「今日はみんなで、鍋でもやらない!?」
妙に甲高い声が、文芸部室を貫いた。
今日は12月。去年は暖冬だったようだが、今年はもう冬真っ盛り。かじかむ手をカイロや暖房などで対処していた俺たちなのである。
当然、こんな日に鍋でもやったら最高なのだろう。
そんな考えも少しはあったが、あえて俺はこいつに反論する。
おいハルヒ、その鍋をやる費用はどこから持ってくるんだ?
「鍋の費用?何の費用なの?」
お前は何も考えていないんだな…いいか、鍋をやるにしても、食材がそろわなきゃ意味ないだろう。
「そんなの、一品持ち寄りでいいじゃない。ね、古泉君」
「仰せの通りで。なんなら、僕が食材を調達してきましょうか」
「それはいいわね。古泉君って、けっこう何でもできるし。それでこそ副団長よ古泉君!」
「涼宮さんからお褒めの言葉をいただき、まことに光栄でございます」
「くるしゅうないぞ、わっはっはー!」
……ちょっと待て。どこで鍋をやろうって言うんだ。まさかここじゃないだろうな。
「あんたの家に決まってるじゃない」
なんでそこで俺の家が出てくるんだ。
「そんなに心配しなくっていいって。妹ちゃんとはみくるちゃんが適当に遊んでおくからさ」
いや、そういう問題じゃなくてだな……。
「じゃあこれから、キョンの家にみんなで行くわよ!」
………あーやっぱり俺の話聞いちゃいねええええええ!

……というわけで、SOS団鍋パーティー・イン・俺の家が開催された。
親は、何の抵抗もなくハルヒたちを家に入れた。俺が友達を家に呼ぶことは今までなかったから、当然のことだろう。
古泉が持ってきた鍋の食材は、どうやらすき焼きのそれであるようだ。
ハルヒの独断と知ってはいながらも、俺はなぜか納得がいかなかった。
なぜなら、俺の中には鍋といえばおでんという固定概念があるからだ。
なぜおでんじゃないんだ。ハルヒと朝比奈さんが台所へ向かう様子を見ながら、そう思わざるにはいられなかった。

しかし、こうして鍋を囲むのもいいかもしれない。
なんと言っても、朝比奈さんの作る料理だ。食欲の沸かないほうがどうかしている。
笑顔でバッタの佃煮などを出されても、間違いなく完食できるだろう。
………その後姿に、エプロンでもあったら最高なのだがなあ………。

そして、いよいよすき焼きの食材が鍋に投下された。
牛、豚、鶏など少し肉の比率が多いようだが気にしないでおく。
しばらくは、平和的に食べていたのだが、全体の8割は食べかけた頃にハルヒが俺に話しかけてきた。
「ねえ、あんたはなんでしらたきと鶏肉を残しているわけ?」
ああ、このことか。大丈夫、いまから食べるから。
「あんたもしかして、しらたきと鶏肉が嫌いなの?食べ物の好き嫌いはしない!」
そうじゃない。むしろ、この二つは大好きなものだ。
「じゃあなんで……」
俺はな、おいしいものは先に食うが、好きなものは後に食う。鍋ではそういうことにしているんだ。
「わかんないわねその気持ち。もし横取りされちゃったら、どうすんのよ」
そのときは、死ぬ気でキープする、それだけだ。

「わたしも、好きなものは後で食べますね」
ほら、朝比奈さんはちゃんと分かってくれてる。
……恋愛だって同じだ。かわいい人には素直に「かわいい」と言えるが、好きな人には素直に「かわいい」とは言えない。そういうことさ。
「キョン君の恋愛観って、奥が深いんですね」
「そう?あたしには、意味不明でしかないんだけれど」
「おや、そうなると、あなたはいつも朝比奈さんには鼻の下を伸ばしておられるのに、涼宮さんにはいつもけんか腰ですよね」
「ということは、キョン君は涼宮さんのことが……」
そ、そんなわけないだろ。俺はこいつのことを好きでもないし、かわいいと思ったこともないぞ。
「なんですってキョン!あたしが、かわいくないとでも言うの!?」



すき焼きも思う存分食べつくした後。
天下の団長様にボコボコにされたこと以外は、この上なく穏やかな時間が流れていた。
そろそろお開きにしようと俺が提案した頃には、もう12時になっていた。
ハルヒがソファーで寝てしまったので、古泉が連れて帰ることになった。

それから一週間後の土曜日。
俺たちは、不思議探索という名目で、街中を散歩する集いを開いていた。
午後からの集まりだったので、探索は午後だけとなった。
さて、今日の俺の組み合わせは……ハルヒとかよ。しかも二人っきり。
まったく、付き合いづらいやつと一緒になってしまったもんだ。
この組み合わせが俺の人生をぐるりと変えてしまうとは、そのときは知る由もなかった。
俺は思いたい。これが偶然であることを。

…………
ハルヒは、公園の方角に向けてずんずんと歩いてゆく。
あそこに、何か不思議でもあると察知したのだろうか、迷いなどなく突っ切ってゆく。
俺は、小走りであいつについていくのが精一杯だった。将来、いい陸上選手になれるだろう。

その公園は、あまり人気がなかった。しかしハルヒは、そこからさらに人気のなさそうな、大樹の木陰に俺を連れて行った。
そして、あいつが口を開く。
「ねえキョン。一週間前、あんたは好きな人にはどうこう言ってたわね」
ああ。どうせ、お前には分からない感情だろうがな。
「………ねえ。キョンは、あたしのことを、どう思ってる?」
は?お前は、SOS団の団長でありいつも俺たちを変なことに……。
「そういうことじゃないの!あたしが聞きたいのは…………一人の女として、どう思ってるのか、よ」
おいおい、やばい方向に話が進んでないか?そんな俺の思いに構わず、ハルヒは続ける。
「あたしは、キョンのことが………好き」
…………やっちゃったよ。言っちゃったよこいつは。とんでもない野郎だ。
おいハルヒ。今日のお前、なんだかおかしくないか?普段のお前はもっとツンツンしていて……。
「普段のあたしの解説なんかいらないわよ!あたしが今聞きたいのは、……あんたの気持ち」

やれやれ。まったく厄介なことになったもんだ。
いいかハルヒ。俺は、お前のことをSOS団団長と思っている。それ以上やそれ以下でもない。
しかし、一番に言えることは、俺がお前に素直にかわいいと言えないことだ。
だから、『かわいい』の代わりにこの言葉を送る。『好きだ』、ハルヒ。
「キョン……」

ああ、俺もやっちゃったよ。まったく無茶しやがって。
するとハルヒは、突然俺のほうに向き直ると俺の胸に顔を埋めてきた。
なっ、おま………。
「キョン……しばらく、このままでいさせて」
やれやれ、好きにしろよ。

「よおキョン。愛しの涼宮は元気か?」
『愛しの』は余計だ、谷口。

それから俺は、涼宮ハルヒという彼女を持つようになってしまった。
あれから、俺はあいつと二人きりになるのがもっと苦手になった。
なぜなら、その時のあいつは、いつものそっけなさは何処へやらという感じで、俺に甘えてくるのであった。
俺にツンデレ属性はないはずなのだが、その時のハルヒは朝比奈さんを軽く超えるほどにかわいいと感じてしまう。
しかし俺は、ハルヒにかわいいと言うことは一生ないだろう。なぜなら、俺はハルヒを『好き』だからだ。

電波作品1 終

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