ある暑い日の午後。

「あー暑いわねー」
気だるそうに団扇を仰ぐハルヒの声を背に、俺は古泉とトランプをしている。
今日も最高気温は30度を越える、と天気予報では言っていた。
外では、サッカー、野球、テニスなど、皆思い思いのままに放課後を過ごしている。
しかし、この文芸部室が活動拠点となっている俺たちは、蒸し暑い室内で放課後を過ごすしかないのだ。
ハルヒが「外にでも行きましょ!」などとでも言ってくれたらとも思ったが、それもなんかかったるい。
まさに『太陽は罪な奴』である。

しかし、二人でやるトランプというのも味気悪い。
誰か一緒にやってくれる人は……。

ハルヒ。トランプやらないか?
「……あたし、パス。なんかだるい」
「別に無理やり誰かを誘わなくても良いじゃないですか。
僕はあなたとなら全然………」
古泉、気持ち悪いことを言うな。
……長門。トランプを……。
「わたしはそのような遊戯の規則をあまり知らない」
……そうだ、朝比奈さん。一緒にトランプでも……。
「あ、ちょ、ちょっと忙しいので、また後にして下さい……」

やれやれ。
古泉の案で、トランプをやり始めたのはいいものの、二人だけだと流石に飽きてくる。
窓に飾った風鈴は音を立てることも無く、時間だけが流れる。

トランプを投げ出し、一思いに耽る俺と古泉。完全な沈黙が辺りを包んだ。

ふと、ハルヒがその空気を破った。
「ああもう!暑さで頭が狂っちゃいそうじゃない!」
…ハルヒ。お前のその叫びが暑苦しいぞ。
「なんですってええええええ!!!!!!」
わ、分かった。謝るから、手を離してくれ。窒息死させる気か。
「……まったく。何がこんなに暑くて……そうだ!みんなで怖い話しましょ!
キョン?もちろん何かあるわよね?」
はあ?いきなりそんなこと言われてもだな………。
「……あの、わたし、怖いとまではいかないんですけど、不思議な話なら一つ……」
「ほう、朝比奈さんの怪談ですか。非常に心惹かれますね」
「いいわよみくるちゃん。話してみなさい」

「最近、テストが近いじゃないですか。だから、わたし最近はよく勉強するんです。
昨日の午後も、いつものように自分の部屋で勉強してたんです」
「なるほど。その時、何か事件みたいなのが起こったわけね」
早合点しすぎだ、ハルヒ。
「いえ、何か起こったわけではありません」
「それなら、気にすることも無いではありませんか」
「しかし、何も起こらないのに、入場券が破れたりはしないでしょう」
「……何の入場券?」
「この間から来日していて、評判のいい外人音楽家の演奏会です。
最近はクラシックにも興味を持っていて、だからその切符を買いました。
わたしは、その演奏が始まる夕方まで勉強をしていました。
しかし、気がついてみると………」
入場券が破れていた、と……。
「そうです。それでも、わたしはその破れた券を持って会場へ出かけてみました。
わけを話して頼んでみたんですが、係の人は入れてくれませんでした。
仕方ないので、わたしは家に帰りましたが、これはどういうことなんでしょうか」

「……なるほど、わかりました」
「!?な、何が分かったの?」
「朝比奈さん。不思議とも思えますが、あり得ない事ではありません。
つまりあなたは勉強に疲れ、暑さのためもあってついうとうとしていたのでしょう。
その間に、寝ぼけて自分の手で、入場券を破いてしまったにちがいありません」
「……そうかもしれませんが、なんとなく納得できません。
わたしは今まで、寝ぼけたことなどありませんし、眠った覚えも無いのですから」
いや、たとえ寝ぼけたとしても、大切な入場券を破ったりはしないだろう、古泉。
「入場券は本に挟んで、机の端においてありました。
そして、気がついたときにも、机の上は乱れてもいませんでした」
そりゃそうだ。大切なものを自分で壊すなんて、寝ぼけてもしないだろう。

「「「「うーん………」」」」
ほかに何か変わったことはありませんか、朝比奈さん。
「えーと……あ、そういえば、わたし切符が破けたときに、なんとなく時計を見たんですよ。
その時計は、何故かいつの間にか30分経っていたんです。
はじめは、時計が狂っているのかなとも思いましたが、後で調べると、狂ってはいませんでした。
その30分の間に、何かが起こったのでしょうか」
「その30分の記憶はあるの?」
「分かりません。わたしにとっては、ほんの一瞬の間の出来事でしたから…」
うーん……長門、分かるか?
「……おそらく、彼女、朝比奈みくるは、その時間帯についての記憶を喪失したと思われる」
「え?な、長門さん何言って……」
「何か奇妙な出来事がその時間帯に起きたので、それが与えた衝撃によってその記憶を思い出すことを脳が拒否している。
彼女だけではなく、人間は時々そのようなことが起こる」
「僕は経験していませんが、何もしないうちに、いつの間にか数分から、
数十分が経っていた、という体験をしている人はわりといるようです」

「何とかしてみくるちゃんにそれを思い出させる方法は無いの?」
「忘れてしまってはいても、朝比奈さんが何かを体験したことは確かです。
僕が朝比奈さんに催眠術をかけて、昨日の午後起こったことを再現させてみましょう」
おい古泉。お前いつからそんなものを……。
「フフフ。僕の力を見くびらないでいただきたい。
それにこれは、趣味で習得したものですから」

「では長門さん。これから再現することをメモしてもらえませんか」
「了解」
「こ、古泉君、わたしは何を………」
「朝比奈さんは楽にしてていいですよ。では長門さん。準備の方は……」
「大丈夫」
「では始めます。
………さあ、あなたは昨日に戻るのです。いいですか。
………はい、あなたは今、昨日の午後にいます。今、机に向かって勉強をしていますね」
「はい。わたしは勉強をしています」
「さあ、周りを見てください。何か変わったことはありませんか」
「はい、見たこともない男が立っています………」

それから、朝比奈さんは古泉に聞かれるままに、そのありさまを話し始めた。
それを長門がメモに書き留めていった。その要点はこんなぐあいだった……。

――<ここから朝比奈さん視点>――
わたしがふと窓に目を映そうとすると、その視線をさえぎるように男の人が一人、立っていました。
変な形の黒い服を着て、やせた背の高い男の人でした。
( ・∀・)「ニヤニヤ」
「あ、あのう、あなたは一体………」
( ・∀・)「そんなことはどうでもいいじゃないですか。さて、一勝負やりませんか」
と、その人はポケットから一組のトランプを出し、わたしを誘ってきました。
テスト勉強があるのでとも言ってみましたが、結局それをやらされる羽目になりました。

勝負が済んで計算してみると、わたしの方が少しだけ勝っているようです。
( ・∀・)「どうやら私の負けのようですね。では、これで帰らせてもらいます。
そうそう、忘れているところでした。私が負けたのだから、それは貰って帰りますよ」
その人は、そういうとわたしの入場券を本の間から抜き取りました。
「ちょっと待ってください。何てことをするんですか。
トランプに勝ったんならまだしも、負けて持っていくなんて、おかしいですよ」
( ・∀・)「いや、これがきまりなのです」
「そんなの、ひどいじゃないですかぁ」
( ・∀・)「だめですね、トランプで私が負けたんですから」
そして、その人は入場券をずたずたに破いてしまいました………。
――<ここまで朝比奈さん視点>――

古泉は催眠術を解除した。
「さあ、あなたは現在に戻りました。目を開けてください」
「ふぇ、な、何かわかりましたか?」
「……見て」
そういうと長門は、今書き留めたメモを渡した。
「……そんなことがあったんですか」
「まったくひどい話ね。自己中にもほどがあるわ」
俺としては誰かさんと同レベルだと思……。
「ん?なんか言った、キョン?」
いや、なんでもない。
それより朝比奈さん、その男が誰か、心当たりはありませんか。
「うーん、特には……」
「しかし、調べた結果では、あなたの記憶の断層には、今のメモのような経験が入っていましたよ」
「そ、そうなんですか。なんだか、信じられないですね」

確かに朝比奈さんの言うとおり、信じられない。
この暑い日に黒い服を着て歩くとは。黙って人の部屋に忍び込み、トランプの勝負を始めるとは。
その上、負けたからといって、大事な入場券を破り捨ててしまうとは。
ん?入場券……外人音楽家……演奏会……あ!
その瞬間、俺はとんでもないことに気がついた。

「ね、ねえキョン。あんた、き、今日の新聞……」
ああ、ああ見たさ。
おそらく、ハルヒも同じ事に気がついたらしく、その顔はどんどん青ざめていっている。

「?どうしたんですか二人とも?」
古泉……長門……今日の朝刊見たか?
「どうしたのですか急にジャパネットた○たみたいな事を言い出して」
「……質問の意図が分からない」
「………いい?あたしから話すわよキョン………」
そういうとハルヒは、昨夜起きた事故の記事について話した。

「昨日ね、外人の音楽家を迎えての演奏会の途中に、突然劇場の天井から照明装置が落ちたの。
でも、幸い死傷者は一人も出なくて、飛び散った破片で怪我をした人が数名いたみたい。
たまたま、落下地点の客席だけが、空席になってたようなの」
朝比奈さん、もしかして、その空席ってあなたの席だったのでは……。
「そ、そんな………」
「おそらく、昨日の会なら、切符を買って出かけない人は、いなかったでしょう。
ということは、あの空席は間違いなく朝比奈さん、あなたの席……」
「じゃ、じゃああの日わたしがその演奏会に行っていたら……」
「……間違いなく、即死」

朝比奈さんは、椅子の上で身震いしていた。

…………………。
なんともいえない空気が漂う。
俺は、我慢がならなくなり、ついに最後の疑問を口にした。

じゃあ、一体その黒い男は………。
「「「………」」」
「ぼ、僕の推測する限りでは、死神、ということに……」
「もしわたしが、そのトランプで負けていたら………」

頬を流れる汗がこそばゆかったが、拭う気にはとてもなれなかった。


【涼宮ハルヒの憂鬱 meets 星新一 第七部 「午後の出来事」】
原作:星新一「おせっかいな神々」に収録 「午後の出来事」

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最終更新:2007年01月15日 17:21