今日なんてものは事無く過ぎていく物だと思っていた。
普通に朝妹に起こされて準備。妹と家を出て、別れた後はもうすっかり慣れた道を行った。
キツい坂で更に朝からキツい谷口と会って、教室に入ってハルヒと適当に話してホームルーム。
元からあまり勉強する気のない俺は、ひたすら窓の外を眺めて授業をやりこなした。
それを三時間過ごした頃だ。なんて事無いはずの日常は、奇しくも非日常へと流れていた。


四時間目が始まる前の休み時間に、ハルヒは携帯を確認したと思えば、大きく目を見開いて、血相を変えて教室から飛び出した。
俺はどことなく危ない予感はしていたのだが、その時は深くは考えはしなかった。
四時間目が始まってもハルヒは教室に戻って来なかった。またよからぬ事を考えているのは間違えなさそうだ。
あまり俺の身に降り懸かってくるような事である事を願いつつも、まぁ無理だろうか、と諦めを付けていた。



何事も無く、授業が終わり、俺は谷口と国木田と飯を食うために、机を囲っていた時だった。
――ピンポンパンポーン――
その放送の始まる音が何故か俺の体を身震いさせるものだと感じていた。
「一年五組のキョンくん。一年五組のキョンくん。至急、放送室に来るように」
文章だけ見れば、なんて事は無いただの呼び出しだとは思う。だが、その声の主に、俺は物凄く心当たりが有った。
「あのバカ……今度は何しやがる気だ!」
俺は一目散に教室を出て、放送室に向かっていた。何故俺は律儀にもこの呼び出しに応じてしまったんだろう……
「遅い! 罰金!」
「罰金所ではない! これはどういうことだ! というより古泉! 居たんなら少しは止めろ!」
放送室に居たのはハルヒと古泉のみ。SOS団のメンバーが全員居ないのは何故だろうか。
「いえ、これは僕が頼んだことですから」
「なに?」
「時間が無いわ! 古泉君! 心の準備は出来てる!?」
「……はい。大丈夫です。なんとかやってみせます」
「よしっ! それでこそ男の子だわ! それじゃ、いくわよ!」



――ピンポンパンポーン――
「え~、マイクテス、マイクテス。ゴホン。え~、この放送室は我々SOS団が占拠いたしました!」
「なにぃ!?」
「バカキョン! うるさいわよ! え~、失礼。我々SOS団は、この放送を通じて、ある人からある人へ伝えたい事があるわ!
古泉君! いいわよ!」
「はい。僕、古泉一樹がある人へ伝えたい事があります。」
「オイオイハルヒ、これは一体全体どういう事だ!」
「黙って聞いてなさいこのバカキョン!」
「僕は……長門有希さん。僕はあなたが……好きです!」
「えええええええぇ!!?」
「長門さんへの想いを気付いたのは先月の事でした。僕と二人で探索に行った時の事でした。
長門さんが図書館で目もくれずに本を読み続けるその表情はまさに神秘的でした。
僕がアイスを買ってあげたときの礼を言われた事や、愛くるしい食べ方などに……気づいたら僕の心はあなたで一杯でした。」
正直いっちゃ悪いが、古泉よ。これは暴走だ。長門に伝えるならもっと時と場合を考えるべきだろう。
「今まで我慢してきましたが、今、この場を借り、言います。長門さん、あなたが好きです。付き合ってください。」
「それじゃあ有希! 返事は放課後、図書室の中央テーブルで待ってるわ! それじゃあ、放送終わり!」
――ピンポンパンポーン――



「おい古泉……」
「僕の気持ちは本物ですよ。この方法だって、提供してくれた涼宮さんに感謝したいくらい素晴らしいものですし」
「そうでしょうそうでしょう! 古泉君、アンタやるわね! 見直したわ! これなら、有希の気持ちも、グッと鷲掴みね!」
オイオイ……いいのか? これで……


「おいハルヒ。これは一体どういうことだ」
「どうって……古泉君、前からあたしに相談していたのよね」
「長門の事か? なんでまたお前なんかに……」
「キョン、何か言った? それでね? 今まで何か切り出す事が出来なかったみたいなの。
だけど、今日になってやっと決心出来たみたいだから、あたしがその場を提供してあげったって訳よ!」
「なんでそれがあんな事になってんだよ」
「あら、あんな事やられたら、女の子としてはときめかないわけが無いじゃない!」
「それが長門でもか」
「あら? 有希だってれっきとした女の子よ。失礼ねぇ……」
はぁ。やれやれ、一体いつの時代の感性しているんだコイツは……



時は来たりて放課後。図書室の中には、野次馬(しかも女子が多いのがなんとも忌々しい)がごった返しになっていた。
その中心にいるのは古泉。いつものニヤケ面から笑顔が消え、明らかな緊張の面もちで一人待っている。
ハルヒと俺は一番状況を確認し易い位置にて待機。なんでこんなことやっているんだ。だが、長門の返事も確かに気になるが。
と、そこで図書室の扉が開かれ、張本人の長門がやってきた。古泉は息を飲む。俺達も同時に息を飲む。
「古泉一樹」
「……はい」
「さっきの言葉……あなたはわたしに好きと言った」
「はい。僕は長門さんが本当に好きです」
「……わたしには、好きという概念があまり理解出来ない」
「そういう事は概念とかいうことが存在するわけでは無いのです。ただ単純に、この人と一緒に居たいと思えば、それが好きということなんです。
少なくとも、僕は長門さんのことをそう考えています」
「………………」
少し長めの沈黙。そして、口を開いた。
「わたしも……」
「え?」
少し長い沈黙から急に喋りだしたことから、古泉は少し間抜けな声で聞き直した。
「わたしも……あなたと一緒にいたいと思う。これは……好き、という事?」
「……長門さんが思うがままです。それを僕は受け入れます」
「……わたしは……あなたが好き」
「長門さん……」
そう言ってコイツらは、沢山の野次馬共をもろともせず、キスをした。
全く思うが、告白の方法といい、この場でのキスといい、こいつは見られることで快楽を得る変態か。
……まぁたまには心から祝福してやることをしてやるよ。他の女子は知らないがな。



何故か長門をいわゆるお姫様抱っこで抱えて颯爽と出ていった古泉達を見送り、俺とハルヒは同じ帰路に着いていた。
「う~ん! なんかいいもんね! こういうのも!」
「恋愛事には興味が無いように思っていたんだが」
「失礼ね。これでもうら若き乙女よ?」
ハルヒはイタズラな笑みを浮かべて俺の顔を伺った。
「つまりは普通に恋愛もすれば、普通に欲情することもあるってことか」
「エロキョン! なんであんたはいつもそういう方向に持っていくの!」
「あくまでも例えだ。深い意味は無いって」
「何か怪しいわねぇ……本当はこのあたしの事をエロい風に考えているんじゃないの?」
「まぁ、俺もうら若き男子だしな?」
「キョ~ン? ちょっとあんたにはお仕置きが必要みたいねぇ~?」
「冗談を本気にとるなって」
「あんたの場合、冗談に聞こえないのよ! 全くこのエロキョンは……」
何事かをブツブツ呟いているハルヒの顔は、夕焼けの日の赤さのせいで紅かった。



「やはりハルヒは告白されるのはああいうシチュエーションがお望みか?」
しばらく顎に手を当て、う~んと唸りながら考える素振りを見せてから答えた。
「そうねぇ……やっぱり普通では無いのがいいとは思うわねぇ……でも、もしもよ?あくまでも例えなんだからね!」
「わかったから、例えば何なんだ?」
「もしも、本気であたしが惚れてる人なら、その告白だけで、もう飛びきりの特別って気がするのよねえ」
「……なかなかクサい事考えてる奴なんだなお前」
「もう! あ~! キョンなんかにこんな話するんじゃなかったわ! 恥ずかしいったらないわ!」
「それじゃあ……俺が告白したらどうだ?」
「えっ……」
前を歩いていたハルヒが立ち止まり、こちらを振り返る。その顔は驚愕の相が一番よく出ていて、顔は日の紅さよりもさらに紅かった。
しばらくの沈黙。互いに互いの目を見合う。
「……冗談だ。やはり、冗談が冗談で聞こえなかったか?」
「えっ……こ~の~バカキョン!」
ハルヒの陸上選手真っ青な走りで追っかけてくるのを必死で逃げる。
さてはて、一体ハルヒにはどういう告白がお好みだろうかな?
今度古泉にでも聞いてみよう。あいつならレパートリーが沢山ありそうだ。
だが、それもこのとんでも速さのハルヒから逃げきってからではないとな。
真っ赤に燃える太陽を背に、俺はひたすら、坂道を下って走りつづけた。


紅い日


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