「おっそーいっ!キョン、今日も罰金ね!」
12月も近い秋空の下、ハルヒは勝ち誇ったような甲高い声を上げる。
その声は今俺たちのいる街角の空気を鋭く刺していった。
もしここにクマなどいたら、こいつに数年分の冬眠時間を分けてやってくれ。
…………いや、そうなれば今度はクマが暴れだすからやめておこう。

まあしかし、こいつの言う「罰金」とは、ここにいる俺たち五人分の昼食をおごれ、というまことにかわいらしいものである。もちろん、財布にとっては憎たらしいだけだが。
「ちょっと、キョン。あんた聞いてんの!?」
うるせえな。そんな大声出されたら、ほかの人に迷惑だろ。
「ほかの人って、誰のことよ」
ほら、周りを見てみな。お前は今、ここを歩いている人の邪魔になってるんだよ。
「……仕方ないわね。許してやるわよ」
何をだ、という突っ込みは心の奥底に処分して、俺たちはこの近くのファミレスへと向かった。


………あり得ない。
5人分の昼食で、それも決して高くはないファミレスで会計が万単位って、あり得ないとしか言いようがない。
こいつらどれだけ食ったんだ。特に長門とハルヒ。
この二人のおかげで俺の財布にも、そよ風が通るようになってしまった。

そうそう、言い忘れていたんだが、この場所に俺たちが集まった目的はただひとつ。
SOS団の、これで何度目であろう不思議探索のためだ。
…といっても、皆さんご存知の通りそこら辺に不思議がごろごろと転がっている訳でもなく、この集いは結局徒労に終わっている。
今日も、夕暮れ時まで不思議を俺たちが見つけることはついになく、俺の財布は無駄な労働を強いられたのだった。
まあ、マイスイートエンジェル・朝比奈さんの顔を毎日見ることができるのは、幸せというべきなんだろう。
しかし、その幸福の感情を打ち消す因子はその数倍もあるから困るわけだが。


家路に着くころには、あたりはすでに薄暗くなっていた。
俺の心と財布の中も、まさにそんな情景にぴったりとおさまるようだった。

玄関を開けるなり、妹が俺にすり寄ってきた。
「キョンく~ん、おかえり~」
ただいま。お兄ちゃんは疲れてるから、シャミセンとでも遊んでなさい。
「え~、やだ。あたしキョン君と遊びたいの~」
だめだ。ほら、あっちに行ってなさい。
「う~。……そうだ、キョン君に手紙が届いていたよ」
え?手紙?
「うん。あっちの机に置いといたけど……」

確かに、机には俺宛の封筒が置かれていた。
だが、中を開けても手紙らしきものはなく、代わりに一つの財布が入っていた。
それは、一昔前ならおそらく財布といえばこれを連想するだろう、俗に言うガマ口財布だった。
ためしに財布を開けてみると、中には一万円札が一枚入っていた。印鑑や名刺のたぐいは入っていなかった。
封筒の送り主を調べようと封筒を見たが、本当にあるかも疑わしい名前だった。


どうもおかしい。
一般の人間がこのような状況に置かれていたら、まず先にそう思うだろう。
見知らぬ相手から自分に、一万円札が入った財布だけを送られてくる。
これで「得をした」と手放しに喜べる人は、間違いなく窃盗犯の素質アリだ。
俺は少し怖くなって、その財布を自分の部屋の机の中に入れた。
人間、誰だって奇妙なことに出くわすと、まず怖いなどという感情がわいてくるはずだ。
その日、俺がその財布を手にすることはなかった。

それから数日後。
あの財布はあれからも実在していたし、今もまたそうである。
今日は、もはや休日の唯一のイベントと化しているSOS団の不思議探索に行くことになっている。
いつものように支度をし、出かけようとしたが、肝心の財布をどこに置いたか忘れてしまった。
仕方がないので、いつかのガマ口財布を持っていくことにした。

「おっそーい!何であんたはいつも遅いわけ!?」
いや、お前らが早いだけだろ。いったいいつ来たんだよ。
「うるさいうるさいうるさーい!あんた、団長より遅れてくるのがいいとでも思っているの?」
別に悪いとは思ってない。それと、お前のほうがうるさいぞ。
「わ、悪かったわね。とにかく、行くわよ!」


しっかしこいつらはよく食う。特に長門とハルヒ。
ハルヒに至っては、本来は無料である水さえもおかわりしている。俺へのあてつけか?
ああ神様、会計は9999円以内に収まりますように。
ピンチに力を発揮するという、まことに都合のいい神様に、俺は心の中で祈りを捧げた。

………あり得ない。
こんなときに一万円ジャストとは、まことに都合がよすぎるのではないか。
しかし、何はともあれ俺の持ち合わせた金額の範囲内に納まってうれしい。
おかげで、誰かさんから頂いた諭吉さんは俺と離れることになるが。
さらば、俺の全財産。また会う日まで。
しかし、こうもあっけなく財布の中身が消えるのもかえって名残惜しくなって、俺は財布の中をのぞいてみた。
すると、そこには一万円札が一枚あったのである。


どういうことなんだ。
俺は、今日の昼にあの紙幣を使った。もちろん、お釣りなどはもらっていない。
まさか、こんなところでまた諭吉さんと会えるとは、まことに予想外である。
いや、今はそんなことを論点にしているべきではない。
俺は、財布の中を誰にも見られないようにと、速やかに財布の口を閉じた。

夜、自分の部屋の中。
迫りくる妹という台風のような存在を完全にシャットアウトした後、俺は財布について考えた。
もしかしたら、この財布は、この口を閉じてからもう一度開くと、紙幣が出てくるようになっているのではないか。
普段の俺からはいささか飛び出さないような空論であったが、それを打ち消すことは難しかった。
いろいろと疑問は生じてくるが、俺はあえてそれらに目をつぶることにした。
なぜなら、今の俺は毎週のあの忌々しい出費に悩まされていたからであった。
電気のスイッチを入れ性能を示してくれれば、大多数の人々はその他のことをあまり気にしないのと同じことである。
また、下手に好奇心を起こすと、ろくな結果にならないだろう。
ということで、金のなる木ならぬ、金が出る財布が俺のものになった。


次の週から俺は、少しおおらかになっていた。
不思議探索のときに罰金と言われても、前までのようにその事でため息をつくことはあまりなかった。
何せ、金銭的に不備な点は、あの財布のおかげでなくなったのだ。
そのおかげで、古泉や朝比奈さんに勘付かれたことも会ったが、何とかごまかすことができた。
俺の後ろから「キョン君、何を隠しているんですかぁ?」と声がしたときは、癒しの朝比奈ボイスも戦慄のそれと化したね。
手に余る金銭。どんどん増えていく金銭。それを眺めるのが、いつしか一つの趣味になっていた。
いやな趣味を持ったもんだね、俺も。

お金が腐るということはあるはずがないのだが、人はたくさんの金銭があるとつい使ってしまいたくなるものである。
俺も、その一例に漏れず、暇なときは谷口などをつれて遊んでみたりもした。
全て俺のおごりでいいと言ったときは、「お前、なんかやけに気前よくなったな」と少し不気味な顔をする谷口が、愉快だった。
まったく、大企業の社長というものはいつもこんな気分なのか。その点が少し羨ましく思えた。


そして、ある日。
俺は例によって、紙幣を手に入れるために財布の口を開けようとした。
だが、いつものようには、簡単に開いてくれなかった。
指に力を入れて口金をねじったが、なかなか出てこなかった。
俺は財布についているヒモを柱に巻きつけ、本格的に力をこめた。
そのとたん俺は、閉鎖空間に閉じこめられたような、奇妙な感覚に襲われた。
どうやら、たちまちのうちに財布の奥に引きずり込まれてしまったようだ。

あまりの出来事にしばらくは呆然としていた俺だが、気を取り戻して、辺りを見回してみた。
薄暗い中に、見慣れない風景があった。目を凝らして見ると、そこから見慣れない人物が前にやってきた。
( ´・ω・`)「よくおいで下さいました」
あなたは、いったい誰なのです?
( ´・ω・`)「私は、地獄の支配者です」
地獄ですって……。というと、俺は死んでしまったのか。
しかし、生涯でこれといった悪いことをしたことはないはずだが。
( ´・ω・`)「ああ、そう急いで結論に突っ走らないよう、お願いいたします。あなたは、まだ死んではいないのです」
そういうと、地獄の支配者と名乗るやつは、一枚の紙切れを差し出した。
覗いてみると、ゼロが圧倒的に多い数字が書いてある。


( ´・ω・`)「これは、あなたが今までお立替した金額です。ご返済いただけますか?」
返済というと、今までに俺があの財布から出したお金か……。
と、とんでもない。金はみんな使ってしまって、返済などできるものではない。
返さなければ、どうするつもりなのか。俺を地獄でいじめようというわけか。
( ´・ω・`)「いえいえ、あなたを地獄でいじめたりするつもりは、めったにありません。
     私の仕事の手伝い、すなわち亡者の監督をしてくださればよろしいのです」
いい仕事ではないな。いったい、いつまで……。
( ´・ω・`)「お立替した金額に相当する時間で、けっこうです。その頃には、次の人も来ることでしょうし。
     本当はこんな方法を使いたくなかったのですが、何しろ、このところ地獄も求人難でして………」

【涼宮ハルヒの憂鬱 meets 星新一 第十部 「求人難」】
原作:星新一「妖精配給会社」に収録 「求人難」




星新一作品十部突破記念おまけ

「はー………」
「どうしたハルヒ。今日はいつになく顔色が悪いぞ」
「………ちょっと、気分が悪くてね」
「すまん、具体的に言ってくれないか」
「なんか、発作的に胸が締め付けるような痛みを感じるの」
「医者にでも、行ったらどうだ」
「昨日行ったわよ。そしたらね、精神的な面に問題があります、って言われたの」
「最近、ストレスみたいなものは感じないか?」
「別に、そこまでのストレスは感じないわね」
「…………そうか。じゃ、とりあえずこのスレに書き込みしてみたらどうだ?」
「なになに…『【書きこんで】自分の病名を書き込んだら病気が治るスレ【ナオルヨ!】』?」
「何もしないよりは、ましだろ」
「う、うん……ありがと……って、何あたし普通にお礼言ってんだろ」

数秒後―――
「ダメ……ダメ!ぜんぜん治らないじゃない!!」
「お前なあ、書き込んでからすぐに治るなんて、そんな都合のいい話あるわけないだろ」
「あんたあたしを……………っっ!」
「ど、どうしたハルヒ?」
「く、苦しい…………………っっはぁぁ」
「大丈夫かよハルヒ。保健室にでも連れて………」
「……も、もうこうなったら、キョンにもうつしてやるんだから」
「え?」
「キョン。あたしは、あんたのことが………好きなの」
「は?」
「だーかーらー!あたしはキョンのことが…………す、好きなのっ!」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………ばか」
「え?」
「しっかりと……感染しちまったぜこのやろう………」
「キョン………」
「ハルヒ………」
あつい口づけ。
この病気が不治の病だと二人が気づいたのは、少し後のお話であった。

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