夜。自宅で古泉はあの地下道を出て以降、世界を覆い尽くさんばかりの違和感に恐怖を覚えていた。
涼宮ハルヒが作り出す閉鎖空間ではない。もっと――怨念のようなものを感じる空間が世界を覆いつつあることを
彼ははっきりと認識していた。
 しばらく彼は外見上何も変わらない夜の街を睨みながら考えていたが、やがて結論を出した。
そして、彼が取り出したのは携帯電話。同じ機関の仲間に連絡を取るために。
「古泉ですが」
『報告は聞いています。それ以降何か問題がありましたか?』
 電話に出たのは森園生だった。
「今のところは何も。しかし、時間の問題だと僕の経験から来るカンが伝えています。もうすぐ何かが始まると」
『回避する方法は?』
「……わかりません」
 彼はすっと床に座り込む。そして、続ける。
「僕は明日の朝、もう一度あの地下道に行ってみます。ひょっとしたら戻れないかもしれません。
その時のためにお願いがあります――」
 古泉は森に頼み事を伝えた。それを聞いた彼女はしばらく動揺を見せたが、
『――ずいぶん物騒な話ですね。でも、わかりました。そちらの手配は確実に』
「無理言ってすみません……」
 
◇◇◇◇
 
 翌日の朝。キョンはいつも通りに北高に登校した。ただ、どうしても昨日の一件が頭の一部にこびりついて仕方がなかったが。
 彼は自席に着くと、すでに席に着いていたハルヒの方に振り返り、
「なあハルヒ。結局あの地下道について教員に話をしたのか?」
「その件なんだけど、朝、岡部に話そうとして職員室に行ってみたんだけどね、なんかまだ来ていないみたいなのよ。
あの熱血教師が遅刻なんてしないだろうし、風邪でも引いたのかしら。全く肝心なときにいないんだから」
「何だ、じゃあまだあれについては誰にも話していないのか?」
 ハルヒはむすっとしながら、
「仕方ないじゃん。ああいう話は真っ先に担任にすべきだろうし、そもそもあの話を持ってきたのは岡部なんだから。
でも、本当に来ないようなら昼休みに他の教員に言ってくるつもりよ。放置するわけにも行かないし」
「それが賢明だな」
 ハルヒはそこではぁ~とため息をついて机に突っ伏すると、
「……まさか有希が倒れるような事態になるなんて考えてもなかったわ。次からは気をつけないと」
「そうだな。事前調査ぐらいはきちんとしないと同じ事がまた起きるだろうな」
 キョンがそう言ったのと同時に教室に副担任が入ってきた。始業のチャイムも鳴り響く。
「やっぱり岡部の奴、来ていないみたいね」
「人間なんだから、たまには風邪ぐらい引いたりするだろ」
 だが、副担任から発せられた言葉はキョンたちの予測を遙かに超えるものだった。
 
 ――昨晩、岡部先生が亡くなりました――
 
「なんで!? 原因は!?」
 ハルヒが素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。そして、副担任は詳しいことはまだわからないと言いつつも、
何者かによって殺害された可能性が高いと答える。
 唖然としたハルヒは、力なく椅子に座り込んだ。キョンも混乱する頭を整理しようとする。
 だが、彼の混乱をさらに煽るものが現れた。
 こんな時になんだが、と前置きしつつ副担任が教室に招き入れた人物。それはあの朝倉涼子だった。
「ばっ――!」
 キョンは思わず声を上げそうになるが、あわてて飲み込んだ。朝倉の正体を知っているのは彼と他ごく一部だけなのだ。
他の生徒たちにとっては彼女が戻ってくることは何らおかしな事ではない。
 カナダから帰ってきて、またみんなと一緒のクラスになったと副担任は言い、朝倉に自己紹介をするように促す。
「みんな久しぶりね。帰って来ちゃいました」
 数ヶ月ぶりの朝倉の声にクラスからは歓喜の声が上がった。だが、彼女に殺されそうになったキョンだけは違った。
あからさまに警戒感を表し、彼女の姿をじっと見つめる。ふと、彼は以前の朝倉と異なる点があることに気がついた。
まず一点は少し様子がおかしいと言うこと。あのほほえましい笑顔を浮かべ続けていた朝倉だったが、
今目の前にいる彼女はどこかおどおどしているように見える。緊張しているのとも少し違う。
まるで何かにおびえているように見えた。そして、一番の違いは目の色。あの黒く美しい瞳が、まるでカラーコンタクトを
つけているかのように真っ白になっていた。瞳孔がないんじゃないかと思えるほどにおかしなものだ。
 朝倉は副担任から席の位置を知らされると、そこに座りじっと黒板の方を見つめていた。
「一体何がどうなってやがる……」
 彼は誰にも聞こえないようにつぶやいた――
 
◇◇◇◇
 
 キョンが教室で唖然としている間、古泉はまたあの地下道に向かっていた。
彼はあそこから何かが始まったのなら、止めるためにもあそこの調査が必要だと考えていた。
 古泉は持参した蛍光灯突き懐中電灯と護身用のナイフを胸に、旧館の床下に潜り込み入り口から地下道に降りる。
「……ん?」
 彼がまず昨日とは違うと感じたことは水かさが増えていることだった。
昨日は地下道の真ん中のくぼみをちょろちょろ流れる程度だったが、今では膝につかるまでに水かさが増えている。
そして、あの違和感の強さだ。今にも逃げ出したくなるほどの悪寒と恐怖が彼を覆い尽くそうとしている。
 だが、それでも彼は引き返そうという気にはならなかった。このままこの違和感の原因を放置すれば、
取り返しの付かないが起きると確信していたから。
 
◇◇◇◇
 
 水の重みに苦戦しつつも、古泉はあの行き止まりである個室までたどり着いた。
昨日よりも強力な懐中電灯で部屋全体をてらし、何かおかしなところはないか探し始める。
「……これは」
 古泉はあの水が流れ出て言っていた穴が全く機能していないことに気がついた。
入り口の方からは次々と水が流れ込んできているが排出されていないためにどんどん水かさが増えていっているようだった。
 たまっている水は濁りきっているため、彼は記憶を頼りに昨日排水溝となっていた辺りの水中に手を入れ、
どうなっているのかを調べ始める。
「何か……詰まっていますね……」
 彼は細い糸の様な固まりがその穴をふさいでいることを感じた。そのままできるだけ多くの糸らしきものを手にかき集め、
一気に引き抜く。すると、ごぼごぼっと泡が吹き出て小さな渦とともに水が吸い込まれ始めた。
「……あ……ああ」
 だが、古泉は詰まっていたものを見たとたん、思わずうめき声を漏らしてしまった。
それは長い人間の髪の毛の固まりだった。まるで何年も風呂場の排水溝を掃除せずにたまってしまった髪の毛のように
腐食・腐敗し嫌な感触が彼の感覚を刺激する。
 彼はあまりの嫌悪感でそれをその辺りの水の中に投げ捨ててしまった。そして、懐中電灯につけられている蛍光灯を点灯し、
また個室内を調べ始める。
 しばらく何も発見できずにいたが、ふと水かさが減るたびに個室の脇に何かが浮き出始めていることに気がついた、
最初は土か岩のたぐいかと思っていたが、それが人間の顔であることがわかったとたん、彼は思わず後ずさりした。
さらに水かさが減るとそれが北高の制服を纏っていることがわかり、さらに――
「ば、バカな……」
 彼の驚愕の声を上げる。それはまるで数年間放置されていたかのように腐り果てた朝比奈みくるだったからだ。
あの長い栗色の家はこけや泥で汚れ、肌も水につかったままでふやけきっている。そして――
「……っ!?」
 さらなる恐怖。その朝比奈みくるの腐乱死体が、何の前触れもなく動き出した。上半身を自然な動作で上げ始め、
やがて下半身を使い完全に立ち上がる。懐中電灯でその顔をてらすと、目はつぶされたように閉じられ、
顔は腐りきっていた。そして、古泉に向けてゆっくりゆっくりと歩き始める。
 古泉はとっさに懐からナイフと取り出し、
「来ないでください! あなたを傷つけたくはありません! 来るな!」
 そう威嚇するが、みくるは全く異に返さないように古泉に近づき続ける。
 ふと、彼はみくるの背後でもう一人の腐乱死体が立ち上がろうとしていることに気がついた。
「そんな……!」
 立ち上がったもう一人は鶴屋さんだった。彼女もみくると同じように何ヶ月も放置された腐乱している。
 二人の腐乱死体はじりじりと古泉に近づいていった。彼は次第に個室の一番奥の方に追いつめられていく。
「やむ得ません……許してください!」
 古泉は意を決してナイフをみくるの肩に差し込んだ。だが、ぐちゃっという嫌な感触だけで、
彼女の歩みは止まらなかった。
 もう一度、今度は振り払うようにみくるに向けてナイフを斬りつける。鎖骨あたりに当たるが
まるで豆腐でも切ったかのように感触がない。みくるの斬りつけられた部分からは血ではなく、
ヘドロのようなものが汚らしくこぼれ落ちる。
「く、来るな! 来るんじゃない!」
 古泉は個室の壁に背を当てながら、ナイフを振り回す。もう彼の精神は完全に錯乱状態に陥っていた。
だが、いくら斬りつけてもみくると鶴屋さんは歩みを止めなかった。そして、古泉のすぐ前に立つと、
腐った腕を古泉に向けて伸ばしてくる。
「ひっ……ひぃっ……!」
 彼ののどから引きつった声が漏れる。もはや恐怖におびえることしかできなかった。
 ――次の瞬間、古泉が寄りかかっていた壁から突然無数の腕が飛び出した。一気に彼の手首足首をつかみ、
完全に壁に固定される。
 さらに2本の腕が彼の顔面を背後から力任せにつかむ。ちょうど目の辺りを掴まれ、彼の視界が闇に落ち、
ただ激痛に悲鳴を上げた。そして――
「……ぶぐっ!」
 古泉の首の骨が折れた音が脳髄に響いたのを最後に、彼は何も感じなくなった――
 
◇◇◇◇
 
 午前の授業が終わり、ハルヒが職員室に向かうのを見送ったキョンは谷口から耳を疑うような情報を聞かされた。
「おい、キョン。お前なんか知っているのか?」
「何の話だ?」
「昨日から朝比奈さんとそのいつも一緒にいる髪の長い女子――鶴屋さんだっけ?が行方不明なんだってよ」
「……なんだって?」
 キョンは目を丸くする。同時に携帯電話を取り出し、みくるからの連絡が入っていない確認してみるが、
メールも留守番電話も受信した形跡はない。そして、谷口に詰め寄る。
「どういうことだ!? 俺は何も知らないぞ!? 何があったんだよ!」
「い、いや、待て。俺が知らないからお前に聞いて確認しているんだろ? なあ、落ち付けって」
「わ……悪い」
 キョンは額に手を当てて謝る。一体全体どうなんてやがんだと彼は苦悩の表情を浮かべた。
そんな彼を見て谷口は嘆息して、
「その様子じゃ何も知らないみたいだな。一部じゃ岡部がやられたのと関係があるんじゃないかとか噂になっているが」
 キョンは谷口の言葉を聞き流しながら、頭の中を整理する。昨日からみくる・鶴屋さん・岡部と姿を消している。
そして、それと入れ替わるように現れたのが――
 彼はすっと立ち上がると、
「お、おい、どうしたんだよ。怖い顔して」
 谷口の言葉を無視して、彼は朝倉の元に言った。そして、怒りを押し殺したような口調で、
「すまないが、少し付き合ってくれないか……」
「う、うん……」
 キョンは彼女の手を取ると、強引に教室から出て行った。一度彼女の殺されそうになったので、
警戒感はあったがみくるや鶴屋さんが姿を消したという件で彼の頭は真相を聞き出そうとする思いで頭がいっぱいだった。
 
◇◇◇◇
 
「一体どういう事なのか説明しろ。わかりやすくな」
 校舎外の非常階段の踊り場でキョンは朝倉に詰め寄った。今までにないほどに怒りのこもった声で。
 しかし、朝倉はおどおどするばかりで、何も答えようとはしない。
「答えろよ! 何が目的なんだ!」
 キョンは怒声を上げてさらに詰め寄る、すると朝倉は冷や汗を顔中に浮かべながら、
「わ、わからないの……何で今自分がここにいるのかも」
「ふざけるな! 嘘に決まっているだろ! おまえの後ろにはあの何とか思念体とかが……」
「今の朝倉涼子は情報統合思念体とは何の関わりも持っていない」
 突如、キョンにかけられた言葉。彼が振り返るとそこには長門がいた。
 長門はキョンを押しのけるように朝倉の前に立ち、すっと彼女の額に手を当てる。
「…………」
 しばらく黙ったたまの長門だったが、やがて手を離し、
「確認できた。今の朝倉涼子は情報統合思念体とは無関係。有機生命体であるこのインターフェースとの連結も
何か別の概念で行われている。ただし、技術や方法は全く不明」
「……あ……あ」
 朝倉はただただ狼狽するばかりだった。また朝倉の方を指差し、
「だったらますますあやしいじゃねえか。昨日から朝比奈さんたちが消えて代わりにこいつが来た!
だったら、こいつが一番怪しいに決まっている!」
 だが、長門はじっとキョンを見つめ、
「先ほど彼女の情報を解析したが、有益な情報はなかった。以前に情報連結解除を行ったまでの記憶しか存在していない。
また、インターフェースとの感情情報の連結に改ざんは見られるが、現在発生している異常事態とは関わりはないと思う」
「……なんてこった」
 キョンはがっくりと肩を落とし、踊り場に座り込んでしまった。唯一の手がかりと思った朝倉も何もしらない。
今、みくるや鶴屋さんは何をしているんだろうと彼は不安になった。
 朝倉はハンカチで冷や汗を拭きながら、あの真っ白な目を落ち着なく瞬かせ、
「一体何が起きているのか全然わからないのよ。あの時長門さんに情報連結を解除された事まで憶えているんだけど……
それにこの感情は何? すごく心拍数が上がって、体温とは関係なく肌に突起物が発生しているんだけど」
「それはびびっているんだよ」
 キョンが力なく教えてやる。
 と、長門が朝倉のそばに立ち、
「朝倉涼子は現在の手がかりの少ない状態に置いて、唯一の情報源といえる。今日は早退して自宅に帰り、
彼女の情報連結を解析する。それができれば、突破口が見えるかもしれない」
「……一体何が起きているんだ?」
 キョンはゆっくりと立ち上がって長門の方を見つめる。
「不明。何もわかっていない。ただし、情報統合思念体は警戒心を強めている。一部では全ての情報操作を停止し、
様子を見るべきだという意見も出されている」
 その言葉に軽いめまいを覚えるキョン。ただでさえ、無敵の存在だと認識していた長門の親玉が苦戦している状態で
ただの一般人である自分が一体どうやって対応すればいいのだと途方に暮れてしまう。
「とにかく今は気をつけて。あなたも涼宮ハルヒも」
 そう言って長門は朝倉を連れて去っていった。
 
◇◇◇◇
 
「どこに行っていたのよ! 探しに行こうかと思っちゃったじゃない!」
 教室に戻ってきていたハルヒはそうキョンをにらみつけた。彼は後頭部をかきながら、
「……ちょっと話がある」
 キョンはみくると鶴屋さんが消息を絶ったことをハルヒに告げた。ついでに、長門と朝倉が気分が悪いと言うことで
早退したという嘘も付け加えておく。
 二人がいなくなったという話を聞くにつれてみるみるハルヒの顔が青くなっていき、
「探しに行ってくる!」
「待てよおい!」
 危うく教室を飛び出しそうになる彼女をキョンは腕をつかんで制止した。ハルヒは眉をつり上げて、
「何でよ! みくるちゃんたちがいなくなったのよ! 心配じゃないの!?」
「俺だって心配だが、ただ闇雲に捜したって見つからねえよ!
 とにかく、今は落ち着いて新しい情報が得られるまで待つしかない。そうするしかないんだ……!」
 キョンの苦悩に満ちた言葉にハルヒは、目を細めていらだちながら自席に戻る。そして、外を眺めながら、
「一体どうなってんのよ……。古泉くんも朝に学校に来たっきり行方不明になっちゃっているしさ!」
「……なんだって?」
 彼は初耳の情報に驚愕する。ハルヒはため息を吐きながら、
「9組に行って聞いたのよ。朝確かに来ていたらしいんだけど、それ以降誰も見かけていないんだって。
午前の授業にも出ていないし、一体どこに行っちゃったのかしら……」
 そう彼女は心配げな表情を浮かべる。古泉までも消えた、くそ何がどうなってやがるとキョンのいらだちは募る一方だ。
 結局、キョンたちはそのまま午後の授業に入るべく準備を始めたわけだが――
 突然、ガスンという鈍い音とともにクラス中から悲鳴や罵声がキョンに向けられた――いや、それは彼の思い違いだった。
正確には彼のすぐ横の窓の外に向けられていた。
 キョンは恐る恐る窓の方に目を向けると、そこには宙に浮く女子生徒の姿があった。
彼は幻覚でも見ているのかと目をこすったが、何度見ても宙に浮く女子生徒だ。そして、首にはロープがくくりつけられ、
そのロープは屋上へと伸びている。
 拡大する悲鳴の中、首つり自殺を目の前に、キョンとハルヒはただおびえることしかできない。
 
 この異常事態にその日は午後の授業は打ち切られ、全生徒が強制的に帰宅させられることになった。
 
◇◇◇◇
 
「ハルヒ」
「なに?」
「何かあったらすぐに連絡してくれ。飛んでいくから」
「わかった。ありがと。あんたもなんかあったらすぐに連絡しなさいよ」
「ああ」
「じゃあ――気をつけてね。なんか何もかもがおかしいんだから」
「そうだな……」
 キョンとハルヒは別れて各々自宅へ帰っていった。
 
◇◇◇◇
 
 午後の長門の自宅。彼女と朝倉はこたつ以外何もない部屋に座り込んでいた。
「こ、これからどうするの?」
「今あなたの情報連結状態を解析している。これが解れば今後どうすればいいのかも解るはず」
「そ、そう……」
 長門はただ黙って朝倉の方を見つめていた。一方の朝倉はただ落ち着き無く辺りを見回している。
「有機生命体が感じている恐怖ってこんな感情なのね。確かにこんな精神状態が続けば、おかしくもなるわ」
「あなたが感じている感情は、私があの時情報連結解除を行ったときには有していなかったもの。
明らかに何者かによって改ざんされている」
「早いところ直してほしいわね……」
 朝倉はうんざりするように言った。
 そのままじっとしたまま時間だけが過ぎていく。次第に日が傾いていき、
窓から差し込むオレンジ色の光が部屋を染め上げ始めた辺りで、
「…………」
 長門ははっと立ち上がった。そして、ぐるりと360度身体を回転させ、周囲を見回す。
「どうしたの……?」
 不安げな朝倉の声。長門はそれには答えず、ただ警戒感をあらわにし周囲を見回し続ける。
 そして、そのまま口を開いた。
「解析が終わった。情報統合思念体も結論を導き出した」
「それで? 一体今のあたしは……ひっ!」
 朝倉がか細い悲鳴を上げた。なぜなら、突然長門たちを取り囲むように死者たちが現れたからだ。
腐敗し不快感を煽るようなその死者たちはぐるっと長門たちを取り囲む。
「こ、こないで! あっち行ってよ!」
 鞄からコンバットナイフと取り出し、死者たちに向ける朝倉。しかし、彼らは微動だにせず、ただ黙って立っているだけだった。
一方の長門はただ無表情に彼らを見つめ続ける。
「あたしに近寄らないで! また、あんなところには……え、何この記憶!? 何でこんな事を知っているの、あたしは!?」
「やはり」
 錯乱し始める朝倉に長門は自らが導き出した結論に自信を深める。そして、また死者たちに向き直り、
「何をしに来た」
 長門の問いかけにも彼らは答えない。彼女は言葉を交わすことは無意味だと悟り、
「消えて。そうでないなら、敵性と分類し強制的に排除する」
 そう彼女は強い言葉で警告するが、彼らは動こうとしなかった。
 やむえないと判断した長門はすっと腕を振り、物理的排除の構成崩壊因子を死者たちに仕込んだ。
すると、まるで細かく散るように彼らの身体が消失していく。
 死者たちが完全に消滅したことを確認すると、長門は朝倉の正面に座り込み、
「思い出した記憶を解析する。恐らく……ぐっ」
 長門の口から空気が漏れたようなうめき声が流れ出た。同時に彼女はうかつだったと後悔した。
朝倉の情報連結状態を確認すると、先ほどまでとは別の情報生命体らしきものが朝倉の肉体に連結されていた。
外見は同じでも、中身は別物。今の朝倉は先ほどまでおびえていたのとは別人だった。
 朝倉はただ白い目に無表情のまま、長門の喉にコンバットナイフを突きつけている。
長門の首からはあふれんばかりの血が流れ出て、床に広がっていく――
 

~~後編へ~~

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