あの後、何とかセイバーと名乗る少女に剣を止めてもらった俺は、
驚きと共に怒りに打ち震えるハルヒにより、強制的に居間に連行された。
オイオイ、ハルヒよ、何をそんなに怒っているんだ?
それにオマエの傍らにいるその赤い男は一体誰なんだ?

そんな疑問も、今夜の出来事も、あの蒼い男のことも、セイバーと名乗る少女のことも、
居間でのハルヒのマシンガンのように連射される説明語りによって全てが解決をみた。

ハルヒが魔術師!?
「そう。隠してて悪かったわね・・・っていうかアンタも隠してたじゃない」
魔術師同士の戦争!?
「面白そうでしょ?」
目的は全知全能の願望器『聖杯』!?
「あたしは『世界をもっと面白くしてくれ』ってお願いするつもりよ」
召還される使い魔『サーヴァント』!?
「こっちの赤いヤツもさっきのあの蒼いヤツも、アンタが連れてるその子もそうでしょ」
しかもサーヴァントは英雄の霊!?
「そう。だからムチャクチャ強いのよ。ウチのは自分の真名を忘れてるけどね」
絶対命令権の『令呪』!?
「アンタの左手の甲にあるのがそうよ」
『セイバー』って何?
「サーヴァントのクラス名よ。アンタのは数多いクラスの中でも最強の剣使いね。羨ましいわ。
ちなみにウチのは弓使いの『アーチャー』、あの蒼いヤツはおそらく槍使い『ランサー』ね」

だいたい以上が、ハルヒの説明の中で俺が理解不明だった単語や事柄と、それに対するハルヒのお答えである。
しかし、これは本当に現実なのだろうか・・・。魔術師の戦争って・・・。確かに俺も魔術師だが・・・。
しかも人智を凌駕したサーヴァント!?俺は夢でも見てるんじゃ・・・。
頬をつねってみるがしっかり痛い。ああ、あとあの蒼い男にやられた傷もムチャクチャ痛い・・・。

一通り説明し終えたハルヒは満足げに手元の茶を啜っている。
ちなみにセイバーと名乗る少女は俺の横でちょこんと正座し、
アーチャーと呼ばれた赤い男は腕を組んで壁にもたれかかり、黙って事の成り行きを見守っている。
しかし・・・このアーチャーという男・・・セイバーを見つめる目が尋常じゃない。
何か信じられないものでも見ているような・・・例えると最初に俺が彼女を見たときのような、
隠し切れない動揺と驚きの眼差しを向けている。

「とにかく!説明することは以上よ!で、アンタどうするの?」
「どうするって・・・」
「だから!この聖杯戦争に参加するのかどうかってこと!」
そりゃあ、『戦争』だなんて銘打たれた血生臭いモンは遠慮願いたいところだが・・・。
隣に座るセイバーを窺うと、こちらは全くの無表情。
「セイバー・・・お前はどうしたい?」
俺が尋ねても、
「・・・あなたに任せる」
と答えるのみ。
仕方ないので、ハルヒへと視線を戻す。
「ハルヒ、お前は参加するんだよな?」
「勿論じゃない!『戦争』と名のつくものから尻尾を巻いて逃げ出すなんて、
魔術師として、そしてSOS団団長としてのあたしにとっては許しがたいことだわ!
ぜーったいに勝ち抜いてやるんだから!!」

何ともハルヒらしい答えだぜ。思わず笑ってしまう俺。
見るとあの赤い男もなぜか俺と同じように、そんなハルヒの威勢のよさに苦笑いを浮かべていた。
「何がおかしいのよ?」
ヘソを曲げるハルヒ。
「いや、なんでもない。そういうことならこの聖杯戦争、俺も参加させてもらうぜ」
俺に迷いはなかった。

「いいの?アンタ、魔術師としては、てんで劣等生みたいじゃない。
そんなんじゃ死ぬかもしれないのよ?」
ついさっき死にそうな目にもあったしな・・・。しかし、
「それでもだ。ハルヒ、お前だけを危険な目にあわせるワケにはいかないだろう?
俺も団員として、せいぜい団長様の力になるだけさ」
俺の決意は揺るがない。
すると、ハルヒは一変、ブスッとした表情になる。

「アンタ、さっきの話聞いてなかったの?魔術師同士の殺し合いなんだから、
あたしとアンタは基本的には敵同士なのよ?」
俺は動じずに言い返す。
「ハルヒは俺を殺したいのか?」
「・・・・・・」
何も言わないハルヒ。俺は更に続ける。
「少なくとも俺はお前と戦う気はないぞ」
すると、ハルヒはニヤリと表情を変えた。

「アンタだったらそう言うと思ってたわ。安心なさい!
アンタもセイバーもこのあたしの忠実なる僕として、協力させてあげるから!
あたしとしてはサーヴァント中最強のセイバーを戦力に加えられるし、願ったり叶ったりよ!」

嬉しそうに言い放つハルヒ。最初からわかってはいたんだよな・・・コイツがこういうヤツだってことは。
「それじゃあ、同盟成立、だな」
「そうね」
俺達は固く握手を交わした。

その後、ハルヒは、
「それじゃあ、参加者登録をしに、教会へ行かなくちゃね」
と言い出した。
何でも、この聖杯戦争を監督するのが教会の仕事らしく、参加する魔術師はその登録のため、
必ず教会に1度は足を運ばなくてはならない、という決まりがあるらしいのだ。
ちなみに戦争に伴う諸々の雑務の処理も教会は受け持っているらしく、
例えば、戦いによって破損した公共物の修復等々の一般人から戦争を隠匿するための事後処理、
サーヴァントを失ったり、降参したりしたマスターの保護等々の内部の事後処理を行うらしい。
うーん、教会に行くのは俺としては問題ないのだが・・・

「ちょっと待て、ハルヒよ。俺はさっきランサーとやらにボコボコにやられて、
身体が動かん。こんな状態で外に出るのは無理だ」
そう。ランサーから喰らった蹴りで俺のアバラは何本か骨が折れていてもおかしくないほど痛むし、
背中だって同様の状態だ。
「ったく仕方ないわね。じゃああたしが治療の魔術でもかけるわよ・・・。
こういうのは余り得意じゃないんだけど・・・」
そう言いかけたハルヒを押しとどめたのは、
「・・・待って」
というセイバーの一声だった。

「彼の治療なら・・・わたしに任せて」
そう言うと、セイバーは俺の腕を掴み、その小さな口を開けると、
かぷり、と噛み付いたのである。
「ちょ・・・セイバー・・・何を・・・!」
セイバーは数十秒の間、口を離さなかった。
ハルヒも赤い男も、唖然としてその光景を見ている。

「負傷治療用のナノマシンを注入した。これですぐにあなたの傷は回復する。
今後同様に負傷しても、そのナノマシンの効力によりあなたの傷は自然治癒する」
と、セイバーは静かに言いのけた。
次の瞬間、痛みに痛んだアバラからも背中からも、ウソのように痛みが消えた。

「『セイバー』ってのはこんなことまで出来るもんなのか?」
俺はハルヒに尋ねてみる。
「・・・ここまで高レベルな治療術を持つセイバーなんて・・・聞いたことないわ」
どうやらハルヒも驚いているらしい。
俺はふと、思い当たる節があり、今度はそのセイバーに尋ねてみる。
「こんなことまで出来るだなんて凄いな・・・。セイバーって一体どこの英霊なんだ?
ほら、ハルヒが言ってた・・・『真名』ってやつか・・・。
もし良かったら教えてくれよ」
「・・・・・・」
セイバーは黙ったままだ。そこに、
「まあ言いたがらないのも仕方ないでしょうね」
と、割り込んできたのはハルヒ。

「サーヴァントにとって真名は己の能力、素性、弱点、全てを現すものだもの。
同盟関係とはいえ、あたしやアーチャーみたいな他の魔術師やサーヴァントの前で言うわけはないわ。
まあ、セイバーにいきなりそこまであたしを信用しろって言っても無理な話かもしれないしね」
そうなのか・・・と納得しかけた矢先、

「・・・長門有希」
セイバーは・・・その名を口にした。
そしてその時、俺やハルヒ以上にハルヒのサーヴァントである赤い男、アーチャーが、
一番の驚きの表情を見せていた。

「長門有希・・・それがわたしの真名」
再度、静かに言い放つセイバー。
何だろう・・・初めて聞く名前のハズなのに・・・どこか懐かしい響き・・・。

「セイバー・・・あなた・・・自分の真名、そんな簡単に言っちゃってもいいの?」
ハルヒが問いかける。
「・・・いい。この戦争において・・・わたしの真名が知れたところで発生するリスクは皆無」
長門有希もといセイバーが答える。
ハルヒはイマイチ理解しかねるという顔をしている。
そしてそんなハルヒ以上にアーチャーと呼ばれる赤い男は、何やら考え込み、複雑な顔をしていた。

そんなこんなで教会へと足を運ぶ俺達。
ちなみにハルヒのサーヴァントであるアーチャーは霊体化とかいう便利な技で、今ここには実体がない。
所謂霊魂みたいな状態でくっついてきているらしい。
そして、セイバーだが・・・彼女はなぜか霊体化せず、そのままの格好で俺とハルヒについてきている。
幸いなことに白髪にハデな赤い外套に身を包んだアーチャーとは違い、セイバーの格好はただの制服。
しかもなぜか我が北高のものだ。なのでどこから見てもただの高校生の女の子にしか見えない。

そんなこんなしている内に件の教会へと辿り着いた。
しかし、この街に教会なんてあったことは初めて知ったのだが・・・。
そもそも街の外れに寂しく建っている教会だったので、俺が普段の生活を営む上では全く縁の無い場所だったというワケだ。
ハルヒは教会に来るのは、魔術教会の絡みから、初めてではないらしいが、
1年位前に新しい神父が赴任してきたらしく、それから来るのは初めて、とのことだ。

そしてゆっくりと扉を開けると・・・、
「こんな夜更けに我が教会を訪れるとは・・・迷える子羊などでは・・・ないようですね」
予想外の人物――古泉一樹がそこにはいた。

~interlude1~
俺はさっきから、世界がひっくり返りそうな驚きの連続の中にいる。
『アーチャーのサーヴァント』なんていうワケのわからないものとして、
『魔術師』ハルヒに召還されたと思ったら、なぜかこの世界にも『俺』が存在してて、
朝比奈さんも古泉も勿論いて、なのになぜか長門はいなくて・・・。
そんでもって古泉に似た蒼い槍使い『ランサー』と戦い・・・、
そのランサーを追った先、『俺』の家では、長門に似た少女のサーヴァント『セイバー』に剣を突きつけられる。
いくら不思議な出来事に耐性がある俺とはいえ、この目まぐるしい展開にはついていけない。
しかもこっちの世界の『俺』は両親も妹もいない天涯孤独の身で、
なぜか朝比奈さんとハルヒが通い妻状態、しかも未熟ながらも魔術師であるという・・・。
朝比奈さんが通い妻だなんてウラヤマシ・・・ではなく、以前の世界の俺とは全くその境遇が違うのだ。

そして一番の驚きは、長門もといセイバーの存在だ。彼女が自らの真名を『長門有希』と名乗ったことには本当に驚いた。
なぜ長門が『セイバー』なんかに・・・。まあ、『アーチャー』とやらになってしまった俺も人のことは言えないが。
ちなみに俺はつい先程、自分の真名については思い出している。
『キョン』――それが以前の世界での俺の名前だ。微妙に本名じゃないのは・・・ツッコむな。
もしかしたら長門もといセイバーは俺の正体に気付いているのではないか・・・。
以前の世界と同じように、無表情を貫く長門からはその真意は読み取れない。

まあいい。俺は自分の真名とともに以前の世界での最後の記憶――あの忌まわしい出来事についても思い出した。
そして俺がこの世界で『アーチャー』として成すべきことは1つ。『俺』――つまりは『キョン』の抹殺だ。
俺の心は既に決まっている。ハルヒや長門の邪魔が入ろうが関係ない。俺は目的を成す。
なぜなら、あの『俺』は、生きていてはならない存在だ。
今は静かにチャンスを窺う身――せいぜい聖杯戦争とやらに邁進するとよい――『俺』いや『キョン』よ。

さて、件の教会に着いたようだ。どんな神父が出てくるのやら・・・って古泉!?
どうやらこの世界は・・・本気で狂っているらしいな。
「やれやれ・・・」
以前の世界での『俺』の口癖が思わず出てしまう・・・。

カソックに身を包む目の前の男は・・・間違いなく俺達SOS団副団長の古泉一樹だ。
ヤツがこの『聖杯戦争』を監督する神父だったなんて・・・。
「古泉君・・・ウソでしょ!?」
ハルヒも驚きを隠せない。
そんな俺達を尻目に、古泉はいつもの調子でゆっくりと喋りだす。

「まあ、人間誰しも人に言えない秘密があるものです。
それが僕の場合、たまたまそれがこの事だったというだけですよ」
「秘密って言ったってお前・・・」
「そうよ。まさか古泉君、あたしやキョンが魔術師だってことも・・・」
俺とハルヒの戸惑いに、古泉は冷静に返答する。
「無論、知っていましたよ。僕は1年前、聖杯戦争の舞台となるこの街についての下調べの任務と共に、
この街にやってきました。そして北高に転入した。
勿論、北高には何人かの魔術師がいるということも把握済みでした。
そして、ひょんなことからその1人である涼宮さん、あなたに誘われ、SOS団に入団したのです」

そんな古泉の流れるような説明に、ハルヒが食いつく。
「じゃあ、あたし達のこと、今まで騙してたってワケ?」
すると古泉は、「おやおや」と両手を掲げ、首を左右に振る。
「騙しただなんて人聞きの悪い。僕自身SOS団での活動は楽しくて仕方ありませんでしたよ?
それに、そもそも今回の戦争に涼宮さんには参加して欲しくありませんでしたし・・・」
「俺の名前が出なかったが、俺は別にいいって言うのか?」
思わずツッコむ。すると古泉は、
「実はあなたが魔術師だなんてことは予想だにしなかったんですよ。
これでも魔術を察知する能力には自信があったのですが・・・あなたの場合はかなり巧妙に魔力を隠していましたね?」
そんなことはない。要するに俺の魔力など微弱すぎて感知できなかったということだろう。

「とにかく!あたしとキョンはこの戦争に参加するわ。既にサーヴァントも召還したしね」
ハルヒが前ににじり出て、威勢よく言い放つ。
「あなたならそう言うと思っていましたよ。涼宮さん。それで、あなたはどうなさるおつもりで?」
古泉は俺に視線を飛ばす。
「俺も参加する」
きっぱりと言い放つ。

「そうですか・・・正直、僕としてはあなた方が参加するのはいささか複雑な心境だったんですが。
わかりました。ただ今を持っておふたりの参加は正式に受託されました」
高らかに宣言する古泉。
そうそう、古泉に会ったならば、これを聞かなくてはならないだろう。
「そう言えば・・・俺はお前によく似た顔のサーヴァント・・・ランサーとやらに襲われた。
あれはどう見ても古泉・・・お前にクリソツだったんだが・・・覚えはあるか?」
俺は緊張感を持たせた声で古泉に尋ねる。もしかしたらコイツが・・・という疑いがあったからだ。

「ああ・・・確かにいましたね。僕に良く似たサーヴァント。正直自分でもびっくりしましたよ。
生き別れの兄かと思いましたね」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
俺は思わず怒気を孕んだ声で言い放つ。
古泉はまたもや「やれやれ」というジェスチャーをし、
「あなたの疑いはごもっともですが、それは誤解です。ランサーと僕は何の関係もありません。
ランサーのマスターが参加登録をしに来た時に、その顔を見て、驚いただけですよ。
それに僕は監督役ですよ?戦争に介入する権利は与えられていません」
「わかった・・・」
そこまで言われれば、とりあえずは受け入れるしかないだろう。
すると古泉はまだ言い残したことがあるようで、俺とハルヒを交互に見つめる。

「何度も言いますが、僕はあくまでも監督役、中立の立場です。あなた方の戦いに介入することは出来ない。
『SOS団副団長』の僕としては何とも心苦しいことですけれど・・・」
「その心配は無用の長物ってモンだわ!!」
ハルヒが叫ぶ。
「古泉君、あなたの気持ちは嬉しいけれど、あたしはこの戦争で必ず勝者になるって決めたの。
古泉君はここで監督役としてあたし達の活躍をゆっくりと煎餅でもかじりながら眺めていればいいわ」
相変わらず威勢のいいことだ。まあ、ハルヒからこの威勢を取ったら何も残らないかもしれないしな。
「頼もしいことです。それではしかとこの目で見届けさせていただきますよ」
古泉はいつものあのニヤケ顔で、最後にそう言った。

「まさか古泉が監督役だったなんて・・・な」
教会からの帰り道。思わずひとりごちる俺。
「ふん!関係ないわ!古泉君には古泉君の、あたし達にはあたし達の、やるべきことがあるんだから、
それをしっかりと全うするだけよ」
ハルヒもさっきまではメチャクチャ驚いていたはずなのに・・・何とも切り替えの早いやつである。
俺は仕方なく、後ろをちょこちょこついてくるセイバーに話を振ってみた。
「なあ、お前は古泉・・・って言っても知らないか。
あの神父のこと、どう思った?」
セイバーは液体ヘリウムのような瞳で俺を見つめ、ただ一言、
「・・・別に何も」
と呟いた。まあ、セイバーに聞いても仕方ないか・・・。
「考えても仕方ないの!とりあえず今はこの戦争を勝ち抜く方法を考えるのよ!
幸いにもコッチにはサーヴァントが2体、しかも最強のセイバーまでいるんだから、
絶対に他のマスターには遅れを取らないはずよ!」
ハルヒの言葉はもっともだ。あの蒼い男との戦いを見てもわかる通り、セイバーは強い。
余程の相手でもない限り・・・と考えていた俺が甘かったということが、次の瞬間思い知らされた。

「ねぇ、お話はもう終わり?」

響くのは鈴の音のような・・・幼い幼い声。
その声がする方を見る――
月光に照らし出された坂道の上には、1人の小さな女の子と――
絶対的な暴力の化身が――立ちはだかっていた。

「・・・ウソ・・・何アレ・・・」
ハルヒがそういうのも無理はない。『アレ』はありえない存在だ。
その小さな女の子の傍らにいるのは・・・
体長にして2メートル、いや3メートルはあるだろう巨大なケモノ。
狼とか虎とかライオンとか、そんな次元じゃない。
あたかも神話やRPGゲームに出てくるケルベロス・・・それのアタマがただ1つのヤツとでも言おうか。
とにかく、アレは・・・アリエナイくらい危険なモノだ。
そんな規格外のバケモノの傍らで、幼い少女は無邪気な笑みを浮かべ、
「こんばんは、キョンくんにハルにゃん!今日はいい夜だね!」
「ウソ・・・あの子なんであたし達の名前を・・・!」
俺も驚いた。初対面のはずの女の子は、俺とハルヒをまるで兄とその友人かのような気軽さで呼んだのだ。

「あっれ~?もしかしてキョンくん、私のこと知らないの~?」
知らない・・・はずだ。しかし、どこか遠い遠い記憶の中で・・・見覚えがあるような・・・。
答えない俺に少女はムスッとした表情になる。
「ひっど~い、キョンくん。わたしのこと忘れちゃったんだ~。
もういいもん!『お兄ちゃん』なんかキライ!」
『お兄ちゃん』・・・その単語に思わずビクッとする。
「そんな意地悪なキョンくんもハルにゃんも・・・死んじゃえばいいんだ!
やっちゃえバーサーカー!」

「グオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーン!!!!!!」
無邪気に叫ぶ少女に呼応するかのように、四つんばいのバケモノが咆哮する!!

振り下ろされるバケモノの腕、その鋭い爪が迫る。
あんなの喰らったらひとたまりもないぞ・・・!身体がもげちまう・・・!
「アーチャー!!」
ハルヒの叫びに呼応して、霊体化していたアーチャーが姿を表す。
「・・・!セイバー!頼む!」
こちらも遅れじとセイバーを呼ぶ。瞬時に、さっと俺の前に立つセイバー。

迫り来る爪を間一髪で交わす。
そして、最初に斬りかかったのはセイバー、目にも留まらぬ速さでバケモノに突進し・・・、
サシュッ!!
と、鋭い音と共にバケモノの右腕を切り裂く。
「よし!!」
思わず声をあげてしまう俺。これであの馬鹿でかい腕は使い物にならないはず・・・だったが、
「グルルルルルルル!!!」
バケモノはビクともしない。まるで斬られたこともわかっていないかのように咆哮する。
「何よアレ、反則じゃない・・・」
思わずハルヒが嘆く。その気持ちはよくわかる。あんなの・・・どうやって倒せって言うんだ・・・!

「あの子・・・さっき『バーサーカー』って言ってたわよね・・・」
呆然とするハルヒが、ふと呟く。
すると、その小さな女の子は、二カッと年相応の無邪気な笑みを浮かべ、言い放つ。
「さっすがハルにゃん、よく気付いたね~。この子が『バーサーカー』、
わたしがそのマスターだよ」
まるで同年代の友人に語りかけるように、絶望的な事実を述べる少女。
「あんな小さな女の子がマスターって・・・どうなってんだよ?」
思わず漏らす俺。
「知らないわよ・・・!
アーチャー!セイバーの援護をしなさい!」
ハルヒは赤い男、アーチャーに指示を飛ばす。

さっきから全く状況が変わらない。
あのケルベロスみたいなバケモノの周りを、まずはアーチャーが素早く動いて撹乱し、
隙が出来たところをセイバーが斬りつける、という攻撃パターン。
しかし、いくら斬りつけられてもあのバケモノ、『バーサーカー』はビクともしないのだ。
あのバケモノ・・・タフすぎるだろ・・・!

「こうなったら・・・心苦しいけどあのマスターの方を狙うしかないわね」
ハルヒが静かに呟く。しかし、あんな子供を狙うのは気がひけるが・・・、
「仕方ないでしょ!それ以外に方法はないわ。
今ならセイバーとアーチャーに気をとられてるから・・・」
そう言うとハルヒは目を瞑り、何やら呪文を唱え始める。
「・・・喰らえっ!」
ハルヒは腕を掲げ、野球ボール大の魔力弾を放った。
さすが有能な魔術師と自負していただけのことはある。凄い魔術だ・・・!

そして、弾がマスターの少女にぶつかろうとしたその時・・・、
あろうことか少女はまるで蚊を叩くかのように容易に、その魔力弾をはたき落としてしまった。
「ウソ・・・」
信じられないといった面持ちのハルヒに少女は語りかける。
「わたしだって一応魔術師だもん、これくらいは出来るよ~。
それにしても不意打ちなんて、ハルにゃん卑怯だよ~」
「何よ!アンタのサーヴァントの方がよっぽど反則よ!
あの『バーサーカー』一体何者よ?」
ハルヒの気持ちももっともだ。あのバケモノはもはや、英霊とかそういう次元すら超えているように思える。
何か反則技を使ったとしか思えないタフさと凶暴さだ。
すると、女の子が・・・無邪気に言い放つ。

「わたしのバーサーカーが強いのは当たり前だよ~。あの子は『シャミセン』だもん」

~interlude2~
一度は認めかけたこの世界、しかし今ではやっぱり夢なんじゃないかとつくづく思えてくる。
教会の神父にして戦争の監督役がなぜか古泉だったのは百歩譲ってまだいい。
以前の世界でもヤツはワケのわからない『機関』とやらに属する超能力者だったしな。
問題は教会からの帰り、俺達の前に立ちはだかったバケモノとそのマスターの幼い少女だ・・・。

・・・ってその少女・・・どう見ても俺の妹なのだ。
ああ、今こうして『アーチャー』となってしまった俺には勿論妹などは存在しない。
そしてこの世界の『俺』は天涯孤独の身らしいから、右に同じくだ。
しかし、アーチャーになる前、以前の世界の俺には確かに妹がいた。
小学6年生なのに低学年にしか見えない容姿で、毎朝人の腹にヒップドロップをかまし、
兄である俺を『キョンくん』というけったいな名で呼んでいたあの妹である。
なぜそんな妹がこの世界では『バーサーカー』なるバケモノを引き連れているのか。全くもって理解不能だ。
そしてこのバーサーカーとかいうバケモノ、強すぎる。
さっきから俺と長門・・・いやセイバーか、で剣撃を繰り返しているにもかかわらずビクともしやがらない。
反撃してくるあの大きな爪にかすりでもすれば一撃であの世行きだ。

しかも・・・妹もといマスターの少女が言うには、このバーサーカーには、
『シャミセン』という立派な立派な名前がついているらしい・・・ってシャミセン!?
あの妹によーく懐いていた珍しい雄の三毛猫で・・・
映画の撮影ではハルヒのトンでもパワーで渋いテノールで哲学的なセリフを吐いていて・・・
そんでもって古泉主催の推理大会や阪中が持ってきた幽霊騒動なんかでは大活躍して・・・
でも、家では飯食ってゴロンと寝っ転がってるだけだった・・・あのシャミセン!?
どうやったらあんなただの怠け者の三毛猫が、こんな破壊の化身のようなバケモノになるっていうんだ!?

やっぱり本気でこの世界は狂ってる・・・。
あ・・・そんなこと考えてる内に、また『シャミセン』の攻撃がやってくる・・・。
とにかく今は・・・この状況を何とかするしかない・・・!

『シャミセン』と謎の名で呼ばれたサーヴァントは、相も変わらず攻撃の手を緩めない。
その大きな腕と鋭い爪が振り下ろされる度、アスファルトにはクレーターが出来上がってしまう。
しかし、あの少女といい、『シャミセン』という名前といい、初めて見聞きした気がしない・・・。

「いっけ~!シャミ!セイバーとアーチャーをボコボコにしちゃえ~!」
少女が一層高らかに宣言したかと思うと・・・何と少女の体が眩しく光る。
そしてそれに呼応するかのように・・・
「グオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーン!!!!!」
雄たけびと共に、更に暴れまわるバーサーカーことシャミセン。
「・・・!まさか・・・まだ狂化してなかったっていうワケ?」
「どういうことだ?ハルヒ?」
「バーサーカーのクラスには、そもそもそれほど強くないはずの英雄が割り当てられるの。
それを狂戦士として『狂化』させることで圧倒的なパワーを得るのだけれど・・・」
つまりは・・・アレが今からもっと凶暴に、そして強くなるってワケか。それは・・・マジで反則だ。

そして、ついにその鋭い爪が、セイバーを捉える!
グシャ!!!
鈍い音共に宙に舞うセイバー・・・!
「セイバー!!!」
「長門!!!」
思わず叫んでしまう俺。そして何故か、真名の方を叫んでいるアーチャー。
アスファルトに叩き付けられたセイバーはピクリとも動かない・・・まさか・・・。
「あははは~、キョンくんのセイバーよわ~い」
無邪気に笑う少女。

そして駆け寄る俺は衝撃的なものを目にする。
それは、夥しい流血をものともせず、苦悶の表情を浮かべながらも、
その『見えない剣』を支えに、懸命に立ち上がろうとするセイバー、いや1人の少女の姿だった。

どうしてここまで・・・いくらサーヴァントとはいえ・・・ただの女の子がどうしてここまでする必要がある!
駆け寄る俺は、そんな理不尽な気持ちでいっぱいだった。
しかし、そんな俺を尻目に立ち上がり、なお剣を構えんとするセイバー。

「セイバー!?」
「・・・だいじょう、ぶ。問題、ない・・・」
「その傷のどこが大丈夫だって言うんだ!?ここはいったん・・・」
撤退するべきだ、という言葉は出なかった。いや、出すことが出来なかった。
俺を見つめるセイバーの瞳、その瞳が、初めて彼女と出会った時と同じような、
何もかもを見透かしてしまうかのようなキレイに澄み渡った、それでいてどこかで、
確固たる決意を秘めた、そんな瞳だったからだ。

「だいじょうぶ・・・あなたは・・・わたしが守る」

そう言うと、セイバーは己の剣を高く高く空に掲げる。
それと同時に、信じられないくらいに膨大な魔力がそこへと吸い寄せられるのがわかる。
「キョン!!セイバーは宝具を発動させるつもりよ!離れなさい!
アーチャー!アンタ弓使いなんだから、距離を取って射撃して隙を作りなさい!」
ハルヒの声にハッとする俺。そういえばハルヒが言っていたな・・・

宝具――それはサーヴァントの持つ武装であり、象徴であり、奥の手。
己の持つ武具から、己の持つ最高の必殺技を発動させる。
あの蒼い男、ランサーがセイバーに放った『ゲイ・ボルグ(刺し穿つ死棘の槍)』もその宝具の一種らしい。
つまりは、セイバーはここに来てついに自分の必殺技を発動させる、ということだ。

仕方なくセイバーから距離を取る俺。
目を凝らすと、今まで隠れていたセイバーの『見えない』剣が、徐々にその輪郭を現す。
そしてその剣に向け、大気中の魔力という魔力が、大きなつむじ風と共に吸い寄せられる。

そして肝心のバーサーカーはアーチャーの弓による遠距離攻撃で、上手いことセイバーから注意がそれている。
機は熟した――ついにセイバーの宝具が発動する・・・!

マスターの少女はその只ならぬ雰囲気を察知したのか、顔を引きつらせている。
しかし――もう遅い。

セイバーの光り輝く聖剣――その真名が開放される!

「――エクスカリバー(約束された勝利の剣)――」

真名を開放するその声は――相変わらずの抑揚のない、静かなもの。
しかし、放たれる光は確実にバーサーカーの巨体を包み込む。

「グオーーーーーーーーーーーーー!!!!」
断末魔の叫びが響き渡る。
・・・。
・・・。
・・・。

辺りを包んでいた眩しい光が消える。
そしてそこには、力尽きて横たわる巨大なケモノ、バーサーカーの姿があった。
「倒した・・・のか?」
呟く俺。身体中の力が一気に抜けたような錯覚を覚える。
「・・・みたいね」
ハルヒですらもその余りの威力に呆然とし、そう呟くのが精一杯なようだ。
しかし、すぐにいつもの威勢を取り戻し、
「どうやらあたし達の勝ちね!あなたのバーサーカーは見ての通り戦闘不能よ!
さあ、お子様はお子様らしくさっさと降参しなさい!そうすれば命までは取らないわ!」
と、少女に向かって言い放つ。

少女はしばらく、横たわる己のサーヴァントを呆然として見つめていたが、
「さすがだね、セイバーは。わたしのシャミを『3回』も殺してみせるなんて」
それは随分と不思議な言い分だった。もうあのバケモノは戦闘不能だ。ほっとけばすぐに息の根が止まるだろう。
それなのに『3回』殺したとは・・・意味がわからない。

すると、横たわるバケモノ、バーサーカーは何事もなかったかのように起き上がった。
エクスカリバーを喰らったことによる身体中にあった無数の傷も、みるみる内に塞がる。
「そんな・・・まさか・・・」
ハルヒは信じられないといった面持ちだ。
「へっへ~ん、驚いてるみたいだね、ハルにゃん!じゃあ教えてあげるねっ!
シャミセンの宝具は『ゴッドハンド(十二の試練)』なんだよ!ここまで言えばハルにゃんならわかるでしょ?」
そんな少女の言葉に、ハルヒは更に驚きの表情を見せる。

「いや・・・俺は全くわからないんだが・・・」
要領を得ない俺にハルヒは、
「つまり、バーサーカーは12回殺されない限り死なないのよ。所謂蘇生魔術の重ねがけってやつね」
何と・・・あのバケモノは12回までなら殺されようが勝手に生き返るっていうのか・・・。
反則もここまでくると言葉にならない・・・。
しかも、最強のセイバーの必殺技を持ってしてもたった3回しか殺せなかったというのか?
残りあと9回・・・気が遠くなるような数字だ。

「グルルルル・・・!」
完全に蘇生したバーサーカーは既に臨戦態勢だ。
セイバーは先程のダメージと宝具を開放した消耗で、立っているのがやっとという状態だ。
まともに動けるアーチャーはいるものの・・・1人では・・・、
そう絶望しかけた矢先、少女は意外な言葉を発する。

「今日は何かもう飽きちゃったな、帰ろ、シャミ。
キョンくんにハルにゃん、また遊ぼうね!その時はちゃんと殺してあげるから!」

え・・・と思う暇もなく、少女はシャミと呼ばれたバーサーカーの肩にちょこんと乗ると、颯爽と闇の中へと消えていった。
何とも気まぐれなマスターだことで。しかし、今回に限っては幸運だったと言う他ない。
「どうやら・・・助かったみたいね」
「ああ・・・って、そうだ!セイバー!」
俺は、傷を負い、消耗しきったセイバーの下に駆け寄る。

セイバーは、
「だい・・・じょう・・・ぶ」
と、呟くと力をなくし、アスファルトに再び倒れ込んでしまう。
「まずいわね、セイバーの魔力はもう空っぽ寸前よ。とにかくアンタの家まで運びましょう!」
ハルヒに促され、俺はセイバーをおんぶする。

帰途に着く俺達を見ているのは月だけ。どうか今夜はもうあんな怪物みたいなのとやりあうことはないように。
そして、俺の背で眠る少女、セイバーが無事であるように、とただそれだけを願っていた。

そして、そんな俺にやけに視線を飛ばしてくる赤い男、アーチャー。
まだ会って数時間ではあるものの、なぜだろう、俺はこの男が他人のような気がしないのだ。

そして、アーチャーもアーチャーで、やたら俺のことを凝視してくるような気配を醸しだしている。
そしてそれと同じくらいに、俺が背負うセイバー、いや長門有希という少女のことを見つめている。
もしかするとこの2人は面識でもあるのだろうか・・・。

とにもかくにも俺とハルヒの聖杯戦争、最初の夜は、こうして終わりを告げたのである。

~interlude3~
セイバー、いや長門の活躍により、俺の妹に良く似たマスターとシャミセンと呼ばれたサーヴァントは、
一時撤退を強いられた。
俺達は何とか九死に一生を得たというわけである。

しかし、俺が気になってしょうがないのは長門が宝具を開放する前に、この世界の『俺』、
つまりは『キョン』に発した言葉だった。

『だいじょうぶ・・・あなたは・・・わたしが守る』

あの時の長門を見て、俺は以前の世界での数々の出来事を思い出す。
例えば朝倉涼子に襲撃を受けた時、閉鎖空間で巨大カマドウマに襲われそうになった時――
どんな時でも俺の窮地を救ってくれたのは長門だった。
そして、この世界でもまた、長門は『俺』の窮地を救ってくれると言うのだろうか?
長門よ、どこまでお前は俺に尽くしてくれるんだ・・・?

そして俺は・・・この世界の『俺』を殺すという決意をますます固めることになる。

なぜならばいくら長門が『俺』を守ってくれようとも――

この世界の『俺』では――長門のことを守ってやることが出来ないからだ。

俺はその時を静かに待つ・・・。

第3章 完



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