目の前のキャスターは『朝倉涼子』という少女の名前を口にした。
その名を聞いたとき、またしてもアーチャーはビクッと肩を震わせていた。
しかし、まさか・・・キャスターの真名!?
「サーヴァントは安々と自分の真名を敵に教えないのではなかったか?」
思わず聞いてしまう俺。
「そんなの知らないわよ!」
ハルヒもどうやらいきなり名乗られたことに対し、戸惑いを抱いているらしい。

「まあキョン君の疑問はもっともね。でも安心して。真名が知られたところで、私が被るリスクは皆無だから」
キャスターはいつかのセイバーと全く同じことを言っている。
「・・・!そんなのおかしいわ!だって聖杯戦争は過去の英雄がサーヴァントとして、
 召還される仕組みになっているのよ?自分の真名を安々と明かすサーヴァントがそう何体もいるわけないわ!」
どうやらハルヒはいまだこの状況を認め切れていないようで、ムキになって叫ぶ。
そんなハルヒの剣幕を、まるで赤子をあやす母親のような余裕を持って、キャスターは受け流す。
「あら。涼宮さんは気付いてないの?今回の『聖杯戦争』は根底から破綻しているわ。
 あなたが知っている過去のシステムなんて、何ひとつ当てはまらないわよ?」
まるで子供をあやす母親のような余裕を持って、キャスターは受け流す。

ハルヒは顔を歪ませ、キャスターを見据える。
「そんなことはどうでもいいわ!それよりアンタ、街中の関係ない一般人から生気を吸い取るなんて外道なことをして、
 恥ずかしくないの?それともアンタのマスターの差し金?」
ふわふわと宙に浮かぶキャスターは、頭から足の先まである長い黒のローブをたなびかせ、
「あら、私にマスターなんてものはいないわ」
と、衝撃的な事実を口にした。そんな・・・サーヴァントはマスターがいなければ現界できないはずだし、
そもそもマスターたる魔術師に召還されなければ存在すら出来ないはず・・・。
余りの衝撃的な発言に驚く俺とハルヒに、キャスターは意外に簡単な答えを示した。

「正確に言うと、マスターが『いた』ということかしらね――
 ――私は自分のマスターを殺したのよ」

何だって・・・?マスターを殺した?
キャスターはたじろぐ俺達に、更に追い討ちをかけるように続ける。
「使えないマスターだったわ。自分の力量はたいしたことない癖に、口だけは達者でね。
 あんまりにもあれこれ五月蝿く命令されるもんだから、
 ナイフを首筋に突き立ててやったわ。こう、グサッとね。」 
と、ナイフを突き刺すジェスチャーをしてみせるキャスター。その目は・・・笑ってやがる。

「でも・・・魔力を供給するマスターがいなきゃサーヴァントは現界出来ないはずじゃ?」
俺が飛ばした疑問にもキャスターは即答する。
「私はキャスターのサーヴァント、魔術に関してはこの世で右に出るものはいない存在よ?
 自分が現界するのに必要なくらいの魔力、自分で何とか出来て当たり前だわ」
キャスターは思い出したように、更に付け加える。
「それでも最初は魔力不足で苦労したから・・・仕方なく人間を数人『食べさせて』もらったわ。
 どの人間も不思議なくらい泣き叫んでいたわね。そんなに殺されるのが怖かったのかしら。
 サーヴァントの私には人間のような有機生命体の死の概念が、よく理解出来ないんだけどね。
 まあ、そんなこんなで、今でも私の餌のために、こうして一般人から少しずつ生気をいただいているというわけよ」

「もういい」
俺は思わずそんな言葉を口にしていた。これ以上コイツの話を聞きたくない。
それ以上に、コイツのしたことに対する怒りが身体の奥底から沸々と湧いてくる。
そして俺以上にキレたのがハルヒ。
「アンタ、やっぱり予想以上の外道ね。ここでボコボコにしてやる以外の選択肢はもう存在しないわ」
口調は穏やかながらも、かなりの怒気が含まれているのが感じられる。

「あらあら、涼宮さん。そんなに怒ったらカワイイお顔が台無しよ?」
キャスターは挑発するように、軽い口を叩く。

「キャスター、アンタさっきから随分態度が太いわね、自分の状況わかってる?」
そんな舐めた態度が気に入らなかったのか、ハルヒが吐き捨てるように言い放つ。
「こっちはセイバーとアーチャー、2人もサーヴァントがいるのよ?
 しかもセイバーは全サーヴァント中最強にして、魔術耐性も最高クラス。
 アンタの攻撃なんてセイバーには何ひとつ効かないし、こっちの絶対有利は揺らがないわ。
 降参するなら今のうちよ。もっとも降参したって許してあげないけど」

ハルヒの言うことは事実。戦力的にこちらが勝ることはキャスターもわかっているはずだ。
しかし、キャスターは動じることなく、ニコリと微笑む。
それは、俺のクラスでかたまってる女子連中みたいな、なんとも可愛らしい無邪気な笑顔。
「確かに・・・2対1は都合が悪いわね、私の圧倒的不利だわ」
「それがわかってるならやっぱり降参すりゃどうだ」
そんな俺の問いかけに、キャスターは・・・、

「うん、それ無理」
と、俺のクラスでかたまってる女子連中みたいな、なんとも可愛らしい無邪気な笑顔を浮かべた。
更に――
「簡単なことね。2対1で不利なら・・・『2対2』にすればいいんだもの」
と、無邪気な笑顔を、一瞬で邪悪なそれに歪ませた。

その刹那――キャスターの黒いローブの背後から、一陣の風のような速さで『何か』が飛び出してくる。
 
「危ない!!」
今まで傍観していたアーチャーが即座にハルヒを抱え、後方に下がる。
それに呼応するかのように、セイバーも俺を引っ張り、その場を離脱する。

その『何か』は明らかに人影だった。
その人影は――何とセイバーと同じように北高の制服に身を包んでいる。
しかも――その姿形は、どこにでもいそうな純情そうな少女だった。

月影に照らされた少女はゆっくりと口を開き、澄んだ可愛らしい声で言い放つ。

「自己紹介が遅れて申し訳ございません。
 わたしはアサシンのサーヴァント、『喜緑江美里』と申します」

少女が手に持つのは・・・己の背ほどもある、長い長い日本刀だった。
そして、その名前を聞いた瞬間、ハルヒを抱えたまま、またもやビクッとするアーチャー。
さっきからどうしたというんだろう・・・?まさか彼女達と面識があるとか?
とにもかくにも、急に出現したストレンジャーに対し、最初に反応したのはハルヒだった。
「アサシンのサーヴァントが何で・・・?
 まさかキャスター、アンタ、アサシンのマスターと手を組んでいるの!?」
ハルヒの疑問は至極当然なものだ。
今の流れからして、どう考えてもアサシンはキャスターの助太刀をしたとしか思えない。
だとすれば2人は、俺とハルヒ、セイバーとアーチャーのような協力関係にあると推測できる。
しかし、そんな推測の斜め上を行くような答えをキャスターは返してくる。

「あら、アサシンは私が召還したサーヴァントだもの。私に協力するのは当たり前じゃない」
「何ですって!?キャスター・・アンタ・・・サーヴァントがサーヴァントを召還するだなんて・・・」
ハルヒは苦い顔をしてキャスターを睨む。
確かに・・・サーヴァントがサーヴァントを召還するなんて想像がつくわけがない。どう考えても反則の裏技だ。
「あら、別にそんな難しいことじゃないわよ。私の魔力をもってすれば、ね」
またもや微笑むキャスター。
そして、空中に浮かんだまま、するすると後方へ下がっていってしまう。

「私が不利なのは承知。だからこそアサシンの力を借りるのよ。
 さあ、私のところまで辿り着きたければ、まずはアサシンを倒すことね」
そう言って、神社の境内の奥へと消えていくキャスター。

「待ちなさーい!」
ハルヒがすかさず追いかけようとするが・・・、
「残念ですが、ここは通行止めです」
ヒュン!!
アサシンの鋭い一太刀にそれを阻まれる。
「こうなったらアーチャーとセイバーでさっさとこのアサシンを倒して、キャスターを追いかけるわよ!」
「そうだな。セイバー」
俺の呼びかけの反応し、素早くアサシンの前に立ちふさがり、構えるセイバー。

「待て、ハルヒ」
それはアーチャーの声だった。
「何よ?アーチャー!!」
アーチャーはスッとセイバーの前、つまりはアサシンの目の前に立つ。
「ここは俺に任せろ。お前はセイバー達と一緒に先にキャスターを追いかけるんだ」
アーチャーは落ち着き払った口調で、ハルヒにそう提案した。
「・・・!アーチャー・・・アンタ・・・いいの?」
「ああ。ここは俺に任せて、さっさとキャスターをぶっ飛ばして来い」
どうやらアーチャーは、ここでアサシンと一騎打ちをする腹づもりらしい。
そんな提案に対し、少し迷っていたようなハルヒだったが、やがて大きくひとつ頷くと、
「わかったわ。アーチャー、アサシンの足止めを命ずるわ」
「了解。マイマスター」
アーチャーはそう言うと、その両手に、どこから取り出したのか、2本の短剣を取り出していた。
「ああ――ハルヒ、1つ聞き忘れていた」
「何よ?」

「『足止め』と命令されたが――別に、倒してしまっても構わないよな?」

アーチャーが背中で語る。何故だろう、俺にはその背中が大きく、そして悲しいものに見えた。

「ええ、遠慮せず、ギッタンギッタンにやっちゃいなさい」


~interlude1~
ハルヒ達は、神社への境内へとキャスターを追っていった。
残されたのは俺とアサシン、いや喜緑さんの、ただ2人のみ。

「1対1での対決を所望するなんて、随分と自信がおありなんですね?『キョン』さん?」
その言葉に思わず、俺の目は見開かれ、身体は固まる。
「・・・俺の正体はお見通しってことか?」
「はい」
得物の日本刀を光らせ、優しく微笑むアサシンこと喜緑さん。
俺は驚きはしたものの、これはチャンスじゃないかとも思った。
このワケのわからない状況について、目の前の相手なら何か詳しいことを知っているかもしれない。

「だったら話が早い。この世界はどうなってる?なぜ俺がサーヴァントなどになっている?
 そしてなぜ俺の知る人達がマスターやサーヴァントになっている?」
俺の矢継ぎ早の質問に、喜緑さんは動揺することなく答える。
「それはわたしにもわかりません。朝倉さんにも、勿論長門さんにもね。
 私自身、気付いた瞬間にこの身が暗殺者になっていた、というところでしょうか。
 わたしにわかるのは、この戦争が少々異常ということのみです」

「それじゃあ・・・なぜ俺達を襲うんだ?アンタ等の役目は、ハルヒを観察することだろう?」
情報統合思念体――以前の世界においては長門や朝倉、そして目の前の喜緑さんは、
それによって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース、とか何とかだったはずだ。
「それは、この世界の涼宮さんに、わたし達が興味を持つべき力はないようですから」
魔術を使える、なんていうのは相当な不思議な力だと思うんだがな・・・。
そんなツッコミも虚しく、喜緑さんはクスクスと小声で、慎ましく口に手を添える上品な仕草で笑って、

「それにしても変なことを聞くのですね。いくら破綻しているとはいえこれは戦争、
 わたしとあなたは敵同士、だとすれば、することはひとつでしょう?」

~interlude2~
その刹那――喜緑さんは一気に俺との距離を詰め、刀を突きつけてくる。
カキンッ!
反射的に右手の短剣でそれを弾き返す!
凄まじいスピードだ・・・!あのランサーにも匹敵するかもしれない。

俺は顔を上げ、第二撃に備えようとした――と、

「こっちですよ」

いつのまにか俺の背後から声が聞こえる――!
後ろを取られた!?

ビュン!!

俺は振り向きざまに、両手の短剣を振り回す。
しかし、喜緑さんはそれを、まるで体重を感じさせないような、ゆらりとした軽やかな動きでやり過ごす。
そして、いつの間に俺の背後に移動していた!?全く気配を感じなかったぞ!?
「アサシンのサーヴァントの能力のひとつに、『気配遮断』というものがあります。
 暗殺者が相手に気付かれるようじゃいけませんよね?」
己の得物をヒュンと一振りし、そう語る喜緑さん。
なるほど・・・厄介なヤツを相手にしてしまったモンだな・・・。
「さて、準備運動はこのぐらいにしませんか?」
さらりと恐ろしいことを言ってのける。
今更ながらサーヴァントという存在の人智を超えた恐ろしさを、しみじみと思い知らされる気分だ。

冷や汗を浮かべる俺に、喜緑さんは余裕の笑みを浮かべ、言い放つ。

「さあ――楽しい楽しい『死合い』のはじまりですね」

境内へと続く長い長い階段を上る俺達。
この先にキャスターのヤツがいるはず・・・!

「随分遅かったのね」
鳥居をくぐった先、お堂に備え付けられた賽銭箱の前でフワフワと浮遊し、俺達を見下すキャスターがそこにはいた。
すかさず飛び出していくセイバー。
「あらあら、長門さん。威勢がいいのね?」
・・・!キャスターのヤツ・・・なぜセイバーの真名を知っている?
「それはねキョン君、私とセイバー・・・長門さんは『知り合い』だったからよ!」
そう言い放つと、キャスターは両手から無数の光の弾を放射する。
「・・・!キョン!避けなさい!」
ハルヒのヤツ・・・無理言うなよッ!!
俺はとにかくがむしゃらになってそこら中を転げ周り、その魔力弾を回避する。
しかし、凄い数だ・・・!しかもその1発1発が、以前ハルヒがバーサーカーのマスターに放ったものと同じ、
もしくはそれ以上の威力。流石にキャスターの名は伊達じゃない。

しかし、たじろぐことなく前進していくセイバー。
彼女にもまた魔力弾が命中してはいるものの、そのことごとくがあっけなく霧散している。
「やっぱり!キャスターの攻撃はセイバーには効かないわ!」
嬉しそうに叫ぶハルヒ。しかしキャスターは表情を変えない。
セイバーの剣戟を、間一髪するりとすり抜けると、
「確かに、私は長門さんには勝てないわ。でも、あなたには弱点がある」
更に上空高く、浮遊するキャスター。見据えるセイバー。
「それは長門さん――あなたの大好きなマスター、キョン君のことよ」
そう言うと、キャスターはさっきの何十倍もある魔力弾を右手に掲げ、投げつける。
その矛先は――俺!?

「キョン!逃げて!!」
無理だ・・・ハルヒ・・・さっきの魔力弾とはスピードが桁違いだ・・・!

殺られる・・・そう思った瞬間、俺の前に立ちはだかる人影――セイバーだ。
セイバーはその『見えない』剣を一振りし、魔力弾を霧散させる。
どうやら助けられたようだ・・・。

「ふふふ、どうしたの?長門さん。せっかくあと少しで私を切り裂ける距離まで詰めていたのに。
 わざわざ自分から後退してしまうなんて」
ニヤリと笑うキャスター。そうか・・・!キャスターの言う『弱点』の意味は・・・。

「そう。弱点はあなたよ、キョン君。魔術師として優秀な涼宮さんと違って、あなたには私の攻撃を防ぎきることは不可能」
つまり、俺を狙ってセイバーを俺の傍から引き離させないって寸法か。
チクショウ・・・!自分が未熟なおかげで弱点になっちまうとは・・・情けねえ・・・!
「次は同時に涼宮さんも狙うわ。涼宮さんは自分の身くらい守れるでしょうけど・・・あなたはどうかしらねえ」
そう言い終わらない内に二発目を放ってくるキャスター。

「このッ!!」
自らも魔力弾を放ち、何とかハルヒは相殺している。
しかし、俺は自分の力で防ぐことは不可能、先程と同じくセイバーが剣で魔力弾を弾く。

「ほーら、どんどんいくわよ?」
矢継ぎ早に魔力弾を連射するキャスター。それをことごとく弾くセイバー。
もし今セイバーが反撃のため、一歩でも俺の傍を離れれば、
その瞬間キャスターの放った魔力弾が俺に直撃するだろう。
必死に俺を守るセイバー。その背中を見ているだけの俺。
チクショウ・・・!俺は・・・守ってもらうことしか出来ないのか!?
こんなに自分の魔術師としての未熟さを呪うことになる日が来るとは・・・。

しかしだ。よく考えると、この戦法なら確かにセイバーは攻撃に転ずることは出来ないが、
それと同時に、キャスターだっていつまで経ってもセイバーを仕留めることは出来ないハズだ。
言うなればイタチごっこ・・・キリがない。もしやキャスターにはまだ奥の手が?
そんなことを考えているうちに、セイバーも埒があかないと感じたのか、
その『見えない』剣に少しずつ魔力を蓄積させ始める。
そして剣から凄まじい圧力の風が巻き起こり、徐々に見えなかったハズの剣の輪郭が現れる。
ちなみに、セイバーの剣が普段『見えない』のは、『風王結界』という結界の仕業らしい。
神秘の風をもってして己の武器を隠す防御壁、つまりは鞘とする。
それがセイバーの持つ剣の能力だとか。
その『風王結界』が解かれる時――あのバケモノ、バーサーカーと対峙した時と同じだ。
つまりセイバーは宝具を展開し、この膠着状態を打破するために、一気に決着を着けられる必殺技を放つつもりだ。

やがて、セイバーの剣がその全貌を現し、膨大な魔力を帯びた時、宝具は解き放たれる――。
セイバーが己の宝具の真名を叫ばんとする――!
しかし、セイバーの背後で俺は見逃さなかった。
宝具が放たれようとする瞬間――キャスターの目が笑っていたのを。

「――エクス・・・(約束された・・)」

「この瞬間を待っていたのよ――長門さん、どうやら『今回』は私の勝ちね」

意味深な言葉を呟き、キャスターが唐突にセイバーの目の前に現れる!コイツ・・・瞬間移動まで使えるのか・・・!
セイバーは剣を振り上げたまま、身動きが取れない。宝具を放つための大きなモーション、つまりはタメが災いした。

キャスターはおもむろにローブの懐から――歪なフォルムの短剣を取り出し、

「ルールブレイカー(破戒すべき全ての符)!!!」

その真名を解放させ、セイバーの胸に突き刺した――。

「「セイバー!!」」
同時に叫ぶ俺とハルヒ。
セイバーはその表情にわずかな驚きを見せ、自分の胸に突き立てられた短剣を見つめている。
「あら、そんなに騒がなくても平気よ。別に死にはしないから」
キャスターの言う通り、短剣が突き刺さったその部位からは、一滴の流血もない。
じゃあ・・・今の攻撃は一体何だったんだ?

「私の宝具、『ルールブレイカー』は全ての魔銃的な契約を破棄することの出来る裏切りの刃――
 つまりキョン君とセイバー、長門さんの契約を断ち切らせていただいた、というワケよ」
キャスターが冷酷に、言い捨てる。セイバーは己の身体に起こった異常に膝をつく。
「そして――契約が切れた今、彼女にマスターはいない。
 ということは――私がマスターになってもいいってことよね?」
キャスターがそう言った瞬間、セイバーの足元に不気味な魔方陣が展開される。
魔方陣から放たれる鎖のような紅い光がセイバーを囲む。
「長門さんは私が貰うわ。もともと彼女は『こっち』の人間だしね」
紅い光がセイバーの身体の中へと、吸い込まれていく・・・!

「まずいわキョン!キャスターはセイバーと契約して自分のサーヴァントにするつもりよ!」
ハルヒが叫ぶ。しかし、キャスターはそんなハルヒを笑い飛ばす。
「もう遅いわ。最初からこれが狙いだったんだから」
キャスターの狙いが・・・やっと今になってわかった。
コイツにとってはアーチャーがアサシンと戦うために1人残ったのも想定内なのだろう。
そして徹底的に無力な俺を狙うことでセイバーを封じ込め、業を煮やしたセイバーが宝具を使う隙を狙って・・・。

やがて――紅い光の中でもがき、声にならない苦しみを見せていたセイバーが俺の方に振り向く。
そして――俺に真っ直ぐ突きつけられる剣。
完全にキャスターの手中に収まってしまったのか・・・?
しかし、セイバーは渾身の力を込め、俺に向かって小さく呟く。

「・・・に・・・げ・・・て・・・」

セイバーは俺を真っ直ぐに見据える。
いつも無表情だったあのセイバーに苦悶の表情が窺える。
あのヘンな短剣を胸に刺され、己を魔力の鎖に縛られてなお、
セイバーは俺の身の心配をしてくれている・・・。

「あら、意外にしぶといわね。普通のサーヴァントならすぐに理性を失って
 私の操り人形になってしまうはずなのに。流石セイバー、といったところかしら。
 でももう長くは持たないわ」
クソッ・・・!打つ手がない・・・!
セイバーがキャスターに完全に操られてしまったら・・・戦力的には絶望的だ。
もうセイバーの言う通り、逃げるしか・・・。

「あきらめるんじゃないわよ!!キョン!!」
そんな俺を奮い立たせたのはハルヒの声。
「キャスターを倒せば・・・セイバーは元に戻るわ!
 あたし達で何とかするの!ここで逃げるなんて選択肢は存在しないわ!」
まるで後退のネジが外れたボクサーみたいな言い分だ。
しかし、そんなハルヒの厳しい言葉が諦めかけた俺を引き止める。

「クスクス・・・『倒す』ですって?あなた達に一体何が出来るというの?」
キャスターは滑稽な道化師を見るかのように、俺達を卑下した視線を向ける。
「やってみなきゃわからないってねッ!!」
舐められて堪忍袋の尾が切れたのか、ハルヒがキャスターに向け、魔力弾を飛ばす。
しかし、キャスターは「無駄よ」と己の身体の回りにバリアーを張り巡らせ、魔力弾を霧散させてしまう。
そしてすかさず反撃を仕掛ける。
ヤバイ・・・さっきより大きな魔力弾!?まさかさっきのでまだ手加減していたというのか!?
アレじゃハルヒは相殺しきれない・・・!

「クソッ!!」
俺はダッシュ一番、ハルヒに駆け寄り、タックルをかます要領で押し倒す・・・!
間一髪、何とか避けることが出来たが・・・。
これじゃあ埒があかない。

「ふふふ、そうやって芋虫のように転げまわるだけで、一体どうやって私を倒すというのかしらね?」
余裕のキャスター。
チクショウ・・・!どうやったらアイツを倒すことが出来る・・・!
考えろ!脳ミソが焼き切れるまで考えるんだ!
・・・俺は魔術師だ。俺が出来ることなんて・・・魔術しかない・・・!
しかし俺の出来る魔術――『強化』や『解析』じゃサーヴァントには歯が立たない。
いや・・・俺にはもう1つ・・・何か出来る魔術があったはずだ・・・。
思い出せ・・・記憶の中から検索するんだ・・・!

「もういいわ。死になさい。あ、こうしてキョン君を殺そうとするのも『2度目』よね?」
キャスターは無邪気に微笑みながら、再度魔力弾を放つ。
今度こそかわしようがない・・・!
思い出せ・・・!思い出すんだ・・・!

じゃないとハルヒを・・・セイバーを・・『守る』ことが出来ないッ!!

――と、その時、アタマの中で、聞いたこともない誰かの声が響く。

『情けない。見ていられないな・・・。
 仕方ない――お前の『魔術』の使い方、教えてやるよ――』

その瞬間――俺の両手にはいつのまにか2つの短剣が握られていた。
俺は無心になって魔力弾に向かってその短剣を振るう――!!

ドゴンッ!!
まるで砲丸をバットで打ったような衝撃・・・!腕が痺れる!
しかし、何とかキャスターの放つ魔力弾を弾くことが出来た。
「え・・・!?一体今のは・・・?」
「・・・!キョン・・・それ・・・」
戸惑うキャスターにハルヒ。
それ以上に、いつの間にか両腕に短剣が握られていた事実に俺自身が驚いている。
しかも、なぜかアーチャーが使っていた短剣と一緒だ。

「くっ・・・!キョン君にまさかそんな奥の手があったなんて・・・!」
見るからに焦りを浮かべたキャスターは、たまらず魔力弾を連射する。
俺はそのひとつひとつを、いっぱいいっぱいになりながら両手の剣で弾きに弾く。
ただ、焦りからか、キャスターの魔力弾は威力もスピードも先程より劣っている。
これなら・・・何とか・・・イケるかもしれない!
そんな有利に傾きかけている状況を察したのか、すかさずハルヒも援護射撃として魔力弾を放つ。
「調子に乗るんじゃないわよッ!!」
今まで冷静沈着、余裕癪々だったキャスターが初めて感情を露にする。
そしてその両腕を上空に掲げ、展開するのは――これまでで最も大きな魔力弾。
ヤバイ――!『アレ』はこの短剣じゃ防げない!俺は直感でそう感じた。

『アレ』に対抗するには――より強力な武器が必要だ。
検索しろ――!記憶の中から検索するんだ――!
あの魔力弾に対抗できる武器を――少なくとも俺が見たことがあるものであるならば・・・再現は可能なはず!
あんな姿になってまで俺を守ろうとしてくれるセイバーのために――
こんな絶望的な状況になっても決して希望を捨てないハルヒのために――
俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!!

見つけた!『あの男』が使っていた武器――そして技ならば!
俺は記憶の中の剣の丘から――その武器を引きずり出す。


「投影、開始(トレース オン)」
俺はいつもの呪文めいた合言葉を呟く。

創造の理念を鑑定し――
基本となる骨子を想定し――
構成された材質を複製し――
製作に及ぶ技術を模倣し――
成長に至る経験に共感し――
蓄積された年月を再現し――
今ここに幻想を形と成す――!

「消えなさい!!」
キャスターが鉄球のように大きな魔力弾を加速させる!
「投影、完了(トレース オフ)」
俺は準備完了の合図じみたその一言を呟く。

「喰らえッ!!
 ――ゲイ・ボルグ(刺し穿つ死棘の槍)!!!」

あの古泉に似た蒼い男、ランサーの宝具――紅く禍々しい槍をキャスター目掛けて放つ!!
「ウソ!?」ハルヒの驚いた声が聞こえる。
「何ですって!?」キャスターが動揺し、槍を避けようと即座にバリアを展開される。
無駄だ!記憶の中からこの『ゲイ・ボルグ』について得た情報が俺に教える。
この槍は一度放たれたが最後。
因果の逆転により、相手の心臓に槍が命中したという結果を先に作り上げてしまう、という呪いを持つのだ。

グシャ!!
――鈍い音が、神社の境内に響き渡る!
そして、槍は真っ直ぐとキャスターの放った魔力弾を突き抜け、霧散させ――
その向こうで宙を浮遊するキャスターの左胸に深々と突き刺さっていた。

~interlude3~
「実はですね――」
果てのない短剣と日本刀のせめぎ合いの中、おもむろに喜緑さんが言葉を紡ぐ。
「この聖杯戦争は破綻している、という話、ありましたよね?」
「それがどうした。戦闘の最中にお喋りなど、アンタこそ随分余裕だな」

キンッ!と鋭い金属音を残し、バックステップで距離を取る喜緑さん。
「あれ、どういう意味かわかります?」
「わかるわけないだろ」
俺は構えを解かず、質問に答える。
「つまりはこういうことです――」
喜緑さんも構えたまま、話を続ける。
「この聖杯戦争――たしかに世界のどこかで実際に行われているものです」
「それはそうだ。今、実際にこうしてやっているじゃないか」
「ただ、そこで登場人物となる魔術師、サーヴァント、それは私たちではありません」
言ってる意味がわからない。彼女は何を言おうとしてるのか。
「わたし達が『以前に』身を置いていた世界は、実際に聖杯戦争が行われている世界とは別ものです。
 いわゆる『平行世界』というものですね」
「何が言いたい」
「つまりわたし達は、『聖杯戦争』が行われている世界に迷い込んでいるということです。
 そして、本来いるはずの登場人物をわたし達が塗り潰してしまっている・・・とでも言いましょうか」

つまり俺達はこの世界に迷い込んでしまい、本来あるべき登場人物のポジションを奪い取っているとでも言うのか・・・?
「さすがキョンさん、理解が早いですね」
「一体なんでそんなことに・・・アンタ等の親玉――情報統合思念体とやらの仕業か?」
「違います」
「じゃあ・・・またハルヒの仕業だとでもいうのか?」
「わかりません」
埒があかない、と思った瞬間、喜緑さんはまたにっこりと微笑む。

~interlude4~
「わたしにわかることはただ1つです。
 わたし達は本来在るべきはずのサーヴァント、つまりは過去の英雄の座を奪った。
 しかし英霊達は消え去ったわけではありません――」
「じゃあどこにいるって言うんだ?」
「わたし達の『中』です。英霊はわたし達に憑依しているんです」

なるほど。そう考えると、俺みたいな一般人がいくらサーヴァントになったからといえ、
いきなり運動能力が格段に向上したり、こんな激しい戦闘を普通にこなせたりするわけか。
これも全て、本来『アーチャー』になるはずだった英霊の持つ能力のおかげということであろう。
しかし――

「結局のところ、長々と何が言いたかったのかイマイチわからんのだが」
俺の疑問に、喜緑さんはキョトンとした表情で答える。
「わかりませんか?
 つまり、わたしは本来アサシンになるはずだった英雄の必殺技――
 言い換えれば『宝具』ですらも使用することが出来るというワケです」
その瞬間、喜緑さんの空気が変わった。
その刀から放たれるのは・・・今まで以上に鋭く牙を向く殺気。
「アサシンさんの必殺技――遠慮なく使わせて頂きます」
マズイ――と思った瞬間、すでにそれは放たれていた。

「秘剣――燕返し――!」

三方向から同時に――鋭い刃が俺に襲い掛かる!
って・・・三方向から!?
その瞬間、俺は『死』の覚悟をしかけたが、反射的にかわす動作をとっていた。

~interlude5~
グシャ!!!
肉と骨が断ち切れる鈍い音がする・・・!
俺は喜緑さんの放った刃で、俺の身体は、左肩から腹部にかけてをばっさりと切りつけられてしまった。
おびただしい血液が滴り落ちる。

「・・・!グオッ・・・!!!」
思わず膝をつく俺。やばいこれは致命傷とはいかないまでもかなりの傷だ・・・!
普通の人間の身ならとっくに死んでいる。
しかし、あの『燕返し』・・・。同時に三方向から刃が飛んでくるなんて・・・物理的に有り得ない。
そして、俺はどうして生きているんだ?完全にあの技を喰らっていたはずなのに・・・。
「どうやら足場が悪かったようですね」
喜緑さんが呟く。
ふと見ると、ここは神社の境内へと至る長い階段の中腹。
その段差でいうと俺が下、喜緑さんが上に位置する。ちょうど俺が彼女を見上げるような格好だ。
この段差のおかげで、喜緑さんの太刀は俺を死に至らしめるところまでは切り込まれなかった・・・ということか。
「ここが平地だったら・・・確実に殺してました」
微笑を保ったまま、そう語る喜緑さん。
「あの『燕返し』の原理は、正確には『多重次元屈折現象』って言うらしいんですけど、要するに複数の方向から、
 同時に剣戟を放つことが出来るという、反則的な速さを持つ技です」
『速さ』どころの話じゃない・・・物体が急に増えたようなもんだ。

「さて、致命傷には至らなかったようですけど、あなたはもう満足に動けない。どうします?」
以前の世界で、書記係としてあの生徒会長に向けていた笑顔と同じように、俺に微笑みかける喜緑さん。
クソッ・・・!
「・・・まだやられるわけにはいかない!」
俺は血反吐を吐きながら言い放つ。
「それは、こちらの『キョン』君を殺す、という目的があるからですか?」

~interlude6~
「・・・そこまでお見通しか・・・さすが宇宙人だな」
思わず皮肉っぽい口調になる俺。
「以前の世界のあなたは、そんな激情とは無縁の人のように見受けられたんですが・・・」
ヒュンヒュンと刀を振り回し、喜緑さんは俺に歩み寄る。
「人間・・・考えは変わるもんなんだよ・・・」
「今は人間じゃないですけどね」
そんな屁理屈に構ってる暇はない。

「俺からもひとつ質問だ」
「何でしょう?」
「アンタや朝倉の目的は何だ。この世界のハルヒが監視対象じゃないならばなぜこの戦争に参加する?
 ああ、さっきみたいな『敵がいるから』なんて答えはナシだぞ」
喜緑さんは少し考え込むような仕草を見せた後、答えた。
「朝倉さんは、何でしょうね。長門さんに復讐でもするつもりじゃないですか?知らないですけれど」
「じゃあアンタは」
「それ以前にあなたはわたし達について大きな思い違いをしています。
 わたし達に個人の意志や目的なんてないんです。わたし達はただ、命令されたことを忠実にこなす、それだけの存在ですから。
 今回はマスターであるキャスター、朝倉さんに戦争に参加されることを命じられたから、それだけですよ」
少なくとも・・・以前の世界の長門が、命令に従うだけの機械のようなヤツだったとは、思えないんだがな。
「それは悲しいことではないか?」
「そもそも、『悲しい』なんて感情、わたしには理解が出来ません」
「わかった」

俺はそう言うと、傷ついた身体を起こす。
血がポタポタと地面を打つ音が聞こえる。傷口は生暖かい感触に包まれている。
「アンタには目的がない。だが俺にはある。だからここで負けるわけにはいかない」
そう言うと、再び両手に短剣を握り締めた。

~interlude7~
「その身体じゃ無理ですよ」
余裕の喜緑さんの剣戟にどんどん押し込まれる俺。
「やってみなきゃわからん」
それでも皮肉を吐く元気だけはあるみたいだ。
しかし――

キンッ!!
両手の剣が弾き飛ばされる。これで丸腰。
「チェックメイト、ですね」
刀を鼻先に突きつけられる。

「アンタみたいな宇宙人とただの一般人だった俺、両者には大きな違いがある。わかるか?」
俺の心は妙に落ち着いていた。絶体絶命のピンチであるにもかかわらず、だ。
「何でしょうね。わかりません」

「それはな、人間は宇宙人なんかより圧倒的に『生き汚い』ってことさ」
その瞬間俺は、両手に新たな短剣を召還し、勢いに任せて相手の刀をなぎ払う!
「な・・・!まだそんな力が・・・」
体勢を崩す喜緑さんから、俺は即座に階段の上方へと飛び上がり、距離を取る。
「アンタのおかげで俺も自分の能力の正しい使い方ってヤツがわかったよ。
 今まではがむしゃらに短剣を振り回してただけだったけどな」

そうだ。俺、いやこの『アーチャー』の持つ力は、『投影魔術』。
術者のイメージにより真作を再現する特殊な魔術であり、こと俺に関しては、武具に限れば、
宝具レベルのモノの投影すら可能であり、オリジナルに等しい性能を発揮させることも可能だ。
しかも俺の頭の中には、無限の剣が突き刺さる荒野の丘が存在している。
この中にある武具だったら、どんなモノでも再現可能だ。

~interlude8~
「さあ、第2ラウンドの開始だ」
俺は瞬時に、大きな弓を投影で作り出し、左手に構える。
そして、
「I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)」
自然と頭の中に流れ込んでくる呪文を詠唱し、右手に大きな螺旋状の剣を召還する。
この剣を弓の要領で放つ――弓兵たるアーチャーにのみ許される戦法だ。

剣を弓に張る刹那――ハルヒの、長門の、朝比奈さんの、古泉の、懐かしいSOS団での日々が思い出される。
俺は首を振り、その記憶を無理やりに消し去る。
「だけど――俺はもう戻れない」
小さくそう呟くと、俺は思いっきり弓を引き、

「喰らえ!――偽・螺旋剣(ガラドボルグ)!!!」

喜緑さん、いや倒すべき敵アサシンへと向け、剣を一気に放つ。
しかし――
ズガーン!!地響きを立てて、地面に突き刺さる剣。
あと一歩というところでかわされてしまった。
「あらあら、惜しかったですね」
攻撃をやり過ごし、喜緑さんは余裕の笑みを浮かべる。

「甘い!――ブロークン・ファンタズム(壊れた幻想)!!!」

ドガーーーーーーーーーーーーン!!!!
そう俺が唱えた刹那、地面に突き刺さった剣がまばゆい光とともに爆発する。
俺は宝具を矢として放ち、爆弾として敵の前で炸裂させることも出来るのだ。
「え・・・そんな!」
巨大な爆風が喜緑さんを包み込む。

~interlude9~
辺り一体を包む爆風。地響きを立てる爆音。
神社を覆う林の木々があまりの衝撃に揺れる。

白煙の中で、アサシン否、喜緑さんは何とかその爆発をしのぎきっていた。
「まさか・・・こんな能力を秘めていたなんて・・・。
 でもどうやら耐え切った私の勝ちみたいですね。あなたの身体はもう限界のはず」

そう、もう限界だ――ただし、あと1発でな。

喜緑さんは階段の上方、俺がいるはずの場所を見上げる。
「さあ・・・今度こそ・・・え・・・?いない・・・?」

そう、俺はもうそこにはいないのだよ。
どこにいるか教えようか?
それはアンタの後方だ――!
俺は爆風に身を隠し、即座に喜緑さんの後方に移動していた。
アサシン程の気配遮断能力はないが、白煙に紛れればこれぐらい俺にだって容易い。

「終わりだ・・・喜緑さん。
 もし以前の世界に戻れたなら、生徒会権力を使って俺を殴ってくれてもいいぞ」
俺は新しく、巨大な矢を投影し、弓に張る。

「――フルンディング(赤原猟犬)!!!」

真っ黒な螺旋状の矢は真っ直ぐに突き進み、振り向いた喜緑さんの身体を貫いた。

~interlude10~
「わたしの・・・負け・・・ですね」
喜緑さんは階段の冷たいアスファルトの上に、仰向けに倒れ伏している。
その姿は――無慈悲な暗殺者とは程遠い、清楚で純粋といった枕詞がピッタリのただの小さな身体の少女そのものだ。

「わたしも・・・有機生命体の『死』の概念は・・・理解できません」
いつかの朝倉と同じようなことを言っている。

「でも・・・冷たくて、暗くて、寂しい・・・あなた達の言葉で言えばそんな感覚・・・、
 ちょっとだけ・・・わかりましたよ・・・」
息も絶え絶えだ。手足も徐々に透けてきている。おそらくあと数秒で消滅してしまうだろう。

「・・・すまんな」
俺はそう言うことしか出来なかった。

「ふふふ・・・今更謝るなんて・・・おかしな人ですね・・・。
 長門さんが興味を持つのも・・・わかる気がします・・・」
もう身体全体が透けてきている。終わりだ・・・。
最後に喜緑さんは・・・SOS団に相談を持ち込んできた時、生徒会の書記として俺達と対峙した時、
その時と同じような、あの優しく可憐で、純粋な1人の少女としての、極上のスマイルを浮かべた。

「もし・・・もとの世界に戻れたら・・・覚えててくださいね?
 会長に・・・あなたにいじめられたって・・・チクっちゃいますよ?」

そうして、喜緑さんの身体は完全に消滅した。

俺もいつまでも感慨に浸っているわけにはいかない。
早くハルヒの下に戻らねば・・・。
そして果たすべき俺の目的――そのためには、過去を振り返る暇すら、俺にはない。

「ーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!」
俺が投影したゲイボルグに貫かれ、宙に浮いたまま、声にならない叫びをあげるキャスター。
俺自身どうやってこんなことが出来たのか・・・戸惑っている。
ハルヒも言葉が出ない・・・絶句といった様子だった。
やがて、キャスターは力をなくしたように、ゆらゆらと落下し、地面に叩き付けられた。
それと同時にセイバーを拘束していた魔法陣も消滅する。
思わず膝をついてしまう彼女の様子を見ると、相当強力な魔力がかかっていたらしい。

そして、そこまで見届けて初めて俺はキャスターを倒したことを認識した。
サーヴァントとはいえ、流石に心臓を貫かれて生きてはいられないはずだ。
「まさか・・・キョン君にやられるなんて・・・。
 長門さんさえ抑えればどうにかなるって思ってたんだけど・・・甘かったのね」
キャスターは地べたで嘆く。
「長門さん、どうやら今回もあなたの勝ちね」
セイバーは無表情で倒れるキャスターを見つめている。
「なあ」
俺は死に際のキャスターに無理を承知で尋ねた。
「お前、セイバーと面識があったのか・・・?そしてなぜ俺とハルヒとも・・・」
キャスターは、
「そんなことまで・・・私が教えることは出来ないわ」
と小さく呟いた。

そして最後に、
「あーあ、残念。せっかくサーヴァントの身体を得たのに・・・。心臓を抉られたぐらいで死ぬくらいなら、
 『前』の身体の方が強かったわ」
そして年相応な少女らしい笑顔を浮かべ、
「よかったね。あなたの勝ちよ。せいぜい『この世界』が形を保ってる間、涼宮さんとお幸せにね。
 ああ、あとセイバー・・・長門さんのことも可愛がってあげて。じゃあね」
と、意味深な言葉を残し、キャスターの身体は消滅した。

「とにかく勝ったみたいね」
と、ハルヒ。
「ああ・・・そのようだ、な!?」
瞬間――俺の身体から一気に力が抜け、視界が反転する。
あれ・・・俺・・・何で地面なんかとくっついてるんだ・・・。

「ちょっとキョン!アンタ大丈夫!?」
ハルヒの焦る声が聞こえる。
ああ、そうか。流石に少し無理しすぎたかな・・・。
セイバーも重そうに身体を引きずり、俺に駆け寄ってきている。
お前だってダメージがでかいはずだぜ?無理は・・・するな・・・よ。
あ・・・ダメだ・・・何か眠くなってきた・・・。

そこで俺の意識は途絶えた。
『投影』なんて反則技を使ったが故に、どうやら身体が限界だったらしい。
ちょっとだけ休ませて貰うとするか・・・。

瞑りかけた俺の眼が捉えていたのは・・・空。
そこに浮かぶ――不気味なまでにキレイなキレイな月。

戦いはまだ終わらない・・・。

第5章 完



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