■二日目~パラレ……る?

寝る前に感じていた不安というのは寝てしまうと案外きれいさっぱり消えてしまうものであり、消えてしまった不安というのは大抵頭が
はっきりしてきた辺りでぶり返してくるわけだが、果たして俺の不安は寝ることで解消されたかというとそんなわけはなく、俺は
朝っぱらから微妙な気分だった。
昨夜は精神的疲労を溜めるわけにもいかないから諦めをつけて眠れたものの、起きてみればまたあの場所に行かなければいけないのか
という欝気分といやいや行けばハーレムだぜという躁気分が混在するという実に妙なテンションで朝食を平らげた俺は、重い足取りで
軽くスキップをするという器用な歩き方で学校への坂道を登り、何か今日は鞄が軽いなと思ったらそういえば今日は弁当持ってきてないんだっけ
と思い出した辺りで一年五組の教室の前に着き、戸を開けた途端に防御体制を取る間もなく飛びついてきた朝倉の感触を上の空で甘受し、
朝倉の髪から漂ってくる芳しい香りをやっぱり麻薬みたいだなと思いながら、好奇の視線に混じって何故かどこからか突き刺さってくる
おぞましい視線を感じていると、いつの間にか解放され今度は朝倉に引っ張られて自分の席に座ったわけだが、さっきの視線は何だったのかと
考えようとしたところでチャイムがなって岡部が誰かが仕掛けたらしい黒板消しトラップを月面宙返りじみた動作で華麗に避けクラスから
喝采を受けているのをぼんやりした頭で眺めていた。
誰かこの文章を三十秒くらいで読んでみてくれ。かの波紋使いですら一秒ではさすがに無理なのではなかろうか。


正直言って今日は特筆すべき点もなく四時間目まで終わってしまったわけだが、それは一重に俺がもう下手な動きはしないように
しようと思ったからであって、ハルヒと朝倉が絡んでくること以外は一昨日までの日常と変わらないはずだった。
はずだったのだが。
「…………」
無言で風呂敷に包んだ大きな荷物を手に提げた長門(有希)とその後ろに隠れるようについてきた長門(沙希)の姿を確認し、
「あ、来た来た。有希、沙希!」
「今日は随分たくさんあるのね」
どう考えても来ると分かっていて待っていたという雰囲気ありまくりなハルヒと朝倉の声を聞いて、
「こんにちはー」
やたらとでかい水筒と紙コップを抱きかかえた朝比奈さんと、
「やっぽー!やー、みんなで食べるのも久しぶりだねえ」
さりげなく決定的なセリフを言った鶴屋さんと、
「こんにちは。今日はお招きありがとうございます」
二人の後ろから花のような笑顔で登場した喜緑さんを見た俺は嫌な予感が的中してしまったことを悟った。

俺が愕然としている間にハルヒと朝倉が机を並べ、その上に長門(有希)が荷物を置いて包みをとくと中から六段重ねの
でかい重箱が現れる。なるほど、昨日朝倉が弁当を持ってくるなと言ったのはこういうことだったのか。
長門(有希)が机の上に並べた重箱からは何とも食欲をそそる香りがたちこめ、俺がその料理の数々に目を奪われていると、
「そういえばあの娘はまだなのかな」
机を並べ終えて手をはたいていた朝倉が思い出したように口を開いた。あの娘って誰のことだ? もう俺のところに来るような女に
心当たりはないぞ。雰囲気からして阪中とかでもなさそうだし。
「そういえばそうね、誰か見てない?」
ハルヒがそう言うと長門姉妹と上級生三人組は揃って首を振る。
「まさか忘れてるってことはないわよねえ」
五人の反応を見たハルヒが腕組みして眉をひそめた時だった。
「…………」
開けっ放しの戸の影から小柄な人影がひょいと顔を覗かせ、その姿を見た俺は再び嫌な汗が噴出すのを感じた。
「ごめん、遅れた」
「大丈夫よ、今ちょうど準備が終わったところだから」
無愛想に謝ったそいつに朝倉が笑顔で応える。
まるで当たり前のように俺の隣に立ったそいつは、ツインテールにした金髪を揺らしマリンブルーの瞳で重箱の中を覗き込む。
その姿はまさしく俺が昨日長門のマンションからの帰り道に立ち寄った公園で見た少女――。

春日実花のものに相違なかった。



……
………
とまあ、このような経緯で今の状況に至るわけだが、納得していただけただろうか。
いや、みなまで言わないでくれ。事実を把握しても納得できないということはよくある。俺も納得できない。納得しなければ誰かに
殴られそうだという事実が納得できない。そしてそれを納得しろと言われても納得できないのもまた事実であり、以下無限ループである。
そしてこの状況に他のクラスメイトたちは普通に順応してしまっているから困る。何で何事もなかったように昼休み満喫してんだ、お前ら。
「やー、有希っこは料理も凄いけど食べるのも凄いねえ」
鶴屋さんが綺麗に切り分けられたリンゴをかじりながら長門(有希)の食べっぷりに感嘆したような声を上げる。気付けば重箱の中身は
デザートの果物とわずかなおかずのみとなっていた。多くの料理が消えた先が長門(有希)の宇宙的胃袋の中であることはもはや考える
までもない。そして残っていたおかずと果物も俺と八人の女性陣によって全て平らげられ、机の上には空の重箱のみが残されたわけである。
「でも生徒会の仕事も大変なんですよ。昼休憩が丸々潰れてしまうこともありますから」
昨日からの疲れもあったためか、満腹中枢を刺激されたことで睡魔に襲われぼんやりとしていた俺の耳に、更に眠気を誘われそうな
喜緑さんの和やかな声が届いた。
「ふうん、生徒会もけっこうまじめに仕事してんだ」
お茶をすする喜緑さんを眺めながらハルヒが口を開く。何のお構いもなしに失礼なことを言うところはオリジナルと変わらないな。
「ええ、皆さんが思っているよりは」
しかしそんなことで動じるような喜緑さんではない。何故か妙にしたたかさを感じさせる佇まいは、これもオリジナルの喜緑さんと変わらないままだった。
「でもやっぱり寂しいですよ。学年が違う上に生徒会の仕事もあるのでなかなか会えませんし」
喜緑さんはそう言って俺に笑顔を向ける。長門といい朝倉といい、対有機なんたらインターフェースが皆美少女なのは統合思念体の
趣味なのだろうか。いや、俺は一向に構わないのだが。

しかし、俺はこの世界での喜緑さんの存在に違和感を感じざるを得ない。まあ朝倉もそうと言えばそうなのだが、こちらはまだ
元クラスメイトだったから分からんでもない。対して喜緑さんはと言えばはっきり言ってほとんど接点なんてないぞ? カマドウマの時も
機関誌作りの時も俺とは直接関わってないしな。八人目として登場するなら阪中の方がまだ納得できる。いや、別に阪中がどうとか
そういう話じゃないけどな。
「まあ時間がある時はいつでも遊びに来てよ。あたしたちも楽しいし」
「ありがとうございます」
ハルヒが喜緑さんに笑いかけると、喜緑さんもまた応えるように微笑する。いや、喜緑さんはいつでも微笑んでるような感じだが。
何か古泉みたいだ。
いやまあ、そんなことはどうでもいいんだ。
女性陣は仲良く談笑しているが俺にはその輪に入る余裕がなかった。何故かって?
「…………」
そりゃあ、今一番の懸案事項的なやつが俺の隣に座って俺のことをじっと見てるからさ。
はっきり言ってこいつ――春日の謎っぷりは喜緑さんどころの話ではない。完全に新キャラなはずなのに向こうは俺や俺以外の
連中のことを知っているという訳の分からない状態だ。
やれやれ。俺は心の中で呟いて、ふぅと小さく溜息を漏らす。
何だかよく分からんが、どうやらこいつが今回の大きな鍵になりそうだな。


昼休みにかなり非常識な時空を体験した今日もあっという間に放課後だ。何だか時間をすっ飛ばしたみたいに感じるぜ。
もしかしたら俺の知らない間にSOS団の5人だけで高校サッカーの全国大会で優勝してたりするんじゃないだろうか?
部室にもあの公園にもヒントらしきものは存在しなかった。他にヒントのありそうな場所と言ったらどこだろうか?
本当ならしらみつぶしに探すべきなんだろうが正直言ってその気力がない。もしかしたら期限があるかもしれないと
考えたばかりだったが、今回ばかりは俺はそんなに深刻になれなかった。
慣れとは実に怖いものである。
だってハーレムだぜ? 戻りたいとは言ったがここにいてもいいかなと思わないわけもない。長門の時もキャラの変わった長門を見て
あの世界で暮らすのもいいかもと思っちまったくらいだ。事情が違うとはいえあの改変された長門がいる世界で、しかもハーレムという
この状態の中を絶対に抜け出したいと思うほど俺は男を捨てちゃいない。だからこそ困るのである。
もしもこの世界に留まったとしたらどうなるのだろうか? やはり元の世界はなかったことになってしまうのか? それとも俺がいないまま
向こうの世界もあり続けるのか……。
どちらにしてもだ。また世界の命運は不本意にも俺の手に委ねられてしまったというわけだ。多分な。


「やあ、どうも」
人通りの少ない道を歩いていた俺の前に突然姿を現したのは古泉だった。こいつはこいつで元の世界と同じように
如才ない笑みを浮かべ、ついと手を上げて俺に挨拶した。って、何でお前こんなところにいるんだ。
「いえ、少しお話したいことがありまして」
「俺にはないぞ」
俺の言葉に古泉はひょいと肩をすくめ、
「まあまあ、そう時間はかかりませんから」
仕方ないな。だがさっさと済ませてくれよ。今の俺にはお前の長話に付き合ってる暇はないんだ。
「ええ、それでは手短に」
古泉はわざとらしく咳払いをして、
「あなたは今、とても焦っておられるようですね」
「……よく分かったな」
正確に言うとそんなに焦っているわけではないのだが面倒なので適当に答えておくことにする。
「ええ、ずっと見ていましたからね」
どこからだよ。気色悪いことを抜かすな。
「昨日からあなたの様子がおかしいことには気付いていましたよ。あなたの方からわざわざ僕のクラスに出向くなんてことはそうないことですからね」
俺があからさまに嫌な顔をしてやったのに、古泉は構わず喋り続ける。
「それにここのところのあなたの不審な行動。まるであなたは一昨日までのあなたとは別人のようだ」
別人のようっていうか別人なんだけどな。「この世界の」俺とは。
「そこで僕はこう考えました。あなたは今とても不安定な状態にあると。そしてそれを何とかしようとしてあなたは空回りしている」
微妙に的を射ているからムカつくぜ。っていうかだからどこから見てたんだよ。
俺がイラ立ちと悪寒を同時に覚えながら話を聞いていると、古泉が俺の目を覗き込んで口を開いた。気色悪い。
「あなたのいま感じている感情は精神的疾患の一種です。しずめる方法は僕が知っています。僕に任せてください」

瞬間、俺の全身を今まで感じたことのないような悪寒が駆け巡った。
まずい。何かが著しくまずい。
俺が一歩後退すると同時、古泉は突如として上着を脱ぎ捨て、そして華麗にルパンダイブ!!
「さあ、全てを僕に委ねてくださ――」
「古泉いいいい!!お前もかああああああああ!!!」
かのジュリアス・シーザーも盟友ブルータスに裏切られたと知った時、こんな剣幕では叫ばなかったであろうという形相で俺は力の限り叫んだ!
と同時、世界中の陸上選手を遥かに凌駕したかと思える踏み込みでもって俺は渾身の右ストレートを繰り出す!
古泉の顔面にクリーンヒットする俺の拳!恐怖と怒りと憎しみのシャイニングフィンガー・デッドエンド!!
その綺麗な顔をぶっとばしてやるぜ!!!
「メメタァ!!」
古泉がゼロカウンターの如く体をひねりながら宙を舞い、地面に落ちるのを確認する前に俺は脱兎の如く逃げ出した!
ちくしょう、ちくしょう!みんなアホばっかりだ!!


「やあ、どうも」
カール・ルイスもびっくりなスピードで逃走する俺の前に現れたのはまたお前か古泉いいいい!!
「しゃあっスォオッラたルあおお!!?」
「うわあ!何ですか!?」
何ですかじゃねえ!いつの間に回りこんできたんだてめえ!!顔がアンパンみたいになってないのは何でだ!!!
「何ですか、いったい何の話ですか?」
「とぼけるなこのガチホモ野郎!!」
「ガチホモ!? いつの間に僕にそんな不名誉な属性が付与されたんですか!?」
何故か古泉は本気で訳の分からないと言った顔をしてやがる。自分のしたことを分かってないのかこいつは!
「さっき俺に襲い掛かってきたじゃねえか!!」
「襲い……!? ……ああ、それはもしかして……」
今度は微妙に顔を青くして笑顔を引っ込めるウホ泉。どういうことか説明しやがれドチクショウめ!
「ええ、そうですね。まずはどこから説明しましょうか……。ええ、とりあえず弁解させてください。あなたが襲われたという僕は僕ではありません」
引きつった笑みを浮かべながら弱々しく語り出すスマイリー・ガチホモ。何だそりゃ、どういうことだ。
ファイティングポーズで次の言葉を待つ俺に古泉が言った言葉は、俺の推理を根底から覆すものだった。
「もう本題から言ってしまいましょう。ここは閉鎖空間です」


「あなたはここを冬の時のような改変世界と思ったかもしれませんが、そうではありません。ここは紛れもなく涼宮さんが作り出した閉鎖空間ですよ」
「そりゃあ……マジなのか?」
「えらくマジです。何分久方ぶりでしたからね。最初は<機関>もちょっとした恐慌状態でしたよ。閉鎖空間を発生させるような予兆も見られませんでしたし」
そう言う古泉の嫌味なくらい爽やかな笑みはさきほどのガチホモ古泉のものとは違っておぞましい空気を伴っておらず、ここは大人しく話を聞いてみることにする。
「深夜に<機関>からの緊急連絡で叩き起こされたと思ったら、いきなり閉鎖空間ですからねえ。正直血の気が引きましたよ」
その割には余裕そうじゃないか。
「侵入してみて今度こそ開いた口が塞がりませんでしたね。ここは今までの閉鎖空間とは違って、完全な形で世界を構築していましたから。
今度は僕が世界改変に巻き込まれたのかと思ってしまったくらいです」
古泉は何故かやたらと楽しそうに言う。いったい何だってんだ。
「実は今回の閉鎖空間。僕はさほど危険視していないんですよ。何故ならこちらの世界への影響がほとんど見られないんです。
何より、<神人>が暴れていないどころか姿すらありませんからね」
そういうえば……あの青い巨人を見てないな。
っておい、こりゃおかしくないか? 灰色空間でもなくて<神人>が暴れたりもしていないのに俺はここを閉鎖空間だと信用していいのか?
「確かに信じられないかもしれませんが、事実なんですよ。この世界は……言わば閉鎖空間の亜種と言ったところでしょうか」
「亜種?」
「ええ、そうです。灰色の誰もいない閉ざされた空間ではなく、<神人>もいない。これは閉鎖空間であって閉鎖空間ではありません。
亜種、というのが正しいかと」
亜種、ねえ。まあそれはいいとしてだ。
「危険視してないってのはどういうことだ。他にも理由があるんだろ」

「鋭いですね」
古泉は笑みを2割増しにして、
「ここまで来たらあなたももうお気づきかもしれませんが、ここは涼宮さんの夢の中ですよ」
「……ちょっと待て」 俺が何の前触れもなく巻き込まれちまったってことはあの時と一致するが、それが事実なら俺とハルヒは
丸一日以上眠ってるってことになるんじゃないか? それが――。
「ええ、それなんですけどね」
古泉が俺の言葉を遮る。
「この世界は一種のパラレルワールドのようなものだと僕たちは考えています」
聞きたくない言葉を聞いてしまった。……ついに異世界のご登場かよ。
「それから、時間というものは絶対的なものではなく相対的なものですからあなたはもちろん、僕らですらそれを感知することはできませんが、
元の世界とここでは時間の流れが違うんですよ。ことらの世界の時間は元の世界のおおよそ24倍程のスピードで流れています」
ついでに時間的理論まで出てきやがった。もうさじを投げても構わないだろうか。
「そういうわけで、実際には閉鎖空間が発生し、あなたがこの世界から消失して二時間程しか経過していません。日が昇るまではまだまだ時間がありますよ」
そっちの世界のことはこの際どうでもいい。ここが閉鎖空間だってことは俺は脱出できるんだな?
「ええ、もちろん。前回と同じように涼宮さんが満足さえすれば、ね。それにあなたは確実に元の世界に回帰することを望んでいるでしょうから
自分で何とかしようとするでしょう。だから大した危機感を持っていないんです。仮に時間がかかってしまったとしても<機関>と長門さんが
情報操作でも何でもしますしね」
ああもう、みんな変態ばっかりだ。危機感持ってるのは俺だけかよ!
「とりあえず、この世界が何かと元の世界と違う理由は分かっていただけましたか? ……僕が頭を抱えたくなるような属性を持っている理由も」
最後のセリフで真顔になる古泉。とりあえずお前の熱意は伝わったよ。
「じゃあ、一つ聞きたいんだけどな」
「何でしょう?」
「一人だけ全く訳の分からん登場人物がいるんだが……ありゃ、いったい何だ?」
「ああ……。もしかして、春日さんのことですか?」
知ってんのかよ!
「もうぶっちゃけちゃいましょうか、彼女は<神人>ですよ」

全世界が停止したかと思われた。

ってのは嘘ぴょんで!
「どういうジョークだそれは」
「いえ、大マジですよ。何度か言いましたが僕ら超能力者は涼宮さんの精神に感応する力を持っています。どこに閉鎖空間が生まれ、
それがどれだけの規模で、どれだけの<神人>が暴れ回っているのかということも分かるんですよ。つまり――」
「例え<神人>がどんな姿をしていたとしても分かる、ってことか」
古泉は満足そうに頷いて、
「ご明察です。何故<神人>があのような姿になってしまったのかはまだ分かりませんがね」
分かった。もう面倒くさいから信用してやる。だが分からないことがある。
あいつ、俺に自己紹介してきた割にはずっと前からいたみたいに昼飯に割り込んできたぞ? これはどういうことだよ。
「ああ、それは彼女が<神人>だからですよ」
すまん、意味が分からん。
「つまりですね。彼女は自分が<神人>であると知っているが故にこの世界がパラレルワールドであることを自覚し、あなたがそこに
迷い込んできた存在だということを理解しているのです。だから彼女だけはあなたに対して初対面であるように接することができたわけです」
あの自己紹介はあいつなりの配慮だったってことか。だったらヒントをくれるとかしてくれよ……。
「それは自己中心的というものですよ。<神人>は言わば涼宮さんの精神が具現化したものです。彼女も彼女なりに考えがあるのでしょう」
その考えを是非教えてほしいところだがね。
「まあそこはあなたがご自分で何とかしてもらうとして……。実は涼宮さんがこの世界を生み出した理由はもう見当がついてるんですよ」
「……言ってみろ」
「本当に言っていいんですか?」
何だそのいかにもすんごいこと言っちゃうよ? みたいな顔は。いいからさっさとしろ。
「ではぶっちゃけちゃいましょう。涼宮さんは痺れを切らしたんでしょうね」
「どういうことだ?」
「涼宮さんとあなたが北高で出会って一年が経とうとしています。この一年で涼宮さんはあなたに対して様々なアプローチをしてきました。
しかしあなたはそれに全くといっていいほど無反応……」
何が言いたいんだよ、何が。
「またまた、本当は分かっているんでしょう?」

「…………」
ああ、さすがの俺でも気付くさ。ここが閉鎖空間だってんならなおさらだ。つまりは――。
「ハルヒは俺のことが好きなのか」
「やっと気付いてくれましたか。いやあ、時間がかかりましたねえ」
殴るぞ、お前。
「おっと失礼。ですが正直我々もやきもきしていたものでして」
古泉は肩をすくめて、
「あなたがいつ気付いてくれるかが我々の最大懸案事項でしたからね。本当は進言したかったのですがそれは止められていましたし……。
あ、オッズいくらだったかな」
おい、こいつ今何て言った。
「まあ、今回ばかりは特別です。さすがのあなたもここまでくれば気付かないわけはないでしょうから」
「悪かったな。鈍感で」
「いえいえ、滅相もない。それからもう一つ」
まだ何かあるのか。
「あなたも疑問に思っていることでしょう。この世界でのあなたのハーレム状態についてですよ」
「何だ、説明してくれるのか」
「ええまあ、推測ですが」
古泉はわざとらしく咳払いをして――。
うわ、ウホ泉と全く同じ動作だ。忌々しい。
「涼宮さんは鋭い人ですからねえ。他の女性陣の気持ちにも気付いていたのでしょう。あなたも何となく気付いていたんじゃないですか? 
長門さんや朝比奈さんもあなたのことを慕っているということを」
「…………」
俺はまた無言である。確かに薄々そんなことは思ってはいたがそりゃ、俺の勝手な都合のいい解釈だと思ってたからな。
「別に不思議なことでもないでしょう? 彼女たちがあなたのことを好いているというのは妥当な結果だと僕は思いますが。とはいえ」
古泉は笑みに僅かな諦めのようなものを含ませて、
「あなたは少々女性の気持ちに鈍感過ぎますね。フラグがあちこちに立ちまくりですよ。どうやって回収するつもりだったんですか? 
いえ、フラグが立っていたことすらあなたは気付いていなかったかもしれませんが」

フラグってのは何だと突っ込みたかったがこの際置いておこう。それよりも確認したいことは、
「それがハルヒが鋭いってことと何の関係があるんだ」
「つまりは涼宮さんは他の方々の想いも尊重したかったんでしょう。だからこういう世界を創造した。いやあ、冬合宿の時や
機関誌作りの時もそうでしたが、涼宮さんもお優しい方ですね」
百歩譲ってそういうことにしよう。だが朝倉やもう一人の長門が出てきたことはどうやって説明するんだ?
「ああ、それについてですがね。実はこの閉鎖空間は若干の情報操作を受けています。ええ、ぶっちゃけますと、長門さんのね」
長門おおお!お前何やってんのおおお!?
「長門さんもいじらしい方ですねえ。世界改変の時、長門さんは性格が変わっていたらしいですが、おそらく今の自分のままではあなたが
自分の想いに気付いてくれないと思ったのでしょう。だから自分の想いの代弁者としてもう一人の長門さんをこの世界に生み出したのでは
ないでしょうか。多分、涼宮さんが素直になってるのも同様のことを涼宮さんが考えているからでしょうね」
分かっててやってんのかよ!ってかそれじゃあ朝倉はどうなんだ?
「あなたが鈍感なのがいけないんですよ。それで、朝倉涼子についてですが、おそらく彼女もあなたのことが気になっていたのではないですか?」
今度は随分適当だなおい。っつーかんな訳ねえだろ。俺はあいつに二度も殺されかけてんだぞ。
「さあ、そこのところは元の世界に戻ってから長門さんにでも確認してみてはどうでしょうか? ああ、それから喜緑さんについても僕は知りませんよ」
むしょうにこいつを殴りたくなってきたが、仕方ないから後でウホ泉を思う存分ぶん殴ることにして見逃してやろう。
「それでは、大方話し終えましたので僕はこの辺で。後はあなた次第ですよ」
古泉は励ますような笑みを俺に向け、振り向いて歩き去ろうとする。何で俺がお前に励まされにゃならんのだ。

ってちょっと待て。
「古泉、ここまで教えてくれたからにはついでにヒントも教えてくれるんだろうな?」
「ああ、そうですね」
古泉は俺に向き直ると、
「『多くから一つを選び取るのではない』」
「……それだけか?」
「ええ、それだけです」
何だそりゃ、訳が分からん。誰か説明できる奴がいたらここに来い。そして俺に説明しろ。っていうか古泉がしろ。
「こればかりはあなたが自分の手で解決してもらわないと。ああ、それから」
何だよ、まだあるのか。
「ええ、これはこの世界が出来たもう一つのヒントになりうるかと思いまして」
「言ってみろ」
「実は涼宮さんはこのところ一つのアニメにご執心だったようなんです。何かが彼女の琴線に触れたんでしょうね」
アニメって……あいつはまた唐突もないな。
「それで、そのタイトルがですね」
古泉はまるで今にも噴出して大笑いしそうな表情で言った。
「『天地無用!GXP』だそうです」


元の世界の古泉が去った後、俺はこれから自分が取るべき行動について考えていた。
はっきり言おう。ハルヒの気持ちに丸っきり気付いていなかったわけではない。さすがの俺でもそれはない。気付かないようにしていただけなのさ。
長門や朝比奈さんについても同様だ。……ヘタレだな、俺。
いや、正直こんなことを言わなくてもこれを読んでるやつは気付いてると思うが……読んでるやつって誰だ?
まあどうでもいいか。
それよりもだ。
やっぱり俺はこの世界を脱出するべきらしい。
確かにこの世界のおかげで俺はハルヒたちと俺自身の気持ちに気付けたわけだが、この世界で俺がハルヒたちの想いに応えたとしても、
それは本当に幸せだろうか?
答えは否だ。
ここにいるハルヒと長門と朝比奈さんと鶴屋さんと朝倉と喜緑さんは元の世界とは別物だ。この世界を俺が選んじまったら彼女たちの想いを
裏切ることになるんじゃないのか?
もしも元の世界に戻って、ハルヒたちが同じ想いを俺に向けてくれるのだとしたら――その方が絶対にいい。

なーんてね。らしくねえな。
『多くから一つを選び取るのではない』――か。
さて、これは何を意味するんだろうかね。
まあ、とりあえず俺が一番にすべきことは――。

ウホ泉の追跡を逃れ、無事に家へと帰還することだ。
走れ、俺!俺の未来と純潔を守る為に!!



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