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■三日目~See you again.(前編)

非日常というものは日常的でないからこそ非日常と呼べるものであり、非日常的なことが日常的に起きていたとしたら
それは既に非日常とは呼べないのではないのだろうかとも思うのだが、まだ一般常識を見失ってはいない俺は
この日常的に起きているであろう非日常的現象を非日常的なものとして認識できていた。
だがしかしそれはあくまで俺が元いた世界のものさしであって、元よりこの世界のような俺の世界から見て
非日常なことが日常的に起きるような世界にいたとして、果たしてそれを非日常と認識できるのであろうか?
結局は物事というものは相対的なものであり、絶対的なものなど存在しないのだ。
などと言ったら宇宙の摂理どころか世界の真理すら知っていそうな統合思念体とやらに怒られるだろうか。
ともかくも、この二日間で衝撃的な体験をし、衝撃的な事実を知ってしまった俺は、この非日常的な世界からの脱却を図るべく、
今日もまた奔走する次第である。
ある意味、今回は古泉が一番役に立ったかもしれない。ウホ泉のおかげでこの世界の裏の顔を知り、
元の世界の古泉のおかげでこの世界が何なのかってことを知ることができたわけだからな。
しかし、あのウホ泉のいる学校へ今日も赴かなければならないというのもまた酷な話だとは思わないか? 
行かなきゃいかんともしがたい事態なのは分かってるんだけどさ。……あ、ギャグじゃないぞ。
ああ、ふて寝したい。
いや、今まさに寝てる状態なんだけどさ。これ夢だし。

というか先に行っておこう。
この日はいろんな意味でフィーバー気味だったと。
忌々しいほどにフィーバーしていたと。


「…………」
昨日の古泉の件があったせいで本格的に重い足取りで学校へと向かい下駄箱を開けた俺を待っていたのは、
酷く既視感のある不吉な紙切れだった。
下駄箱に何かしらのメッセージが入っている時点で何かろくでもないことが起きるんだろうと邪推してしまうのは、
一重にこの一年で俺が経験してきた非日常的日常に寄与するものであり、本来こんなメッセージが下駄箱に入っていたりしたら
喜ぶべきなのかもしれないが、残念ながら俺は既に一般的男子高生的な思考回路を有しておらず、目にした瞬間
その紙切れが放つ忌むべきオーラを察知し、つまり何が言いたいかというと正直に申し上げて
この事実を全身全霊をもって拒否したい所存である。
『放課後誰もいなくなったら、一年五組の教室に来て』
見覚えのありすぎる字体が、紙切れに鎮座していた。


嵐の前の静けさであった。
朝のホームルームに始まって帰りのホームルームに至るまでウホ泉の襲撃も謎の<神人>娘・春日の来訪もなく、
授業中はちょっかいを出されて振り向く度にハルヒの笑顔があって目眩を覚え、昼休みには三日目ともなると
さすがに慣れてしまった朝倉とのランチタイムを楽しみ、放課後には文芸部室で長門姉妹によるヘブンアンドヘルな時間を過ごし、
ろくなことが起きないのが分かってるのに行くのもアレな話だがそれでも行ってしまうのは人のさがであるわけで、
悲しげな目で俺を見送る二人に理不尽な罪悪感を覚えながら部室を後にし、途中すれ違った朝比奈さん鶴屋さん喜緑さんの
エンジェルトリオの挨拶の素晴らしきハーモニーに危うく心奪われそうになりながら、一年五組の教室に着いた俺は
何だかそれだけで途方もない時間と労力を消費した気がした。
だがそれだけだった。
人の適応能力とは時に恐ろしいもので、この異常事態に俺は前二日間で慣れてしまっていた。
以前同じようなことを経験したということもあるが、一番最初に朝倉に襲われた時も直後にあんな与太話ができたくらいだ。
実は俺って奴はけっこうな大人物なのかもしれない。あまり喜べるようなことじゃないが。
まあつまり、この日は本当に何事もなかったのだ。とはいえそれで安心するほどネジが飛んでいるわけではない。
この静けさは異様だ。あまりにも静か過ぎる。
これだけ何もないと逆に不安になるぞ。幸や不幸は大抵プラマイゼロになるようにできてるのがこの世の中だからな。
まあそもそも、あの手紙を受け取った時点で俺の今日の運勢パラメーターは最低値まで引き下げられたようなものなんだが、
ここでこうして考えていても仕方ない。
あわよくばこれがヒントになってくれないか、などと甘いことを考えながら、俺は西日の差し込む一年五組の教室の引き戸を開けた。


もはやそこに誰がいても驚くことはなかったろうが、呆れることはあるのである。引き戸を開けた俺を出迎えたのは、
まさしく俺が想像していたとおりの人物だった。
「遅いよ」
セリフまで同じなのか。そこまで再現する必要はないだろう。
そいつは教壇から降りると教室の中程まで進んで歩みを止め、俺を誘うように手を振った。
「入ったら?」
だからそこまで再現しなくてもいいんだよ。というかまあ引き戸に手をかけたまま固まっている俺もあの時と同じなんだが、
ああ、また頭が痛くなってきた。
「お前か……」
「そ。意外でしょ」
意外なんだか予想通りなんだかよく分からん状態だがな。
「何の用だ?」
わざとぶっきらぼうに訊く。というか本気でやる気がない。くつくつと笑い声を上げながらそいつは、
「用があることは確かなんだけどね。ちょっと訊きたいことがあるんだ」
いくら何でも再現しすぎじゃないか? 段々寒気がしてきたぜ。まさかどこかにナイフを持っていたりしないだろうな。
「人間はさあ、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうがいい』って言うよね。これ、どう思う?」
「よく言うかどうかは知らないが、言葉通りの意味だろうよ」
……おい、俺まで一字一句間違えずに言うことはないだろう。
「じゃあさあ、たとえ話なんだけど、現状を維持するままではジリ貧になることは解ってるんだけど、
どうすれば良い方向に向かうことが出来るのか解らないとき――」
窓から差し込む西日をバックにして、そいつは言った。
「――キョンならどうする?」

頭痛と胃痛がぶり返してきた。もうここを一刻も早く抜け出したい。
「……とりあえず何でもいいから変えてみようと思うんじゃないか」
何となく朝倉のセリフを拝借してみた。
「だよねえ。どうせ今のままじゃあ何も変わらないんだし」
そいつは笑顔で俺に近付いてくる。
「それはいい。結局、用ってのは何なんだ――」
うかつだった。まだ俺が何のアクションもかけておらず、何のアクションも見せていない奴がいたことを忘れていた。
まさか、お前が今回の鍵とかいうんじゃないだろうな。
「――国木田」

「キョンはさあ、いつも大勢の女に囲まれてさぞかし嬉しいだろうねえ」
いつもと変わらぬ口調で言う国木田に、俺は言い知れぬ恐怖のようなものを感じていた。
「みんなそれを面白そうに眺めてるけどさ、やっぱりよく思ってない人もいるわけだよ」
それは朝倉に襲われた時のようなものではなく、むしろ、
「まあ僕もその一人なんだけど、やっぱり黙ってるだけじゃ何も変わらないから言っちゃうよ」
……古泉に襲われた時のようなものだった。
「どうして僕じゃダメなんだい? キョン」

俺の全身を怖気が駆け巡る。おかしい。何もかもがおかしいぞこの世界は。
本来誰かに好かれるというのは喜ぶべきことなのだろうがこの世界ではむしろ拒絶したい好意が多すぎる。
確かにハーレムと言えなくもないがハーレムってのは一人の男と多数の女で形成されるべきものだろう。男はいらん。
やはりこの世界はヘブンアンドヘル!多分安堵減る!日本語して成り立っていないダジャレが飛び出すくらいに俺は混乱していた。
「こんなにもキョンのことを想ってるっていうのに、どうして気付いてくれないんだい?」
おい、待て。近寄るんじゃない。
「キョンが気付いてくれないなら、無理にでも気付かせる。さあ、僕の愛を受け入れてくれよ!」
国木田ああああ、お前もかああああああああ!!
「MAMAMA待ってくれーい!!」
その時、勢いよく引き戸を開けて入ってきた人物は、ゲェッ!谷口ぃーーーー!?
「国木田!どうか待ってくれ!」
「谷口!どうして邪魔をするんだよ!」
国木田が語気を強めるというのも珍しいことだが今はそんな場合じゃない。まさか、まさか谷口もなんじゃないだろうな。
「邪魔だってするさ!気付いてないのはお前もだ!」
……おい、ちょっと待て、まさか。

「俺はこんなにもお前のことを想っているというのに!!」

…………。

「谷口……」
「北高に入学してお前に出会ってから、俺はお前が気になってしかたがなかった。だがお前はキョンの方ばかり見ていた!
俺がずっと見ていたことにも気付かずに!!」
谷口は国木田の真正面に立ち、国木田の肩を掴むと、
「谷口……そんなにも僕のことを……」
「ああ、そうだ。だから俺は苦しかったんだ!女に囲まれるキョンを見て苦しんでいるお前を見ているのが、どうしようもなく辛かった!」
……何つーか。
「もう終わりにしようぜ、国木田。向日葵みたいにキョンを追いかけるのは。これからは……俺がお前の太陽になってやる!!」
「た、谷口……!」
……吐き気を催してきたわけだが。
「国木田あ!」
「谷口い!」
ひしと抱き合う男二人。正直、グレネードランチャーか何かが手元にないか探してしまった。
「……邪魔したな」
夕日をバックに抱き合う二人はあるいは友情物語のように見えなくもないが、その実吐き気を催すような関係であることが
判明した今、俺がここにいる理由はない。意味もないしいたくもない。
というわけで逃げよう。さようなら。お幸せにな、お二人さん。


「これ、受け取って欲しいのね」
そそくさと下駄箱へやってきた俺は、そこにいた奴の行動に今度こそ意表を突かれた。
「……こりゃ何だ、阪中」
「ラブレターなのね」
あっさり言っちゃったよこの娘。
「あ、でもでもごめんっ。キョンくん宛てじゃないのね」
「いやあ……」
むしろ安心したよ。喜緑さんと同じくお前に好かれる理由が俺には見当がつかんもんでね。
して、これはあれか。本人に渡すのが恥ずかしいから代わりに渡してくれというアレか?
もしも元の世界でこんなことをされたら腹立たしさ全開だったろうが、幸いにもこの世界は元の世界とは別世界で、
更にはこの世界での俺はハーレムの主も同然なのでこういうことをされて腹を立てるようなことはないから別に構わんが。
「うん、実はその……」
顔を赤らめてもじもじする阪中は実に普通の女の子らしい可愛げがあったが、次に阪中の口から出てきた名前を聞いて俺の時間は停滞した。
「九組の古泉くんに、渡してほしいんだけど……」
「…………」
「キョンくんって、何だかよく分からないけど古泉くんと仲いいよね。九組に知り合いっていないし、こんなこと頼めるの
うちのクラスで古泉くんと仲よさそうなキョンくんくらいしかいないのね」
お前にはあれが仲よさそうに見えるのか。
なるほど、この世界の概念というものが少し分かった気がする。ホモが普通なのかよ。忌々しい。
「ね、だめかな?」
「…………」
やめておいたほうがいいと思うぜ。あいつは真性の変態ホモ野郎だからな……。
「だからこそなのね!」

突然声を張り上げる阪中。俺、もしかして口に出してました?
「彼こそがあたしと成崎さんが求めたぼーいずらぶはいゆ……」
今……果てしなく不穏な10文字が聞こえた気がする。
「……けふっ、何でも、ないのね」
……もういい、何も聞かないでおく。
「と、とにかくっ!これお願いするのね!」
「お、おい!」
阪中は俺に手紙を押し付けると全速力で走り去ってしまった。さすがハルヒとセッターをやれただけのことはある。
とろそうな外見の割には運動神経がいい。
「……どうすりゃいいんだ」
俺が呆然としていると、
「気をつけて」
「うおっ!?」
突然後ろから声をかけられ俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。振り向いたそこにいたのは、
「…………」
金髪ツインテールの碧眼娘――春日実花だった。
「おい、気をつけろってどういう」
「それじゃ」
「おい、ちょっと……」
春日はもう用はないとでも言いたげに廊下の奥へと歩き去ってしまった。
……何を気をつけろってんだよ。
「……やれやれ」
この世界の事情を知ってるらしいあいつが気をつけろといったからには何かした気を付けならにゃならんのだろう。
もしかすると……今日がXデーなのかもしれん。

よし、まずは落ち着いてタイムマシンを探せ。そして十数分前の俺を殴れ。
お前は何で昨日と同じ帰り道を選んじまったんだと。
「やあ、お待ちしていましたよ」
「…………」
やっぱりこいつと対峙することになるのかよ。今日は本気でいろんなことに決着をつけなきゃならん日なのかもしれん。
というか昨日あれだけの勢いでぶん殴ったのにこいつ、何でもなさそうにしてやがる。
「俺はお前に用は……いや、あるか」
阪中の手紙を、一応渡しておくか。どうせだし。
これでこいつがホモからヘテロへと転身を遂げてくれれば言うことはない。
「ほう、珍しいですね」
古泉は口の端を歪めて面白そうに言う。こいつの笑顔がこんなに忌々しいものだと感じたのも久しぶりかもしれん。
「ああ、実はお前に渡しておくものがあるんだが……」
俺がそう言って阪中のラブレターを取り出したとき、古泉の笑顔が変質したのを感じ、俺は怖気を感じた。
「ほう……それはもしや、ラブレターですか?」
勘違いするなよ、阪中のだ。阪中の。これでお前ももう少しまっとうな恋愛を……。
「なるほど、阪中さんも考えましたね」
……何だって?
「いやあ、まさかあなたがこんな形で僕の想いに応えてくれるとは。少し予想外でしたよ」
「おい、ちょっと待て。何を言って――」
「いえ、恥ずかしがることはありません。さあ、どうぞその手紙を僕に渡してください」
悪寒が足元から這い上がってくる。先程の阪中の言葉が頭をよぎる。

――彼こそがあたしと成崎さんが求めたぼーいずらぶはいゆ……。

「…………!」
まさか。
まさか、まさか。
俺は手を差し出してきた古泉を無視して手紙の封を破いた。中の便箋を取り上げて内容を黙読する。
「…………」
何てこった。
はめやがったな、阪中……!!

そこに書いてあったのは、紛れもなく――。
俺から古泉へ宛てられた、愛の告白文だった。


「くそっ!」
俺は即行で便箋を破り捨てた。国木田だけじゃない、阪中も俺の味方じゃなかったのか!
「おや、もったいない」
「うるせえ!」
ちくしょう。何とかならないのかこの変態ワールドは!ハルヒは何を考えてやがるんだ!
「ふふふ……しかしどちらにしろ僕の勝ちですよ。今の僕ならば、確実にあなたを掘ることができる!」
何を掘るってんだ!何を!
「みなまで言わせるおつもりですか? まあ案ずるより産むが易し、言うよりも実際にやった方が早いでしょう。覚悟してください!」
早口でまくし立てながら古泉がルパンダイブを仕掛けてきた。
まずい。あいつの方が動きが一瞬早い。このままじゃ――。
「アダラパタ!!」
瞬間、珍妙な叫び声を上げながら古泉が吹っ飛ぶ。気がつけば俺の目の前に一人の女が立っていた。
「……朝倉!?」
「ごめんね、遅くなっちゃった」
朝倉はそれだけ言うとどこからかごついナイフを取り出して真っ直ぐに立つ。
「ふふ……ふ、邪魔するおつもりですか?」
古泉はのそりと立ち上がると口元から流れ出た血を拭い、朝倉に邪悪な笑みを向ける。
「言っておきますが、この世界では僕の方が有利ですよ。なぜなら……」
真っ直ぐに立った古泉の周りを烈風が舞い、そして、
「ここは閉鎖空間なのですからね!」
赤い球状の炎のようなものが古泉を包み込んだ。
こんなんアリか!?

「その力がどれだけのものかは知らないけど」
だが朝倉は余裕の微笑を浮かべたまま、
「生憎、あたしも力は使えるのよね」
突然、大きな地鳴りがしたかと思うと、辺りにあった自然物やら人工物やらが無数の槍へと変化していた。
おいおい、いったいどうなってんだ……!
『なるほど、やはりそうですか』
しかし古泉も負けてはいない。顔に貼り付けた不気味な笑みを崩さずに、
『しかしこれもいい機会です。あなたのようなTFEI端末とどれだけやり合えるか試させてもらいますよ!』
いきなりこちらへ突っ込んできた。球状の炎になった古泉の周りの空間が歪み、地形が抉られていく。
「随分と猪突猛進ね」
朝倉が姿勢を崩さないまま何事か高速で唱えると、バリアのようなもので古泉の攻撃を防いだ。
ってか、斥力場ァ!?
『おっと』
次の瞬間、無数の槍が古泉めがけて飛んでいくが、古泉は見計らったように真上へと上昇する。だが槍の追跡は止まらない。
『さすがに厄介ですねえ』
空中で炎の鎧を解いた古泉は両手を腰の辺りに回す。するとその手と手の間に深紅の球体が現れ、段々とその大きさを増し、
「ふんもっふ!!」
まるで某サイヤ人の如く両手を前に突き出したと思ったら、巨大な炎が放たれ爆発音と共に追撃してきた槍を全て打ち消してしまった。
それを確認した古泉は今度は俺たちの方へと向き直り、片手を背中まで回し、勢いをつけて振り下げた。
「セカンドレイド!!」
赤い球体が俺たちへと向かってくる。
「もう、乱暴ね!」
朝倉は俺の腕を掴むと球体のベクトルと直角方向に飛び退いた。真後ろから聞こえる爆音。
もう訳が分からん。長門と朝倉がやり合ってた時より酷いぞ、これは。

そんなことを思っていると、朝倉が<呪文>を唱えるのが聞こえた。
「SELECT シリアルコード FROM データベース WHEREコードデータ ORDER BY 攻性情報戦闘 HAVINGターミネートモード。
パーソナルネーム古泉一樹を敵性と判定。当該対象の有機情報連結を解除する」
……もうどうにでもしてくれ。
「あんまり乱暴にしないでくれない? あたしはいいけどキョンくんが怪我しちゃうじゃない」
「これは失礼」
朝倉が不機嫌そうに言うが古泉は動じない。
「ですが、こうでもしないとあなたには勝てそうもないのでね」
言いながら古泉は再び赤い球体へと変態……もとい変身を遂げる。
『彼を守りながらいつまでもちますか?』
その言葉と共に古泉は先程よりもスピードを増して突進してきた。
「そんなこと気にしなくていいわよ。これで決めるし」
突如、朝倉の手にしていたナイフが発光を始めたかと思うと、直径が50cm、尺が3mはあろうかという巨大な銀色の槍へと変質する。
朝倉はそれを軽々と構え、
「さよなら、死んで!」
古泉めがけて思い切り撃ち出した。
古泉と朝倉の槍が空中で衝突し、眩い光を放つ。
そして、
『ぐぅっ!!』
一際大きな爆発音。
火花で赤く染まっていた空が、灰色の曇り空へと戻る。
次の瞬間、どさりという音がして地面に古泉が落ちるのが見えた。
「終わりね」
「……どうやらそのようです」

終わりは、あっけないものだった。
「どうやらあなたを甘く見すぎていたようです」
見た目だけは満身創痍の古泉は、ゆっくりと立ち上がると俺たちに笑顔を向ける。
「残念ですよ。せっかくあなたを思う存分掘ることができると思ったのに」
こっちを見るな、気色悪い。
「これも涼宮さんが望んだ結果……ということでしょうか?」
「そもそもこんなことを涼宮さんが望んだかどうか知らないけど」
朝倉は呆れたように、
「もう時間よ。他に言い残すことは?」
見ると古泉の体が少しずつ光の粒子になって消えようとしていた。こんなとこまで一緒なのかよ。
「そうですね」
古泉は少しだけ考え込むようにして、
「僕の負けです。よかったですね、アナルバージンを喪失せずに済んで。でも気を付けてください。いつまた僕のようにあなたの尻穴を狙う者が――」
「いないわよ」
朝倉は溜息と共に言葉を吐き出した。
古泉は肩をすくめると、
「やってみたかっただけです」
「そういうことにしておくわ」
古泉はそろそろ胸の辺りまで消えようとしている。言葉を次いだのは朝倉だった。
「まあ、こっちの世界はこういうところみたいだし。元の世界で会った時に仲良くできるといいわね」
「そうですね」
古泉が笑う。そこには先程のような邪悪なオーラは浮かんでいなかった。
「それでは、またお会いしましょう。今度は、元の世界で」
その言葉を最期に、古泉一樹は世界から消失した。


「……どうなってるんだ」
「あなた、この世界がどんなものか理解したでしょう?」
俺の言葉に、朝倉は存外なほどにあっさりと答えた。
「それがトリガーになったのね。あたしだけじゃない、みんな元の世界の記憶を取り戻してきてるわ。しかも、ここが
元の世界とは違うってことも理解してね。と言っても、それは古泉くんとあたし、涼宮さん、長門さん、朝比奈さん、
それから鶴屋さんと喜緑さんだけだけど」
憮然とした面持ちの俺に構わず朝倉は続ける。
「でもこの世界と元の世界のあたしたちはみんな別人。こっちのあたしたちが向こうでの記憶を持っていても、
向こうのあたしたちはこっちの記憶を持っていないわ」
「……元の世界に戻ったとしてだ」
俺はどうしても聞いておきたかった疑問をぶつけてみる。
「俺はまた古泉に狙われるハメになるのか?」
すると朝倉は笑って、
「それはないわよ。さっき言ったでしょう? こっちとあっちでは別人だって。さっきの彼は確かに向こうの記憶を持っていたけど、
人格はこっちの彼よ。だから心配しなくていいわ」
相変わらず何てご都合主義だ。めちゃくちゃすぎるぜ。
「それで? もう答えは決まってるんでしょう?」
「何がだ」
「またまたあ」
朝倉は笑いながら俺の肩をはたいた。
「元の世界に帰りたいんでしょ? だったらやらなきゃいけないことがあるじゃない」
「やらなきゃいけないことねえ」
前に閉鎖空間に巻き込まれた時に戻った方法は……ええい、思い出すのも忌々しいんだが、つまり、ハルヒを満足させればいいのか?
「そういうこと」
それはいいんだが……。どうすればいいんだ?

「行けば分かるわよ」
「どこにだ」
「文芸部室」
……ここで部室が出てくるのか。ってか引き返さなきゃならんのか。
いやいや、面倒くさがってどうする。元の世界に帰るんだろう、俺。
「ちゃんとみんなの声を聞いてもらわないとね?」
「あ?」
何だそりゃ、どういうことだ。
「だから、行けば分かるって」
朝倉は微笑んで、
「それじゃ、あたし、先に行ってるね」
「あ、おい!」
朝倉は突然光に包まれたかと思うとまるでワープしたかのように消え去ってしまった。
「……やれやれ」
とりあえず行ってみるしかないようだな。
やっぱり今日――三日目がXデーだったか。


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