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 別に俺は古泉がどこの誰と付き合ってようと知ったことじゃないし、それが例え自分の知ってる範囲の人間だったとしても文句をつけようとも思わないんだが、世の中には、時と場合とか、限度とかって物が有るんだってことを、今更ながらに感じていた。
「古泉くん、長さこのくらいでいいかしら?」
「ちょっと短いかも知れませんね」
「んじゃ、もうちょっと編まないとね」
 今現在俺の目の前で繰り広げられている光景。
 それはもうカップル同士のラブラブ光線バリバリ、周囲の事なんか知ったこっちゃないとでも言わんばかりのラブコメ的光景だった。
 お前等ちょっとは場を弁えろ。
 ここは部室だ。俺や長門もいるんだ。
 ……なんてことを言えたら良いんだろうが、カップルの片割れたる団長様は部室の私物化を何とも思わないような、というよりそもそもこの部室自体が団長の私物化ゆえのものであるという超自己中心的な人物であり、その恋人たる副団長は日常においてはそれに逆らう気など殆どなく、俺はともかく当てられている被害者のもう片方であるはずの長門は完全に無関心を決め込んでいるという状態であっては、俺が文句を言えるはずも無い。
「……お前等のん気だよな」
 だから俺が言えるのは、そんな在り来たりの一言だった。
 季節は秋も深まる頃、俺たちは高三。
 この学校の中で受験を前にしてここまでのん気な三年生なんて俺達だけだと思うね。俺達は一応全員大学受験を目指している筈なんだがな。
 そりゃあ、成績を気にしないといけないのは俺だけかも知れないけどさ。
「あら、何が問題なの?」
「受験だよ受験。手編みのマフラーなんて作っている暇があったら受験勉強をする時期じゃないのか?」
「……キョン、あんた羨ましいの?」
 だから何故話がそっちへ転がるんだよ。
 俺にはお前の精神構造が謎だ。
 いや、ハルヒの精神構造なんて永遠に謎にしておきたい気もするけどさ。……最近は割りと普通っぽく見えるようになってきたのに、未だに所々おかしいからなあ、こいつは。
「別に」
「ふうん……、だったら放っておいてよ」
 ハルヒは一言そう言うと、あっさりと古泉とのラブラブイチャイチャ全開モードに戻ってしまった。勘弁してくれ、これじゃ勉強する気にもなれん。
 ……そう言えば、ハルヒが俺に突っかかってくる回数も大分減ったな。
 それはそれで平和だが、微妙に物足りないような気もしないではないような……、いや、まあ、それは良いか。
 何というか、迷惑をかけられている度合い自体は、あんまり変わらない気もするんだが。


 数日後、そろそろ寒くなってきたなあという頃、古泉は当然のようにハルヒが数日前まで編んでいた手編みのマフラーを身につけて登校してきやがった。まあ、当たり前と言えば当たり前の事何だけどさ。
「お前さ、幸せそうだよな」
「ええ、割りと幸せですよ。……あなたは幸せじゃないんですか?」
「どうかな、少なくとも不幸じゃないと思うが」
 別に自分が不幸だなんて思っているわけじゃないさ。
 身近なカップルを見て思うことが無いわけじゃないが、それはどちらかというと場を弁えて欲しいとか時期を考えて欲しいという、保護者的、あるいは部外者的な感覚に近いものだと思う。
 何せ俺は未だに恋愛感情とかいうものが良く分かってないみたいだからな。
「じゃあ、何時かあなたも幸せになれますよ」
 古泉が、むかつくくらい幸せそうな笑顔でそう言った。
 まあ、俺はそんな古泉がそんなに嫌いじゃないんだけどさ。
 苦労しまくっていたはずのこいつが手にした幸せとやらが今ここにあるのなら、それで良いんじゃないかって思う。俺が今更そこにケチをつける必要なんてないだろう。
「おっはよー、あ、つけて来てくれたのね」
 雑談をしつつのんびりと坂を登っていた俺達のところに、階段を二段飛ばしくらいで昇っていたハルヒがやって来た。朝から元気なことだ。それとも、恋人の姿を見つけたからなんだろうか。
「ああ、おはようございます」
「どう、暖かい?」
「ええ、とっても暖かいですよ。ありがとうございます」
「喜んでもらえて嬉しいわ! あ、今度はセーターでも編んでみようかしら。編物って結構楽しいのよね」
 最近じゃ、普通のことを普通に喜んでいるハルヒっていうのも見慣れてきた気がするな。受験生としては色々間違っている気がするんだが。
「嬉しいですけど、あんまり無理はしないでくださいね。夢中になって根を詰めるのはよくないですからね」
「分かっているわよ」
 笑い有っている二人は、幸せそうだった。
 行動のベクトルがおかしな方向に向っている時はともかくとして、こういう時のこの二人を見るのは、そんなに悪くないと思う。
 

 その日の放課後部室に行ったら、なぜか長門だけがいた。
 長門は何故か何時ものように本を読んでいるわけでもなく、どこかのお店のものらしい紙袋を抱えていた。
「あれ、ハルヒと古泉は?」
「買出し」
 それは買出しと言う名のデートだと思うんだが、そんなことに今更ツッコミを入れる必要もないか。
「そっか。……ところで長門、お前一体何を持っているんだ?」
「毛糸と編み図の載った本と編み針」
「毛糸? 何でそんな物を……」
「涼宮ハルヒに渡された。……あなたには、わたしが作るべきだと彼女は言っていた」
「そ、そうか……」
 それは一体どういう理屈なんだ。
 いや、数日前の羨ましい云々を曲解したハルヒが長門に押し付けたんだと思うが……、相変わらず、勝手な奴だよな。
「これから編もうかと思っていた。……迷惑?」
「んなことないって、嬉しいよ」
「そう」
 長門は一言そう言い切ると、編み図の書いてある本と編み針、そして毛糸を取り出し、編物を始めてしまった。多分初めてだと思うんだが、その手付きは滑らかだ。何時ぞやの学園祭でのギターの時と似たような物なんだろうか。
 本を読んでいるのとは違うが、黙々と自分のことをしているって辺りは何時もと一緒だな。
 しかしハルヒが、か。
 あいつなりに気を遣っているんだろうか? それにしちゃ、気を遣う方向が間違っている気がするんだが……、まあ、恋人ありの女友達に作ってもらうよりは良いかも知れないけどさ。
「なあ、長門」
「何?」
「お前はハルヒに言われたっていうけどさ、お前こそ、迷惑って思わなかったのか?」
「無い。……言ったのは涼宮ハルヒ、けれど作るのはわたしの意思」
 俺の気がかりな部分を、長門は一言で否定してくれた。
 まあ、長門が迷惑じゃないって言うなら、良いか。
「そっか……。ありがとな、長門」
 長門がどういう気持ちでいるのかは知らないが、長門が俺のためにマフラーを作ってくれるってのは、結構嬉しいかも知れない。
 長門の作ってくれたマフラーは、きっとあったかいんだろうな。


 終わり

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