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 夜。キョンはベッドに寝っ転がり、ぼーっと考え事をしていた。
 みくる・鶴屋さん・古泉が行方不明になり、岡部が何者かに殺害された。そして、あの唐突な首つり自殺。
もはや訳のわからないを通り越していた。
「……くそっ!」
 彼は何かが起こっているということしかわからず、何もできない無力感にいらだった。
ただおかしくなっていく世界をただ黙って見ていくことしかできないのだから。
「キョンくーん。荷物が届いているよー」
 彼の妹がノックなしで部屋に現れ、大きさ30センチぐらいの小包を持ってきた。
それを受け取り送り主を見てみると、古泉一樹と書かれている。
 キョンは妹を合図が入るまで絶対に部屋にはいるなと念を押してから外に追い出すと、小包をあけてみる。
「……なんだってんだ」
 キョンは驚きの声を上げて、その中身を取り出す。黒々と光るそれは拳銃と弾が込められたマガジンだった。
ご丁寧に使用説明書までつけられている。
 と、彼はそこに手紙が入っていることに気がついた。それを取り出し目を通してみる。
 
【突然このようなものを送りつけてすみません。しかし、必要になる可能性を考えて差し上げます。
この手紙を読んでいる時点で僕と連絡が取れない状態になっている場合は、すでに死んだと考えてください。
もうすぐこの世界は壊れようとしています。引き返せるかどうかもわかりません。頼みになるのは長門さんだけです。
僕はあなた達に死んでほしくありません。だから、またあの地下道に行って手がかりをつかんできます。
何とかこの世界を守るために。でも、ひょっとしたら僕は帰って来れないかもしれません。そのときは、
どうか、最後まであきらめずに何とか生き延びてください。では   SOS団副団長 古泉一樹】
 
 キョンはその手紙を読み終えると頭を抱える。
「どういう事だよ、古泉……」
 だが、すぐに絶望している場合じゃないと考え、拳銃の使用説明書に目を通し始める。
どんな状況だろうが何だろうが生き延びてやる。彼の頭にそういう生への執着心が生まれつつあった。
 その後、しばらくしてから突然携帯電話が鳴り響く。彼は飛びつくようにそれを取ると、メールが着信していた。
興奮する手をなだめつつ、その内容を開いてみると、
「長門……から?」
 彼女からメールが来るなんてめずらしいと思いつつ本文を読んでみると、
【見えてる? そうなら返信して】
 彼は慎重にメール返信を行う。
【ああ、見えているぞ】
 するとすぐにまたメールが着信した。彼は長門がメールで連絡を試みていると気がつく。
【よかった。解析が完了した。原因はやはりあなたが過去から帰還した際に足に付着した球体】
【やっぱりそうだったのか。くそ、いつあんなものが足に着いたんだ】
【過去に戻ったときには付着していない。TPDDで元の時間に帰還する途中に付着した】
【なんだって? ならあれはいったい何なんだ?】
 ここで長門からのメールがいったんとぎれる。そして、数十秒後、
【あれは有機生命体の意識情報――通俗的な言葉を使用するなら心と呼ばれるもの。それの集合体。
さらに負の感情のみで構成されている】
【怨念って奴か?】
【その認識でも構わない】
【幽霊か。最悪だな】
 ――また数十秒間メールがとぎれてから、
【有機生命体が生命活動を停止した場合、その意識情報は肉体との連結状態は解除され、空間の狭間に保管される。
死んだ瞬間の記憶と感情がそのままの状態で置かれる。置かれれば、ただ意識だけが存在し続け、
何もせずに浮遊し続ける。無限に続く虚無は有機生命体の意識にとって苦痛以外の何物でもない。
飢えと苦しみを絶えず発し続ける。本来ならば有機生命体が生息する空間とは遮断されているため害のないものだった】
【天国とか地獄とかの概念みたいなものだな】
【そう。しかし、そこから意識情報が消失することはないため、有機生命体の生命活動が停止するたびに
次々と底に蓄積されていく。どうやらそこの収納領域を限界を超えた模様。そのため、空間の狭間から飛び出て、
この有機生命体が活動する空間領域に入り込んだ。その一部があなたの足の裏に付着していた】
【あれで一部だって言うのか?】
【一部でもその情報量は計測不可能なものだった。そして、彼らは次に空間との狭間とあなたのいる世界を連結させた。
それがあの地下道。よく使われる言葉を使用すれば、地獄の門。そこをあの球体に含まれた意識情報が開き、
死者の意識情報をこの世界に解き放った。その総情報量は情報統合思念体をも遙かにしのぐ。
涼宮ハルヒの情報改変も通じない。この世界を全て飲み込み食いつぶすと考えられる】
 キョンはベッドの上に寝ころぶ。もはやダメなのかという絶望が彼の頭に過ぎる。
【具体的にはこれから何が起こるんだ?】
【想像もつかない。ただ、朝倉涼子は彼らの実験だった。死者の意識情報と有機生命体を連結をテストするために。
それから推測できることは死者の意識情報をこの世界に存在する有機生命体に再連結しようとするかもしれない】
【……それって死者が歩き出すってことか?】
【そんな感じ】
 彼は生きる屍ゾンビが歩き出す映画のワンシーンを思い出した。まさかあれが現実になる日が来るとは思ってもいなかったが。
長門からのメールは続く。
【もはや手に負えないと認識した情報統合思念体は自己防御に入った。この事態を打開する能力は情報統合思念体にはない。
自らの存在を守るだけで精一杯】
【神にも見捨てられた……か】
【私ももうあなた達を助けるすべを持っていない。だが、私はあなたに生きてほしい。涼宮ハルヒにも】
 無機質なメール文章のはずなのに、キョンは長門の悲痛な訴えが胸に響いた。そして、最後の言葉が。
【生きて】
「長門!」
 キョンの叫びも虚しく長門からのメールはこれ以降届くことはなかった。
代わりに次々と意味のわからないメールを受信し始める。
「なんだよこれは……!」
 一件一件開いて本文を読むが、文字化けを起こしているように全く読めないものばかりだった。
それを読んでいる間にも次々とメールは受信されていく。彼は恐怖に駆られてメールの着信をできないようにした。
 ――そこで気がつく。留守番電話に一件の登録があることを。
 彼はあわてて再生してみた。そして、流れてきたメッセージは……
『キョンくん! 助けて! 鶴屋さんが――鶴屋さんが死んじゃう! お願い電話に出て、早く! ……今学校にいるから』
 すぐに彼は違う番号へ電話をかけた。まず警察に電話をしてみる。だが、何度かけてもつながる気配すらない。
仕方なく、彼はまた別の相手にかけ直した。相手はもちろんハルヒだ。もう頼れるのは彼女しかいなかった。
「ハルヒ! 聞こえるか! 朝比奈さんがピンチだ! 今すぐ学校に行くぞ!」
 
◇◇◇◇
 
 彼は古泉から贈られた拳銃を懐にしまい、どたどたと階段を駆け下り玄関から外に出ようとする。
と、音を聞きつけたのか彼の妹がアイスキャンディーを加えたままやってきて、
「キョンくんどうしたのー? こんな時間からお出かけー?」
「ああ、急用なんだ。オフクロにもそう伝えておいてくれ」
 キョンは靴を履くと玄関から外に――出ようとしたがいったん妹の元に戻る。
「いいか? これから誰が家に来ても絶対に玄関を開けるな。あと、家中の雨戸を閉めて誰も入ってこれないようにしろ。
約束だぞ」
「はーい。でも、何かあったの?」
「外に危ない奴がうろついているみたいなんだ。とにかく家に閉じこもって外には出るな」
 そう妹に言い聞かせると、彼は玄関から飛び出し自転車に飛び乗った。そして、猛スピードで学校へと向かった。
 それから数分後。彼の自宅に一人の訪問者がやってくる。
「はーい。だれですかー」
 彼の妹は兄からの言いつけを思い出し、すぐにはドアを開けずのぞき穴から訪問者の姿を確認する。
そこには今まで何回かあったことのある長門有希の姿があった。妹はほっと一安心してから、扉を開ける。
「ごめんねー。キョンくんさっき学校に……あれれ?」
 だが彼女が開けた扉の向こうには、長門の姿はなかった。しばらく玄関の周りを見回していたが、どこにも見あたらない。
やがて怖くなってきた彼女はドアを閉め鍵をかける。
 
 ――それからしばらくして、キョンの自宅からは悲鳴と怒号が置き、そして、無数の歩く屍の影が窓越しに映し出された。
 
◇◇◇◇
 
「ハルヒ!」
「キョン! 遅いわよ!」
 キョンはいつもとは違い自転車で直接学校にたどり着いた。すでにハルヒが校門前で手を振っている。
「で、みくるちゃんはなんて言ってたのよ!?」
「かなり錯乱しながら助けを求めていた。鶴屋さんが死ぬってな。かなりやばい状態なのは間違いない」
「警察にはかけたの? あたしもかけてみたんだけど全然つながらないのよ」
「俺も同じだ。一体どうなってやがる……」
「肝心なときに役に立たないんだからもう!」
 そう言葉を交わすと、ハルヒが持参した懐中電灯を片手に、閉められた校門を乗り越えて学校の敷地内に入る。
そのまま校舎周辺を歩くが特におかしな点は見つからなかった。ハルヒは歩きながらみくる・鶴屋さんと交互に電話をかけるが、
どちらも通じない。
「何だか、嫌な感じよね……」
「ああ、夜の学校の不気味さだけじゃないな……」
 明らかに普段とは違う雰囲気に、彼らはとまどいの表情を浮かべた。まるで学校全体が何かのオーラによって包まれている。
そんな威圧感を感じていた。
「参ったわね。昇降口もどこも鍵がかけられて入れないわ。どうしよう」
「とにかく、まず校舎外を調べよう。それでも朝比奈さんたちが見つからない場合は、窓をぶち破って校舎に入る。
人命がかかっているんだ。弁償で済むなら安いもんだ」
「そうね。でもあと調べ残っているのは……」
 ハルヒがそう言いながら指さした先。それは閉鎖されているプールだった。
 
◇◇◇◇
 
 彼らはプールを囲うフェンスをよじ登ると、プールサイドに侵入する。そのまま周りを周辺やたまっている水に
懐中電灯の明かりを当てて、中をのぞき込むが特に何もなかった。
 ハルヒは用具入れを開いて中を調べるが、みくるや鶴屋さんの気配はない。
「ここもだめか……。あとは校舎内にはいるしかないな」
「みくるちゃん、鶴屋さん、どこに行っちゃったのよもう……」
 ハルヒの落ち込んだ声。と、彼女がはっと声を上げて、
「そうだ! キョンの携帯に入っていたって言う留守番電話! あれから居場所が特定できないかしら!
外から聞こえてくるかすかな音とかでもヒントになるかも!」
「そ、そうだな」
 俺は再度留守番電話サービスに接続し、録音されていた朝比奈さんのメッセージを再生する。
『キョンくん! 助けて! 鶴屋さんが――鶴屋さんが死んじゃう! お願い電話に出て、早く! ……今学校にいるから』
 もう一度。
『キョンくん! 助けて! 鶴屋さんが――鶴屋さんが死んじゃう! お願い電話に出て、早く! ……今学校にいるから』
「もう一回再生して。なんか……違和感が」
 ハルヒの言葉に従い、再度再生する。
『キョンくん! 助けて! 鶴屋さんが――鶴屋さんが死んじゃう! お願い電話に出て、早く! ……今学校にいるから』
 3度目で彼も違和感を憶えた。それは最後の『今学校にいるから』部分だ。確かにみくるの声なのだが、
その前のあわてふためいた言葉とは続いていない口調に感じる。妙に落ち着いているような。
さらにその部分が再生される際に、かすかだが何か別の音声が混じっているように聞こえた。
『……今学校にいるから』
 底の部分だけに集中して聞いてみる。背後では機械的な音声が流れているようだった。
『……今学校にいるから』
「どういうこと……?」
 その混じっている音声を聞き取ったハルヒが呆然とつぶやく。キョンも同じく聞き取ることに成功していた。
 その内容は、この留守番電話が録音された日時だった。ただし、今日ではなく昨日の夕方の時刻。
キョンは動揺のあまりふるえが止まらなくなり、
「何で……どうしてだよ!? 今日の朝チェックしたときは何もなかったぞ!? それが何で今になって!」
「それだけじゃない! その部分が他の音声とかぶるなんてあり得ないわ。まるで録音が終わった後で
無理やり上書きされたみたいな……」
 ハルヒも眉間にしわを寄せて不安げな声を漏らす。
 その時だった。突然、雲一つ無い空を稲妻が走り、雷鳴が辺りに響き渡った。同時に地震のような揺れが彼らを襲い、
プールサイドに倒れ込む。
「なになになに!?」
 ハルヒは地面にへばりつきながら、必死に辺りを見回し何が起きているのか確認しようとしていた。
そして、気がつく。プールの中心から何かが吹き出て水を濁らせ始めたことに。
「キョ、キョン見てあれ……」
「なんだ!? 今はそれどころじゃ――」
 ハルヒの指さす先を見てキョンは絶句した。最初は何かが吹き出ているだけと思っていたが、
懐中電灯でそれを照らすと真っ赤な液体がプール全体に広がっていっていることに気がつく。誰がどう見てもそれは血だった。
「に、げましょう! はやくここにいたらまずいわ!」
「わかっているさ!」
 ようやく揺れが収まり、彼らはまたフェンスと乗り越えてプールの外に出る。
そして、一直線に校舎に向かって、
「なによ! いったい何なのよ! 昨日からどうなっているのよ!」
「……しらねえよ! もう何が何だかさっぱりだ!」
「とにかく、校舎の中に入ってとっととみくるちゃんたちを捜すわよ! いないようだったらすぐに撤収!」
「ああ!」
 キョンは校舎の窓を一枚破り、窓を開けてハルヒとともに校舎内に侵入する。慎重に周りを見回し、
何か怪しいものがないか確認しつつ、廊下を進み始めた。
 
◇◇◇◇
 
 まずキョンたちはみくるのクラスに向かった。恐る恐る教室の扉を開き、中を懐中電灯で照らす。
「何か……ある?」
「いや大丈夫そうだ」
 誰もいないことを確認してから、彼らはみくるのいた居室に足を踏み入れた。
窓側のガラスが一枚割られ、応急処置として新聞紙が貼り付けられている。
「本当にみくるちゃんたちどこに行っちゃったのよ……」
 ハルヒは教室の後ろの方を落ち着き無く歩き回る。一方のキョンは窓から外をのぞき様子を確認し始めた。
それは相変わらず稲妻が走り続け、心なしか街のライトアップもいつもよりも少なく感じた。
「みくるちゃんの席ってここだったっけ?」
 そう言って廊下側の机を調べ始める。だが、そんなハルヒの姿を見たとたん、キョンは全身に寒気が走った。
いや、実際には彼女の姿を見たからではない。その窓を隔てた廊下側に無数の人影が見えたからだ。
「ハルヒ! そこから離れ――」
「な――きゃああああ!」
 キョンの声は一歩遅く、ハルヒと廊下を遮っていた窓ガラスが砕け散り、そこから飛び出した何者かの腕が
ハルヒの髪の毛をつかんだ。
「助け――やめて! 助けてキョン!」
「ハルヒ!」
 彼はあわててハルヒのと元に駆け寄る。彼女の髪の毛をつかんでいたのは、あちこちが腐食した汚らしい人間
――生きる屍だった。手術後のような傷跡が無数にあり、血まみれのぼろ切れのような衣服を纏っている。
数名がこちらを狙うかのようにじっと見つめ、その内一人がハルヒを捕まえていた。
「野郎! 離しやがれ!」
 キョンはハルヒをつかんでいる腕を無理やり引きはがそうとするが、もの凄い力で掴まれているためどうしても取り払えない。
彼は意を決して懐から拳銃を取り出す。
「キョン! キョン! 助けてお願い!」
「良いかハルヒ! 絶対に動くなよ! 目も閉じていろ!」
 彼は両手でしっかりと構えてハルヒをつかんでいる死者に向けて一発発砲した。
パンという乾いた音とともに、うまい具合にその死者の肩に命中したが全くその腕の力は衰えない。
「しつこい奴だな!」
 さらに一発発射して今度は首筋に命中する。だが、えぐり取るように肉片が飛び散るだけで、やはりその生ける屍は健在だ。
 彼は今度は眉間に向けて一発撃ち込んだ。するど、額がびしっという音とともに穴が開き、その生ける屍も
糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。
「今だハルヒ! こっちに来い!」
「ああああああ!」
 ハルヒはわめき声を上げながらキョンに抱きついた。その顔は心底おびえ、彼が今まで見たことのない表情だった。
 キョンはこのままでは教室から出られなくなると判断し、意を決してハルヒとともに廊下に飛び出る。
しかし、廊下中生ける屍の群れがうろつき、彼らめがけてゆっくりゆっくり襲いかかってきた。また拳銃を構え、
生ける屍たちに向けて発砲する。
「ちょっとキョン! なんであんたそんなものを持っているのよ!」
「ここから逃げ出せたら教えてやるよ!」
 一番近くの屍に向けて発砲すること三発撃って、ようやくそいつの頭に命中する。だが、まだまだ次々と彼らに向けて
死者たちの群れは移動してくる。
「くそっ、キリがねえ! このままだと囲まれるぞ!」
「ど、どうしよう……!」
 キョンはどこかに逃げ道がないか見回すと、階下に降りる階段が目に入った。彼はハルヒをそちらの方へ押しやり、
「ハルヒ! 先に階段に行け!」
「わかったわ!」
 ハルヒは素早い動きでそちらに向かった。キョンはできるだけ屍を食い止めようと、発砲を繰り返しながら階段に向かう。
だが、腹を打たれようが足を打たれようが頭を撃ち抜かない限り屍たちは決して歩みを止めない。
「キョン!」
 ハルヒの言葉を最後に、突然階段と廊下をつなぐ出入り口に防火シャッターが勢いよく降りた。
「くそなんてこった!」
「ダメあかない!」
 二人はそれぞれの位置から防火シャッターを押し上げようとするが、固定されてしまったのかびくともしない。
 キョンはまた近づいてきた屍の頭を撃ち抜く。じりじりと屍の包囲網が狭まってきていることに彼は焦りの表情を浮かべた。
「こりゃダメだな。ハルヒ! そのまま先に一階に下りろ! 俺は外側の非常階段から外に出る!」
「キョン、必ず来てよ! 死なないで!」
「ああ、わかっているさ!」
 彼はシャッターの向こうで階段を駆け下りる音を確認すると、また屍たちに拳銃を向けた。
一人の腹と頭に一発ずつ命中し床に崩れ落ちる。ここから非常階段までは廊下の反対側の終点まで移動しなければならない。
「こんなところで死ねるかよ。どけどけっ!」
 そうわめきながら彼は屍を払いのけて走り出した。
 
◇◇◇◇
 
 一方ハルヒは階段を駆け下り、一階まで降りていた。幸い、一階の廊下にはあの屍たちは一人もいなかった。
だが、代わりに一人の女子生徒が廊下の隅にうずくまっていることに気がつく。
「大丈夫? こんなところで何をやっているの?」
 ハルヒはその女子生徒に尋ねる。すっとその女子生徒が顔を上げると、彼女はそれが朝倉涼子であることに気がついた。
ただあの白い瞳で無表情のまま見つめている。
「しっかりして。ここにいたらまずいわ。早く逃げないと」
 朝倉が腰を抜かしていると判断したハルヒは、肩を貸すようにして朝倉を立ち上がらせる。
朝倉は特に抵抗せずに、ハルヒに身体を預けていた。
 そして、ハルヒは朝倉を担ぐように歩き出そうとして――
「…………っ!」
 いつの間にか一階廊下に屍たちが姿を見せていることに気がついた。さっきほどではないが、
教室やトイレから次々と姿を現し続けその数は増える一方だ。
「昇降口に向かうわよ。しっかり付いてきて」
「…………」
 ハルヒの言葉に朝倉は無表情のままついて行く。だが、そこに立ちふさがった一人の屍。それはみくるだった。
「……そ、そんな……」
 愕然としてハルヒは困惑の表情を浮かべた。かろうじてみくるとわかるその姿だったが、
もう何ヶ月も放置された死体のように腐乱しあの栗色の髪の毛もぼろぼろになっていた。身につけている北高の制服は
血に染まり、彼女を汚すように彩る。
「来ないで……! 朝倉! 下がって!」
 ハルヒは朝倉から手を離し、後ろに下がらせる。そして、みくるの屍を何とか払いのけようとして、
「ぐはっ――くうっ!」
 突然、彼女は後ろからもの凄い力で顔を掴まれ、そのまま壁に叩きつけられる。
力任せに顔を握られてハルヒは絶叫を上げた。だが、その手はどけられることない。
「……あ、んたも、あいつらの……!」
 掴まれている手指の間から見えた顔。それは無表情で真っ白な瞳の朝倉だった。彼女が今ハルヒを殺そうと、
力任せに顔を握りつぶそうとしている。
 ハルヒは苦痛に満ちた声を上げならが、足で朝倉の身体を蹴り上げるが、びくともしなかった。
まるで大木に蹴りを入れているかのような感触に彼女の足の方が痛みを発する。
 どんどん握られた手の力が強まり、ハルヒの意識が暗転し始めた。このままでは――もうすぐ死ぬ。
彼女は薄れゆく視界の中、そう確信する。
 その時、かすかに残っていた彼女の聴覚は、パンという乾いた音と何かが飛び散る鈍い音を聞き取った。
「大丈夫かハルヒ! おいしっかりしろ!」
 ようやく視界を取り戻した彼女の目に入ったのは、キョンの真っ青な顔だった。
今にも泣き出しそうなその表情は、こんな時だというのになぜかいとおしく感じてしまう。
 彼女は額を叩きながら意識に活を入れ、辺りを見回す。先ほどまでいたみくるの屍はすでに消え、
代わりに別の屍たちがあふれかえっていた。そして、彼女の足下には……
「うっ……」
 思わずハルヒは目を背ける。そこには頭を粉砕された朝倉の姿があった。キョンが彼女を射殺し、
打ち所が悪かったのか汚らしく頭が吹き飛んでしまっていた。
「キョン……キョン……!」
 ハルヒはもう周りも気にせず、キョンに抱きつく。彼女の精神はもうおかしくなる寸前だった。
唯一、目の前のキョンだけが彼女の最後の一線を支えている。
「とにかく、外に出るぞ。朝比奈さん探しはまた後だ。これじゃ、捜しようがない」
「もう……いい」
 ハルヒはしょげた声を上げた。そして、続ける。
「さっき……みくるちゃんにあった。もうあいつらの……あいつらの仲間に……」
「……そうか。ちくしょう……!」
 キョンは怒りに染まった声を上げた。
 
◇◇◇◇
 
 彼らは屍たちをなぎ倒し、昇降口前にたどり着いた。だが、その時何かがキョンの足をつかみ、彼は派手に床に転ぶ。
 しばらく痛みにもだえていたが、はっと彼は自分の足をつかんでいるものの正体に気がつく。
「古泉……か? そうなのか!?」
 彼の足をがっちりつかんで離さなかったのは、あの古泉一樹だった。だが、彼もまた他の屍と同じように、
腐乱し汚れきった姿になっている。足が動かないのか、床をはうようにしてキョンの足を握りしめ、
フーッフーッと息の荒い声を出していた。
「古泉くん! キョンを離しなさい! 離してよ!」
 ハルヒもその手を取り払おうとするが、強固に掴まれたその腕は決して動かなかった。
キョンはやむ得ないと思い、拳銃を古泉の屍に向ける。だが、それを見たハルヒは抗議の声を上げる。
「何してんのよ! 古泉くんを撃つつもり!?」
「もうこいつは古泉じゃねえ! 姿だけ同じだが、中身は完全に別物だ! ハルヒ離れろ!」
 そう言ってハルヒをどかせると、彼は一発で仕留めるべく古泉の屍の眉間に銃口を向ける。
キョンはなかなか引き金を引けなかったが、
「古泉……すまねえ。お前にもらった拳銃でお前を撃つなんて皮肉がすぎるよな……!」
 ついに彼は引き金を引いた。びしっと額に穴が開き、古泉の屍は活動を停止した。
 キョンはそれが動かなくなったことを確認すると、掴まれていた手を振り払い立ち上げる。
そして、ハルヒとともに昇降口に向かって――
 そこでハルヒは足を止めた。冷や汗を全身に浮かべ、今まで以上におびえた表情を浮かべたまま硬直する。
「おい! 早く逃げないと……」
 そこでキョンも気がついた。彼らの背後に無数に立つ生きる屍の群れ。その中に、見慣れた顔のものが混じっていることに。
「長門……朝比奈さん……鶴屋さん……」
 キョンが呆然とつぶやいた。そこにいたのは探しに来ていた二人と、あのメール以降音信不通になってしまった長門。
彼女らもまた腐敗した姿になり、キョンたちをじっと見つめている。
「なんなのよ……なんだってのよ! これはいったい何なの!」
 ハルヒがのどが裂けるほどの大声を上げる。彼女にはもう何が何だかさっぱりわからなかった。
普段から変わっていたことが起きることを望んでいた。だが、このような狂った世界は彼女が望んだものではない。
 キョンももう彼女をなだめる気力すら起きず、ただ恐れるばかりだった。
長門がメールで伝えてきた事。地獄の扉が開き、死者が歩き始める。この世と地獄が一緒になってしまった。
彼はそう感じていた。
 屍の群れはやがてまた彼らに向けて歩みを開始した。キョンは動けなくなっていたハルヒを抱えるように持ち上げ、
「とにかく――逃げるぞ!」
「…………」
 真っ青になったハルヒはただふるえるだけで何も答えられなかった。
 そして、二人が昇降口の扉を開け外へ足を踏み出したとたん――
「――うわっ!」
「――きゃあ!」
 短い悲鳴。彼らが足を踏み出したはずの地面が突如暗闇と変貌しし、そのまま落下していった。
 
◇◇◇◇
 
「――キョン! キョン! 大丈夫? しっかりして!」
 キョンは激しく自分の身体が揺すられていることに気がついた。見れば、ハルヒが今にも泣き出しそうな顔で、
彼の名を呼び続けている。
「くそっ……いってえ……」
 彼は全身から発せられる痛みに苦痛の声を上げた。まるでかなり高いところから落下して地面に叩きつけられたような痛みだ。
 そんな彼に、ハルヒはとりあえず生存を確認してほっとしつつ、
「よかった……よかったよぉ……」
「ああ、もう大丈夫だ。何とか無事だし生きている」
 キョンは泣きじゃくるハルヒの顔を抱きしめてやる。
 ふと、彼は今自分たちはどこにいるのだろうと手に持ったままだった懐中電灯を照らし、辺りを見回す。
どこかで見たような壁、どこかで見たような水の流れ、どこかで見たようなカビくさい空気……
「ここは……あの地下道か?」
「そうみたいなの……どうして昇降口から出たはずのあたしたちがこんなところにいるのよ……」
 ハルヒはキョンの胸に顔を埋めたまま力なくつぶやく。あの地獄の扉と長門が言っていた地下道。
すぐに出たくなったが、こないだ来たときとは違い出口は完全に消滅していた。はしごもない。
「狂ってやがる……ん?」
 と、彼の目に地下道の奥から一筋の明かりが入ってきていることに気がつく。
懐中電灯の光ではない。隙間から流れ出ている何かの明かりだ。
 キョンはいったんハルヒを引き離し、
「ここにいても仕方ない。とにかく前に進もう」
「うん……」
 彼らは地下道の奥へと歩き始めた。
 
◇◇◇◇
 
 彼らが地下道の行き止まりにたどり着いたとき、こないだとは違う光景を目にした。
「どうなっているのよ……」
「こいつは……」
 二人は唖然とした声を上げた。個室になっていた場所の奥の壁が崩れ落ち、開いた穴の向こう側には荒野の世界が広がっていた。
彼らは吸い込まれるようにその崩れ落ちた壁の穴をくぐり、荒野へと足を踏み入れる。
「…………」
「…………」
 二人は無言のまま辺りを見回す。不毛な地、そう表現するにふさわしい世界だった。
辺りにはミイラのような死体が並べられ、その列が地平線の果てまで続く。
空は濁った雲に覆われ、たまに稲妻が走っていた。
 キョンはハルヒの手を握り、そのまま数十メートル進む。だが、同じ荒野しか目に入らない。
 ハルヒが振り返る。しかし、そこには先ほど入ってきた地下道の穴はすでに無くなっていた。ただ荒野が続くだけ。
 二人はお互いを見つめ合う。そして、気がつく。
「……キョン、あんたの目が……」
「……ハルヒ、お前の目……」
 互いを指さして言う。二人の目はあの朝倉涼子と同じように真っ白に染まり、瞳孔もなくなっていた。
 
 二人は絶望の中、荒野にとけ込むように消えていった――
 
~~完~~
 
 
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