すべきコメントを到底探し得ないでいると、古泉が
「あのー。これはお願いなんですが」
何だ。言っておくがこれから二人で逃避行なんてのはお断りだからな。そんなことに
なったら俺は即近隣の海にこの身を投げるぜ。
そう言うと古泉は苦笑して
「ご冗談を。えぇとですね。今日のことは、ぜひ涼宮さんたちには内緒にしていただきた
いのです」
「……」
俺は長門よろしく絶句した。
言うわけねぇだろ。つうか、誰も信じないのは目に見えている。俺はおかしな人間ばかり
のSOS団の中で、さらに頭のおかしな人扱いされて即刻終了だろう。
「それは助かりました。いえ、他に手段がなかったのですよ。危険な薬品を使っていたのでね」
「そうか」
……俺は考えていた。確かに、あの部屋を向かいの校舎からわざわざ覗くような奴を見たこ
とがない。だからって大胆すぎやしないか。おかげで俺は二時間邪推メドレーしっぱなしだった
だろうが。
「まぁ、もうこんなことはないと思いますので。安心してください」
古泉は言った。あってたまるか。こんな非日常はごめんである。
「ん。今日のことはなかったことにする」
俺は言った。実際そうしちまうのが一番だ。


……寝る前に絶対に思い出すだろうがな。
俺は古泉と並んで、駅前に向かい、その後普通に手を振って別れた。


くそ、忌々しい。

(完)(えぇーっ!!)

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