§プロローグ§

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今、世界中の人に俺はこう問いたい。

あなたは、サンタクロースをいつまで信じていましたか? と。

ある人は「今でも信じてます!」と答え、ある人は「そんなもんハナッからいねーよ」と答え、またある人は「サンタクロース? 何それ?」……といった具合に、十人十色、様々な答えが返ってくることだろう。

俺はというと、幼少期には既に冷めた視点でクリスマスが年末の行事のひとつに過ぎないことを見抜いてしまい、それゆえにサンタなどというものはこの世に存在しないのだと早くから決めつけてしまっていた。我ながら実につまらんガキんちょだったことよなぁ。
しかし、今の俺はそんなサンタの存在すらもちょっとは信じてみていいかな、と思っている。俺は一旦「こんなの絶対にねぇよ」と思ったような人とか、団体とか、現象とか、そういったものに心中でささやかにエールめいたものを送りたくなるくらいには変わったのだ。この一年で。
そりゃ大多数は爆笑するだろう。「バカかお前、今は年明け直後の初笑いとか福笑いの時期じゃねーだろ」みたいに。
だがな、俺は何もいたずらに不思議存在を妄信してるわけじゃない。一年前だったら俺も笑う側の人間になってたかもしれないしな。俺の考えの変化にはちゃんとした根拠がある。
この世界の舞台裏、とまでは言わないが、平凡な毎日の水面下には一見バカげたような非日常が身を潜めているのだ。大抵は樹皮に擬態する昆虫のように思いもよらぬ場所に隠れているため、誰かに言われたり見せられたりしないと気がつかないというだけで。

そして、俺はそういった現実離れした現象の当事者の一人なのである。


「SOS団をよろしく! はいこれ。どーもーっ!」

桜舞う春真っ盛り。空は快晴、霹靂の気配もまったくない中で、その声は拡声器もマイクもなしに周囲すべての人間に聞こえるくらいの大きさでとどろいていた。

「あ、どうも。SOS団です。……すまないがこれ受け取ってやってくれ。でないと、俺があいつに後でシバかれるんだ」
一方の俺はというと、全身に恥という漢字一文字を貼り付けて歩いているかのように縮こまって、せこせことなくなる気配のまったくないビラの束片手にピカピカの新一年生たちに謎の宗教勧誘と何ら変わりのない呼びかけをしているのだった。
「キョン、ちゃんと捌けてるでしょうね? マジメにやんないと一週間部室から閉め出しの刑に処するわよ」
大音声の主にしてSOS団団長、涼宮ハルヒは音量ツマミがいかれちまった特大スピーカーのようなボリュームで言った。
あぁ。朝比奈さんのお茶を飲むのと飲まないのとでは日々の俺の活力が段違いだからな。……にしても多すぎんだろ、この量。
「あ、あのっ! これ、よよよよろしくお願いしまぁすっ!」
ラブレターを十人単位で手渡しするかのようにあたふたしつつ、妖精のような朝比奈みくるさんは下級生にビラをお渡しになられた。……うむ。今日もこの世の平和は彼女を中心にして保たれている。
「どうぞ。僕たちのSOS団では、素敵な仲間を募集しています。ぜひ一度お越しください」
普段のハンサムスマイルを遺憾なく発揮した副団長、古泉一樹は、女性に怪しいセールスを仕掛けろといわれたら三件に一件は成功させそうな物腰のよさで頬を赤らめている小柄な一年女子にビラを渡した。悔しいが、こいつのビラの方が格段に減りが早い。
「…………」
普段より無口二割増しに見える長門有希は、校門付近で「SOS団 団員ボシュウ中!」と書かれたプラカードを持って、春風に髪を遊ばせつつ棒立ちしていた。これはこれで存在感があるのか、校門に出入りする生徒の多くが二秒ほど立ち止まって陶器のような長門の顔を見つめ、まるで憑依状態から戻ったかのようにまた我に返って歩行に戻る、といった動作が続いている。
「いやぁ可愛い一年生君たちぃ! これ。そこのハルにゃん率いるSOS団って部活なんだけど、よかったら今度寄っていってくんないかなっ? きっとお兄さんお姉さんたちが喜んでくれると思うっさっ!」
ハルヒばりに元気も威勢もよく呼びかけるのは、朝比奈さんとともにめでたく最上級生となったSOS団名誉顧問、鶴屋さんであり、
「ビラだ。受け取れ! ……くっそ。何で俺がこんなこと」
文句たらたらで俺より大量のノルマを残しているのが友人、谷口。
「まぁまぁ谷口。今日はいい天気だしさ。外にいるだけでも気分がいいよ」
と、のん気なことを言って谷口に答えるのは同じく友人の国木田である。

つまり俺たちは八人がかりで盛大にSOS団新団員募集告知を行っているのだ。去年の比じゃないくらいの慌しさ、規模、目立ちっぷりである。非常に嫌な予感がしているのは今に始まったことではなく、クラス替えでまたもハルヒが俺の後ろの席に来ちまったことに加え、長門有希が新たに同じクラスになったことからも春季大型台風がこの山の上の学校限定で襲来したことがうかがい知れた。

突如ハルヒの号令が鼓膜に響く。

「みんな! 悪の権化、生徒会がこっちに来るわよ! 作戦Bに変更、急いで!」

……やれやれ。

俺たち八名は校舎内に散るべく全員バラバラの方角へ走り出した。


そして、この時にはまだ、十日ばかり後にSOS団の存続そのものを脅かす事態が俺たちに降りかかろうなどとは、誰も何も思いもしなかったのである。



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