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クリスマスも近い、十二月の朝。
もうすっかり外は寒くなり、クリスマスバーゲンのチラシも飛び交っている今日この頃。
しかしこの時期に騒ぐのは、幼稚園児と大企業の社長ぐらいだろう。
この年にもなって一般の高校生が、クリスマスの話なんて、ばかげているだろう。
まあ、俺は生まれてこのかたサンタクロースの存在なんて信じていないが。
大体、神様の誕生日だからといってプレゼントをもらうとは、理屈に合わないのではないか。
それに、日本はもともとキリスト教ではなく仏教を信仰していたはずだ。
それを、一日だけキリスト教信者になるなんて、キリストと釈迦に罰が当たるぞ。

ああ、この時期に騒ぐやつは他にもいたな。
固い愛で結ばれたカップルと、誰かに片思いをしているやつだ。
俺はまだ恋愛なんてしようとも思わないし、そいつらにあまり嫉妬はしない。
問題は、他人の迷惑になっていないか、だと思う。
特に後者は、まあ朝比奈さんのような素敵な方ならばいいのだが、谷口のようなレベルに達すると厄介だ。
ところかまわず、惚気話をして回るからな。…まじめに聞いているのは、俺と国木田だけなのだが。

……と、噂をしていると谷口が来た。噂といっても、脳内でだがな。
心なしか、げっそりとした顔をしている。谷口のやつ、また流行の病気にでもかかっちまったようだ。

よお谷口。調子はどうだ?
「……キョンか。今日は、あまり………」
どうした、そんなにしおらしくなりやがって。…なんか、顔色も悪いぞ。
「…実はな、しばらく前から、誰かに見つめられるような気がしてね……」
何言ってんだよ。気のせいだって。
「そうと考えてもみたよ。しかし、違うんだな。最近、その視線の主をこの目で見てしまったのだから」
そりゃあ、気のせいじゃないな。で、どんなやつだった?
「若い女さ」
……なんだ、そんなことか。やれやれ。
それはな、確実にお前の気のせいだって。お前を好きな奇特な方なんて、いまどき…。
「おいおい、早合点されちゃあ、困るぜ。俺がその女について『かわいい』などとは言ってない」
なるほど。とりあえず、その女の特徴を聞こうか。

「ただの不美人なら、まあ我慢できる。その女は、なんというか、陰気なんだよ。
顔つきから見て、若いことは確かなんだが、青白くてやせていて、活気というものがまるでない」
そいつは、確かにお前のタイプじゃなさそうだな。
「めったにいない女だぜ。こっちの体まで冷えてしまいそうだ」
妙な話だな。しかし、真実性がこもっていないわけではない。

「昨日は、遠くまで行くから電車に乗る予定だったんだ。それで電車を待っていると、その女がいた。
駅のホームのベンチに腰かけて、そばに何か包みを置いたんだ」
いやな気分だったろうな。
「ああ。いるだけならまだいい。見つめられるのも仕方がないさ。しかしその女、俺に笑いかけたんだよ」
にこっ、と?
「…キョンはそいつを知らないから、そんな表現ができるが、物柔らかな感じなんか、全然ない」
何か奇妙な、そんな感じか?
「そう。もともと、影の薄い女なんだ。とにかく、俺はぞっとしてその場を離れた」
まあ、その女のことなんか忘れて、元気出せよ。
「他人事だと思って……まあいい。それと、この話は俺と国木田以外にはするなよ」
ああ。そうしたほうがいいな。しかし、なんで国木田には………。
「学校に来る途中に、もう話したよ」

俺が席に戻ると、ハルヒが話しかけてきた。
「ちょっとキョン。今日の新聞見た?この町にも、とうとう事件がやってきたのよ」
お前はよく新聞を見るなあ。どこにそんな時間があるんだ?
「あら、まだ見てなかったの?まあいいわ、どうせ期待はしてなかったし」
そう言うとハルヒは、かばんの中から新聞の切抜きのようなものを俺の机に置いた。
「三十秒で読みなさい」

その事件を簡単に解説する。
電車のホームのベンチで包みを拾い、駅員にとがめられた青年。
忘れ物を届けようとしたのだと弁解したが、中にあったものは偽造の証券。
警察に同行を求められ、あれこれ質問攻めにされた。
ここまで読んで俺は、谷口のことが頭に浮かんだ。
国木田に、昨日谷口がいた駅とその時間を聞いてみると、事件にある駅と一致していた。
そして、時間も大差ない。ますます妙な気分である。
どうやら谷口も国木田も、このことを知らないようだった。
しかし、おれはこの事件をあいつらのどちらにも教える気にはならなかった。

翌日。
谷口は、遅刻寸前に来ていた。顔色は昨日よりひどく青ざめている。
「どうしたの、谷口」
「どうもこうもないぜ。また、あの女だ」
いつかの、影の薄い女のことか。
「ああ。この間、お前らに話しておいてよかった。予備知識なしには、俺の気持ちを理解してもらえないからな」
「それで、その女がどうかしたの」
「今しがた、俺が学校の校門に入ろうとしたときだ。あいつが、そこに立っているじゃないか。
真正面から俺を見つめ、笑いかけてきた……」
ふうん。
「皮膚全体が、びくりとしたね。鳥肌が立つというやつさ。思考までが止まった感じだ。
俺はそばをすり抜け、やっとここまでたどり着いた」
「「そうだったのか……」」

それ以上の言葉は、俺の口からも国木田の口からも出なかった。谷口は続ける。
「今日は、何にもしたくない。しようにも気力が出ないんだ」
そうしたほうが、いいのかもしれないな。
「待って。今日は確か、数学の時間に小テストがあるはずだ」
それなら、なんとかがんばるか。
「いや、とてもだめだ。あの女め、俺をろくな目に会わせない。テストも、手につかないだろう」
「よほど、ショックを受けたらしいね。僕とキョンから、先生に話をつけてみるよ」
「すまんな……」

そして谷口は、しばらく保健室で様子を見る、という形になった。
岡部は、いつぞやの俺の猫耳事件にこりたのか、俊敏に対応してくれた。
数学教師は「サボりじゃないのか」とか言ってたが、気にしないでおこう。

昼休み、俺たちが弁当を食べ終わったころに谷口が来た。
「あ、もう大丈夫なのかい?」
「ま、まあな………」
そういいかけると、谷口は突然窓ガラスのほうを指差した。
「あ、あの女だ」
しかし、谷口が指した方向には、そんな女などはいなかった。
窓ガラスの向こうの運動場には、たくさんの生徒がいたが、谷口の言う陰気な女はいなかったのだ。
「な、わかるだろ。あんなふうに、じっと見つめられるんだから」
「「ああ……」」
俺と国木田は、とりあえず谷口の言うことに肯定した。
ここで「そんなやつなんかいないぞ」と言うこともできなくはない。
しかし、谷口の精神状態はどうなるのか。その考慮は俺にも国木田にもできていた。
すでに俺たちは、かなり深く関わっている。しばらく黙っていたほうがよさそうだ。
本人に知らせて慌てさせ、悪霊にとりつかれたという評判が広まったら、よいことではない。
もう少し様子を見よう。俺は、谷口を適当に励ました。

その週の土曜日。
いつものように、俺はSOS団の不思議探索に出かけた。そうしなければならないのだ。
待ち合わせの場所に着くと、当然のように四人はそろっていた。
しかし、みんな俺に構わず、少し近くの喫茶店を見つめていた。
「ねえ、あそこにいるの、谷口じゃない?」
「えーと、どれどれ…あ、確かに、彼は谷口君ですね」
「あんなところに一人で、何やってるんでしょう?」
「どうせ、キザな男を気取って女を釣る作戦なんでしょ」
よくそこまで推測できるな、ハルヒ。
「わっ!……って、キョンじゃない。あんたいつからそこにいたの?」
今しがた来たばかりだ。それより、谷口がどうかしたのか?
「………………………あ、逃げた!」
「急に店を飛び出していきましたね」
「よし、みんなで、谷口を追うわよ!」
ちょ!?そんな急に……。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよー」

俺たちはハルヒに言われるがまま、谷口の後を追った。
なぜ谷口が急に店を飛び出したかは、今の俺なら容易に想像がつく。
どうせ、その店の中に幻の女がいて、気味が悪くなったのだろう。
しかし、俺はそのことをハルヒや他のやつに言うことはしなかった。
言っても相手にされないのは百も承知だし、谷口との約束もあるしな。

結局、ハルヒは谷口を見失ってしまった。
つまらなさそうな顔をして、ハルヒは仕方なく引き下がった。
お腹が空いてきたと言うので、近くのファミレスで食事をすることにした。
ふと、俺たちの横を救急車が通り過ぎた。その瞬間に俺は直感する。
あの救急車、谷口のいた喫茶店に向かっているのではないだろうか。
そして、その喫茶店で何かが起こったのではないだろうか………。
自分の推測に、思わず身震いした。

その日の午後の不思議探索は、いつもと同じとおりに進行した。
今日の組み合わせは、………げっ、またハルヒとかよ。
その気持ちは、どうやらあいつも同じだった。印付きの爪楊枝を前に、手が震えている。
まったく、何故こうも俺はこいつと一緒なんだ?

土曜日の昼下がり。寒さのためか通りに人は少ない。
太陽が遠慮がちに周りの空気を少しだけ暖めていた。のどかな週末だ。
たまの運動には、この不思議探索もいい集いかもしれない。そう思っていた時だった。
「キョン、あれ、見える?」
あれは……谷口か?
「そうみたいね。……あ、急に逃げ出したわ!行ってみましょ」
よせ、ハルヒ。危ないぞ!
「なにいってんの……」
ハルヒがそういい終わる前に、周囲の静寂を切り裂く轟音が鳴り響いた。
谷口がさっきまでいたところに、ビルの建築の資材が落ちてきたのだ。
「キャッ!」
ハルヒはそう小さく叫ぶと、その場に立ちすくんでしまった。
そして、少し震えながら俺のほうを向き、こう言った。

    「あんたって、もしかして予言者?」

月曜日。
本来の目的を少し果たした不思議探索の後、俺はようやく谷口と顔を合わせた。
「土曜日にな、あの女が……」
ああ、それなら知ってるよ。ハルヒが、お前を尾行していたからな。
「そうだったのか。しかし、なんで俺を……」
SOS団の不思議探索だ。実は、偶然あの喫茶店でお前を見つけたらしい。
「なるほど」
午後にも、近くでお前の姿を見たぜ。
「ああ。俺も、キョンと涼宮が一緒に歩いているところはチラッと見た」
言っとくが、デートではなかったぞ。
「分かってるって。それにしても奇妙だな。一日で二回もあの女に出会うなんて……」
「谷口も災難だね」
……俺なりの仮定があるんだが、ちょっと聞いてもらってもいいか?
「仮定?この女に対する?」
ああ。さらっと聞き逃していいからよ。

それから俺は、土曜日から考えてきたことをすべて話した。
まず、最初に出会ったときの包みに関する事件について。
それから、昨日のこと。喫茶店の食中毒と、建築資材の落下について。
……まあ、食中毒の件については日曜日に調べて分かったことなのだが。
「………つまり、あの女に笑いかけられることによって谷口は不運に陥らずにすんだ、ってことか」
「ちょっと待てよ。だがキョン、それじゃ、数学の小テストの日はどうなんだよ」
うーん……。
「確か、そのテスト中に小鳥が窓にぶつかってきて、クラス内で騒ぎになったんだ。
おかげで、テストの点数はみんな散々だったよ」
「確かに、お前で75点、涼宮で80点だったからなあ」
「あの問題なら、90点はいけたと思うね」

「じゃあお前は、いったい何だと言いたいんだ、あの女について……」
言うならば、守護霊といったものだと思う。
人生には運、不運がある。あの女が現れたころから、お前の運勢は悪い方向に向かっていた。
「それで………」
そこで守護例は形となって出現し、それを助けた。
他にも方法はあったのだろうが、あれには笑いかける以外にできなかったのだろう。
本気でお前を不幸にしたいのなら、喫茶店に追い込んだりしていたはずだ。
「言われてみると、いちいち思い当たるな。いずれにせよ俺は、そのたびに災難を免れたんだからな。
いい感じは少しもなかったが、感謝すべきなんだろうな」
そんなところだろうな。
「今度あったら、お礼でも言ったらどうだい?」
「やめておく。あの笑い顔だけは、生理的に受け付けないぜ」
それに国木田、おいおいお礼を言いに近寄ったら、えらいことになるんじゃないか?
「それも一理あるね」

まあ、そんなわけで一段落。谷口は、それからその女の話はしなくなった。

年が明けてまもなく、俺は偶然谷口と公園で出会った。
近くの公園のベンチに座り、少し話をする。
「あれから、あの女は現れない。あわや一命を、というあの時を境に、俺の不運な時期は終わったらしい」
そうかい。それはよかったな。
「だがな、あまりそんな気になれないんだ。また、別な女につきまとわれてね」
また、あんな影の薄い女がか。お前も災難だね。
「そうじゃない。全然逆なんだ。魅力的で、つい近寄りたくなる女なんだよ」
一概には、信じられない話だがな。しかし、そんな女なら別にいいんじゃないか?
「あのなあ、去年を思い出してみろ。俺も、そんな馬鹿な男じゃないんだぜ」
というと……。
「あの一件で、つくづく身にしみたんだよ。妙な女って言ったって、俺を助ける女ばかりとは限らない。
運勢がよくなり始めると、それを妬んで違う霊が形をとって現れるかもしれないじゃないか」
そうとも考えられるな。

「何しろ、事情が事情だからな。前の女は、本能的に離れたくなり、その結果として俺は助かった」
とすると、今度のは………。
「気を許したら、ついそばに行きたくなってしまう。そこには、何か恐ろしいことが待ち構えている気がするんだ」
考えられないことではないな……。

谷口がこの先一生恋愛ができない予感もしたが、そう考えるのも無理はない。
あいづちを打ちながらそう思ったその時。谷口は急に隣のベンチのほうを指した。
「あ、きやがった………どうしたものだろう……」
谷口の言う、魅力的な幻の女が、そこに来ているらしい。
しょうがないな。何とかしてみよう。後は俺に任せて、お前はここから抜け出せ。
「すまんな。恩にきるぜ、キョン」
なに、気にするな。

谷口が公園を出た後、俺はベンチを立ち、あいつがさっき教えてくれたほうへと移る。
なにしろ、今回は俺にも、ちゃんと見えるんだからな。


【涼宮ハルヒの憂鬱 meets 星新一 最終部 「あの女」】
原作:星新一「安全のカード」に収録 「あの女」
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