ある晴れた日のこと。
それはとある少女の――かなり思考がぶっ飛んだ少女の思いつきから始まりました。
「あたしは涼宮ハルヒ。そして今日はハロウィン。あたしが年中行事を見過ごすわけがないわ。と、いうわけで今は夜。
SOS団団員の家へお菓子を貰いに突撃よ!」
と、誰に言うわけでもなく寂しく自分の部屋で一人叫ぶのでした。
「衣装も既にバッチリよ。ありがちだけど、魔女っぽい格好をしてみたわ。ミイラ男とか、ドラキュラもいいかなって
思ったけど、補導されたら元も子も無いしね――って、あたしはいったい誰に説明してるのかしら……。
なんか腹立ってきたわ」
お疲れ様です。ちょっと親とかに可笑しな子だと思われちゃうかもしれませんが。
「うるさいわねっ!」
と、誰と言うわけでもなく突っ込みを入れるのでした。



【長門宅】

「ここが有希の家ね」
そうハルヒが言う前には、どこにでもある分譲マンションが『我、此処に在り』と言わんばかりに建っていました。
「さて、早速突撃する訳だけど……。マンションのインターホンでバレちゃ何かつまらないわね」
そう言って少し思考した後、何か閃いた様に指を鳴らしました。
「前哨戦――待ち、ね」
要するに、マンション内から人が出てくるのを待ってその隙に――不法侵入ですね。
「うるさい!」

さて、数分も経っていない内にマンション内から人が出てきました。
その人は、ハルヒの格好を見て訝しげな表情をしていましたが、我関せずとばかりに去っていきました。
そりゃそうです。真っ黒なマントを羽織り、真っ黒なミニスカートを穿き、これまた真っ黒な上着に真っ黒なソックスと靴。
そして真っ黒などこぞの魔導師が被りそうな帽子を、目深に被っています。真っ黒黒助です。
おまけに盗みに使いそうな白い大きな袋なんかも持っています。不審者丸出しです。
「うるさいって言ってんの――うおっと!」
そう言いつつ、閉まりそうだった自動ドアの間に黒い革靴を突っ込んで止めます。
当然自動ドアは再び開きますので、ハルヒは身を躍らせて中に入ります。
「まずは第一関門突破よ!」
そう嬉しそうにガッツポーズをとり、目を輝かせます。
でも不法侵入ですので。



そんなこんなで長門宅の玄関前に辿り着いたようです。
「有希の驚く顔が見てみたいわぁ……」
そういやらしい笑みを浮かべて言います。どう見てもイタズラ程度では済みそうにはありません。
「さて、インターホンを……」
ハルヒの指が玄関横のボタンを押そうと伸びました。
すると、
「……」
音も無くドアを開けて、無垢な瞳――今は少しイタズラそうなのが混じってますが――を向ける少女とハルヒは目が合いました。
「……」「……」
二重の沈黙がかなりの間流れたあと、ボブカットの髪型をした少女が口を開きます。
「……トリックオアトリート?」
「……違うわ、有希。それはあたしが言うのよ……」
そうハルヒが言うと、有希と呼ばれた長門は残念そうに、
「……そう」
そう呟きました。
「それはそうと。有希、お菓子はあるかしら?」
ハルヒがそう言うと、長門はコクリと頷きました。
「入って」
そう言って家の奥に足音なく戻っていく長門に続いて、無礼もここまで来るともう無礼じゃないよね? と思える勢いでハルヒはズカズカと入っていきました。
そしてその部屋にあったのは、
「……あげる」
「……」
部屋の半分以上をお菓子が占めるという、お菓子好きには堪らない光景――ではなく、


「ねえ、有希。ちょっとこれは張り切りすぎだと思うわ……」
さすがのハルヒにとっても異常な光景なのでした。
「……そう」
またも長門は残念そうに呟きました。
その後、とりあえず適当な量のお菓子を拝借したハルヒは、
「有希も来なさい。みんなでハロウィンパーティーよ!」
そう言いました。
それを聞いた長門は、
「……」
無言のまま隣の部屋に行き、襖を閉めたと思ったら十秒もしない内にまた開いて、
「……」
いつぞやの文化祭の衣装を着ていました。制服もそのままです。
そのうちに秘めた瞳は子供のようでした。
(はやく、はやく、はやく、はやく、――)
どう思ってもやる気満々でした。

【みくる宅】

さて、その勢いでマンションを出た二人はその勢いのまま朝比奈みくるの家へ行きました。
「でも、よく考えたらみくるちゃんの家知らないのよね、あたし」
その勢いもここまでかと思われました。
「わたしが知っている。付いてきて」
長門が凛とした瞳でハルヒを見ました。そして次の瞬間には高速ダッシュです。Bダッシュです。
「さっすがユッキー! 頼りになるわ!」
ハルヒも負けず劣らずそれに付いて行きました。
果たしてこの人たちは人間なのでしょうか……。
「情報連結の解――」
ごめんなさい。

「着いたわ!」
「……着いた」
あっと言う間に朝比奈みくる宅です。本当にあっという間です。
そして朝比奈みくる宅の描写は都合上省かせて頂きました。あえて言うなら白いぬ――いえ、気にしないほうが吉でしょう。
「さーて、みくるちゃんからたっぷりお菓子をせしめましょうか」
「せしめようか」
二人がかなりダークな笑みを浮かべます。
その表情のまま、玄関先のブザーに手を掛けました。不審者丸出しです。



ぴーんぷぉーん

そんな間の抜けた音が聞こえた後、
「はぁーいはいはい。ちょっと待ってくださ――ふあ!? きゃあああ!」

どんがらがっしゃーん

そんな慌しい音が響きました。
そしてドアが開きます。
「ぐすん……。なんであんなところにポリバケツが……?」
そんな意味不明な事を言いながら出てきました。ついでにパジャマ姿に頭の青いポリバケツも謎です。
「トリックオアトリート!」「トリックオアトリート」
突然大声が辺りに轟きました。普通に近所迷惑でした。
「ふぇええ!? な、なんですかぁ? なんなんですかぁ?」
二人の大声に――主にハルヒの――驚いた様子のみくる。まあ当然です。
「みくるちゃーん。さあ、ちゃっちゃとお菓子を出しなさーい!」
「……お菓子を要求する」
二人の魔女がパジャマの美女にお菓子を要求しました。
この状況に頭がついて行かない様子のみくるは、文字通り目を回していました。
「ふぇ? ふえ~? 魔女がお菓子を。お菓子が魔女で。魔女魔女お菓子?」
意味不明なことを言い出しました。
「何言ってんのよみくるちゃん。さあ、さっさとお菓子を出しなさい」
「……出すがいい」
二人が言いながら手を差し出します。
「ええっと……。な、なんでですかぁ?」
みくるが本当に言ってる意味が分からない様に言います。未来にはハロウィンは無いのでしょうか? まあどうでもいいです。
「なにって、あんた。ハロウィンよ? もしかして知らないの?」
「はろうぃん……?」
「お菓子をくれないとイタズラするぞーっていう、英国辺りの伝統行事の事よ」
多少違ったりしてるかもしれませんが、それは些細な事なので省略です(適当な事言ってすいません)。
「あー……あー……。もしかしたら、あれのことかも……」
みくるは何か思い当たる節があったようです。
「ちょっと待っててくださぁい」
そう言って家の奥へ駆けて行きます。

十分後。
「あ、あのぉ……。すいません、今はお菓子が無くて……。そのぉ……」
そう言っておずおずと差し出してきたのは、
「これじゃあ、駄目ですかぁ?」
固焼きせんべいでした。
「駄目に決まってんでしょうがぁ! いい? みくるちゃん。こうゆうのはもっと日本離れした様なお菓子が適切なの!
たぶんきっと!」
ハルヒはそんな事を言いながら、結構適当な事を言っています。お煎餅もお菓子の類でしょうが、ハルヒ的には駄目なようです。
「……」
長門はそのお煎餅をじいっと見入っています。長門的にはOKな様です。
「さあて、お菓子をくれなかったから……。イタズラしちゃうわよー!」
「イタズラしちゃうぞー」
「ひ、ひぇぇえええぇぇええ!」
秋晴れした夜空に、少女の悲鳴が木霊しました。


【古泉宅】

「ふぇ~。涼宮さん、これ寒いですよぉ」
街灯が並ぶ道を歩きながら、魔女二人と――
「文句言わないの。それしか無かったんだから」
黒猫が一匹でした。
猫耳にしっぽ、首輪に鈴という三点セットはもちろんのこと。体には、胸に黒い毛皮が巻きついています。それだけでした。
腰には黒い毛皮のミニスカートを。手足には肉球もどきのついた黒毛の手袋とブーツを履いてました。
「ちょっと露出しすぎじゃないですかぁ? ふぁ、ふぁくしょん。う~、寒いですぅ……」
「……」
そんなみくるに見かねたのか、長門は自前の黒いマントを着せました。
「ふぁ? あ、ありがとうございます……」
「いい」
「まったく、有希は優しいんだから」
そんなこんな言いながら、三人娘は次の家へと向かいました。
古泉の家へと。

三人は古泉宅へ到着したのですが、またも描写は省かせて――
「ふーん、結構こぢんまりとしてるのねー」
「ここが古泉君家なんだぁ……」
「……」
彼女達の発言で補っておいてください。


「さぁて、行くわよ。準備はいいかしら?」
「は、はーい」
「……いい」
何故かハルヒは二人の了承を得てから、古泉宅の呼び出しブザーを押しました。
すると、二秒もしない内に扉が開きました。
「はい、どなたで――」
『トリックオアトリート!!』
三人娘は元気良く――主に誰とは言いませんが――言いました。
「おわ! なんですか? ……ああ、もしやハロウィンですか?」
一瞬戸惑うものの、三人の格好を見て状況を把握したのでしょう。さすが古泉といったところです。
「そうよ! さあ、お菓子を出してもらおうかしら!」
「お、お菓子くださぁい!」
「お菓子を要求する」
三人娘は一気に畳み掛けます。
「あはは。わかりました、少々お待ちを」
そう言って古泉は家の奥へと戻っていきました。
数秒後。
「お待たせしました。これぐらいの量なら、足りますかね?」
その量と内容は、まあ当たり障りの無い無難なところと言ったところでしょうか。
「ふむふむ、さすがはSOS団の副団長ね。いいわ! イタズラは無しにしといてあげる!」
「ありがとう~」
「感謝する」
三人娘の返事を聞いて古泉はホッとした顔をしました。
「んで、古泉君。今からキョン家行くんだけど、なにかハロウィンに相応しい様な衣装とか持ってるかしら?
無いならあたしの――」
「ふふふ、ご安心を。このような事もあろうかと、準備をしておきましたよ」
古泉はハルヒの言葉を遮り、待ってましたと言わんばかりの得意気な顔をします。
「あら、そうなんだ。じゃあ、ちゃっちゃと着替えてきてくれる?」
「了解しました」
そう言ってまた家の奥へ消えて行きました。
また数秒後。
「あら、早いのね。って何よ、なんにも変わってないじゃない」
さっきの姿のままの古泉に、ハルヒは少し顔をしかめました。
「ふっ、ご安心を。ちゃんとこちらに――」
「なに? それ……」
見ると、石模様をした何重にも折りたたまれた四角い物を持っていました。
「ぬりかべは、ご存知ですか?」
突然そんなことを言い出しました。
「ぬりかべって、妖怪のアレよね」
「ええ、そうです」
「……なんで?」
あからさまに怪訝そうな顔をするハルヒに、古泉は至って普通に応えました。
「いえ、皆さんどうやら西洋の衣装を着られている様なので。ここは一つ、日本の妖怪も参戦させてみようかと」
「あ……そ、そうなんだ」
「ええ、そうなんです」
ハルヒは顔を多少引きつらせて言いました。
古泉は楽しそうに返しました。
(……絶対ドラキュラとかの方が似合うと思ったんだけど)
ハルヒはドラキュラの衣装を持ってきていました。
でもそのことを、ハルヒは言いませんでした。


【最終ミッション:キョン宅】

「さて、ハロウィンも残すところ最後ね」
オレンジのアクセントをところどころに効かせた真っ黒な魔女が言います。
「……」
北高の制服の上に黒いマントと帽子を被った魔女(?)が沈黙で返します。
「あとは、キョン君の家かぁ」
ちょっと肌の露出が多い黒猫が言います。
「彼の反応が今から楽しみです」
前方の四角い面積に顔と手を突き出した石の壁が一人ごちます。
そして四人の不審者は歩いていきます、最後のSOS団員の家へと。

やがて、キョン宅の前へと辿り着きました。角地の一軒家です。
「さて、みんな。準備はいいかしら?」
ハルヒがその玄関の前で、団員三名を見渡しました。
「はぁーい」
「いつでもどうぞ」
「……いい」
三者三様の返事が来たところで、ハルヒは神妙に頷きました。
「みんな、今までよく付いてきてくれたわ。途中誰も脱落せず、愚痴をこぼ……したりすることもあったけど」
そういってみくるの方をみます。みくるは、ひぃと小さい悲鳴を上げました。
「そんなことも全部含めて、SOS団。そう、SOS団なのよ! いい? これが最後の戦い、聖戦。ジハードよ!
みんな、行くわよぉ!」
ハルヒが片腕を掲げ上げて高らかに雄叫びをあげました。
「お、おー!」
「おー!」
「おー」
三人もそれぞれ複雑な顔をしつつ返します。
それを頷きで返したハルヒは玄関に向き直り、
「そぉい!」
ハルヒの神速とも呼べる勢いのブザー押しが決まろうとしたその瞬間――
「……何してんだ? お前ら」
玄関ドアを開けたキョンと、ハルヒは目が合いました。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
とりあえず、沈黙がせせら笑うかのようにその場に訪れました。
「えーっと、なんだ。ハロウィンか?」
キョンも彼らの格好を見て判断したようです。
「ハルヒは、魔女か」
アヒル口をしたハルヒを一瞥します。
「長門も、文化祭のやつか。魔女だろ?」
長門はその言葉に数ミリ単位の頷きで返します。誰もわかりません。キョン以外には。
「朝比奈さんは……黒猫ですか? 可愛いですね」(セクスィだ……)
「ふぇ? あ……ありがとう……」(きゃーきゃー)
鼻の下を伸ばしたキョンと、顔を赤くしたみくるを見て何を思ったのか。ハルヒはとりあえずキョンを殴っときました。
「ごふっ……。お、落ち着けハルヒ。まあ、なんだ……。お前も似合ってるぞ。長門もな」
そう言いながらキョンは、ハルヒの目深に被った帽子を持ち上げて言います。目もバッチリ合っちゃいました。
「な、なによ……後付じゃない……」
ハルヒはぶつぶつ言いながら俯きました。でも満更でもなさそうです。
「……」
長門はそんな二人を見てちょっとムッとしてる様子でした。誰にも分かりませんが。
「それで……。お前のそれは……」
「僕ですか?これはですね――」
そう言う古泉を遮る様に、キョンは片手を前に突き出して静止しました。
「いや、言わなくていい。言ってくれるな。どうせヌリかべとか言い出すんだろ。ウケ狙いなのか何なのか知らんが――確かに、ユニークだぞ。だがな、ちょっとは空気を読め、古泉。――だからその得意そうな顔をやめろ」
一気に捲くし立てます。結構酷い事言ってます。
「ふっ……やれやれ」
これだから、と言わんばかりのニヤケ面でやれやれという仕草をします。が、それも滑稽でした。
こいつは……と呟いて、何を諦めたのか。キョンは溜息をつきました。
「ところであんた、その格好は何よ?」
ハルヒが思いついたように言いました。
ハルヒが言うところのその格好とは、キョンが首にボルトのネジの玩具をつけて、顔面に縫い目と蒼白な顔。目の下にクマ。
とまあ言ったところの、いわばフランケンシュタインの格好でした。
「ああ、今妹の友達とかがいっぱい来てて――まあ、ハロウィンパーティーってところだな」
キョンは少しぐったりしながら言いました。
「ふーん、そうなんだ」
そう言ってハルヒは仏頂面をしますが、すぐに子供の様な笑顔を見せました。
「じゃあ、あたしたちも混ぜてもらうわよ。キョン!」
その言葉を聞いたキョンは、ブラック無糖のコーヒーを間違って飲んでしまった時の様な表情を作りました。
「い? マジでか?」
「大マジよ」
ハルヒが瞳を輝かせるのを見て、キョンは諦めたようです。
「分かったよ。好きにしろ」
そういって、玄関ドアを目一杯開きます。
「ようこそ、我が家のハロウィンパーティーへ」

そしてその夜、キョン宅が一層騒がしくなったのは言うまでもありません。

『トリック・オア・トリート!』

それは、ある晴れた日の夜の出来事でした。

―おしまい―



【おまけ】

キョンの家の玄関ドア付近に、物陰が見えました。
「……」
その物陰は、キョン宅から聞こえてくる賑やかな声を恨めしそうに、そして寂しそうに聞いてそこに佇んでいました。
「……面積が広すぎて、入れませんでした……」
そう誰かに説明するように呟いたのは、古泉でした。
「……マッガーレ」
長い長い夜に、冷たくなってきた秋風が四角い壁を嘲笑うかのように吹き出しました。
これもまた、ある晴れた秋の日の出来事。

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最終更新:2007年01月15日 18:06