「痛て!」
 落下感が停止したとたん、キョンは足下を狂わせて地面に倒れ込んでしまった。
彼はすでに何度も経験しているTPDDだが、あの違和感にはどうしても慣れることができなかった。
 日曜日夕刻のSOS団部室。彼らはあの指令書を受け取り、ここからTPDDを使用して二日ほど前に旅立った。
そして、今ちょうど過去からの帰還を果たしたところである。
「ああ、大丈夫ですかぁ?」
 一緒に過去からみくるが彼を抱きかかえた。キョンは一瞬ほんわか気分になってしまうが、あわてて首を振り、
「だ、大丈夫です。ちょっと足がもつれただけなんで」
「そうですか。よかった」
 キョンはみくるの手を置いて、自らの足で立ち上がる。
 彼らはまた未来からの指令により、過去に戻ってある行動を行った。
今回も未来からは一体それに何の意味があるのかも知らされていない。今までも徹底した秘密主義のため、
ほとんど事前にその指令内容の意味を伝えられることは多くなかったが、今回はヒントどころかその行動の結果
何が起こるのかすら見ることが許されていなかったため、キョンたちにはその意味が全く見当がつかなかった。
そのため、みくるのショックも大きかった。
「正直ショックです。今までは任務を終えた後に大体その意味がわかったんですけど……」
(確かに今回はちょっとひどすぎる。全く、朝比奈さん(小)をなんだと思っているんだ。朝比奈さん(大)は)
 みくるの落ち込み様に、キョンは未来の彼女へ怒りを向ける。だが、いない人物に向けて起こっても仕方がない。
「ま、まあ、朝比奈さん。今は仕方がないですよ。とにかく、地道に仕事をこなして信頼を得るしか……」
「そうですね……」
 聞いているのかいないのか。みくるは生返事を返す。
 キョンはすぐには立ち直れそうにないと思い、
「……今日はもう帰りましょう。疲れたし」
「そうですね……」
 キョンは肩を落としたままのみくるの肩に手を置き、家路へ着かせようとして――
「ん?」
 彼は踏み出す右足に何かの違和感を覚えた。すり足で移動してみると何か堅いものが靴の裏についているようだ。
「どうしたんですか?」
「ああ、いえちょっと」
 キョンは靴を脱いでその裏を見てみる。そこには溝にはまりこむように直径5mmもない透明な石のようなものが挟まっていた。
なんだこりゃとそれを引き抜いてみると、ちょうどきれいな球体になっていて、夕焼けの明かりを吸い込みオレンジ色に発色する。
 その球体をみくるがのぞきむように見て、
「なんですかそれ?」
「過去に行く前はなかったんですけど――やばいな。過去に戻ったときに足の裏についちまったのかも。
これって何か影響とか出たりするんじゃないですか?」
「えっ……えっと、たぶん大丈夫だと思います。そのくらいなら特には……」
 いまいち頼りない返事をするみくるだったが、キョンはまあ本当に問題があるなら朝比奈さん(大)が何とかしてくれるだろと
結論づける。しばらく、その透明な球体を見つめていたが、
「せっかくだから持って帰ります。いざなんかあったときにこいつを無くしていたら面倒なことになりそうですし」
 そう彼はポケットに入れた。みくるも異論はないとうなずく。
「じゃあ、帰りましょう。また明日学校で」
「はい。また明日」
 そう言って二人は家路についた。

◇◇◇◇

 翌日の放課後。キョンは掃除当番でハルヒのいない部室でいつものようにぼーっとしながら、
昨日靴の裏についていた球体を眺めていた。彼はこれが未来に与える影響とかタイムパラドックスとかなんて気には
していなかったが、この球体だけはどうしても気になっていた。球体内では光の屈折があまりおきないのか、
手にもって感触を確認していないと目視だけではどこにあるのかわからなくなりそうだ。
「それは何?」
 彼が声の方に振り返ると、長門有希がその球体を見つめていた。長門から声をかけてくるなんて珍しいなと思いつつ、
彼は昨日会ったことをかいつまんで説明する。
「そのとき、持って帰ってきちまったのがこれなのさ。ま、朝比奈さんは得に問題ないだろうと言っていたし、
俺もそれ自体は気にしていないんだが、この球体自体にはちょっと興味が引かれてな」
 キョンは球体内部をのぞき込むように視線にあわせる。それを通して長門を見ても、ほとんど彼女の姿がゆがまない。
「一体何でできているんだろうな、これ」
「ちょっと貸して」
 長門はキョンからその球体を受け取ると、指先につまむように持ちじっと見つめ始める。
 ――そのまま、数分間沈黙が続いたが、
「……長門!?」
 突然彼女はけいれんを起こして床に向かって倒れ込んだ。床に激突ぎりぎりのところでキョンが彼女を支えて
事なきを得たが、彼女のけいれんは収まらない。
「おい長門! 大丈夫か! 救急車――そう病院に連れて行ったほうがいいか!?」
「…………」
 長門はけいれんを起こしつつも、じっとキョンを見つめた。彼にはそれが問題ないという返事として受け取ったので、
しばらくけいれんを押さえるように彼女を抱きかかえる。
 10分ほどたったところで、長門のけいれんはようやく収まった。キョンの腕の中で、
いつものように無表情で目をぱちくりさせる。
 キョンは慎重に彼女の身体を起こし、
「大丈夫――なのか?」
「……大丈夫。肉体に損傷はない」
 長門は彼の肩に捕まり姿勢を安定させつつ起きあがった。キョンも大丈夫そうだとほっと胸をなで下ろす。
彼はまだ長門の指先に掴まれているあの透明な球体を見て、
「今のはそれが原因か?」
「そう」
 彼女はその球体をキョンに返し、
「情報部位に違和感を感じたため解析を試みた」
「何かわかったのか?」
「全く不明」
 キョンの問いかけにつれない返事を返す。続けて、
「情報統合思念体が混乱している」
「……何だって?」
 キョンが意外そうな声を上げた。長門は構わずに続ける。
「その球体に込められている情報量は異常。圧縮されていたため、デコードを実行し内部コードの解析を行おうとしたが、
前例のない情報爆発が発生した。情報統合思念体の認識レベルに置いて、これだけのものは観測されたことはない。そう――」
 長門はキョンの目を見つめ、
「涼宮ハルヒの情報爆発よりも遙かに大きい、この球体内部に含まれているものは得体が知れない」
「なんてこった……」
 彼は愕然としてしまう。これも持ち帰ってきてしまったのは偶然ではあったが、
とんでもないことをしでかしてしまったのではないかと不安に陥った。
「あなたに責任はない。朝比奈みくるの異時間同位体が行っていることを考えれば起こって当然のこと」
「だが、こいつがとんでもない代物ならどうにかしないとならないんじゃないか?
このまま放置というわけにはいかないだろ」
「情報統合思念体の混乱が収まった時点で解析を行う。それがわかった後に適切な対処を行えば問題ない」
「……そうか。ならこいつは俺がそれまで預かっておくよ。一晩ともにしたが別に問題は起きなかったからな」
「わかった」
 とにかくいじらない方がいいと彼は思い、ハンカチに包んでポケットにしまい込んだ。
 と、タイミング狙ったかのようにみくると古泉一樹が部室にやってくる。
「こんにちわ~」
「やあ、どうも」
 そう言って入ってきた二人――のうち古泉を支援から追放したキョンは、みくるが昨日のショックを引きずっていないようで
一安心する。だが、この球体については話しておく必要があるとも考え、
「朝比奈さん。ちょっといいですか?」
「あ、はい、なんですか?」
 そう言ってみくると呼びつけると、キョンはさっき起きたことを説明した。みるみる間に彼女の表情が青ざめていく。
「そんな……あれが……」
「なかなか興味深い話ですね。ちょっと見せてもらえませんか?」
 勝手に話に加わっていた古泉。キョンは彼の頼みに手を振って、
「ダメだ。仮にも超能力者であるお前に持たせたら何が起こるかわからん。ここは唯一の一般人である俺が持っていた方が安全だ」
「……ふむ、残念ですが仕方がありませんね」
 そう引き下がる古泉。
 そんな感じで今後について話し合ってくると、ダダダダダと廊下を全力疾走してくる足音が聞こえてきた。
 キョンは頭を抱えて、
「また何か変なことを思いついたな、ハルヒの奴。全くこんな時に勘弁してくれよ」
「仕方がありませんよ。涼宮さんは何も知らないんですから」
 そう話しつつ、話し合いを解散して部室に散らばる。そして、勢いよく部室のドアが開かれ、
「みんな! 朗報よ!」
 ハルヒの黄色い歓喜の声が部室内に響きわたった。
いつもろくでもないことを持ってくるのに何が朗報だと内心愚痴をこぼしつつ
「今度は何だ? ネッシーの化石でも見つけたのか?」
「そんなインチキ臭いものなんかに引っかからないわよ」
 ハルヒは抗議の声を発しつつ、団長席に座る。同時にみくるが手慣れた手つきでお茶を渡した。
「何でこんなことに気がつかなかったのかしら。不思議なことはもっと身近にあったのよ」
 興奮状態なのか、ハルヒはお茶をすすりながら相手には伝わらない話を始める。
キョンは彼女に向けて手をぱたぱたと振り、
「いや、俺たちにわかるように説明してくれ」
「ん、ああごめんごめん」
 ハルヒはお茶を一気に飲み干すと、ばんと湯飲みを机に叩きつけ、
「今日、岡部に呼び出されていたんだけどね! そのときに耳寄りな情報を入手したのよ!
何でもこの学校には地下室や地下道があるらしくて、どこかにその秘密の入り口が学校の敷地内にあるんだって!」
「本来の話はなんだったんだ?」
「そんなことはどうでもいいの!」
 ハルヒはびしっとキョンを指差し、
「とにかく! この学校にはどうやら秘密がありそうなのよ! だったら世界不思議発見調査団であるあたしたちが
調査に乗り出して当然だわ! 先を越されないように今すぐ開始するわよ!」
「いきなりだなおい!」
 キョンは抗議の声を上げるものの、ハルヒは完全にそれを無視して、
「そんなわけで行動開始よ! いい? 今日は手がかりを見つけるまで帰宅は許さないんだからね!」
 いつもの100W笑顔でハルヒは宣言した。

◇◇◇◇

 キョンは旧館の一階床を見回しながら、岡部の奴やっかいなことをしてくれたと文句をこぼしていた。
隣には古泉が整備用の床の扉を開いている。
「まあ、いいじゃないですか。涼宮さんが楽しそうにしているということはそれだけ精神が安定していると言うことですからね。
僕としては大歓迎ですよ」
「俺もお前みたいに割り切れれば良いんだけどな」
 そう嘆息するキョン。身近の部室をのぞいて天井や床にそれっぽいものがないか見回す。
「しかし、初耳だな。この学校に地下室があるなんて聞いたこともなかったんだが」
「僕もそうですね。ただ、昔に校舎の建て直しがあったということですから、
旧校舎時代に何か地面に埋められていても不思議ではありません。戦中の時に作られた防空壕の可能性もあります」
「どちらにしても面倒なものが出てこないことを祈るだけだ。ま、見つからないのが一番良いけどな」
 彼はポケットに手を入れハンカチで包まれた球体を確認する。
落としたら大変だと考えて彼は絶えずそれの存在を確認していた。
 そこで、みくるがぱたぱたと走ってきて、
「キョンくん、古泉くん。涼宮さんが地下への入り口を見つけたって!」
 キョンと古泉は顔を見合わせると、ハルヒの元へと走った。

◇◇◇◇

「ほら、キョン! 見て見て!」
 ハルヒが騒いでいたのは旧館の隅だった。床下に入り込める様に穴が開いている。キョンはそこから床下に首をつっこむと
そこには古さびた鉄板のようなふたの存在が確認できた。彼が見た限りでは地下に通じる入り口のように見える。
 彼は床下から外に出ると、
「で、誰が中に入るんだ?」
「あんたに決まっているでしょ」
「何で俺なんだよ?」
 キョンが抗議の声を上げると、
「あんたね、あたしやみくるちゃん、有希に四つんばいになれっていうわけ?
あんたのアホ面に向けてさ。下心が丸見えじゃない」
「別にお前のなんか見たくもねえよ」
 といいつつもみくるのならとつい妄想に浸ってしまうキョン。だが、ハルヒは激怒の表情を浮かべて、
「あんたがよくてもあたしがはずかし――そんなの倫理的に許されるわけがないでしょ! 何でも良いから早く行きなさぁい!」
 そう言って無理やり懐中電灯を押しつけられるキョン。彼はやれやれとため息をつきながら、床下に潜り込もうとしたが、
長門が割り込むようにそこに入り込んだ。
「ちょ、ちょっと! 有希はやらなくて良いのよ!?」
 ハルヒは制止しようとするものの、
「一人では難しい。私が彼をサポートする」
 そう言ってキョンたちの視線も気にせず床下に潜り込んだ。キョンもそれに続く。
 二人は地面をはうように動き、地下への入り口までたどり着いた。そして、キョンはその扉を開いた。
「本当にあるとは……」
 扉を開くと、縦穴が現れた。横には丁寧にはしごが据え付けられていて、明らかに人為的に作られたものであった。
深さは数メートルほどしかないようで、懐中電灯でてらすとすぐ底が見え、汚れた水がたまっているのがわかる。
「いったい何の穴なんだ? 下水道のようにも見えるが……」
 キョンは懐中電灯を左右に動かし、底がどうなっていることを確認する。どうやら底から横穴が続いているらしく、
水もゆっくりと流れて行っていた。
「とりあえず降りてみるか。長門、すまんが手を貸してくれ」
「気をつけて」
 ふと、キョンは彼女にじっと見つめられていることに気がついた。そのまま彼女は続ける。
「私の認識では昨日まで旧館地下にこのようなものは存在していなかった。明らかになにかがおかしい」
「どういうことだ?」
 彼はそう長門に問いつめようとしたが――
「ぬわーに二人でひそひそ話をしているのよ」
 突然、二人に間に割り込んできたのはじと目のハルヒだった。新たに持参した懐中電灯で自らの顔をてらし、
むすーとした表情をキョンに向ける。
「何しに来たんだよ。さっき俺に1番手を押しつけたってのに」
「気が変わったのよ。やっぱり一番乗りはSOS団団長であるあたしの務めなんだからね!」
 ハルヒはそう言いながら、地下への入り口に足をかけて降りようとする。そこでキョンはハルヒの肩に手を置き、
「ハルヒ。なにかおかしいことがあったらすぐに引き返せ。いいな?」
 彼の言葉にハルヒはしばらく眉をひそめていたが、
「大丈夫。そのくらいはわかっているつもりよ」
 そう言って地下に降りた。
 ハルヒが地下に降りてまず感じたのはほこりっぽい空気だった。カビと湿気が混じったにおいが鼻を刺激する。
 彼女は懐中電灯を横穴に向けててらしてみた。片方はすぐに行き止まりになっていて、
床にある小さな鉄格子突きの穴からちょろちょろと水が流れ出ていた。
反対側はてらしても明かりが届かないほど奥が深くなっている。
「おい、ハルヒ! 大丈夫か?」
「ヘーキよ大丈夫! みんなも降りてきなさい。横穴がかなり奥まで続いているみたいだわ!」
 ハルヒの返事とともに、他のSOS団のメンバーが次々と地下道に入る。
やはりこの独特な空気に長門以外は顔をしかめた。
 古泉は泥やこけで覆われた地下道の壁をさすりながら、
「この学校の地下にこんなものがあったとは驚きですね。見たところかなり古いものです。
それも数百年単位かもしれません。いったい何なんでしょう」
「……ただの地下道には見えねえな」
 そう警戒感をあらわにするキョン。一方のみくるは
「なんなんですか~? ここどこなんですか~?」
 ぷるぷるふるえて完全におびえきってしまっている。そんな彼女をハルヒは抱き寄せ、
「大丈夫よみくるちゃん。何か出てもあたしがぶったおして捕獲してあげるから」
「出てこなくて良いですぅ~!」
「さーあ、地下道探検に行くわよ!」
 ハルヒの元気のいい声とともに、SOS団は地下道奥へと前進を開始した。

◇◇◇◇

 そのまま歩くこと数分。曲がりくねってはいるものの一本道な地下道をSOS団は歩き続けていた。
 そんな中を意気揚々を歩くハルヒを尻目にキョンは、
「古泉。どう思う?」
「何がでしょうか? まあ、想像はつきますが。この地下道の正体のことですよね?」
「ああ、そうだ」
 古泉は辺りの壁を一なでして、
「壁や床の作りを見てください。これは明らかに現代のものではありません。
しかし、この作りから見ても防空壕などではなさそうです。使われなくなって忘れられた下水道かもしれないですね」
「長門が気になることを言っていたんだ。昨日まではこんなものは存在していなかったってな」
 キョンの言葉に古泉は目を丸くして、長門の方を向く。彼女はキョンの言葉に同意するようにうなずいた。
「そうなるとかなりやっかいなものかもしれませんね。少なくとも雪山遭難と同じかもしれません。
長門さんは何かわかりませんか?」
「不明。存在しているだけで他の情報や意思などは感じられない」
 長門はそう言って首を振った。古泉は珍しく真剣なまなざし手考え込み始めたが、
「あ、行き止まりよ!」
 先頭を歩くハルヒの声が響く。見れば、地下道の終着地点は小さな6畳ぐらい部屋になっていた。
水はそこの床下にある小さな鉄格子突きの穴に流れ込んでいる。
「これで終わりなわけ? 何か拍子抜け。ねえ、途中に別の道とかはなかった?」
「いや、無かったぞ」
 キョンが答える。ハルヒは不満そうな表情を浮かべると、辺りの壁に何か仕掛けがないか調べ始めた。
「涼宮さ~ん、早く帰りましょうよ~」
 みくるが今にも泣き出しそうな声を上げる。だが、ハルヒはお構いなしに調査を続行する。
 と、ここでキョンはポケットにしまっていたあの球体の存在を確認しようとして――
「熱っ!」
 すさまじい熱源にさわり彼はあわててポケットから手を引き抜いた。その勢いで、ハンカチに包まれていた球体も
ポケットから飛び出し床に転がる。
「やばい!」
 キョンはあわてて床に懐中電灯を照らし球体を探し始めるが、彼の目に入ったのは水に流されて鉄格子突きの小さな穴に
流れ込んでいく球体だった。それを阻止しようとあわてて手を伸ばすが、時すでに遅く穴の中に飲み込まれていった。
「どうしました?」
「どうかしたの!?」
 古泉とハルヒがキョンの元に駆け寄ってきたが、古泉はともかくハルヒに球体の存在を知らせるとやっかいになると思い、
「いや――何でもない。ハンカチをおとしちまって捜していたんだ」
「なんだ脅かさないでよ」
 ハルヒはまた調査に戻った。一方、キョンは長門と古泉の元に駆け寄り、
「すまねえ。ミスってあの球体を穴の中におとしちまった。だが、さっきの熱さは一体……」
 彼はまたポケットをまさぐってみるが、先ほど感じた熱源は全くなかった。
「なんてミスしちまったんだ。あの穴に落ちたらもう捜す事なんて……」
「あなたのせいじゃない。あの球体が自らあの穴に向かって移動した」
 長門から意外な言葉が返される。キョンが聞き返す前に、彼女は続ける。
「一瞬だが、解析したときと同じ意思らしきものを感じた。あの球体は自力であの穴に入っただけ」
「バカな……」
 キョンは驚愕する。一方の古泉は眉をひそめて、あからさまに警戒感を表し始めた。
「ちょっとまずいですね……これは。閉鎖空間――いや、それ以上に重厚で嫌な空気が広がっています」
「お前までわかるものなのか?」
「ええ、先ほどまでは何もなかったんですが、あの球体が水の中に吸い込まれたとたん、強烈な違和感を感じるようになりました」
 今度はこのタイミングで長門がキョンの身体に倒れ込む。彼はあわててそれをキャッチして、
「おい! 大丈夫か長門! まさかさっきと同じ……」
 だが、彼女はちらりとキョンの目を見つめた。彼が感じ取ったサインは――演技。
自分が今体調不良になり、それをハルヒに伝えろと言っている。
「ここは危険。早急に出なければならない」
「おいハルヒ! 来てくれ! 長門が倒れた!」
 その声にハルヒは血相を変えて駆け寄り、
「有希! 大丈夫!? しっかりして!」
「……ここから出たい」
 長門はぽつりとハルヒに向けて言う。キョンもハルヒにできるだけせっぱ詰まった声で、
「ちょっとまずいぞ。もう探検ごっこは終わりだ。すぐに出よう」
「わかってる。みんな戻るわよ!」
 そう言ってSOS団は来た道を引き返し始めた。

◇◇◇◇

 部室に戻って。
 ハルヒは長門を椅子に座らせると、しきりに表情などを確認し始めた。
「大丈夫、有希? ごめん、こんな事になるとは思っていなかったから。きっとあのカビくさい空気にやられたんだわ」
 幸いハルヒが自ら結論を出し長門の演技を補強してくれているため疑うことはなかった。
「とにかく今日は解散にしましょう。明日になったら、教員にあの地下道を教えるわ。
ちょっと正直あたしたちには手が終えないかもしれないし、危険すぎる。
そういうわけでみんな絶対にあそこに近づいちゃダメよ。いい?」
「ああ、言われんでもそうするさ」
 キョンの返事とともに、みくると古泉も頷く。ハルヒは確認がとれたと判断し、また長門の方を調べ始めた。
彼女なりにかなりの責任を感じているようだ。
 結局、その後ハルヒが長門の意思を無視して送って帰ることになった。キョンたちのこりのメンバーもそれぞれ散っていく。
 と、みくるだけは帰りに鶴屋さんに呼び止められ、
「おおっ、みくるちょうど良いところにっ。ちょっと手伝ってくれないかなっ」
「あ、はぁい、いいですよ」
 そういって自らのクラスの教室に戻る。
「いやー、朝の日直の仕事で明日のホームルームの資料作り忘れていてっさ。めがっさあわててやっていたんだけど、
紙を折ってホチキスに止めるだけでももう大変でさっ!」
「じゃあ、紙を折るから鶴屋さんはホチキスをお願い」
「了解っ!」
 そう意識あわせを行うと、二人で黙々と単純作業を開始する。
「ところでさー、さっきハルにゃんが長門有希ちゃんを大層大事そうに連れて行っていたけど何かあったのかいっ?」
「え? ええっと、あのー」
 鶴屋さんの質問に一瞬みくるは困惑したものの、やがてかいつまんで何があったのかを説明する。
その方が鶴屋さんがへんな好奇心を起こさないと思ったからだ。
「へーえー、この学校の地下にそんなものがあったとはっ。驚きだねっ! でも、何だか危なそうだから近づかないよっ!」
 その話はそこで終了し、またまたもくもくと作業が続く。そして、もう日が落ちかけようとしているぐらいに
ようやく作業が完了した。
「これで終わりっ! みくるありがと!」
「いえ、このくらいなら大丈夫だから」
 鶴屋さんはホチキス止めした資料の山を教壇の上に置こうとして――
「どわっ!」
 素っ頓狂な声を上げて派手に転ぶ。みくるがあわてて彼女の元に駆け寄り、
「だ、大丈夫ですかぁ!?」
「いやー、情けないところをみせちゃったよっ!」
 鶴屋さんは制服に付いた床のほこりを払いながら立ち上がろうと――
 そのときだった。何の前触れもなく窓が散った。校舎全体に響くようなけたたましい破砕音が起こる。
さらにその飛び散ったガラスの破片がまるで意志を持つように鶴屋さんに襲いかかり、
全身にとがった破片が突き刺さった。顔・背中・首・頭と致命的なところに次々と深く刺さり、
鶴屋さんはそのまままた床に仰向けに倒れ込んだ。ただ先ほどとは違い、全身から血を垂れ流して。
「つ、鶴屋さん!」
 みくるが悲痛な声で彼女の身体をさするが、目を開けたままぴくりとも動かない。
ダメだと思い、携帯電話で救急車を呼ぼうとするが、あわてていたためキョンの電話番号にかけてしまった。
しかし、もうかけ直す余裕もないほどに錯乱していたので、
「キョンくん出て……!」
 そう祈るような気持ちでかける。しかし、通じたのは留守番電話サービスだった。
「キョンくん! 助けて! 鶴屋さんが――鶴屋さんが死んじゃう! お願い電話に出て、早く!――」
 そのときだった。みくるは自分に何かの影が当たっていることに気がつく。
おそるおそる振り返ってみると、そこには全身から血を吹き出し続け、まるで死んでいるようなうつろな目で
彼女を見下ろす鶴屋さんが立っていた。その手には椅子が握られ、今にもみくるの頭めがけて振り下ろされようとしている。
「つ、るや、さん。ど、どうして、なんで……やめてぇ!」
 みくるが目をつぶって視界を遮断した後、強烈な衝撃が頭に打ち付けられた。彼女が痛みを感じられたのはそこまでだった。


~~中編へ~~


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