俺が帰路に着くときは、すでに夜の十時になっていた。
外は暗闇に包まれていて、街灯の光が無駄な自己主張をしている。
時折俺の体を横切る北風が、寒さに対しての神経を徐々に敏感にさせる。

俺は今夜、SOS団+鶴屋さんや谷口で鍋パーティーなるものをしていたところだ。
<機関>の人々が盛大にやってくれたおかげで、なかなか楽しめたと思う。
だが、俺としては何か物足りないものがあった。
なにかというと、我らがSOS団の団長、涼宮ハルヒがいなかった、ということだ。

古泉の話では、どうやらあいつは家族旅行に行った、ということらしい。
夏休みではなく、冬休みに家族旅行をする家族も珍しいものだが、そんなことはどうでもいい。
問題なのは、その鍋パーティーの発案者が、そのハルヒだということだ。
あれか、これは俗に言う『言いだしっぺ』とかいうやつか。迷惑千万甚だしいものだ。
あいつには、家族のスケジュールをしっかり確認するという行為を覚えてもらいたいものだ。

それに、正直な話、あいつがいないと何か寂しい感じがする。
なんというか、俺としてはあいつと一緒に鍋を囲みたかった、いや正確にはあいつと一緒の時間を過ごしていたい、という気持ちがあって……………。
って何を変なことを考えているんだ俺。この寒さで頭のほうがイってしまったか。
なんとしてでも早く家に帰らなければ。

俺は家に帰るなり、すぐに自分の部屋に入った。俺の体は睡眠を欲求しているからだ。
しかし、部屋に入るなりその欲望は影を潜めた。

なんとなく、いやな予感。
言葉では説明しづらいが、目に見えぬ不安の腕に巻きつかれたような、死滅した空気に触ったような、なんともいえない感情が俺を襲った。
俺は立ちすくみ、ためらいながらも壁のスイッチを押した。
照明によって周りの様子がある程度見えるようになったが、そこにはいつもと変わらぬ、ややこぢんまりとした部屋があるだけだった。
しかし、やはり何か異様さが漂っており、俺の胸騒ぎはとまらなかった。

俺は、試しに鏡を覗きこんでみた。そこには、少し頼りなさげな、いつもの俺の顔があるだけだった。
この異様な空気の中では、落ち着いて眠るわけにもいかなかった。

しばらく部屋で何をするわけでもなくボーっとしていると、携帯電話が鳴った。
電話先は俺の知らない番号だった。あの馬鹿うるさい女でないことを祈りながら、俺は電話に出た。

電話の声は、確かにハルヒではなかった。しかし、その声は聞きなれぬ男の声だった。
(;・A・)「実は、航空会社の者でございます。まことに申し上げにくいことなのですが、当社の期に事故が発生いたしまして……」
一切の感情を押し付け、無理に事務的に語ろうとしている声だった。
おそろしいことを告げるときの話し方。そう形容してふさわしかった。
しかし、俺はまだそのことが何かについては分からなかった。相手は続ける。
(;・A・)「………ご乗客の中に、涼宮ハルヒさんというかたがおいででした。当社で調べましたら、あなた様が親しいお知り合いと分かり、とりあえず、ご連絡申し上げたようなわけでございます………」

しばらく部屋で何をするわけでもなくボーっとしていると、携帯電話が鳴った。
電話先は俺の知らない番号だった。あの馬鹿うるさい女でないことを祈りながら、俺は電話に出た。

電話の声は、確かにハルヒではなかった。しかし、その声は聞きなれぬ男の声だった。
(;・A・)「実は、航空会社の者でございます。まことに申し上げにくいことなのですが、当社の機に事故が発生いたしまして……」
一切の感情を押し付け、無理に事務的に語ろうとしている声だった。
おそろしいことを告げるときの話し方。そう形容してふさわしかった。
しかし、俺はまだそのことが何かについては分からなかった。相手は続ける。
(;・A・)「………ご乗客の中に、涼宮ハルヒさんというかたがおいででした。当社で調べましたら、あなた様が親しいお知り合いと分かり、
    とりあえず、ご連絡申し上げたようなわけでございます………」

スズミヤハルヒ?どこの国の料理だそれは?
言葉は耳の中に流れ込んでくるのだが、そのまま頭の中を通り過ぎていく。
あまりの唐突さに、いかなる感情もすぐにはこみ上げてこなかった。

電話を置き、やっと実感がわいてくるようになった。
ハルヒが死んだ………ハルヒが死んだ……ハルヒガシンダ……。
復唱しているうちに、俺の思考回路が徐々に復活していった。
なにかをしなければならない。だが、なにを……。
そうだ、空港に行こう。ハルヒを迎えにいかなくては。
俺は部屋を飛び出し、光さえ追い越そうとせんばかりの勢いで走り、タクシーを拾う。

す、すみませんが、空港にいってくれませんか。
( ゚∀゚)「どうしたんでい坊ちゃん。そんなに息を切らせて………」
いいから早く!

俺の剣幕に気おされたのか、その初老の運転手はそれ以上は話しかけてこなかった。

夜の道はすいており、車の進みは早い。両側の住宅の平和そうな明かりが、後ろへと流れる。
しかし、俺の目にその情景はあまり深く脳に伝わってこない。
代わりに、今までハルヒと知り合ってから今日までの思い出が湧き上がってくる。
高校入学時から変わらなかった突拍子の無い事を突然言い出す性格。
それを思いついたときの、誰よりも輝いていた目。

やはり俺は、ハルヒが好きだったのかもしれんな。
徐々に目的地が近くなっていくにつれ、涙がこみ上げてきた。

自動車が止まり、俺は車を降りて、空港ビルに入る。

俺は目に入ったカウンターに駆け寄り、そこにいた男に聞く。
あの、どこでしょうか………。
( ´Д`)「お乗りになるのでしたら………」
いいえ、事故のことです。事故の本部はどこに………。
( ´Д`)「ほかの人のお荷物を、間違えてお持ち帰りになったのでしょうか。それでしたら、本部というほどのものでもありませんが、あちらの方で……」
飛行機の事故のことなんですが!

俺はこんな時まで人を馬鹿にした応対に、いささか腹が立った。
それを察したのか、相手も少しまじめな口調になる。最初からそうしろよ。
( ´Д`)「一体、いつの事故のことでございましょうか」
いつって……。

俺はあきらめた。この男は何も知らないらしい。
事情を知っている、別な人に質問した方がいいと思い、俺はあたりを見回した。

しかし、それらしき人は見当たらなかった。
なぜなら、周囲には人影もほとんど無く、静かだったからだ。あわただしさや緊張感など、少しも感じられない。
あらためてあの男に聞きなおすことにしよう。

あの、少し前に、飛行機の事故があったはずなんですけど。
( ´Д`)「いいえ、そのような話は聞いておりませんね。今日は天候もよかったため、国内線国際線共に運航は正常そのものですた。こんなことは珍しいくらいで……」
しかし、さっきは………。
( ´Д`)「ドラマか、ドキュメンタリーの番組を見まちがえたのではございませんかぁ?もしどこかで事故があれば、空港はこんなにのんびりしていません。
    もし、ご不審でしたらあちらでお確かめを……」

気だるそうな、眠そうな声がその事実の証明をしていた。
俺は、訳が分からないまま、来たときとは別のタクシーに乗って家路に着いた。

途中で、運転手にそれとなく聞いてみた。

何か事件はありましたか……。
ξ゚⊿゚)ξ「さあ、ラジオはずっと聞いていましたが、ありませんわね。……べっ、別にあなたのような人に、好きで教えてるわけではありませんわ。
   じょ、情報料とりますからね!……そうそう、今定時のニュースを聞きましたが、なんとか子供大会のことを、もっともらしく話していましたよ。
   今日は、よっぽど事件の無い日なんでしょうね」

訳の分からん運転手だ。自分で勝手に盛り上がっている。
しかしまあ、いずれにせよ間違いだったようだ。まったく、要らぬ心配とタクシー代をかけやがって。もうハルヒなんて嫌いだ。大嫌いだ。



誰だ今俺のことをツンデレなんていった奴は。
ツンデレは、今呑気に旅行なんぞ行ってるあの馬鹿か、そこの女運転手だけでいい。

訳が分からない気分で、俺は自分の部屋に帰りついた。
しかし、中に入ると、えたいのしれない不安に満ちた空気が……。

空気を入れ替えるために、俺は窓を開けた。そうすることで、この異様な雰囲気も闇に消え去るのではないかと思ったからである。
だが、窓を開けてしばらくしても、あのもやもやとした空気は、依然として俺の部屋の中に居座っていた。
このままでは風邪を引くと思い、窓を閉めようとした、そのときだった。

俺は、道を歩いている長門の姿を発見した。
彼女は、あの暗闇の中でも、何故かその存在を誇示できていた。それにしても、なんでまたこんな時間に長門が……。
しかし俺は、ある妙なことに気付いた。長門は、その体長に対してはありえない大きさの影を後に引いていたのだ。

よく見てみると、それは影ではなく、蛇だった。黒く大きく、目は青白く光り、赤い舌が炎のように伸びている。
と、次の瞬間。蛇が長門のほうへ飛びかかった。
あまりの一瞬の出来事に、流石の長門もこれといった対処法を見出せないまま、もがき苦しんでいく。
服は破れ、血は流れ、長門はみるみる弱っていく……。

気がつくと俺は、長門のいるはずの道路へと走り出していた。

靴もはかず、部屋を飛び出し、玄関に出たときには思わず叫んでいた。
その場所に近づいていくにつれ、恐怖心が俺の心の中で膨張し、忙しく動いていた足も止まり始めた。
しかし、俺がその場所に到着したときは、そこには何も無かった。
さっき見たはずの破けた服も、血の跡もなく、街灯の光がなにもない路上を照らしているだけだった。

どういうことなんだと、納得ならないまま帰っていく。俺にはそうするしかなかった。
あの、形容しがたい恐怖感が占めている、自分の部屋へと……。

どこかが、おかしい。
今俺に分かっているのは、このことだけであった。
何かが起こっているのは確かで、しかしその原因も理由もまったく見当がつかない。
飛行機の事故も、大きな蛇も、行ってみると何もなかったのだ。
世の中が異常でないとしたら、異常なのは俺か。
いや、俺はおかしくなんかないはずだ。そう思いたいがために、俺は鏡を覗く。
しかし、そのとたん、俺は口を押さえた。そうしないと、俺の叫び声で家族を起こしてしまいそうになったからだ。

鏡の中には、見たこともない他人がいる。40歳代の男で、むくんだような顔をし、みにくかった。
そして、俺とまったく同じ服を着て、同じように口を押さえている。

これが、俺なのだろうか。
激しい恐怖のあまり、髪がすべて白髪になるという話は漫画の中のものだが、今俺に起こっている現象はそれを遥かに凌駕するものだった。
ためしに、目をこすってみた。すると、鏡の中の“俺”もまったく同じ動きをした。
ということは、この鏡に映っているのは、間違いなく俺………。
あまりの出来事に、叫び声をあげることすらままならなかった。

俺は、一旦出た自分の部屋のドアを再び開けた。
さっきから何回、このドアを出たり入ったりしたことだろう。
だが俺もそれほど馬鹿じゃない。この一連の事件の対応策を一応は練っていたのだ。

つまりは、すべての始まりはこの部屋が原因なのである。
訳の分からないことは、みな部屋の中で起こったが、外へ出ると、それはまるで幻影のように消えてしまっている。
その元を見つけ出せれば、この奇妙な雰囲気や出来事から開放されるのではないか。
簡単に言えば、『奇妙な出来事の根源を探す』ことを今からするのだ。

俺は室内を歩き回った。背筋に感じる冷たさを振り払いながら、注意して調べていった。
その結果、ベッドの下に置いてある、ある品を見つけた。銀色をした、金属製の箱がそこにあった。
しかし、箱といってもありふれた外見ではなく、角はすべて優雅な曲線から成っていた。
均整の取れた美しい形で、輝きは上品で、メカニックな感じさえする。
天才的な前衛彫刻家がデザインした、宝石箱とでもいったものだ。

それでいて、にじみ出るように邪悪さを発散していた。

見つめているだけで、気の滅入るような、血が頭に逆流してくるような気分になる。
不安、焦燥、恐怖といったものが、心の中で混ざり合って渦を巻く。
脳が少しずつ、かじりとられているようでもある。
箱の横には、文字らしきものが記されていたが、それは俺が見たこともない、もちろん意味も分からない横文字のオンパレードだった。
俺が箱に手を伸ばそうとした、そのとき。
「ちょっと待ってくださいっ!」

聞き覚えのある声。
振り返ると、そこには朝比奈さんと古泉がいた。
しかし、こんな夜中に急に出てきて、どうしたんだ古泉?
「僕としては、朝比奈さんの付き添いをしたまでです」
「あのうキョン君、実は、私は未来から来た朝比奈みくるなのです」
そうなんですか。で、朝比奈さん(大)が、俺に何か?
「あ、あの、その箱についてのことなんですけど……」
そうして、朝比奈さん(大)は俺に、今までのいきさつを説明した。
どうやら、この箱は朝比奈さん(大)の時代の、いわゆる玩具屋へと発送する品であり、それが間違ってここへ流れ着いたらしい。

ところで朝比奈さん(大)?この箱はどういう働きをするのですか?
「ふぇ、あ、はい、これは……」
「そばの人間の心に反応し、いやだなと思うことを拡大し、幻覚として感じさせる」
「……そ、そういうことです」
「あなたには、何か思い当たることがおありでしょう」
そういえば、ないこともないんだが……。それって、玩具ではなくて、拷問器具なんじゃ…。
「まあ、現代のあなたなら、そういう感覚になるのでしょうね」

考えてみれば、これはひどい装置じゃないか。
人工的に強い悪夢を発生させ、そばの人を包みこみ、耐え難い気分にする。こんなものの何が玩具だ。

「あ…すみませんキョン君、わたしそろそろ帰らないと、上司に叱られてしまいます」
これからは、気をつけてくださいね。ここが俺の家だったからいいものの……。
「では僕も、消えることにしましょうかね。本当は、あなたとまだ話していたいのですが…」
ふざけるな古泉。……ところで朝比奈さん(大)?
「はい、何でしょう?」
なぜ、こんな拷問器具が、未来では作られたんですか?
「……本当は禁則事項なんですが、特別に教えちゃいます」
「いいんですか、朝比奈さん?」
「……その代わり、このことは胸の奥へそっとしまっておいてください」
わかりました。
「実は、わたしたちの時代はあまりにも平穏で、地球のどこも、安泰と満足だけが世を占めております。
その、どうしようもない退屈を、処理するための品です。世の中にも結構普及している、娯楽用のもので………」
言い終わらないうちに、朝比奈さん(大)と古泉は消えていった。

しかし、消える寸前に朝比奈さん(大)の顔に浮かんだ、うらやましそうな表情を、俺は見逃さなかった。
人工的に神経を刺激しなくとも、世の中に緊張と不安が存在している時代。
未来人にとっては、この上なくうらやましい時代なのであろう。
今はもう、確かめようのないことではあるが。


【涼宮ハルヒの憂鬱 meets 星新一 第八部 「夜の嵐」】
原作:星新一「マイ国家」に収録 「夜の嵐」

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最終更新:2007年01月15日 17:21